世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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17話

 唐突に現れた一人の男によって祓われた特級呪霊。領域が映し出していた南国の景色は一転、俺達は再び地下通路へと戻って来ていた。

 

 数秒間の沈黙。皆が一様に一点を見つめる。視線の先は、静かに游雲を握る男の元へ。

 

 男は動きを見せない。先程までの俊敏な身のこなしから一転、全く動かずに立っていた。その姿はまるで獲物を品定めする猛獣のように見えた。

 

 残像の様な動きを、視界の端で捉えるのが限界だった。

 

 男が高速で動き、俺の横を通り過ぎる。その直後、後方でガラスの割れる音が響いた。

 

 反射的振り返る。すると、そこには割れた窓ガラスと散る破片、それから男に胸倉を掴まれ、窓の外へと連れ出される恵の姿があった。

 

「恵!!」

 

 外へと連れ出された恵の姿を見て、その安否を探るように呼びかける真希ちゃん。

 

 どうして男が恵を狙ったのかは分からないが、今の恵は領域展開を経て、消耗している。一人であの男を相手取る事は難しいはずだ。

 

 俺は膝を曲げ、恵の元へ助けに行こうと駆け出そうとした。その時だった。

 

 ぐらり、と空気を振動させる呪力の波が、背をなぞった。

 

「逝ったか……陀艮」

「……!?」

 

 あまりに唐突な、巨大な呪力反応の出現に身体が硬直し、声にならない悲鳴が喉に閊える。

 

 俺は外へと飛び出そうと屈んだ姿勢のまま、顔を呪力反応のある背後へとゆっくり向ける。

 

 そこには火山のような頭をした、小柄な人型の呪霊が居た。呪霊は今も消えようとしている遺体前で膝曲げていた。

 

 通常、呪霊の遺体は数分もせず消失する。だから、誰も遺体の処理など行おうとはしない。

 

 だが、突如現れたその呪霊は、まるで道半ばで倒れた仲間を悼むように、その手をかざし、亡骸を燃やし弔い始めたのであった。

 

 その行動から察せられるように、おそらくは先程の呪霊の仲間、徒党を組んだ特級呪霊の一体だろう。

 

 だが、先の呪霊と同じように扱う事は決して出来ない。その理由は、単純で、呪霊から放たれる呪力の質が大きく異なっていた。

 

 格が違う。先程の呪霊も、その存在が呪術上層にでも伝われば間違いなく特級として括られるだろう。

 

 今、目の間にいる呪霊もそうだ、同じ特級。だがそれは、俺達がこの呪霊の強さを表す基準を、それ以上に持っていないに過ぎない。

 

 呪力の質が違う。空気を介して伝わる呪力が、肌に突き刺さる。そのおぞましい気配に、身動きを忘れてしまう。

 

「後は任せろ」

 

 呪霊は力強く開いた掌を握りしめると、静かに立ち上がった。

 

「人間などに依らずとも、我々の魂は廻る。百年後の荒野でまた会おう……さて」

 

 亡くなった仲間への追悼の言葉、告げ終わると呪霊はゆっくりと此方を振り向き、その眼光が俺達を捉えた。

 

 数瞬後、呪霊はもうその場には居なかった。

 

 幻視したのは、あの日の呪いの王、宿儺の姿だった。少年院で相対した宿儺の、その圧倒的な速度を思い出す。

 

 目の端で追うのがやっとの速度で迫ってきた宿儺の攻撃、その時の拳に並ぶかそれ以上の速度を、呪霊は持っていた。

 

「一人目」

 

 呪霊は一瞬にして七海さんとの距離を縮めると、その掌を七海さんの腹部に当て、そう呟いた。

 

 そして掌の先から吹き出る炎。その火炎は七海さんの身体を覆うように燃え移り、上半身が炎で包まれ、見えなくなる。

 

「七__」

 

