世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

15 / 21
渋谷事変編
15話


 10月31日。起源は遥か昔のヨーロッパにて行われた儀式だと言われている、悪霊を追い払い、秋の収穫を祝う祭り。だが現在一般的に認知されているハロウィンとは若者を中心に仮装をし、面白おかしく騒ぐ楽しい祭り。

 

 事件はそんなハロウィンで賑わう真っ只中に起きた。

 

 _2018年10月31日19:00 渋谷 東京百貨店 東急東横店を中心に半径400メートル程の“帳“が降ろされる。

 

「一般人は通ることの出来ない、“一般人のみを閉じ込められる帳”っス。術師と補助監督は出入り可能で、現在は補助監督(私たち)が足を使って情報連絡している状態っス」

 

 “渋谷に大規模な帳が降ろされた”その言葉だけを伝えられ、緊急招集をかけられた術師は各々班分けされ、現場へと赴いていた。

 

 俺の様な学生の術師から、一般の術師まで幅広く集められた今回の事件はハッキリ言って異色だった。

 

 この場に集められた術師は俺含め4名、俺と釘崎ちゃんと真希ちゃん、そして特別一級術師にして現禪院家当主の禪院直毘人(なおびと)さんだった。

 

 「……それで、帳の中の様子はどうなんですか?」

 

 そんな面子の中、俺がそう尋ねると、補助監督の新田さんは神妙な面持ちで話を続けた。

 

「帳の中では、駅前のスクランブル交差点には人がいなくて、むしろ皆そこを中心に逃げる様にして移動してるっス」

 

「人がいない!?駅前のスクランブル交差点に?ハロウィンの渋谷よ!?」

 

 新田さんからの報告に釘崎ちゃんが驚く。それはハロウィンで本来賑わってるはずの渋谷、その中心地とも言えるスクランブル交差点に誰も人が居ないことに対してだ。

 

「そこで何かがあったみたいっス。皆散り散りに帳の縁まで逃げてこう訴えてます。“五条悟を連れてこい”と」

 

 一般人がその名を放ったと説明された事に、俺は眉を顰める。それはその場で説明を聞いていた全員が感じた違和感であったようで、直毘人さんが代表して口を開く。

 

「フッ、非術師が五条悟(やつ)を知っているわけがない。言わされてるな」

 

 直毘人さんの言葉は概ね俺の意見と一致していた。新田さんの報告によると駅前のスクランブル交差点にて“何か”が起きた、おそらくこの事件を起こした呪詛師による行動だろう。その時、逃げる一般人にそう言うよう迫ったのだろう。

 

「帳は壊せんのか?」

 

「難航してるっス。なにせ“帳”自体は術師を両側から拒絶していない。力技でどうこうできそうにない。帳を降ろしてる呪詛師を捜してとっちめた方が早そうっス」

 

 直毘人さんからのその質問に新田さんは答える。それは帳の物理的な破壊に関する質問だった。

 

 今降ろされている帳は術師を拒まない故に、術師にとっては流れる水のカーテンの様なものだった。いくら押しても引いてもそのカーテン自体を破壊することは出来ない。

 

 壊すことができないなら解除する方針へ移るのは自然なことで、新田さんの言うとおり、一番早くて簡単そうなのは帳を降ろした張本人を叩くことだった。

 

「じゃあ、私らはその手伝い?」

 

 帳内部にて存在してるであろう帳を降ろした術師の無力化、それがここに集められた理由かと問う真希ちゃんに、新田さんは両手を前に突き出し否定をした。

 

「いいえ!皆さんはまだここで待機っス!」

 

 告げられた否定の言葉に、真希ちゃんも、俺も驚く。てっきり俺は班分けされた術師で手分けして呪詛師を捜し、帳を解除する事が任務だと考えていた。

 

「待機……って、一体何を待てばいいのよ?」

 

 釘崎ちゃんがそんな疑問を呈すると、新田さんは難しそうな表情でそれを告げた。

 

「“五条悟単独での渋谷平定”を、っス……これは上層部が決めた方針で、皆さんの仕事は五条悟のバックアップになります」

 

 五条先生単独での渋谷平定。上が出したと言うその結論に俺は少しの疑問を覚えた。

 

