世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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5話

 『枷縛(かばく)呪法』

 

 それは黒鉦家に伝わる一応の相伝として扱われる術式の名である。鎖を具現化させ、操る。若しくは鎖に限定して予め自身の呪力でマーキングしたものを自由に操作する。それが術式の全容だと、父からや祖父から話で聞いた。

 

 掌印や呪詞の詠唱は本来なら必要は無い。だが俺の場合は少ない呪力量を補うため掌印や技の種類毎に決めておいた技名を呪詞として叫ぶ事で術式手順の増加と情報の開示の両方を縛りとする事で消費呪力量を減らしている。

 

 『掩蔽』『穿孔』『鉤鈎』『肋繋』大体この四つを使い分けるのが俺の戦闘スタイルとなっていて、直接大きな火力を出すのではなく誰かの援護や遠中距離戦を得意とする戦法だ。

 

 術式自体は強いものじゃないと認識していた。援護や中長距離戦ならそれこそ御三家である加茂家相伝の赤血操術はより戦闘向きでかつ遠中近に対応できる強力な術式だ。その証拠となるかは分からないが、父、祖父ともに枷縛呪法の使い手だが、その実績は芳しくない。

 

 これで家は歴史ある家系と主張するものだから少し笑えてくる。何より、相伝術式であるメリットが薄い。相伝の一番の利点は成長のための取説が自分が生まれる遥か前から用意されている点だ。

 

 強力な相伝であればある程、強い術式の使用方法や順転、術式反転の内容や領域展開の内容などまでもが書物に纏められているケースがある。故に相伝の術式は強く、その使用者も強くなるのだ。

 

 上層部で血筋や歴史が優劣を決める基準となっているのにはこう言った呪術界の背景が関係しているのかもしれない。だが我が家系にはこの様な常識は通用しなかった。

 

 無いのだ。歴史だとか、相伝の術式の強力な使用方法や術式の解釈の幅など、資料となる情報が一切存在しない。俺の術式の訓練だって父からの直接の指導で、大昔の強い術師が残してくれた知恵なんてものは無く、僅か2世だけの経験や知識のみが俺の枷縛呪法の成長の糧となっていた。

 

 ただ、それでも良いと考えていた。無いものを強請ったってしょうがない。俺の鍛錬に付き合ってくれた父も、俺が生まれて四年後、俺と同じ枷縛呪法を持っている上俺より呪力総量が遥かに多い妹が生まれたと分かるとその指導の手は妹の方へと向けられた。

 

 体術や呪力操作、自分で出来る内容で鍛錬を重ね、それでも限界を感じたから自身に縛りを課して誤魔化し、何とか祓ってきた。

 

 それでもいいか、と他にできることは幾らでもあると自身の術式から目を逸らして。

 

 『しかし……本当に何故術式を使わない(・・・・)。先の近接でも術式を絡ませない……本当に貴様黒鉦か?』

 

 だが逸らしていたはずの視線をいつの間にか戻していた。

 

 疑問を覚えなかったわけじゃない。不意に思った事はあった、何故『枷縛(・・)呪法』なのか。赤血操術、無下限呪術、十種影法術。高専に入ってさまざまな術師と出会い、その数だけ術式の名を知っていった。

 

 名は体を表す、という訳では無いが、大抵の術式は名前の通りだったり、その名前から連想できる効果を持った術式であった。

 

 ならば『枷縛呪法(・・・・)』は?父から教わった術式の内容は鎖を操る事、では何故『鎖操術』と呼ばないのか。もし仮に一番最初にこの術式を扱う呪術師が存在したなら、その人物は何を思って(・・・・・)『枷縛呪法』と名付けた?

 

 それは遠い過去に捨ててしまった疑問。そして今一度俺が向き合うべき現実だった。

 

 

 

______________

 

 

 全身で息をする。酸素を肺へと取り込み、身体を動かすために備える。

 

 「さて、意気込みは十分だが、貴様、反転術式も扱えないのだろう?その身体でどうやってこれ以上動く?」

 

 試すように、俺に話しかける宿儺。その笑みは疲労困憊な俺とは対照的で、傷ひとつない余裕と今この瞬間を謳歌している、劇場の観客の様な、そんな笑みだった。

 

 「っはぁ……すぅぅー…………」

 

 深呼吸をする。肺いっぱいに吸い込んだ酸素を頭に取り込み、とにかく脳みそを回す。考えろ、変えろ、さっきまでの自分ではない、今の俺にできる全てを!!

 

 目を見開き、目の前の敵へと目線を向け、呪力を練る。ありったけで良い。さっきまでの恐怖も、絶望も、その全てを呪力に変えろ!

