萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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 狼戻館三階西側廊下奥、バスルーム。因縁の深い場所である。【豺狼の宴】において恐怖が提供される浴室だが、しかし【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】では発生するイベントが大きく異なる。

 本来ならば館に滞在することになった同日の夜、エロゲーらしくなぜか最初から好感度高めの三女が、主人公の背中を流しに浴室へと入ってくるのだ。

 まずは序盤の軽いジャブ。これぞ“エロゲー”な展開は抜群の安定感を誇り、プレイヤーの期待をあおる。ゲーム主人公と立場を同じくしたエイイチにとっても、得しかないイベントだった。

 

 けれど、エイイチはまだ完全に気を許してはいない。

 浴室の扉を勢いよく開けるやいなや、周囲に鋭く視線を走らせる。壁に気味の悪いシミなどはなく、清掃が行き届いている。湯気が立ち昇るバスタブを覗き見るも、とくに濁りはなく透明度も高い。

 

「問題なし、か。やっぱり考えすぎだったかなぁ」

 

 安堵したエイイチはストレッチがてら、腰をひと回し。竿も一緒にぶるんと回転させると、バスチェアに腰かけた。エイイチは先に頭から洗うタイプだ。アヤメが用意したシャンプーは香りもよく、ご機嫌に鼻歌まで奏でる。

 

「ふんふふ~ん」

 

 ところで。今回のエイイチ攻略に白羽の矢が立ったセンジュはというと、陽気に洗髪している男の真後ろにいた。脱衣所から、わずかな扉の隙間を覗き込むセンジュ。サイドテールの金髪も下ろし、文字通りの全裸待機だった。

 

「……ぅ……ぅぅ……」

 

 白い素肌には赤みが差し、センジュは中腰で膝を擦り合わせる。豊満――にはほど遠い胸を腕で隠すセンジュだが、それでもエイイチは興奮するだろうという自負はある。

 自信はあるものの、ここへきて中々踏み込めないでいるのだ。

 

 ツキハから、かつてのエイイチが狼戻館をアダルトゲームの舞台と勘違いしていたらしいことは聞いた。攻略対象のヒロインと、センジュ達を重ねて見ていたのだと。

 当初はツキハがアダルトゲームを作っていた驚きが勝り、ここに至るまで実感がわかなかった。

 

 センジュは今になって、半ば無理矢理プレイさせられた【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】の内容を思い返してしまっていた。

 端的にとても卑猥なゲームだった。センジュをモチーフとしたキャラクターのルートだけ切り取っても、色々なことをしていたし、させられていた。

 エイイチと接するとき、毎回あんな品性の欠片もない姿を想像されていたのだと思うと、嫌悪感というより恥ずかしさでセンジュは動けなくなったのだ。

 

 互いに素っ裸の状況、アダルトゲームのプロローグイベント以上のことが起きてもおかしくない。

 

「ぅぅぅ~……!」

「……ん? いまなんか、うめき声が……?」

 

 間もなくエイイチの洗髪は終わる。そのタイミングで突入して背中を洗わなければならない。

 うつむくセンジュは奥歯を噛みしめて、決意を固める。そして浴室の扉を開く。

 

「ェ――ェィィチィ……」

「なっ……! だ、だれだ!?」

 

 シャンプーが眼球へと流れる痛みに耐え、エイイチは片目をこじ開けつつ振り返った。

 

 だが、そこには誰もいない。

 

「ばかな!? ぜったいに、だれかいたはず……!」

 

 か細い声で、間違いなく名前を呼ばれた。おそらく女の声だった。

 マナーを大事にしたいエイイチだが、体はサッと雑に洗ってシャワーで落とす。泡の残りもそのままに、まるで寒気を紛らわせるかのごとくバスタブへ飛び込んだ。

 

 熱めの湯に深く身を沈めて、再度エイイチは浴室内を見渡す。

 静かだ。人の気配は感じられない。蒸気で濡れた天井から水滴が落ち、湯船にぴちょんと波紋を作る。

 気のせいだったのだろうか。身構えるエイイチに、次なる恐怖体験は襲ってこなかった。

 

 では――たしかにバスルームへ突入したはずのセンジュは、いったいどこに消えたのか。

 

 答えはセンジュの異名が示していた。仇敵猟幽會すら震え上がらせた“フルード・ロア”は、土壇場になって裸を見られる羞恥心が爆発。流体化して(・・・・・)湯船へ溶け込んだ(・・・・・・・・)のだ。

 

 平静を取り戻したばかりのエイイチは、徐々に赤く染まり始めた湯を見下ろし、ギョッと目を見張る。

 

「ち、血の池地獄!? ちくしょうやっぱりホラーじゃねえか! 騙しやがって!」

 

