萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#104

 アヤメにキッチンの使用許可はもらった。

 エイイチはマリの手を取り、肩を支えるようにして階段を下りていく。足もとはやはりおぼつかないが、顔は平然といつものマリだった。

 

「エイイチくんは貝と野菜を準備して」

「貝……アワビ……」

「アサリに決まってるでしょ」

「わ、わかってるって」

 

 制服の上からエプロンを着用し、紐を背中で結びつつマリが指示を出す。本気で学校へ行く気だったのだろう。だからマリはいつまでも部屋着に着替えなかったのだ。

 

「えーとアサリにじゃがいも、玉ねぎ、人参、ほうれん草……あ、マリちゃん。キノコとかはどうする?」

「入れちゃおう。キノコはうま味が出るんだよ、うま味が」

 

 マリは知った風なことを言う。それはともかくなかなか背で紐を結ぶのに手こずっている様子だったので、エイイチはマリのうしろへ回り込むと手伝ってやった。

 

「はい。できたよ蝶々結び」

「そこはリボン結びと言って」

「いや、どっちでも一緒だろ?」

「エイイチくんは女心がわかってないね。そんなだったら嫌われるよ? わたしに」

 

 デデドン。と、好感度低下音のおまけまでくれる。けれど言葉に反してマリは楽しそうで、作業台に手をつくとスリッパをペタンペタン鳴らして軽く飛び跳ねる。長くて綺麗な髪が揺れ、ついでにスカートもふわふわ舞って、白いふとももがエイイチの目に痛い。

 マリは肩越しに振り向いて、目線の下がっているエイイチをじっと見つめた。エイイチが慌てて目をそらすと、マリは瞳を細めてにやりと笑むのだ。

 

「ふふーんだ。ほんと、エッチなんだから」

 

 ティンティロリン。と、今度は好感度上昇音のおまけをつけられれば、エイイチはからかわれている気分になる。

 

「はいはい! 料理しよう料理! こんなことやってたら、いつまでたっても完成しないぜ?」

「じゃ、砂抜きしてるあいだ具材を切ってね。ダイスカット。できるだけ細かいほうがスープに溶け込んでおいしそう」

「やってみるけど……マリちゃんはなにすんの」

「わたしは加熱担当」

「加熱って、牛乳とかクリームで煮込むだけじゃん」

 

 料理は滞りなく進んだ。マリは一度クラムチャウダーを作っているおかげか、エイイチへの指示もわりと的確だった。

 鍋を火にかけ、加熱担当は丸椅子に腰かける。単にヒマ――というだけではないのだろう。わかっているからエイイチは文句も言わず、必要以上に体調を気遣ったりせず、マリと同じように自身も椅子へ座った。

 

「学校の近くの喫茶店がね、カップルキャンペーンとかいうの、やってるの」

「へえ。なんかお得になるの?」

「店員の前で手を繋いで、対象のケーキを注文するとコーヒーのサービス。小賢しいよね」

「小賢しいって言い方はちょっと……。店も客もいい思いするんだから、いいじゃん」

 

 マリもべつだん嫌みを言いたかったわけではないらしい。作業台の上で組んだ両腕に、ぐでっと伏せるように頭を載せてマリは会話を続ける。

 

「エイイチくん、どうする?」

「どうするってなにが?」

 

 デデドン。

 

「積極性に欠ける言動は、今後の対人関係において不利となるでしょう」

「な、なんかアヤメさんみたいな言い方だな。えーと。そ、その喫茶店、一緒にいこうかマリちゃん」

「めんどくさい」

「積極性に欠けてない!?」

 

 にやけた笑みを隠すように、マリは自身の腕の中へと顔を埋めた。

 どうにも今日のマリはいつも以上に意地悪だと感じるエイイチ。けれど楽しそうに見えるので、この空気を壊したくはない。なんでもない平凡な日常が、エイイチはどうしてかたまらなく愛しい。

 

「そろそろ頃合いかな」

 

 丸椅子から立ち上がると、ガスコンロに近づいてマリは鍋を覗き込む。お玉で鍋をかき混ぜれば、クリーミーな甘い匂いがキッチンに漂う。

 匂いにつられるようにして、エイイチもマリの隣へと立った。

 

「マリちゃんって、ほんとクラムチャウダー好きだよな」

「まあね。でもあのときより、今日のは格段に出来がいいから」

「期待してるよ」

「……。……?」

 

 思わずマリは隣のエイイチを仰ぎ見る。だがエイイチは「ん?」とマリの瞳を見返してくるだけだ。

 マリは少し考えて、エイイチの発言の違和感(・・・)には言及せず鍋へ視線を戻す。

 

「どうせならさ、外で食べようよ。エイイチくん」

 

 マリの願いをエイイチは基本、断らない。マリの体に負担をかけたくない。本心では寝ていてほしいと願っていたとしても、だ。

 クラムチャウダーをサーモボトルへと移し替え、分担して洗い物を済ませると二人はキッチンを後にする。

 

 

 

「は~気持ちいい! なんかピクニックみたいだね」

「うちの庭だよ? 安上がりすぎ」

 

 暖かな気候に、涼しい風が心地いい。裏庭に咲く花の香り、木や土の心安らぐ匂いに自然とリラックスさせられる。

 

「マリちゃん、ほらここ」

 

 草っぱらに腰を落としたエイイチが、自分の横をポンポン叩く。

 マリは素直に従い、風で乱れた髪を押さえつつエイイチの隣へ座った。“希望の樹”の若木が画角の中央に収まる、いいロケーションだ。

 

 注いだクラムチャウダーを二人は飲む。どちらも無言だったが、互いに驚いた顔を見合わせたところ。相当に上出来だったことがうかがえる。

 