 突如として閉じ込められた多すぎる一般人。そして彼等が知るはずもない現代最強の術師である五条先生を要求。これは明らかに裏にいる呪詛師か呪霊が人質交換として五条先生を誘き出している。

 

 確かに相手方の戦力は未確認、だが恐らく呪詛師と徒党を組んだ特級呪霊が数体は居る。この状況に五条先生以外の術師を突っ込ませても犬死にするのは容易く想像できる……できるが、だからと言って素直に相手方の要求に乗るのも良い手とは思えなかった。

 

「……肝心の呪霊か呪詛師の姿は発見できてるんですか?」

 

 俺は確認するため新田さんにそう問いかけるが、帰ってきたのは否定の言葉のみだった。

 

「い、いいえ……恐らくは地下に特級クラスの呪霊が何体か、ですけど結界を降ろした呪詛師の確認はまだっスね」

 

「その状況で五条先生だけに全てを解決させるんですか?最低限偵察くらいは行った方がいいんじゃ……」

 

 俺がそう提言すると、今度は横に立っていた直毘人さんから笑い声と共に意見された。

 

「ハッ、五条悟の敗北を危惧か?癪ではあるが、彼奴を下せる術師、呪霊などは想像もできん。もし仮に奴の投入のみで済むならそれが一番呪術師(こちら)側の損失を抑えられる」

 

 直毘人さんのその言葉に、俺は違和感は残るものの、納得をしてしまう。そもそもが五条先生と言う規格外な強さの存在、先日遭遇した程度の特級呪霊に数体囲まれようと、倒されるとは思えなかった。

 

 最強。疑うことを忘れてしまう程までにその言葉には箔がついてしまっていた。極論、五条先生さえ居れば、完璧な成功はなくとも失敗はあり得ないのだ。

 

 だから、大丈夫。論理的に考えればこれが最善手……そう考えようとするが、言いようもない違和感が身にまとわりつく。

 

 考えすぎだろう……そう自分に言い聞かせるていると、直毘人さんが言葉を続けた。

 

「まぁ、俺としては仮に五条悟が敗北するとしても、それはそれでおもしろいがな」

 

 ニヤリと猛禽類の様な笑みを浮かべる直毘人さんの顔には、禪院家当主としての思惑が見てとれた。

 

 当たり前の話だが、どこの組織や団体にも派閥というものは生まれるものだ。呪術界においてもその派閥は様々だが、御三家と言われる三家の派閥争いは中でも熾烈だ。

 

 特に強さが格に直結するこの世界では最強こと五条先生を当主とした五条家が大きな権力を得ており、逆に言えば五条先生が存在していなければ五条家は失墜、後の地位は他の御三家である加茂家と禪院家が占有することになる。

 

 要は権力争い的な意味で、今目の前にいる禪院家当主である直毘人さんからすると、五条先生は邪魔な存在なのだ。

 

 だから直毘人さんもそんな発言をした……まぁ、半分冗談程度だと思うが。

 

 先ほど五条先生の敗北はないと、直毘人さんが言ったが、それは恐らくこの場にいる全員が抱いている共通認識だ。

 

 五条先生の勝利を前提とすれば、確かに五条先生単独での渋谷平定は被害を抑える最適解にもなり得る。

 

 俺は心の中に残る僅かな不安を抱えながらも、静かに次の指令が来るのを待ち続けた。懐から携帯を取り出し時刻を確認すると、現在の時刻の20:29を指していた。

 

 ______________

 

 五条先生が渋谷に現着してから数十分程度が経過した。依然として俺達への命令は待機のみ、何もすることがない、暇な状況が続くが、今の渋谷の状況は混沌としている。気を抜くことは出来なかった。

 

 俺は近くの建造物に背中を預け、静かに帳の方を見つめ時間を過ごしていた。真希ちゃんは持ってきた呪具の手入れを、釘崎ちゃんはそんな真希ちゃんや新田さんに時々話しかけながら、各々が待機命令に従い、その時間を過ごしていた。

 

「んぐ……んぐ…………ふぃー……」

 

 緊張感の漂う空気の中、そんな雰囲気をぶち壊すように一人、直毘人さんのみが気楽な表情で酒を飲んでいた。

 

 一体どこから取り出したのか、そもそも任務中だから飲むなよ、等色々言いたいことはあったが、立場が立場なので言葉に出すことはしなかった。俺はね?

