世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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漫画が面白かったので書きました。多少のガバは見逃してくれ


呪胎戴天編
1話


 窓が呪胎(それ)を確認したのが今から三時間前。場所は少年院の上空。呪胎の被害を考慮し、既に非術師の避難誘導は進められているが、それでも完全には終わっておらず、施設が封鎖された時点でまだ5人の在院者が呪胎と共に取り残されている。

 

 ここまでが事前に渡された任務に関する情報。突如として現れた呪胎。まだ変態を遂げているかの確認は行われていないが、窓によって察知された呪力量から変態後は“特級”の推定が行われているとの事。

 

 以上が補助監督である伊地知さんから伝えられた任務の概要。緊急を要する事態であったため、高専内で比較的すぐさま動ける呪術師である東京校一年の3名と、俺の派遣が言い渡された訳だが。

 

 「……帰りてぇ」

 

 俺は高専の保有する車から降りて、目の前に広がる少年院(現場)の様子を見てそう言葉をこぼした。

 

 「気持ちは分かりますが、そうは言ってられない状況です。相手は特級レベルかもしれない奴らしいんで、1人でも多くの術師が必要です」

 

 俺の小さく呟いた愚痴を聞き取ったのか、同じく黒色の車から降りてきた一年の後輩、伏黒 恵(ふしぐろ めぐみ)がそう声を掛けてきた。

 

 「お、おう。ま、確かにそうだけどさ……今回特級の案件だろ?俺なんかじゃなくて五条先生とか、そうじゃなくてもせめて一級が妥当だろ?」

 

 後輩に弱音を吐いている所を目撃された。それは俺のプライドの問題とかじゃなくて、これからの任務の士気にも関わる。俺はしまった、と苦々しい表情を浮かべてそう答える。

 

 「五条先生は出張中です。それに任務に追われてるのはあの人だけじゃない。他の先輩方も丁度手が空いてない」

 

 恵はそう言って、淡々と俺の言葉に対する反論を述べる。

 

 「呪術界は万年人手不足ですから……今回の様な案件も少ない訳じゃない。それは黒鉦(くろがね)君も体験済みだとは思いますが……何にしても、私には武運を祈る事しかできませんが……」

 

 車の反対側の降り口、運転席から降りてきた黒いスーツに身を包んだ何だか窶れた雰囲気の男。その黒いスーツは呪術界における補助監督官の象徴でもあった。

 

 「……分かってます、伊地知(いじち)さん。単なる疲労と不安からくる弱音です。忘れてください」

 

 恵も、頼む。俺はため息を溢して肩を落とし、そのままの姿勢で後ろの恵にそう声をかける。

 

 「ねぇ、さっきからその、とっきゅう?とかって何なの?俺まだイマイチ分かってないんだけど」

 

 車からヒョイっと顔を覗かせそう尋ねる明るい髪色の男児。高専用の制服に身を包んだ彼の名前は虎杖 悠仁(いたどり ゆうじ)。俺はその顔を見て少しだけ顔が強張るのを感じた。

 

 歴代最強最悪の呪いの王、両面宿儺。

 

 真っ当な術師の家系として生まれてその名前を聞かずに育つ者はいない程名の知れた史上最強の術師である。一般術師とは正しく次元の違う存在。

 

 それの受肉体が彼、虎杖悠仁だそうだ。どうやら虎杖君はその宿儺の蝋化した特級呪物の指を食べ、あろうことか受肉しその宿儺を制御しているらしい。

 

 正直言って疑惑と恐怖の念が多い。この情報だってこの任務を受ける前、出張を目前にした五条先生から急に明かされた情報だったし。上層部だと大分話題になってたらしいけど俺は忙しさも相まって全く知らなかった。

 

 「何?アンタって等級(それ)も知らないの?本当につい最近まで一般人だった、って感じねー」

 

 虎杖君が車から降り、さらにそれに続く様にして同じく高専の制服に身を包んだ女学生、地方からやってきたらしい新一年、釘崎(くぎさき) 野薔薇(のばら)ちゃんであった。

 

 今の一年は恵も含んだこの3人だけらしい。相変わらず人手不足が激しいな、と思いつつ俺は虎杖君の疑問に答えるため口を開く。

 

 「特級ってのは術師とか呪霊の強さを表した階級。要は実力を数値化した指標みたいなものだな。割り振られる任務はこれを基に決められ、適切な等級の術師が任務を請け負う事になってる……はずなんだがなぁ」

