萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#23

 狼戻館六日目の朝、エイイチはベッドから落ちた衝撃で目が覚めた。天井と床が逆さまになった状態で、冷ややかに見下ろしてくるマリと視線が交わる。

 

「……マリちゃん。アポロチョコって知ってる?」

 

 寝ぼけ眼でエイイチが放った起きがけの一言は解せないものの、どうせろくな事は言うまいと蔑んだ瞳を向け続けるマリ。

 

「俺さ。夢の中で琴を弾いてたんだよ。弾いたこともないのにさ。でも何度やってもうまく弦が弾けなくて、よく見たら邪魔してんの。弦の隣に生えたアポロチョコが。それで俺も意地になってさ、アポロチョコを弦で何度も何度もパチンパチン(はじ)いてたらさ、なんとアポロチョコがむくむく大きくなって――」

「今すぐその口を閉じて。いい? エーイチくんの寝相は最悪。だからベッドから落ちた。それだけのことなの」

 

 V字の紐を琴の弦に見立てた見事な演奏は、たしかに夢の中でエイイチを音楽家たらしめたのかもしれない。けれど好き勝手に音色を奏でられた身からすればたまったものではない。

 

 戯れ言を斬り捨て、エイイチに背を向けるとマリは昨日の行動をなぞるように上衣をぺろんと捲る。

 

「……ヒモの跡が赤くなってる……ほんと、最っ悪」

 

 目をこすりながら姿勢を反転させたエイイチは、床へ正座してマリの足もとに落ちていたV字お手製スリングショットを拾い上げた。

 

「あれ、もう脱いでたの? じゃあさっそくこれ洗ってこようか?」

「洗わなくていいから、そんなもの捨てちゃって」

「え……でも、せっかく」

「金輪際着ることがないから捨ててって言ったの。理解できた?」

「こ、今世では着なくても来世で必要になるかもしれない!」

「じゃあ来世でまた作ってね。そんなことより、洗濯物の回収してきて」

 

 朝を迎えるたびにマリの機嫌が悪くなっていくような気もするが、昨晩のテンションがだだ下がった弱気な姿よりはずっといい。エイイチはそう考え、V字をポケットに突っ込んで立ち上がる。

 

「エーイチくん。寄り道とかしないで、まっすぐ帰ってくること。わかった?」

「わ、わかってるって。子供じゃないんだから。それじゃ朝の仕事に行ってきます!」

「はいはい。行ってらっしゃい」

 

 ふくれっ面でスリングショットの紐痕が残る胸をさすりつつ、エイイチから顔色を悟られぬようマリは背中で返事をした。言葉ではクールを装っていても、勝手に顔が熱くなる現象だけはどうしようもなかったのである。

 

 

 

 昨日のうちに洗濯物を干しておいた石室へとやってきたエイイチ。寄り道するなというマリの戒めもなんのその、さっそく隠し扉を開けて穴の中へと降りていった。白熱電球を灯し、鼻歌を奏でつつ黒狼のもとへ向かっていく。

 

「グオアアッ!!」

「おお。今日も元気だな!」

 

 エイイチの気配を察した頃にはもう鎖をガッシャガッシャと引き千切らんばかりに暴れ、やがて姿を認めると黒狼は何度も飛びかかる素振りを見せた。鎖にさえ阻まれなければ、剥かれた牙はエイイチの喉笛を瞬時に噛み砕くことだろう。

 

「いいもの持ってきてやったぞ。ほら」

 

 黒狼の気勢も意に介さず笑みを浮かべ、エイイチは懐から取り出した猪肉のストレッチフィルムを剥がすと黒狼へ放る。焼肉の際、どうせ食べきれない量だと判断してあらかじめ取っておいたのだ。

 

 目前に落ちた猪肉へほんの少し意識を向けるも、黒狼はすぐにエイイチを睨め上げグルルと喉を鳴らす。

 

「バターばっか舐めてちゃ体に悪い。あれ乳糖なんかもちょっとは含まれてんだからさ」

 

 黒狼が発する濃密な殺気に付き合うことなく、牙が届かないぎりぎりの位置へとエイイチは腰を下ろした。あぐらをかいて、別段語ることはなくともぼんやり天井など見上げている。

 今にも自身を食い殺さんとしている巨大な狼と空間を共有しておきながら、なぜこれほど落ち着き払っていられるのか。そんなエイイチとは対照的に、しわの寄った鼻を「フッ! フッ!」と鳴らして黒狼は鎖の枷が伸びる目一杯の範囲を大股でのしのしと歩き回る。

 

「……どうしたもんかなぁ」

 

 エイイチの悩みは、言うまでもなく攻略対象についてである。エロゲーにおいてヒロインの個別ルートを攻略するには、何かしらの障害を取り除くことが条件として提示されることはままある。

【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】では病弱な次女を外へ連れ出し、自己肯定感が芽生えるにつれ家族間のコンプレックスも解消されていくという流れだった。

 

 しかしマリの場合、病弱設定は無視して構わないと思える程度には元気だ。ただの引きこもりなのではなかろうかとエイイチも疑っている。

 となると問題は家族関係。こちらは根深そうな印象で、見た限り妹のセンジュとは特に相性がよろしくない。これをどうにか好転させることができれば、マリとのラブピュアなアダルトシーンもグッと近くなるはずだ。

 

「なあ、おまえはどう思う?」

 

