萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#105

 翌朝。大丈夫と言い張るマリを、エイイチは学校へ連れていく。案の定途中で歩けなくなったがそこはエイイチも織り込み済みだ。

 

「ほい。マリちゃん」

「ん」

 

 マリの足が止まるたび、何度も背負う。それ自体は苦ではない。肩へ回されたマリの手に、ほとんど力を感じないことがエイイチはなにより辛かった。

 

 人目につく商店街あたりからマリは自力で歩きだす。なんとか始業チャイムまでには学校へ到着し、エイイチは校門前で手を振った。

 

「じゃあ、いってらっしゃい」

 

 無事に送り届けたものの、エイイチはマリの容態が不安だった。なので昼になるまで商店街でうろうろと時間を潰し、ふたたび学校へ向かう。

 

 昼食時は校外へ出る生徒や教職員がちらほら見受けられ、学校への出入りも多少は目立たなくなる。エイイチは何気なく学校関係者を装いながら校舎へ侵入した。

 マリのクラスはどこだろうか。とはいえ学年ごとに二クラスしかないので呆気なく見つかった。

 

「あ……いた」

 

 エイイチはバルコニーで屈み、窓から教室内を覗き込む。二学年のクラスは校舎の二階にあり、エイイチは外壁の配管を利用して窓側からよじ登ったのだ。だれかに見つかれば言い逃れできない事案である。

 

 しかしエイイチのことは、今はいいだろう。

 肝心なのはマリの様子だ。

 

 昼休みということもあり、マリはアヤメ手製の弁当を食べていた。いや……食べさせられていた。

 先日狼戻館を訪れた(みなもと)のうしろの席で、その源から弁当を食べさせてもらっている。マリは口を開け、箸で差し出された卵焼きを無表情で迎え入れ、もぐもぐと咀嚼する。マリの背後には容姿が少し派手な女子が二人立ち、楽しげにお喋りしながら櫛でマリの黒髪を梳かしている。

 悪役令嬢ならぬ、もはや王女の振る舞い。

 

 エイイチは驚いていた。ふんぞり返るマリの態度に――ではなく、髪の手入れまで気にかけてくれる友人が源以外にもいたのだと。同時に温かい気持ちにもなるのだが、どうしてかエイイチは微笑みとは遠く口もとを引き締めてしまう。

 

 そのとき、ふと教室のマリと目が合った気がした。見間違いだろうか。今はまた穏やかな食事の光景が広がっている。

 マリの前では笑っていなければ。エイイチが決意を固めていると、胸にゴソゴソとうごめく感触がある。

 

「……ん?」

 

 エイイチの胸もとに留まっていたのは、十センチにもなるイボタガという茶褐色の巨大な蛾だった。

 

 響き渡る野太い絶叫。

 教室内の生徒が一斉に悲鳴の出どころである窓へ注目する。けれどそこにはだれもいなかった。校舎の二階だ、ふつうは人などいるはずもない。

 怪奇現象に騒然となる生徒達の中、マリだけは澄ました表情でイワシ明太を食べていた。

 

 

 

「い、痛てて」

 

 校舎の二階から転落しておきながら、エイイチにとってはこの程度である。頑丈な男だ。今さら言うまでもない。

 植え込みから這い出るエイイチ。すると校舎の角から人影があらわれる。スラックスのポケットに手を突っ込み、金髪の男が呆れたように肩をすくめる。

 

「まったく。君は僕の立場を悪くしたいのかい? それとも、自暴自棄にでもなっているのかな」

 

 エイイチは片膝をついて立ち上がり、つかつかとビーチの元へ向かっていく。そのままの勢いでビーチの胸ぐらを掴みあげた。歯を強く噛みしめ、エイイチに(・・・・・)あるまじき顔(・・・・・・)だった。いつものへらへらしたビーチの軽口に付き合うつもりは毛頭なかったのだ。

 

「エイイチ君、僕はすべて伝えたはずだよ。なんの不満があるというんだ」

「……っ……他に――」

「ない」

 

 エイイチの視線が力なく地へ落ちる。

 わかっているのだ、ビーチの封書に嘘がないことも。まだまだ安定してみえるマリの状態に、すぐに終わりがくることも。

 

「待雪マリが元凶を叩くしか方法はない。そもそも元凶がどこにいるかもわからないけれど。いっそ狼戻館総出で対処にあたってみるかい? 狼戻館は強者の集まりだ。“データベース”にはないけどやれるかもしれないよ」

「…………」

「たとえ全滅したって、みんな仲良く逝けるのならエイイチ君にとっては本望だろう?」

「……俺の望みが、マリちゃんの望みじゃねえんだよ……ッ」

 

 ビーチは憐れむように目を細めると、エイイチの頬へと手で触れる。

 

「こうなってしまうと、君の“力”も難儀だね。でもエイイチ君が、僕だけにこんな剥き出しの感情をぶつけてくれるなんてね。うれしいよ」

 