 

 俺はつい先日の任務を思い出してそう言う。準二級レベルが1匹、三級レベルがもう1体。そう言われて向かった先にはどう考えても準一級レベルが2体。俺はそれを確認してすぐさま尻尾巻いて逃げ出した。聞いていた話と違いすぎる。

 

 偉大なる先輩方からも等級が明らかに違うと判断したらすぐに撤退しろと助言をいただいていた俺はそれに従い逃げ出したのだ。

 

 準一級以上は呪霊でも術式をもつ、極めて厄介だ。舐めてかかればすぐさま死んでしまう。きちんとした実績と経験のある術師に投げ出すのが吉だ。

 

 「へぇ〜、そんな枠組みにされてたんだ。で、今回の特級ってのはどの位の強さなの?」

 

 感心したような顔でそう言う虎杖君の台詞に、あぁ、本当につい最近呪術師になったんだなぁ、と釘崎ちゃんの言っていた言葉を思い出した。

 

 「はぁ……あの人(五条先生)それも教えてねぇのかよ……」

 

 呆れた表情を浮かべた恵がため息混じりにそう言った。

 

 「いいか虎杖、さっき黒鉦先輩が言った通りの等級があって、その幅は四級から一級まである。言わなくても分かると思うが、この等級が高い程呪術師や呪霊の強さや危険度が決められている」

 

 「一から四?じゃ、今回の“特級”ってのは?」

 

 恵の説明を受けて、虎杖君は首を傾げてそう言った。

 

 「特級は一級のさらにその上。正確には未知に近い、測り切れない(・・・・・・)レベルの呪霊や呪物に与えられる評価だ」

 

 俺がそう言うと、その言葉を受け目を見開き、ピクリと硬直をする。その反応を見て俺は再びため息を吐く。

 

 「今ここにいる面子で一番階級が高いのが恵。二級だ。任務情報を額面通り受け取るなら俺らは今から自分たちには手に余る呪霊を相手にする可能性がある」

 

 俺がそこまで言い切ると場の空気が確かに緊張感を孕んだものへと変貌したのを感じる。まだ場数も少ないだろう虎杖君と釘崎ちゃんの2人は緊張感が顕著に表れている。

 

 「……黒鉦君の言う通りです。今回の任務ははっきり言って異常です。特級と相対した時、君達に取れる選択肢は2つです」

 

───逃げるか、死ぬか。

 

 呪術師に悔いのない死などない。俺は高専に来て一番最初に教えてもらったその言葉をゆっくりと反芻した。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 「何だこれ……」

 

 伊地知さんに見送られて東京の少年院に夜の帷が降りた。目的の少年院の内部へと侵入すると同時に、その強烈な違和感が俺たちを襲った。

 

 「どうなってんだコレ!?ここ二階建ての寮の中だよなココ!」

 

 「おおお落ち着け!メゾネットよ!!」

 

 遠目から見た時はいたって普通の寮であった外貌が、中に入ればその皮が剥げた様に異質な空間へと変わり遂げていた。何重にも重なり合って上へ上へと伸び続けるパイプ管。

 

 虎杖君の言うように二階建てであったはずの少年院内部では天井など見えない程高い壁とそれらを伝う電線達。

 

 完全に非日常な光景。周りから溢れる不気味な呪力が身体に刺さるように纏わりついてきて、虎杖君と釘崎ちゃんは分かりやすいほど動揺していた。

 

 「……先輩、これ……」

 

 3人の中でも比較的冷静な様子の恵が声を掛けてきた。

 

 「あぁ、おそらく例の特級の呪力で生じた生得領域……これまでの規模は見たことないけどな」

 

 冷や汗を流す恵の顔を見ながら、俺もいつの間にか頬を伝っていた冷たい汗に気づき、拭う。

 

 まさか、と思い、俺は後ろを振り向くと先程まで出口だったはずの扉はパイプ管で覆われてもう先も見えなくなってしまった。

 

 「マジか……」

 

 俺の言葉に釣られて他の3人も後ろの出口があったはずの方向を見る。しかし、そこには出口はないので、その表情には更に焦りが見え始める。

 

 「ドアが無くなってる!!」「なんで!?今ここから入ってきたわよね!?」

 

 相変わらずいいリアクションをする二人を流し目に見ながら、俺は頼みの綱である恵の方に目を向ける。

 

