世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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10話

 東堂との遭遇、そして予想外の襲撃を受け、始まった京都姉妹校との交流戦団体戦。

 

 俺は虎杖君と東堂の戦いから遠ざかるようにして森の中を進んでいた。しかしこれからどうすればいいか、俺は当初立てていた計画を思い浮かべながらこれからの行動について考える。

 

 虎杖君生存が判明する前時点では、パンダが東堂の足止め役を、俺はパンダの補助をするという作戦だった。残ったメンバーは伏黒班と、狗巻班に分かれて呪霊討伐を行う、と言う手筈だった。

 

 だけど、虎杖君が来たことで作戦は変更。索敵のできるパンダを狗巻班に投入させて、足止め役を虎杖君が担うことになった。

 

 が、その作戦も京都校メンバーの奇襲によって断念となった……と思う。

 

 恵とパンダなら京都校の奇襲にも勘付いてるだろうし、それが分かったら皆虎杖君の援護を優先するだろうし……いや、1人か2人くらいは呪霊討伐優先するか?

 

 京都校の狙いが虎杖君の暗殺なら、この団体戦そのものをさっさと終わらせるのが吉だろうし、京都校にも虎杖君暗殺より団体戦での勝利を優先させたい生徒もいるかもしれん。

 

 団体戦での活躍は術師としてのキャリアへの影響が大きい。なら、それを欲する生徒は東京校(こっち)にも京都校(あっち)にもいるだろう。

 

 だったら呪霊討伐を優先させるのは京都校を焦らせる手としても有効な手段か。

 

「とりあえず連絡をとるのが先決だな……」

 

 俺は1人で呟きながら、制服のポッケから連絡用の携帯電話を取り出す。

 

 連絡リストの中に並ぶ名前の中から後輩達に端から連絡をかけてみる。

 

 交戦中だと電話を取るのは難しいかもしれないが、呪霊捜索中の奴なら返事をくれるかもしれない。

 

 全員連絡が取れなかったら……まぁ、考えるより先に全員に連絡してみるか。

 

 そう思い電話をかけ、しばらく反応がないのを確認しては他の人物にかけてを繰り返していると、電話の向こうから反応が現れた。

 

 画面に映る文字は『狗巻棘』だった。

 

『ツナマヨ。高菜?』

 

「棘。早速なんだが、今のそっちの状況を教えてもらえるか?理由があって今1人でさ」

 

 俺がそう聞くと、棘は現在どのような状況で、どういった人数配分で動いているかを説明してくれた。

 

「成程……それで棘が呪霊討伐役になったって事か」

『しゃけしゃけ!』

 

 ふむ、やっぱり俺の予想通りに動いてくれていたらしい。パンダ班は棘を除いて全員が、伏黒班は恵と真希ちゃんの両名が虎杖君の方へ向かい、おそらく交戦状態か。

 

「しかしどうするか……出来たら索敵のできる恵かパンダの応援に向かいたいが」

『おかか、いくらすじこ!』

 

 あー、確かにそれもそうか。肝心の恵とパンダがどこにいるかも分からんし、むしろその2人が戦っている内に呪霊を祓った方が確実か。

 

「おっけ、ありがとうな棘。俺の方でも呪霊を探して……あ?」

 

 俺は棘に礼を告げてから電話を切ろうとした、しかしその寸前で視界に気になるものが入った。

 

 残穢。恐らくだが呪霊のもの。別に呪霊の残穢自体は特別異質なものではない。今この区画内には複数の低級呪霊と二級呪霊が一体放たれているのだ。

 

 だったら残穢がある事自体はおかしなことではない。()()()()()()は。

 

 異質だったのはその()。低級呪霊が持つような薄い残穢ではなく、黒く、濁った強い色だった。

 

 少なく見積もっても()()()レベルの呪霊が持つ呪力に近しい色だった。

 

「…………棘、呪霊の残穢を見つけたけど、様子が少しおかしい。もしかしたら一級レベルの呪霊が紛れてる可能性がある」

 

『…高菜?こんぶこんぶ』

 

「あぁ、大丈夫。念のため連絡繋いだままにしておいていいか?何かあったらすぐ報せる」

 

『……ツナ、明太子!』

 

 棘から了承を得た俺は携帯電話の通話を切らないよう、静かに懐にしまってから行動を開始する。

 

 音を立てないよう、慎重に、しかしなるべく速く動き、残穢の行方を追う。

 

 しかし仮に一級呪霊が紛れていたとしたら、一体どうして紛れたのか?

