萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#109

 石造りの街はかつて栄華を誇っていた。

 大陸のほぼ中央に位置し、各国を結ぶ複数の交易ルートは人や物の盛んな往来を生んだ。

 国家間で交わり、多様な人種が集った都市の発展は約束されたものだった。

 技術の交換や移転、成熟する食文化の拡大。数多くの宗教建築物が建てられ、信仰の垣根を超えた神像や英雄像は街の象徴となった。

 

 しかし咲き誇った花は、いずれ散る。

 種族も、信仰の対象も異なる人々は互いを受容したのだ。大きな争いもなく、賑やかで平穏だった街はなぜ落日の憂き目に遭ったのか。

 

〝砂〟である。

 

 大陸東にある独裁体制の国が突如、砂へ沈んだ。国を丸ごと呑み込むだけでは飽きたらず、砂は大地を侵食し続ける。周辺国の街や村を、そこに暮らす人や家畜ごと砂中へ埋めながら拡大したのだ。

 逃げることは容易ではなかった。なぜなら砂の発生と時を同じくして〝悪魔〟が現れた。

 

 古くから共存してきた魔物と呼ばれる原種と異なり、悪魔どもは明確にべつの意思を持っていた。〝砂〟と共通の意思。すなわち文明社会の破壊だ。

 

 陸地の東側半分が砂と悪魔に支配され、一度はもぬけの殻となった大陸中央の街は今。西側への侵攻を阻む最前線の城塞都市として生まれ変わり、かつての街とはまた違う活気に包まれているのだった――。

 

 

 

「へー。そうなんだ」

「長々と説明させてなんだよその反応は!」

 

 石段へ座るエイイチのそっけない返事に、センジュは足裏で地面をダン! と踏みつけて憤慨した。

 仕方がない、だって夢だもの。そう言いたげなエイイチだったが口には出さない。

 

「そんで、センジュちゃんはなにしてるの?」

 

 たずねて、エイイチはあらためてセンジュの格好をまじまじと見る。

 へそが丸出しの服で、鎧と呼べる金属部は左肩と籠手だけ。夏らしい格好といえばそうなのだが、前述の通り日本よりも気温が高いためかセンジュの腹を汗が流れていく。つつーっと筋を作って流れ落ちた汗が、へその中へと溜まる様子をエイイチは真面目な顔で見届けた。

 

「えと……まぁ悪魔とか大層な敵、いい腕試しになりそうじゃん? あ、勘違いすんな人助けとかじゃねーぞ! あたしはただ釣り合う相手とやってみたいだけだからな!」

「へー。そうなんだ」

「なんだよその反応は! あとさっきからおまえどこ見てんの!?」

 

 ここが夢の世界ならば、エイイチの目の前で怒っているセンジュも夢なわけで。堂々とへそを眺め、たとえ咎められたとて、どうってことはないなとエイイチは考えている。

 

「なるほど、喉が渇いたときに潤す用か……」

「なんのことだかさっぱりわかんねーけどさ、人の腹ガン見しながら言う台詞じゃないってことはあたしわかるよ。気持ち悪いぞ?」

 

 エイイチへ白い目を向けつつ、手で腹を隠すセンジュ。雷様とエイイチに対してへそをさらしてはならない。そんな教訓を得た。

 

「ようするに、センジュちゃんは悪魔と戦おうとしてるってわけだな。理解した」

「ああ。火を吐くニワトリみたいなやつ。前回は思わぬとこで撤退する羽目になったからさ、リベンジしてーんだ」

 

 そういえばアヤメと二人で介抱しているときに、センジュは火の玉がどうこうと寝言をもらしていた。あのときの夢の続きなのだろう。

 そこまで思考して、エイイチは「まてよ」と呟いた。

 

 火の玉云々は、あくまで〝センジュの夢〟の話だ。それがどうして、エイイチの夢の中で続きが再生されることになるのか。無意識下でセンジュの夢の内容を覚えており、エイイチの脳内で勝手に続編が作成されたのかもしれない。

