憑依悪魔は被虐少女をいぢめたい!   作:テチス

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敗北

 

 

 この世界には英雄と呼ばれる7人がいる。

 それぞれが特級の神の齎す試練(ダンジョン)を単独で打破した者達だ。

 

 神に認められて、天から祝福を受けた人間はもはや人という埒外にいる。

 個々人に守護天使として熾天使が遣わされ、人間界を守る役目を負った文明の守護者――神の奴隷となる。

 

 そんな英雄達の中に一人、異端者が居た。

 遣わされた熾天使を追い返して神の奴隷となることを拒否した女。三好海誓その人だ。

 

 「私を従えられるのは、私よりも強い奴だけだ」とは彼女の言。

 

 熾天使との三日三晩に及ぶ戦いは、2つの島と、4つの山を消し飛ばして終幕。熾天使の首を引っ提げて帰ってきた海誓は、首を踏みつけて天に指を立てると唾を吐いた。

 

「次はお前が来い、神様気取りの異常者が」

 

 彼女の名前が禁忌のものとして聖書の裏表紙に載る前日のことである。

 

 本来、熾天使を遣わされ英雄となった者の名は、神の権能によって自動的に聖書の表紙に刻まれる。

 その人の生死や、就いた守護天使によって刻まれる名前の色が変わり、英雄の心身状態は常に把握される。もしも、その内の誰かに何かがあれば、それすなわち人間界の危機と知る。

 

 そんな栄誉ある英雄欄ではない裏表紙。そこに海誓は真っ白の文字で名前を刻まれた。守護天使を持たず、神にも頭を下げぬ。何者にも染まらぬと主張する白。

 

 英雄たちの中でも突出した実力を持ち、寿命で死ぬまで変わることがないだろうと思われていた海誓の純白は、しかし今日、澱んだ灰色に変わった。

 

 全世界がざわめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪魔が出現した。それも大罪級。これは世界の危機だ。何か知っているだろう三好、答えろ」

 

 7人のうちの1人。中国の大英雄、(ガオ) 小龍(シャオロン)が武威を滾らせながら問いかける。

 

 海誓は何故バレたのか考える。すぐに思いついた。そう言えば神が齎した聖書の機能によって自分の健康状態は世界中に筒抜けだったなと。

 

 自分の心身に異常が生じた事が伝わったのだろう。

 まさか悪魔に身体を奪われているとは小龍も予想していないだろうが、なんらかの異常を察している。彼は海誓(悪魔)のことを疑いの目で見つめていた。

 

 そして、すぐに思いつく救命の道。

 いまここで悪魔の支配から抜け出そうと足掻けば、気付いた小龍によって海誓は助け出されるだろう。

 

 この男、胡散臭く見えるがバカじゃない。

 この男、裏で何をやってるか分かったもんじゃないが、人類文明の守護者に違いない。

 

 格下の男に借りを作るのは癪だし、こんな楽しい隷属状態を解消してはつまらない。それに悪魔を育てる約束だって残ってる。

 だが海誓は持ちうる力も知恵も、周囲の状況すら駆使して悪魔に抗いたい。そうでなければ本当の満足は得られない。

 

(っく……なんだ、この究極の二択は! 私はどうすればいいんだ!?)

 

 人前で際どい範囲まで肌を晒されたのは興奮した。

 豚に犯されると思った時は下腹部がキュンキュンと疼いた。

 

 土蚯蚓(ワーム)に丸呑みされた時なんて「そうきたか!」と膝を叩いて感心したものだ。

 怪物の唾液に塗れて強烈な臭いに包まれた瞬間は、あまりの高揚感で頭が馬鹿になるかと思った。大切にとっておいたファーストキスはワームとの間接キスになった。

 

 自分で自分の首を絞めた。手加減なく行われたそれは、自分一人じゃ絶対に不可能な行為。遠のく意識。気絶を体験したのは生れて初めてだ。

 

 悪魔から齎されたのは、自分では思いつけない無類のシチュエーション。たった半日で数え切れない初体験が与えられた。

 

