萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】 作:シン・タロー
腐乱した数百体もの動物のような群れ、中にはあきらかな人型も混じっている。
湖に見えたものは、そうではなかった。さまよう腐乱死体どもから滴り落ちた体液が、寄り集まって溜まり水を形成していたのだ。
「やべえ!? ゾ、ゾンビだ! センジュちゃん、ショッピングモール的な建物探さないと!」
パニックに陥ったエイイチは、思考や対策もパニックホラーに染まったのだろう。ただしこの世界にショッピングモールはない。あったとしてもせいぜい生存者同士の争いに巻き込まれ、真の敵は人間だったと理解しながら死亡するだけだ。
「おい、どういうことだよグレアム! おまえ敵は魔物が二体って言ってたじゃねーか!」
「〝果てへと進む沼〟……不死者の行軍だ。オレも見るのは初めてだ」
「んだそりゃ! 百鬼夜行みたいなもん!?」
実際、センジュが想像した百鬼夜行みたいなもんである。
〝果てへと進む沼〟は絶えず苦痛と体液を垂れ流し、通った後には水溜まりが川同然に延びていく。通常は目視で判断することも容易い。
すべては〝砂〟のせいだ。本来なら〝果てへと進む沼〟発生の報せとなる水溜まりが、常に押し寄せる砂に覆われてしまっていた。だから街にこれほど接近されるまで気づけなかった。ギルドも全容を把握出来なかったのだろう。
「数が多すぎんだろ……!」
腰を落としてひとまず構えるセンジュだが、緩慢に迫る大群を見渡すと歯噛みする。
エイイチは非戦闘員のようなものだし、トカゲ男グレアムの実力もまだわからない。被害を出さずにセンジュ一人で立ち回るのは難しそうだ。
ちなみに〝果てへと進む沼〟の討伐難度は
「なに、
「あ、それでいいの? 不死身じゃないなら簡単じゃん!」
これまでにも討伐報告はいくつかある。さっそく不敵な笑みをこぼすあたり、センジュもグレアムも場数は十分踏んでいる。
目線で先へ行くと伝え、センジュは死者の群れへと疾走した。
「うおおおお!! プリミティブ・バースト!!」
気勢を吐いて跳ぶと、センジュは上空から拳を地上に叩きつけた。複数の水柱が不死者の群れを巻き込んで噴き上がる。
エイイチは天高く舞うゾンビ達を見上げて感心していた。本当に必殺技名を叫んだ。通名だけでなく技名も兼ねていたのだ。それにしても予想通りただのパンチだな、と。きっとマリあたりが同じことを実行していたら馬鹿にしそうなものだが、異世界の空気がセンジュの羞恥心を取り払っているのかもしれない。
「後処理はまかせな」
落ちてきた不死者や、プリミティブバーストの範囲外にいた者共はグレアムがこん棒で薙ぎ倒す。太い尻尾を水中でうねらせ、見た目に反して動きはかなり機敏だ。
人型や獣型問わず、センジュとグレアムは等しく粉砕していく。頭を潰し、腹に風穴を穿ち、四肢を捻じ切る。瞬く間に二人は赤黒い液体に染まっていく。
だが、奮闘しようとも相手は不死者。
すでに半数は叩き潰したはずが、濁った沼の中で屍肉が寄り集まる。いびつに継ぎ接ぎされた姿で獣は立ち上がり、水面から何本もの腕が伸びてセンジュの足を掴む。
「センジュちゃん!?」
「くそ、キリがねえ! 本体どこだよ!」
センジュは苛つきながら、水中に何度も拳を打ち込んで腕を引き剥がした。
戦力でいくら上回っていてもあちらは無限に復活する。多勢に無勢が続けばいずれ体力も尽きてしまうだろう。
こん棒で不死者の首を殴り飛ばしたグレアムは、後方待機しているエイイチへちらと目を向ける。
「迂闊に姿は見せないか。エイイチ、
ソレというのはもちろん、エイイチが持つ錫杖〝儀仗の葬奏輪〟のこと。戦う力がなかろうとエイイチも男だ。ゾンビが怖いからと、センジュやグレアムにだけ戦線の維持を任せるわけにいかない。
エイイチは血走った目で、しかしはっきりと頷いた。
