世界が待ってる この一瞬を(絶望) 作:リョオオオオイキテンカァァァ!!
こちらの進行方向に待ち構えていた呪霊。その姿は、先日俺の前に現れた白い呪霊と比べ、弱々しく、矮小であった。
「ぶふぅーー、ぶーー」
「オマエ達、ちと鈍すぎるな」
それは呪霊の姿を確認すると同時に呪霊の横に現れた直毘人さんに対しての戦慄だった。
目で追えぬ動きで呪霊に接近した直毘人さんは、素手で呪霊へと触れる。直後、呪霊の身体に変化が起きる。
まるで絵に描かれたような姿となって、呪霊は平面的に、二次元的な姿へと変わる。そして平面化した呪霊に向け、直毘人さんの拳が思い切り振られる。
拳が触れると同時に、ガラスの割れるような音と共に平面化された呪霊の空間が砕かれ、再び呪霊の姿は立体的に戻る。
しかし攻撃は呪霊の腹を捉えたまま、拳に乗せられた呪力が呪霊の身体を弾き飛ばす。
「……見えました?」
「……いえ」
直毘人さんによる瞬間的に行われた一連の動作は、誰の目にも追えなかった。真希ちゃんがそのことについて七海さんに意見を求めるが、その速度は一級術師の七海さんにも追えなかったらしい。
恐らくは術式による移動。残像すら残さないレベルの速度の移動は、呪力で身体能力を強化できる呪術師にとっても不可能なことであった。
呪霊発見から攻撃までの滑らかな動きに、不意の一撃を確実に叩き込む強力な術式。
その光景に固唾を飲む。俺は目の前で行われた一連の動作に、直毘人さんに対する自分の認識を改める。人間性はともかく、術師としては非常に高位に位置する人であると。
「ぶーーう“ーー、うっぅう“ーー」
直毘人さんからの一撃をくらい、地面に伏せる呪霊は苦しそうな嗚咽をあげ、やがてその身体に異変が起きる。
「う“っ______オロロロロロ“ロ“ロ“ロ“ッ」
小さな身体が大きく膨らみ、そして口のような部分から吐瀉物を吐き出す。水と共に吐き出された吐瀉物の正体は、
止まることなく吐き出される人骨の量は一つや二つではなく、それらはやがて山となる。
「フッ、貴様、何人喰ったんだ?」
直毘人さんのその問いに、呪霊が答える事はない。ただ苦しげにうつ伏せとなり、目の部分から涙を流すだけだった。
「じょうごぉ……まひとぉ……はなみぃ……」
唐突に呪霊が口にした、おそらく名前と思われる言葉。まるで幼子が困り果てた末に親に縋るような、そんな声でその名前を呼んだ時だった。
「はなみぃ……よくも…」
はなみと言う名前に、呪霊が大きな反応を見せる。目を大きく見開き、眼光は弱々しいものから鋭く、怒りに満ちたものに変わる。
「よくも、花御を!殺したな!!」
はっきりとした語気で怒りを訴える呪霊の小さな体は膨張し、その末に頭頂部から裂け、中身からナニカが現れる。
飛び出るようにして空中へと現れたナニカは空に滞空し、こちらを見下ろすように見つめる。
「成程……弱いハズだ。まだ呪胎だったと言うわけか」
ナニカ、改め呪霊は真の姿を手に入れたのだ。呪胎という殻を破り、解き放たれた呪霊の身体付きは人型に近く、魚類のような口元や異形の姿は、魚人という風貌だった。
変わったのはその見た目だけでは無かった、呪霊が解き放たれる時に感じた恐ろしい呪力の気配。今現在呪霊の身体に満ち満ちている呪力の量は交流会の時の呪霊よりも遥かに多い量であると、肌で感じ取ることができた。
呪霊は人差し指を天井へと向けると、その指先から渦を巻く様に水を発生させ、集約させる。やがてそれはバランスボールサイズの球体となり、呪霊が指を振り下ろすのと同時に、地面へと激突する。