 

 「!!……いいぞ、もっとだ!貴様がその名を継いだと言うのなら、俺にその全てを魅せてみろ!!」

 

 愉悦を楽しむ、愉快そうな高笑いが森の中に響く。その笑い声に俺は

 

 『何故使い勝手の悪い拡張術式(・・・・)ばかりを扱う?』

 

 宿儺は疑念を含んだ声色でそう言っていた。拡張術式、おそらく宿儺は俺の持つ『枷縛呪法』の本当の姿を知っている。その上で鎖を扱う俺の戦闘スタイルを拡張(・・)術式と称した。

 

 『枷縛(かばく)呪法』(かせ)(しばり)。つまりこの術式が持つ正しい効果は……

 

 俺は発動(・・)と同時に目の前の宿儺に飛び掛かる。一瞬驚いた風に目を見開く宿儺だが、俺の飛び掛かった速度は遅く、拳はパスっと音を立てて受け止められる。

 

 「……なんだ、この程度か?拳に呪いも篭ってない。この程度で俺を……」

 

 最期の最期の悪あがき、疲労している状態で苦し紛れに打った一撃、呪力もまともに込められない程追い詰められていると、そう思わせる(・・・・・・)

 

 油断し切っている、表情の色が俺から興味を失い変わるその瞬間を突く。左足を(・・・)振り上げる。

 

 拳に呪力を篭めなかったのも、中途半端な加速で飛び掛かったのも、全ては偽装(フェイク)、普通にやったら普通に負ける。だから体の呪力を抜き、その全てを左足に篭める。

 

 油断は誘った、その誘いに相手は乗った。体は動く、呪いを練り込み、その全てを攻撃部に篭めた。後足りないのは何だ?

 

 振り上げられた足が十分な加速を持って進む。振りかぶった拳と身体の姿勢で左足は隠してある。この一撃は当たる、そう確信できた。

 

 ビュン、と風を切る音が今度は自分の足から鳴る。普段の俺じゃ有り得ない挙動と速さの攻撃だ。それを可能にしているのが足元に巻きつく鎖(・・・・・)

 

 いくら相手が一般の術師の枠を超えると言っても、今の身体は人間である虎杖君のものだ。急所は同じ、狙うは首元に一撃。

 

 想像(イメージ)する。自分の蹴りが宿儺の首元を捉えて蹴り飛ばす、そんな未来はまず無いと。いくら不意を突かれて防御姿勢が取れないと言え、呪力で守る事くらいは宿儺ならば容易であろう。だから足りない。今の俺じゃ届かない。

 

 だから飛び込む、先の自分へ。一歩じゃない、力の限り、全てを尽くして!!

 

 最大の加速で、最高の呪力を篭めた打撃が首元に炸裂する。その瞬間。

 

 

 

 

 

____空間が歪み、呪力が黒く光る。

 

 

 黒閃(こくせん)

 

 

 噂程度に聞いていた。打撃と呪力の衝突の時間差を限りなくゼロに近づけることで生じる呪力によって生じる空間の歪み。

 

 ズンッ!!と、自分が振りかぶった足以上に鈍く鋭い音で宿儺の身体が飛んで行く。それからドスンッと音を立てて少し離れた木へと宿儺の身体が衝突する。

 

 身体に満ちる、全能感。自分の視界が広がったんじゃないかと勘違いしてしまう程澄んだ世界。負の感情とか、呪力の流れだとかじゃない、今は身体に満ちるこの呪力(すべて)が心地良くて、同時にどうでも良かった。

 

 今はただ、目の前の敵にこの全てをぶつけたい。理性と本能が重なる、そんな感覚。

 

 「……ッハハハハ!!おもしろい!良いぞ!その調子だ、もうお前の全てでは足りん!殺す気で来い!」

 

 土煙がまだ立ち昇る中、両手を広げ歩いてくる宿儺に傷の様子は無い。そもそも俺の攻撃が効いていないのか、既に反転術式で治しているのか。どちらでも構わなかった。結果は同じ事だ。

 

 もう迷いはない。俺は宿儺の無事を確認すると同時に掌印を結ぶ。

 

 「『纏繞鎖(てんじょうのくさり)』」

 

 想像(イメージ)する。枷が自身の腕と足を拘束する、そこから伸びる鎖が俺自身を縛り上げる。

 

 ジャラン、と金属音が響く。自分の身体を見下ろすと、そこには想像通りに両手両足に枷を付けた身体があった。

 

 「両手足を拘束する枷に、そこから伸びる鎖……成程、自身を縛り上げる事で無理矢理身体を動かしたか」

 

