世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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12話

 

 「いけるか!?虎杖(マイフレンド)!!」「応!!」

 

 2人の気合の入った声が森の中に谺する。こちらの危機を知ってか、虎杖君と東堂が駆けつけて来たのだ。

 

 ギリギリのタイミングでの乱入によって、ひとまず真希ちゃんは東堂によって救出された。

 

「やめろ虎杖!そいつは俺たちでどうこう、ゲホゲホッ!

 

 現れた虎杖君に対し、敵う相手ではないと呼びかける恵。しかしもう話すことすらままならないダメージを負っているのか、激しい咳によって遮られる。

 

 

 「パンダ、2人を連れて“帳”を出ろ。西宮曰くこの“帳”は対五条悟用で俺達は問題なく出入りできる」

 「あいよ」

 

 東堂がそう呼びかけると、いつから居たのかパンダが静かに恵の後ろから現れた。そのまま東堂の言葉を聞き入れたパンダは東堂から真希ちゃんを受け渡され、肩に担ぎ上げる。

 

 そのまま恵も運び出そうと手を伸ばすが、その前に恵が口を開いた。

 

「待て!いくらアンタでも!「伏黒」……」

 

 そしてそんな恵の言葉を遮るよう、今度は虎杖君が声を上げた。

 

「大丈夫」

 

 振り返り、笑顔と共に告げられた言葉は短くシンプル。だが確かな重みと安心感の籠った言葉だった。

 

 そしてそんな虎杖君を感慨深いものがあると言った表情で眺める東堂が恵に向かい話す。

 

「気づいたようだな。羽化を始めた者に何人も触れることは許されない。虎杖は今そういう状態だ」

 

 羽化。東堂の言葉を受け、改めて虎杖君を見る。そこには、確かに交流会開始以前には見られなかった研ぎ澄まされた気迫を感じ取れた。

 

 きっと彼は、何かに“成る”のだろう。羽化とは、その前段階を表す東堂の言葉。

 

「……っ!次死んだら殺す!!」

 

 東堂の言葉を受けた恵は一瞬悔しそうに表情を歪めた後、そう吐き捨てるように虎杖君へと言葉を残し、パンダに担がれる。

 

「そんじゃ死ぬワケにはいかねーな」

 

 去っていく恵の方は向かず、返事を返す虎杖君。これにより場には呪霊と虎杖君、東堂、そして俺の4名のみが残る事となった。

 

 ……なんだか登場の機会を逃した気分だ。

 

 そんな風に見ていると、パンダがこっちの方まで走って来た。

 

「……パンダ先輩、ストップ。少しだけ、降ろしてください」

 

 そして俺の横を通り過ぎる位のタイミングで担がれた状態の恵がパンダに静止を呼びかけた。そして言葉の通り、恵は一旦パンダに降ろして貰うと、這う様にして此方に近づいて来た。

 

「ちょ!待て待て恵!あんまり動くな!」

 

 俺は慌てて恵の方まで駆け寄る。すると恵は顔を上げ、俺の顔を見ながら精一杯といった様子で口を開いた。

 

「はぁ…はぁ……っ、これ、先輩に頼まれていた分です……」

 

 息も絶え絶えな恵は、それでも力を振り絞る様にして掌を地面の底、影の中へと滑らせた。それから少し探るように手を動かし、ギターを入れる様な大き目のサイズのケースを取り出した。

 

「!!」

 

 俺はその光景に、交流会以前の事を思い出す。それは恵がある日、影の中に物を収納する術式の運用を思いついたと話した時のことだった。

 

 その発想力に感心すると同時に、俺と真希ちゃんは呪具の一部の運搬を恵に頼むことにしたのだ。

 

 このケースの“中身”こそが俺の頼んだ呪具であった。使う場面が限られている上に運びづらいため、恵に頼んだのだった。

 

「すみません、先輩……後の分は、虎杖と黒鉦先輩に任せます。だからコイツを、先輩に…」

 

 そう言った恵はバタリと倒れ込んでしまった。どうやらもう話すことすらままならない様だった。

 

「ありがとう、恵……パンダ、2人を頼んだぞ。後の分は……俺に任せろ」

 

「…あぁ、信じてるぜ!結!」

 

 パンダはそういうと、今度こそ2人を担いで走り去ってしまう。俺は恵から託されたケースの取手を強く握りしめた。

 

