萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#110

 蝉がジージーと鳴く昼。エイイチはゲストルームの窓から外を眺める。いい天気だが、冷房の効いた室内とは違って外はおそらく三十度近くになっているだろう。

 

「あー。アイス食いたい……」

 

 こんな夏日に地質調査の仕事などする気にはならない。しかしアイスを食べるためなら外へ出るのもやぶさかではない。変な明晰夢のせいで未だ重い頭を、甘く冷たい刺激でスッキリさせたい欲がエイイチの中で高まっている。

 

「よし、行くか!」

 

 思い立ったが吉日ともいう。エイイチはシャツの袖を折り、ゲストルームを出た。そういえば着る服があまりにも少ない。先日給料も出たことだし、ついでに夏用の服を買うのもいいだろう。気分が弾む。

 

「マリちゃーん、マリちゃーん! ……そっか。泊まりからまだ帰ってないのか」

 

 ダイニングルームを覗くも、だれの姿もない。仕方なく一人で出かけるかと玄関へ向かうエイイチ。ラウンジの前を通り過ぎようとしたところ。

 

「ん、ん~……るっせえなぁ、でっかい声出しやがって」

「あ、センジュちゃん。またこんなとこで寝て」

 

 ラウンジ内の革張りのソファで、センジュが猫のように背をしならせて伸びをする。ひどく眠そうに目を擦っているが、明晰夢をみたエイイチにもその気持ちはよくわかる。

 だが願ってもない同行者だ。エイイチは喜んで声をかける。

 

「町へ一緒に行かないか?」

「あ? 町ぃ? めんどくせーよ、なにしに行くんだよ」

「アイス奢ってあげる。あと俺の服を選んでくれ。センジュちゃんの服も買っていいよ。……あんまり高くないのなら」

「服なんて、あたしはべつに……」

 

 ソファの上であぐらをかき、センジュはあくびを噛み殺す。タンクトップの肩はずり落ち、無防備極まりない。

 

「残念だな。センジュちゃんが行かないなら、俺も館に残るか。このホラーな館に。きっと思いもよらない恐怖体験に遭遇するんだろうな、おお留守番怖い」

「饅頭怖いみたいに言ってんじゃねーよ。しかもこの場合、おまえが言うべきは〝外出怖い〟だろあの落語の意味わかってんのか」

「調子出てきたね! じゃ行こっか」

「なんでだよ! はぁ……」

 

 呆れつつも、センジュは頭をがりがりかいて立ち上がった。

 エイイチは策士である。狼戻館の住人が、ここをホラーゲームの舞台だと悟られないよう振る舞うことをエイイチは知っている。だから逆に利用したのだ。

 そしてセンジュは住人の中でも、とりわけツキハの画策を忠実に実行しようとする傾向にある。つまり館がアダルトゲームの舞台であるとエイイチに信じ込ませるミッション、これを大真面目にこなす。根が純粋なのだ。

 

「ほらほら、はやく出よう」

「ちょ、待てったら、もう! エ――エイイチ、せんせ?」

 

 ホットパンツから伸びる素足を擦り合わせ、センジュは自らタンクトップの胸もとをこれ見よがしに下へ引っ張った。夏になり少し日焼けしているのか、控えめな谷間は腕や足よりも白く。さらには上目遣いを添えて。

 

「せめてなにか、羽織らせて。ね?」

「お、おああ! もちろん! さ、先に玄関で待ってるよ!」

 

 上ずった声で同意したエイイチは素早く背を向ける。昨夜の夢の中でも似たようなシチュエーションに遭遇したはずだが、現実では輪をかけて挙動不審だった。

 いける。やはりエイイチの本質はホラゲーよりもエロゲーに寄っている。そう確認したセンジュはニヤリと犬歯を覗かせるものの、その顔は真っ赤だった。

 照れ具合は五分といったところ。勝者はいない。

 

 

 

 

 外は予想通り茹だるような暑さだ。山を下り、辺りに太陽光をさえぎる木々が無くなれば余計に熱気を感じる。

 しかしセンジュはともかく、額の汗を拭うエイイチもわりと涼しい顔をしていた。

 これも夢のせいだ。あの異世界の渇いた高温、砂を含んだ熱風に比べれば大したことはない。ただし、前述したように汗はかく。

 