地面に衝突した水の球体はその輪郭を失い、膨大な質量として、洪水の如き水量となり、こちらに襲いかかってくる。
俺は咄嗟に掌印を結び、頭上に鎖を一本発生させると同時に飛び上がり、それを両手で掴む。
直後凄まじい勢いで迫ってくる水が俺の足元を通過していく。
(量が尋常じゃないな……あれだけの呪力量、術式で具現化できる規模も並程度じゃないな)
俺は足元を過ぎ去っていく水の気配が消えてから、鎖を消滅させ、地面へと着地する。
「呪霊よ、アニメーションが一秒に何フレームあるか知っているか?」
「呪霊ではない」
そして視線を呪霊の方へと向けると、先程の水をどうにか防いだのであろう直毘人さんが呪霊へと何かを語りかけていた。話題はアニメーションに関する内容であった。
「昨今の解像度やフレームレートを上げたがる風潮」
「私は
いきなり何を話し始めるかと思えば、早速会話が成立していない。自分の言いたいことだけを互いに伝える、まさに言葉のドッジボールだ。
「4Kやら60fpsやら、無粋だとは思わんか!!」
「我々には、名前があるのだ!!」
意味の分からないやり取り、だが呪霊が激昂したその瞬間、それを好機と捉えた七海さんが素早く行動に移す。
滞空する呪霊に対し、七海さんは飛び上がり、両手に持った鉈を振り下ろす。
呪霊も片手で受けようと防御を行うが、七海さんの馬力が上回った。ミシミシと、肉の削る音と共に、呪霊が地面へと叩き落とされる。
攻撃を繋げるため、俺と真希ちゃんが地面に落とされた呪霊に接近する。先に、真希ちゃんの振り上げた薙刀が呪霊に振るわれる。
が、それは呪霊にとって想定に容易い攻撃であったようで、その刃は掴まれ、威力を殺される。
「真希ちゃん!!」
刃を無力化された真希ちゃんは無防備。俺は咄嗟に呪霊の腹に振おうとしていた刀を刃を掴む呪霊の腕に変更して振るう。
しかしその刃が届く寸前、先に呪霊に触れたのは直毘人さんであった。
呪胎だった時に触れた時と同様、直毘人さんの掌が呪霊の腹に触れると、その姿は絵に描いた姿のように一枚のガラスに収まる。
平面となり動けなくなった呪霊を直毘人さんが上空へと投げ出す。投げたその先には既に上空で落下をしていた七海さんが待ち受けていた。
再び振り下ろされる七海さんの一撃。しかし呪霊は鉈と自身の腕の間に水の渦を咄嗟に用意し、ガードへと転用した。
「チッ」
七海さんの攻撃は弾かれ、思わずその口から舌打ちが漏れる。呪霊に対して直毘人さんが術式を発動したのはおそらく2回。その2回目で対応されたのだ。
呪霊は悠然と歩く。その周りには先程七海さんの攻撃を防いだ水の渦が滞空しており、まるで攻撃を完全に防ぐことが出来ると豪語している様に円を成し、呪霊を囲っていた。
「一級が2人も揃って祓えんとは……由々しき事態だな」
直毘人さんがそう言うと同時に、俺達は呪霊を水の防壁ごと四方から囲う様に立ち回る。
「呪力過多、術式もまだまだ手数があるな……ならばどうする?簡単だ。技を出す前に……」
__速度で潰す。俺は刀を両手で強く握ると同時に呪霊へと振るう。当然その攻撃を防ぐように水の渦が変化するが、攻撃を加えているのは俺だけじゃない。
直毘人さんの拳が、七海さんの鉈が、真希ちゃんの薙刀が同時に、また大量の手数と共に振るわれる。これに対応するように水の防壁が展開されるが、その限界も近かった。
水の防壁が大量の攻撃を前に崩れる寸前、呪霊が両手で印を結ぶ。防壁が、決壊する。その直後呪霊は逃げるように上空へと飛び出した。
「滞空できるんだもんなぁ、俺でも上に逃げる」
が、それは既に想定の範疇の行動。術式を使って先回りしていた直毘人さんが呪霊の後頭部へと蹴りを加える。