 それから俺は元々背負っていた刀をその場に置き、代わりにケースを背負い、静かに東堂の横まで移動して声を掛けることにした。

 

「あの、悪いんだが俺もいるから」

 

「……黒鉦か、言っておくがオマエも手出しはするなよ」

 

 多対一のこの状況で?俺が東堂の言葉に疑問符を浮かべていると、東堂が虎杖君へと呼びかけた。

 

「俺は手を出さんぞ。虎杖、オマエが『黒閃(こくせん)』をキメるまでな!!」

 

黒閃(こくせん)』それは打撃と呪力が限りなく短い間隔、ほとんど同時レベルに衝突した時にのみ発生する空間の歪み。

 

 その威力は通常の攻撃とは正に桁違いであり、黒閃(これ)を経験した術師とそうでない術師の間には天と地程の成長スピードの差があると言う。

 

 この様な点から、キメた時のメリットは計り知れないほどだが、黒閃を狙って出せる術師など存在しない。

 

 東堂は今、それを出すまで加勢しないと言ったのだ。俺からすれば実質的な死刑宣言に等しく思える。

 

「黒閃をキメられずオマエがどんな目に遭おうと、俺はオマエを見殺しにする!」

 

 特級呪霊を前に、虎杖君を見殺しにする。そんな旨の発言をした東堂に俺は思わず掴みかかる。

 

「お前東堂、正気か!?相手は生半可な呪霊じゃない。黒閃を出せだなんて、そんなの__」

 

 俺がそう話しかけるが、その訴えは思わぬ人物により中断される。

 

「押忍!!」

 

 気迫の籠った返事。相対するのは特級クラスの呪霊だと言うのに、虎杖君は全く怯まずにそう言い放つ。

 

「…言っただろう。羽化を始めた者を、何人も触れる事は許されない、とな。黒鉦、今のオマエの目に、虎杖はどう映る?」

 

 俺はその言葉に東堂の肩を掴んでいた手を降ろし、虎杖君のその背を見る。

 

 一切の動揺は見えない、目の前で発せられる暴力的なまでの呪力を前にしても、ブレない構え。それ相応の覚悟が存在していると言う事だった。

 

「……分かったよ。俺も手は出さない」

 

 俺は拳を握りしめ、その場で静観する事を選ぶ。それが正しいかは分からないが、虎杖君の道には必要な経路に思えた。

 

 それに、何故だか、不可能には思えなかった。黒閃なんて、見たこともないその現象の景色を、どこか()()()()()様な気がしたのだ。

 

「オマエ、話せるのか……一つ聞きたいことがある」

 

 川のせせらぎが静かに響く中、ポツリと、虎杖君が呪霊へと問いかける。

 

「オマエの仲間に、ツギハギ面の人型呪霊はいるか?」

 

 それが、その問いが何を意味しているのかは、俺には分からなかった。だが、大事な意図が存在していることだけは聞いている俺にも理解できた。

 

「『……いる、と言ったら?』」

 

 呪霊が、ゆっくりとそう答えた。

 

 瞬間、虎杖君の身体から呪力が溢れ出す。勢いよく振りかぶった拳を呪霊……ではなく、川の水面へと叩き込む。

 

 ザバン、と東堂と虎杖君が降り立った時と同じくらいの水飛沫が飛び散る。呪霊との間に発生した巨大な水飛沫は、虎杖君の姿を眩ませる壁となる。

 

 更にその壁から突き出るように、二つの石が投げ込まれた。壁を挟んでの陽動。中距離では分が悪いと、呪霊に対する少ない情報から判断した虎杖君の上策だった。

 

 そのまま石が呪霊の体にぶつかるのとほぼ同時のタイミングで、素早い動きで虎杖君が呪霊の横へと回り込む。

 

 そこから恐らくは蹴り、俺が目で追うのがやっとな程度の迅速な攻撃を呪霊の体と頭部に数発叩き込む。

 

 これで呪霊の体勢は崩れた。恐らく次が彼の本命なのだろう。

 

 呪力の込められた拳が、速度と力を持って叩き込まれる。呪霊の身体を弾く音が聞こえた。

 

 だが、そこに黒い光は存在していなかった。硬度の高い呪霊を数メートル吹き飛ばせるだけの打撃、だが言い換えればそれだけの打撃なのだ。

 

