萌えゲーアワード受賞作に転生できたと思ったら設定が似てる洋館ホラゲーだった件【書籍発売中】   作:シン・タロー

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#96

 マリの通う高校から離れ、アーケードが設置された通りをエイイチとビーチは並んで歩く。

 田舎町の商店街。平日の朝ということもあり、人通りはなく、下りたシャッターが目立つ。

 

「寂れているね。刺激が少なくてつまらない。君もそう思うだろう」

 

 ビーチは吐き捨てるように同意を求めた。

 けれど興味津々に裏路地を覗き込み、軒先の観葉植物にすらいちいち目を止めるエイイチには届いていない。

 

「ごめんごめん、なんか言った?」

「……いや。ここだよ、エイイチ君」

 

 扉にOPENとプレートが掲げられた、田舎町にしては小洒落たクラシカルな外観だ。エイイチはここでも瞳を輝かせる。

 

「喫茶店は初めてかい?」

「ば、ばーろぅ! サ店とか昔は常連だったわ! あの頃はブルマンとかグラマンとかよく注文してたなぁ!」

「へえ。喫茶店で航空機も販売しているとは知らなかったよ」

 

 エイイチの悲しい見栄である。ちなみにグラマン社はアポロ計画において月面着陸船を開発しており、エイイチやビーチをはじめ猟幽會とは浅からぬ接点がある。

 

 扉の開閉に合わせてカランとベルが鳴る。先へ入店するビーチの肩越しに、エイイチは隠した口もとを寄せた。

 

「……ところでさ。ブルマンって“ブルマを履いた男”みたいな、怪異じみたアブノーマルな響きあるよな」

「声をひそめてまで言いたいことなのかな、それ」

 

 店内の奥まった二人掛けの席へ着くエイイチとビーチ。ビーチは入り口の扉が確認できる壁際を選んだが、エイイチはとくに気にすることなくその対面へ腰かける。

 

「好きなもの注文しなよ」

「え、いいのか? じゃあ、ブルマンで!」

 

 おしぼりと水を運んできたウェイトレスに元気よく注文するも、ブルーマウンテンは置いていないと拒否された。しょんぼりしたものの気を取り直して、エイイチはメニューから焼きナポリタンなるフードを注文する。

 

「まともな食事を与えられていないのかい?」

「そういうわけじゃないけど、どんな食いものかと気になって。それよりマリちゃんだよ、アヤメさんから何を頼まれたって?」

「なに、そっちは大した話じゃない。学校で孤独にならないように目をかけてやってくれだとか、その程度のことさ」

そっち(・・・)……?」

 

 ビーチがあの高校の教師だというのなら、アヤメの頼みは妥当なものだろう。エイイチが気になるのは含みを持たせた言い回しだ。

 ウェイトレスが提供したコーヒーカップを手に取ると、ビーチは熱々のブレンドに口をつけた。

 

「本題だよ、エイイチ君。君は怯えている」

 

 カチャ。と、カップの底がソーサーへ落ちる。ビーチはまっすぐにエイイチを見据えている。

 

「怯えてる? 俺が? 何に?」

 

 まるで感情を探るかのように、エイイチの瞳を覗き込むビーチ。しばらくして、目線を窓の外へと外す。アーケードの商店街は、まばらと言える程度には人通りも増えてきた。

 

「疑っているんだろう、あの館を。君の懸念は当たっている。アレは化物が蔓延る魔窟だ」

 

 静かにビーチが語る、これこそが逃れようのない真実。悪夢を容赦なくエイイチへ突きつけると同時、ウェイトレスが焼きナポリタンを運んでくる。

 

「でもね、奴らは今、安寧に浸っている。今なら君は逃げられる。僕が遠くへ逃がしてやろう。いや――それどころか、僕と君が組めば奴らを根絶やしにすることだって出来る。A1と、B1なら……」

 

 ビーチは狂気に似た色を瞳に宿し、笑みを浮かべて熱っぽく捲し立てた。イレヴンを失ってなお、猟幽會の悲願を果たそうとでもいうのだろうか。

 立ち昇るケチャップの酸っぱい湯気に隠れた向こう、エイイチは何を思うのか。

 

 エイイチは。

 エイイチはズボボボと、頬をすぼめて焼きナポリタンをバキュームしていた。吸引に合わせて頭を上下に動かし、今にもカラカラに果てさせようと一生懸命だった。皿を。

 

「……ずいぶんと腹が減っていたんだね」

 

 麺の最後の一本をちゅるんと吸い込み、冷や水でゴクゴクと喉へ流し落とすエイイチ。卓上のティッシュペーパーで口を拭う。

 

「ん~うまい! ケチャップなんだけど焼いてるからか、やっぱなんとなく焼きそば感があるな!」

「そうかい」

「えーと、あれだよ、ほら――“消えな、ナンパ野郎。彼女が欲してるのはアンタみたいな焼けた肌の男じゃねえ。熱々の鉄板で焼けた麺なんだよ”」

 

 エイイチはビシッ、とフォークの先端をビーチへと突きつけた。

 

「どちらかといえば、僕は色白な方だと思うんだけどね」

「ああ、いや、決め台詞みたいなもんだよ。たぶん」

 

 エイイチがかつてクロユリと同棲生活を送っていた際に、プレイしたギャルゲー主人公の名台詞だった。しかしエイイチの記憶は失われたはずである。魂レベルで刻まれているのだろうか。ギャルゲーの台詞が。

 

 ビーチはソファチェアにゆったりともたれ、大きく足を組んだ。

 