完全に意表を突いた一撃、呪霊は今度こそ防御も間に合わず地面へと激突する。そして攻撃により生じた僅かな隙を、その速度をもって叩く。
術式の使用を許さない追撃の連続。直毘人さんは地面に激突する呪霊の先へ移動し、攻撃を加え、再び空に舞った呪霊を更に先回りし拳を叩き下ろす。
地面に仰向けに倒れ伏す呪霊は両手で印を結び始めた。その瞬間頭の隅に領域展開の四文字がチラつくが、その不安を拭うように直毘人さんは拳で印を結ぶ呪霊の手を砕いた。
「させんよ」
そう言葉にすると同時に目で追えない神速の連撃が加えられる。交流会での呪霊もそうだったが、敵対する特級呪霊が領域を習得していることは共通認識だった。
追い詰められた呪霊に逆転を許さない、そう言った意思の籠った連撃であった。
俺は直毘人さんによって繰り広げられる一連のやり取りを前に、ただ眺めることしか出来なかった。
その速度は恐らく術式によるもの、しかし速度に振り回されることなく、呪霊の動きを読んで完璧に立ち回るその技術は紛れもなく術師本人、直毘人さんの実力から来るものであった。
直毘人さんだけでは無かった、呪霊が真希ちゃんの刃を掴んだ時だった。俺は焦り、咄嗟に刀を腕へと振るったが、七海さんは既にカバーに動いていた直毘人さんの動きに気づいていた。
会話をすることなくとも、連携を可能にする状況判断能力の高さ。改めて確認する“一級術師”という高すぎる壁を俺は眼前に確認した。
このまま後は直毘人さんの攻撃に対応するよう、全員で囲って叩くだけ。
俺はそう思い手に握る刀の柄に力を込めた、その時だった。不意に直毘人さんの攻撃の手が止む。別に呪霊が攻撃した様な様子は無かった、それでも攻撃をやめざるを得ない何かが発生したのだ。
「領域展開」
手を潰した、それだけで領域対策で完成したと思い込んでいた俺たちにとってその一声は衝撃的だった。
呪霊の腹に光る印と共に、世界が色を変える。
「『
波のさざめく音が耳に入る。あたりを見渡すとそこは何処かの南国の島のようで、紫外線の無い太陽の光が眩しく地面の砂を照らしていた。
「っ!?」
やられた。領域に引き摺り込まれたのだ。俺は学生服の下のホルスターから拳銃を取り出し、銃口をこめかみにあてる。
領域の発動は、それ即ち敗北を意味する程強力なものだ。だったらそれを発動する前に阻止するのが最善手だ。
引き金を引き、火薬の爆ぜる音と共に銃弾が放たれる。それと同時に頭を襲う強烈な痛み、数秒も経たない内に俺は___________
「『
波のさざめく音が耳に入る。あたりを見渡すとそこは何処かの南国の島のようで、紫外線の無い太陽の光が眩しく地面の砂を照らしていた。
「ッ、クソ!!」
領域が展開されてしまった後。俺はその現実を前に顔を歪める。
この死ぬと同時にセーブ地点へ戻る能力は、俺の制御の範囲外だ。だから領域が展開される前に戻る、なんて都合の良い使い方は出来ない……分かってはいたが、それを受け入れる余裕は今の俺には無かった。
領域の効果は術式の必中効果、俺はいつやって来るか分からない攻撃に備え、意識を呪力感知に回す。
見てから防ぐことは出来ないが、術式なのだ、呪力の起こりは感知できる。そのタイミングに合わせ呪力で防御する……それしかない!
俺は刀を片手に攻撃が来るその瞬間を待つ。そしてその時は来た。
一瞬にして起きる呪力の気配、それから俺の脇腹に痛みが走るまでは数秒も無かった。
「…ッ!?」
腹を抉られる感覚、いや、挟まれている感覚だ。俺は咄嗟に刀を振るい、自分の脇腹を挟む何かを切り落とす。
(これは……式神か!)