 『枷縛呪法』は鎖を生成し、操る術式。そこに誤りは無い。だが鎖だけでは完結しない、それ単体では多少丈夫な紐と役割は変わらない。必要なのは『対象』とそれらを繋ぎ止める『枷』だ。

 

 『鎖』『枷』『対象』この三つが揃い初めて『枷縛呪法』は完成する。そう俺は解釈した。

 

 今回の場合、対象は俺の四肢。枷から伸びる鎖には俺の呪力が篭っている。つまりは

 

 「俺の支配下だ」

 

 足を踏み出す。宿儺の元に近づくために踏み出した足、しかし近づくのにそう何歩も要らなかった。

 

 「ッ!」

 

 二歩。地響きと共に距離を詰めた俺は再び宿儺に向かって拳を振るう。だがそのスピードは偽装(フェイク)の時とは訳が違う。

 

 一撃一撃に呪力を篭める。意識は常に両手両足の枷に集中させる。顔面、腹部、脛。攻撃箇所をずらし、先ほどの宿儺の動きを思い出し、同じように動きを模倣する。多角度から攻め、蹴りを混ぜ攻撃先を予測させない。

 

 だがその程度で簡単に攻撃が通る相手ではない。俺の飛ばす拳も難なく受け止められ、今度は攻勢が反転、こちらの攻撃の勢いを利用され吹き飛ばされる。

 

 「っ『掩蔽(えんぺい)』!」

 

 掌印を結び、飛ばされる方向に『掩蔽』の鎖を発動し、再び俺の勢いを緩衝させる。しかし同じ行動を何度も許す相手では無い。飛び掛かる様にして俺を追いかけてきた宿儺の拳が俺の顔面を捉える。

 

 「ッ!?」

 

 「どうした!!この程度じゃ傷にもならんぞ!!」

 

 放たれた拳を間一髪で交わすと同時に『掩蔽』の鎖を解いて着地、それと同時に『纏繞鎖』を両足に発動してその場を駆け出す。

 

 「逃げるか、だがそれも長くは続かせんぞ?」

 

 幼な子に玩具を買い与えた時のように、純粋に今を貪り食うその眼光が俺を貫く。俺は宿儺が追ってくるのを確認して付近の木に身を隠すように飛び込み、同時に掌印を結ぶ。

 

 瞬間、耳を裂く様な強烈な破壊音と共に俺の背後の木が薙ぎ倒される。術式では無い、呪力を纏った手刀で自身より遥かに大きい木を倒したようだ。

 

 「チッ!」

 

 俺は舌打ちをし、飛び跳ねる様にして追撃の拳を避ける。振り下ろすように放たれた拳は俺の居た空間を通過し、地面にクレーターを連想させる穴を発生させた。

 

 膂力が違い過ぎる。俺は改めて両面宿儺と自身との間にある余りに大き過ぎる隔たりを実感する。指3本、重要器官である心臓の欠落、そんな万全とは程遠い状態でこの威力の攻撃と呪力出力。

 

 先ほどの打ち合いで把握したが俺の攻撃は全くと言って良いほど通らない。これは単純に硬いという話ではなく、宿儺自身の呪力での防御の精度が段違いだからだ。

 

 常に溢れる程の呪力を纏っているわけではない。だが攻撃が来るその刹那に呪力による防御が完了しており、これをおよそ完璧に行う呪力操作の精度の高さ。これを突破するためにはやはり初撃の様に不意を突くか、若しくは呪力によるガードを上回る一撃。

 

 再び黒閃(あれ)を決めるかだ。

 

 「どうした!まだ逃げるか!だが枷による身体操作も呪力を消費するぞ。どうする?このままだと死ぬぞ!黒鉦の末裔!」

 

 俺はひたすらに避け、時に周囲の木々を盾にする事で宿儺の猛攻を防ぐ。回り、回って、逃げる。俺は右手の掌印をチラと見て、やがて決断した。

 

 そろそろだな。

 

 俺は再び隠れる様に大きめの木の背後に飛び込む。それと同時に左手で掌印を結び隠れている木に向かい指先を構える。

 

 タイミングを見極めろ。相手は間違いなく今までで一番の難敵だ、一瞬のミスが死へと直結する。俺は静かに息を吐き、指先に集中をする。

 

 見つめる。すると木に切れ目が走る、切れ味の良い音と共に目の前の木がズレ落ちる様に両断される。その瞬間。

 

 「『鉤鈎(かぎつる)』」

 

