世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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4話

 

 「領域展開(・・・・)

 

 領域展開。それは呪術の極地の一つと言っても過言では無い技術。類稀なる才能と弛まぬ努力、実戦において有効であるレベルの術式。その全てが一般の呪術師の基準を上回り、かつそのきっかけを掴んだ者のみに使用可能な、正に術師としての頂上に値する到達点。

 

 術式とは己の心の様なものであると、幼い頃から良く教わったものだ。自分の深層心理の奥に刻まれた術式(ソレ)に呪力を流し込み、現実に作用させる力とする。術式とは心を反映させたもの、言い換えれば心の変化によって術式の形は如何様にも変化する。それは術師が術式を拡張する仕組みによく現れているだろう。

 

 呪力を持つ術師の己の内にある心、認知する事が極めて難しい生得領域。それを理解し、結界術の応用によってその生得領域を現実へと呼び起こす。それが領域展開。

 

 創り上げた自分だけの世界に相手を閉じ込める事で相手をその一部とする。領域内では領域使用者の術式は必中となる。それは無限を操り自身に如何なる攻撃をも寄せつけない五条先生であっても例外じゃない。

 

 故に領域展開は対術師戦における最高峰の技術とされ、多くの術師がそこに挑み、挫折を経験してきた。使用できる術師も多くは無い。

 

 が、目の前にいるのは史上最強を謳われた両面宿儺その受肉体。呪力は全盛より制限された身と言え、その技術や培った呪術に対する知識は今が全盛そのものである。

 

 当然、そのような場所(極地)など千年以上前に過ぎ去った通過点に他ならない。

 

 「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 世界が書き換わる予感。恐ろしく、邪悪とも言えるその呪力が周囲へと満ちて行く。

 

 リン、と鈴の鳴る音が何処からか聞こえた気がした。気付くと両手で掌印を結ぶ宿儺の背後に神輿を思わせる建物が出現していた。多量の頭蓋の転がる上に開かれた口の様なものが大きく開かれたそれはこの世界の不気味さを際立たせていた。

 

 そしてそれが、俺の見た最期の景色だった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んで口を開いた。

 

 「っ!?」

 

 俺が意識を取り戻すと同時に目の前には同じ距離、同じ体勢で両手を重ね合わせている宿儺の姿があった。そしてその景色を眺めると同時に、俺は最も恐れていて最悪な状況が今眼前に広がっている事を理解した。

 

 呪力の起こり。周囲から溢れ出る様にして宿儺の呪力が湧き出て来るのを感じる。それと同時に俺はついさっきこの呪力によって殺された事を思い出した。

 

 どうして殺された?一体何が起こったんだ?

 

 俺はできる限り鮮明に記憶を思い起こそうとするが、宿儺の攻撃の正体が分からなかった。即死だったのだろう。痛みを感じるとか以前に、痛みを感じ取るための器官を消し去られた、そんな感覚。強いてわかった事があるとすれば、それは

 

 「領域展開」

 

 宿儺(ヤツ)の領域にて屠られたと言う事実のみ。領域展開、宿儺が声に出すと同時に本人を中心として世界の色が塗り替えられていく。水面に落ちた水滴が次第に波紋を作ってその波紋が広がって行くように、世界が、宿儺の生得領域へと変化する。

 

 「マズっ「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 気づいた時にはもう遅かった。領域展開が呪術における到達点の一つとされる理由は難度の高さだけじゃない。それは偏にその発動自体がほぼほぼ勝利を意味するからである。

 

 領域展開における主なメリットは生得領域内で戦う事による環境要因での強化(バフ)が一つ。もう一つが領域内での術式の必中効果だ。特に後者の必中効果が術師の持つ術式によっては大きく意味を成す。

 

 実際に見たことは無いが、五条先生の領域は引き摺り込むことに成功すればその時点で勝利が確定するらしい。恐らく、宿儺もその類に近いと考えていいだろう。術式が必中となれば、ほぼほぼ勝利が確定する強力な領域。

 

 つまり俺は宿儺の領域に引き摺り込まれた時点で…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んだ。

 