 黒閃には遠く及ばない一撃。それを喰らった呪霊が今度はカウンターに打って出る。地面から伸ばした木の根が勢いよく虎杖君へと向かう。

 

 だが、それを素早い動きで躱す虎杖君…それくらいのタイミングだった。俺の隣で同じ様に見ていた東堂が唐突に虎杖君の方へと向かい始めたのだ。

 

虎杖(マイフレンド)

 

 虎杖君の傍まで近づきその名前を呼ぶと、あろうことか虎杖君の頬を東堂が叩き出したのだ。しかも結構強めに。

 

 頬を叩く、乾いた音が森の中響く。東堂の突然の奇行に目を丸くしていると、当の本人である東堂が口を開いた。

 

「“怒り”は術師にとって重要な起爆剤(トリガー)だ。相手を怒らせてしまったばかりに格下に遅れをとることもある……」

 

 すると今度は真面目な表情で呪術師にとっての“怒り”に対し語り始めた。

 

「逆もまた然り、“怒り”で呪力を乱し、実力を発揮できず負けることもな」

 

 いや、言ってる事は至極真っ当なんだが……なんだろう、絵面がギャグにしか見えない。

 

伏黒(とも)を傷つけられ、そして何より親友である俺との蜜月に水を差され……オマエが怒髪衝天に陥ってしまうのはよぉーく理解できる……」

 

 すると今度は本当にギャグみたいな事を言い出した。今目の前に敵がいることを忘れてないだろうか?

 

「だがその怒りはオマエには余る。今は納めろ」

 

 パンッ!そう言うと今度は右頬を思い切り叩く東堂……なんだこれ。

 

 困惑する俺だったが、叩かれた張本人である虎杖君はなぜか満足そうな表情を浮かべていた。

 

「消えたか?雑念は」

「あぁ、雲一つねぇ」

 

 そうして2人は目を合わせ、満足そうに頷いたのち、再び虎杖君は呪霊の元に向かって言った。

 

「意味わかんねぇ……」

 

 あまりの衝撃的な展開の内容に俺がボソリと呟くと、俺の方に戻ってきた東堂に口を挟まれる。

 

「ふっ、意味など、俺と虎杖(マイベストフレンド)の間で通じればそれ以上は必要ないさ。それより、黒鉦、見ておけ。“羽化”のその瞬間をな」

 

 東堂の言う通り、俺は虎杖君へと視線を向ける。するとそこには先程と比べ物にならないほどの集中力で呪霊と対峙する虎杖君が居た。

 

 自身の口から垂れる涎に気付かぬ程の集中力。その異様な雰囲気に思わず見ているこちらが固唾を飲んでしまう。

 

 恐らく、“キメる”気なのだろう。

 

 呪霊と虎杖君との間に、静かで、緊張感のある時間が流れる。数秒後、先に動いたのは呪霊の方だった。

 

 呪霊の背後から伸びる木の根の先端が勢いよく虎杖君を捉え、貫かんと延びる。

 

 だが、その攻撃は届かない。後手に回った虎杖君は、それを上回る速度で呪霊の懐へと踏み込む。

 

 拳を伸ばし、呪力を這わせる。

 

 黒閃は、狙って出せるものではない。だが、極限まで高まった彼の集中力は空間を捉えた。

 

 打撃と呪力、二つの衝撃が重なり、黒い火花が飛び散る。

 

 黒閃(こくせん)

 

 黒い打撃は呪霊の腹を叩き、その髄までを震盪させた。

 

「成ったな」

 

 横に立つ東堂が、その光景を前に満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 俺はその光景を前に、黒い光を、呪力を、黒閃の景色を前に頭が____

 

「今のが『黒閃』……!!」

「呪力の味を理解したんだ。オマエは今まで口に入れたことのない食材をなんとなく鍋に入れて煮込んでいるような状態だった」

「だが黒閃を経て呪力という食材の“味“を理解した今呪術として3秒前の自分とは_____

 _______________________

 __________________

 ___________

 

 これは"縛り"だ。再び思い出すその時までの。

 ___________

 

「ッ____」

 

 頭が裂ける様だった。唐突に頭を襲うその痛みに思わず姿勢を崩して片膝をついてしまう。

 

「黒鉦?どうした」

 

 横に立っていた東堂は不思議そうに俺の方を見るが、あまりの痛みに俺は返事を返すことすら出来ず蹲る。

 