俺はきり落としたものの正体を確認し、それが鋭い牙を持った魚の様な式神であることを確認する。
恐らくだが、領域に付与された術式は式神を発せさ、操る術式。それが領域内では必中となり、既に攻撃を加えた状態で発現されると言うわけだ。
「術式解放」
海の上空で滞空する呪霊がそう言うと、呪霊の背後に大量の異形の魚の式神が発現する。その数は地平線を埋め尽くさんとする程で、これからあの量の式神がやって来るのだと考えると、絶望が身を伝って、登って来る。
「結君!真希さん!
「七海サン!!」
七海さんが大声で俺と真希ちゃんにそう言うが、その言葉が言い終える前に七海さんの体を式神が喰らい付いてた。
そしてそれは俺からしても他人事ではなく、七海さんと同タイミングで俺の元にも式神が現れる。
「ぐっ……!!」
俺は七海さんの言う言葉通り呪力を感じ次第、式神を刀で叩き落とす。しかし叩いても叩いても次の瞬間には湧き出す式神に俺の対応は徐々に遅れていく。
俺は何かないかと、辺りを観察する。しかしこの状況を打開する手段は見当たらず、見えたのは俺の数倍は多い式神に襲われている七海さんと、大量の式神で覆われた所を殴り飛ばされる直毘人さんであった。
「直毘人さん!?」
俺は思わず叫んでしまう。どうやら式神の量には個人差があるらしく、恐らくあの呪霊が最も脅威だと考えている直毘人さんには大量の式神がやってきていた。
「海は、万物の生命の源。『
術式情報の開示。その瞬間、現れる式神のテンポが上昇し、ついには防御が間に合わなくなる。
肉の裂ける音が聞こえる。それは自分の腹から聞こえたのか、遠くの誰かのものか分からなかった。
最期に俺が見たのは、呪霊に向かって攻撃を仕掛ける真希ちゃんの姿だった……_______________
「海は、万物の生命の源。『
術式情報の開示。その瞬間、現れる式神のテンポが上昇し、ついには防御が間に合わなくなる。
最悪の
呪霊が語る術式情報によれば、これらの式神は絶えることなく襲いかかってくる。つまり、攻撃の切れ目まで耐える事は不可能というわけだ。
視界の右半分が黒く歪む。目を抉られたのだ。
だったら攻撃に転じるのが正解か?いやだがこの式神からの攻撃を喰らいながらどうやって?
指先の感覚がなくなる、刀が砂の地面に落ちる音が聞こえる。
(考えろ。思い出せ。何のための特訓だった……呪力量の事は考えるな、できる限りの最善手を……!)
そう考える頃にはもう体の半身の感覚がなくなっていて、在るのは全身を襲う痛みのみだった……____________
「海は、万物の生命の源。『
術式情報の開示。その瞬間、現れる式神のテンポが上昇し、ついには防御が間に合わなくなる。
目覚めると同時に、俺は術式を発動し、身体中を覆うように鎖を這わせる。それから掌印を結んでさらに術式を発動させる。
「『
手首と足首にそれぞれ枷がかかる。それと同時に俺はその場を踏み出し、呪霊の元へと飛び出した。
『纏繞鎖』は自分自身の枷をつけることで、その枷を介して自分の肉体を術式で操り、より高度な運動を可能にする技。
緻密な呪力操作が必要で、交流会以前では使えなかったが、ここ一ヶ月の五条先生との特訓によって一分程度なら発動が可能になった。