 

「チッ……あのジジイ、呑気なもんだ」

 

 鋭い眼光で睨みつけ、文句を言うのは、直毘人さんから少し距離の離れた位置に座る真希ちゃんだった。

 

 どうやら真希ちゃんにとって直毘人さんは叔父にあたるようで、高専に来る前から面識があるらしい。で、口振りから察するにその仲は良好ではないらしい。

 

 真希ちゃんから呑気だと責められる直毘人さん、その言葉は聞こえているだろうが、完全に無視し、再び酒の入った缶に口をつける。

 

 俺は直毘人さんと顔を合わせてから数十分程度だが、まぁロクでもない人物であることがその所作から伝わってきた。

 

 禪院家当主であり、特別一級術師であることから、実力は高いのだと考えられるのだが、呪術師にとって実力の高さと性格の良さは全く比例しない。

 

 むしろあの禪院家の当主だ。これで聖人みたいなのが出てこられても、それはそれでリアクションに困る。

 

 そんな呑んだくれ一名を除き、皆が緊張した面持ちで待機を続ける中、新田さんの持つ携帯の着信音が響く。

 

「はい、新田っス……はい…………え!?……あ、はい……分かりました」

 

 新田さんは電話を取り、しばらくの間電話越しでの会話を行うと、驚いた風に声を上げた。その後電話相手との会話を終えた新田さんは、神妙な顔をして俺達に話を始めた。

 

「すみません、皆さん。今帳の中で監視を続けていた補助監督から連絡がありまして、渋谷にもう一つ帳が、今度は帳の内側に“術師を入れない帳”が降りたようっス。それから帳と連動するように建物内に潜んでいた改造人間が暴れ始めたとの報告があったっス」

 

 その報告に、現場にピリッとした空気が流れ始めたのを感じ取る。どうやら、帳内で事件の進展があったらしい。

 

「改造人間……確か虎杖の報告にあったツギハギ面の特級呪霊の持つ術式で作り出した元人間、だよな」

 

「フッ、改造され建物内に待機していた人間が今になって非術師を襲い始めたか……数はどの程度だ?」

 

 新田さんの報告に真希ちゃんと直毘人さんがリアクションを見せる。それから直毘人さんからの質問に、携帯を見ながら新田さんが答えた。

 

「えっと……確認できてる範囲では数十体以上は……恐らく、見えてないだけでもっといるはずっス」

 

 俺はその言葉を聞き、壁に預けていた背中を離し、側に置いていた刀を手に持つ。

 

「改造人間も気になるけど、同時に降ろされた帳の方も気がかりですね。“術師を入れない帳”が降りるのと同時に改造人間が一般人を襲い始める……どうにも術師(こっち)を渋谷駅に近づけたくないようにも思えます」

 

「渋谷駅に近づけたくないって?どうしてそんな事する必要があるのよ?」

 

 俺がそう言うと、釘崎ちゃんが質問を返してきた。俺は片手を顎の下にあて、考えた後言葉を返す。

 

「多分……五条先生を孤立させたいから?でも元々こっちは五条先生を単独で突っ込ませてるからな……違うか……」

 

 考えるが、パッとした答えが出ない。帳の件といい、改造人間の件といい、やっぱり俺達が渋谷駅に進む事を妨害しているように思える。

 

 だがその目的は不明のままだ。帳なんて下ろしてより狭く五条先生を閉じ込めたとしても、それが五条先生の敗北につながるとは思えない……いや、仮に五条先生が今()()()()()()にあったら?

 

 動けない程度で簡単に倒される人とは思えないが、ここまでの結界術を扱う相手が呪霊と徒党を組んでまで五条先生を誘き出したのだ。時間さえあれば五条先生を無力化できる策があってもおかしくはない。

 

 なら敵の狙いは時間稼ぎか?……いや、いくらなんでも根拠が薄すぎる。この段階で決めるにはもっと情報が要る。

 

「とにかく状況の確認をするため帳内に突入するのが先決だな」

 

 真希ちゃんがそう言うと、その言葉に皆が頷き賛同を示す。これには座りながら酒を飲んでいた直毘人さんも流石に飲酒をやめ立ち上がる。

 

