世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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14話

 廊下を歩き、縁側へと出る。先ほどまで聞こえていた雨音はすっかり鳴りを潜め、屋根の上から覗く空は綺麗な青色であった。

 

 俺は周りに誰もいない事を確認し、小さくため息を零す。それから縁側に腰を下ろし、晴天の空を見上げ、空気を目一杯に吸い込む。

 

 土の匂いがここまで香ってくる。数分前、雨の降る中祖父の葬式が終わった。今日は祖父の葬式の日であった。

 

 老衰だったらしい。交流会が終わって数週間後、10月の頭になって、その報せを父より電話で聞いた。

 

 祖父とは、特に親しい間柄でも無かったが、葬儀に参加する程度の情は存在していた。

 

 高専に来る以前の俺が過ごした実家での生活の時間は殆どが鍛錬か、自室で過ごすかだった。

 

 そのため、他人と関わる時間は極端に少なかった。

 

 祖父とは夕餉の際に少し顔を見る程度。会話をした事自体が少ないため、知っている祖父の情報など声や体格、顔程度のもので、何が好きかも分からなかった。

 

 数年前に当主の座を父に譲った祖父はそれきり隠居で、任務先での死が多い呪術師の中では幸福な引退であった。

 

 術師の家系の多くは自宅葬であり、黒鉦家もその例に漏れず、粛々とその準備は行われた。それがつい先刻、ひとまずの終わりを告げたのだった。

 

 弔問客自体はおらず、式の進行は順調であったが、葬儀の片付けなど、やるべきことは多くあった。

 

 今はその後片付けが始まる前に、休憩として人気のなさそうな家の縁側へとやって来ていた。仕方がない話ではあるが、やはり父と顔を合わせるのは気まずかった。

 

 あの人の瞳には、もう俺は映っていない。もうとっくに知っていたはずの事実だが、だからこそ父の視界に入ることが憚られた。

 

「はぁー……虎杖君達、大丈夫かなぁ…」

 

 再びのため息と共に俺はそう独り言ちる。今日の葬儀以前、補助監督の新田さんより任務の話を受けていた。それは最近になって起きた呪殺事件に関する任務だった。

 

 事件の被害者達の死んだ日付も場所もバラバラ、だけど全員が同じく“自宅のマンションのエントランスで呪霊による刺殺“と、明らかな共通点が存在していた。

 

 更に調べると、その被害者が共に同じ学校を卒業していると言うことで、実際にその中学校まで訪れ、事件の調査を行なってほしい、という任務だった。

 

 事件解決ではなく、とりあえずの調査。あまり難しいそうに思えないその任務は、元々は新しくやって来た一年生たちに与えられた任務で、俺はその同伴者として赴いてくれないか、と言う話だった。

 

 特に任務の予定も無かったため、了承をしたのだが、その直後に祖父の訃報が届いた。俺はその後新田さんに電話し、祖父の葬儀の件を伝えると、元々一年で十分な任務内容だから問題ない、と葬儀を優先させることを許可してくれた。

 

 丁度今日が任務初日であり、今は一年の3人、恵、虎杖君、釘崎ちゃんが例の中学校まで移動してる最中だろうか。

 

 俺が空を見上げ、遠くにいる後輩達の事について考えていると、背後より声が掛かる。

 

「虎杖君、ですか。兄さんの口からは初めて聞く名前ですね。後輩ですか?」

 

 完全に一人だと思っていた俺はその声にビクリと身体を揺らし、それから声の主を確認するよう後を振り返った。

 

「……結依、居たのか」

 

 背後に立っていたのは喪服姿の俺の妹、黒鉦結依であった。

 

「ええ、今から忙しくなると言うのに何処かへと姿を消す兄さんを追って来ました」

 

 その言葉に俺は居心地の悪さを感じ取り、頬を掻く。

 

「あー、ちょっと休憩を……いや、悪かったな。すぐ戻るよ」

 

