萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#102

 早い時間のエントランスホールにエイイチ、マリ、クロユリの三名が揃う。今朝はエイイチも寝坊をしなかったため、登校するマリを余裕をもって送り出せるだろう。

 本日も着物に袖を通しているクロユリは、眠たげに大あくびをして目をこする。慣れた手つきで黒髪をまとめると、飴色のかんざしを挿した。

 

「……この子も一緒に行くの?」

「おい。子供扱いするなよ、待雪マリ。わしはこう見えて、おまえさんよりずっと長く――……」

 

 年長者ぶりたかったクロユリだが、よく考えたらマリは異形である。自分よりずっと長い年数を生きている可能性が高い。最終的にクロユリは「ぐむぅ」と唸り、言葉に詰まってしまう。

 

「まあいいや。出よ、エイイチくん」

「おっとマリちゃん、リボンタイが曲がっているぜ」

 

 マリの胸もとに手を伸ばし、斜めに傾いた青いリボンを正すエイイチ。

 少し顎を持ち上げ、マリは手直しが終わるまで素直に従っていた。些細な乱れだが、服装にこだわるマリとしてはめずらしい。

 

「これでよし、と」

「ありがとう」

 

 ついでに髪の糸くずを取ってやり、エイイチはマリへ微笑みかける。やや遅れて“ティンティロリン”と効果音が鳴った。

 

「そんな思い出したように押さなくても」

 

 苦笑するエイイチの顔を、マリは黙って見上げている。

 独特な二人の距離感。クロユリ視点で見れば実際の距離もめちゃくちゃ近い。朝から接吻でもするつもりか? とドキドキする。昨夜のツキハの発言といい、エイイチは本当に狼戻館でハーレムを成し遂げるかもしれない。若干また面白くない気持ちがわきあがりつつも、クロユリは。

 

「しかし、さっきのギャルゲーみたいな効果音は、いったい……?」

 

 謎の好感度判定システムに惑わされ、自らがゲーム世界に囚われたような不安を覚えるのだった。

 

 

 

 雲こそ出ているが、幸いにも雨は降りそうもない。

 通学の山道はエイイチも慣れてきている。起伏に不慣れであろうクロユリをサポートするつもりでいたのだが、何度も足を止めるのは意外にもマリの方だ。

 

「ふぅ、ふぅ、こんな山道、毎日通っとるのか? なんかこう、チャリンコとかあるだろ」

「道が整備されてないし、自転車は危ないですよ。――あれ、マリちゃんがまた遅れてる」

 

 クロユリを倒木に座らせて、エイイチは駆け足で道を引き返す。野草が生い茂るただ中で、マリは川のせせらぎが聞こえる方向をぼんやり眺めていた。

 

「おーい。マリちゃん大丈夫? 疲れちゃった?」

「ううん。平気。いつもより早く出たし、ゆっくりでも大丈夫でしょ」

「それはそうだけど……もしかして具合悪いとか?」

「平気だってば」

 

 一見するとマリの表情は平然としているため判別がつかない。エイイチは少し腰を屈め、風に揺れる黒髪の隙間からマリの顔を覗き込もうと試みる。

 

「どこ見てるの。えっち」

 

 はぐらかすようにそっぽを向いて、マリは歩き出してしまう。釈然としないながらも、あとを追うエイイチ。

 

 マリはその後もマイペースをつらぬき、学校へ着いたのは結局いつもと同じく予鈴ギリギリの時刻だった。

 

 

 

「待雪マリは、足が悪いのか?」

「え? いや、そんなことないと思いますけど……」

 

 マリを見送り、校門前でエイイチとクロユリはそんなやりとりを交わした。

 足が悪い、そうなのだろうか。エイイチはふと、以前ツキハが口にした“マリは病弱”という言葉を思い出す。ただの設定なのだと切り捨てていたが、本当は違ったのだろうか。それともビーチが忠告してきた通り、ホラーゲームらしく呪いによるものなのだろうか。

 