 

「おーい、なに考え込んでんだよエイイチ! こっちだこっち!」

 

 センジュに呼ばれて、石段から腰をあげたエイイチは建物の表へと回る。衆目を気にして一時的に身を隠した二人だが、どうやらセンジュが先ほど揉めていた相手や野次馬はすでにいなくなっている。

 エイイチが建物を覗くとカウンターやテーブルが確認でき、けっこうな数の人が賑わいをみせていた。センジュは堂々と中へ入る。

 

「なにここ、居酒屋?」

「ばーか〝ギルド〟だよ。あたしはもう受注してるから、エイイチもとっとと受けてこいよ」

「ディルド? あ、いや、お、俺は受けとかそういうのは、ちょっと」

「ほんとになに言ってんの?」

 

 たとえ夢であっても裂けそうな行為は避けたい。尻を押さえて怯えるエイイチの首根っこを掴み、センジュはずるずると引きずっていく。

 カウンター横のボードにはたくさんの依頼書が貼ってある。ごった返す人混みを強引にかき分け、センジュは一枚の依頼書を指し示した。

 

「ほらあれ、カウンターに出してこいよ」

「えーなになに。〝鉱山を回遊する鳴き声の大きな紅嘴(こうし)の霊鳥〟……これが名前? 翻訳文みたいだな。センジュちゃん、でも受注に〝ランク(アダマス)〟が四名以上必要って書いてるけど」

 

 ちなみにエイイチが受注と同時にギルドへ登録した場合、ランクは最低の(ドンガメ)からはじまる。

 

「問題ねーって。あたしは(サベージ)だぞ」

「プリミティブバーストの――」

「いんだよそれはもう!」

 

 ボードの前は再び混雑してくる。センジュは背が低いので、すし詰め状態ではとくに暑い。汗だくに耐えられなくなったため、ふらふらとボードから離れる。心配してついてこようとするエイイチを、センジュは手で制した。

 

「大丈夫。あたしは街の東門で待ってるから、受注したら合流しよーぜ」

 

 こうしてギルドに一人取り残されるエイイチ。屈強な男達の隙間から、目ざとく見つけた一枚の依頼書へ手を伸ばす。内容は薬効のある植物の採取である。

 しかしエイイチが依頼書を剥ぎ取った途端、ギルド内に大笑いする声が響いた。

 

〝おいおい嫁の仕事を横取りする気か?〟や〝子供のために残しておいてよね〟などと揶揄される。ようは薬草採取や荷物運搬の依頼は、あきらかな非戦闘員である女子供の仕事なのだと。初見ではわからない暗黙のルールがあるのだ。

 

 鱗状のごつい鎧を着た男が、エイイチの肩をむんずと掴む。この男、顔はトカゲである。

 

「兄ちゃん、オレが仕事回してやろうか? きつくてだれもやりたがらないが、兄ちゃんにぴったりの仕事あるぜ」

 

 そう言ってトカゲ男はゲゲゲと笑う。蛇みたいに割れた舌が、面長の口からチロチロと伸び縮みしている。

 エイイチは怒るでもなく怖がるでもなく、トカゲ男が背負う巨大なこん棒をじっと見つめた。

 トカゲ男もエイイチの視線に気づいたようだ。

 

「なに見てやがる――おい、勝手に触るな!」

「へえ。立派だなぁ。黒光りして、艶がある。よく手入れされた竿だ」

「……わかんのかよ? (ドンガメ)なんぞに」

 

 一触即発の雰囲気に、あれだけ馬鹿笑いで溢れていたギルド内が静まり返っている。

 トカゲ男の背のこん棒を、エイイチは上下にさすりさすり撫で回して続ける。

 

「固くて長くて太い。けどな、どこまでいっても結局は相性だ。どんなにいきり立ったところで、噛み合わなけりゃ宝の持ち腐れだよ」

 

 トカゲ男は硬直した。つい先日のことだ。軟体のスライムのごとき敵を相手にした際、自慢のこん棒がまるで意味を成さなかったことを思い出したのだ。

 エイイチは植物採取の依頼書を、トカゲ男のこん棒にぺたりと貼りつける。

 

