世界が待ってる この一瞬を(絶望) 作:リョオオオオイキテンカァァァ!!
「俺は先輩風吹かすのが大好きなんだよ。だから君にこうやって教えてるのも趣味の一環」
何時だったか、何の会話の弾みだったかは覚えていないが、その言葉が妙に頭に残っていた。
虎杖悠仁と言う少年にとって、呪術界は新鮮で、未知であった。特級呪物である宿儺の指への耐性、そんな特異な体質を持つ虎杖は都立呪術高専に特殊な入学を果たした。
初めて知った呪力や呪霊の存在、それから出会った、伏黒恵や釘崎野薔薇と言う同期の仲間。
少年院での事件が初めての顔合わせとなった黒鉦結と言う人間は、虎杖にとって初めて出会った呪術界における先輩であった。
その日の出来事は、嫌でも忘れる事は出来ない。虎杖にとって、己の不甲斐なさを呪う事となる一つの分岐点であった。
宿儺に肉体の制御を乗っ取られ、あわや先輩と仲間を殺す事になりかけた。
それから虎杖は蘇り、吉野順平との出会い、それから里桜高校での事件を経て、京都校との交流会にて再び釘崎、伏黒、結の三名と再開する事となる。
文句や不満の一つでも言われるかと思ったが、彼等は驚くほどあっさりと自分を受け入れくれた。
殺されかけたこと等無かったかのように、当たり前のように接してくれた。虎杖にとってその事実が何よりも有難い拠り所となっていた。
その中でも結とは、現れた特級呪霊を退けるため、肩を並べて戦いもした。
「あ!黒鉦先輩!」
「ん?なんだ虎杖君」
授業や特訓、任務を行っていく中、虎杖は結と顔を合わせる機会も多かった。少年院での出来事と、交流会での活躍もあってか、結は一年の任務に監督役として同行する機会も多く、それも要因の一つだったのだろう。
「呪力は感情が大きく影響する。任務の最中、動揺することがあっても落ち着いて、心は熱く、頭は冷静でいること」
呪術に関して日の浅い虎杖は任務や特訓の中、結に尋ねたり、助言を求める機会が多かった。結は嫌な顔をせず、その一つ一つに答えていった。
そんな日々が続く中、気付くと虎杖にとって結とは、伏黒、釘崎にも並ぶ大事な
「結界術に関してかぁ……俺も得意じゃないんだけど、言える事としては……」
黒鉦結は、虎杖にとって道標でもあった。まだ経験の浅い自分の先を歩いて、道を教えてくれる助言者。
そんな大事な仲間の一人の先輩が、血を流して地面に倒れていた。
出血は、見たところ二箇所、頭と腹からだった。どくどくと今も血を流し、虚ろな光の無い瞳は焦点が合わず、天井を見つめていた。
「はぁっ……!はぁっ……クソ!死にかけが!余分な事しやがって!……だが、これでおしまいだ!」
肩から胸にかけ、大きな切り傷を負う全身縫い目の呪霊、真人は吐き捨てるようにそう言って息を整える。
虎杖は、呆然とその光景を見つめる。肩で息をする
頭に過ったのは、声だった。高専内で、伏黒と釘崎と虎杖が話し合う中、一歩退いた地点で微笑み、談笑に加わる結の声。
虎杖は、一心不乱に領域の外殻を殴りつけた事で血が流れている拳を握りしめ、声を上げる。
「……オマエは、なんなんだ!!真人!!」
「デケェ声出さなくても聞こえてるよ!!虎杖悠仁!!」
拳に怒りや後悔、呪力を乗せる。地面を踏みしめ、遠くの真人を殴りつけるため、その場を駆け出した。
目の前で仲間を殺され、怒りに身を焦がしながら、こちらに向かってくる虎杖。真人はその滑稽な様子に笑み浮かべながらも、思案していた。
(領域展開の直後で術式が思うように使えない!
