世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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3話

 ただ足を動かす事だけに集中して前へ前へと進み続ける。本来ならそこまで入り組んでいないはずの少年院の内部は呪霊の生得領域によって歪められており、既に何度も曲がり角を曲がり、継ぎ接ぎになった地面を飛び越えていた。

 

 「はぁっ……はぁ……はっ……!」

 

 二分程度は走っただろうか。左足の負傷を庇いながらの走行だから神経が擦り減るし、体力の消費も激しい。恵の玉犬だけが帰り道を辿るための綱だったため、出口の場所は分からない。それでもとにかく遠くに離れるため走り続ける。

 

 それが、彼から託された願い(呪い)だった。

 

 

______________

 

  

 

 「逃げてくれ」

 

 虎杖君の眼が俺を真っ直ぐ貫いた。血や土埃などで汚れ、滲んだその表情で、彼が何を思ったか。恐怖だろうか、不安か、それとも自分をこんな境遇に追い込んだ全てに対する怒りか。

 

 俺には到底分かりそうに無かった。

 

 「……何言ってんだよ。宿儺ってそんなのに代わったところで意味なんて……」

 

 言いながら、理解してしまった。呪術師としての俺が、冷酷にも判断を下し、囁く。

 

 虎杖君(負傷者)を囮にした方が生存確率が高い。見てみろ、今のあいつの出血を、もうまともに逃げる余力も残ってないぞ。第一さっきの戦いを見ただろう?あいつはまともな呪いに関する知識も無い。そんなやつのために俺が死ぬのか?冗談だろう?もうあんな痛みは御免だろう?死ぬ度にあの全身を裂かれる様な痛みが、身体中の骨が折れるあの音が、お前の体を襲ったはずだ。それにいくら死なないと言っても、さっきの場面、あいつが来てくれなければお前は詰んでいた。わかるか?お前は不死なんかじゃない、延々と死を繰り返すだけの……

 

 黙ってろ。俺は脳内に溢れ出でくる生存欲求に蓋をして、真っ直ぐに彼の姿を見る。高校一年生だそうだ。仙台からやって来た、一般の家庭からの出身。価値の高い術式を持っている訳でも無ければ、呪術の才能がある訳でもない。不運な事故にあった、1人の……非術師だったはずだ。

 

 そんな人間を見殺しにして呪術師である俺が生き残る?そんな不条理が許されるのだろうか。

 

 「先輩」

 

 俺が否定の言葉を発そうと口を開くと、俺が話すより先に虎杖君の声が聞こえた。

 

 「俺、甘えてた。自分は強いって、無意識に自由に選べるってそう思ってた。けど、違った。俺は弱い。こんな状況になって自由を通せるほどの力が無くて、自分の……死に場所も選べないんだって」

 

 その言葉にが妙に重くのしかかった。脳裏に浮かんだのは同僚や先輩たちの死に顔と、先ほどから何度も経験した俺自身の死だった。言葉を出そうとしても、なんだか喉の奥が渇いたみたいに声が出なかった。

 

  「だったらせめて、死ぬ理由くらい選ばせてくれ……先輩」

 

 虎杖君はそう言って一度大きく深呼吸をした。それから覚悟を決めた様に真っ直ぐに呪霊の方を見つめて言った。

 

 「俺の死ぬ理由(エゴ)のために生きてくれ」

 

 その言葉と同時に虎杖君は力強く地面を踏みしめ、呪霊の方へと飛びかかった。

 

 「いたどっ……!!」

 

 バシャリ、肉の削げる音と共にナニカが地面に落ちた。それは呪霊に飛びかかった虎杖君と、いつの間にか虎杖君の方へと振り向き、攻撃を終えた呪霊との間に落ちた、彼の……手だった。

 

 「っ!!!……早く!!!」

 

 痛みを堪え急かすような大声が、虎杖君の口から発せられる。手を切り落とされたのだ。あぁ、さぞ痛いのだろう。俺はその痛みをよく知っていた。

 