 エイイチは飲みかけのマグカップを置いて、後ろ手にあぐらをかく。

 晴れ渡った空には明るい太陽。極上の森林浴を堪能する贅沢。温かいスープと――そして、触れ合う指先。となりには膝を抱えるマリがいる。

 

 これ以上はない。強く思う。もう何度目になるかわからない。こんな日がずっと続けばいいと、ホラーゲームにあるまじき希望を願う。だからこそエイイチは、口もとを微妙に歪ませて希望の樹を眺めているのだ。

 

「……あのね。ドッペルは(・・・・・)わたしじゃない(・・・・・・・)

 

 唐突に意味不明な言葉をマリはつぶやいた。

 いや、エイイチには意図がわかったのかもしれない。呆けた顔で、マリの横顔を見つめる。

 

「ドッペルはドッペル。わたしは、わたし。エイイチくん、覚えておいてね」

「……っ」

 

 エイイチはゲストルームに隠してある、ビーチからの封書を思い浮かべた。呪いを解く条件は、呪われた本人が厄災を殲滅すること。つまりはマリがやらなければならない。

 マリはあの封書を見たのではないだろうか。でなければまるで先回りするかのように、エイイチが“やろうとしていたこと”に釘を刺す発言の説明がつかない。

 

 でも、マリは笑っているのだ。歯を噛みしめるエイイチとは対照的に、にっこりと。希望の樹よりも高い場所をずっと見上げている。

 エイイチもマリと同じように顎をあげてみるが、憎たらしいほど青い空しか視界に入らなかった。

 

 

 

 

『――大丈夫だって、マリちゃん。怖くないから』

『そんなの、握らないってば』

 

 アヤメはふと、マリの私室から聞こえてきた声に足を止めた。会話の内容に少々不穏なものを感じたからだ。相手はエイイチだろうか。

 

『いいからちょっとだけ! まずは軽くさわるくらいでいいから!』

『やだってば! そんな太いの、さっさと仕舞って!』

『これが特効薬になるかもしれないんだから! きつくても少しは我慢しないと! 良薬口に苦しって言うだろ!?』

『そんなものぺろぺろ舐めろっていうの!? 汚い!』

『それは例えであって――』

 

 マリは体調不良で学校も休んだのだ。それをあの男はいったいなにをやろうとしているのか。

 さすがに看過できず、アヤメは部屋の扉を急ぎ開ける。

 

「お控えくださいエイイチ様! 欲の捌け口ならば私が代わりに――」

 

 アヤメは静止した。エイイチとマリも動きを止めて、二人してアヤメを見やる。

 室内ではベッドに座るマリが素足でエイイチの顔面を足蹴にしており、そのエイイチは床に落ちている二つの長い金属を必死で拾おうとしている。

 

「……なにを、なさっているのですか」

「き、聞いてくださいよアヤメさん! マリちゃんが明日はぜったいに学校いくって言い張って」

「だからって、なんでそんな変なものを持たせようとするわけ? 意味わかんない」

 

 目線を下げるアヤメ。エイイチが抱えているのはガンピールが大事にしている“剣”と、先日マリが持ち帰った“錫杖”のようだ。たしかに、学校へ行きたがるマリを説得する道具としては繋がらない。

 

「だ、だからこれは、筋力の衰えとか確認するためで。べつに深い意味はないよ」

 

 エイイチはあきらかに狼狽している。一通り状況を確認したアヤメは、マリへと向き直る。

 

「マリ様、せめてツキハ様の判断をお待ちください。私がお聞きしますので」

 

 一礼して、アヤメはすぐさま踵を返した。出来るメイドは仕事が早い。

 部屋を出ていこうとするアヤメの背中に、マリが呼びかける。

 

「部屋に入るときは、ノックくらいしてね」

「……申し訳ありませんでした」

 

 アヤメの耳たぶは少し赤くなっていた。

 

 

 

 ダイニングルームにはツキハとセンジュ、そして報告にあがったアヤメがいる。

 

「――そう。どうしても学校に、ね」

 

 ツキハはティーカップを傾けると、間を置いて息を吐いた。時刻は二十二時を回っている。ツキハがこの時間にカフェインを摂るのは、作業場兼デバックルームにこもるとき以外ではめずらしい。

 

「センジュと調べたあの剣と錫杖、やはりこの世界には存在しない金属だった。同じく未知の怪物に対し、あの武器だけが効果を示した。……それで、エイイチさんはあれらをマリに無理矢理持たせようとしていたのね?」

「はい」

 

 アヤメが重々しくうなずく。おのずと導かれる答えが、ツキハと同じなのだろう。

 

「エイイチさんが隠そうとしていたこと、これで察しがつくわね。ただ察しがついたからといって、どうなるものでもないのだけれど」

 

 欲しいものは力ずくでも奪うのが異形だ。しかしツキハはエイイチの意思を尊重して、決して自ら秘密を暴こうとはしなかった。

 

「マリ様の件は、いかがなさいますか」

「……行かせてあげましょう。きっとね、早いほうがいいわ」

 

 著しく落ちたマリの状態を思えばこそ、なのだろうか。エイイチが渡そうとする武器を受け取らなかったという話だが、握力すら低下してきているのではないだろうか。おそらくこの先、学校へ行くどころではなくなるのだと。

 ツキハとアヤメのやりとりをずっと黙って聞いていたセンジュが、チェアを乱暴にガタンと引いて立ち上がる。

 

「あたし、ちょっと出てくる」

 

 年頃の女子が出かける時分ではなかったが、ツキハは止めなかった。

 フードを頭からすっぽりとかぶり、センジュは館の玄関口へと向かっていった。

 

 ツキハが見た窓の外は、狼戻館に降りた暗澹(あんたん)を反映するかのごとく真っ黒に染まっていた。

 

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