萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#112

 朝食の席で、エイイチとセンジュはうつらうつらと頭を揺らしていた。

 夢の異世界へ足を踏み入れたあとは、どうにも眠気がひどい。

 

 アサイーボウルにスプーンを突っ込んだまま時が止まっているセンジュを見かねたのか、アヤメは息を吐くとダイニングルームを退室する。

 すぐに戻ってきたアヤメが抱えているのは制服の一式。形状はマリの学生服と同じものだが、リボンの色が異なっている。

 

「センジュ様」

「……んぁ?」

 

 寝ぼけ(まなこ)なセンジュの目前で掲げられる、おろしたての学生服。アヤメの言葉を待つセンジュは、未だ状況をつかめていない。

 

「夏休み明けの九月より、マリ様と同じ学校へ通っていただきます。すでに先方へ話は通してあります」

 

 センジュは口を半開きにして硬直していた。少しずつ意味を飲み込もうとしているのだろう。垂れそうになる涎を、急にスイッチが入ったかのごとく腕でごしごし拭き取る。

 

「んな――なななんでっ!?」

「近頃の生活態度は看過できないほどに弛んでいます。はっきり言って深刻です。規則正しい学生生活を送ることで、改善いたしましょう」

「いやだ! あたしは忙しいんだ!」

 

 寝耳に水とはこのこと。センジュは大いに慌てて抗議した。周囲を味方につけようと視線を巡らせるが、助け船を出す者が果たしているだろうか。

 

「いいんじゃないかな、他ならぬアヤメさんの提案なんだし。センジュちゃん制服似合いそうだし」

「くっ!」

 

 アヤメへの信頼度が高いエイイチでは話にならない。センジュは次の顔を見る。

 

「忙しい忙しいって、毎日庭を走り回ってるだけでしょ。あとは音楽聴いて、たまにゲームして。ちょっと体鍛えてる引きこもりじゃん」

「うるせえ! おまえに言われたくねーんだよマリ!」

「あなたがまともな学生やれるとは思えないから、不安はわかるよ。困ったら一学年上の〝お姉ちゃん〟を頼っていいからね」

 

 ふふんと鼻を鳴らして、マリは長い黒髪を背へ払う。仕草も態度もめちゃくちゃ腹立たしい。

 そう。制服のリボンの色から推察して、アヤメはセンジュを一学年から編入させるつもりのようだ。次女と三女という形式上では正しいのだろうが、異形としてマリを格上に思ったことなどセンジュは一度もない。

 

「ふふ、いいじゃない。姉妹で学業や青春を謳歌する。まるであの頃に戻ったようね。……と、いうことはアヤメさん? わたくしも大学へ通うことになるのかしら?」

 

 ツキハは頬に手を添えて、うっとりとした表情でアヤメにたずねた。勝手に話をどんどんと膨らませる。

 

「そうだわ、エイイチさんも一緒にどう? 大学生なら違和感なく溶け込めるでしょう」

「え!? マジですか!? 大学行きたいです俺! テニサーとか旅行サーとか入りたい!」

「いえ、その。伝手(つて)があるのは高校だけですので。もし行きたければ正規にご入学ください」

 

 悲しいかな、水を差すのはアヤメの本意ではない。しかし無理なものは無理だと、ハッキリ冷酷に伝えるのもアヤメの仕事だ。

 スン、とツキハの表情が消えた。

 

「……そう。まあ、わたくしもお仕事がありますし」

「はは……期待しちゃったじゃないですか……はは」

 

 一気にお通夜ムードとなるツキハとエイイチ。

 学校へ行きたくない者が行く羽目になり、行きたい者は行けない。ままならないものである。

 

「では。よろしいですね、センジュ様」

「わーかったよ! 行けばいんだろ行けば!」

 

 味方がいないことを察したセンジュは、抱えたアサイーボウルをワイルドに掻き込む。ボウル内にスプーンを転がして、じっとりとした瞳でツキハを睨め上げた。

 

「待雪ツキハ。このあとさ、いつものやつ、ちょっと付き合ってくんない?」

「ええ、かまわないわよ。運動がてらお相手してあげるわ」

 

