萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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「ふぅ。さっぱりした」

 

 風呂で汗を流したエイイチは、胸にでっかいピザが描かれたアメリカンなグラフィックTシャツを着て、廊下を歩いていた。

 昼間センジュと出かけた際、〝血のり〟Tシャツと共に購入していたものだ。今さらセンスは問うまい。しかし給料の使い途としてはよかったのではないだろうか。

 

「……ん?」

 

 本人に自覚はないが、エイイチのエロゲイヤー()は敏感である。変声機を介したマリの声を難なく聞き分けるなど、とくに狼戻館ヒロインズに対しては異常な聴力を発揮する。

 すでに照明が落ちたダイニングルームへ顔を覗かせる。すると、センジュがソファの上で寝息を立てていた。

 

「あれ、またこんなとこで。ここ最近、なんかどこでも寝てるな」

 

 そろりエイイチが近づくと、センジュはやや息苦しそうに寝返りを打つ。腹が出ていたので、シャツの裾を下げてやろうと手を伸ばしたところ。

 

「ぅ……ぐ……ぐああ!」

「セ、センジュちゃん!?」

 

 突如大声で呻きだしたセンジュ。悪夢でも見ているのだろうか。ハラハラしつつ見守るエイイチ。だが真に驚くのはここからだ。

 

「な――」

 

 なんと悶えるセンジュの体が、ふわりと浮き上がったのだ。ソファの数十センチ上で静止し、手足をジタバタとまるで何かに捕らわれているかに見える。

 

「ポポポルターガイストッ!!」

 

 ついにエイイチの恐れている事態が発生した。狼戻館の洗礼、疑う余地のない心霊現象だ。エイイチは〝でも原作【豺狼の宴】にこんなシーンあったかな〟とどこか冷静に記憶をたどりつつ、怪奇現象から解放するべく小さな体を抱きかかえようとする。

 センジュの全身がボッと発火した。

 

「うわあああ!? 人体発火ッ!!」

 

 ここへきてオカルトのオンパレード。宙空で燃え上がるセンジュには中々エイイチも手が出せない。もう腕が焼ける覚悟で救い出すしかない。

 エイイチがそう決意を固めたとき、背後で扉が開いた。

 

「エイイチくん、ここにいたの。少しやかましいんじゃない? それとね、今度海に行くことになったんだけど」

「マリちゃん!? センジュちゃんが!」

 

 真っ暗なダイニングルームを赤く炎が照らしている。火元は宙に浮いた妹だというのに、マリは湯上がりの黒髪を指でさらりと流す。

 

「水着を買いに行こうよ。その、エイイチくんが好きなやつ選んでも……いいよ」

 

 照れたようなマリの上目遣いは、男をものにする蠱惑の瞳。けれど絶対にその時ではない。三女が炎上しているのだ。

 愕然とするエイイチを見て、イカれた次女はようやく妹を一瞥する。

 

「……なんでこいつ燃えてるの? まあ死にはしないでしょ」

「死ぬよ!? なんとかしないと!」

 

 はあ、とマリはため息を一つ。握りしめた拳を腰だめに構える。得意の垂直アッパーを振るうも、館を壊さないよう力は加減して。

 それでも凄まじい突風が巻き起こり、エイイチは腕で顔を庇いながら目をつむる。ガタガタ振動していた窓ガラスもおさまり、再びエイイチが確認したときにはセンジュの炎も消えていた。

 

「ふふ……制御も完璧。そう、今こそが全盛期。狼戻館当主の座は、わたしのものに!」

 

 猛るマリは放っておいて、エイイチはセンジュの元へ駆けつける。肩を抱き、名を呼ぶとセンジュのまぶたがピクピク震えた。

 

「ぁ、ちち……――あちぃッ!」

 

 跳ね起きたセンジュは、火の粉を払うような仕草で自らの体を叩いている。あれだけの炎に巻かれながら、どうやら火傷の一つも負ってはいないらしい。無事なのは喜ばしいが、だとすればやはりあの火は霊的な現象なのだろうか。それにしては物理的な風圧で消し飛んだことが不可解だ。

 

「はぁ、はぁ、くそ……またかよ。体液沸騰するかと思った」

 

 センジュは汗だくの顔を俯けてつぶやいた。綺麗な金髪は額に張りつき、萎れた花のようだ。

 どこか消沈しているセンジュを、マリは腕を組んで見下ろす。センジュが怪訝な目を向けても、マリはなにか期待するような眼差しで突っ立っている。

 