 俺がそう言い立ちあがろうとすると、俺と少し空間を空け、結依が縁側に座り出した。

 

「そうですか。なら丁度よかったです。私も休憩をしたかった所だったので……兄さんもゆっくりしたらどうですか?」

 

 チラリと横目に視線を向けらる。拒否する事を許さんと言わんばかりのその眼光に俺は大人しく座る事を選んだ。

 

 縁側から見える庭の景色をただ無言で眺める。大して手入れもされていない、存在するだけの庭には眺めるものなんてなく、俺は空中を見つめ続ける。

 

 ふと、俺は横へと視線を向け、結依の方を見る。

 

 膝の上に手を重ねて置いて座り続けるその姿は、どこか絵画の一部であるかのように錯覚する、静かな美しさがあった。

 

 こうやって姿を直接見るのは、前回の墓参り以来だった。俺は結依の目的を考えるが、どうにもその考えが読めず、再び視線を下へと下ろす。

 

 昔からそうだった。結依は俺に対し敵意……とまではいかないが、何かと話す度、俺に対する皮肉やら嫌味やらを語ることが多かった。

 

 父や祖父に対しては礼儀正しく、俺に向けて話すような内容は無かったと思う。

 

 やがて俺は自分が結依に嫌われているのだろうと気付いた。

 

 俺はそれでもなるべく良関係を保とうとしたが、俺の対応が下手だったのか、その度結依は不機嫌そうになるばかりだった。

 

 しかしそれでも結依は度々俺に話しかけて来た。今だってそうだが、会う度雑談の様な会話を、結依から話しかけて来る。

 

 何故わざわざ話しかけてくるのだろうか?

 

 普通、嫌いな相手にはなるべく関わらないようにするべきじゃないだろうか?

 

 色々と考えるが、結論は出ないまま時間だけが経過する。数分間、一切の会話なく進んだその空間で、先に沈黙を破ったのは結依の方だった。

 

 「交流会、大変だったみたいですね」

 

 話題は9月に行われた交流会のことだった。大変だったのは確かだが、結依の言う大変とは恐らく違う意味でだ。

 

 恐らく結依は通常通りに行われた交流会を想像しているのだろうが、実際には特級呪霊が乱入すると言う未曾有な交流会となったのであった。

 

「あー、そうだな。例年もそうだけど、やっぱり交流会を目的にしている生徒も多いからな」

 

 俺は当たり障りのない返事を返すと、結依は首を振ってから言葉を紡ぐ。

 

「いえ、そうではなく、途中現れた特級呪霊に関する事です。なんでも、その場に居る高専生等が協力して撃退したとか……その中に、兄さんも居たのでしょう?」

 

 結依のその言葉に俺は背筋を這うような冷たさを感じ取る。あの事件が起きたのはまだ数週間前程度。

 

 まだ上層部ですら詳しく全容を把握できておらず、無意に情報を拡散することは混乱を招くと、教師陣から学生には口止めもされた。

 

 なのに田舎の術師の家系であるこの家まで情報が通じているのは、あまりに早すぎる。

 

「……もう、そこまで知ってるのか…」

 

 俺がそう呟くと、結依は表情を変えないまま口を開き、話を続けた。

 

「ええ……丁度交流会が終わった辺りでしたか、久しぶりに呪霊討伐以外で家の外に出ました。色々と、気を使う所の多い場所で困りました。その時に、聞いたんですよ。禪院家の方に」

 

 禪院家、その言葉に俺は驚き、勢いよく身体ごと結依の方へ向き直る。

 

「禪院家…!?」

 

 禪院家は古くから武闘派として呪術界に貢献し、絶大な地位を得た御三家の一つであり、俺の後輩でもある真希ちゃんからその()()については聞いていた。

 

 古き伝統と実力主義の敷かれた家系であり、強力でない術式を持つものや、極端に呪力量の少ない者に対する差別は当たり前の、真希ちゃん曰く地獄より最悪の場所だとか。

 