 まただ、死の感覚が無い。正確には痛みを覚えてない、つまりは即死、俺は宿儺の領域展開と共に領域の必中効果により死んだのか。

 

 「領域展開」

 

 その声が聞こえるより早く、俺は立ち上がり逃げ出そうとする。するが、立ち上がろうとしたその瞬間激しい痛み共にその場に崩れ落ちた。

 

 しまった。足の痛みだ。当然ながら戦いの最中に負った傷はまだ癒えていない。俺は思わず痛みを主張する左足へと目線を向ける。

 

 あまり直視をしない様に避けていたが、この短時間で痛みに慣れてしまった故か気づく事がなかった。ジワジワと未だ出血を続ける切創のような傷跡が広がっており、深々とした傷口からは肉片が見えた。

 

 恐らく中度か重度の肉離れでも起こしているのだろう。痛みはいくらでも誤魔化しが効くが、筋肉の動きまでは誤魔化すことができない。

 

 倒れた俺はそれでもその場から逃げ出そうと這って前に進む。

 

 「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 絶望の鈴の音が響いた。憐れむような、嘲笑うようなその声を最期に、俺の意識は唐突に落ちていった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んだ。

 

 視界が切り替わる。目の前には掌印を結ぼうとする宿儺の姿。

 

 呪力が湧き上がる。それと同時に俺は考える。この状況を切り抜けるためにはどうにか宿儺の領域を突破する他ない。

 

 俺は考える。今までの高専や実家にて得た呪術に関する情報をフル稼働させる。走馬灯に近い感覚だろうか、死が目前に迫っている状況となると生き残るため今までの経験を身体が、頭が文字通り必死になって働き始める。

 

 領域への対処法はそう多くは無い。主な解決策として三つが挙げられ、その一つとしてまず呪術や呪力で受け切る対処法がある。俺の場合『掩蔽』の鎖で受けたり、術式に行使される呪力より強大な呪力で攻撃を受け切ればいい。

 

 だが、これは現実的じゃ無い。術式で受けると言っても一発凌げればいいわけじゃない。領域内では多方面から無数と言える程の量の攻撃が浴びせられる。それを一方面にしか防御できない『掩蔽』で防ぐことも出来ないし、呪力で受けるには両者の間に呪力量の差がありすぎる。

 

 ならば残った二つのどちらかに手段は委ねられる。

 

 「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 そこまで考えている内に領域は完成した。その一言と同時に、宿儺の背後に巨大な神輿が出現していた。

 

 残る手段は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んだ。

 

 ……残る手段は二つ、その内の一つがこちらも領域を展開する事だ。領域同士がぶつかり合えば、領域における利点は相殺される。必中効果さえ消せれば領域の恐ろしい要素は消せる。

 

 「領域展開」

 

 しかしそれは俺には不可能である。理由は単純、俺に領域を展開するだけの十分な呪力量がなければその技術もない。簡易領域と言う簡単な結界術で行うことができる対領域や術式に対する文字通り簡易の領域。

 

 だがそれ自体話には聞くが、何やら縛りや習得方法の関係で俺には現状使える能力では無いらしい。つまり領域の押し合いでの突破は不可能。残された俺の手段はただ一つ。

 

 「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 声と同時に神輿が湧き出る様にして出現する。計五回目。領域に伴って出現する呪力の波動も、痛々しいくらいに突き刺さる不気味な風も、もう慣れてきた頃合いだった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んだ。

 

 と、なれば残る手段が一つ。これは通常領域の対策としては勧められないものである。理由は単純で、これによる解決は困難であると考えられているから。

 

 領域からの物理的な離脱。展開された領域の壁をぶち破り、それから領域の範囲外まで逃げ出すと言う手段。これが困難と考えられている理由はそもそも破る必要のある外壁が強固であること、領域は閉じ込める事に特化した結界を用いる。よってこれを力任せに壊すのはよっぽどの呪力出力がなければ不可。

 

 そして領域は大抵自身と相手を中心として展開される。外から見たら数メートル程度の半径で構成される領域だが、内部の空間は歪み、曲がり、外見からは考えられない程の内容量を持つ。

 