 人が丸焦げになる、それも自分の知っていた人物が。俺は恐怖からその場を飛び退くように呪霊から距離を取るが、真希ちゃんは違った。

 

 一瞬の動転、思わず燃やされる七海さんの名前を叫ぼうとした時には既に遅かった。呪霊は真希ちゃんへと狙いを定め、行動していた。

 

 真希ちゃんの近くに迫った呪霊は掌を翳し、七海さんと同じように上半身を火だるまにする。

 

「二人目」

 

 呪霊は淡白にそう呟くと、次の標的を探す。呪霊の目がぎょろりと辺りを見渡すと、その足先は俺ではなく直毘人さんへと向かった。

 

 おそらくは手負いの方がやりやすいと考えたのだろう。呪霊は再び此方に反応すら許さない速度で直毘人さんとの距離を詰めようとする。

 

 だが、狙われた直毘人さんは即座に反応を示した。恐らくは術式を使用し、その場から高速での移動を行い、呪霊の背後へと回った。

 

 長年の経験と技術が可能とした機転が呪霊からの攻撃を躱した……かの様に見えた。

 

 そう、見えてしまったのだ。()()()()()()()()()()の動きで移動した直毘人さんの背後に、小さな火口が現れる。

 

 先の戦いで、直毘人さんは片腕を喪っていた。それが術式の出力を低下させたのだろう。

 

 現れた火口は、その口より光線の様な火を噴く。熱線は瞬きの間に直毘人さんの身体を覆い、身体を焦がし切った。

 

「三人目」

 

 自身の炎で三名を焼き払った呪霊は、今度は俺へと目線を向ける。

 

 殺される。

 

 純粋な殺意と十数秒も満たずに三名がやられたことへの絶望感が俺の身体を重くした。

 

 呪霊は恐怖で鈍った俺の動きを容易く捉え、すぐ傍へと接近した。それから掌を俺へと向ける。

 

「四人目」

 

 そう呟いた呪霊の掌には既に呪力が集中しており、今にも俺の元へ炎となって迫ろうとしていた。

 

 あぁ、死ぬな。どこか冷静な頭の部分がそう呟く。俺は迫り来る熱に成す術もなく体を燃やされ_______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようとした、その時だった。

 

 ズンッ、と、地面を、空間を揺るがすような呪力の気配が現れる。

 

 重苦しいまでの呪力が肩に載るようで、その感覚は俺の脳裏に焼き付いていた。

 

 この呪力は宿儺のものだ。恐らくどこかで宿儺が……いや、多分だが宿儺の指の封印が解かれたのだ。

 

 一体なぜこの瞬間に?疑問に思う俺だったが、次の瞬間には呪霊の放った炎が全身を焼き焦がしていた_______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズンッ、と、地面を、空間を揺るがすような呪力の気配が現れる。

 

 鼻腔を通る焦げ付いた匂いがまだ脳内に強く残っていた。今回の目覚め先は最悪の一歩手前であった。

 

 だが、蘇った事で多少まともになった頭と目で呪霊を観察すると、呪霊にもわずかに動揺が見られた。

 

 恐らくは宿儺の指が解放されたことへの驚きだろう。一瞬だが、呪力が乱れている。

 

 これによって動作は遅れる。いや、遅れると言っても一秒にも満たない遅れだ。今から動いても間に合わない。

 

 だが、次に復活したとき、宿儺の指が放たれた瞬間に動くことが出来れば……。

 

 俺は祈るような心地で、迫った来る火炎を受け入れた____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズンッ、と、地面を、空間を揺るがすような呪力の気配が現れる。

 

 俺はその瞬間に呪霊の脇を抜ける様に転がり込む。背中に熱いものが通る、振り返ると俺の居た地点には俺を覆いつくすサイズの炎が立ち上った跡があった。

 

「っ!!」

 

 呪霊は俺に攻撃を躱されたという事実を遅れて受け入れた。そのまま腕を横薙ぎに振り、その腕の軌跡をなぞるように現れた火炎が俺へと向かってくる。

 

 炎を受け止める方法は無い。俺は咄嗟にうつ伏せの姿勢になることで炎を何とか躱す。

 

「チッ!貴様に構ってる時間は無い!『火礫蟲(かれきちゅう)』!」

 

 続けて攻撃を躱す俺に対し、何故だか焦っている様子の呪霊は手を翳すと、自身の目の前に十匹程度の虫を発生させ、俺へと向かわせた。

 

 (炎を操るだけの術式ではないのか!)

