世界が待ってる この一瞬を(絶望) 作:リョオオオオイキテンカァァァ!!
「じゃあ、ラーメン、食いに行きましょ!」
それはいつだったか、まだ秋にしては暑い日の出来事だった。
その日の任務は、一年の後輩たち、恵、虎杖君、釘崎ちゃんの三名の同行の上での任務だった。
いつの間にか、俺はこの三人の監督役的なポジションとなっていて、こうやって一緒に任務に向かうのも、もう珍しくなかった。
帰りの、補助監督の人が運転する車の中、三人掛けの後部座席に一年の三人が、助手席に俺が座っていた。
手早く呪霊を見つけた事が良かったのだろう、任務は想定より何倍も早く終わり、まだ日が真上にある位の時間帯だった。
「にしても腹減ったなぁ……帰り、何処かで食べてこうかな」
今回の祓った呪霊がどうとか、そんな話をしてる中、虎杖君がそう独り言をつぶやいた。
「お、いいじゃない!ここら辺なら駅も近いし、探せば評判の良い店位すぐ見つかるわよ」
携帯電話を片手に、釘崎ちゃんがそう言った。それからは何を食べたいのか、どこの店にするのかなんて話し合いが行われた。
俺はその会話をラジオ感覚に聞きながら、車窓の外の景色をぼんやり眺めていた。
元気の良い二人と、そのストッパー役となる恵、三人の会話は子気味よく、聞いていて飽きない。
「うーん……困ったわね、食べたい料理を挙げたはいいものの、全く決まらないわ」
「焼肉寿司中華定食ラーメン……どれ選んでも天秤が傾かねぇ……」
うーん、と、釘崎ちゃんと虎杖君の口から悩ましい声が漏れ出る。それを見ていた恵が俺へと口を開いた。
「……先輩はどうします?何か行きたい店とか……」
突然振られた質問に、俺は窓外からバックミラーに映る後部座席へと視点を移す。
「俺?てっきり三人で行くと思ってたけど……俺もついて行っていいの?」
同期三人で楽しく食事。如何にも代えがたい、素敵な響きだろう。そこに先輩である俺が混じるのは、何だか不純物の様で気が引けていた。
俺がそう言うと、釘崎ちゃんが呆れた様な表情で言葉を続けた。
「今更何言ってるのよ。今日は四人揃っての任務だったし、勿論昼飯も一緒に決まってるでしょ」
釘崎ちゃんがそう言うと、今度は虎杖君が思い返すようにして口を開く。
「そういえば、俺、先輩と昼飯食ったこと無いかも」
「……確かに、私も無いわね」
虎杖君がそう言うと、釘崎ちゃんは同意を示す。次いで、二人の視線は恵の方まで行く。
「いや、無い訳じゃないが……先輩と外で食うのは、俺もないな」
恵のその言葉に二人の視線が一気に俺へと向けられる。
「ちょっと、あんなに普段『先輩として~』とか、先輩っぽい事に拘ってるくせに、一番大事な先輩イベント『昼飯を奢る』をやってないじゃない!」
「それが一番なの?」
釘崎ちゃんのその言葉に、俺は驚愕する。
先輩イベント……一番大事な、だと……?