「『どうやら、貴方達には多少本気を出した方がよさそうだ……!』」

 

 そしてそれから間も無く、唐突に地面が地響きと共に隆起する。

 

「っ『鉤鈎(かぎつる)』!」

 

 今までの攻撃とは比較にならないレベルの呪力の気配。一体何が起きるのか、考える前に先に体が動いた。

 

 俺は遠くの木に突き刺すように『鉤鈎』の鎖を発射させ、その鎖を掴み、鎖を縮ませることでその場を離脱する。

 

 それから元居た場所を見ると、その地面一帯は抉れており、地面からは大量の巨大な樹根が飛び出るようにして空へと延びている最中だった。

 

 空中に居た俺を仕留めようとした時の様な大規模な攻撃。どうやら俺以外の2人は上手く樹根の上へと乗り込んだようで、俺のいる位置よりはるか上空で呪霊と対峙していた。

 

「俺よりも虎杖君と東堂を狙ったか」

 

 それは当たり前の話だった。黒閃を経た虎杖君に一級術師の東堂ならどう考えても俺よりも脅威になり得る。問題はそこではない。

 

 空中と地上に分断されたところにあった。あの高さでは援護に向かうことも叶わない。

 

「……いや、無理に援護に向かう必要はないか」

 

 少し考えたのち、俺は上空に連れてかれた東堂と虎杖君のいる場所の下に移動を開始する。

 

 いくら規格外と言えど、いつまでも空中戦が続きはしないだろう。ならば狙うは当然落下地点。

 

 そう考えていると、唐突に変化は訪れた。先ほどまで上空に存在していた木の根が一斉に姿を消したのだ。

 

 これが意味するのは今までの攻撃に使用された木の根は全て呪霊の呪力によって具現化されたものであると言う事だった。

 

「……不味いな。あのままじゃ2人が……」

 

 俺を除く2人は具現化された木の根の上で戦っていたのだ。一斉に木の根が消されたこの状態では2人は正に落下中であり、それは無防備を晒している事でもあった。

 

 焦って上を見上げる俺だったが、その憂いは杞憂で終わった。呪霊による落下中を狙った攻撃を2人は互いを足場とする事で避けたのだ。

 

 発想の勝利というか、2人の巧妙な連携によって一時の危機は脱せられた。このまま2人なら上手い事着地してくれるだろう。なら今俺が狙うべきはただ一つ、呪霊の着地に合わせて攻撃を叩き込む事だった。

 

 俺は走って森の中を抜け、呪霊の落下先を追う。しばらく走って、開けた場所へと出た。その場所は平原のようになっており、俺の視界の中央には丁度地面に着地をしている呪霊の姿があった。

 

「俺だけ置いてくなんて、淋しいことしてくれるな」

 

 俺はそう言いながら背に背負っていたケースを地面へと下ろす。それと同時に俺の存在に気づいた呪霊が行動に出る。

 

 地面から迸るように巨大な樹根が迫ってくる。呪霊も戦いの中でギアを上げてきたのか、その速度は簡単に捉えることのできないレベルであった。

 

「『……アナタが一番、容易い』」

 

 吐き捨てるようなその言葉が脳内に響くと同時に俺を飲み込むように樹根の群れが襲いかかる。俺はそれを確認すると、素早くケースの中の()()を取り出す。

 

 柄の部分を両手で握りしめ、目の前に迫る樹根に向け両断するように振るう。そして呪力を流す、それは呪力強化のために篭めるのでなく、高速で流れるよう、意識を凝らす。

 

 金属の擦れる音。高速で旋回するソレは容易く木の根を両断した。

 

「黒鉦先輩!大丈夫…って、何それ!?」

 

 森の中から駆けつけるようにして現れた虎杖君が、俺の手に握られた得物を見て驚いたように声をあげる。

 

 俺が手にしたそれは通常の剣と大差の無い造りであった、一部を除き。その一部とは、両刃を伝う特注の鎖であった。

 

 鎖鋸(くさりのこ)、有り体に言ってしまえばチェンソーの様なもので、絶えず回り続ける鎖が巨大な樹根を切り裂いたのだ。

 

「あぁ……伐採には丁度いいだろ?」

 

 恵の残してくれたこの呪具を、無駄にはしない。俺は体の中で呪力の回しを更に加速させる。

 