 慌ててバスタブを抜け出そうと、腰を浮かせた直後。エイイチの尻を撫でるように湯が絡みつく。

 

「あひ」

 

 ぞわりとした感触に、エイイチは足の力が抜けた。浴槽に再びぺたんと座り込む。血の湯はスライムを連想させる質量を以て、エイイチの全身を這い回る。

 

「お。お。お? おぅ。ちょ。これ。なに? あ。ちょ。そこは。お。おぉふ」

 

 バスタブを出ようとしては座り。己の意思か無意識か。口を半開きに上下運動を繰り返すエイイチの姿は見るに堪えないものだ。エロゲユーザーにもホラゲユーザーにも、どこにも需要などあろうはずもない。

 

 結局は数十分もの間、エイイチが血の風呂を出ることはなく。バスルームでは間の抜けた声がしばらく響き続けるのだった。

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 最後にシャワーで体を洗い流したエイイチは、脱衣所で服をまとった。姿見を覗きながら、エイイチはつやつやと潤った肌をぴたぴた叩く。

 現代に顕現した血の池地獄、なんと恐ろしい。この館で過ごす以上は、これからさらなる困難が待ち受けてるに違いない。

 ただ。

 

「まぁ……もう一度くらい、入ってみていいかもな」

 

 人は未知を怖がる。恐怖を克服するためには、つまり得体の知れないものを暴く必要がある。だから調査しなければならないのだ。あの風呂を。

 

 この館がホラーゲーム【豺狼の宴】の舞台なのか見極める。これに風呂場の究明も命題に加え、エイイチは妙にスッキリした顔でバスルームを後にした。

 

 

 

 エイイチが快楽に負けた浴槽では、センジュが湯に口もとまで浸かっていた。

 

「ど、どーだよ。あたしだって、やるときゃやるんだ。有言実行。ちゃんと、体洗ってやったし。マリとは違うんだよ、マリとは。はは……ははは」

 

 透明に戻った湯船とは対照的に、真っ赤に茹であがるセンジュ。しばらくは勝ち気に犬歯など覗かせていたのだが、やがてふと真顔になる。

 

「本当に……? マジで、あれでよかったのかな。もしかしてあたし、なんかやらかしてる?」

 

 疑問はぶくぶくと気泡に紛れ、センジュはそのまま頭の先まで沈んでいく。

 センジュの下ろした金髪は、湯の中をあてどなく漂っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 同日、夜。客間にて。

 血の池とはいえ、風呂は風呂。疲れを癒す効果はあったらしい。特有の気怠げな雰囲気を醸し出している要因は他にもありそうだが、ともかくエイイチは眠かった。早い話、賢者モードだった。

 なのでエイイチは、早々にベッドへと横たわる。

 

 ――コン。と。

 エイイチがシーツに包まってすぐ、何かが客室の窓を打った。当初は無視を決め込んでいたものの、立て続けに窓をコンコンと打たれては気が休まらない。

 

「……んだよ、もうっ」

 

 せっかくのまどろみを邪魔され、跳ね起きたエイイチは大股で掃き出し窓に歩み寄る。客室は二階。窓を開け放つが誰かいるはずもなく、ちょっとしたバルコニースペースへと踏み出すエイイチ。

 ちなみに客室の掃き出し窓やバルコニーは、狼戻館改築の際に増設されたものだ。

 

「おーい。こっちこっち」

 

 声は頭上から。夜空へ向けてエイイチが首をひねると、曇天をバックに小さな人影が手を振っていた。

 

「……センジュちゃん?」

「ちょっと話があってさ。あがってこいよ、エイイチせんせ」

 

 センジュが上で留め具か何かを外したらしく、バルコニーにガシャンと梯子が下りてくる。避難用、もしくはメンテナンス用の梯子なのだろう。

 エイイチは迷う。罠かもしれない。だが記憶を辿っても【豺狼の宴】にこんなシーンはなかった。序盤に限りセンジュは主人公に有益な情報をくれる存在でもあったはずだし、誘いに乗るべきかもしれない。

 何かを得るために、無傷ではいられないのだ。

 

 エイイチは無言で梯子を登った。洋館東側の屋根へと到達すると、膝を抱えて座るセンジュが視界に入る。勾配が緩やかなおかげで、エイイチも臆することなく天然スレートの上を歩くことができる。

 

「ほら、せんせも座ったら?」

 

 センジュは自身の隣へと促しているようだったが、エイイチはあえて少し距離を空けて腰を下ろした。そんなエイイチの態度を、センジュも気にした様子はない。

 

「風が気持ちいいだろ」

 