 涼しい顔でコーヒーカップに口をつけ、ツキハは応じた。

 

 エイイチには何の話かわからなかったが、眉間にしわを寄せたマリがうんざりと窓に目を向けたので、それに倣う。

 外は太陽がギラギラと熱を発し、連日の暑さを維持しそうな気配だ。

 

「こんな日にバカみたい。エイイチくん、水着買いに行くのは今度にしよ? わたし部屋で書物読んでるから、ヒマなら来てもいいよ」

 

 席を立つと、マリは短いスカートで誘うように身を翻した。

 露骨だがエイイチに対して効果は抜群である。

 

「あ……」

 

 ちらり覗いたドット柄の下着と、遠ざかる白い太ももにエイイチは思わず手を伸ばす。かつて何度も洗濯したパンツ。デジャヴや郷愁に近い感情が胸を締めつけたのかもしれない。

 

「なーにが書物だ。どうせ漫画かラノベだろ。エイイチはあたしに付き合うよな! 今夜から正念場なんだ、わかってんだろ!」

「ぐぅ……! ああ、もちろん! でも、その、ぐぅ……っ!」

「……めちゃくちゃ名残惜しそうじゃねーか」

 

 いつまでもマリの出ていった扉を見続けるエイイチ。その頬をセンジュの拳がぐりぐり捻るのだった。

 

 

 

 

 裏庭のど真ん中には〝希望の樹〟が直立する。

 まだ若木だがそっと寄り添うように座れば、強烈な日光から多少はエイイチを守ってくれる。

 

 早くも屋外の熱気に参りそうなエイイチと比べて、入念なストレッチを終えたセンジュは準備万端だった。首に次いで拳の骨を鳴らし、脱力してぴょんぴょん跳ねる。

 エイイチはアホみたいに口を開けて、上下に揺れるサイドアップテールの金髪を眺めている。

 

「――お待たせしたわね」

 

 準備がある、と私室に戻ったツキハがようやく庭に姿を見せた。そしてツキハの格好にエイイチとセンジュは驚愕した。

 

「さあ、はじめましょうか」

 

 今朝のマリよりも短いスカートと、襟付きのシャツは清楚な白で統一されている。足元はツキハにしてはめずらしくスポーツシューズ。深海のような色合いの黒髪を後ろで結い、ポニーテールにまとめている姿も非常に稀だ。

 というかエイイチは、ツキハがテニスウェアを着ているのをはじめて見た。テニスラケットまで持っているのだ。間違いなくテニスウェアだ。

 

「あ、ああ、なるほど。何するのかなって思ってたけど、二人でテニスするんですか?」

「んなわけねーだろ! なんだよツキハその格好!? 舐めてんのか!?」

 

 吠えるセンジュに動じることなく、ツキハはラケットを手首でくるんと回転させた。馴染みを確認するかのように、二度三度と軽く素振りする。

 スカートがいくら捲れようともアンダースコートはもちろん履いているのだが、爽やかなはずのスポーツウェアもツキハが着るとなぜこれほど卑猥に映るのだろうか。エイイチは頭を悩ませる。

 

「気まぐれに着てみただけよ。遠慮せずいらっしゃい」

 

 ちょいちょいと手招きするかのようにラケットを振るツキハは、センジュからすればやはりふざけているように見える。だったら吠え面かかせてやる、とセンジュは怒りのままに歯を剥いて腰を沈めた。

 

 今朝は強がったものの、ツキハは大学の入学に未練たらたらだったのだ。マリやセンジュばかり学生気分を満喫し、自分だけ若さをアピールする場もない。ならばせめてと秘蔵のテニスウェアを引っ張り出したのだ。

 

「俺、聞いたことある。テニスにはたしかシコるだのシコラーだの専門用語があって――」

「本当かッ!? 本当だとしても今その解説いらねえよなぁ!? 黙って見てろエイイチ!」

 

 地を蹴り、センジュはツキハとの距離を瞬時に詰める。余裕ぶった顔面へと最短で届く拳を放つ。

 が、ツキハはなんとラケットでセンジュの拳を受け止めたのだ。

 