 長ければ半径数十メートルに渡る長さの領域内を中心から端まで移動してかつ強固な壁を破壊する、これを必中効果が付与された状態の相手の術式を受け流しながら、だ。

 

 聞いて分かるがこれは不可能。つまり一般的に考えられる解決策での領域の突破は出来ないと考えた方がいいだろう。だが、これあくまでも一般的な状況(・・・・・・)の話だ。

 

 一般的じゃない、俺が他の術師と異なる点。それは幸か不幸か手に入れた得体も知れない能力(死に戻り)だ。術式でのもなんでも無い。自分での制御も不可能なこの能力。先もこれで宿儺の攻撃を交わした通り、知っていれば(・・・・・・)ある程度の攻撃は防げる。

 

 領域展開のタイミングなんて読めない。それもより高度な術師であれば殊更だ。緊迫した殺し合いの最中、唐突に発動される領域展開に反応できる術師なんてほぼ居ないと考えていい。

 

 だが俺には分かる。宿儺(ヤツ)が掌印を組む、それを見てから動いても尚間に合わない。故に

 

 「領域展開」

 

 領域展開、ヤツが発動しようと呪力を操作したその瞬間に逃げ出し、領域範囲外へと逃げ出す。それが俺に与えられた唯一の手段。

 

 領域展開には多くの呪力を消費する。呪力を消費すればそれだけ自身の保有する呪力量も減少する。指3本分の呪力がどれほどなのかは分からないが、その呪力量が減ればそれは即ち虎杖君の体内の宿儺の呪力(毒素)が減る事に直結するはずだ。

 

 それで虎杖君が身体の操作権を取り戻す事に懸ける!

 

 『断言する。(こぞう)に自死する度胸はない。時間を稼ぐつもりなら諦めろ』

 

 そこまで考えて脳裏にチラついたのは宿儺のそんな台詞。現状、虎杖君の身体からは心臓が奪われている。今復活すれば虎杖君の命は容易に消え去るだろう。

 

 俺だったら、と考える。自分が死ぬと分かってて、誰かの為に平然と命を投げ出せるか。さっきだって俺は虎杖君を見捨てて逃げ出した、そんな俺だったら、心臓の無い身体に抵抗も無く戻れるだろうか。

 

 答えはきっと……

 

 「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 そんな意味のない事を考えている内に、俺の景色は切り替わり、それから一寸も無く俺の意識は暗闇に落ちていった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んだ。

 

 冷や水を頭からかけられた様に、頭の中がすっかり冷えて妙に冷静な思考へと切り替わる。

 

 雑念は捨てろ。今はこの場から逃げ出すことだけを考えろ、と自分に言い聞かせる。

 

 タイミングはもう頭に焼き付いている。しかし肝心の足が駄目だ。完全に切り離されているわけじゃないが、深い傷で筋肉同士が離れてしまっている。

 

 傷を治す事は……無理か、術師が傷を治す手段として最も身近な手段が反転術式、負のエネルギーである呪力を掛け合わせ、負と負の掛け算によって生まれた正のエネルギーを対象に付与する事で傷の回復を行う。今数いる術師の中でも極めて修得の難しいとされてる技術だ。

 

 当然俺にそんな高度な技術があるわけじゃない。この傷を癒して急いで逃げ出す事も不可能だろう。

 

 「領域展開」

 

 呪力が湧き上がって、世界が変化する方向へと進んでいく。もうこの時点で俺は領域の効果範囲内にいる事になる。逃げ出すなら、もっと早く、宿儺が呪力を練るより先に足を動かせる様にして逃げ出す必要がある。

 

 どうやって?反転術式は使えない。痛みを堪えたとしてもこの負傷で最高速を出すことは出来ない。

 

 「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 考えて、考えるが答えが出ない。そのまま何もせず悩んでいると次第に景色が移り変わる。神輿と多数の頭蓋。地獄か何かと見間違う程の悍ましい風景。

 

 どうにかしようとダメもとで呪力で全身を覆ってみて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わん……そうだな、貴様が本当に黒鉦の人間だと言うならここで借りは返させてもらおう」

 

 そう言って、宿儺は両手を重ね合わす様にして掌印を結んだ。

 

 ダメだったようだ。傷を負った足を見る。完全な治療は要らない、取り敢えず筋肉の裂け目をつなぐ事さえできれば……

 

 頭を捻って考えるが、一向にアイデアは浮かばない。

 

 「領域展開」

 

 悩んでいる間にも無情にも時は進む。宿儺は変わらず、何の感情も無い様子で淡々と領域を展開するための呪力を練りだす。

 

 このまま……このまま何も出来ないまま俺は死に続けるのか?この終わりの見えない死のループの中で?