「わかった。亀頭を……振るっ!」
「ズボンに手かけてんじゃねえッ! それだよ杖だよわかんだろバカッ!!」
センジュの激しい叱責を受けて、エイイチは手もとの錫杖を見た。なぜ自らのイチモツに魔を祓う力があるなどと信じられるのだろうか。
「あ、これ?」
シャン――と。
錫杖が甲高い音を奏でると同時、光の輪が放たれる。波紋のように広がる光の輪が、センジュやグレアム、不死者達の肉体を瞬時に通り抜ける。
一斉に不死者が動きを止めた。
「――見えた。そこだ、センジュ!」
うごめく影は一つだけ。全身を黒尽くめの外套で包んだ術師が、沼と同化するかのごとく身を沈める。
「逃がすかよ! 液体に馴染みがあんのはおまえだけじゃねーんだよ!」
波立つ水面が遠ざかる。一つ結びの金髪をなびかせて追うセンジュは、駆けながら拳を引き絞った。
「プリミティブバースト――ブレイズ!!」
センジュの拳は真っ赤な流体となり、沼を割って突き進む。伸びた拳の軌跡には火が点り、水上を走る炎はやがて黒尽くめの術師へ燃え移った。
術師は人とも獣ともつかない雄叫びをあげる。
「っしゃあ! こんなこともあろうかと、寝るときにガソリン準備してたんだ!」
センジュの勝利宣言を聞き、再び感心するエイイチ。持ち込んだガソリンを飲んだのか、はたまた体にかけたのか。そこだけはとても気になった。
けれどまだ勝利は確定していない。
轟々と炎上しつつも、術師は沼を駆け抜けてさらなる逃走を図る。
センジュもすぐに追走するが、動き出した不死者の群れに阻まれてしまう。顔を歯痒く歪めて、センジュは小さくなっていく火元――術師の背を睨みつけた。
「ここまできて……!」
取り逃してしまう。誰もがそう思ったときだった。
炎を纏う術師が、突如発生した竜巻によって空に打ち上げられたのだ。小型の竜巻は術師の身をバラバラに引き裂き、それと同じくして沼地の不死者達の体も崩壊する。すべて水底へと還っていく。
センジュは目を見開いた。
竜巻の真下に人が立っている。遠目で判断するに背格好はセンジュと同じくらいか。拳を勇ましく突き上げたシルエットは、災害に等しい竜巻を発生させたのは自分だと誇示するかのようだ。
「女……? 何モンだ、あいつ」
おそらく少女であり、センジュ達の存在にも気づいている。その証拠に、少女は少しずつこちらへ近づいてきている。足の動きは少なく、歩幅も狭い。なのに向かってくる速度はそれと比例せず速い。
「……撤収しようや。討伐依頼は果たした」
正体不明の少女を見つめながら、緊張をはらんだ声でグレアムは提案した。あれはただ者ではないと勘が告げていた。
「あ? なんでだよ! 横から獲物かっさらわれて黙ってろってのか!?」
「熱くなっちゃダメだ、センジュちゃん。ボス戦終えたら街に帰って休むのが定石だ」
「ゲームじゃねんだよ!」
所詮ゲーム知識に過ぎなくとも、この場においてはグレアムやエイイチの言い分がおそらく正しい。それにセンジュはソロではないのだ。
「二対一だぜ。オレらはパーティーだろ。意見が分かれたときは多数決だ」
グレアムに諭され、さらにはエイイチから手を引かれ、センジュは渋々と踵を返した。
「走れ!」
一行は飛沫を跳ね上げながら沼地を駆け抜ける。尋常ではない速度で走る少女から逃げ切れるのか怪しいところではあったが、どうやら途中で追跡は断念したらしい。
街へと戻る道中、センジュはしきりに振り返って少女を気にしている様子だった。
◇◇◇
「ほら、おめえらの取り分だ」
報酬を受け取ってギルドを出ると、グレアムは金の入った革袋を手渡してくる。しっかりと三等分。興味なさげに頭をかくセンジュに対し、エイイチは目を輝かせる。
「なあ、グレアム。服とか売ってる店知ってる?」
「服? 装備の新調か。街の地図に印つけといてやるよ」
多少の想定外には遭遇したが、パーティーの初仕事としては上々だろう。