 そんな禪院家の所まで、どうして地方呪術師の家系の結依が訪れるような事になったのか、全く見当が付かず、俺は驚愕の表情を浮かべるばかりだった。

 

「ふふっ、その表情。間抜けで兄さんによく似合ってますよ」

 

 そんな風に驚く俺を、結依は愉しそうに笑いながらそう言った。

 

「分かりますか?兄さん。今の私にはそれだけのパイプがあり、それ相応の実力が「そんなことより!」っ……なんですか?」

 

 俺は居ても立っても居られない心地になり、急かすようにそう尋ねた。言葉を遮られ不機嫌そうな表情へと変わる結依、だが俺はそれにも構うことなく言葉を続けた。

 

「そんなことより、どうして禪院家に?禪院家(むこう)から呼ばれたのか?父さんが?その代理で行ったのか?理由はなんだ?」

 

 俺は捲し立てる様に訊ねる。禪院家の悪評については、色々と聞いていた。実力主義のわかりやすい縦社会、それ故、想像できる姿があった。

 

 元々強力な術式や術師を自家へと取り込むことで栄えてきた一族なのだ。もし仮に結依を呼び出したとすれば、何かしらの打算や計画があって呼び出した考えてしまう。

 

 これが俺の考え過ぎだと、自分で否定することが出来なかった。もう既に結依が何かしらの大変な目に遭っているとしたら……。

 

 俺が心配そうに見つめると、分かりやすく怒りに顔を歪める結依。そのまま強い語気で語り出す。

 

「……つくづく、兄さんは私を苛立たせるのが好きな様ですね……いいですか!つい、さっきの事!私はお父さんに呼び出されました!話の内容はこれからのこと、次代に関する話です!」

 

 苛立ちを隠そうともせず、激情する結依の姿は久しく見ていなかった。それほどまでに、俺の言動が結依を怒らせたのだろう。

 

 一体それが何なのかは、分からないままだった。

 

「お父さんは私に次を継いでほしいと、そう伝えてきました……分かりますか?これが現実なんです。兄さんがいくら高専に逃げ、泡沫の様な一瞬を過ごせたとしても、結果は一緒なんです!特級呪霊を退けたと、うまくやったつもりかも知れませんが、私がその気になれば、今すぐにでも兄さんを退学にさせることもできるんです!」

 

 そこまで言い切ると、ようやく少し怒りが落ちついたのか、一息入れてから、やや平静に戻った表情で言葉を口にする。

 

「……分かったなら、これからは身分相応の立ち振る舞いを覚え、抗うことを「なぁ、結依」やめ……何ですか?また私を苛立たせたいんですか?」

 

 俺はそれでも、言いたい気持ちを抑えられなかった。その発言が恐らく結依を傷つける事を承知の上で、俺は言葉を吐き出した。

 

「約束、覚えてるだろ?俺が高専に行って、四年後に帰ってくるって」

「……もちろん覚えてますが、それが何か?」

 

 俺は一度目を閉じ、深く深呼吸をする。それから目を開き、怪訝そうな顔をする結依の目をまっすぐに捉え、口を開いた。

 

「もし仮に、あと一年後までに俺が、お前と同等かそれ以上の力を得た場合はその約束を、っぁ……!?」

 

 俺は口の動きを固め、話を中断する。それは俺の意思でそうしている訳ではなく、舌先と口元の動きを拘束する鎖によって中断されたのであった。

 

「…………」

 

 俺の視線の先には、変わらず縁側にて座り続ける結依の姿が。ただ、その表情は先ほどの怒りとはかけ離れた、冷たいまでの無表情であった。

 

 意図的に出しているのか、首筋に突き刺さる鋭い呪力。まるで首を斬られたのではと、勘違いしてしまうほどだった。

 

「……ぁ、ぐ…ぅ……!!」

 

「……動けますか、兄さん?」

 

 俺は体を動かそうと踏ん張るが、俺の身体はまるで磔にされたかのように動かないままだった。

 