 

 一瞬にして、頭の中に未来の光景が過ぎる。何度も、何度も何度も繰り返し死に続ける。また同じ場所で蘇り続け、次第に精神が限界に達し、それでも尚終わる事のない死の循環。

 

 終わらない、死、死、死死死死死死…………

 

 「『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 そうこう考えていると、その死とやらはもう既に目の前に迫っているようで、俺は静かに目を閉じ、どこか諦観して…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諦観?何をだ?俺は、何を諦めている?

 

 治らない足を?倒せない目の前の敵を?この先の全てを?

 

 『逃げてばかりじゃつまらん。もっと踠け』

 

 不意に声が頭に響く。何度も聞いた俺を殺し続ける宿儺の声だ。

 

 

 

______________

 

 

 

(むすぶ)ってさ、やっぱり大して強くないじゃん?」

 

 「は?」

 

 俺は息を整え、本人を前にいきなり何を言ってるのかと、間抜けな顔でそう答えた。

 

 「呪力操作はそこそこ、だけど呪力量が少ないから術式を使いこなせない。性格もビックリするくらい普通。ちょっと卑屈なくらいで正直言ってあんまり呪術師に向いてないよねー」

 

 一発殴ってやろうかな?こめかみの血管が浮き出るのを感じながら、そもそも俺はこの最強目隠しに触れることすら出来ないと思い、握りしめた拳を下ろす。

 

 「ごめんごめん!別に結の事悪く言うつもりはないよ。むしろその逆さ。僕は君の平凡さを評価してんの」

 

 五条先生はそう言って黒い目隠しを下にさげ、水晶の様に澄んだ色の眼で僕の顔を見た。その目線の先は俺の中のナニカを見通している様だった。

 

 「知ってると思うけど、呪術師は普通じゃない。人の負の感情から生まれた呪霊を祓い、その道中で多くの術師が死んでいく。理由は色々あるけど、僕が思うに主に二つ」

 

 そう言って先生は2本の指を立てた。呪術師の死因の二つ、そう言われてもパッとイメージは湧かなかった。何せ呪術師の死に方なんて予想も想像もできない。術式の暴走で死ぬこともあれば、呪霊との実力差が激し過ぎる場合での死。

 

 酷い話、呪術界そのものに殺される者もいるという話だ。共通するのはまともな死に方が出来ないって点だけ。

  

 「二つ……ですか?」

 

 俺はその二つが結局思いつかず、答えを求めるように問い返した。すると俺の言葉を受けた五条先生はニッと笑って口を開いた。

 

 「そ、二つ。例外は多いけど、一般的な術師に訪れる死の理由。」

 

 ニヤニヤと笑いながら答えを促すようにこちらを見てくる五条先生。俺は明快な解を持ってない事を視線で訴える。

 

 「分からない?じゃ、教えてあげよう」

 

 立てていた2本の指を下げてから答えを語り始めた。

 

 「まず一つ、単純な実力不足。等級の離れた呪霊との戦闘だったり、緊急事態(イレギュラー)に対応できなかったりっていう場合だね」

 

 それはよくある術師の死だろう。強力な呪霊との戦闘では常に死の危険が付き纏う。強力な呪霊ほど狡猾な術をもつ。故に、どんなに強力な術式を持っていてもそれを実戦に昇華させる実力がなければ意味がないのだ。

 

 遺体すら見つけられない。空っぽの棺の上に置かれた白黒の笑顔。俺は既に何回も体験していた。

 

 「それは、確かによく分かりますね」

 

 「そ、よくある事の一つ。で、もう一つの方なんだけど、これもありがちな話だ。呪霊を祓う(殺す)心構えが出来ていない場合だ」

 