 

 高専内には未登録の呪力に反応して警報を鳴らす結界が貼ってあるはずだ。それは恐らく団体戦会場であるこの区画も例外じゃない。

 

 もし仮に登録してない、つまり高専側が認識していない呪霊が紛れるようなことがあれば直ぐにでもこの団体戦は中止されるはずだ。

 

 だがされていない。と言うことはこの残穢の主である呪霊は高専側から放たれてる呪霊のはずだ。

 

 五条先生が秘密で放った?あの人はふざけた人だけど生徒の命を無意味に危険に晒す人じゃない。

 

 だったら誰が?

 

 そう考えながら残穢を追っていると、1人の人物へと辿り着く。

 

 虎杖君が生存していることを知り、一番驚いていた人物、楽巌寺学長だった。

 

 京都校による虎杖君の暗殺。あれも楽巌寺学長の差金だとすれば納得できる。そして生徒がしくじった時用の保険として一級レベルの呪霊を放ち虎杖君を襲わせる。

 

 しかし肝心の虎杖君を襲わせる方法とはなんだろうか?楽巌寺学長なら一級呪霊を忍ばせるのは簡単だろうが、それを暗殺に使う方法は?

 

 色々考えるが、仮説の域を出なかった。

 

 まぁ、そもそも一級呪霊が放たれた事もまだ確認していないのだ。誰がどうやってを考えたところで結論なんて出るはずもない。

 

 とにかく残穢の主である呪霊の姿を確認することを第一目標に森の中を進む。

 

 十分程度追っただろうか、近づいたためか、残穢も大分色濃く残っている。

 

 恐らく、本丸が近い。

 

 俺はこの先に一級レベルの呪霊がいる事を覚悟して前へと進んだ。そして俺は事態は俺の想像する仮説なんてものよりも大きく不味い方向に動いていることを知る。

 

「は?」

 

 声を出さないように、そう心がけていたが、その景色を前にして俺は思わず声を漏らした。

 

 俺が追っていた残穢の正体。一級レベルの呪力を放つ呪霊の()()と、その近くで立つ、もう一つの存在。

 

 白い身体に、全身を駆け巡るように描かれた黒い斑紋。面のような頭部には、木の根が生えており、その異形の見た目が不気味さをより一層際立たせていた。

 

 思い出したのは、あの日。少年院にて受胎から孵った特急呪霊の姿。そして恐らく少年院の呪霊と()()()()の呪力量を持っているであろう、全身から放たれる呪力。

 

 特級呪霊。現代呪術界の水準を大きく逸脱した、恐怖の存在。

 

 白い巨体のそれは、悠然とその場に立っていた。

 

「ሄይ፣ እስካሁን አገኘኸው? መጽሐፉ ከተጠበቀው በላይ በፍጥነት በጊዜ ይዘጋጃል?」

 

「っ!!なんだ…!これ!?」

 

 聞こえると言うよりは、聴こえるという表現に近かった。声ではあるが、耳で聞いている音は何かを理解できない。だが、頭に直接意味が入ってくるような感覚だった。

 

 取り敢えず俺は目の前の異変を報告するため、懐から携帯電話を取り出し、棘へと報告をしようとした。

 

「棘!!緊急事態だ!一級じゃなく__っ!?」

 

 しかしそんな俺の目論見は失敗した。俺が手に持っていた携帯電話は高速で近づいてきた呪霊によって弾き落とされた。

 

「っ『穿孔(せんこう)』!!」

 

 俺は呪霊の接近を確認するとその場を飛び退く、それと同時に背中に掛けていた刀の鞘から刀身を取り出し、呪霊へと投げつける。

 

 実家より持って来た刀の呪具は『枷縛呪法』に最適化された、黒鉦家用に改良されたもので、柄の部分が鎖と接合されており、術式を通しての遠隔操作が可能になっている。

 

 投擲したことによる加速が加わり、『穿孔』で更に加速した刀は鋭く、素早く呪霊へ投げつけられる。

 

