萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#107

〝ツチノコ発見!? 新種のヘビか!?〟

 

 六十代の一般男性が、興奮気味にリポーターへ捲し立てている。

 曰く早朝農作業に出ようとしたら、見たこともない赤黒い蛇が数十――いや数百匹も家の周囲を這っていたと。知人を呼びに行っている間に蛇は忽然と消えてしまったのだと、モニターの向こうで口角の泡を飛ばしていた。

 

 ツキハはリモコンを操作し、六十五インチテレビの電源をオフにする。近頃購入した家電である。

 

「地方のニュースはパッとしないわね。アヤメさん、ソーダをくださる?」

 

 ダイニングルームに備え付けてある炭酸水メーカーのレバーを操作し、アヤメは強炭酸水をグラスに注いだ。こちらはサブスクのレンタル品。ツキハはとくに気に入っており、いずれ買い取るつもりで考えている。

 

「どうぞ」

 

 ツキハには炭酸水をそのまま。対面で立て膝に顎を乗せているセンジュには、レモンを絞ったものをアヤメは差し出した。

 

「お。あたしにも? さんきゅ」

 

 クリアブルーの清涼感のあるグラスを傾ける二人。喉が鳴るたびに炭酸水は勢いよく減っていく。

 室内に差し込む日射しはジリジリと肌を焼き、すっかり夏を感じる気候だ。

 

「それにしても……長いですね。すでに丸二日になります」

 

 心配そうにつぶやくアヤメに対し、ツキハはグラスを置くと笑みをこぼした。グラスに残る炭酸水は気泡をシュワシュワと奏でる。

 

「疲れているのよ。きっと本人の想像以上にね。それに、マリが見ているのでしょう? じきに目覚めるわ」

 

 ツキハの予想を肯定するかのように、ダイニングルームの外から二人分の足音が聞こえてくる。

 気怠そうに伸びをするセンジュの表情も和らいで見えた。

 

「へ。寝坊助め、ようやくお出ましかよ」

 

 狼戻館住人、全員が待ちかねたヒーローの凱旋。扉が開くと同時、元気のいいエイイチの挨拶が響く。

 

「おはようございます! いやぁなんか寝すぎて頭フラフラするっていうか、すっげえ腹も減っちゃって!」

 

 起き抜けの割にはまぶたも持ち上がっており、寝癖などもない。おそらくエイイチのうしろに控えているマリが世話を焼いたのだろう。

 マリも今回の立役者がだれになるのか、よくわかっている。だからこそエイイチを先に入室させた。ささやかだがエイイチを立てているのだ。

 

 アヤメが処置を施した頭の傷も、開いたりはしていなさそうだ。一通りエイイチの全身を観察したツキハは、言葉でも一応の確認をとる。

 

「お元気そうで安心したわ。もう大丈夫なのかしら」

「あ、はい。俺の睾丸はでかいかもしれないですけど、パンチもらった直後にこう、ぐりんってスリッピングアウェイで衝撃が逃げましたから」

「なにを言っているの?」

 

 ツキハの冷ややかな視線をものともせず、へらへらと笑うエイイチ。傷は塞がっても、そもそも頭の具合がよろしくないのかもしれない。

 

「ししゃも……」

 

 唇に人差し指をあて、マリが物欲しそうに呟いた。テーブルに二人分空いた席。白米と味噌汁に根菜のサラダ、焼きししゃもが十四本も山と盛られている。

 

「呪いの快気祝い。あたしとツキハから二本ずつお裾分けだぜ? マリお姉ちゃん」

「カラフトではなく、本ししゃもです。マリ様、エイイチ様もどうぞご賞味ください」

 

 マリは全員の顔を見渡し、瞳を輝かせた。

 怪我に関してはエイイチ以上に心配する必要は皆無だが、つい先日まで命さえ脅かされる呪いにかかっていたのだ。とくに末期にはまともな食事も摂れていなかった。

 

「呪いといえば――」

 

 さっそく席に着こうとするマリは、呟いたエイイチを振り返る。エイイチは顎を触りながら俯き、深刻な表情を浮かべている。

 

「もしかすると俺、呪われたかもしれない」

 

 祝宴の場に緊張が走った。

 呪いが伝播した? あり得ないとは言い切れない。此度の事件は未だわからないことが多すぎる。ツキハは視線でエイイチに説明を求める。

 

「実は、これ。なんですけど」

 

 シャツのボタンを外したエイイチが、上半身をはだけさせた。すると首すじ、胸もとを中心に無数の鬱血の跡がある。赤に近いものから紫色まで、時間経過により変色の度合いが異なっているのだろう。