 その言葉に、俺の脳裏に何人もの知り合いの顔が思い起こされた。その大体は笑顔だった。自分が呪霊という異形の存在と戦う姿を、その末路を想像し、怯え、恐怖し、やがて心を折った。諦観の笑みであった。

 

 もう術師は辞める。そう言った彼らは実家に帰ったり、人手不足の呪術界の中で窓や補助監督のような危険性の低い役に就く者。そう言った例は決して少なくない。むしろそれは正解で、覚悟が出来ていない状態での祓うことなんてできない。

 

 「呪霊という生き物(呪い)を殺す踏ん切りがつかなかったり、命のやり取りを受け止めきれなかったり。心が折れるならまだマシさ。その判断すら出来ない術師は最悪死ぬ」

 

 その言葉は残酷なまでに現実だった。この世界では当たり前すぎることだ。

 

 「……それで、それと俺の評価にどう繋がるんですか?」

 

 五条先生の語るそれの自論、というか呪術界では一般論にあたるそれは俺の評価へとつながらない気がした。だったら何をもって俺のその平凡さとやらを評価したのか。

 

 「結はその二つに当て嵌まってる」

 

 そこまで言い切って五条先生は畳の上にへばり座っている俺と合わせていた視線を外し、その場に立ち上がった。

 

 「僕に対する嫌がらせって事で、よく割りに合わない任務を受けさせられる。それで結は、まぁ死ぬ機会も多い残念な立場ってわけね」

 

 ヘラヘラと他人事のように語る最強に、お前が原因だろ、と言いたくなる衝動を抑えて黙って見上げたまま話を聞き続ける。

 

 「で、その任務に行く結クンですが、さっきも言ったみたいに結は任務に対して十分な能力があるかと言われれば微妙だし、特別呪術師らしいイかれた発想もない」

 

 「……だから今、その任務に対する適切な実力とやらをつける為に五条先生(あなた)に頼んでまで稽古つけて貰ってるんでしょ。死にたくないし」

 

 何だか散々な言われようをされているような気がした俺は、反骨心も込めて言い返すようにそう言った。

 

 すると、俺の言葉に対して銃で撃ち抜く様に両手の人差し指を俺に向けてから嬉しそうに口を開いた。

 

 「そう!それ!結はさ、なーんか生き残って帰ってくるんだよね。偶に消息が途絶えたと思って結の死を覚悟して救援に向かおうとしたら、ボロボロになって息絶え絶えって様子で僕の所に報告に来るじゃん」

 

 その言葉は事実であった。よく適当な任務を割り振られ、それで死にかけで帰ることも少なくはなかった。

 

 五条先生の教え子ってだけでここまで冷遇されるとは入学時の俺は考えもして無かった。もし過去に戻れるなら言いたい、チャランポラン目隠しには気をつけろと。

 

 「……だって死にたくないじゃないですか(・・・・・・・・・・・・・)。任務失敗しても、俺の昇級に影響でたり、周りからの評価が落ちるだけじゃないですか。どんな風に思われてもいい、最終的に」

 

 そいつらより俺の方が長生きしてやるから。

 

 そこまで言うと五条先生は動きをピクリと止め、それから両手を腹に当てて大笑いを始めた。

 

 「あっはははは!イイね!やっぱり結を選んで正解だったよ」

 

 五条先生はそうして一頻り笑い声を上げると、座り込む俺を置いたまま、部屋の入り口へと歩いて行ってしまった。

 

 「は?どう言う事……」

 

 俺は疑問の声を漏らすが、それに対する答えを用意しないまま、五条先生は部屋の外へと出て行ってしまい、やがて部屋には俺のみが残る意味不明な状況が生まれる。

 

 五条先生は大概おかしな人だ。考えてる事を理解したいなんて思わないが、いざ理解しようとしてもその行動には意味がない事もある。つまり理解不能。まぁ頭がおかしいのは五条先生だけじゃなくて呪術師全般だけど。

 

 俺は胡座をかいて畳の上に肘を立てる。掌の上に顎を乗せた状態で入口の方を見つめてじっと眺める。

 