 ()()()

 

 しかし俺の期待から外れ、聞こえたのは呪霊の身体を削る音ではなく、刀の弾かれる音だった。

 

「嘘だろ!?」

 

 思わず俺は驚きの声を上げてしまう。呪霊の気を逸らすための攻撃ではあったが、全く効かないなんて事があるとは思わなかった。

 

 硬すぎる。間違いなく、今まで会った呪霊の中で最高硬度の呪霊であった。

 

 俺は今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちを抑え、術式を使い、放った刀を回収する。

 

「『成程、術式ですか。物体を遠隔操作する……脅威ではありませんね』」

 

 平然と気持ち悪い声で話す呪霊の言葉が脳内に流れ出す。今度は意味不明な音の羅列ではなく、はっきりと意味の持った言葉として脳に伝わって来た。

 

 つまり、こちらの言葉が理解できるどころか、独自の言語形態を持っているのだ。呪霊のレベルは知能レベルに比例していると言うのが通説だ。

 

 その点で考えてもこの呪霊は相当レベルの高い、特級クラスの呪霊であっても何もおかしくない。

 

 __そして、そう言えばと、五条先生から報されていた。特級呪霊の存在を思い出す。

 

『コイツら未登録の特級呪霊!しかも呪詛師(にんげん)と組んでるっぽいんだよね〜』

 

 そう言って五条先生が書いた似顔絵の描かれた紙と共に告げられた特級呪霊の存在。襲われた本人とは思えない間延びした声で教えられたその呪霊の内の一体と姿が似ていた。

 

 白色の全身に、描かれた黒い縄目のような紋様。白い布で覆われた左腕。

 

「……五条先生の報告にあった呪霊か。となると、仲間の呪詛師(にんげん)もいるのか?」

 

 こちらの動揺を隠すようにして立ち回る。恐怖を悟られることは敗北への最短距離を辿ることにつながる。特にそれが呪霊なら尚更だ。

 

「『さぁ、貴方に話す必要はないでしょう……知るのが早すぎましたね。貴方にはここで消えてもらう』」

 

 そう不穏な台詞を告げる呪霊、同時に放たれる呪力も増大する。

 

 俺はその言葉に警戒して呪霊を見つめる、少しして、呪霊の周りの地面から何かが現れる。

 

 それは木の根で作られた毱の様な球体のもので、地面から噴出するように出て来てからは呪霊の近くを浮遊し始めた。

 

 消えてもらう、なんて言う割には殺意のない攻撃だった。呪霊から目を離さぬよう、正面を見続けるが、それ以外の動きはなかった。

 

 ()()からは。突如、土を抉るような音が、背後から聞こえた。

 

 (っ!あの毱は誘導(ブラフ)か!本命は__)

 

 俺は背後からその音が聞こえてから、自分が正面に注意しすぎていた事を理解した。

 

 過ぎた警戒は時に弱点となる。急いで後ろを振り向くが、そこには既に太い樹根がの鋭利な先端が俺の体に向かって飛び出しているところだった。

 

「ぐッ!?」

 

 それでも何とか致命傷を避けようとその場を横跳びして回避を試みるが、間に合わない。

 

 掠るようにして当たった樹根は俺の腹を抉り、その痛みが俺の表情を歪ませた。

 

 だが致命傷ではない、次何をしてくるか備えなくては。

 

 そう思い振り返ると、そこで既視感を覚えた。また同じだ。

 

 意表を突かれ、精神を削られ、敵の攻撃を喰らってしまう。既視感(デジャヴ)

 

 振り返るとそこには俺の顔面目掛けて伸びる根の先端が近くまで迫っていた。射出元は、呪霊の周りを浮遊していた毱だった。

 

 あの毱は俺の意識を逸らす誘導(ブラフ)であると同時に、二の矢でもあったのだ。

 

 仕掛けられた攻撃のタネを理解する頃には、もう俺の後頭部を樹根が貫いていた_

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『さぁ、貴方に話す必要はないでしょう……知るのが早すぎましたね。貴方にはここで消えてもらう』」

 

 そう不穏な台詞を告げる呪霊、同時に放たれる呪力も増大する。

 

 「……あの日限定って訳じゃないらしいな」

 