グレアムは「また声をかける」と二人に告げ、背を向けると何処かへ去っていった。心なしか、太い尻尾が以前より威風堂々と揺れて見えた。
上機嫌で手を振るエイイチへ、不機嫌に口をつぐんでいたセンジュが顎をしゃくる。
「宿に帰ろうぜ」
「じゃあ俺、なんか晩飯買ってくるよ」
いつもの宿に着くなり装甲とガントレットを外したセンジュは、ブーツを脱いで素足でベッドへあぐらをかいた。なにか思い悩んでいるのか、無防備な格好に向けられたエイイチの視線を気にもしていない。
エイイチはエイイチで無理に聞き出そうとはせず、とりあえず購入した食料をひたすら口に運んでいる。
「……気づいたか、あいつの歩法」
口調こそ語りかけているものの、センジュの視線は自らの手もとにある。両手の指をぐにぐにと押し合わせ、ストレッチに興じるかのように反らせた指を見つめている。
「あの動き、あたしに似てる」
正確には
竜巻を起こした突き上げこそ次女の馬鹿みたいなアッパーカットを思わせたが、力任せな大振りを好むマリとてその人物の影響は受けている。
「なんでこの世界で。――なあ、あいつは何者だと思……」
センジュが問いかけつつ顔を向けると、エイイチは口いっぱいに食料を頬張っていた。頬がみちみちとはち切れんばかりに、まだ串焼きを詰め込もうとしている。
「聞いてんのかてめーッ! なんだそのリスみたいなほっぺは!?」
「むぐー!?」
たまらず飛びかかったセンジュ。椅子に座るエイイチに跨がり、胸ぐらを掴み上げて首を前後に揺らす。
傍から見れば入ってるようにも誤認する姿勢と揺れだが、エイイチは窒息しかかっている。
「早く飲み込めよ! もしくは吐き出せ!」
エイイチはリスほっぺのまま首を左右に振って拒否する。
赤い顔が青く変色しはじめたところで、センジュは馬鹿らしくなって手を離した。
「はあ、もういい。寝る!」
ベッドへ飛び込み、センジュは大の字に腕を広げる。
申し訳なさそうに鼻をかいて、エイイチもそろそろとベッドへ横になった。怒らせた彼女を気に病んでベッドの端で丸くなる彼氏のようである。
そしてなぜかエイイチは、未だに食べ物を飲み下す気配がない。
「……なんの真似、それ。物食ったまま寝ると死んじゃうぞ」
不可解なエイイチの行動は今にはじまったことではない。心配するセンジュへと、リスほっぺのエイイチは親指を立てるのだった。
◇◇◇
異世界で眠りにつけば、目覚めは狼戻館。自室のベッドで寝返りを打ったセンジュは、体を揺さぶられて目を覚ます。
「はあ、はあ、死ぬかと思った! でもセンジュちゃん、すげえこと発見したんだ!」
覆い被さるように寝ぼけ眼のセンジュを見下ろして、興奮気味のエイイチは捲し立てる。
「口の中に入れた食べ物、朝起きたら口の中にまだ残ってたんだよ!」
エイイチは疑問に思っていたのだ。以前異世界から戻ったエイイチとセンジュは、串焼きで胃もたれして朝食を食べられなかった。つまり体内に異世界の食料が残っていたことになる。
では体内とは具体的にどこまでを指すのか。エイイチはそれを試すために口内に食料を残したまま現代に帰還したのだ。
「…………だから?」
「だから! あっちの世界のものをこっちにも持ち込めるかもしれないってわけ! これは大発見だろ!?」
エイイチは興奮しきっている。
しかしセンジュはピンとこない。異世界から物を持ち帰れるからなんだというのか。とくに持ち帰りたいものなど考えつかないし、寝起きのせいかエイイチの意図を探るのも面倒だ。
「で……エイイチはなに持ち帰りたいの」
「あっちの世界のエッチな水着とか! 頑張れば持ってこれるかもしれないっ!」
「…………」
意図を探るだけ無駄だった。
センジュは無表情でわざと膝を立て、エイイチの股間にずむっと埋める。
横倒しになって悶絶するエイイチに背を向けると、センジュは息を吐いて二度寝した。