「なら……とっとと向かうぞ」

 

 一級術師のその言葉に俺たちは帳内への突入を開始する。

 

 目の前に広がる帳に手を伸ばす。報告にあった通り、この帳自体は術師を拒まないため、すんなりと腕が黒いカーテンを通り抜ける。

 

 そのまま足を踏み入れ、帳内の暗い渋谷を目の当たりにする。

 

 そこは、まさに阿鼻叫喚という風だった。数時間前まではハロウィンと言うイベントを楽しんでいた人たちが、今は悲鳴を上げ逃げ惑っている最中だった。

 

 改造人間の数は、ここから見ても数えきれない程。だが数に関係なく、やるしかなかった。俺は一般人を追いかけ回す改造人間に素早く近づくと、鞘から刀を取り出し、呪力を込めて振るう。

 

 感触としては、三級程度の呪霊と同じ硬度。大して硬さもないため、俺の刀は容易に改造人間の体を両断した。

 

「え……だ、だれ?」

「大丈夫。あなた達を保護しに来ました。とにかくあちらへ避難して、できれば他の方にも避難を呼びかけてください」

 

 困惑する一般人の方に俺はなるべく簡潔に、かつ不安を与えない様言葉を選んで対応する。避難するよう指差した先は、新田さんがいる場所だった。

 

 もう安全な場所なんて渋谷にはないかもしれない。だからこそ、俺たちが今するべき事は改造人間の数を減らし、安全な場所を渋谷内に確立すること。

 

 俺は改めて周囲を見渡す。俺同様帳内に入った真希ちゃんや釘崎ちゃんは改造人間の処理、一般人の避難誘導へと動きを始めていた。

 

 唯一直毘人さんだけ見掛けられないが……そんなことは後回しだ。想像よりも改造人間の数が多い、迅速に対応しなければ混乱も大きくなってしまうだろう。

 

 (改造人間自体の強さは大した事ないが、数が多すぎる。帳も気になるが、まずは改造人間の排除が優先だな)

 

 俺は再び刀を握りしめ、とにかく近くにいる改造人間から斬り伏せるように攻撃を開始した。

 

 

 

 

 __________

 

 

 

 

「伊地知さんが襲われた?」

 

 一般人に襲いかかる改造人間を倒しながら、避難勧告を続ける俺たちは、現在渋谷マークシティ付近へと訪れていた。

 

 建造物内にはまだ多くの改造人間が蔓延っており、それらを斬り倒している時だった。不意に釘崎ちゃんから報告が入る。

 

「新田ちゃんと通話中に襲われたっぽくて、多分伏黒達と分かれた後だから今一人でヤバいかも……」

 

 新田さんの隣で、身振り手振りに伊地知さんの状況を語る釘崎ちゃんに俺はどうするべきかを考える。

 

 (こっちの帳への突入に合わせて補助監督を襲い始めたか……読まれてるな。状況がどんどん不穏になっていく、色々と気になるが、先ずは伊地知さんの安否の確認、帳の外の様子を確認するべきだな)

 

 俺は不安そうな表情を浮かべる新田さんと釘崎ちゃんに指示を出す。

 

「ひとまず、釘崎ちゃんと新田さんは伊地知さんの安否の確認を、俺と真希ちゃんはこの場に残って改造人間を粗方片づける。伊地知さん、若しくは他の補助監督と連絡が取れることを確認したら再び戻って来てくれ」

 

「了解!」「了解っス!」

 

 俺がそう言うと元気の良い返事が両名から返ってくる。俺がその返事に頷くと同時くらいに、遠くから声が掛けられる。

 

「おい、酒」

 

 声のする方向を見ると、そこには建造物の凹凸にうまいこと体を寝かせている直毘人さんの姿があった。その付近にはもう既に飲み終わってであろう酒の缶が二つ転がっており、何をして時間を過ごしていたかは明白であった。

 

「……」

 

 あまりに呑気で横暴な態度に俺は呆れた目で直毘人さんを見る。

 

 御三家の当主の姿か?これが?