 呪言でも無いのに、俺はその声に動かされるように、気づくとその場を走り去っていた。

 

 理解したのだ。今が唯一のチャンスだと。この場を全部虎杖君に放り投げ、自分だけが生き残るための。

 

 最低だなと、何度も自分を責める言葉を反芻しながら、俺はとにかく遠くへと足を動かした。

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

──アオォォォォォン………

 

 犬の遠吠えのが遠くから、しかし確かに耳に届いた。それと同時に俺は一切止めなかった足を止めて天井を見上げた。

 

 『……分かりました。釘崎連れて、外でたら玉犬で合図出します。そしたら直ぐ逃げて下さい』

 

 数分前、別れる寸前の恵の言葉を思い出し、俺は思わず声を漏らした。

 

 「恵……」

 

 無事脱出したのか、と安堵の息が漏れた。こうなれば後は俺が逃げるだけだ。虎杖君が……死んだとは考えたく無いが、両面宿儺に身体を渡している事を報告しなければ。最悪なケース、彼が身体の操作権を取り戻せなくて史上最恐の術師が暴れる可能性がある。

 

 とにかく上に、いや、五条先生に報告するのが先決だろう。

 

 俺はそう思い、その場から走り出そうと足を踏み上げた。

 

 一歩、上げた足を地面に着けた瞬間。景色が変わった。歪みに歪み、曲がりに曲がった少年院の景色がいたって普通の少年院のものに変貌していく。

 

 二歩、その異変に気づいた。

 

 三歩、足を止めようとした時だった。

 

 「貴様、黒鉦(くろがね)を名乗った小僧だな?」

 

 地をも揺るがせそうなその声が、俺の真横から聞こえた。

 

 「……!?」

 

 異変に気づいた俺は横にいるその存在を確認しようと振り向こうと、向こうと、向こうとして……やがて何も出来ずに足だけをその場に止めて全身を硬直させた。

 

 恐怖で体が震える、と言う経験は片手じゃ数え切れない程体験した事だった。しかし、これはそれらとは一線を画すもの、恐怖で体が動かなくなる。まるで天敵を前にした小動物の様に、俺の体は一切の動きを封じられた。

 

 身体が悲鳴を上げた。それは疲れや傷口からの痛みからでは無い。先程の特級とは比べ物にならない程の質と量をもった呪力、存在感とも言い換えることが出来る膨大な呪力(それ)に対して身体が上げる悲鳴だった。

 

 「おい。返事をしろ。この身体()の小僧が帰ってくる前にさっさと答えろ」

 

 圧倒的な存在感を持つ史上最強の術師。書物や伝聞でのみ聞かされたその表現が誇張では無かったのだと、俺は今気づいた。

 

 「そ、そう……だ」

 

 俺はゆっくりと、ガラス細工を扱うのと同様に全身の神経をフルに稼働させながら声の主の方へと首を動かし、それから口を開いた。

 

 全身を覆う目を凝らさなくても見える呪力の塊。逆毛立つ様にかき上げられたその髪の色は見覚えのある、赤い髪色だった。

 

 さっきまで目に焼き付いていたその姿がまるで別物の様だった。髪色、身体つき、その全貌。どれをとっても虎杖悠仁そのものだと言うのに。どう見てもその姿と重ならなかった。

 

 安心感を覚えさせるその笑顔や溌剌な印象を受ける彼独自の雰囲気は抜け落ち、触れた者全てを傷付け、滅する、そう言った雰囲気へと変貌していた。

 

顔に浮かぶ奇妙で禍々しい紋様が俺に告げていた。こいつが、虎杖君に受肉した両面宿儺である、と。

 

 「フン……お前が、か?」

 

 瞬間、宿儺の背後から伸び出るようにして呪力が噴き出る。そしてそれは俺に向けられてるようで、比喩ではなく、確かに喉元に死が迫っている事を実感した。

 

 全身から水分が抜けたように、声が出なかった。出そうとしても、それは声にもならない空気として漏れ出るようで、俺は静かに頷くことしか出来なかった。

 