 相変わらず最低な気分だった。脳裏には先ほどの自分の死に様が焼き付いてるし、痛みだって記憶している。

 

 それでも唐突に冷水をかけられた時のように、目覚めるのだ。

 

 俺は心の中で反省しながら、深く息を吐き出し、警戒の範囲を拡大する。

 

 特級呪霊と相対したことに対する恐怖が過剰であった。少年院での出来事がトラウマになっているのかもしれないが、そんな事切り捨てなくては先ほどの様に無様に死ぬだけだ。

 

 警戒心は忘れない。でも、常に冷静さを併せ持たなくてはいけない。

 

 余分な恐怖は呪力に換えろ。自分のすべきことを見失うなと、言い聞かせる。

 

 そうこう考えてると、呪霊の周囲の土から木の毱が現れる。そしてそれから少しして背後から呪力の起こりを感じ取る。

 

 先ほどもあったはずの呪力の気配だ。恐怖に駆られ、見えなくなっていたのだろう。

 

 俺は顔だけを背後に向け、迫ってくる鋭利な樹根を確認した上で、先ほどと同じように樹根を横跳びで回避する。

 

 そしてすぐ様視線を呪霊の方へと向け、毱から伸びる樹根も確認する。同時に、右手で持っていた刀を根を刈る様にして振るう。

 

 根には呪霊本体ほどの硬度はないのか、思いの外すんなりと斬れた。

 

「『学生の術師、存外動けるのですね。なら、こちらはどうでしょう』」

 

 他にも攻撃は無いか警戒していると、今度は全方位の地面から樹根が飛び出し、それぞれタイミングをずらして射出される。

 

 俺は一つ一つの攻撃を刀を利用して捌いていく。それと同時に、状況を整理していく。

 

 目の前に現れたのは、未登録の特級呪霊。恐らく呪詛師と徒党を組んだ組織的侵入……なぜ高専に、なぜこのタイミングで、どうやって天元様の結界を突破したのかと、疑問は尽きないが、ひとまずは置いておく。

 

 今考えるべきは俺の最善手。やるべきことだ。

 

__知るのが早過ぎましたね。

 

 あの口ぶりからして、特級呪霊(コイツ)の情報を知るのは俺のみの可能性が高い。それに真っ先に連絡手段である携帯電話をはたき落とした事からも、呪霊は連絡を嫌っている様に見える。

 

 知られて困る……十中八九五条先生(最強)の介入を警戒してるんだろう。

 

 しかし“早過ぎ“と言う言葉も気になる。後々明かされていた?なら、時間が経つにつれて五条先生の介入できない状況になると言うことか?

 

 分からない事が多いが……とにかく、俺のやるべきことははっきりした。

 

「『鉤鈎(かぎつる)』」

 

 俺は片手で刀を振るい、樹根による攻撃を捌きながら、もう片方の手で掌印を結ぶ。

 

 直後、練られた呪力が術式を経て形となる。俺の指先の空間から現れた『鉤鈎』の鎖が勢いよく飛び出る。

 

 発射先は呪霊……ではなく、正反対の背後。

 

 俺は感覚的に『鉤鈎』の鎖が何処かの木に刺さったのを確認すると、鎖を掴み、そのまま鎖を収縮させる。

 

 本来攻撃に転じるための『鉤鈎』を鎖の収縮時の速度を利用し、フックショットの様に扱う応用的な使い方。

 

 俺と呪霊の距離はみるみる離れ、やがて『鉤鈎』の鎖が刺さった木の場所まで辿りついた。

 

 俺の最善手。状況から考えた結果、それは()()()()事だ。

 

 とにかく呪霊(アイツ)が恐れている情報の伝達を行う。最終的には五条先生にこの事態を伝えることが俺の勝ち手だ。

 

 最悪、五条先生の元まで逃げなくてもいい。他の生徒の所にさえ行ければ、そいつの携帯電話からでも連絡が可能になる。

 

 だから、今は逃げ回る。これが俺の考えた出来る限りの作戦だ。

 

 あの呪霊は表情があるのかすらも分からない、だから俺のこの手にどう反応しているかは分からないが……今は、これが最善手だと信じて行動しよう。

 