確かに式神は絶えず湧き出る、だが直毘人さんや七海さんと比べ俺は手薄だ。だったら式神を叩くより、鎖で防御に徹する方が効果的と判断した。
俺の狙いは大方当たっており、確かに痛みはあるものの、身体中の鎖が式神の牙を食い止め、重症にはならなかった。
俺は『纏繞鎖』で強化された身体を使い、呪霊の元へ飛び込む。遠くで、呪霊のそばに居た真希ちゃんが呪霊へと斬りかかろうとしていた。
「弱い……オマエが一番……!!」
しかし真希ちゃんは現れた式神によって動きを止められてしまう。呪霊が動きを止めた真希ちゃんを蹴り上げようとする寸前、俺の刃がギリギリ届く。
「オマエは……!」
「真希ちゃん!やれ!」
俺は呪霊の足の腱を切り落とすように刃を振るうと、真希ちゃんへと向かっていた蹴りは力無く明後日の方向へと振るわれる。
「…ッ…おう!!」
そしてその隙を逃さないよう、真希ちゃんは全身を噛みつく魚を振り払うようにした後、薙刀を呪霊の頭へと振るう。
薙刀の先端は呪霊の顔に届くが、浅い。致命打にはならなかった。
呪霊は飛び退くようにしてその場を離れる。俺は身体中に群がる式神を払いながら、呪霊の出方を伺う。
「……少し、見誤っていたか……ならばオマエ達も、あの2人と同じように……!!」
呪力の高まりを感じる。恐らく言葉の矛先と同様、俺と真希ちゃんへの攻撃の手をキツくするつもりだろう。
次の手を打たれる前に、追撃を。そう思い俺と真希ちゃんが駆け出した時だった。
「領域展開」
領域内に侵入する者が1人、その言葉と共にやって来た。
「『
突如、領域内の海に墨のような液体が溢れ出す。それはどこか見覚えのある呪力の気配を纏っていた。
「黒鉦先輩!真希さん!」
「恵!」
思わず声に出してその名を叫ぶ。領域を割って入ったのは恵であった。墨のようなものは恵の術式『十種影法術』による影だった。
その影は波を割って突き進み、俺と真希ちゃんの間に
「恵……!オマエって奴は本当に……クソ生意気な後輩だよ…!!」
現れたのは交流会でも目撃した特級呪具『游雲』、真希ちゃんが恵に持ち出しを頼んでいる三節棍の呪具であった。
真希ちゃんは游雲を両手に呪霊へと近寄る。
「愚かな」
呪霊は再び式神を発現させ真希ちゃんを止めようとするが、それは叶わない。
「!!」
恵は
まだ数分前まで呪胎だった呪霊がその事実に気づく頃には、真希ちゃんの游雲が呪霊の眼前へと迫っていた。
呪霊は咄嗟に両腕でガードをするが、防げない。肉を抉る音と共に呪霊の腕が削がれる。
そして三節棍を活かした連撃が更に加わり、今度は呪霊の身体を弾き飛ばす。
「……成程、容易い」
呪霊は考え、そして結論に至ったのだろう、今現在恵と領域の綱引きをしている事実に。
それを理解した呪霊は恵に向け式神を飛ばし、攻撃を加える。式神は海を泳ぎ、影の上の恵の元へと迫る。
グシャリ。血が飛び、
「七海さん!」
恵が呼んだその人物は、約一分間式神からの猛攻に耐えていた七海さんだった。傷だらけのその見た目は壮絶で、しかし本人の目にはまだ強い光が宿っていた。
「君は……私が守ります。領域に集中して下さい」
その言葉を信じるまでに時間は要らなかった。俺は即座に意識を呪霊の本体に移す。恵が領域を展開し続けるのにも限界はある。だからそれまでに叩く!