 

 俺は内心驚きながらも、俺の元へとやって来る虫の群れを止めるため片手で掌印を結ぶ。

 

「『(えん)__がッ……!?」

 

 向かってくる虫達を阻むよう、『掩蔽』の鎖を発動させようとした時だった。虫達の口の部分が開かれ、それから大音量の奇妙な高音が発せられる。

 

 脳内に嫌に響くその音に反応が遅れる。俺が術式を発動させようとした地点を虫たちは超え、俺の正面まで迫る。

 

 もう鎖での防御は間に合わない。俺は防ぐことから迎撃へと行動を変え、片手に持つ刀で虫を斬り裂こうとした。

 

 刀身が虫の腹に触れようとした瞬間、その虫の呪力は唐突に膨張し、空中で爆ぜた。

 

 思わぬ衝撃に俺は刀の切っ先は明後日の方向へ向かい、俺は姿勢を崩す。

 

 あの虫は大音量の奇声を発すると共に自身が爆発することで、音と爆破の二重での攻撃を可能にする使い捨ての式神だったのだ。

 

 そう気づいた俺の頬に、ピタリと虫が張り付く。次の瞬間には体に張り付いた数匹の虫の呪力が膨張し_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かってくる虫達を阻むよう、『掩蔽』の鎖を発動させようとした時だった。虫達の口の部分が開かれ、それから大音量の奇妙な高音が発せられる。

 

 「ッ……!『掩蔽(えんぺい)』!」

 

 俺は響く鼓膜の痛みをこらえながら、何とか自身の手前に『掩蔽』の鎖を発生させる。虫達は鎖に阻まれ、その動きを停止させる。

 

 だが、あくまで止めたのは移動のみだ。やがて虫たちは奇声と共に体を膨張させ、爆発の前段階に移る。

 

 防御に特化させた『掩蔽』の鎖だが、鎖よりも細かな攻撃や爆風は防ぐことは出来ない。

 

 俺は両腕を重ねて顔の前に突き出し、爆発に備える。やがて虫たちの身体は爆破し、その爆風が俺の元までやって来る。

 

 直撃は避けたものの、依然爆心地からの距離は近い。俺の身体は爆風に耐える事も出来ず、後方へと吹き飛ぶ。

 

 やがて地面へと背から激突する、体のどこかが折れる音が聞こえる。

 

 だがそれでも爆破によって与えられた威力は相殺できない。俺の身体はゴムボールのように跳ねて今度は壁に頭から直撃する。

 

 ゴウン、と鉄を叩いたような音が脳内に響いて廻る。体を動かそうとするも、もう既に脳の言う事を身体が受け付けない。

 

 脳は人間の体の中でもデリケートな部位だ。頭を打ちつけたとき、当たり所が悪かったのだろう。

 

 口の中にじんわりと広がる血の味を感じていくと共に、俺の意識は段々と薄れていき______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かってくる虫達を阻むよう、『掩蔽』の鎖を発動させようとした時だった。虫達の口の部分が開かれ、それから大音量の奇妙な高音が発せられる。

 

「……『掩蔽(えんぺい)』」

 

 鼓膜が震える痛みにも、段々と慣れてきた。俺は先程と同じように『掩蔽』の鎖を発動させると同時に、考える。

 

 さて、このまま鎖で虫の足止めをしてもその先は見え透いてる。どっちにしろ爆風に身体が吹き飛ばされて死ぬ。いや、当たり所が良ければ死にはしないか?