 全身の関節を縛り付ける()。それは一瞬だった。一切の動きや予備動作を見せない一瞬での拘束。強い呪力で俺の体を縛るその鎖は、少しでも結依が命じれば容易く全身を断切するだろうことが察せられた。

 

 それほどまでの実力差。呪力量、術式の最適化、呪力操作の正確さ。どれを取っても俺より遥か高次元に存在していることを、結依は示したのだ。

 

 動けない俺を前に、結依は立ち上がり、俺の方へと縁側の上を歩いて近づいてくる。側まで近づいた結依はその場でしゃがみ、俺の耳元に口を近づけると静かに言葉を放った。

 

「……このまま、殺してしまった方が早いかもしれませんね」

 

 ゾッとする程の殺意が籠った言葉。俺は一瞬だけ自分の死を覚悟するが、次の瞬間、俺の動けない身体は解放される。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 解放された瞬間倒れ込み、必死に呼吸を行う。

 

 情けない姿だった。喉元まで迫っていた濃密な呪力に、つい先刻まで呼吸を忘れていたのだ。必死になって息を吸い込み、肺に酸素を送り込む。

 

「……これに懲りたら、もう二度とそのような世迷言を口にしないでください……先に、失礼します」

 

 結依はそう言うと立ち上がり、廊下の奥へと進み姿を消していく。俺はただその背中を焼き付けるように見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 ___________

 

 

 

 

 高専へと続く長い石階段を歩く。空の色は明るい橙色に染まっており、すっかり雨の気配を消した東京の空模様となっていた。

 

 俺は数時間前の出来事を思い出しながら、ゆっくりと階段を上がって行く。

 

 何も、出来なかった。世迷言と、一蹴されてしまった。

 

「っ……!」

 

 歯を食いしばる様にして、自分の不甲斐なさを呪う。今更になって、気づいたのだ、思い上がっていたその事実に。

 

 高専に来て、良い生活を送っていると、実感できた。実家にいた頃には想像も出来ないほどの出会いと、そして別れを味わった。

 

 多くの人間と、その人柄を知り、今を生きる幸せを、戻らない幸福があることを知った。

 

 多分俺は後輩やら先輩やら教師やら、出会う人間に恵まれていたのだ。だから気づかなかった。

 

 最初は、何もなかった。目的も無しに任務に向かい、失敗し、願い(呪い)を託された。それからは背負ったものを自覚して、日々を過ごした。

 

 上手くいかない同期との日常生活や、無理難題の多い任務に悲鳴を上げながら、それでも生き残り続けた。

 

 俺の人生は、そう言うものだと思っていた。生き残り続ける。いつか周りの人間全員がいなくなっても、独りで生き続けるのだと。

 

 だが、その認識は徐々に変わって行った。最初を挙げるとするなら、恵だろうか。人生初めての後輩を前に、俺は色々な壁に衝突した。

 

 生真面目な人間の不器用さに、優しさに触れた。それからも、多くの人間と出会い、その数だけ苦しみや怒り、幸せや喜びに触れた。

 

 そんな日々が少しづつ俺を変えたのだろう。そして最近では虎杖君と釘崎ちゃんが俺に影響を与えた。

 

 あの二人の姿を、頑張りを、誰かを助けようとする姿を見て、自分の中の何かが変わるのを実感した。

 

「俺は……何をしたいんでしょうね」

 

 石階段を登りきり、社を前に俺は空を見上げ、そう()()()()()

 

「……さぁね?どうしたの結、だいぶおセンチな様子だけど」

 

 社の柱の裏、腕を組んで背中を柱に預けている目隠しの男、五条先生がそう尋ねる。

 

 俺は頭の中、色々と考えながら言葉にする。

 

「葬式でした。妹と会ったんです。俺の妹は、かなり強いです、潜在能力(ポテンシャル)だと、憂太に並ぶかもしれません。それだけ強い妹に、無茶をふっかけまして……通りませんでした」

「……それで?」

 

 俺は目を閉じ、天を向く。

 