俺と真希ちゃんが近づくのに合わせ、もう1人、呪霊の背後より近づいてくる者が居た。
その者は、直毘人さんであった。彼もまた、一分間あの猛攻に耐え、今呪霊に向かい拳を振るっていた。
呪霊は直毘人さんの存在に気づいたのかその攻撃をしゃがみ躱す。だが迫る攻撃は一つでは無かった。
ついで真希ちゃんの游雲が呪霊を捉える。その攻撃が触れる寸前、呪霊の腹から前後に分かれるよう式神が現れ、直毘人さんと真希ちゃんが押し出される。
「ッ!!」
真希ちゃんは咄嗟に游雲を投げつける。苦し紛れの一撃だ、当然呪霊には当たらず、躱される。
だから、俺は刀を投げ捨て、それを受け取る。
「『
俺は片手で掌印を結び、呪霊の立つ地面に鎖を突き刺す。その後鎖の縮む勢いのまま、游雲を回転するように振るう。
ボウン、とまるで鉄を殴りつけたような音が響き、呪霊を陸の方へと吹き飛ばす。
「ナイスキャッチ、センパイ」
「そっちも、ナイスパス」
背後から真希ちゃんがそう言って帰ってくる。俺は游雲を真希ちゃんに返しながら落とした刀を拾い、呪霊の方へと向き直る。
このままの状況が続けば……勝機はある。だが、
俺はチラと背後の恵に視線を向ける。海の上で領域を展開しながら耐える恵の鼻からは血がダラダラと垂れており、呪力の波もばらつきが出てきている。
恵の限界が近い。もし恵の領域がなくなったら、その時はこそ本当に終わりだ。
だがあの呪霊の体力は半端じゃない。今だって游雲を数回喰らい、領域展開をした時に呪力だって消費しているはずだ。
だが、それでも底が見えない呪力量。それを一気に削り切るなんてことが出来るだろうか?
「3人共!!」
そう考えていた時だった。背後から七海さんのそんな声が響いた。俺達は振り返り声の方向を見る。
「集合!!」
大声での指示。側から聞けば何一つ要領を得ない指示だし、現に俺だって意味が分からなかった。
だが、聞いた瞬間に身体が動いていた。
一体何が狙いか、どうして攻撃よりも集合を優先するのか、分からないことだらけだったが、それ以上に七海健人と言う術師への信頼が勝った。
俺たちは一目散に影の上へと走り込む、すると影に異変が起きる。
「伏黒君の足元へ!」
恵の下に小さな円を描くように穴が発生していたのだ。穴の向こうは無機質な壁とコンクリートの地面、即ち領域外の景色を映していた。
(そうか!最初から領域からの脱出を狙っていたのか!)
このままの状況が続けば先に恵の限界が訪れる。故に、現状の維持ではなく、脱出を目的に恵は動いていたのだ。
それを察した七海さんから呪霊にその意を伝えないための集合の指示。どれもが納得の行く回答だった。
俺達は領域からの脱出のため、その穴へと飛び込もうとした、その時だった。
穴の外から、這い出るように手が現れたのだ。その突然の登場に俺たちの動きは固まる。
手の次は腕まで姿を現し、やがてその全身が領域内に姿を現す。
短く切った黒髪に白いセーターを着た、一見してただの一般男性。
「誰…だよ……」
俺は思わずそう言葉に漏らす。現れたのは全く顔を見たこともない人間であった。術師かと思ったが、呪術師にしては呪力が少ない……いや、全く
詰まるところ一般人が迷い込んだと言う結論になるのだが……。
俺がそうこう考えていると、空中に飛び出たその人物は突然にして真希ちゃんの目前にまで移動をする。
「!?」
空中と言う身動きの取れない状態からの急加速。まるで人間じゃないその挙動に俺は呆気にとられる。
次に何をするのかと思えば、その人物は真希ちゃんが手に持つ游雲を奪い取り始めたのだ。
呆気なく游雲を奪われた真希ちゃんは影の上に転がるようにして受け身をとる。
「真希さん!」
恵が心配そうに声をかけるが、真希ちゃんの目は驚いたように見開かれ、游雲を奪ったその男性へと視線が注がれていた。
「……伏黒君」
尋ねるように七海さんがそう聞く、それは恐らく“もう一度領域に穴を開けられるか”と言う意味の籠った言葉であった。
「……駄目です。しかも今のでコッチの狙いがバレた。もう簡単には開けさせてもらえない」
恵の下に広がっていたはずの穴は、あの男性が通ったことで完全に塞がっており、もう脱出はできそうになかった。
一体全体どうすれば、途方に暮れた俺は静かに呪霊の方へと移動する男性を見つめる。
何が狙いか、どうしてこの渋谷に、今になって現れたのか。増援の術師だったらありがたいが、とてもそういう雰囲気ではなかった。
「甚爾か……!!」
不意に、直毘人さんが男性に対しそう呼びかけた。甚爾、と言うのがその人物の名であろうか、直毘人さんが名前を知っていると言うことは禪院家の術師?