 流石に恵もこのレベルの生得領域に足を踏み入れたことは無いのか、その額には僅かな強張りがあった。

 

 「……恵、行けそうか?」

 

 俺がそう言うと恵は何も言わずにこくりと頷き索敵用の玉犬に出口の索敵が出来るかを確認しだした。それから少しして、玉犬から離れ、俺の方を見て今度はさっきよりも深く頷いた。

 

 「大丈夫だ。玉犬(こいつ)が出入口の匂いを覚えている」

 

 恵がそう言うと、2人してアタフタと慌てふためいていたが一瞬固まり、それから素早い動きで玉犬を囲み、実家の大型犬と戯れるように褒め始める。

 

 そんな2人を見て俺は毒気を抜かれたように息が漏れる。2人ほどじゃないが、俺も大分安心していた。

 

 「ありがとうな、恵。正直助かったわ」

 

 俺がそう言うとほんの少し目線を逸らしながら「うす」と言う恵。本当に頼りになる後輩だ。俺より若く、まだ実戦も十分じゃ無いと言うのに術式の扱いも体術も上等だ。

 

 後輩に頼り切り、と言う状況はあまりカッコよくないし、恵や彼の持つ術式に甘え過ぎるのは呪術師としても良い事じゃない。呪術師は所詮は個人戦。最後に頼れるのは自分だけなのだ。

 

 「あー!俺も!ありがとうな、伏黒!」

 

 俺が1人反省をしていると玉犬を撫で回していた虎杖君が眩し過ぎる位の笑顔でそう言った。

 

 「お前のおかげで人が助かるし、俺も助けられる」

 

 その言葉は呪術師が放つ言葉にしてはあまりに善人のもの過ぎた。これから彼が見るであろう現実に、思わず目を伏せてしまう程には。

 

 

──────────────

 

 

 「……………」

 

 言葉が出ない、とはこの事か。目の前に広がる凄惨な光景を前にして、何故か頭は冷静にそう考えていた。

 

 「惨い……」

 

 漏れ出たその声には、怒りとか、悲しみとか、追悼だとか。様々な感情が混在しているのが聞いてとれた。人間だったモノが3体。人間だった、と言ったが少なくとも人間と判断できるのは上半身だけとなった1つの遺体のみ。残りは継ぎ接ぎにされた肉の球体が2つ。

 

 グロテスクなんて言葉で言い表せる状態ではないだろう。飛び散る血の鮮やかさが、まだ生きていた頃を想像させる。そして、そんな状況に慣れてしまった自分に対して冷ややかな嫌悪感を得る。

 

 他の3人は、一年達は大丈夫だろうか。俺はチラッと後ろを振り向き三人の表情を伺う。恵は、いい気はしてないだろうが、表情自体は平常であった。釘崎ちゃんは、まだ経験が浅いからか、それともこれ程の惨状を目撃するのが初めてなのか動揺が顔に表れていた。虎杖君は。

 

 それはもう、酷い表情だった。開かれた両眼は瞬きを許すこともせず、じっとその惨状を見つめていた。焼き付けるように、忘れないように。それは、呪いにも近い感情だろう。

 

 俺はその顔を見て思う、呪術師なんて辞めてしまえ。さっきの会話でも感じたが、虎杖君は呪術師を名乗るには人の死を、命の重さを正しく(・・・)理解してしまってる。

 

 道徳的に、倫理的に、感情的に。彼は怒れる人間だろう、そんな人間はとことん呪術師に向いてない。辞めてしまえ。

 

 「この遺体持って帰る。あの人の子供だ」

 

 遺体のうちの一つ、まだ上半身の残ってる遺体の服を引っ張りながら虎杖君がそう言った。どうやら胸元の名札を確認しているようだ。

 

 俺はその言葉に少年院(ここ)に侵入する前、一般の方と思われる女性の言葉と顔を思い出した。彼女は取り残された“誰か”の母で、その“誰か“があの遺体のようだ。

 

 「でもっ」

 

 「顔はそんなにやられてない。遺体もなしで「死にました」じゃ納得できねぇだろ」

 

 俯いている彼の表情は窺いきれない。平坦に聞こえる声は気丈に振る舞っているだけか、それともそうでもしないと平常を保てないからなのか。

 

 そんな彼を見た恵は近づき、虎杖君の制服を引っ張り上げ立ち上がらせる。

 