「……よし、任せろ。今日は俺の奢りだ」
俺は決断する。今日俺は先輩としての
「やったー!」「よし!高いやつ頼むわよー!」
「別に奢りじゃなくてもいいですからね」
さて、昼飯を奢るにしても、何を奢ればいいのか……。
俺は脳内で昼飯、後輩と、奢り、と検索をしていくが、一向に見つからない。それも仕方が無い話だった。
「俺……昼飯外で食ったこと無い……」
俺のその言葉に、車内が沈黙で覆われる。目を見開き、口をあんぐりと開いた虎杖君と釘崎ちゃん。珍しく恵も驚いた表情で固まっていた。
「「えー!!」」
数秒の沈黙の後、驚き大声でリアクションをする虎杖君と釘崎ちゃん。それから矢継ぎ早に、俺への問答が始まる。
「食ったこと無いって、今まで何食べてたの!?」
「おにぎり……携帯軽食で手早く済ませてたかな?コンビニとかで買うことあっても、料理屋に入ったことは……」
驚きを加速させる虎杖君、次に質問を投げてきたのは釘崎ちゃんだった。
「えぇ……先輩って、もしかしてド田舎出身?いくら忙しくても一回くらいはあるでしょ」
「田舎……愛知の山奥だし、あながち間違いじゃないかな……?」
まぁ、呪術師の家系だし、実地訓練以外で山を降りることも無かった。
なにより俺自身が実家に居た頃は鍛錬で必死だったし、そんな余裕が無かった。
興味が無い訳じゃないが……なんというか、機会を見失っていた。一人で外食といっても、勝手が分からない。なんとなく理由をつけて避けてきたのだ。
「これは重症ね……虎杖、伏黒!今日は何としてもこの世間知らずを昼飯に連れて行くわよ!」
「押忍!」「……まぁ、そうだな」
俺の回答がよっぽど意外だったのか、いつの間にか俺はとんでもない世間知らず認定をされていた。
別に本やテレビから存在自体知らない訳じゃないし……普通寄りだとは思うが。
「じゃあ、折角だし先輩が食べたい料理の店行こうぜ!」
虎杖君のその提案に俺は再び悩ませる。様々な料理が頭の中を巡るが、これと言って結論が出ない。
俺は虎杖君の挙げていた料理を思い返す。焼肉寿司中華定食……
「……ラーメン、か」
ぽつりとそう呟く。名前も、実態も知ってるが、食べたことが無かった。カップヌードル等の手軽な麺類も、意識して避けてる訳じゃないが、食べた経験が無かった。
「ラーメン!悪くないわね。じゃあ、ラーメン、食いに行きましょ!伏黒!いい感じのラーメン屋、探しなさい!」
「はいはい……」
それから恵が携帯電話を取り出し、いろいろと検索を開始する。
丁度恵がラーメン屋を見つけたタイミングで、車が目的地へと着く。俺達は運転をしてくれた補助監督の人に礼を言うと、恵の道案内の元ラーメン屋を求めて歩き始めた。
「着きました」
十分程度歩いて、恵がそう言った。目的地となるそこは、なんの変哲もない駅近くの道で、しかし一箇所だけ目を引く地点があった。
「……もしかして、あれ?」
俺は半分疑心で、その場所を指さした。出来れば違って欲しくもあったが……。
恵は俺の言葉に小さく頷く。俺は返答に驚き、苦い顔となる。
「あんなに並ぶの……?」
そこにあったのは、何人もの人間が列をなし、一つの店の前に並んでいる姿だった。俺は自分が並ぶことなんて想像もしていなかったため、少し戦慄する。
「なによ、別に行列の中では短い方じゃない」
そして釘崎ちゃんのその言葉に俺は更に戦慄する。確かに人の出入りを見てる感じ、長すぎる時間はかからないだろうが、それでも料理を食べるのに並ぶという行為自体が新鮮だった。
「ほら、さっさと並ぼうぜ。昼だし、まだまだ来るでしょ」
虎杖君のその言葉に俺は観念し、俺達は列の最後尾につける。そこからは再び、他愛のない雑談が再開された。
「トッピング、やっぱり一番大事なのはチャーシューだと思うんだ」
「ふっ、馬鹿ね。一番は味玉よ味玉。その魅力に気づけない内は半人前も良いところね」
「えー、良いだろ、チャーシュー。伏黒と先輩は、って先輩は初ラーメンだっけ」
「初ラーメン……そんなにラーメンって当たり前なのか?」