 ――この悪魔は、まさしく運命の人に違いない。それを裏切る? 本当に私はそれでいいのだろうか……。

 

 海誓がこれまで感じた事の無い、淡く儚い気持ちが湧きおこる。悪魔が小さく「あ、魚」と漏らす声が聞こえた。

 

「どうしました、言えない事ですか?」

 

 小龍の詰問が迫る。彼の中で疑念が募る。

 一方で愛しい悪魔はオロオロするばかり。

 

(ここだな、ここで攻めれば崩壊は早い)

 

 海誓が抵抗できないのは悪魔に魂を握られていたから。

 だがその掌握が今、明らかに緩んだ。

 

 逡巡は一瞬だった。

 

(すまない……私はやっぱりお前に勝ちたいんだ)

 

 最初は、お前が見せた暴威に惹かれただけだった。

 最初は、お前を育てるから次こそ私を打ち負かせと愚考した。

 

 でも違った。

 この悪魔は力を失ってなお強かった。

 

 強さとは力のことじゃない。知恵と人心掌握術をもって悪魔は海誓の心を折りにきた。

 その手腕に海誓は魅せられた。もう彼を弱った三流悪魔とは思えない。いまなお彼は海誓が全力で抗うに値する大罪悪魔。

 

 だから、ここからは本気のせめぎ合い。命を懸けた果し合い。

 

 約束を破らせてもらう。

 すまないな。海誓は心の片隅で小さく悪魔へと謝罪を送る。

 

 ―― 功能(こうのう)を示し、罪障を祓え『破邪顕正』

 

 悪魔の注意が逸れたことで技能(フィート)が回る。海誓の障害となる全てを打ち砕かんと、うなりを上げる。

 

「っ!?」

「三好!?」

 

 悪魔の表情が驚愕に染まり、小龍は困惑を浮かべた。

 

 海誓を中心として巻き起こった暴風が空港の中で荒れ狂う。風は記者達の書類を吹き飛ばしてガラスに叩き付け、カーテンを翻してばたばたと騒音を立てた。

 

【挿絵表示】

 

「……」

 

 風がゆっくりと収まっていく。

 指が動く。視線を自由に変えられる。

 

「あー」

 

 声が出る。両腕が上がる。

 海誓は凝り固まった身体をほぐす様に大きく伸びをする。海誓は今、完全に身体を取り返していた。

 

「あー……っ! んぅ~疲れたぁ!」

 

 悪魔と海誓の立場が逆転した。

 悪魔の魂は今、海誓の手の中でぷるぷる震えている。今、この悪魔の生死は海誓の一存となった。

 

「三好、それは敵意有りと見ていいんだな?」

 

 突然の海誓の奇行を警戒しているのだろう。

 作り笑いの表情を消した小龍が半身構えて海誓を見ていた。

 

「ふん、これを見て、もう一度言ってみろ。お前が求めたものだろう」

「……悪魔ですか」

 

「さっきの風は悪魔を大人しくさせるモノだ。そう騒ぐな」

 

 記者達が慌てたようにカメラのフラッシュをたく。

 突然の異常事態に怯えないどころか、悪魔すら恐れないとは一流の記者達だなぁと海誓は呆れかえる。

 

「なるほど。既に捕えていたのですね、感謝します。では引き渡しの方をお願いします」

「んん?」

 

「それは我が中国国内のダンジョン内で発生した悪魔でしょう。国際条約に従い、権利は我が国に帰属します。違いますか」

「ああ、そう言えば有ったな。そんなルール」

 

「では――これは何のつもりですか、三好さん」

「見て分からないか? 刀を突き付けたんだ。理解しろ」

 

 腰から引き抜いた紅蓮に色づく波紋の刀。

 熾天使の脊髄を引き抜いて鍛刀された神をも神と思わぬ一品『順罪業(じゅんざいごう)』を小龍の喉元へと突き付ける。

 