 この鎖鋸は俺自身の呪力をエネルギーに、『枷縛呪法』を介して刃に纏わり付く鎖を回転させており、刃自体は普通のものであるが、鎖自体が術式の都合上俺と親和性が高く、強力な攻撃力を持つ。

 

 尤も、でかいし重いし、何より呪力を大量に喰うといった理由から滅多に使わないのだが、今は使うに絶好の状況だった。

 

 この鎖鋸剣なら、あの呪霊の硬度もぶち破れるはずだ。

 

「虎杖君、東堂は?」

「此処だ」

 

 とりあえず虎杖君の安否は確認できた。次に東堂はと思い虎杖君に尋ねると、背後から東堂本人の声が聞こえた。ホラー映画さながらの展開に俺はゾクリと背筋を凍らせる。

 

「そ、そうか。無事でよかったよ」

 

 俺がそう言うと、東堂はチラリと俺の握る鎖鋸に視線を寄せてから、それから俺と虎杖君に聞かせるように話を始めた。

 

「樹根による大規模な攻撃、奴も調子を上げているようだな。だがあれらは奴の呪力で具現化したもの、呪力消費も大きい。つまり叩くなら?」

 

「今!」

 

 虎杖君がそう答えると、東堂はパチンと指を鳴らした。

 

正解だ(ザッツライト)虎杖(ブラザー)!!」

 

 東堂の言葉を合図に、俺たちは一斉に飛び掛かる。その様子を見ていた呪霊が手を翳す。すると地面から急激に花が生えてきた。

 

 一体全体何が、考えるより前に鼻腔を通り抜けるフローラルな香りが俺達の判断を鈍らせた。

 

 地面から突き刺すようにして飛び出た樹根への対応が遅れた。右足を貫くような痛みが襲う。

 

「っ!!」

 

 肉を裂く音と共に俺はその場を飛び退く。攻撃範囲から離れ、右足を確認するが、幸いにも致命傷ではなかった。

 

「大丈夫か!虎杖(ブラザー)!黒鉦!」

 

 少し離れた場所にいる東堂が安否を確認するよう呼びかけてきた。俺は片手を上げて返事をする。

 

「大したことない」

無問題(モーマンタイ)!」

 

 元気の良い返事は虎杖君から、俺たちがそう返事を返すとニヤリと笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「重畳!では、俺の術式を解放する!」

 

「前使ってなかった?」

 

 東堂がそう言うと、すぐさま虎杖君からツッコミが入る。彼が言う“前”とは恐らく交流会開始直後、虎杖君への暗殺に東堂が激昂した時だろう。

 

 虎杖君の言うことも尤もだが、東堂の“解禁”という言葉はあながち間違いでは無かった。

 

 東堂葵は術式を使わないで呪霊を祓うらしい、とは誰かが言った噂だったか。術師にとって術式の情報は命の次に大事な要素だ。だから秘匿するケースも多いが、東堂程情報が出回らない術師も珍しかった。

 

 恐らくそれは噂通り、滅多なことが無い限り東堂自身が術式を使わないからだ。そして普段出し渋っているその術式を解放すると言ったのだ。

 

 それは即ち東堂の本気を表していた。当然呪霊も本気、先程までより身に纏う殺意が鋭利なものとなっていた。ここからは気の抜けない戦いになると、自分を鼓舞する。

 

「だが術式(それ)について詳しく説明している暇はない!」

 

 東堂は虎杖君からのツッコミに返事は返さず、言葉を続けた。

 

「だから俺からオマエらに言えることはただ1つ!止まるな!俺を信じろ!!」

「オッケー2つね!!」

 

 相変わらず自分のペースで話を進める東堂はその言葉を言い終えると勢いのまま走り出した。

 

 俺と虎杖君も東堂の言葉を信じ、呪霊に向かって走り出す。そして俺は東堂の術式について考える。

 

 虎杖君も言っていたが、東堂は術式を以前にも使っていた。あの時は確か、俺と相対していた加茂君と虎杖君の位置が入れ替わっていたはずだ。

 

 このことから考えられる東堂の術式は恐らく空間移動系の術式、もしくは位置を入れ替えること自体が効果の術式だろう。

 

 そんな風に考えていると、突如呪霊を目前にした東堂の足元に異変が訪れる。地面から生えてきた細長い木の根が東堂の足首を捕らえたのだ。

 