 俺のその頷きを肯定と受け取ったのか、宿儺は心底つまらなそうに顔を歪ませて口を開いた。

 

 「貴様が黒鉦の末裔(ばつえい)だと言うのか?……随分つまらん置土産になったものだな」

 

 何を言っているのか意味が分からなかった。それどころか、疑問が湧いて出る様だった。何故、目の前の推定一千年以上前の人物である両面宿儺が俺の姓名に興味を示しているのか。

 

 しかしそんな疑問を問いただすような余裕は俺には無かった。ただその場を凌ぐように、降りかかる圧から耐え忍ぶように身体を硬直させる事しか出来なかった。

 

 「術式は何だ。本当に『枷縛(かばく)呪法』か?」

 

 言葉一つ一つに圧が掛かる様だった。宿儺の口から発せられたのは俺が使用する術式の名であった。

 

 「ぁ、あぁ……そう、だ」

 

 情けない声で返事をする。今にも枯れ折れるのでは無いかと自分で危惧してしまう程弱い声だった。

 

 「ならば何故あの特級呪霊()()()()()使()()()()。何故使い勝手の悪い()()()()ばかりを扱う?」

 

 宿儺は心底疑問だと言うようにそう発言した。俺はその言葉に答える事が出来ず、疑問に声を上げた。

 

 「は?……どう、いう……」

 

 俺がそう答えると宿儺は舌打ちを漏らした。

 

 「チッ、もう良い。要領を得んな。このまま貴様が野垂れ死ぬ様を小僧()の中から眺めるとする」

 

 そう言うや否や、宿儺は俺に背を向け、スタスタと歩き廊下の先へと進んでいく。

 

 「おい!小僧!もう用は済んだ!不愉快だ、代わるのならさっさと代われ!」

 

 天に向かって叫ぶように宿儺がそう言う。どうやら虎杖君が宿儺の器であると言う話は本当らしい。

 

 しかし、どう言う訳か少し待っても虎杖君の身体を纏う異質な呪力の流れは途絶えない。宿儺の状態のまま不気味な沈黙が続いた。

 

 「小僧……?」

 

 そしてそんな状態に違和感を覚えたのか、虎杖君の身体は宿儺が支配している状態のまま、そうポツリと呟いた。

 

 そしてその刹那、俺の廊下の先に立っていたはずの宿儺が俺の目の前へと移動していた。

 

 「……っ!!」

 

 「事情が変わった。今から貴様を、黒鉦の遺した秘策とやらを測る事にした」

 

 顔に浮かぶのは嗜虐性を含んだ笑み。話を続ける宿儺の顔に虎杖君の面影が戻る様子は無い。

 

 虎杖悠仁は千年来の宿儺の毒性に耐えうる器と言う話では無いのか。彼自身も内に眠る宿儺を御せると発言していたはずだ。

 

 「どう言う、事……」

 

 「何、そう焦るな。俺は今機嫌が良い、話をしよう」

 

 スタスタと俺の周りを歩きながら機嫌が良さそうに話す。そんな宿儺と対照的に俺は()()な予想が当たってしまったのかと冷や汗を流しその場に立ち止まる。

 

 「何の縛りもなく俺を利用したツケだな。俺と代わるのに少々手こずっている様だ」

 

 そこまで話して、宿儺は俺の正面に立ち止まった。それから自身の手で自身の身体を包む制服の胸元を掴み千切り破った。

 

 「何を……?」

 

 「しかしまぁ、それも時間の問題だろう。俺に今出来ることを考えた」

 

 そうして俺の疑問の声を通り越すように言葉を続けた後、宿儺の腕は制服の消えた自身の胸元へと向かった。

 

 そしてその腕が、鈍く鋭い音と同時に身体を貫き通した。

 

 「なっ!?」

 

 俺が驚き、驚嘆の声を上げると、その様子を見た宿儺がニヤリと口角を上げた。それから宿儺の手には胸から出た大量の血と共に取り出された心臓が握られていた。

 

 「虎杖(こぞう)を人質にする」

 