「駄菓子屋でアイスでも、と思ったんだけど。商店街にいい喫茶店があるんだよ。そこにしない?」

「あたしはなんでもいいよ。とっとと用事済ませて帰ろーぜ」

 

 いかにも常連のごときエイイチの口振りだったが、以前ビーチから教えてもらったあの喫茶店である。

 目的の店へ到着すると、エイイチは扉をカランと開けながら気取って注文する。

 

「ブルマン、一つ」

「アイス食うんじゃねーのかよ」

「あ、ああ、そうだった。メロンクリームソーダ一つ」

「あたしもそれ」

「ふ、二つ!」

 

 ぐだぐだと訂正するエイイチを置いて、センジュはさっさと窓際の席へ着いた。初デートの背伸びしたい学生の所作としては微笑ましいのではないだろうか。もっともエイイチは成人男性なのだが。

 

「ふぅ……」

 

 店内の空調設備が体の熱を下げてくれる。エイイチがセンジュの対面に座ると、すぐにウェイターがやってきた。

 

「いらっしゃいませ。こちら、お水とおしぼりです。ご注文はメロンクリームソーダがお二つ、でよろしいですかな?」

「あ、はい。それでおねが――」

 

 ウェイターを見上げて、エイイチは固まった。

 田舎町の喫茶店にしてはやや場違いな燕尾服。白髪をオールバックに整え、白い手袋を着用する〝老紳士〟なウェイターがエイイチを見下ろしていた。

 

「ぜっ――絶苦!?」

 

 エイイチが激しく身を引いたため、腕に触れたコップがカチャンと傾き水がこぼれる。

 ビビるのも無理はない。エイイチはこの絶苦という老紳士のことをよく知っている。

 

「はて。私をご存知で?」

 

 絶苦は布巾で濡れたテーブルを拭きあげると、とぼけた調子でエイイチへたずねた。

 エイイチの記憶に残るホラーゲーム【豺狼の宴】。第二章のBAD ENDルートにて、主人公とセンジュを一緒くたに葬る猟幽會の刺客。それこそが絶苦である。

 

「な、なんであんたが、こんなとこで」

 

 エイイチだけでなく、驚いたのはセンジュも同様だ。大きく開けた瞳で見上げている。

 絶苦は視線をセンジュへ移すと、観察するかのように目を細めた。

 

「寝不足か? センジュよ。常在戦場――心構えを忘れたのではあるまいな」

 

 言われてみれば少し隈ができているなと、エイイチも同意して頷く。だが今はそれどころの話ではない。

 

「センジュちゃんも知ってんだ……じゃあ本物の絶苦じゃん! やっぱここは【豺狼の宴】の世界ってことだ!」

「お、落ち着けよエイイチ! ホラーなんかじゃねえつってんだろ。ここは、その、え、エ、エロゲー! エロゲーの世界なんだよ!」

 

 両目をギュッと閉じて、センジュはやぶれかぶれに叫んだ。

 そんなにも恥ずかしがりながら、どうしてこれほど任務に忠実なのか。命じられるままに任務を遂行していた、猟幽會の頃の名残りなのだろうか。だとすれば悲しい話だ。

 

「エロゲー……だと? センジュ、貴様なにを言っている。脅迫でもされているのか? もうよい、何者にも縛られる必要はない。猟幽會は瓦解したのだ」

「あっほら猟幽會って言った! ホラゲーじゃん! エロゲーだなんて俺は騙されないぞ!」

「うるっせんだよ二人とも! 猟幽會なんか知らねー関係ねー! あたしがエロゲーつったらエロゲーなの! エロゲーみたいなこと、あたしといっぱいしただろ!? エイイチ!」

 

 センジュの爆弾発言を受け、絶苦は無言でジロリとエイイチを睨みつける。ゴミを見る眼差しだった。

 面食らったのはエイイチである。

 

「き、きき記憶にありませんけど!? センジュちゃん嘘はやめてくれよ!」

「おっぱい見てただろ! 毎日毎日おまえの視線わかってんだぞ! 風呂も一緒に入ったし添い寝もした!」

「そそそれはセンジュちゃんがいっつも視線誘導してくるからで! 添い寝は事実だけど風呂入った覚えはマジでない!」

 

 たしかに〝お風呂誘惑大作戦〟のときのセンジュは液体化しており、身に覚えがないというエイイチの主張も納得できる。だがその他については認めたようなものだ。

 