「俺は、生きてればいいと、そう思ってました。けど、どうやら、もうそれだけじゃダメらしいです……何をしたいのか、するべきかは分かりません。でも、力が要ります。それだけは確かです」

 

 俺は目を開き、五条先生の方へと体を向け、その腰を折り曲げ、頭を垂れる。

 

「俺に“最強”を教えて下さい。貴方に並ぶことのできる強さが欲しい。そうじゃなきゃ、足りない」

 

「……へぇ」

 

 そう伝え切ると俺は真っ直ぐ立ち直る。俺からの願い出を聞いた五条先生は、何が面白いのかクツクツと喉を鳴らして笑っていた。

 

「いいの?そんな大見得切っちゃって?僕の稽古は厳しいよ」

「知ってます。いつもより何倍もキツめで頼みます」

 

 俺がそう言うと、五条先生は手を叩いてから言った。

 

「よし!じゃあ丁度いいね。僕も運よく暇なところだったし、早速やろうか」

 

 五条先生はそう言うと、俺の前を歩き前へと進んでいく。恐らく行き先は稽古場だろう。

 

 俺は今一度息を吐き出し、大きく深呼吸をする。意識を切り替え、今までの自分を捨て去るように。

 

 自分が何をしたいのかは、まだ分からない。それでも正解だと思う道を進むしかないのだ。

 

 俺は大きく、その一歩を踏み出した。

 

 

 ____________

 

 

「ぐえッ!?」

 

 高専入り口にて結が五条に指導を頼んで数十分後、室内の稽古場にて結は這いつくばるようにして倒れる。

 

「ほらほら、反応が遅い。呪力見てから考えようとするからダメ。僕みたいに高速で距離詰めてくる(タイプ)の術式を呪霊か呪詛師が持ってた場合、見るのは動きじゃなくてタイミング」

 

 倒れ込む結に対し、五条は結の動きに対し評価を下し、改善点を突き出す。行われてるのは術式を交えた実践形式の組み手であった。

 

 動きを伺おうとする結に対し五条が放ったのは拳による打撃だった。ただし、自身の術式『無下限術式』の順転術式『蒼』、それを応用した相手を引き寄せる打撃である。

 

『蒼』は発生させた地点に引き寄せる性質を持つ。五条はそれを自身の拳に発せさせることで、普通の打撃を強化する事に加え、カウンターを喰らったかの様な衝撃を相手に叩き込む。

 

「う……っぷ」

 

 そのシンプルで凶悪な打撃を腹に受けた結は胃の中のものを吐き出しそうな嘔吐感に襲われる。

 

「うーん、ちょっと休憩にしようか」

 

 五条はその様子を見ながら休憩を提案する。厳しく行うとは言ったが、適切な休憩は成長には欠かせない。更に言えば、今行っているトレーニングは通常のものより遥かに負担が大きい。

 

 下手すれば冗談じゃなく体が壊れてしまう危険性もある。結は這いずるように部屋の隅まで移動すると、その場に倒れ込んだ。

 

「……くそ…」

 

 全く動かない自分自身に腹を立て、自分への叱責の声が漏れ出る。未だ油断すれば吐き出してしまいそうな嘔吐感、それを抑え込みながら、結は先ほどまでの自分の動きを思い返し、改善点を探す。

 

 倒れ込んだまま思考を巡らせる結の姿を、五条はつけていたサングラスを外し、改めて見つめる。

 

 (……やっぱり、変わってるね)

 

 変わった。五条が抱いた結への感想、それは本人の技術や経験ではなく、もっと芯にある()()に関する事であった。

 

 実家の葬式から帰ってきたと言う結の姿を見た時から感じていた、僅かな違和感。小さかったその違和感は時間を追うことでもっと大きく膨れていった。

 

 (結自身が常に正確な呪力操作を心がけてるからかな、本人は気づいてないみたいだけど、呪力出力が上がってる)

 