 そう言い放った手に持つ心臓(ソレ)を地面に向けて投げ捨て、地面と衝突した心臓はぐちゃりと音を立てて姿を変える。

 

 「俺は心臓(コレ)なしでも生きていられるが、小僧はそうもいかん。俺と代わることは死を意味する。更に」

 

 宿儺はそう言って懐から人体の指らしきものを取り出した。摘まれる様にして取り出されたソレは持ち主同様、禍々しい呪力を纏っていた。

 

 近年になって封印の劣化によって危険度の高い呪霊を呼び込む危険因子と判断され、全国に渡って呪術師による回収が命じられているソレは両面宿儺が有する20本の指の内の1つ。

 

 「ダメ押しだ」

 

 特級呪物に指定されたソレを俺の目の前に現れた張本人が飲み込んだ。

 

 空気にヒビが入っていく様だった。割れるようにして廊下の空気が一変していくのを感じる。それは爆発的な呪力の増加によって空気が歪んでいく感覚であった。

 

 「さてと、晴れて自由の身だ。これで必要な時間は得た。後は貴様を」

 

 ぞり、と地面と靴の擦れる音。少しの距離を空けてこちらを向いた状態の宿儺と相見える形となった。

 

 「殺す。死ぬなとは言わん、せめて面白い物の一つでも見せろ」

 

 「…………」

 

 先程呪霊と対峙した時と比べて何一つ俺に向けられる殺意は無かった。それは道端の雑草を踏み潰す時に何の感慨が湧かないのと同じ様に、目の前の存在が脅威の対象となり得ない故の敵意の無さであった。

 

 俺は言葉の一つを話す余裕すら無く、静かに冷や汗を流して出来るだけ何時でも動けるよう身構え、それから絞り出す様にして声を出した。

 

 「……虎杖君は、お前を押さえ付ける器の素質があるって、そう言う話じゃ無かったのか?」

 

 出来るだけ平静を装って、早鳴る心臓を抑えて話しかける。今の俺が呪いの王とまで謳われた両面宿儺と戦闘になって勝てる確率なんて無に等しいだろう。

 

 五条先生(あの人)の話通りなら今取り込んだので3本目、全体の5分1にも満たない本数と呪力だ。加えて今は心臓の喪失により全体的な能力は下がっているはずだ。理論上で考えれば、今の宿儺は自分のポテンシャルを全くもって使いこなせない身体だと考えられる。

 

 だが、それでも尚勝てない。そう思わせるだけの実力差と格の差が存在している事を今目の前で悠然と立ちはだかる宿儺本人の姿が語っていた。

 

 ならば俺に出来る最善は、時間を稼ぐ事。事前に見せてもらった資料でも虎杖君は宿儺から身体の制御権(コントロール)を奪い取ったと書いてあった。恐らく今は先の戦闘でのダメージと取り込まれた指の影響で代わるのに()()()()()だけ。だからそれまでの時間を稼ぐ!

 

 「先も話した事だ。今しがた取り込んだ俺の一部が身体に馴染む負担もある。そう簡単に代われはしない」

 

 「そうか……その割には随分悠長な様子だけど、今の内に縛りか何かを虎杖君と結んだ方が良いんじゃないか?」

 

 知っている。知っている事実だ。だが、それを本人の口から述べさせる。1分1秒でも多くの時間を稼ぐ事が俺と周囲の人間の生存につながる。

 

 「……そうか。成程な、いかにも雑草(じゃくしゃ)の考えそうな事だ」

 

 少しの間考えるようにして手を顎に当てた後、宿儺はニヤリと再び嗜虐的な笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

 「断言する。(こぞう)に自死する度胸はない。時間を稼ぐつもりなら諦めろ」

 

 「……っどう言う、意味だ」

 

 俺は顔が動揺で歪みそうになるのを何とか堪えて分からない体で言葉を返す。バレたのだ、俺の狙い(時間稼ぎ)は早くも宿儺に把握された様だ。

 

 「はぁ……言っただろ。貴様のつまらん意に乗るつもりは無い。これ以上長話に付き合う気もない」

 