「あ」

 

 情けない声が東堂の口から漏れ出る。そしてそのまま東堂は遠心力で振り回され、遠くへと投げ出されてしまった。

 

 投げ出された先には、いつの間に現れていたのか、木の根で構成された針の山があった。

 

「東堂!!」

 

 このままじゃ東堂は全身穴だらけだろう。そのことを察した虎杖君が東堂の名前を叫んで助けに向かおうとするが、それを呪霊は許さなかった。

 

「『まずは一人』」

 

 呪霊は虎杖君に対し肉薄し、近接戦を挑む。これにより虎杖君は呪霊の相手で手一杯となってしまった。俺は自身の役割を察し、素早く踵を返し掌印を結ぶ。

 

「『鉤鈎(かぎつる)』!」

 

 針の山の少し横の地面に『鉤鈎』の鎖を突き刺し、鎖の伸縮力を利用し、東堂より前に回り込む様にして針山の横まで飛び込む。

 

 東堂の体が針山に貫かれる前に止めようとした時だった、まさに貫かれそうになっているはずの東堂本人から首を振られる。

 

 (……『やめろ』ってことか?いやでもこのままじゃ……)

 

 そこまで考え、俺は一つの可能性へと辿り着いた。もし仮に東堂の術式が“誰かと誰かの位置を入れ替える”内容だとすれば、そのタイミングは……。

 

 俺は東堂を助けようと伸ばした手を止め、片手で持っていた鎖鋸の柄を両手で握りしめる。

 

 俺は針山へと投げ出される東堂を見送り、鎖鋸を東堂へと向け振り上げる。

 

 もし、仮に東堂の術式が入れ替えならそのタイミングは……今!!

 

 東堂の体が木の根の針に貫かれるその寸前、乾いた音が響く。

 

 パンッ、東堂が両手を重ね、掌を叩く音であった。

 

「「!!」」

 

 グサリと、貫かれた身体が悲鳴を上げる。音の発生源は、呪霊の体からであった。

 

 やはり、当たっていた。東堂の術式は“入れ替え”だ。虎杖君と殴り合っていたはずの呪霊の位置には東堂が、針山に貫かれそうになっていた東堂の位置には呪霊が存在していた。

 

 俺は振り上げていた鎖鋸を勢いよく振り下ろす。それと同時に呪力を流し込み、鎖を回転させる。

 

 不意をついた事で呪霊の防御は遅れた。咄嗟に出した右腕、俺はその右腕に対し迷わず攻撃を続ける。

 

 まるで金属を削っているかのような感覚だった。刀を投げつけた時にはまるで歯が立たなかったが、今回は違った。

 

「『ッ!!』」

 

 少しづつ削れていく右腕、半分程度まで削ったその時、掌の中で揺れていた俺の鎖鋸剣は奴の腕を両断した。

 

 呪霊の腕の断面から黒い体液の様なものが飛び散る。それと同時に、呪霊の背後にある針山の一部が俺へと延び出た。

 

 俺は攻撃を断念し、後ろに居る東堂と虎杖君の方に飛び退く事で攻撃を躱す。

 

「『……成程、単純(シンプル)。故に厄介な術式…』」

 

 呪霊は刺されていた針山から体を引き抜くと、身体に空いた穴、それから俺に切り落とされた腕を再生させながらそう言った。

 

「入れ替え、か」

 

「そう!俺の術式は相手と自分の位置を入れ替える『不義遊戯(ブギウギ)』!!」

 

 俺がそう呟くと、東堂は自身の術式について語り始めた。そしてその説明を受けた虎杖君は何かに気づいたように口を開いた。

 

「東堂!」

「しっ、相手が慣れる前に仕留めるぞ……因みに、」

 

 パンッ、再び東堂が手を叩く。今度は俺と東堂の位置が入れ替わる。

 

「手を」

 

 手を叩く。虎杖君と東堂が入れ替わる。それと同時に東堂の意図に気づいた俺と虎杖君は呪霊へと走り出す。

 

 「叩くのが」

 

 手を叩く。また位置が入れ替わる。

 

「発動条件だ」

 

 手を叩き、俺の目の前に呪霊が現れる。連発可能な入れ替え術式、成程強力だ。

 

 俺は思わずニヤリと笑みを浮かべ、それから目の前の呪霊へと両手を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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