 たずねたところで敵意剥き出しの唸りしか返ってこないのだが、エイイチは黒狼の首にかかるペンダントのような飾りに注目した。

 

「いいなそれ。懐中時計っぽい……貰いもの?」

「ガアアウゥ!!」

「大事なもんなんだろ。触りゃしないって」

 

 黒毛に覆われた狼顔がすぐそばでガチン! ガチン! と牙を噛み鳴らしているにも関わらず、エイイチは穏やかに微笑んでいる。黒狼の首で揺れる懐中時計から目を外し、今度は別の疑問を投げかける。

 

「そういやおまえ、オス? メス? 名前考えようと思ったんだけどさ。う〜ん格好いい名前がいいよな、ガンソードみたいな」

 

 一人で語りながらエイイチが、あまりに自然体で手を伸ばしたからだろうか。おそらく意識の外からふさふさの頬を撫でられ、刹那に反応の遅れた黒狼が頭を振りつつ噛みついたときには、エイイチもすでに手を引っ込めていた。

 

「おおっと危ない危ない。はは。次に来るときは名前も考えとくよ。じゃあ、またな」

 

 激昂する黒狼の吠え声を背に、エイイチは軽やかな足取りで地下を後にする。

 

 エイイチが消えた暗闇に向かい、しばらく唸り続けていた黒狼。やがて放置された猪肉に鼻を近づけると匂いを嗅ぐ。そしてガツガツとあっという間に平らげてしまう。

 食後にゆったり壁際まで歩いた黒狼は、前足で顔をごしごし洗った。それから静かに伏せて毛繕いを始めるのだった。

 

 

 

「マリちゃん、ただいま!」

「遅い」

 

 大量の洗濯物を抱えたエイイチを見上げることもなく、マリはテーブルに広げた紙へせっせとペンを走らせている。

 

「何してるの? 勉強?」

「誰かさんが、まったく勉強を教えてくれないから違う」

 

 洗濯物をとりあえずベッドの上に置き、エイイチが覗き込むとどうやら地図を書いているらしい。紙には洋館の間取りが描かれ、部屋ごとにカラフルな色分けがなされている。

 

「今後の計画立てなきゃでしょ。今現在どこが誰のナワバリなのか、エーイチくんにもわかりやすいように書いてあげてたの」

「ふーん……あれ、ボイラー室ってマリちゃんのナワバリになったんじゃ?」

「……ボイラー室はもう忘れて。捨てる」

 

 再び猟幽會の封印がなされたボイラー室を取り返す意義は薄い。ナワバリにしたとてボイラーが壊れているため湯は出ないのだ。何よりボイラー室を巡る攻防でマリにはいい思い出が一つもなかった。

 

 洋館の見取り図にエイイチが顔を寄せていくと、マリは鼻をひくつかせて見上げる。

 

「……なんか……エーイチくん、臭う」

「なっ!?」

 

 慌ててマリから距離を離し、袖口を嗅いでみるエイイチ。

 

「そ、そんな馬鹿な、俺ちゃんと冷水に耐えて風呂入ってるし。そんな、一年も風呂入らなかったマリちゃんじゃあるまいし……」

「は? わたしは(けが)れを知らない乙女だから」

「そんなジャンヌダルクみたいな……」

「まあ、いいよ気にしないで。わたしの勘違い……? かもしれないし」

「……自分の鼻の臭いじゃないの?」

「エーイチくんケンカ売ってる? いいから座って」

 

 少なからずショックを受けたエイイチは、それでも気を取り直してマリの対面へ座る。見取り図を眺めながら、やはりマリの攻略にはこのナワバリゲームを有効に活用するのが最善手ではなかろうかと考える。

 

「やっぱりさ、マリちゃんもナワバリはでっかく取りたいんだよね?」

「まあね。いずれは全部取るけど、まずは封印部屋とか手薄そうなところから――」

「ここ。取っちゃおうよ」

 

 エイイチが指先でコンコンと叩いたのは三階廊下。その全域がセンジュのナワバリを示す赤色で塗り潰されている。言葉に詰まったマリが、目だけをエイイチへ向ける。

 

「……本気? それってつまり」

「うん。センジュちゃんに喧嘩売ろう」

 

 軽い調子でエイイチは喧嘩と言うが、狼戻館の住人にとっては殺し合いを挑むも同然なのだ。マリは、はっきりと沈黙した。

 

 かつて狼戻館には七名(・・)の化物が棲んでいた。ツキハとマリを除く五名を葬った人外こそが現在狼戻館最強とも目される【フルード・ロア】――センジュの二つ名である。

 

「…………い……いいけど? わたしはぜんぜん、かまわないけど? 大変なのはエーイチくんだよ?」

「もちろんわかってる。マリちゃんのために、俺も全力で廊下をぴっかぴかにするよ!」

 

 これまでにない広範囲のナワバリであり、センジュのマーキングを取り除くのも至難となる。だがエイイチはやってのけると宣言したのだ。

 

「へぇ〜……じゃ、がんばってね。……わたしは……ほんと、ぜんぜん……余裕だから」

 

 マリは正直なところ、センジュに勝てる気がまるでしなかった。エイイチからは見えないが、プリーツスカートでクッションにぺたんと座る太ももには汗が浮き、震えるペン先は蛇行しながら紙上をあらぬ方向へと突き進む。

 

「……あの子の泣き顔……今から、楽しみ」

 

 未来の狼戻館の支配を目論むマリとしては、ヒツジの前で虚勢を張るしかないのである。

 


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