「交渉は決裂かい? それとも、僕の言うことが信用できないかな」

「悪い悪い、本当のこと言ってんだろうなぁって気はするんだけどな。ホラーな館に囚われるなんて、俺もマジで怖いし。でもさ」

 

 にっこりと、邪気の無い子供のように。エイイチは歯をみせて笑っていた。

 

「なんていうかな、今は俺、毎日がめちゃくちゃ楽しくて。だからもし、これから先ホントに困ったら助けてくれ」

 

 新しい世界に触れたエイイチは、たとえばマリと同様の喜びを感じているのかもしれない。

 

「……なるほど。君に備わった本当の能力が、なぜ君が“先遣(A1)”だったのか、ようやくわかった気がするよ」

 

 エイイチの笑顔と発言で呆気にとられたビーチは、もうそれ以上なにも言及しなかった。手を挙げてウェイトレスを呼び止めると、さっさと会計を済ませる。

 

「ご馳走さま! じゃあ俺からも、マリちゃんのことよろしく頼むよ!」

「おっと、そうそう。待雪マリといえば、もう一つ」

 

 一度は立ち上がりかけたビーチは、ソファチェアに座り直すと、スーツの胸ポケットからボールペンを取り出した。領収書の裏にサラサラとペンを走らせる。

 

「待雪マリの近辺で、こんなものを見かけてないかい?」

 

 それはエイイチが見たこともない文字だ。図形のような、複雑に絡まりあった漢字のような。鼻先の領収書を前に、エイイチは首を横へ振る。

 

「なんだ、つまらない。ハ……どうやら思っていたより、僕は享楽主義者だったようだ」

「で、その図形が何なんだ?」

「もし、彼女の近くにコレと同じ模様を見かけたら」

「……見かけたら?」

 

 息を吐き、ビーチはもったいぶった視線を窓ガラスへ向けた。

 

「九十日と経たずに、待雪マリは死ぬだろう」

 

 意味がわからなかった。ビーチの宣告は到底受け入れられないものだ。エイイチは間の抜けた声を出す。

 

「は……?」

「つい先日に校内で彼女を見かけてね。こちらで言うところの“呪い”とでも呼べばいいのかな。ともかく何か、どす黒いもやに覆われている気がした」

「な、なんだよ、それ」

「実物は知らない。実体があるかもわからない。けれど、確実にここではない遠い世界のアレは、大昔に閲覧した覚えがある」

「遠い世界……閲覧?」

「月のデータベース。ってやつさ」

 

 さっきからいったい何を言っているのか、この男は。エイイチは怪訝な表情を隠そうともしなかった。

 

「……そろそろ行こうか。遅刻を笑って済ませてもらえるギリギリの時間だ」

「思わせぶりなことばっか言いやがって、ぜんぜんわけがわからねぇ」

「ま、情報の一つを提供してあげたんだ。友達くらいにはなってくれるだろう? エイイチ君」

 

 窓の外のアーケードを、遅刻寸前の女子生徒が二人駆けていく。女子生徒達は店内のビーチに気がついたらしく、黄色い声をあげながら両手を振る。

 キザったらしく金髪をかきあげたビーチは、二人の女子生徒へ控えめに手を振り返していた。

 

 エイイチは思う。やっぱりこいつとは友達になれそうもないな、と。

 

 

◇◇◇

 

 

 夜。エイイチは狼戻館の廊下を、喫茶店の領収書を見下ろしながら歩いていた。今朝ビーチが描いた模様は、じっと見れば見るほど禍々しい。しかしこんなものがマリの命に関わるわけがない。

 

「九十日……」

 

 偶然通りがかったアヤメは、エイイチがふともらした呟きを拾って立ち止まる。

 

「おや。エイイチ様、夕食はお食べにならないのですか? ダイニングルームを通り過ぎましたが」

「あ、食べます食べます。すみません、ちょっと集中してたもんですから」

 

 アヤメの視線が、エイイチの手の領収書へと向けられる。なるほど、と一人納得してアヤメは頷いた。

 

「申し訳ありませんが、飲食費は自費となっております。どうしてもとおっしゃるのであれば、お小遣いをいただけるようツキハ様にうかがってみましょうか?」

「いや、そんなことじゃなくてですね……あいつですよほら、アヤメさんの知り合いの金髪淫行教師」

「淫行……事実であれば、警察に突き出さなくてはなりませんね」

 

 ビーチもとんだ濡れ衣を着せられたものである。

 エイイチはビーチの疑いを晴らすことなく、喫茶店での会話を再現した。

 

「――……それで、マリちゃんが死ぬとか不吉なこと言うもんだから。アヤメさんはこんな模様、見たことないですよね?」

 

 領収書の裏に描かれた模様を、アヤメはしばらく凝視する。エイイチが見守る中、小さく「あ」と声を出すアヤメ。

 

「み、見たことあるんですか!?」

「エイイチ様はどうぞ、お食事をなさっていてください」

 

 エイイチの手から領収書を引ったくり、アヤメは踵を返してエントランスホールへ向かう。給仕の仕事も放棄して、階段をあがると一直線に私室へと。

 自室に入ったアヤメは、ミラーレスカメラが置かれたチェストの最上段の引き出しを開けた。取り出すのは一枚の写真だ。

 

 それは無人のベッドを写した一枚。エイイチとマリの情事、その激しい行為の事後を捉えたもの。写真のベッドには生々しい鮮血が飛び散っており、領収書の模様と見比べたアヤメは息をのむ。

 

 一見不規則に散らばった血痕は、領収書の模様と寸分違わず一致していた。

 

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