 

「気にすんな、無視しろ。野薔薇と明さんはセンパイの言う通り行動してくれればいい」

 

 そう声をかけてきたのは、迫る改造人間を一太刀に斬り伏せた真希ちゃんであった。

 

 真希ちゃんの呼びかけを聞き、素早くその場を後にする釘崎ちゃんと新田さん。俺はその二人を見送った後、真希ちゃんへと小声で話しかける。

 

「……言いづらかったら答えなくていいんだけどさ、直毘人(あの人)、いつもあんな感じなの?」

 

「あぁ、大抵飲んだくれて1日を過ごしてる」

 

 真希ちゃんからのその返事に俺はなんて言えばいいのか思い浮かばなかった。そんな俺の発言を制するように、真希ちゃんは掌を突き出して言った。

 

「それ以上は聞かないでくれ、私も直毘人(あんなの)が当主なのは信じたくない」

 

 その表情には悲しみや怒りや、様々な感情が交錯しているようだった。なんだか哀愁を感じるその姿に俺は無言で頷いた。

 

 それからは実質二人で、手分けするようにして付近の改造人間を排除していく。その数は中々のもので、術式無しで対処するには少し骨が折れた。

 

 俺は呪力量が少ないため、なるべく節約したいのだ。そうこうやって改造人間達の大体をを片付けるのに、二十分程度が経過した時だった。

 

「帳が上がった……?」

 

 渋谷駅を中心に広がっていた“術師を通さない帳”が上がり出したのだ。恐らく、俺たち以外の班の術師が帳を降ろしていた呪詛師を無力化したのだろう。

 

 俺は一先ず状況の変化を共有するべく、釘崎ちゃん、新田さんと分かれた地点まで戻る。そこでは相変わらず寝ている直毘人さんに、恐らく帳の変化を感じ取って戻ってきた真希ちゃんがいた。

 

「センパイ、気づいたか?帳が上がった」

 

「あぁ、それについて情報を交換したくて戻った。って言っても、多分他の術師が帳を降ろしてた呪詛師を見つけ出したんだろうけど」

 

 俺がそういうと、真希ちゃんは考えるような素振りを見せた後、再び口を開いた。

 

「どうする?奥にまだ帳が降りてるみたいだけど、先に進むか?」

 

「いや、先ずは他の術師と連絡を取りたい。だから釘崎ちゃん達が戻ってくるのを待つ方がいいと思う」

 

 俺は改めてここ付近の状況を考え、そう結論を告げた。これは俺が感じたなんとなくの違和感だが、ここ渋谷マークシティに近づくにつれ、改造人間の密度が上がっている気がした。

 

 それが敵の狙った采配なら、この先には“守りたい何か”があったとしてもおかしくない。即ち、それを守る新手がいてもおかしく無い。

 

 もしそれが交流会の時のような特級呪霊であれば、直毘人さんを含んだ俺達3人で突入するのは危険である。

 

 そう言った意味でも、今誰が何処にいて、何をしているのか整理するための情報が必要だった。そして可能なら増援を呼ぶなりをしたかった。

 

 それから俺と真希ちゃんで色々と話合い、結論として連絡待ちをすることにした。周囲の警戒を行いながら、誰かがやってくるのを待つ。

 

 時刻にして22:10になろうとしていた時だった。何処からか、俺達以外の靴音が聞こえた。

 

 こちらに向かってくる人物の姿を確認すると、それは青いスーツに身を包んだ男性だった。

 

「七海さん!」

 

 俺は久しぶりに見たその男性、七海(ななみ)健人(けんと)さんに声をかける。

 

「結君、手短に情報交換を済ませたいです。他のメンバーは……真希さんに直毘人さんですか。貴方達にも聞いていただきたい。少し時間を貰います」

 

 それから、七海さん率いる班で起きた出来事と、俺達が得た情報を交換する。

 

 どうやら七海さん達の班は俺達と同刻に帳内に侵入した後、虎杖君と同流。そしてなんと驚くことに五条先生が封印されたとの報告を得たと、そう語ってくれた。

 

「あの(バカ)が封印!?ありえんのか!?そんなこと!」

 

「信じられない気持ちは同じですが、状況から考えるにその説が今最も妥当です。私たちは常に最悪を想定して動いた方がいいです」

 

 七海さんは冷静にそう語るが、話を聞いていた俺の気持ちは真希ちゃんと同じであった。

 

 五条先生が封印された、だなんて。

 