「当り前よ!『行列の出来るラーメン屋のラーメンを食べる』これ、上京したらしたい事ランキング十位内に入る事よ!」
「さっきから釘崎のランキングは何処調べなの?」
「私調べよ。で結局伏黒は……」
そこまで話した段階で、俺たちの前の行列は姿を消していた。ラーメン屋は回転率がいいのか、思ったより早く俺達の番がやって来た。
「すみません四名様でよろしいでしょうか」
「はい、四人で」
「でしたら食券を購入して少しお待ちください」
「「はーい」」「「はい」」
「……で、食券って?」
「……成程、ラーメン初心者ってそうなるのか」
「食券ってのは、食いたい種類のラーメンを事前に金払って決めるんです……こんな感じで」
「俺、チャーシュー多め!」
「私は……これにしようかしら」
「……」
「分かんないなら、俺と同じので良いと思いますよ」
「……そうする」
それぞれ食券を買って、しばらくすると店員の案内が来た。案内のもと四人席に座り、それぞれ頼んだラーメンを待つ。
「……なんか、新鮮な感じだ。待つの」
「ほんとに外食経験ないのねー、却ってこっちが新鮮」
「その感じだと、なんつーか……箱入り娘?いや息子か、って感じ?」
「うーん、話すとややこしいから、纏めると……家庭の事情?」
「何の説明にもなってませんよ、先輩」
「……っていうか話によると釘崎ちゃんも高専来る前は大分世間知らずだったんだろ?俺だけ言われるのは不公平じゃないか」
「ぐっ……!それを言われると中々言い返せない……!」
「釘崎、回転寿司で随分興奮してたもんなぁ」
「私はラーメン!カップの!食った経験あったし!」
「どんぐりの背比べだろ……」
そんな会話をしていると、四人分のラーメンの入ったどんぶりが運ばれてくる。
俺は自分の目の前に置かれたそれを見て、ごくりと唾を飲み込む。これがラーメン……。
「「いただきまーす!」」「いただきます」
三人が手を合わせ、そう言うと箸を持ってどんぶりの中の汁に箸を沈めた。それから麺をつかみ取り、口へと運び啜ってた。
「ぶぶぶ!ぶばい!」
「中々美味しいじゃない!」
「食ってから話せ、虎杖」
虎杖君と釘崎ちゃんの嬉しそうな反応に俺はラーメンの人を惹き付ける魅力を感じ取る。俺は三人の動きを真似、箸を同じく扱い麺をつかみ取る。
「……いただきます」
なんだか神妙な心持で口に運んだ麺の、その美味さに驚く。成程、確かにうまい。あれ程人が並ぶわけだ。
それからは特に会話もなく、皆ラーメンを無言で堪能する。初めての味に、俺はなんだか世界が広がったような感覚を得る。
全員が食べ終わったのを確認してから、揃って店を出る。満腹感と美味いものを食べた幸福感が身体に訪れた。
「で、先輩どうだった?初ラーメン、満足できた?」
後ろから近付いてきた虎杖君がそう訊ねてくる。俺は食べた感想を正直に伝える。
「美味かった……想像よりも」
それを伝えると、虎杖君は二ッと笑い、言葉を続けた。
「じゃあ、良かった!」
虎杖君がそう言うと、今度は釘崎ちゃんが後ろからやって来て、俺の隣を追い抜く。
「よし!じゃあ次は買い物、ショッピングよ!まだまだ時間はあるんだし、付き合ってもらうわよ」
俺たちの顔を見渡して、釘崎ちゃんはそう言った。えー、と嫌そうな声を上げる虎杖君だが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「まだ、長そうですね」
「……そうだな」
後ろからそう語りかけてくる恵も、表情にこそ出さないが、雰囲気が柔らかだった。
釘崎ちゃん、虎杖君、恵と、俺の前を歩いて進んでいく。その景色が何だか、何よりも美しいような気がした。
「ほら!置いてくわよー!」「せんぱーい!早くー!」
遠くから呼びかけてくる二人の声に、俺は手を挙げ、その場を歩き出す。
「今行くよ」
呪術師なんて、明日もあるか分からない立場だ。それでも。
それでもこの日々が出来るだけ長く続けばいいな、と俺は思った。