 

 俺に向かって虫が飛来する最中、いろいろと考えるがこれと言った解決策は見えてこなかった。

 

 逃げたとしても虫は追尾してくるだろうし、迎撃を選べばその場で爆発される。遠距離攻撃や爆風を防ぐ手段を持たない俺には、爆発と同時にその場を逃げるくらいしか思いつかなかった。

 

 そんな反射神経も移動速度もないのだから仕方がない。俺はわずかな望みとして爆発と同時にその場を飛び退くことを選んだ。

 

 虫達が『掩蔽』で発生させた鎖に身体を絡ませ、その場で動きを止める。来る、爆発のタイミングだ。

 

 俺は限界までその場に留まり、爆破の光が見えると同時にその場を後ろに飛び退いた。爆風に乗って身体が通路内の端まで飛ばされる。

 

「がッ……」

 

 頭を打つことを避けて受け身を取るが、それでも全身を壁に打ち付ける痛みは半端では無かった。

 

 激痛からその場に座り込んでしまう。俺は目線だけを上げ、呪霊がいるであろう方を向く。

 

 俺が視線を向けると、そこに呪霊の姿は無く、焦げ付いた通路内の地面と呪霊の残穢のみが残っていた。

 

「どこに……行った?」

 

 俺はまだ痛みに軋む身体を無理にでも動かし、立ち上がる。改めて辺りを見渡すが、やはり呪霊の姿は見えなかった。

 

 俺に構ってる時間はない、と呪霊は言っていた……宿儺の指が理由か?俺の死を確定させるより、宿儺の指を優先させたのか?

 

 突然呪霊が消えた理由を探る俺の視界には、倒れる三名が映った。

 

「火を……消火器……」

 

 俺はまだ覚束ない足取りで歩く。三名の内間違いなく一番重症なのは直毘人さんであった。もう既に丸焦げとなっており、まず生きてはいないだろう。

 

 だが、他二名はまだ、生きている可能性があった。今も上半身を燃やして倒れているが、まだ火がついてから時間も長くはない。

 

 迅速な消火が必要だった。俺は通路内を歩き、近くに置いてある消火器を見つける。それを手に取り、急いで燃えている二名の元まで駆け寄る。

 

 人を消火するなんて経験は初めてであったが、それでも火を消すため一心不乱に、消火器から発せられる消火剤を二人に吹きかける。

 

 やがて火は消え、二人の全身が見えるようになった。

 

「七海さん…真希ちゃん……!」

 

 俺は二人の息を確かめる。怪我とやけどが深刻なのは七海さんの方であった。陀艮という呪霊との戦いで片目を抉られ、複数の重傷を負い、更には先程の呪霊からの攻撃で激しく上半身を焼かれてしまっていた。

 

 逆に、真希ちゃんの方は比較的軽傷であった。いや、軽傷と呼べる程度の怪我ではないが、七海さんのようにひどい火傷を負っている様子もなく、肌を露出している部分のみの火傷で済んでいた。

 

 俺が両者の脈と呼吸の確認を行うと、幸運な事にどちらにも息があることが分かった。

 

 俺は安心して、少しだけ胸を撫で下ろす。二名を通路の壁際に横向きに寝かせ、一応直毘人さんの方へも駆け寄る。

 

 直毘人さんは火こそ既に燃え消えているが、どう見ても全身が致命傷であった。まだ熱い、焦げた匂いのする直毘人さんの身体を仰向けの体勢にし、呼吸を確認する。

 

 しかし、やはりと言うべきか、もう既に呼吸をしておらず、完全に命を失っていた。

 

「っ……!」

 

 わかってはいたが、死んでしまったという事実に俺は現実を直視させられる。

 