 「あと2人の生死を確認しなきゃならん。その遺体は置いてけ」

 

 恵が語るその言葉は、悲しい程に正しい言葉だった。

 

 「振り返れば来た道がなくなってる。後で戻る余裕はねぇだろ」

 

 虎杖君の言葉もまた正しかった。だが、正しさのベクトルが違う。虎杖君の言葉が人道としての正しさなら、恵のものは呪術師としての正しさだ。そんな2人の意見が合致することは無かった。

 

 「「後にしろ」じゃねぇ。「置いてけ」っつったんだ」

 

 そう言って恵は虎杖君の目を睨むように見つめた。

 

 その目は真剣そのものだった。恵は、突きつけようとしている。目の前の現実を、呪術師としての正しい生き方を。しかし虎杖君にその言葉を簡単に飲み込める様子は無かった。恵の言葉にショックを受け、今にも感情を抑えていた蓋がとられてしまう様な。

 

 「ただでさえ助ける気のない人間を、死体になってまで救う気は「ストップ、恵」い……なんですか、黒鉦先輩」

 

 一触即発、恵のその言葉を言い切らせたら2人の間で衝突が起こる事は想像に容易かった。

 

 「取り敢えず、その手を離して一旦落ち着こうか。2人ともな」

 

 狡い言葉だ。言ってからそう自覚する。恵の行いは正しい。虎杖君の生き方は、呪術師として生きるには多分苦しい。恵はそのことを理解しているから予め教えようとしてるのだ。一方俺はそんな呪術界の汚い現実の部分を恵に押し付け、この場を穏便に済ませる善人振ろうとしてる。

 

 「ここはもう既に呪霊の領域の中だ。いつ敵がやってくるかも分からん、言い合いをしてる余裕は無いぞ」

 

 そんな自分に嫌気が差しつつも、穏便に済ませるため言葉を紡ぐ。

 

 「それは……」

 

 恵はそう言って少し気まずそうに言葉を落とす。虎杖君は少し驚いた表情でこちらを見ていた。

 

 「話し合いは後だ。ただ、虎杖君、先に言っておくがこの世界(呪術界)は君が思ってるよりも非情だ。呪術師(俺ら)は正しさを求めてるんじゃなくて、自分達の中の理不尽(正しさ)を押しつけるんだ」

 

 呪術師なんて、そんなもん。そんなのは呪術師だけで十分だ。術式なんて言う自己中心な世界を重視する奴らの集まりなんだ、まともな場所ではない。

 

 「……まだよく分かんねぇけど、今は自分にできることをやるよ。俺」

 

 虎杖君はガシガシと自分の後頭部を掻き毟りながら、それでも何とか矛を収めてくれたようだ。

 

 「そ、そうよ!その先輩の言う通り、今はとにかく残りの人たちの───」

 

 とぷん。そんな場違いな、不気味な音が耳に響いた。

 

 音の方向を辿ると、目線の先には釘崎ちゃんが虎杖君達の方へ駆け寄るように近づいていた。しかしその足元には円状に広がる影の様なものが出来ており、彼女の足の半分はその影の中に吸い込まれ、バランスが取れないでいた。

 

 理解が追いつくことも無く、気づくと釘崎ちゃんの全身はその影に呑まれ、そこにいたはずの彼女の姿は見えなくなってしまった。

 

 「釘……崎?」

 

 困惑した虎杖君声が聞こえた頃、ようやく俺の脳内に警鐘が響き渡り、今が危険状態だと理解する。

 

 バッ!っと、同タイミングで動いた俺と恵の目的は恐らく同じ。呪霊の検知と探索を行なっていたはずの玉犬の姿を探した。

 

 今いる場所より遠い地点、壁面のやや上に目線を向ける。そこには、身体を壁に埋まらせ、流れる赤黒い血と共に顔だけを突き出す白い玉犬の姿があった。

 

 「いたどっ!?黒鉦先輩!!後ろ!!」

 

 焦りに顔を歪ませた恵が警戒を促そうとしたのか、声を張ろうと口を開き、目線を俺の後ろに固定し、驚愕の表情を浮かべる。

 

 あぁ、そうか。と、俺は気づく。ここは恐らく呪胎から孵った呪霊の呪力で構成された生得領域。常に呪霊のものと思われる呪力が蔓延しているのだ。そのため、気づかなかった、自分のすぐ後ろまでヤツが近づいている事に。