「あんたの立派な息子にプレゼントだ。……あ、そうそう。表面をもっとイボイボ――いや、デコボコさせたりするのもアリだと思うよ」

 

 エイイチは片手をあげてギルドを後にした。

 

 あの男、ただ者ではないのかもしれない。ギルドの屈強な種族たちが次第にざわつき出す。中でもトカゲ男の受けた衝撃はより顕著だ。

〝いきり立とうと噛み合わなければ意味がない〟

 ダブルミーニングだ。この世界にダブルミーニングという概念があるのか知れないが、トカゲ男が二重のメッセージを受け止めたことはたしかだ。

 先日のスライムにこん棒が通用しなかった件。挑発したつもりがエイイチにスルーされた件。トカゲ男はエイイチのステージに上がっていないと告げられたも同然なのだ。植物採取からやり直せ、と。

 

「表面を、デコボコに……か」

 

 そうすればスライム相手にでも身を削り取り、有効打を与えられたかもしれない。

 悔しいが、非を認めてこそ人は高みへと少しずつ上昇する。そのことをよく知る〝戦士〟であるトカゲ男は、口を歪めてゲゲゲと笑うのだった。

 

 

 

 一方、センジュは約束した街の東門で待ちぼうけしていた。すでに日は暮れかけており、今から鉱山に向かうのはさすがに現実的ではない。

 

「……ち。なにやってやがんだ、エイイチのやつ!」

 

 きっと約束をすっぽかされたのだろうと。門衛の憐れんだ目から逃げるように、センジュは大股で街中へと引き返す。

 ギルド周辺や中心部の広場にエイイチの姿はなく、露店エリアにさしかかったところだった。聞き覚えのある声が轟く。

 

「安いようまいよ~! どうだいそこの奥さん、夕食に串焼きは!? 精がつくよ! これで今晩は旦那さんもおいしい串を奥さんに食べさせてくれるってもんよ! まいったね寝れないよ~!?」

 

 コンプラを無視したド直球の下ネタである。現代なら大問題になっている。だがここは見知らぬ異世界。声をかけられた奥方も〝やだぁもぅ〟などと照れながら串焼きを十本も購入した。

 

 客を捌いたエイイチは、ねじり鉢巻を外すと額の汗を拭う。いい笑顔だった。これほど労働に充実感を滲ませているエイイチの姿は、はじめて見るかもしれない。

 

「……なにやってんの……?」

 

 露店を眺めて棒立ちし、センジュは消え入りそうな声で呟いた。悪魔討伐の依頼も果たさず、なぜ相棒に選んだ男は下品に串を売っているのだろう。

 

「あ、センジュちゃん! やっぱギルドの依頼は俺になんか合わなくてさ! べつの仕事探してたら、ここの大将が雇ってくれるっていうから!」

「……いいよもう。行くぞ、ほら」

「痛てて!? ちょ、待ってエプロン返さなきゃ! すんません大将、今日は上がっていいすか!? 連れが戻ってきたんで!」

 

 センジュが再びエイイチを引きずって宿へ連れていった頃には、日も落ちて完全な夜になっていた。

 

 建物はそれほど立派ではないものの、宿には風呂もついていた。木の桶みたいな風呂だったが、肩まで熱い湯に浸かりエイイチはすっかり火照っていた。

 

「あがったよー、センジュちゃん」

 

 歩くたびに床板が軋む。二階奥の部屋には、先に風呂へ入ったセンジュが簡易なベッドに腰かけている。エイイチもセンジュも、格好は宿に用意されている簡易な一枚着だ。入院患者の服にも似ている。

 

 しばらくの間ふくれっ面をしていたセンジュだったが、エイイチが大将から貰った二十本もの串焼きを平らげる頃には険が取れたようだ。

 

「ふう。腹パンパン。もう食えねー」

「大将のサービスに感謝だな。いい人でよかったよ」

 