 なぜかマリが、めちゃくちゃ焦った様子でエイイチへと詰め寄る。

 

「な、なんでそんなもの出すの!?」

「だってさっき鏡見て怖くなったんだよ! 覚えないしこんな痣! 寝てる間に呪われたんだって!」

 

 ちなみにセンジュは片手で顔を覆う恥じらいをみせつつも、指の隙間から横目でちらちら半裸を見ていた。

 瞳をスッと細めたツキハが、呆れたように息を吐く。

 

「マリ……あなた」

「しっ、してないしてない! わたしじゃない!!」

 

 エイイチの肌へ顔を寄せ、まじまじと見つめるアヤメ。

 

「ふむ……首と乳頭の近辺に集中していますね。なにかしらで吸引された跡、のようにも見えます。調査した方がよろしいかもしれませんね」

「で、ですよね!? やっぱりホラーゲームで生き延びるには万全の対策が――」

「調べなくていいからッ!!」

 

 真相は、闇の中へとマリが強引に放り投げた。

 真っ赤になりながら食事をかき込むマリへ、他の住人はなにもたずねないという手心を加えた。

 エイイチとアヤメだけは〝形が唇に似ていますね〟などと検分を進めていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 午後になり、エイイチは館の外へ出た。

 明日からはまたマリの送迎がはじまる。とはいえすぐに夏休みがくる。

 

 蝉の鳴き声のおかげで、山道はずいぶんと賑やかだ。川のせせらぎが、汗ばむ肌に幾分か清涼を届けてくれる。

 何度も通ったルート。きっと足腰も強くなった。エイイチは散策を楽しむ余裕をみせつつ、山を下っていく。

 

 熱を帯びたアスファルトは、山道よりも暑さを感じる。汗を拭い、長いガードレールの坂道を下っていくエイイチ。アイスでも買おう。そう思った。

 幸いにも今朝、ツキハから給料をもらっていた。働いてもいないのになぜ、と今回ばかりは思う者もいないだろう。実際エイイチの仕事っぷりは、地質調査などとは比べ物にならない成果を上げたのだ。

 マリの命を救ったのだ。

 本人は微塵も仕事と認識していないだろうが、それはそれ。成果に対する報酬をエイイチはありがたく受け取った。

 

 エイイチは行きつけの駄菓子屋で、ミルクバーを二本購入した。一本の包装を剥がし、棒アイスを舐めながら歩く。

 やがていつもの田んぼ道。足を止め、青々と育った稲を眺める。背景をブルーの空と巨大な入道雲が鮮烈に彩る。これ以上ないロケーションだ。

 

「……食べる?」

 

 エイイチは独りごち、未開封のミルクバーを横へ差し出す。

 だれもいないと思われたが、細い指がアイスを受け取った。

 

「ゔぇぇ……溶けてんよぉ」

 

 エイイチのとなりへと並ぶシオン。指に垂れたミルクを舐め取り、ネイルの付け爪で包装紙を摘み剥がしている。

 この時期の修道服は熱がこもりそうだ、とエイイチは見もせずに感想を抱いた。

 

 二人は無言でアイスを舐めていた。入道雲の手前を横切る飛行機が、真っ青な空を分断するかのように飛行機雲を引いていく。

 

「でも、よかったよ」

「なにがぁ?」

「マリちゃんにもしものことがあったら、俺は君を許せなかったかもしれない」

 

 エイイチの視界は田園の地平、遠景の山と空にある。

 シオンもずっと、エイイチと同じ方向を見ている。

 

「じゃ、許されたんかぁ……べつにいいのに」

「シオンちゃんの目的は、なに?」

 

 エイイチとシオンの視線は決して交わらない。互いに、本当にとなりに存在しているのか確認出来ていない。

 

「アタシは――〝半身〟を探してる」

 

 そのシオンの言葉だけ、やけにハッキリとエイイチの耳へ届いた。それこそ鼓膜のすぐそばで囁かれたような。

 アイスを食べきったエイイチが、体ごと横を向く。田んぼ道には一人きり、他にだれもいなかった。

 

 咥えたアイスの棒をぷらぷら揺らして、エイイチは歩きはじめる。帰ったらひとっ風呂浴びて、夏の計画を立てよう。考えただけで頬が緩む。

 

「ビキニに浴衣、か。ホラーなのに最高だなぁ」

 

 最高の夏を夢想する。

 はたして妄想は現実となるのだろうか。それとも夢と消えるのか。エロゲーとホラゲー、どちらの展開にエイイチは誘われるのか。

 次なる事象の鍵となるのも実は〝夢〟なのである。

 

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