 いや、どちらだろうと重要なのはそこじゃない。病気と呪い。どちらがマリにとって、まだマシな結果となるのだろう。考えても答えは見つからず、エイイチの不安は増すばかりだ。

 

「ああ、すまんすまん。そんな深刻そうな顔をするな! なんとな~くそう思っただけだから! わしの勘違いだ」

「は、はぁ……」

「それより、この後はどうする?」

「ええっと。もう授業はじまっちゃうんで、とりあえず用務員室に行って山氏のおっさんに会おうかなと」

「それなら手土産のひとつでも用意するべきだったなぁ。その者も昨日わしを助けてくれたんだろう?」

 

 ちなみに狼戻館住人が再現しようと画策する本家【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】では、次女ルート攻略中に何度か保健室をたずねる機会がある。病弱な次女は養護教諭と仲が良く、学校での生活について貴重な情報を得られるのだ。

 現実にマリが通う高校でも、実はゲームに負けず劣らずの美人養護教諭が在職している。だが用務員室に足繁く通うエイイチの状況では、残念ながら出会えそうもない。

 

「手土産……いいのありますよ、俺買ってきます! お金貸してください」

「そ、そうか? いやでも、そんな無理をせんでも、またの機会でも……」

 

 クロユリが渋りながらがま口を開くと、エイイチはすかさず二千円を抜いて駆け出していった。止める間もなかった。次の仕事が舞い込むまで、もやし生活が確定した。

 散りはじめた桜を風が運び、正門前にたたずむ和装の少女へと花弁が降り注ぐ。風情のある光景のはずが、クロユリは浮かない顔で息を吐くしかない。

 

 

 

 エイイチは意気揚々と、ものの数分で戻ってきた。菓子折りなどは手にしておらず、困惑するクロユリ。桜が舞う校門前にて不可解なエイイチの指導がはじまる。

 

「――先生! もう少し肩をはだけさせて! ポーズ決めて! 目線こっちに……そう! いいですよー!」

 

 カシャリ、カシャリと響くシャッター音。エイイチが購入したのは玩具のようなインスタントカメラだった。

 

「そこの電柱に手をついてみますか!? ああそうそう! ちょっと片足も浮かせちゃったりなんかして! おー、いいチラリズム!」

 

 高校の校門前で、はたからみれば年端もいかない褐色少女に様々なポーズを取らせ。いったい何をしているのだろうか、この男は。完全に通報案件だ。誤解を招かないためにもここで今一度、魔法の言葉を事実として記さなければならない。

 

 ※登場人物は二十歳以上です。

 

 

 

「……で? なんだべ。これは」

 

 用務員のテーブルには、エイイチが撮影したクロユリのスナップ写真もどきが並べられていた。どれもカメラ目線であり自然さはなく、故意に乱れた着衣はギリギリ見えない角度で調整されている。エイイチの美学が詰め込まれた写真だが、そんなものこの場にいる誰も理解できない。

 

「やっぱり生徒のスナップ写真は駄目だからさ、これで我慢してくれおっさん。でもこの一枚とか結構自信作で――」

「舐めてんのか。エイイチ」

 

 怒りを吐き出すと同時、山氏はエイイチの眉間にハンドガン(ベレッタM1934)の銃口を突きつけた。

 エイイチと山氏が会話している間、写真のモデルを務めたクロユリは真っ赤な顔で俯いていただけである。

 

 

 

「――……誤解だったのか。ごめん」

「あたりめぇだろが! おめぇ、おらぁをなんだと思ってんだ!」

 

 エイイチは素直に謝罪したが、山氏の怒りは中々おさまらない。そして無意味にモデルをやらされたクロユリの羞恥心も限界を突破しようとしている。

 

「じゃあ、これは返してもらうね」

「いらねぇよ! とっとと持って帰れ!」

 

 かき集めた写真をせっせとポケットに仕舞うエイイチの姿に、クロユリはなぜか少し嬉しそうに口角を持ち上げた。

 いつまでも恥ずかしがってはいられない。クロユリはエイイチの先導者らしく、現場の混乱の収拾を試みる。

 