「な――!?」

 

 ラケットへ網目状に張られたストリングス程度、撃ち抜けぬセンジュの拳ではない。

 実際に真正面から止めたわけではなく、ツキハはラケットを巧みに引いて拳を受け流したのだ。

 

「速さだけではダメね」

 

 体が流れてつんのめったセンジュのサイドへ回り、ツキハはラケットで尻をスパーンとスマッシュする。

 

「ぃぎ!」

 

 勝手に背すじがピンと伸びてしまい、センジュは尻を押さえながらツキハを振り返る。歯噛みしているが、顔は少し赤くなっていた。

 

「くそ……! こんのっ!」

 

 再び顔面、腹、顔面、足元と狙い拳や蹴りを繰り出すセンジュ。怒涛の連撃も、ラケットによってスパンスパンと打ち落とされる。

 

「上下に散らしても単調では意味がないわ。ラリーじゃないのよ」

「るせえ! 上! 下――!」

 

 センジュはあえて〝下〟の掛け声に合わせて、再度ツキハの顔面へストレートを打ち込んだ。

 

「……そんな子供騙しが通用すると本気で思っていて? 駆け引きにもなっていない、マリ並の浅知恵」

 

 ツキハは半身で拳を躱しており、代わりにセンジュのみぞおちへ肘を深く突き刺さしていた。

 肺の空気が「がはっ」と口から漏れ、センジュは膝が落ちそうになりつつも踏ん張って後退する。

 気迫はまだまだ十分だった。むしろ〝マリ並の浅知恵〟などと最大限の侮辱を受けてツキハを睨みつけていた。

 

「はいストップストーップ! この辺でいいんじゃないかセンジュちゃん、訓練なんだろ?」

「ああ!? 止めんなエイイチ! 出しゃばんな!」

 

 間に割って入るエイイチは、センジュが凄んでも決して引かない。

 

「怪我するまでやっちゃ元も子もないだろ、最近とくに限度を超えてるように見えるよ」

 

 ただでさえ毎日自己トレーニングに何時間も費やし、睡眠の最中まで夢の世界で戦っている状況だ。エイイチの指摘通り、センジュの体も精神も酷使されてると言えるだろう。

 

「……あたしは強くなりてーんだよ。じゃないとまた……負けちゃう」

 

 悔しそうに俯くセンジュを、エイイチはかける言葉なく見つめる。

 ツキハは短く息を吐いて、踵を返した。

 

「いつもより精彩を欠いていたわね。センジュ、まずはよく休みなさい。お相手ならいつでもしてあげるから」

 

 炎天下の庭はさらに気温が上がっている。ツキハも汗をかいたらしく、テニスウェアの胸元を引っ張って風を通す。

 

「……そうそう、今度はエイイチさんもどうかしら? わたくしと遊ばない?」

「え、い、いや俺は、通信空手もしたことないんで」

 

 ポニーテールを解きながら、ツキハは振り向いた。二の腕を流れる汗が、腋へと伝っていく。

 やがて黒髪がぱさりと落ちると、ツキハはゴムを唇に咥えて微笑んだ。

 

「そっちじゃないわ。た、ま、あ、そ、び」

 

 ツキハのワードチョイスと仕草は、もはや小悪魔を通り越して痴女である。

 後ろ手にラケットを持って去るツキハの背中、網目の奥に揺れる尻がまるでモザイク処理されているかのような錯覚。エイイチには大いに刺さる。暑さでバテた体に活力がみなぎる。

 

【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】のマスターアップ版にはない長女とのテニスウェアコスプレえっちシーン。実はツキハの没データの中には存在する。エイイチですら見たことのない幻のレアイベントだった。

 

「い……色ボケばっかり」

「よっし、夢の世界でも頑張ろう! センジュちゃんのこと、精いっぱいサポートするよ!」

「うるせえ! いつまで鼻の下伸ばしてんだ! あたし先にあっち(・・・)行ってるからな!」

 

 かつて堕落した狼戻館を憂い、ゲーミングと化してしまったアヤメ。その気持ちが少しだけわかるセンジュだった。

 

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