 木々の匂いを運んでくる風は、たしかに火照った体にちょうどいい。センジュも湯上がりなのだろうか。ふいにシャンプーが(かお)って、エイイチはちらりとセンジュへ目を向ける。

 辺りは暗い。髪をかきあげる仕草はわかっても、センジュの表情などは見えない。

 

 シルエットから判断するに薄着だということはわかる。エイイチが眉間に力を込めると、体格に合っていない大きめのタンクトップ、寝間着っぽいホットパンツまでは浮き彫りになる。

 非常に防御力が低い、露出の高い格好だ。今が昼でさえあったなら、位置的に腋や横乳が丸見えではないのか。けれどブラジャーくらいはしているだろう。しているに違いない。

 どれだけ目を細めても、これ以上に解像度をあげることが不可能だったため、エイイチはそう結論づけて心の平穏を保つ。

 

「センジュちゃん。それで、話って?」

 

 しかしエイイチの予想に反して、センジュはノーブラだった。

 

 ホラーゲーム【豺狼の宴】には無いシーンでも、三女と屋根上での逢瀬は【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】の“ぷろろ~ぐ”に存在するイベントシーンだ。

 シーン専用の一枚絵もある。抱えた膝に頭を乗せて微笑む三女を、プレイヤー目線である横の画角から捉えた神スチルイラストが。

 

 蒼い月明かりによって儚げに演出された三女が、ちっパイを惜しげもなく披露する背徳感。あどけない笑顔と幻想的な背景が織り成す二重奏は、アダルトゲームにおいて前菜に過ぎないチラリズムを崇高な絵画へと昇華する。

 

「話ってほど、大層なもんじゃないんだけどさ。その、あんまり無理しなくてもいいんじゃないかって。お互いに自然体が一番だろ」

「? どういうこと?」

 

 センジュはゲームの一枚絵と同じポーズを取りながら、よりあざとく前かがみに。ぶかぶかのタンクトップは垂れ下がり、もはやスチルイラスト以上に先端まで丸見えだった。

 なぜこうまでしてセンジュは体を張るのか。やはり考えれば考えるほど風呂場の件が失態に思えるからだ。挽回しようとするあまり、繰り返し痴態を晒すという悪循環に陥ることは考慮していない。

 

「せんせはさ。エイイチは、成し遂げたんだから。おまえが選んで掴み取ったんだよ、この未来を。きっとこの先も長く続いていく。だから焦んなくてもいいよって意味!」

 

 ようはエイイチの記憶を呼び覚ますために、不自然にアダルトゲームの進行をなぞる必要はないと言いたいのだろう。言葉とは裏腹にゲームイベントと同じシーンを再現しようとしているあたり、センジュの生来の生真面目さがうかがえる。

 

 エイイチはもちろんセンジュの言葉など理解しておらず、なんとかブラジャーの有無を確認できないものかと(うわ)の空だった。元来のスケベさがうかがえる。

 

 そう。センジュがエイイチの気を惹くには、ゲームイベントと明確に異なる障害があったのだ。

 

 それはゲームシーンのように月が出ておらず、周囲は黒く塗られたような暗さであること。

 痛恨の極みである。

 

 だからセンジュが恥を忍んで突起を見せつけようともエイイチは視認できず、二人して欲望全開のくせに落ち着いた会話に終始しているのだった。

 

「……あのさ。もっと、こっち見ろよ」

「え? こ、こっちって……」

「こっち。よく見てよ、せんせ」

 

 急に艶っぽく囁かれ、エイイチは闇の中に縁取られたセンジュのシルエットへ顔を近づける。いわゆるガチ恋距離まで接近しても、センジュは逃げなかった。

 マリとは違うと豪語するだけあって、センジュには秘策がある。常にトラブルを想定して備える慎重派の三女は、こんなこともあろうかと懐中電灯を持参していた。

 

「ほら……ここだってば……――ここ」

 

 ふいにパッと光が出現する。

 エイイチの鼻先へと唐突に浮かぶ、少女の生首。

 

「うわあああああああ!? ――あ」

 

 ものすごい勢いで後退したエイイチは、屋根の端にて足を滑らせる。

 

「えっ……エイイチぃー!?」

 

 センジュが駆けながら手を伸ばすも到底間に合わず、エイイチは階下のバルコニーへ転落した。

 大惨事だった。

 

「…………えーと。次のイベントは、なんだっけかな……」

 

 空へと目をそむけて、センジュは現実逃避するかのような台詞を呟くしかなかった。

 

 

 

 その後騒ぎを聞きつけたアヤメに介抱され、額に湿布を貼られたエイイチは「結局だまされた」と、憮然としたまま眠ったという。

 さすが成層圏下部に至ろうという飛行船から落下しても生き永らえただけはある。頑丈な男であった。

 

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