「山氏殿、先日は助かった。あらためて礼を述べさせてもらう。本当にありがとう」

「け。おらぁはジェイクのついでに動いただけだべ。メイドにも貸し借りなしだと伝えとけ。馴れ合う気はねぇ」

 

 アヤメといい山氏といい。言葉遣いはまるで異なるも、行動はツンデレの様式美のようにも思える。もっともそんな台詞を口にすれば間違いなく激昂するだろう。ツンデレに突っ込みは野暮というものだ。

 

「あとさ、おっさんからビーチくんに取り次いでくれないかな? ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「あんにゃろう。自分でやれっつったのによぉ。……これをおめぇに渡せと置いてった」

 

 エイイチは山氏から封書を受け取った。宛名もなく真っ白でシンプルな形状をしている。

 

「おめぇに必要なことが、それに書いてあると言ってたべ。それとな、おめぇが何に巻き込まれようが知ったこっちゃねぇ。おらぁもジェイクもおめぇに関わる気はねぇ。肝に銘じとけよ、エイイチ」

「……ああ、わかった。ありがとな、おっさん」

 

 ビーチに会うことなく用は済んだ。山氏も二人の長居を許す気はなさそうだったので、エイイチとクロユリは揃って再び校門前へと戻ってきた。伸びをしたクロユリが、エイイチへ封書を確認しないのかと目配せをする。

 

 柄にもなく緊張しているのか、唾をごくりと飲み込んでエイイチは封書を開封する。

 

『ちゃお☆ エイイチ君。桜の美しさもそろそろ見納めかと思うと――』

 

 エイイチは真顔で手紙を封筒へと戻した。

 

「ど、どした?」

「いや……書き出しからなんか、破り捨てたくなっちゃって」

 

 エイイチとビーチの感性は壊滅的に合わないのかもしれない。

 憮然としたまま「あとで読みます」とエイイチが譲らないので、クロユリは苦笑して頷く。

 

「わかった。では、わしも一旦帰るかな」

「クロユリ先生、今日は付き合ってくれてありがとうございました」

「……よく考えたら写真撮られただけのような気がするが。ま、まあよい! いいか、無茶をするなよエイイチ? なんかあったらわしを頼れ。変わらずあのボロ家に住んでおる」

 

 クロユリは失念していた。共に過ごした記憶をエイイチが覚えていないことを。ボロ家と言われてもエイイチはピンとこないだろう。けれどクロユリはあの容姿だ。もし本気で探せばすぐに見つかる気もする。

 

 クロユリと別れたエイイチは、封書からまた手紙を取り出す。じっくり目を通すと口を結び、校庭の散りゆく桜を見上げるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 校舎の昇降口にマリの姿を見つけると、エイイチは手を振りつつ迎える。すでに多くの生徒が下校した後だ。マリは両手を前に学生鞄を下げ、お嬢様然とした足取りで歩いていた。のだが――。

 

「あ痛た!?」

 

 小石にでも蹴躓いたのか、盛大にずっこけた。

 

「マリちゃん!?」

 

 すぐさま駆け寄り、マリの手を引いて立たせてやるエイイチ。制服の土汚れを甲斐甲斐しく払っていく。ふくれっ面で棒立ちするマリの足元へと目線がいく。

 

「マリちゃん……足とか痛くない? 痺れとか」

「ぜんぜん。今のはただ、足を出す順番間違えただけだから」

 

 それはそれで重症ではないだろうか。

 なおも心配そうなエイイチをちらりと見て、マリはそれならばと要求する。

 

「じゃ、家までおぶって。エイイチくん」

「え」

「イヤなの?」

「いやっていうか……恥ずかしくない? 噂とかされない?」

「もうクラスでエイイチくんは十分噂になってるし、日々わたしは恥ずかしい思いをしてる」

 