 俺の目の前で死人が出るのは、これで三度目であった。呪術師にとって死は珍しくない、が、それでも仕方が無いで済ませる事は出来なかった。

 

 今回の場合だってそうだ。直毘人さんはこの中で誰よりも迅速に、かつ的確な判断で行動していた。

 

 禪院家当主と言う名に相応しいだけの行動を、しかしそれでも死んでしまったのだ。それだけ相手が格上、規格外であった。

 

 俺が生き残ったのは、運が良いだけだ。死んでも戻る能力が無ければ、とっくに死んでいた。その事実が、さらに俺を後悔させる。

 

 死んでも死なない、間違いなくこの中で命の価値が一番安いのは俺であった。だからこそ、もっと捨て身でもいいから自分から動くべきだったのだ。

 

 それなのに、あの呪霊を前にした俺は挑むでもなく、ただ恐怖に従って逃げた。その結果自分だけが無事でいる。

 

 これは、最悪の結果だ。もっと、何度死んででも、俺は挑むべきだったのだ。そうすれば、七海さんも、真希ちゃんも怪我を負わず、直毘人さんだって生き残れたかもしれない。

 

 結局のところ、俺は怯えて、何も出来てない。運命を変えられるだけの立場に居ながら、何も変えずに、世界に流されている。

 

「何が、死ぬ覚悟は出来てるだよ……!」

 

 俺は拳を握りしめ、一人そう呟く。思い返していたのは戦いが始まり前の七海さんとのやり取りだった。

 

 俺の覚悟なんて、所詮は言葉だけだったのだと、痛感する。

 

「セン…パイ……?」

 

 不意に、そんな声が聞こえた。声のする方を見ると、先程まで横になっていた真希ちゃんが座り込んでこちらに呼びかけていた。

 

「真希ちゃん…!目覚めたのか、身体は大丈夫か?もう起き上がっても痛みとかは……」

「あぁ……一応、まだ痛むけどな。大丈夫だ。それより、あの呪霊は?」

 

 真希ちゃんは、ふらふらとしながらも立ち上がってそう言った。俺は先程の出来事と、呪霊が姿を消した事を説明した。

 

「そうか……ジジイは、死んだか…」

 

「あぁ……すまん、俺の責任だ」

 

 俺が罪悪感から目を伏せて言うと、真希ちゃんは首を横に振って口を開いた。

 

「いい、ジジイも、ミスっただけだ。それに、私なんて何も出来ずに寝てただけだ……センパイが気に病む必要はねぇよ」

 

 真希ちゃんはそう言うが、彼女の顔に着いた火傷の跡が目に映る度、後悔が積もる。

 

 だが、ただ後悔しているだけの時間なんて俺には与えられていないのだ。俺は息を吐きだすと、これからの動きについて話を開始した。

 

「それで、これからに関してだけど__」

 

 そうやって口を開いた時だった、再び空気を揺るがすような呪力の波がやって来た。

 

 宿儺の指だ、また解放されたのだ、それも一つじゃない、複数個が一気に解放された。

 

「一体……何が…!?」

「何がだ?」

 

 俺が驚きに声を漏らすと、不思議そうに真希ちゃんがそう言った。そうか、真希ちゃんは呪力を感じ取れないのか。

 

 「渋谷で、宿儺の指が解放された。それも複数個。理由は分からないが、何かが起きてる」

 

 そう説明すると、真希ちゃんは怪訝な表情で俺の言葉を受け取る。

 

「宿儺が?んなどうしていきなり……」

 

 真希ちゃんの言葉に、俺は考える。宿儺の指の気配は先程も感じた、それにあの呪霊も驚いていた。恐らくだが、連中の狙いの一つに宿儺が含まれているのだろう。

 

 となれば確実に狙われてるのは虎杖君だろう。だがどうして指が?大量の指と引き換えに宿儺自身と縛りでも結ぶつもりか?