「……ち。助かったよ、マリ」

「まあまあ、そんな感謝しなくてもいいよ。わたしのために、あなたも前は一生懸命動いてくれたみたいだし? これでチャラだから」

 

 催促した礼を受け取ると、マリは黒髪をしならせて踵を返す。

 

「それじゃエイイチくん。水着の件、忘れないでね。ふぁぁ……」

「お、おう。おやすみマリちゃん」

 

 復活した力を見せつけ、エイイチには色よい返事をもらい、あくびをしつつもマリは気分よく退室した。

 

 暗闇のダイニングルームに訪れた静寂。壁掛け時計がポーンポーンと十一回の時を打つ。

 ソファであぐらをかくセンジュは、エイイチに顔は向けず、おもむろに口を開く。

 

「あのさ、エイイチ。ちょっと頼みがある」

「センジュちゃんが俺に? なになに? なんでも言ってよ」

 

 普段あまり人を頼ることのないセンジュの願いごと。殺伐とした館において、エイイチが気の許せる妹のような存在でもある。よほど困っているのだろうと、エイイチは最大限力になってやる所存だった。

 

 

 

 さて――以上の経緯があり、エイイチはセンジュと同衾するに至った。センジュの私室で、同じベッドに寝そべり、薄いタオルケットを互いの体へと掛けている。

 センジュの体温は高い。繋いだ手は熱く、指まで絡まっている。エイイチの腕を抱っこするように、センジュは横向きになって密着しているのだ。フル稼働するエアコンも体の熱を冷ます効果がない。

 

 エイイチもセンジュと寝るのは初めてではないが、ほぼ無意識だった昨晩とは違う。普段は妹のように思うことがある相手でも、状況が変わればエイイチの意思などあっけなく揺らぐのだ。

 つまりエイイチの目はギンギンに冴えていた。勘違いしてはいけない。ギンギンなのはあくまで目だ。

 

「邪念なく純粋に海を楽しむ格好、俺はそれこそがビキニだと思うんだよね。布の面積は下着とほとんど一緒のはずなのに、着る方も見る方も下着ほどの恥ずかしさはない。なぜか? それは本音がどうであれ名目上は泳ぐための着衣であって――」

 

 ガン開きの血走った目で、気を紛らわせるためか捲し立てるように語るエイイチ。しかしセンジュはぐーぐーと早くも寝入っていた。無垢な寝顔だ。このあどけない姿を前に、邪な気持ちなど抱くはずもない。

 エイイチは眼球に痛みを覚えながらも、天井のシミを必死に数えた。念仏のごとく百を数え、三百が近くなったあたりでようやくウトウトまぶたが閉じていく。

 

 

 

 

 ――そして。

 やはりと言うべきか、エイイチは昨夜と同じ明晰夢をみた。

 砂に覆われた石造りの街。雑多な人種が行き交うただ中に放り出され、エイイチは「ふむ」と顎に手をあてる。するとふいに肩を叩かれたため、思考を中断して振り向いた。

 

「よ。やっぱり来たな、エイイチ。寝るのおせーよ。かなり待ったぞ」

 

 犬歯を見せつけ、センジュが親指を立てる。まるでエイイチが再びこの地を踏むことがわかっていたかのような台詞だ。見た目や性格だけでなく、会話の内容まで現実とリンクしている。

 不思議な感覚を抱くエイイチだったが、これも〝夢だから〟という一言で説明はついてしまう。どれだけリアルだろうと、エイイチの脳内のセンジュが映し出された姿に過ぎない。

 相変わらず軽装なセンジュの全身を、エイイチはじっくりと眺める。

 

「なんだよ? ジロジロ見て」

「いや。センジュちゃんはいつも恥ずかしい鎧着てるのに、なんで俺はTシャツなんだろうか」

「は、恥ずかしくねーだろべつに! こっちじゃトレンドなんだよ!」

 

 しかし納得がいかない。こちらでなにか服を購入しておけば、次回の夢では装備された状態なのだろうか。ゲームみたいだな、とエイイチは思う。

 

「あれ、髪とか焦げてないか? よく見たら体中傷だらけだし」

 

 丸出しのへそを注視していたエイイチは気づくのが遅れたが、センジュはひどく疲弊している様子。現実世界では無傷だったのに、夢で傷を負う。どこかあべこべな印象を受ける。

 ばつが悪そうに頬をかいて、センジュは口を尖らせる。

 

「思いのほか手強くてよ、あのニワトリ」

「ああ、あの悪魔とやらの。〝鉱山を回遊する鳴き声の大きな紅嘴(こうし)の霊鳥〟とかいう」

「……名前までよく覚えてんな」

 