 

 「『掩──」

 

 振り返ると同時に掌印を結び、術式の発動をしようとする。かつてない程心臓が早鐘を打っているのが分かった。

 

 術式の発動の為に呪力を練った、その瞬間だった。身体が妙な浮遊感を得る。痛みはそれからだった。視界がひっくり返り、どすっという音と共に衝撃が加わる。

 

 視界の先には、絶望感を纏う2人の後輩の姿が見上げる様にして映った。あぁ、俺は死ぬのだと。やっと理解した。痛みに悶える声も出そうにない。即死だろうか、俺の意識は徐々に薄れ、やがて視界も暗闇に包まれ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づくと釘崎ちゃんの全身はその影に呑まれ、そこにいたはずの彼女の姿は見えなくなってしまった。

 

 「は?」

 

 俺の視界の先には、ついさっきの光景が繰り広げられていた。気づかぬ間に釘崎ちゃんの足元に広がる影、そしてその影に落ち、消えてしまった彼女と、それを呆然と見つめる2人。

 

 「釘……崎?」

 

 虎杖君のその声は、驚く程想像通りだった。つまりこれは……

 

 俺はほぼ反射的に振り向き、俺を攻撃したその正体を探る。

 

 「っ!!」

 

 振り返るとそこには、ニタニタと笑う人のような、爬虫類のような見た目をした化け物、呪霊が居た。膨大な呪力だ。今まで経験した事のない程の濃密なそれは俺の全身に降り注がれている様だった。

 

 そしてそんな俺の視線に気付いたのか、ヤツは身じろぎを見せ、そして次の瞬間素早い動きでこちらとの距離を縮めてきた。

 

 回避は、間に合わない。特級の呪霊を目の前にした事による恐怖と驚きで反応が遅れた。俺は両腕を十字に重ね腕に呪力を纏う。攻撃を呪力で受けようとした。 

 

 スパン、と言う音が目の前の俺の腕から鳴る。その音と同時に俺は自分の両腕がゆっくりと切れ目を作って地面に落ちて行く様を目撃した。

 

 「っっうぅぅ!?」

 

 痛みなんて言葉で表せられない衝撃が脳に電気の様に流れる。どうやら俺の呪力では受けきれなかった様だ。そりゃそうだ、俺はただでさえ呪力総量が一般的な術師と比べて少ないのだ。呪力をケチった出力で目の前の、少年院全土を覆う生得領域を発生させる程の呪力を持つ呪霊の攻撃を防げる訳が無かった。

 

 まだ死んではいない。一撃は防いだ。だが、それが何だと言うのか、危機は未だ去っていない。俺の両腕を切り裂いた呪霊はニタニタと笑みを浮かべ、その両腕に滴る俺の血液を見てケタケタと笑い声を上げていた。

 

 「黒鉦先輩!?そいつ、逃げ」

 

 恵のその声を聞き取る前に呪霊が動きを見せた。今度は呪力を濃縮させているようで、ヤツの口元に悍ましいほどの呪力が集約していた。

 

 「避けろ!!2人とも!」

 

 俺は後ろにいる2人にそう呼びかけてから自身が避ける事に専念をする。集約された呪力は思い切り空気を吸い込んだ呪霊がその息を吐き出すと同時に放たれた。

 

 濃縮された呪力弾が飛来してくる。しかしまだ目で追える速さだ。身構えていた事もあり、俺は何とか転がり込む様にして攻撃を躱す。

 

 飛ばされた呪力弾の切った風が頬に触れた。その後後ろの遠くの方からズドンと言う重たい音が響いた。一瞬恵と虎杖君の方を見るが、2人とも躱せたようだ。

 

 「先輩!前!!」

 

 虎杖君が大きく口を開いてそう言うのを聞いてから俺は前に視界を戻す。振り返った視界の先には先程よりこちらに近づき大きく映るソイツが、腕を振り上げてこちらを見下ろしていた。

 

 間合いだ。避けようにも姿勢が悪い。両腕の損失により身体が思ったように動かなかったのだ。術式の発動は……そう思った辺りで再び両腕が無いことを思い出す。掌印が結べない。術式で防ぐ事もできない。

 

 詰みか。何処か冷静になった自分がそう結論付けた。呪霊の構えていた腕が振り下ろされる。

 