 どうせ貴様は死ぬのだしな。そう言葉を締めた宿儺は退屈そうに欠伸をしてから再び口を開いた。

 

 「来るのなら早くしろ。これ以上待ってられん」

 

 「ま、待て!そもそも俺が黒鉦の家の人間である事と両面宿儺(お前)との間に何の関係が──」

 

 そこまで話した時点で俺は気付く。宿儺の姿が無い。いや、正確に言えば消えたのでは無い、瞬きの間に位置を変え、()()()()()ていたのだ。

 

 「(くど)い」

 

 その声が聞こえると同時に、俺の眼前には宿儺のものと思われる腕が横薙ぎに近付いていた。

 

 「──っ!?」

 

 反撃どころでは無い。瞬きする程度の一瞬の時間で数メートルの接近を行った上での攻撃だ。凄まじい加速のままに振るわれたその攻撃に俺の体躯は吹き飛ばされ、少年院の壁を破壊し外へと出た。

 

 そして勢いのまま地面へと叩きつけられ────視界が白む。意識が一瞬の間飛んだのを、意識が戻ってから理解した。頭を打ったのだろう。意識が戻ると俺は倒れている様で、目の前には見上げる様にして宿儺の姿があった。

 

 「この程度か?」

 

 そう言った宿儺の右足は既に上げられており、そのまま踏み潰される様にして降ろされる足は俺の目元まで近づき……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせ貴様は死ぬのだしな。そう言葉を締めた宿儺は退屈そうに欠伸をしてから再び口を開いた。

 

 俺は頭を襲う鈍い頭痛の様な衝撃を噛み締めながら意識を目の前に戻す。どうやら今回の復活地点(セーブポイント)はここからの様だ。

 

 「来るのなら早くしろ。これ以上待ってられん」

 

 もっとまともな地点からにしろよ……!退屈そうに話す宿儺の姿を見ながら、俺は心の中悪態をつく。攻撃の一歩手前の状況からではやれる事も少ない。まぁ、それでも前回の様な本当に攻撃を喰らう一歩手前よりはマシかもしれない。

 

 俺が何を言わないで立ち尽くしていると、その姿を見限った様に宿儺が大きくため息を吐く。

 

 「言っただろ、これ以上は──」

 

 来る!俺はこの先くる宿儺の攻撃に備えるべく意識を切り替え、両腕をいつでも防御に使える様構える。それから瞬き一つせず宿儺の姿を捉え続け──やがてその腕が眼前へと近づいていた。

 

 「待たん」

 

 「──っ!?」

 

 ギシッ。何とか攻撃を受けようと顔の前に構えた両腕から、骨の軋む音が確かに外音として聞こえた。

 

 何とか耐えようと両腕と両足に力と呪力を込め───やがて俺の両足が床を離れた。

 

 「がッ!?」

 

 そのまま勢い任せに振るわれた宿儺の攻撃に弾き飛ばされるように俺は少年院の壁へと激突し、やがて外へと出た。単純な話、膂力(パワー)が違いすぎる。圧倒的な呪力と敏捷性(アジリティ)によって振るわれる攻撃を俺の呪力強化した防御で防げる道理が無かった。

 

 身体が風を切ってやがて─────意識が白む。また同じ光景だ。意識を戻し、目の前には宿儺の振り上げた足が迫っていた。

 

 「この程度か?」

 

 振り下ろされる足の攻撃を避けようと身体を動かそうとするが、上手い事動かない。頭を打ちつけた衝撃からかまだ全身が麻痺している様だった。やがて迫ってくるその足に俺の頭は踏み潰されて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせ貴様は死ぬのだしな。そう言葉を締めた宿儺は退屈そうに欠伸をしてから再び口を開いた。

 

 俺は再び頭を襲う激しい鈍痛を堪えるよう右手で頭を押さえる。当然時間が戻っているからか実際に痛みが生じてる訳では無いが、どうしても先程まであったはずの衝撃が身体から離脱しきらない。

 