「この悪魔は私が倒したものだ。これは私だけのものだ。お前らの国になんか、渡さない」

「本気……みたいですねえ」

 

 これまで何物にも興味を示さなかった海誓が初めて見せる執着心。超大国すら敵に回して構わないという彼女の意思表示。

 小龍の首筋に大粒の汗が流れ落ちていく。

 

「では三好さんは、その悪魔をどうされるのですか? 日本に持ち帰る予定ですか?」

「それは……」

 

 海誓は己の手中で小さく揺れる悪魔の魂を見た。

 

(私がこれを、どうするか、だと? ……たしかに。どうすればいいんだろう)

 

 海誓は基本的にノリと勢いで生きている。

 

 悪魔を育てると言ってみたり、悪魔に囚われた自分を楽しんでみたり、でもやっぱりその捕囚から脱出したくなったり。

 彼女は深く考えて行動するという事をしない。そうでなければ、そもそもダンジョン内で自殺まがいの行動をとって死にかける破目にならない。

 

 だから海誓は突発的に取った行動の後で、これからどうするかを少し悩んだ。

 

(悪魔に勝ちたくなった。だから奇襲をしかけて勝ちをもぎ取った。で、どうすればいい?)

 

 日本に悪魔を連れ帰って、約束通り育成してみるか?

 それとも自宅でペットにするのもいいアイデアかもしれない。たまに己の身体を貸し出して虐めて貰うのも、きっと、楽しいだろう。

 

 ああ、いや。そうだ。今のこれは私の命を救って貰った時の借りを返すためだったことにしよう。

 小龍の問責から悪魔を庇ってやったのだ。そう言って悪魔に再び私の身体を差し出そう。また、あの楽しかった上下関係に戻れるではないか。

 

 悪魔に対して様々な想いが浮かんでは消えていく。きっとこれは二度と得られぬ感情だ。

 

「……」

 

 でも違う。そんなの違う。覆水は返らない。

 

 海誓はこの弱った悪魔を認めたのだ。

 成長を待つ必要は無い。力なんて関係なくて、悪魔は今なお自分を屈服させるに足る存在だと思った。だから全力で打ち負かしたくなった。

 

 ――そして、こいつは私に勝てなかった。私は、こいつに負けなかった。それが全ての結果。

 

「だから、殺すんだ」

 

 海誓が悪魔に抱いた気持ちはまやかしだ。

 内心で積み重なった想いには蓋をして。海誓は決めつけた。

 

『――!!』

「おみごと」

 

 悪魔の魂を握りしめた海誓の手が、浄化の炎で燃え上がる。悪魔は声なき叫びをあげて消え去った。

 ぱちぱちとワザとらしく拍手する小龍が腹立たしかった。

 

「お前らの国に悪魔なんか渡せるか。またぞろ変な実験でもする気だろう」

 

「でしょうねえ。でも、それもまた人類の為なのですよ。いつまでも天使に守られてばかりでは、情けないでしょう? 人類の敵たる悪魔を知るには、悪魔を調べるのが一番ですからねえ」

「ふん……勝手にやっていろ」

 

 小龍の脇を通り抜けて搭乗口に向かう。

 その時、小龍が背中越しに問いかけた。

 

「その選択に後悔はないですか?」

 

 感情を消した声。背筋が凍るような声質で。

 

「貴方は、少々、驕りが過ぎるようだ。あまり悪魔の醜悪さを舐めない方がいい。これは私個人からの忠告です」

「どうも。必要になったら思い出そう」

 

 しかし海誓は鼻を鳴らして歩き去る。

 

 振り返った小龍は困ったように海誓の背中を見つめた。しかし暫くして小さくため息を漏らすと、手を数度叩いて周囲の記者達に指示を飛ばした。

 

「はいはい。皆さん解散ですよ。懸念だった大罪悪魔は祓われた。三好さんがそう言ったのです。なら、きっとそういう事なのでしょうね。……きっとね」

 

 





 次回、一区切りつくので一応最終回

 投稿は19時過ぎくらい予定

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