 俺は呪霊を意識に入れながらも、背を向け逃げ出すため走り出した。

 

 そして俺が逃げていることに気づいたのだろう。背後から再び土を抉る音が聞こえた。

 

 振り返ると、そこには先ほどと同じ様にこちらに迫る樹根の姿があった。

 

 逃げつつ回避しようと考える俺だったが、今度は辺りのに異変が訪れた。なんと、周囲の木の幹から枝が生え、俺の進行方向を塞ぐようにして伸び始めた。

 

 そうして気づくと周囲は木の枝で覆われ始め、俺を中心とした円形の檻のようになっていた。

 

「くそッ、なんでもアリかよこの呪霊!」

 

 恐らくは木を操る術式だろうか。今まで見せた手札は樹根の操作のみだったが、木の枝やその他自然物の操作もできるのかもしれない。

 

 だとすればまずい。俺は全方位に広がる木の群れを眺め、そう危惧する。

 

 ここは森、周囲は木だらけであり、どこに居ても呪霊の攻撃の間合いとなる。

 

 俺は一旦逃げるの諦める。ここは攻撃を捌くことに注力し、隙を見てこの場を離れるしか無いだろう。

 

 刀を構え、迫り来る樹根を両断する。

 

「っ!!」

 

 しかし、その根は先ほどまでの斬り捨てることの出来たものとは違った。斬って両断したかのように見えた根は、そこから2本の根となりこちらに向かって伸び始めた。

 

 分裂し、今度は二対の根となり襲いかかってくる。これが続いて無数の樹根が追尾してくるのは、流石にまずい。

 

 俺は刀で防ぐことを止め、回避に専念する。そうして迫ってくる2本の根に注意するが、今度は視界の端に違和感。

 

 目を向けると、俺を囲っていた木の枝の一本が俺に向かってきていた。攻撃の手を増やしたのだ。

 

 内心舌打ちしながら、今度は3本同時に避けるための回避経路を探る。

 

 が、最悪の展開は止まらない。今度は真下の地面から根が伸びてきたのだ。三つの攻撃に意識を割いていた俺の反応は遅れた。

 

 根は俺の体を貫くことは無かったが、俺の足を絡め取る様に足首へと巻きついてきた。これでは回避が難しい。

 

「っ『掩蔽(えんぺい)』!!」

 

 俺は咄嗟に『掩蔽』を三方向へと発動させた。複数同時発動は呪力消費量が馬鹿にならない程多いし、一つ一つの鎖の密度も下がるが、今行うことの出来る防御術はこれしか無かった。

 

三方向の『掩蔽』の鎖が破られる前に、刀で足に巻きつく根を斬り剥がそう考える。

 

「ぁが……?」

 

 刀を振りかぶったその時、俺の体に異変が訪れる。まず初めに感じ取ったのは強烈な痛みだった。

 

 どこが痛みの発生源か、辿る。頭部だった。頭頂部から流れる血が額へと滴り落ち、視界に赤色が滲む。

 

 もう既に朦朧としている意識と視界の中、何とか自分の頭部の上を見上げると、そこには一本の茶色い、樹根が伸びていた。

 

 先は天へと続き、やがて一つの球体へ、青空に浮かぶ球体。あの呪霊の出した毱へと辿り着いた。

 

 根が生えてくる地面からしか攻撃は来ないと、そう思っていた。その考えを見透かされ、空からの奇襲を仕掛けられたのだ。

 

 空中より俺を貫く一閃。その光景を最後に、俺の意識は____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして気づくと周囲は木の枝で覆われ始め、俺を中心とした円形の檻のようになっていた。

 

 ……どうやら攻撃は上空からも来ていたらしい。

 

 あの浮遊する木の毱、想像以上に厄介だな。どこから攻撃が飛んでくるか分からない。

 

 それに、単純に常に全方位から攻撃が来るのも中々辛い話だ。

 

「チッ!」

 

 俺は色々と胸の中に積もる不満や恐怖を吐き出すように舌打ちをする、それから考える。さてどうしたものか。

 

 状況は木の枝で囲まれた状況からの再スタートだ。単純な木の枝なら簡単に斬り裂くことができるだろう。しかし相手は呪霊、なら呪力強化された枝である可能性を捨て切ることはできない。