 「来るのなら早くしろ。これ以上待ってられん」

 

 しかし痛みに悶えてる時間は無い。無慈悲な声が俺の正面から発せられる。

 

 俺は意識をさっさと切り替える。今はどうあの攻撃を凌ぐかだ。防ぐのでは無く躱すか?あの速度の攻撃を?いや、やるしかない。来る場所は分かっている。だったら全神経を回避に注ぐ。

 

 「言っただろ、これ以上は──」

 

 そこまで宿儺の口から言葉が発せられてから、俺は既に身体を動かす予備動作を始めた。

 

 「待たん」

 

 その声と同時に俺は膝を曲げ、身体を折り曲げる。廊下では横への回避は難しく容易に追撃を受ける、そのため前転を行い宿儺の腕を掻い潜る様に避ける。

 

 ズンッ!と音が響く。何かに宿儺の攻撃が当たったわけじゃ無い。空気を割く音だ。俺を標的にしていたその攻撃は宙へと舞ったのだ。

 

 スカしただけでこの音か、と俺は内心冷や汗をかきながら、素早く立ち上がり身体を宿儺の方へと向ける。

 

 「ほう、避けるか。それなりの速度で打ったのだがな」

 

 腕を振り抜いた状態で顔だけを此方に向け、ニヤリと余裕そうな表情で見てそう言った。

 

 俺は急いで攻撃を受ける為に構えを取る。さっきの攻撃は()()()()()()()避けれたのだ。次の初見の攻撃はこうも上手くいかない。

 

 ……っ!右腕!

 

 俺は僅かにブレた身体の動きから右腕からの攻撃を予知し、それを必死に避ける。今度は先ほどレベルの加速は無い。まだ何とか目で追える速度の攻撃だ。

 

 しかしそれも1発ではない。速度が落ちたのは体感を崩さない範囲で攻撃を行うためだ、つまりもう一撃、さらに一撃と追撃が来るはずだ。

 

 そしてその予想通り追撃が来る。左手右手左手、と俺の身体を多確度から打ち付けるように攻撃が加われる。それを全て避けて──

 

 「っ!!」

 

 右手──と見せかけて一撃はそのまま俺の身体に届く一歩手前で止められる。単純な誘導攻撃(フェイント)だ。しかし、これほどのスピードのかけ離れた相手の行うソレは通常の組み手とは一線を画す。その一手のミスが命取りになる。

 

 回り込む様にして死角から伸びてきた左手が俺肩へと伸ばされる。そのまま肩を掴まれ、俺の身動きは封じられる。

 

 「逃げてばかりじゃつまらん。もっと踠け」

 

 そのまま膝蹴りが俺の腹へと加えられる。ボキボキ、とあばらの一部が折れる気配を感じとる。

 

 「がはっ!!」

 

 血と唾液が吹き出す様にして口から溢れる。そのまま蹴り上げられた俺の身体は壁を突き破り少年院の外へ、今度は空中へと放り出される。

 

 風を肌で感じとる。宙に浮かされた事を理解すると同時に目の前に凄まじい速度で飛んできた宿儺が現れる。

 

 「ほら、次だ!」

 

 両手が振り下ろされる。俺は急いで掌印を結ぶ。

 

 「『掩蔽(えんぺい)』!!」

 

 言葉と共に術式が発動する。俺と振り下ろされる宿儺の両腕との間に鎖の防壁が生まれる。

 

 だが、それも無意味であった。

 

 バキバキバキバキ、とまるでガラスが砕けていくように『掩蔽』の鎖が砕かれていく。

 

 「ぐ!?」

 

 今まで自分の術式を過信したことは無かった。しかし、防御に特化させた『掩蔽』がこうも容易く破られる経験は初めてであった。

 

 勢い良く振り下ろされた宿儺の両腕によって俺は地面へと叩き落とされる。意識を術式に回していた為身体の呪力強化を怠っていた。重力を超える加速力で無防備な俺の身体が地面へとぶつかり、骨の砕ける音と同時に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「逃げてばかりじゃつまらん。もっと踠け」