色々と考えるが答えは出ない。俺は誰なのかを直毘人さんに聞くことにした。
「誰ですか……あの人」
「誰……か。奴はただの……亡霊だ」
亡霊。そう答える直毘人さんだが、納得はできなかった。つまりは俺みたいな部外者には言えない人物なのだろうか。
そう考えていると、男性が低く腰を下ろした。その瞳は呪霊を捉えているようで、三節棍を両手に今にも動き出しそうだった。
「言うに及ばんな」
呪霊は狙いを俺達から亡霊の男性へと移した。腹から飛び出る式神の牙が男性へと向かう。
瞬間。それは本当に、瞬きをするような時間だった。
男性の振るった游雲が式神を貫き、呪霊を吹き飛ばしたのだ。
凄まじい
それから男性は吹き飛んだ呪霊を追うように、海の上を駆け出したのだった。
俺は自分の目を疑いたくなった、いや、疑った。創作の中だけの光景と思われたその景色が、人間に出来てはいけない動きを行う人間が目の前に現れたのだ。
呪霊は突然の攻撃に怯みながらも、式神での反撃に出る。小さな魚の群れを飛ばし、男性を襲わせる。
しかし絶えず速度を上げ続ける男性はそれらの式神をものともせず、捌き切る。
それから他の式神より一回り大きな式神が男性の前に現れる。男性は上がり続ける速度のまま、游雲に乗せ、式神を地面へと叩き潰す。
圧巻であった。先ほどまで自分達が苦戦していた相手を最も容易く蹴散らしていく様子に、夢かと疑いたくなる。
「伏黒君、もう少しもちますか?」
「……はい」
俺と同様、そのあり得ない光景を前にした七海さんはこう言った。
「申し訳ない……彼に賭けます」
賭ける、それは恵の領域が閉じまるでの時間での呪霊の撃破を、突如現れた謎の男性に託すということだった。
そして陸にて呪霊を前にした男性は次の手段に移る。突然にして游雲のその両先端を研ぎ始めたのだ。
金属同士の削れる、耳の痛い音が響く。人間業ではない、その技術によって研がれた游雲は、より鋭く、呪霊へと向けられた。
呪霊はその光景を前に本能的に死を悟ったのだろう。呪霊は両手を重ね、再び印を結び始めた。
それは領域展開以前に、呪霊が空に飛び上がる時の動きだった。俺は直感的にその動きを判断し、掌印を結ぶ。
「『
『縛上』は相手の四肢に枷をつけ、地面や天井と繋ぎ止める技。発動条件は接触し、呪力で印をつけること。その条件は游雲で殴る時に完了していた。
上空へと飛び立とうとする呪霊の足と地面を繋ぎ止め、呪霊の動きを封じる。
「っ!?」
呪霊は突然足を引っ張られるような感覚に戸惑う。その戸惑いが呪霊にとって最期の隙となった。
男性が刺すように振るった超速の游雲の先端が呪霊の顔面を貫いた。
「まだ、終わっ____」
言い切る前に、呪霊の顔面を再び游雲の先端が抉って貫いた。それから何度も刺される呪霊の体。気づくと、俺たちを閉じ込めていた領域は姿を消し、元の通路へと戻ってきていた。
本当に、倒したのだ。突然やってきた1人の男性が、あの呪霊を。
「はぁ……はぁっ……」
ずっと領域を展開していた恵が苦しそうな声をあげる。大丈夫かと、駆け寄りたい気持ちはあったが、動くことができなかった。
それは空気中を漂う緊張感によるもの、一体この男性は……味方なのか、敵なのか。
ようやく倒したと思われた特級呪霊。だが、まだまだここが地獄の入り口だったと気づくのは、全てが終わってからだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
感想は返信は出来てませんが、全部目を通させて頂いてます!
いつも感想を下さる方、誤字脱字報告をして下さる方々、本当に嬉しいです!
この場を借りて感謝を伝えさせてもらいたいと思います。