 六眼を通して術師の術式や能力を見ることのできる五条だからこそ気付けたその変化は、上昇した呪力出力に関してだった。

 

 通常、呪力出力とは呪力の性質やその総量と同じく、生まれ持ってから変わることはない。縛りによる制限解除や、特殊な術式を除き、後天的に術師がそれを上げることは不可能である。

 

 だがそんな常識を知っていてなお、自身の六眼がそれを訴える。これは一体どうしたことか、五条はさらに眼を凝らす。

 

 御三家が一家、五条家に遺伝として伝わる六眼は原子レベルでの呪力操作を可能にすると同時に、眼にした相手の術式を見抜く能力を保持している。

 

 今までこの眼で見通せなかった者は一人を除いておらず、その一人が自身の受け持つ生徒の黒鉦結であった。

 

 本人にも頼まれ、何度か術式の全貌を見ようとしてみたが、決まって毎回その部分はナニカに覆われている。

 

 改めて結の術式を覗こうとする五条はその異変に気づく。覆われていたナニカ、その輪郭がハッキリと眼に映ったのだ。

 

 (これは……鎖、か)

 

 幾重にも巻き付く鎖が大きく視界を埋め尽くしていたのだ。結が扱う術式も鎖、何かしらの関連性があると疑うことはできるが……それ以上の進展はなかった。

 

 突然にして見えるようになった理由は何か、考えてみるが明確に正解と思える解は出てこない。

 

「……ま。これから色々わかるようになるでしょ」

 

 暫く考えた五条は、再びサングラスを下ろし、楽観的な意見を口にする。今すぐには分からなくても、きっといつか結論は出るだろうと。

 

「どうかしました?五条先生」

 

 突然意味の分からない台詞を吐く自身の担任に対し、そう訊ねる結。先ほどまで倒れていたが、休憩時間を挟み、ある程度回復したのか、もう既に立ち直っていた。

 

 五条はその姿を見て、笑みを浮かべる。それは幼子の様な無邪気さの籠った笑みにも、生徒の成長を見守る教師としての笑みにも見えた。

 

 五条は、楽しみにしているのだ。最強(自分)に並ぶと豪語したこの少年の行く末に。結だけではない、今年は有望な生徒は数多くいる。

 

 ()()()もあるし、これからの生徒達の躍進が楽しみでならなかった。

 

「なんでもないよ。休憩十分なら、次はもっとキツイの入れる覚悟しときなよ」

 

 そんな未来を想像する五条。だが想像よりも遥かに混沌を極める事態がその身と生徒達を襲う事になるまで、もう一ヶ月も無いのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___________________

 

「それにしても、意外だったね」

 

「何がだ?」

 

()()()()()()()()、虎杖君と黒鉦君は東堂、君から名前を挙げただろう?」

 

「何か問題があるか?虎杖(ブラザー)と黒鉦は交流会で俺と共に特級呪霊を退けた。この事実だけで客観的に考えて異論はないと考えるのは当然だ」

 

「ええ、客観的ならね。でも君がその二人を推薦したのは主観的な、君自身の感覚に従ってだろう?虎杖君の方は分かるさ、君が共感(シンパシー)を得て、十分以上の実力があると判断したんだろう?じゃあ黒鉦君は?君が名前を連ねるだけの何かを感じ取ったのかな?」

 

「黒鉦か……奴には一級術師となるだけの素質が十分にある。思考力や判断力に関しては並の術師よりも上、異様な勘の鋭さもある。術式の運用や白兵戦をとっても上澄みとまでは行かなくとも、最低限の実力はある……だが、そんな上辺だけの評価より、俺がアイツに感じたのは予感だ」

 

「予感?」

 

「あぁ、虎杖(ブラザー)にも感じた予感……“退屈が裏返る予感”を、黒鉦からも僅かにだが感じ取った。近いうちにヤツも“成る”……俺は自分の予感を信じたまでだ」

 

「ほう……君が感じた予感、ね。覚えておくよ、Mr.東堂」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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