今も真っすぐに殺意をぶつけ、こちらへと迫って来る虎杖を眺め、やがて真人は思いつく。
真人は自身の足元で伏せる身体に手を伸ばすと、身体を捩じり、遠心力を利用して虎杖へと投げつけた。
「ほら!大事な仲間なんだろ!」
虎杖へと真っすぐに投げつけられた結の体。
敵は手負いで、今は傷を治せない。攻めるなら今だ。
だから、虎杖にとっての最適解は、目の前に迫る、投げつけられたソレを無視し、真人へと迫ること。
理解はしていた。合理的な視点も持ち合わせていた。だがしかし、その決断を出来る程の非情さを、虎杖悠仁は持っていなかった。
「っ!!」
思わず足を止め、飛んでくる結の体を受け止める。一瞬その顔を覗くが、だらりと垂れ下がる頭に宿る瞳には、生の光が灯っていなかった。
虎杖は自身の唇を噛み締め、抱える結を地面へとゆっくり降ろす。
真人はその様子を見ながら、ゆっくりと体を修復させていた。領域展開後、焼ききれた術式は回復し、真人は腹の中からストックしていた改造人間を取り出す。
「『
改造人間同士の魂を無理矢理繋ぎ、その爆発的な質量の膨張を虎杖へと向け放つ。
肉隗と肉隗が重なり合い、増殖するようにして身体を伸ばし、開かれた口が虎杖を嚙み砕かんと迫る。虎杖は下顎と上顎を食い止めるように手で開いた状態の口を抑える。
「ばぁ!」
受け止めた改造人間に押し出されないよう踏ん張る虎杖、しかしその努力を嘲笑うかのように、改造人間の口内より現れた真人がその拳で虎杖の顔面を殴りつける。
改造人間の体内を移動した不意打ち、顔面にもろに一撃を喰らった虎杖の体は弾むように吹き飛ぶ。
それでも何とか受け身をし、立ち上がった虎杖の顔面には、血の滴る切り傷の跡があった。
「もっと踏ん張りがきけば、顔面を貫けたかな」
虎杖の顔面を殴った真人の拳、その拳は変形しており、手の甲の先に刃が伸びていた。
打撃と見せかけた刺撃。ボタボタと顔面から落ちる血液がその痛みを表していた。
「……どうしてオマエは、何度も……何人も!」
虎杖は目の前の呪霊がこれまで起こしてきた悲劇、その被害者たちの声を思い返す。
「人の命を弄ぶことができるんだ……!!」
虎杖のその言葉を受けた真人は、クスリと笑い声を漏らす。それから虎杖の熱意を馬鹿にするよう、言葉を返した。
「指折り数えて困り顔で殺せば満足か?次からそうするね♡」
真人は左腕を変形させ、パペット人形へ変える。そのモデルは明らかに、虎杖悠仁を煽る事を目的とした、虎杖の目の前で殺された黒鉦結であった。
「ペラッペラのオマエにはペラッペラの解答を授けよう。虎杖悠仁」
結の顔を象った人形へと変化させた右腕を、左手の人差し指で貫く。人形の頭から血が噴き出し、その目は虚ろなものへと変わる。
「オマエは俺だ」
「あ゛?」
そのふざけた茶番と台詞に、虎杖は怒りの声を漏らす。
真人は変わらず人を馬鹿にした笑みを浮かべながら、言葉を返す。
「いちいちキレんなよ、呪いの戯言だろ?……だがな、そいつを認めない限り、オマエも俺に勝てないよ」
「ペラペラと、よく喋るな。遺言か?」
その言葉を合図に、両者の
虎杖はここに来て自身の怒りを理解した。怒りの炎を燃やしたまま、その言葉を思い出す。
(心は熱く、頭は冷静に……思い出せ、俺は呪術師だ)
怒りを呪力に変え、全身に巡らせる。観察しろ、相手が動きを見せたその瞬間を、見逃すな。
虎杖は自身に言い聞かせ、戦闘態勢を取る。同じく拳を構えた真人と、にらみ合うようにして間合いを測る。
一秒、二秒、三秒。いつどちらが動いてもおかしくない距離感、静かな緊張が走る。それは嵐の前の静けさの様な沈黙、やがてその沈黙を破ったのは……。
真人からであった。変形はしない、あくまで原型の最高硬度の状態。虎杖の心臓目掛けて放たれた拳は素早く迫り……
その拳は空を切った。
限界まで真人の動きを見極めた虎杖が寸前、真人の前より姿を消す。