 

 いろいろと仮説を考えるが、何にしても今現在虎杖君の身が危ない可能性は高い。だが場所も分からないから助けにも行けない。それに助けに行くとするなら……。

 

 俺は視線を真希ちゃんの後ろで床に横たわる七海さんに向ける。瀕死と言って間違いない。放っておく訳にはいかないだろう。

 

 「……真希ちゃん、身体の調子は?どれくらい動けそう?」

 

 俺は真希ちゃんに確認すると、少し悩んだ後に真希ちゃんはゆっくりと口を開いた。

 

「……正直、戦闘なら足手まといがいいところだ。眼鏡も割れてるしな。逃げる程度なら出来るかもしれねーけど……」

 

 沈んだ表情でそう語る真希ちゃんは、申し訳なさそうであった。だが、先の戦闘での消耗と怪我を考えれば無理もない。むしろ今立って話せているだけ大分丈夫だ。

 

「そうか、じゃあ、七海さんを連れて帳の外に向かうのは?出来そうか?」

 

 俺がそう言うと真希ちゃんは驚いた様に目を見開いてから答える。

 

「出来る、と思うけど……センパイはどうするつもりなんだよ」

 

 真希ちゃんからの問いに俺は少し考えてから答える。

 

 七海さんの話が本当なら、他にも班分けされた術師が五条先生救出のため動いていて、その先にはさっきのような呪霊が待ち構えているはずだ。

 

 だったら俺にできる事は、少しでも先に進み、一太刀でも多くそいつらに傷を負わせ、五条先生奪還の礎になる事だ。

 

「……五条先生の所に、まだ他の術師も向かっているはずだ。俺も行くよ」

 

 俺がそう答えると真希ちゃんは下を向いて俯いた。それから少しして言葉を紡いだ。

 

「私が言えた台詞じゃねーけど……死ぬぞ。それでも、行くのか?」

 

 真希ちゃんはそう言って俺へ忠告をする。その言葉は何処までも正しかった。

 

 たしかに今この場にいる人間で現状一番戦えるのは俺だろう。だがそれは只の幸運に過ぎない。再びあの火山頭の呪霊の様な強敵に出会った場合、十中八九死ぬだろう。

 

 絶対に死ぬ、それでも俺は……。

 

 「行くよ。まだ、俺にはやらなきゃいけない事がある」

 

 俺はそれを返答とした。その返事を聞いた真希ちゃんはため息を吐き、それから踵を返して七海さんの方へと向かった。

 

「分かったよ。今の私にセンパイを止める筋合いはない……けどな」

 

 真希ちゃんは七海さんの腕を肩に乗せ、運び出す姿勢をとってから続きを語った。

 

「私らも、アンタにはまだ色々言いたい事があんだよ……死ぬなよ」

 

 背中を向けながら、真希ちゃんはそう言うと来た道を戻りに歩き始めた。

 

「……あぁ」

 

 死ぬな、と、真希ちゃんから告げられたその言葉が頭の中を巡る。俺は目を瞑り、思考を切り替える。

 

 後悔にばかり囚われるな、一歩でもマシな方へ進め。

 

 俺はそう自分に言い聞かせると、真希ちゃんとは反対の方、渋谷駅の中心へと足を進めた。

 

 通路を抜け、やがて渋谷駅構内へと踏み入れる。その道中、特に何事もなく進んでいたが、ここで変化が起きる。

 

おはよォ、おは、はよざいまァァす!

タスケェて、みんなァァ!