 そんな馬鹿な、とエイイチは驚愕した。しかしこれまで学校付近でエイイチが起こした数々の不祥事を鑑みれば、マリの言い分に嘘はないのだろう。

 なによりマリの頼みなのだ。館までは厳しい行程の山道を越えなければならないが、告白した女の子に格好いい姿くらいエイイチも見せたい。

 覚悟を決め、エイイチはマリに背を向ける。

 

「よし、わかった。――来い!」

「お尻突き出して馬跳びじゃないんだよ? もっと腰落として」

「へ、へい」

「飛脚? 乗るときうしろ向かないでね、パンツ見えるから」

 

 パンツの単語に反応したエイイチが、つい振り向こうとした瞬間。どん、と重みが背に加わった。前に傾く体を制御し、足に力を込める。両手でしっかりマリの太ももを抱えて、エイイチは立ち上がる。

 

「……どう?」

「う、うん。むにむにと柔らかくって――」

 

 デデドン。

 

「い、意外と温かいっていうか、太もも熱いくらいで――」

 

 デデドン。

 

「そうじゃなくって。わたし、重い?」

「ず、ずっしり腰にくる感じが、ほどよく馴染んで――」

 

 デデドン。

 

「ずっしりがダメ。むかつく」

「綿みたいに軽い! 空気! CO2!」

 

 デデドン。

 

「バレバレのウソ嫌い。むかつく」

 

 解答すべてまさかの全滅である。

 だが仕方ない。

 マリの髪の香りが止めどなく肺へ流れる。囁きはエイイチの耳に吐息ごと吹きかかり、マリの両腕は抱きしめるようにエイイチの胸へ回されている。背中には膨らみの感触と。抱えた太ももはマリに伝えた通りの柔らかさと熱を帯びていて。

 顔をすっかり紅潮させたエイイチは、頭がくらくらしていた。うっかり倒れてしまわないように必死だったのだ。激しく脈打つ心臓をマリに知られやしないかと冷や冷やだった。

 

 だから誤答も仕方ない。

 足腰に負担のかかる勾配も、エイイチは幸せだった。すりすりと制服の擦れる音も心地よかった。願わくばマリも同じ気持ちであればいいなと、それだけを考えていた。

 結局は山道の中程で限界を迎え、マリに舌打ちされたのだが。

 

 

◇◇◇

 

 

「明日は学校休みでしょ。クラスメイトの友達が家に来るから」

 

 夕食後のダイニングルームで、唐突にマリは言い放った。

 住人の誰も言葉を返さないまま、目線もマリと合わせない。あまりの孤独に耐えかねて、ついにイマジナリーフレンドを生み出したのだ。と、全員が辛そうに目を伏せる。

 

「そういうことだから。邪魔しないでね」

 

 マリが退室したのち、今しがたの話題には触れずにツキハがエイイチへたずねる。

 

「それで。首尾はいかがだったかしら、エイイチさん」

「あ、ああ、ビーチくんの。……その、実はあんまり進展なくて」

「……そう。アヤメさんのお話だと、ビーチさんはあなたに執着があるようだし。引き続きエイイチさんにお任せしていいかしら」

 

 エイイチは封書の存在を意図的に隠した。何か考えがあってのことかもしれないが、ツキハはエイイチの不自然さをすでに見抜いている。

 

 エイイチが読んだ封書の中身は、こう続いていた。

 

『――挨拶はこのくらいにして、例の件だ。山氏に聞いた限り、やはり僕の想像通りのようだ。

 眷属と共に現れるソイツ――“厄災”とでも呼ぼうか。厄災は月でも地球でもない、遥か彼方に本来は棲んでいる。名もわからない。

 僕がかつて見た“データベース”の記載によると――いいかい? エイイチくん。ここからが、とても大事な本題だ。むしろここから読んでくれて構わない。前置きが長い? 怒るなよ、はは☆

 厄災に呪われた者は九十日で死ぬ。前に教えたね? これは絶対だ。そして呪いを解く方法は、ただ一つ。

 呪われた本人が(・・・・・・・)厄災を殲滅する(・・・・・・・)こと』

 

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