 ダッ!と背後から地面を踏みしめる音が聞こえた。2人の内どちらかが助けに来てくれたのだろうか。だが、間に合わない。

 

 巨大な呪力を纏って振られたその腕が俺の頭に触れる時、俺は自分の死を悟った…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づくと釘崎ちゃんの全身はその影に呑まれ、そこにいたはずの彼女の姿は見えなくなってしまった。

 

 テレビの番組を切り替えた時のように、自分の視界が切り替わった。

 

 「っ!?どうなってんだよ!」

 

 生きていた、なんて楽観は出来なかった。だって俺は確かに死んだのだ。今も頭に残る痛みや衝撃、死の感覚が俺の記憶に呼びかけていたのだ。

 

 思わず頭を抱える。しかし頭部には傷や血の汚れすら無い、それどころか今使っている両腕だってさっきまで確かに切り落とされていたはずだ。

 

 俺は死んだ。死を覚悟した、それも二回もだ。だと言うのに気づくと目の前には影に飲み込まれる寸前の釘崎ちゃんが居るし、録画した動画をリプレイするかの様に寸分も狂い無く同じ光景が流れる。

 

 時間が戻ったとでも言うのか?それともこれがあの呪霊の術式……いや、時間を戻す術式なんて聞いたことも無い。だとすれば幻術系の術式……

 

 「黒鉦先輩何言って、っ!?先輩、危ない!!」

 

 考えていた事が口から漏れていたのか、恵からそんな風に声をかけられる。そしてまた、恵から警告の声が放たれた。

 

 あぁ、そう言えば何時も最初に呪霊に気づくのは恵だな。そんな風に考えていると、背後から突き刺さるような痛みが胸を貫いた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づくと釘崎ちゃんの全身はその影に呑まれ、そこにいたはずの彼女の姿は見えなくなってしまった。

 

 四度目の光景だった。消えていく釘崎ちゃんも、呆然と立ち尽くす恵と虎杖君を見るのも、これで四回目だ。生き返るたび、言い表すことが出来ない不快感と妙に冷え切った感情が湧き出す。

 

 最悪な悪夢を見て、最悪な目覚めを繰り返す感覚。できればもう、二度と味わいたくは無い。

 

 「釘……崎?」

 

 虎杖君のその声に俺はバッと辺りを見渡し例の爬虫類呪霊の姿を探す。いつもと同じ位置に、そいつは居た。変わらずニタニタと笑ってこちらを見つめてくるそいつにもそろそろ慣れてきそうだった。

 

 「恵!虎杖君!呪霊だ、構えろ!」

 

 俺がそう言うと同時に呪霊の方に動きが見える。さっきは目を離して隙を突かれ死んでしまった。一切ヤツの挙動を見逃さない様に目を配る。

 

 呪力の乱れ、それは相手が行動に移す前の前兆の様なもの。来る。俺はそれを感じ取り、すぐさま動けるように意識を切り替える。冷静に戦況を観れているからだろうか、今回は呪霊の動くがはっきりと見え、ヤツの右足が踏み込む様に動いたのが見えた。

 

 素早い動きだが、その行動も予測ができればそこまで怖い話ではない。今までは初撃を呪力や術式で受けようとして失敗していた。腕を取られれば手印が結べず、実質的に術式が使えなくなる(死ぬ)。足も同じく致命傷だ、身動きが取れなければ死んだも同然だ。

 

 故に回避に心血を注いで行動する。踏み込みと同時に振るわれた右腕を前転をする事で躱す。それと同時に、腰に鎖で巻きつけていた鎌の柄を握り、勢い良く呪霊の腹元に振るう。実家から持ち込んだ愛用の呪具だ。

 

 「!?!?」

 

 反撃を喰らう事を想像していなかったのか、呪霊の気味の悪い表情が驚いたように歪められる。しかし、呪霊の反応とは裏腹に鎌による攻撃はうまく入らない。刃の差し込みが甘く、深く入らない。

 

 全身に呪力が溢れてるため、呪力を防御に使わなくても硬いのだ。俺は気を取り直して鎌の柄から手を離し、連結された鎖の方に持ち帰る。

 

 「『穿孔(せんこう)』」

 

 鎖を握る手とは反対の左手で掌印を組み、術の名前を呼ぶ。俺はそれから大きく後ろに跳んで距離を離す、すると術式が発動し、俺から離れた所にある呪霊に刺さった鎌がひとりでに動きはじめる。