膝を抜き、高速での真人の足元への移動。加えて虎杖は膝抜きの際、股関節から肩へと抜いていき、その速度は倒れるよりも速くなっていた。
高速での移動で加速した身体の動きは、やがて力となる。
低い姿勢から両手を地面に、浮かぶ足から繰り出される蹴りは躰道の卍蹴り。
その蹴りは真人の顔面へと浴びせられ、真人は何の防御もなしに攻撃を直に喰らう。
打撃により硬直した身体へ、更に連撃を加える。体の芯を捉えた前蹴り、再び攻撃を喰らった真人は勢いをそのまま、後ろへと飛び退く。
そのまま、何もせず攻撃を受け続ける真人ではなかった。飛び退くと同時に、左腕を変形させ、茨の腕を鞭の様に振り上げる。
地面が抉れ、その腕は虎杖の顔面スレスレを横切る。
「いいね、続けよう……ラウンド2だ……!!」
真人は変化した左腕をそのままに、今度は横なぎで振るう。体を自在に変化させられること、真人の武器にして留意すべき脅威であった。
それから真人は駅構内、無差別に攻撃を開始する。上がった動きのテンポに、広範囲への攻撃。
虎杖は駅地下内の移動を開始する。広範囲攻撃持ちの相手に、その場に留まるのは不利と判断した。
空間を立体的に、駅内の設備を飛び越えるようにして移動する。当然虎杖を狙う真人はそれを追いかけ、攻撃を続ける。
先程までは茨鞭の形をしていた左腕を続けて変化、今度は腕を円柱にくりぬき、その内部に圧縮サイズの改造人間を装填する。
駅内を縦横無尽に動き回る虎杖へ狙いを定め、装填した改造人間を撃ち出す。当然、真人の動きを見定めていた虎杖は改造人間を躱す。
だが真人が真に狙ったのは射出した改造人間の変形だった。柱へと着弾した改造人間は変形し、三叉の槍となり、その槍先が虎杖に迫る。
これも、跳ぶようにして躱す。悉くを回避し続ける虎杖に対し、真人は攻撃を続ける姿勢を崩さない。回避したことで崩れた姿勢に、腹から伸ばした巨大な腕をぶつける。
眼前に迫った自身の頭より大きなサイズの拳を、寸前で躱す。そして今度は反撃へと移る。
真人は自身の体の一部を延長させ、攻撃をしてくる。だが延長した一部であっても身体は身体、魂の形を理解する虎杖が攻撃を加えれば、魂へと響きダメージとなる。
虎杖は伸びてきた腕を両手で掴むと地面へと叩きつけようとする。
「!!」
掴んだ腕は、想像以上にあっさりと、
「ヤバッ!!」
(今の感覚……自切か!)
そして真人もまた、虎杖悠仁という脅威を正しく認識していた。虎杖の拳は、魂に響く。だからこそ、その攻撃には最大限警戒を行い、殴られる寸前で自ら肉体を切り離すリスクヘッジを行う。
自切し、切り離した腕を遠隔で操り、自身の体に吸収し、魂の修復を行う。
「怖い怖い」
(リスクの冒し所をトチると死ぬな。しばらくは改造人間主体で攻めるか……それに、そっちのが虎杖には効果的だ)
真人は自身の体内に存在する改造人間の数を確認すると、次の手を考え、その場を駆け出す。
今度は互いの役が入れ替わり、真人が逃げ、虎杖がそれを追う形となる。
真人は曲がり角を進み、虎杖の視界から姿を消した。不意打ちの可能性を警戒しつつ、追うようにして曲がり角を曲がると、そこには二人の人影、一般人が居た。
「
「おい!コッチ来いよ!そっち化け物だらけで危ねぇぞ!」
術師どころか、呪いすら理解していない一般人を前に、虎杖の思考は切り替わる。
辺りを見ても、真人の姿はない。道の先に階段が見える、恐らく真人は階段を上がった向こう。
(
さっさと追いかけて
「ゴメン、今渋谷に安全な所はないから、できるだけ__」
二人の間を進むように歩き、避難勧告の言葉を並べる虎杖。そしてその目が離れた瞬間、男の内一人の口が大きく開かれ、その口内から拳が現れ、虎杖へと向かって放たれる。
意識が戦闘中のものと切り替わっていた虎杖は躱すことも出来ず、防御もなしに顔面で受ける。
(クソ……!コイツ!)