 

 駅構内に入ったところで大量の改造人間たちに遭遇する。数は目算で30体程度、駅構内の狭い場所では行く手を塞ぐ障害となる。

 

「……改造人間か」

 

 俺は刀の柄を握り、鞘よりその刀身を引き抜き、改造人間へと向ける。

 

 改造人間達はそう命令されているのか、俺を見つけると、一斉に襲い掛かってきた。一体ではそこまでの脅威ではないが、集まれば中々侮ることは出来ない。

 

 俺は改造人間たちの攻撃を躱すように後方に退避しつつ、片手で掌印を結ぶ。

 

「『鉤鈎(かぎつる)』」

 

 それから『鉤鈎』の鎖の先端を奥の方にいる改造人間に突き刺し、鎖の反対側の部分を握り思い切り引っ張る。

 

 結果、ドミノ崩しの様に倒れてくる改造人間達。俺は引き寄せた一体の改造人間の首を斬り落とし、続けた倒れた手前の改造人間達も斬り伏せていく。

 

 これで倒した改造人間の数は四体、全体の数で見ればまだ少ないが、一度崩れた統率は元には戻らない。

 

 先程と異なり、一体ずつ迫って来る改造人間達に順番に刃を振るう。強度も速度も大したことのない改造人間だ、俺は極めて順調に奴らを倒していく。

 

 斬った数が十体に届こうとする頃だった。俺は一体の改造人間を斬り倒し、返す刃でまた一体と斬ろうとした。

 

 が、斬ろうとした改造人間の身体が不意に弾ける。血や臓物が噴き出し、体液が俺の目を覆い隠す。

 

 目くらましのための自爆か?

 

 そう考えた次の瞬間、背後から何者かの足音を聞く。

 

 このままでは、死ぬ。それはこれまでの死の経験から来る、予感だった。俺はその場を転がるように、大袈裟に背後から迫る何者かの攻撃を躱そうとする。

 

 直後、俺の居た地点から拳が空を切るような音が聞こえる。やはり隠れていた何者かが俺を狙っていたようだ。

 

 俺はその何者かの正体を確かめようと、目元の血を拭う。 

 

「ばぁ!」

 

 そうして目を開いた途端だった、俺の眼前には針の様な物が迫っており、次の瞬間、その針が俺の頭を貫いていた_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、俺の居た地点から拳が空を切るような音が聞こえる。

 

 

 頭を貫かれた事での即死だったらしい。意識の戻った俺は目元の血を拭わず、その場をさらに転がり針の攻撃を避けようとする。

 

「ばぁ!」

 

 ザンッ、と壁を何かが突き刺す音が響く。俺は立ち上がると同時に素早く目元の血を拭って攻撃をしてきた者の正体を確かめる。

 

「自爆からの目くらまし、いい発想だと思ったんだけどなぁ……アンタ、勘が良いね」

 

 軽薄そうなその声は、ツギハギで覆われた顔面の口から放たれた。黒い衣装で全身を覆う、一見して人に近いその呪霊の姿は、報告にあった特級呪霊の特徴と一致していた。

 

「……真人(まひと)とか言う、呪霊」

 

「お!俺のこと知ってる感じ?そういうアンタは……鎖を使う術師、花御の報告にあった術師か」

 

 ケラケラと笑いながらそう語りかけてくる特級呪霊、真人は、まるで雑談でもするかのような口調で話を続ける。

 

「”勘が良いのか、寸前で攻撃を躱される”…成程ね、確かにその通りだ。それってさ、アンタの術式?」

 

 真人は針の様に先端の尖った腕を普通の腕の形に戻しながらそう問いかけてくる。先程俺の頭を貫いたのはあの変形した腕だったようだ。

 

 最近登録された特級呪霊の一体、ツギハギ面の人型呪霊、真人。里桜高校での事件を、交流会後、虎杖君から聞いた事を思い出した。

 

「……さぁな」

 

 俺は改めて意識を切り替える。目の前の呪霊は今日俺が出会った特級呪霊に並ぶ、強力で恐ろしい呪霊だ。

 

 俺からの返事に満足しなかったのか、真人はつまらなそうな表情で口を開く。

 

「お喋りは嫌いかい?ま、いいや。殺してから考えれば」

 

 そう言い切ると、真人はにやりと獰猛な笑みを浮かべながら、その場を駆け出し、俺へと向かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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