 

 「ギャァアアアア!!」

 

 大きく開かれた口から金切り声の様な悲鳴が聞こえ始める。

 

 「鎌が勝手に……」

 

 俺からしたらもう既に四回目だが、恵や虎杖君にとっては急に現れた呪霊とそれに対して未来予知の様に反撃を入れる俺と言う状況だ。まだ現状を飲み込めていないのか虎杖君は驚愕に口を開いてそう呟いた。

 

 「俺の術式で攻撃を入れたが、正直あまり手応えが無い。隙を作って逃げ──」

 

 そこまで2人に説明した辺りでゾクリとする感覚が背筋を伝う。そして呪力による圧も一層増したのを肌で感じる。

 

 「嘘だろ……出力増えてやがる」

 

 恵がそう言って冷や汗をダラリと垂らし、呪霊の方を見つめる。俺も呪力の発生源である呪霊の方を見ると、そこには自身の腹に突き刺さる鎌の柄を握ってギリギリと歯軋りをする姿があった。

 

 「キレてんのかよ。くそ、アイツもうタダで逃してくれなさそうだぞ」

 

 虎杖君がそう言うと、大きい咆哮が歪んだ空間に響き渡る。音源は言うまでも無く呪霊の叫び声だ。俺は反射的に鎖から手を離すと、その次の瞬間アイツは自分の腹に刺さる鎌を引き抜き、乱暴に投げ捨てた。

 

 じゃらん、という音と共に鎖が投げられた鎌に連れられて壁の方まで飛んで行く。その後アイツの幾つもある眼が俺を捉えたのが分かった。

 

 「……恨みを買ったのは俺らしい」

 

 俺は目線は呪霊から離さず、2人に聞こえるように声を張り上げる。

 

 「恵!この領域内にまだ釘崎ちゃんが居るはずだ。虎杖君と2人で釘崎ちゃん見つけて領域(ここ)でろ」

 

 俺がそう言うとハッと息をのむ音が聞こえた。それからゆっくりと、低いトーンで恵の声が続いた。

 

 「……特級相手に、黒鉦先輩がですか?……等級なら俺が上です。先輩1人が残ったってそんなの無理に決まってます」

 

 恵の言う事は正しい。俺は準二級の術師、二級の恵よりも低く勝る点は実戦経験だけだ。だが、それでも俺が残るのが最善だ。

 

 「そうだな、俺は弱いし、アイツにも勝てるとは思ってない。だけど、釘崎ちゃんを探すには恵の術式(玉犬)が必須だ。それに足止めなら俺の術式が適材だ。君達がやるべきなのは一刻も早く釘崎ちゃんを見つけて高専に帰って五条先生でも誰でもいいから一級以上の術師を連れてくる事。分かったか?」

 

 俺がそう言うと恵は何かを言いた気に口を開き、それから言葉を飲み込むように口を閉じた。

 

 「……分かりました。釘崎連れて、外でたら玉犬で合図出します。そしたら直ぐ逃げて下さい」

 

 「伏黒……!!」

 

 虎杖君が恵の方を見て何かを訴えかける。彼の思考は常に最善では無く最低限だ。そしてきっと彼の抱えるその最低限は『全員生存』だ。だから、彼にはここでしっかりと理解してもらわなくてならない。

 

 「虎杖君。東京(うち)の学長とは話したよな。なんて言われた?」

 

 高専に来て、俺が最初に教わった言葉もその言葉だった。呪術師に悔いのない死などない。もっとも今の俺は何故か死なない、いや死んでも戻されるという不可思議な状況だが、これもいつまで続くか分からん。

 

 「っ!!……わか、った」

 

 虎杖君のその言葉に俺はニヤリと笑みを浮かべる。本当は笑える余裕も無いが、見栄を張るのが先輩と言うしょうもない生き物なのだ。

 

 「よし、じゃあ次アイツが動いたら俺が引き付ける。それと同時にここを離れろ、いいな!」

 

 俺のその言葉に2人は大きく頷いた。

 

 「……死んだら呪いますからね」

 

 恵がそう言うので、俺は視線は呪霊の方だけを見つめてすぐさま動けるよう身構える。

 

 「死なねーよ」

 

 本当に、何でか死なないんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どの位の長さがいい?(試験的にアンケを実施してみただけなので必ずアンケの結果通りになるとは限りません)

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