「エイイチ……貴様」

 

 ゴミを見つめる絶苦の眉間に深いしわが刻まれる。かつては上司と部下のような、師弟のような間柄だった絶苦とセンジュだが、現在はその関係性も大きく変化したらしい。

 以前にセンジュが絶苦のことを〝パパ〟と呼んだことに起因する。か……どうかは定かではない。

 

 もはや言い訳の言葉も思い浮かばず、エイイチはコップをあおる。早くも水は空っぽだった。店内のエアコンは冷風を吐き出し続けているのに、エイイチのシャツは汗でびっしょりだった。

 

「……だが、狼戻館の中でもとくに収まりがいいのだろうな。おまえ達が一緒になることは」

「え?」

「理に適っている。納得ができるということだ。……失礼、メロンクリームソーダをお持ちいたします」

 

 おそらくはエイイチとセンジュが同じ〝月〟の出自であることを絶苦は言っているのだろう。どこの馬の骨と共に過ごすより、相性はいいはずだと。

 ともかく、若い男女が大声でエロゲーエロゲー連呼し合う異常事態は終息した。

 

 

 

 居心地の悪さは拭えないまま、エイイチとセンジュはメロンクリームソーダを完食する。念願のアイスクリームも、甘ささえ記憶にない。

 エイイチは伝票をおそるおそるレジへ差し出しながら、絶苦へたずねる。

 

「あ、あのー。前来たときは、かわいいウェイトレスさんがいた気がするんだけど」

「本日はお休みですな。なに、私も彼女と同じアルバイトの身の上。立場は変わりません」

 

 ちなみに喫茶店のオーナーは買い出しに行っているとのこと。つまり絶苦は店を一手に取り仕切る老年のフリーアルバイターである。

 

「ウェイトレスを気にかけてくださるのは結構ですが、くれぐれもお目移りなきよう。またのお越しをお待ちしておりますゆえ」

 

 カランと店を出て、エイイチは思う。今後この喫茶店を気軽に利用するのはやめよう、と。

 

 

 

「んで、つぎは服だろ? はやく行こーぜ」

「そ、そうだね。商店街を見て回ろう!」

 

 二人は気を取り直して商店街をぶらついた。

 エイイチは途中、センジュが古物店を遠巻きに眺めていることに気づく。あまり若者が寄りつかないような店舗だが、マリモやブルワーカーなど収集していたセンジュは興味を引かれるのだろう。エイイチは快くセンジュを誘って入店する。

 

 店内は古美術以外にも、雑貨や生活用品まで置いてある。センジュはあれこれ手に取っては、店主であろう腰の曲がった老婆と和やかに談笑する。孫のように思われているのかもしれない。

 

 すったもんだあったが、センジュも楽しんでいる様子でいい雰囲気だ。店には申し分程度に漢字Tシャツなども陳列されており、センスを感じるものではなかったがエイイチは一枚を自身の体に合わせてみる。

 

「これなんか、どうかな?」

「ぷ。あはは! いーじゃん似合うよ。それにする?」

「じゃあ、これにしようかな! センジュちゃんも同じの買おうか?」

「えー? マジかよ、しゃーねぇな! ばあちゃん、これもちょうだい!」

 

 ちょうど汗もかいていたことだ。エイイチとセンジュはその場で購入したTシャツに着替えて店を出た。

 その後は夕暮れまで商店街でウィンドウショッピングしたり、買い食いしつつ二人は館へ帰る。

 エイイチもセンジュもニコニコだった。本当にいい商店街デートだったのだ。

 

 しかしテンションが上がっているときこそ、浮かれているときこそ買い物は慎重にならなければいけない。

 

 

 

 

「――は? そんな格好で町を練り歩いてたの? そんなペアルックで?」

 

 狼戻館の玄関先。外泊から帰宅していたマリが腕を組み、二人をまるで待ち構えていたようだ。若干の機嫌の悪さも見て取れる。

 

 エイイチとセンジュの白いTシャツには、殺害現場に立ち会ったかのごとく真っ赤なペンキがぶちまけられていた。背中にはでっかく縦に〝血のり〟の赤文字。まごうことなき悪ノリTシャツである。

 

「狼戻館の名を辱めたいの?」

 

 マリの詰問はしばらく終わりそうになかった。

 俯くエイイチとセンジュの羞恥心は五分といったところ。勝者はいない。

 

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