手まで伸び出た次は体、次に頭、最後に足と、まるで着ぐるみでも脱ぎ捨てるかのように一般男性を改造し、その全身を露わにする真人。
「ちょっとさぁ」
「え」
真人はもう一人の男へと手を伸ばし、掌で触れると、その形を変形させる。
「想像力足りてないんじゃない?」
片手サイズの剣へと変形させた真人は、即席の得物を虎杖へと向ける。
「やめろ!!」
先程まで生きていた、何も知らない一般人を異形へと変え、利用する真人に虎杖の怒りは再燃する。
そして真人は、そんな虎杖の無力を嘲笑うように口を開く。
「馬鹿か?それはオマエ次第だろ」
その言葉に、虎杖は再び自身の足に力を込め、その場を飛び出すように駆ける。
真人は剣型の改造人間を振るい、
突き上げる様にして振るった拳が、真人の顔面まで迫る。真人は手にした改造人間の剣で、それを受け止めようと試みる。
だが虎杖の膂力は改造人間ごと砕き、真人を宙に浮かせる。浮いた体に向け、呪力を篭めた拳を振るう。
風を切る虎杖の拳は真人の胸の前まで迫るが、それよりも早く真人が術式を開放する。
「『
虎杖に打ち上げられると同時にストックの改造人間を三体、宙へと吐き出していた。それらの改造人間を一つに融合させ、極限まで圧縮した後、解放と共に分裂を繰り返させる。
結果、質量の爆発と共に全方位へと撃ち出された細かな肉片は、呪力強化の出来ない人間や物体にとっては破片手榴弾と変わらないものとなる。
指向性を分散させ、広範囲への攻撃を目的とした『撒体』の威力は『撥体』よりも低い。
だが、低いと言っても無視できる程の威力ではない。虎杖は全身を呪力で覆い、防御に徹する。
対する真人は身体に穴を空けながらも、魂の形を保つことで再生をしながら、階段を上ってその場を離れる。
「ッ……!」
足止め用の攻撃、虎杖は動けない事に歯がゆい思いをしながら、攻撃が止むのを待ち続ける。
(さて、改造人間主体で攻めるのはいいけど、
真人は上の階へとやって来ると同時に辺りを見渡す。そこには自分の姿を認識する者、しない者など、数名の人間が残っていた。
真人は腕を針の様に尖らせ、真っすぐに伸ばすとその階に居る人間を串刺しにしていく。
(もうちょい陀艮に人間残してもらえば良かったかな……)
真人は渋谷での戦いが本格化する前、人間を大量に陀艮に食ってもらった事を思い出す。
「ま、十分か」
だがそれでも十分、虎杖を殺すには十分な量のストックはあると結論付ける。真人は串刺しにした人間をまとめて階段に向けて投げ飛ばす。
それは遅れて追ってきた虎杖を狙った攻撃だった。救うべき一般人を盾にした攻撃、下手に危害を加えることは出来ない。
「クッソ……!」
虎杖悠仁という人間の弱点を理解しての行動だ、それが虎杖自身にも理解が出来るからこそ、より一層腹立たしい。
それでも虎杖には、見捨てるという選択は取れなかった。
「大丈夫か!?」
「うぅ……」
自分へとぶつけられた一般人を受け止めるとその安否を尋ねる。声を掛けられた一般人は俯いていた顔を上げ、虎杖の方向へと振り向くと口を開いた。
「うん!」
しかしその人間は既に真人に触れられた後、つまりもう、人としての魂の形を保っていなかった。
風船のように膨らんだ頭はやがて破裂し、飛び散る体液が虎杖の目元へと向かい、視界を奪う。
(しまっ__)
虎杖の身に訪れたその隙を、真人は見逃さなかった。死角である背後から迫った真人は右腕を棘付きこん棒の様に変化させ、虎杖の後頭部へと振り下ろし__
「なっ……!」
虎杖の頭を砕くより早く、真人の身体を貫く呪力。魂を捉えたその攻撃は、真人の動きを停止させた。
「……釘崎!?」
一瞬の呪力の起こり、そこに虎杖は、確かに仲間の形跡を感じ取った。
理屈は分からない、どうして釘崎の攻撃が今この場にいる真人に響くのか、唐突に訪れたその事象を説明する言葉を、虎杖は持っていなかった。
だが、それだけで十分だった。
硬直する真人の身体を掴み、柱へと投げつける。
(釘崎……!ありがとう!)
虎杖は先程までとは違う、晴れた心で仲間へと感謝を告げ、その拳を叩き込む。
(俺には誰も救えなかった。皆の苦労も台無しにしてしまった……それでも!)
鋭い殴打の連続が真人の身体を襲う。打つたびに、鋭さが増し、拳を引くたびに、加速していく。
(俺は独りじゃないと、そう思わせてくれて……だから!)
拳に乗せる呪力を、更に鋭利に。相手に動く余裕を残させない、全身へと加えられる攻撃の連鎖。
(オマエはここで殺す!!)