 ビーチの手を払いのけると、無言でエイイチは背を向けた。やることはわかっていた。午後の授業が終わるまで時間を潰して、マリを迎えにくる。それだけだ。

 校庭の桜はすっかり散って、心細そうに枝を揺らしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「おかえり、マリちゃん」

 

 まだ家ではなく、校門前だ。マリは首をかしげつつも、出迎えてくれたエイイチに「ただいま」と返した。

 気づけば斜め上へとぼんやり目を向けるマリに、エイイチは曖昧に微笑むしかなかった。

 

 狼戻館住人の多くが予測した通り、その日を境にマリは学校にも行けなくなった。

 ただこれまでと違い、マリ本人も学校へ通いたいとは口にしない。やがて館の階段すら上り下りできなくなり、ほとんどの時間を私室のベッドで過ごすようになる。

 

 深刻なのは体力の低下だけではない。ある日ずっとマリの面倒を見ていたエイイチは、食事の席で無意識に発言した。

 

「なんか、最近のマリちゃん。まるで昔に戻ったみたいで」

 

 それはエイイチがマリと出会った頃を指しているのだろうか。もしそうなら、エイイチの記憶に齟齬が生じていることになる。だが一時的なものかもしれない。ツキハもセンジュもアヤメも、エイイチの違和感に気づきながらも追及はしなかった。

 

 マリはよく、羊のぬいぐるみを胸に抱いてベッドへ横になっていた。過去にセンジュからもらった手製のものだが、部屋に飾ってはいたものの普段のマリならば見せない行為だ。

 

「マリちゃん、調子はどう? おやつ持ってきたよ」

「いらない」

 

 マリの視線は、だいたいが窓の外へ向けられている。エイイチは気にせずクッションへ座り、桜餅の乗った皿と湯呑みを並べた。

 

「アヤメさんの手作りだし、ぜったいうまいよ。なんなら俺の分も食べていいから」

 

 ベッド上のマリが、緩慢にエイイチへと顔を向ける。冷たい瞳。ヒツジを駒としか見ていない以前のマリ。いや、それどころか。

 

「だ――」

「……え?」

 

 マリは言葉を飲み込んで押し黙り、眉をひそめてエイイチを見つめる。その情けない顔の男へと、苛立ったように告げる。

 

「いらないって。おなか、すいてない」

 

 マリは“だれ?”と。そう言おうとしたのではないか。もし予想が正しければ、言葉として口にしていたなら、エイイチは耐えられなかったかもしれない。

 押し留めたのは、高潔な異形たるマリの意思だ。実態はどうあれマリは自身をそう評している。体の自由が利かず、意識が混濁する中で状況から判断したのだ。

 こんな状態の自分のそばにいる男だ。きっと並ならぬ間柄なのだ。ちょうど先ほど戯れに読んだ漫画のような――(ツガイ)、といったか。

 

 もちろんこれらは想像に過ぎない。エイイチの記憶が戻っているのか、マリの記憶が失われているのか、すべては不確定の話だ。

 

 エイイチはマリの隣にずっといた。何も行動を起こさなかった。呪いの元凶が“シオン”ではないことをわかっていた。本当の元凶を見つけるには何もかも足りなかった。次第に言葉も発することがなくなったマリを、エイイチはどんな気持ちで見守っていたのだろう。

 季節はもう、初夏を通り過ぎていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「もうすぐ夏休みだね! 海とか行くなら水着とかいるだろ? マリちゃんに似合うと思うんだけど、これスリングショットっていって」

 

 デデドン。

 

 エイイチが紐を掲げるやいなや、好感度の下降音が鳴った。なぜ喜ぶと思ったのか。エイイチは「まだ早かったか」とスリングショットをポケットに突っ込み、窓の外を眺める。夏雲と太陽、晴天だ。

 

「気持ちいいな。夜には天気崩れるらしいけど」

「……ぁ……」

 

 マリの微かな声に反応したエイイチは、笑ってうなずく。

 

「眩しかった? カーテンしようか」

 

 ティンティロリン。と効果音が鳴り、エイイチは遮光カーテンを引いた。室内は暗くなったが、近頃のマリはあまり電灯を好まない。

 マリが横になるベッドの空いたスペースへ、エイイチが腰かける。

 

「……ぅ……」

「はいはい水ね。ゆっくりでいいから、落ち着いて」

 

 マリの頭を支えて、ミネラルウォーターのペットボトルを飲ませてやるエイイチ。一滴もこぼさず水を飲んだマリを、やさしく枕に戻す。

 

 マリの瞳は虚ろだった。表情筋の一つも動かなかった。かつての勝ち気は見る影もない。ティンティロリン、と効果音だけ鳴らしたが、おもちゃのボタンを押す指さえ震えていた。マリが電灯を好まなくなったのは、今の姿を見られたくないからなのかもしれない。