 記憶を失う以前のエロゲーモブキャラの台詞すら一部覚えていた男だ。もはや異能の域である。

 

「二度も命を落とさず済んだのは、単純に運がよかっただけよ。次はこうはいかねえぜ、嬢ちゃん」

「そうそう、ちゃんとギルドに貼り出されてた通りの人数確保しないと。一人じゃ危険だってセンジュちゃん」

「うるせー! だいたい約束すっぽかしたのおまえだろエイイチ! あたし一人だって、あんなニワトリくらい――……。って、だれ!?」

 

 エイイチとセンジュが振り向く先。鱗状の鎧を着た顔面トカゲ男が、背を丸めて立っていた。二人の怪訝な視線を浴びて、トカゲ男は舌をチロチロと伸ばす。

 

「ゲゲ……チームの相性をたしかめる丁度いい仕事がある。出発は明日、今日はゆっくり休んだ方がいい」

 

 トカゲ男は紙切れを一方的にセンジュへ押しつけると、太い尻尾を振って背を向ける。エイイチが紙切れを覗き込むと、街の地図にマークと時間が記してあった。明日ここへ来いという意味なのだろう。

 

「オレの名は〝グレアム〟だ。よろしく頼むわ」

「お、おう。ええっと俺は――」

「〝エイイチ〟と〝センジュ〟だな? ちゃあんと覚えたぜ。じゃあな」

 

 グレアムと名乗ったトカゲ男は、去り際に背負ったこん棒を少し抜き出して見せる。表面がでこぼこと禍々しく歪んでいた。ゲゲゲと特有の笑い声が遠ざかっていく。

 

「……いつの間に仲間になってたの?」

「いやぜんぜんなった覚えねぇ。なんなら話したのもはじめてだし、あたし……」

 

 いったい、なんだったのだろうか。わかる者はこの場にだれ一人いない。

 

 

 

 日が落ちて、エイイチとセンジュは昨晩と同じ宿に宿泊した。

 すっかりリラックスした様子のエイイチは、ベッドに寝そべり頬杖をついている。行儀悪くも、どうせ夢だからと屋台で購入した串焼きを頬張る。

 センジュは片膝を立てて椅子に座り、しばらく物思いに耽っていたのだが。ふと顔をあげ、沈黙を破る。

 

「……なあ。ここ、現実じゃね?」

「ぶふっ。げほ! ごほ! な、なにをバカな。あり得ないって。ここにいるセンジュちゃんは、俺が夢で見てるセンジュちゃんで」

「あたしもそう思ってたよ、おまえはあたしが夢の中に作り出したエイイチだって。でも正直、エイイチのことこんな解像度高く再現できる自信ねーもん!」

 

 夢のセンジュとはいえ、その理由は少し悲しい。性格、性癖から既往歴まで知ってほしいとエイイチは願っている。

 

「それにさ……似てんだよ、ここ。なんつったっけ、あのシスターに見せられた世界にさ」

 

 シスターとはシオンのことだろう。エイイチ以外には、いまだ名を覚えられないようだ。

 エイイチは食べかけの串焼きを袋に戻し、体を起こした。アンニュイに俯くセンジュへ、真剣な表情で語りかける。

 

「現実か判断するのは難しいけど、方法はあるよ。俺が今からセンジュちゃんに質問する」

「なるほどな。おまえの質問にあたしが答えて、起きたら二人で答え合わせ――てことだろ?」

 

 エイイチが頷くと、センジュは身を乗り出した。おもしれーじゃん、と顔は不敵に笑んでいる。

 

「いいぜ? なんでも聞けよ」

「じゃあ、センジュちゃんの――」

 

 エイイチは質問した。

 センジュの余裕はすぐに崩れ、真っ赤な顔で慌てふためいた。

 エイイチは真面目な態度をつらぬいて、もう一度同じ質問をした。

 センジュはぐぬぬと唸ったあと、観念したようにぼそりと答えた。

 そして――。

 

 

 

 

 そして夜が明けた。場所は狼戻館、センジュの私室だ。

 ほぼ同時に目を開けたエイイチとセンジュはベッドに寝転がったまま、手を繋いだままで互いに顔を見合わせる。

 

「――センジュちゃんのほくろの数は一つ。場所は下乳の中心寄りでちく――」

「場所はいいだろッ!!」

 

 どうやら少なくとも二人が同じ夢の世界にいたことは確実だった。

 

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