渾身の呪力を乗せた一撃を、真人の腹へと叩き込む。しかし拳が届く寸前、真人の身体が音を立てて割れる。
それは虎杖の攻撃によって砕けた、というよりは自切に近い、攻撃を回避するための分裂だった。
虎杖は周囲を見回す、確認できる分裂体の数は六体。この内一体には魂が宿る本体が存在していて、そこを叩けば致命傷を与える事が出来る。
慎重に、かつ迅速に攻撃対象を選ぶ。そんな虎杖の目に、呪力反応の大きい分裂体が目に入る。
見つけると同時に虎杖は走り出していた。その分裂体に近づくと、虎杖は滑り込むように蹴りを叩き込む。
破裂する身体と散る体液、あっさりと消失していく呪力反応。虎杖はその手応えの無さに気づく、今倒した個体は本体でないと。
「ひっかかった!」
そう言いながら、真人は分裂体同士を合体させ、原形のサイズへと戻る。
敢えて分身体の呪力を大きく見せる事で虎杖を釣ったのだ。まんまと真人の策に落ちた虎杖は舌打ちと共に真人の後を追う。
曲がり角を曲がったそこは、縦に長い地下通路だった。虎杖の先を走る真人、その向こうにもう一人、人影が見えた。
黒い布に身を包み、顔に大きな縫い目をつけるその姿は間違いなく、真人であった。
(真人が二人!?分身を作って別行動していた!一つに戻ってダメージを修復するつもりか!)
虎杖はそこでは初めて、真人が分身を作っていた事を認知する。理由は不明だが、真人は分身を作って行動しており、その分身と今、合流をしようとしているのだと考えた。
二人の真人は互いに通路を進み、やがて向かい合う距離感まで近づき__
互いに横を通り過ぎた。
(すれ違った!?なんで……)
てっきり回復手段として分身と合流しようとしているのだろうと考えていた虎杖は困惑する。
そして次の瞬間、真意を知った虎杖の表情は固まり、その目は一点を見つめる。
「虎杖……?」
分身の真人を追うようにして道の向こうからやって来たのは虎杖の同級生にして呪術師の一人、釘崎野薔薇であった。
まだ状況を正しく理解していなかったのか、虎杖の存在に驚き、その名を口にする。
釘崎の視界、本体の真人が死角となり、分身は確認できない。真人が分身と合流したのは、回復のためではない。
この状況をつくりだす事。釘崎の方へと駆け寄る真人はその掌に呪力を集中させる。
「逃げろ!釘崎!!」
願うような、祈るような、縋るような声が、喉から飛び出した。
虎杖は急げと、真人を止めろと自分自身に言い聞かせる。だが唐突に自身の足が加速することもなく、非情な事に、真人の掌は釘崎の顔面へと伸びる。
バチンッ、と掌が釘崎の頬を叩く音が響く。触れたのだ、掌で、『無為転変』の術式を持つ真人が。
「ハハッ!モロじゃん!」
分身が嘲笑うような言葉を釘崎に向け放つ。
「邪魔だ!!」
自分の前を遮る分身を殴りつけ、壁にたたきつける。今虎杖にとって大事なのはただ一つ、釘崎の容態だった。
「釘崎!!」
まだ、釘崎の身体に変化はない。釘崎は触れられた顔の左部分に手を当て、宙を見つめていた。
やがてその手を降ろし、何かを察した釘崎は近づいてくる虎杖に向けて口を開く。
「虎杖、皆に伝えて」
いつもの様に、自信のある、ブレない自分の笑みを浮かべて、釘崎は言葉を遺す。
「悪くなかった!」
言葉と同時に、釘崎の顔に変化が訪れる。それは肌が爛れ、その一部が膨張していくその最中だった。
体の急激な変化に耐えることが出来ず、眼球が飛び出す。それと同時に、弾ける様に身体が後ろに倒れていく。
虎杖には、その光景がゆっくりと映った。
まるで時間が緩やかに過ぎていく様に、周りの景色がゆっくりと、変化していく。
なにかの、間違いなんじゃないか。そんな願いを一蹴するように、釘崎の身体は段々と、ゆっくり地面へと近づいていく。
虎杖の記憶に蘇ったのは、数分前、自分の目の前で領域へと飲み込まれていく、結の姿だった。
まるでこれが罰だと言わんばかりに、自分の無力さ、非力さを眼前に突きつけられる。
「釘崎……」
その名を呼ぶが、釘崎野薔薇は答えない。もう、彼の言葉に答えてくれる仲間は、過去の記憶の中だった。