 さて。狭い部屋にはベッドくらいしかない。壁には光る石みたいなものが嵌め込まれているも、照明は薄暗い。そして蒸し蒸しと暑い。現代の日本がどれだけ恵まれているか否が応にも実感する。

 センジュとの会話も途切れた中、エイイチは思う。

 

 この夢いつ覚めるのだろうか、と。

 

 もしやこのまま目覚めないのでは、と若干の不安がよぎるエイイチ。

 並んでベッドに腰かけているセンジュが、ふいにギシリと立ち上がった。

 

「……暑ちぃな」

「え? あ、ああ。うん」

「……脱いじまおっか」

「え!?」

 

 エイイチはわかりやすくたじろいだ。けれど、なるほど。やはり夢なのだ。夢だからこそ、エイイチの望む方向に話が進んでいくのだろう。

 ふと、エイイチは考える。

 

「望む……方向……?」

 

 つまりエイイチは望んでいる。センジュとそういう関係に事が運ばれるように。マリという大切な者がありながら、脳内には〝ハーレム〟という単語が浮かぶのだ。

 

「なにぶつぶつ言ってんの?」

 

 薄暗い部屋で、センジュも風呂上がりのせいか火照って見えた。

 微熱でもあるかのように顔を赤くして、少し苦しそうにハァハァと息を吐き出す。下ろした金髪は前髪が汗で張りついていて、淡い照明によって汗で濡れた首筋が光っている。

 たしかにこれは、脱いだ方がいいかもしれない。

 

「う、うしろ向いてようか?」

「いいよべつに。見てて」

「わ……わかった」

 

 エイイチの喉がごくりと鳴る。膝の上で拳を握る。一つの所作も見逃すまいと、センジュの立ち姿を視界の真ん中に収めた。

 センジュも背を向けることなく、一枚着の裾に手をかける。ゆっくりと衣服が持ち上がる。太ももは内股に閉じており、下着は身につけているらしい。昼間ガン見した以来のへそがお目見えとなり、さらに上へ。あばら骨の浮いた皮膚、そしてついに膨らみの下半分へと――。

 

 

 

 

 ――ハッと。エイイチの瞳に映るのは天井だった。よく知っている。センジュの部屋の天井だ。

 エイイチは鼻で笑う。明晰夢なのでわかってはいたが、あと少しくらい目覚めを遅らせてくれてもよかったはずだ。夢は無慈悲。神などいない。

 

 それにしても全身汗だくである。身を起こす前に、エイイチは何気なく隣へ顔を向ける。

 

「おわ!?」

 

 センジュが瞳をガン開きにして天井を見ていた。軽いホラーだ。どうやら昨夜はあのままセンジュと並んで寝ていたらしい。

 

「お、おぉ。おはよ、エイイチ」

「う、うん。おはよう」

 

 ぎこちなく挨拶を交わした二人は、手を繋いでいることに気づく。指まで絡まっている。どちらからともなく手を離したが、二人の手のひらは汗でぐっしょりと濡れていた。

 

 センジュのベッドから下りたエイイチは、手のひらをじっと見下ろす。思うところがあり、ためしに口を開く。

 

「串焼き――」

「へ!? な、なんて!?」

「いや……なんでもない」

「そ、そか。もう朝メシだろ、多分。さ、先にいけよエイイチ」

 

 まだセンジュはベッドから下りる気はないようだ。エイイチはうなずいて、センジュの部屋を出る。

 

「いや……まさかな」

 

 首をひねり、ダイニングルームへ向かうのだった。

 

 

 

「……お二人とも、食が進まないようですが」

「夏バテ? だらしがないわね。体調管理を疎かにしているのではなくて?」

 

 朝食の席で、エイイチとセンジュはまったく箸が動かなかった。十本ずつ食べた串焼きが、未だ胃の中に残っているような感覚だ。だがあれは夢のはずである。

 

 うっぷと青い顔で俯く二人へ、ツキハとアヤメは怪訝な目を向けていた。

 

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