 

 それに攻撃も既に仕掛けられている。木の枝を破壊しながら攻撃も凌ぐ。中々難しい手になる。

 

 なら木の枝を破壊せず、脱出する方針で行きたいが……唯一抜けれそうな箇所は呪霊の方向しかない。最悪だ。

 

 そう考えを詰まらせる俺だったが、ふともう一つの経路を考えつく。

 

 ……いや、もう一つだけあるか。

 

 俺は迫り来る樹根を無視して、上空へと視線を向ける。そしてそこにはやはりと言うべきか、先ほど俺を貫いた樹根の発生源、毱が浮いていた。

 

「『鉤鈎(かぎつる)』」

 

 俺は掌印を結んだ指先をその毱へと向け、そして『鉤鈎』の鎖を放った。

 

 勢いよく飛んでいく『鉤鈎』の先端部は、そのまま狙い通り上空に浮かぶ毱へと突き刺さった。

 

 そして俺は再びフックショットの要領で鎖を握り、上空へと飛び出した。

 

「『気付かれてましたか……勘の良い青年だ』」

 

 俺を追っていた呪霊から驚く声が聞こえる。それと同時に鎖の突き刺さった頭上の毱から俺を狙った樹根が射出される。

 

 だが、それは予測できる範疇の攻撃だった。俺は鎖の収縮を止め、慣性を利用する事で攻撃を回避した。そのまま射出された樹根を両足で蹴りつける。

 

 しっかりと呪力強化した足での蹴りつけだ。ミシミシと木の軋む音と共に俺の足は樹根へと沈み込み、そして蹴りの威力はそのまま俺が空中へと飛び出す加速力に変わる。

 

 一度目は少年院で宿儺に蹴り飛ばされた時、空を飛ぶ経験は、これで二度目だった。

 

 身体が風を切る感覚が爽快だった。しかし今はそんな快感を感じ入ってる場合では無い。俺はだんだんと空中を落下していく中、遠くを見渡す。

 

 誰か、連絡手段を持つ他の生徒と合流する事が今一番大切だ。どこかで派手に戦闘している連中でもいたら見つけるのが楽なのだが……。

 

 そう考えていると俺の視線の先で派手な変化が訪れた。いくつかの仏閣が並ぶ中、その中の一つの壁が吹き飛ぶように壊れるのが見えた。

 

 (誰かが戦ってるな……あの距離ならそこまで遠くない。向かうべきか)

 

 遠目からの確認で誰かは分からないが、水らしきものが吹き出してるし、誰かの術式だと思うが……。

 

 何にしても、今この状況では誰かと合流するのが吉だろう。俺はひとまずは地面に着地してからあそこまで向かおうと決めた。

 

 その時だった。俺の背後から凄まじい音が響いた。おそらくは木の倒れる音、だが半端な音圧じゃない。

 

 地震でも起きたのかと思う地響きが空中にいる俺の耳にも届いた。

 

 俺は咄嗟に振り返り、何が起きたのかを確認する。

 

「は?」

 

 そこには先ほどまで俺を襲っていた木とは比べ物にならないレベルで巨大な樹根がこちらに向かい伸びてきていた。

 

 それが何本も並んでいるのだ。もはや壁と表現する方が適切なレベルのそれは確かに脈動し、這い出るように突き進んでいた。

 

「『合流されては関係ありませんか……ならば、ここで殺すのみ』」

 

 脳内に響く呪霊の声。その言葉が意味するのは明確な殺意。確実に殺すという意志が伝わってきた。

 

 先程までは全力では無かったのだ。いや、全力どころか半分の力も出してなかったのだろう。

 

 ようやく見せた力の真髄。俺はその光景を目の前に、ただ目を見開くことしかできなかった。

 

 そして這い出た絶望の根は、俺の命を奪うため、勢いをつける。先ほどまで俺を襲っていた樹根より速度は低いものの、その圧倒的な質量はちょっとやそっと身体を捻らせる程度では避けられそうに無かった。

 

 さらに言えば現在の俺は落下中。鎖での移動もこのままじゃ間に合わない。迫ってくる攻撃を防ぐ事は、叶うはずが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

ぶっ飛べ!」

 

 死を覚悟した俺だったが、その予想はその一声により掻き消された。

 