 

 そのまま膝蹴りが俺の腹へと加えられる。ボキボキ、とあばらの一部が折れる気配を感じとる。

 

 「嘘だろっ!?」

 

 復活と同時に痛みが腹部を襲う。蹴られるシーンからの再生なんて最悪もいいところだ。防ぎようもない。そのまま俺の身体は吹き飛ばされ壁を貫き少年院の外の空へと投げ出される。

 

 「ほら、次だ!」

 

 そして目の前には楽しそうに顔を歪ませ、両手を振り上げている宿儺。俺は呪力を身体中に流し防御に努めると同時に掌印を組む。両腕に呪力を纏い、掌印を結んだ状態のままで攻撃を受ける。

 

 「『掩蔽(えんぺい)』!!」

 

 ドスン、と身体に大きな衝撃が来る。鎖による障壁は()()。『掩蔽』を発動し損ねた訳ではなく、()()()()()()()

 

 呪力で防御したとは言え、それ如きで防げないのは百も承知だった。故に今回は緩衝のために心血を注ぐ。

 

 身体が勢い良く落下していく感覚。そして、()()()()。本来なら叩きつけられ大きなダメージを受ける所、俺の身体を網の様にして展開された『掩蔽』の鎖が勢いを殺して受け止める。

 

 「……成功、したのか」

 

 俺は術式を解き地面へと着地する。周囲は木々に囲まれている。降りた地点は少年院付近の森林であるようだ。

 

 『掩蔽』の鎖を防御以外で使うのは今回が初だった。いや、『掩蔽』が通用しない相手自体が初めてであったため、苦し紛れの策として受け皿として使ってみた、と言うのが正しい表現だろう。

 

 「呪力で鎖を発生させ、防御や緩衝として扱う……成程、考えたものだな。術式を鎖へと拡張して、更にそれを防御用に拡張したか」

 

 ぞくり、と背筋に冷たいものが込み上げる感覚を得る。俺は声のする背後に振り向き、急いで攻撃へと備えるため両手を構え、

 

 「っぐ……!?」

 

 構えようとしたが、俺は膝から崩れる様にして倒れる。何故?そう考えてる内に段々と痛みが俺の足を襲った。足だけではない、恐らく先の攻撃の連続と、緩衝させたと言えあの高さからの落下が影響したのだろう。既に負傷していた左足の方にガタが来た。

 

 「なんだ、反転術式は……使えそうにないな」

 

 もう戦意は無いのか、そもそも戯れで戦意なんて持っていなかったのか、戦う様子の無い宿儺がスタスタ歩いて近付いてくる。

 

 「……」

 

 俺は無言を貫く。宿儺の言う通り俺には反転術式なんて高等なものは扱えないし、言ってしまえばこの状況は詰みだ。今から死んで戻ったとしてもそれは宿儺に蹴りを喰らう状況からだ。

 

 もうできる事も無い。虎杖君が意識を取り戻す、なんて言う希望を含めて宿儺の方を見つめる。しかし宿儺はその余裕そうな表情を崩す事なく俺と『掩蔽』の鎖があった宙を見ている。

 

 「しかし……本当に何故術式を使()()()()。先の近接でも術式を絡ませない……本当に貴様黒鉦か?」

 

 さっきから、なんの事を言っているのだろうか。宿儺はやたら俺の術式と「黒鉦」の家名に反応する。まるで俺の術式の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……」

 

 だが、俺は宿儺の言う言葉の意図が全く分からない為、押し黙る他ない。

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んで口を開いた。

 

 「()()()()

 

 呪力が、湧き上がるようにして宿儺から溢れ出る。地を這う様にして呪力の波が広がり、やがてそれらは世界を形創って、地面より呪力の匂いが湧き上がる。

 

 それは夥しい程の死の匂いだった。

 

 




感想、誤字脱字報告ありがとうございます。色々助けになります。

どの位の長さがいい?(試験的にアンケを実施してみただけなので必ずアンケの結果通りになるとは限りません)

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