 まさか、俺の考えていた最悪の想定が現実的になるとは思ってもなかった。俺は狐につままれた心地で話を聞く。

 

「先程上がった帳は虎杖君と恵が解除、七海さんは伊地知さんの元に向かった、って話であってます?」

 

「ええ、その後帳外で補助監督を殺し続けていた呪詛師を無力化し、伊地知君を野薔薇さんと新田さんに任せました。とにかく、今は封印されてる五条さんの救出が優先です。ここから渋谷駅に向かいましょう」

 

 七海さんのその指示に、俺はまだ現状を飲み込めないまま、しかし頷いた。

 

 五条先生の封印。七海さんが言うには、まだ封印された五条先生を敵側は動かせないままでいるらしい。

 

 なら、それを取り返すことが現状俺たちの任務。もし仮に封印された五条先生が持ち帰られでもしたら、その時は本当の意味で呪術界が、日本が終わる。

 

「しかし、五条悟が封印か……狐につままれたようだ」

 

「私もです。ただ偽物とはいえ夏油さんが絡んでいる。その辺りに種があるのかと」

 

 移動をしながら、直毘人さんと七海さんが会話を続ける。

 

「俺としてはこのまま五条家の衰退を肴に一杯……」

「やる気がねぇなら帰れよ」

 

 そして相変わらずロクでもない台詞を吐く直毘人さんに真希さんがそう言葉を返す。しかしそんな真希さんの言葉に、直毘人さんが今回は反応を見せた。

 

「帰れ、か……それは真希、それからそこの結とか言う小僧、オマエらの方だろ。なぁ、七海一級術師」

 

 一級術師、その言葉を強調するように直毘人さんはそう言った。

 

 事実として、その言葉は正しかった。この場にいる術師は、一級術師の直毘人さんと七海さんが二人、一級への昇級審査中であるとは言え、四級の真希ちゃんと準二級の俺の二人だ。

 

 その実力差は如実で、この先に待ち受ける戦いで誰が足を引っ張るかは明らかであった。

 

「真希さん、結君、これに関しては直毘人さんの言う通りです」

 

 七海さんはそう言って、暗にこの場から引けと俺達に伝えてくる。俺は少し考えた後、七海さんへの回答として言葉を返す。

 

「足手纏いなのは承知の上です。もしそうなったら見殺しにして下さい……俺は、そういう覚悟でここに来てます」

 

 その言葉に嘘はなかった。以前までの俺だったらこんな台詞は絶対に吐かなかった。今は、前回までと違う目標があるから、その言葉が出たのだ。

 

「……!!」

 

 俺のその言葉に、七海さんは驚いた風に俺の方を見る。俺は七海さんのつけるゴーグル越しに真っ直ぐ、その目を見つめ返す。

 

「……私は一級術師、加えて貴方達より遥かに大人です。見殺しはしません。その責任がある。だから、危険になったら先ず自分の身を案じて下さい」

 

 七海さんはそう言うと、再び前を見て階段を下っていく。俺はその言葉になんだか染み入るような気持ちになる。

 

 七海さんは、呪術界では珍しくまともな人間だ。そして往々にしてそういう人からの言葉は胸に突き刺さるものがある。

 

「……私も、そんくらいの気持ちで来てますよ。それに、酔っ払いよりかは役に立つさ」

 

 俺と七海さんの会話を聞いていた真希ちゃんも、そう言葉を返し意気込みを語る。そしてまさかこの非常事態に飲酒を決め込む一級術師がいると思ってなかった七海さんは青筋を立てて直毘人さんに問い詰める。

 

「飲んでるんですか?」

「飲んでらいよ」

 

 と汚いげっぷと共に反論する直毘人さん。説得力がゼロであった。

 

 そんなやり取りをした後、俺たちは階段を降り切る、それと同時に呪力の気配を感じ取った。

 

「!!」

 

 改造人間ではない、明らかに呪霊のものである呪力。俺たちは気を引き締め、その発生源へと駆け出す。

 

 通路を進み、広い場所へと出た。ソレは、柱の陰に隠れるようにして立っていた。

 

ぶふぅーー、ぶーー

 

 呼吸のような鳴き声を出す蛸のような呪霊は、まるで怯えた表情を浮かべているかのようだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。