 待つ事数十秒、コツコツと部屋の外のから歩いてくる足音が聞こえてきた。だが、その足音も不規則で、どうやら1人のものではない、五条先生ともう1人、誰かのものだろう。

 

 「誰を連れて来たんだ……?」

 

 そんな疑問を吐き出すと暫くもせず入口の戸が開けられ、その姿を見せた。

 

 「おまたー!!いやー、今日実は結にお願いがあってね、君の能力を買って、今日からこの子を連れて任務に行ったりして貰いたいんだ」

 

 「さぁ、どうぞー!!」そう言ってから五条先生は部屋の入り口に注意を向ける様手で促し、その注目の人物が現れた。

 

 頭を少し下げて片手を首後ろに添え、こちらの様子を伺う様にして片足だけ部屋の中に踏み入れた状態のその人物の目線が俺に向けられる。

 

 「……ども、伏黒恵って言う……来年高専(ここ)で一年になる予定だ…です……」

 

 無愛想な表情を浮かばせ、眉を曲げて入って来た黒髪の少年。伏黒恵を名乗るその人物を見て、それから入り口付近に立つ五条先生に目を配らせ、やがて俺は項垂れる様にして溜め息を吐いた。

 

 「はぁ……どういう事ですか?五条先生」

 

 俺は呆れたような声を出してこの状況を作った犯人に問いかける。

 

 「どういう事かって、そりゃ勿論来年から呪術師になる恵に「そうじゃなくて」えてもら……じゃなくて?」

 

 少し面食らったように聞き返して来た五条先生に俺は口を開く。

 

 「そう言う経緯とかはいいですよ。五条先生(あなた)の自由奔放っぷりに関して今更文句言うつもりもありません。だけど、どうして俺なんですか?」

 

 俺がそう言い放つと、同じく伏黒恵を名乗る少年も疑問に思ったのか俺と同様五条先生の方へ視線を向けた。

 

 「あー、そういうね。さっきも言ったけど、僕は結の平凡さを評価してんの」

 

 言いながら五条先生は俺の方まで近づき、再びしゃがみ俺と目線を合わせる様にして話した。

 

 「恵はまだ呪い(この世界)に詳しくない。だからこそ僕は君の能力を評価して、恵に見習ってもらおうと思ったわけ。結のさ、」

 

__生き残る事に対する執着をね

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 

 「フン……まあ良い。隠し通すつもりならそれでも構わ……ほう、まだ立つか」

 

 いつも通りの台詞に亀裂が走る。つまらなそうな表情を一変、ニヤリと口角を上げこちらを瞠目する。

 

 痛い。無理に立ち上がった影響か痛みがより際立ち足からそれが全身へと伝播する。肩で息をし、フラフラになる全身をそれでも倒れないように持ち堪える。額からは痛みから汗が滲み出る。

 

 「はぁ……はぁー……!!」

 

 何とか立ち上がった状態で宿儺の方を見上げる様にして睨みつける。文字通り規格外、次元の違う術師の頂点に位置する存在。到底俺じゃ敵わないだろう、だが、俺が敵わない術師なんて星の数ほどいる。だが、それでも……

 

 俺は額の汗を拭ってから口を開く。

 

 「っはぁ……生き残りたいからに……決まってるだろ……」

 

 どんなに強くても、俺の方が長生きしてやるよ(・・・・・・・・・・・・)。それが俺の術師としての矜持だ。

 

 「ククク……あぁ、何でもいい。俺にとって貴様が何を志すかなんて心底どうでもいい。俺が知りたいのは、貴様が今からどう足掻くか……それだけだ」

 

 掌印は結ばれない。その両手はズボンのポケットへと仕舞われており、ただこちらを眺めるだけだった。

 

 ここからは任務の成功とか、領域の対策だとかの綺麗な理由の戦いじゃない。俺自身が生き残るための戦いだ。

 

 俺は静かに息を呑み、目の前の存在をようやく自身の立ち向かうべき敵だと判断した。

 

 

 

 




今更ですが主人公の名前は黒鉦 結(くろがね むすぶ)君です。

どの位の長さがいい?(試験的にアンケを実施してみただけなので必ずアンケの結果通りになるとは限りません)

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