 エイイチも同じだ。微妙に歪んだ笑みや、ペットボトルを持つ手がやはり震えていることを誤魔化すことができる。暗い部屋は互いに利点があった。

 源や、他のクラスメイトが何度も見舞いに来た。しかしエイイチは決してマリの姿をさらさなかった。約三ヶ月、この部屋はずっとエイイチとマリ二人だけの空間だった。

 

「マリちゃん。大丈夫だから」

 

 エイイチはマリの手を握りしめる。握り返してくる力は感じない。

 エイイチの愛した【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】では、次女の原因不明の病魔は奇跡によって取り除かれる。愛し合う二人が呼び起こす奇跡。概要だけなら陳腐にみえるかもしれないが、選んだヒロインに感情移入し、幸せを心から願ったプレイヤーにとってはこれ以上ないベストエンディングだ。

 

 だが残念ながらここはエロゲーの世界ではない。エイイチはわかっている。

 

「ぜったいに、大丈夫だから」

 

 まるで自身にも言い聞かせるように、繰り返した。マリからはもう、効果音も返ってはこなかった。

 

 

 

 夜になり、雨が降る。狼戻館のダイニングルームは、三名もいながらだれ一人として口を開かない。

 九十日の呪い。期日は明日なのだ。エイイチと違い、なにもしてこなかったわけではない。

 

 たとえば最近、夜遊びする不良じみた若者の間である少女が話題になっていた。その少女は目深くフードをかぶり、こう質問してくる。

 

「シスターみてぇな格好した女だ、知らねぇ? なんでもいいから教えろよ」

 

 見た目中学生くらいの小さな少女だ。血の気の多い者は当然、馬鹿にして絡んでいく。けれど少女の暴力は苛烈だった。

 一方的に打ちのめされて何も知らないことを告げると、少女は舌打ちして次の獲物を探しにいくのだ。

 おかげでここしばらくは、用もなく夜に出歩く者は減っていた。

 

 町にある唯一の図書館ではメイド服の女性が目立っていた。メイドは毎日郷土史料など自治体誌を読み漁っていた。もともと静かな図書館だが、集中しているのかメイドはとくに音に敏感だった。

 

「はあ。……身分証はお持ちでしょうか」

 

 あるときカウンターで職員を呼ぶ声がよほど耳に触ったのか、メイドは貸し出しカード作成から本の貸し出しまで勝手に業務を代行したのだ。手順も完璧だった。その後出禁となったのだが、今でもあのメイドは何者だったのだろうかと一部で噂になっている。

 

 日々衰えていくマリに動じず、見守る姿勢をつらぬいたのはツキハだけ。異形は基本的に“個”だ。マリが死ぬのなら、冷徹に受け止めるだけなのだろう。

 

 はたして本当にそうなのだろうか。

 違う、これも間違いだ。

 

「――ツキハ様。もうお止めください」

 

 アヤメがやや強い口調で言うと、ツキハは深海からあがったかのごとく大きく息を吐き出した。周辺の山々や夜の町から、数千本もの樹木の影が瞬時に消える。

 

「ハァ、ハァ……駄目ね。どこにも、なんの痕跡もありはしない。呪いの専門が聞いて呆れるわね……っ」

 

 ツキハは連日に渡って体力の続くかぎり、山も町も隅々まで監視し尽くした。それでも手がかりは得られない。

 

 エイイチは拒んだが、ビーチの進言通り狼戻館は総力をあげて対処にあたっていたのだ。もはや成す術がなかった。明確に詰んでいた。

 

「……あの」

 

 ダイニングルームの扉をわずかに開けて、エイイチが顔を覗かせる。背には、ぐったりとうなだれたマリの姿もある。

 

「ちょっと、いってきます」

 

 ぺこりと頭を下げたエイイチは、マリを背負ったまま姿を消した。こんな時間、雨の中外へ出るらしい。

 センジュはなにか言いたげに腰を浮かせたが、苦虫を噛み潰したような顔でどっかりとまたチェアに座る。

 

「くそっ……! いいのかよ、あんな状態で行かせて」

 

 いいわけがない。しかし何度も結論づけたようにどうしようもないのだ。今度ばかりはエイイチとてなにも出来はしない。最後はマリと二人、どこかで静かに過ごしたいのかもしれない。

 

「……二人がここへ帰ってくることは、ないかもしれないわね」

「もしそうなったら、関わった者すべてを私が抹殺します」

 

 アヤメは図書館でなにかを掴んだ様子だった。たとえ現状のマリを救えなくとも、命に代えて仇を取るつもりなのだろう。

 達観しているようにみえて、ツキハも気持ちは同じだった。以前の狼戻館とは、住人の関係性もずいぶんと変わっているのだ。他ならぬ、エイイチがいたからこそ。

 

 だから、彼に託す。

 

 

 

 雨は絶え間なく、暗い土に沈んでいく。

 エイイチは冷えないようにマリへ上着をかけてやると、ぬかるみの中に足を踏み出していった。

 

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