 巨大な樹根の群れに飲み込まれそうになっていた俺の身体は唐突に加速を始める。

 

弾かれるようにして身体が真横に吹き飛のを感じる。

 

 何故?俺は視点を下へと向けると、一人の人影を見つけた。

 

 普段は覆い隠している口元を露わにして、俺に向け片手でVサインを送ってくるその姿は、普段からよく見る人物のものだった。

 

「棘!!」

 

 思わず名前を声に出して呼ぶ。棘は狗巻家相伝の術式の『呪言』を扱う呪言師だ。

 

 言葉一つで意のままに人を操ることの出来る強力な術式だが、故に日常会話が困難を極め、さらには肝心の術式も指向性や強度、喉への負担など使用が難しい術式でもある。

 

 今のは俺に対し、呪言を使用したのだろう。そのお陰で俺は窮地を脱し一つ死から免れたのだ。

 

「『掩蔽(えんぺい)』」

 

 俺は心の内で棘に感謝を告げながら、吹き飛んだ体の勢いを殺すため、掩蔽の鎖を展開する。鎖に身体が包まれ、俺は再び落下を開始した。

 

 僅かな衝撃を体に感じながら、俺は地面に着地した。古い仏閣の立ち並ぶ中、どうやら俺は仏閣同士の間に落下したらしい。

 

「黒鉦先輩!?」

 

 その声の方を見ると、そこには驚きと困惑の両方を表す恵と、その恵と相対するように同じく驚いた表情を浮かべる京都校の加茂君が居た。

 

 恐らく、俺が上空で確認した戦闘中の生徒がこの2人なのだろう。

 

 俺は若干身体をふらつかせながら、2人の元へと歩いて近づく。

 

「黒鉦。これはどういう事か説明してくれるか?」

 

 未だに大きく一方の空を覆う木の根の前方、仏閣の屋根の上からこちらを見下ろす呪霊を指差し、加茂君がそう俺に問いかける。

 

「非常事態だ。2人とも。高専内に恐らく特級クラスの呪霊が紛れてて、今襲われている。早く先生たちと連絡が取りたい。どっちか五条先生に携帯で連絡を__」

「待て、あの呪霊はなんだ?ここは高専結界内だぞ」

 

 加茂君が訝しんだ表情でそう問いかけてくるが、俺はその問いへの答えを持ち合わせていなかった。

 

「分からない。だから非常事態だ。とにかく教師陣に事態を伝えるのが先決だ」

 

 俺がそう言うと、納得はしていないだろうが、状況の緊急性を悟った加茂君はその場での問答をやめ、呪霊の方向をじっと見つめ始めた。

 

 その様子を見ていた恵が懐から携帯を取り出し、恐らくは五条先生に電話を掛け始めた。

 

「何だか分かりませんが、ヤバイのは分かりました。今連絡を取りますから待って____」

 

 そう言って携帯電話のボタンに恵が指を伸ばすのを見て、俺は一息吐き、安堵した。

 

 俺に出来る範囲の仕事は、これで完了したんだと。そう思った時だった。

 

「待て、様子がおかしい」

 

 加茂君が俺と恵にそう呼びかけた。何事かと思い、加茂君の視線の先を見ると、そこは空だった。

 

「帳?」

 

 そう呟くと同時に俺の頭の中に嫌な予感が過ぎる。帳は通常、呪霊討伐の際、一般人へ影響を考慮して、認識を歪めるための結界だった。

 

 その帳が今、高専結界内であるこの交流戦会場で下ろされようとしているのだ。

 

 呪霊(あの白いの)が結界術を熟知しているとは思えない、恐らくは共謀している呪詛師によるもの。

 

「……繋がりません。帳の影響です」

 

 恵がボソリとそう呟く。その額には冷や汗が浮かんでいた。

 

 確かに帳には電波阻害の効果があるため、連絡手段を断つには有効だが、こんなデカデカと帳を下ろしておいて先生たちが気づかないわけが無かった。

 

 つまり目的と手段が本末転倒しているのだ。

 

「何考えてやがる……!?」

 

 唐突に行われた特級呪霊による襲撃。重なり合って起きた幾つもの不測の事態に俺は困惑の声を上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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