 指先から鎖が出現し、鋭利な先端が風を切る様にして放たれる。『鉤鈎』は攻撃用に用意した技で他の物と違い鎖だけではなく先端に鋭利な鋒が付属している。射つ事に特化させた『鉤鈎』は他の技より速度が速い。だが、それを知って尚驚くほど速いスピードで放たれたソレに俺は僅かに驚きを覚えた。

 

 「!!」

 

 反撃が来ることを想定していなかったのか宿儺から僅かに驚きの表情が浮かぶ。不意を突く事、それがこの戦いにおける最重要事項であることは間違いがなかった。

 

 黒閃の影響だろうか。確信はしていたが常時より素早く放たれた『鉤鈎』は確かに宿儺の顔面を捉え……しかし避けられた。当然と言えば当然である。いくら不意を突いたと言え、初撃以降明確な隙など宿儺に存在はしていない。

 

 だから足りない。俺は鎖を縮め(・・・・)その場から宿儺の方へと飛び掛かる。

 

 鎖の伸縮。それは『肋繋』にも使用される『枷縛呪法』の基礎とも言える要素、鎖の操作に含まれるだろう。しかし今までとは明確に違う。

 

 何が違うか。それは速度であった。黒閃の影響により上がった俺自身のポテンシャル、それによって術式はよりスムーズに、洗練された速度で『鉤鈎』の鎖は放たれた。しかしこれは鎖の伸び(・・)の話だ。

 

 『枷縛呪法』は枷を着け、鎖によって縛る(・・)術式、俺はそう解釈した。縛る事とは本来離れていた物同士を繋ぎ合わせ、引き寄せる(・・・・・)事。つまり伸縮の内、速度が高いのは。

 

 ドスン!俺の膝蹴りが宿儺の顔面へと叩き込まれる。

 

 鎖が縮む(・・・・)方が速い。俺は伸ばした『鉤鈎』の鎖を手に取り、その収縮速度で得た加速で宿儺へと膝を直撃させた。

 

 呪力をしっかりと膝に集中させた一撃だ。本来の俺からは生じないはずの加速、故に理外の速度によって振るわれた攻撃。それを喰らった宿儺の体は再び飛ばされる。

 

 俺は飛んで行った宿儺の方を見る。回転する様にして力を受け流した宿儺は足から着地し、やがて足が地面を擦るように完全に勢いを殺し、ゆっくりと此方に向かって頭を上げて俺を瞠目した。

 

 「ケヒヒ……いいぞ!だが……」

 

 髪を掻き上げ、見下ろす様にして俺を見る。

 

 「それでは俺を殺すことはできん」

 

 その顔には傷一つ無い。俺の蹴りを喰らったことによる汚れや跡はあれど、そこに損傷(ダメージ)は一切見受けられない。

 

 出力の問題だ。俺がいくら呪力を篭めても、それは俺の全力の範囲を出ない。手の届く範囲では(宿儺)に触れる事は出来ない。

 

 「……そうだな。俺じゃお前を殺せない。天地がひっくり返っても、天と地にある差は埋まらない。だから」

 

 その距離を、一時的に繋ぎ止める。

 

 俺は右手の既に組んでいた(・・・・・・・)掌印を宿儺の方へと向け、呪力を解放する。

 

 それと同時に俺は走り出す。狙いは勿論宿儺。俺と宿儺の間にある距離は目測でおよそ十数メートル。『纏繞鎖』のバフを考慮しても近づくまでに時間は必要だ。もしそれまでに距離を詰める俺を警戒して宿儺の速度で逃げられたらこの作戦は失敗だ。

 

 だが、両面宿儺は動かない。静かにこちらの動向を伺うだけ、それは絶対的自分の実力に確信があるから。捕食者(宿儺)獲物()を警戒しない。舌なめずりをして獲物が自身の口に飛び込む瞬間を静かに眺めるだけ。

 

 故に、この一撃は通る。

 

 残り数メートル。宿儺に動きは無い。笑みを浮かべ、静かに俺の動きに注視をするだけ。

 

 俺は右手の掌印から呪力を迸らせる。

 

 ガシャン。

 

 「ほう!これは……」

 

 宿儺は自身の両手両足を見て、そう声を上げた。

 

 残り1メートル。間合いに入る段階でソレ(・・)は発動した。逃げ回る様にして木々に仕込んでいた(・・・・・・・・・)鎖達に呪力を流す。効果は単なる鎖の操作、つまりは『穿孔』の使用でしかない。

 

 『穿孔』は予め呪力でマーキングをした鎖を操作する技。だがそれに数の制限はない(・・・・・・・)。高専で自分の術式について実験していた時に気づいた事実であった。

 

 普通の鎖、術式で発現させた鎖。それらを複数個用意して『穿孔』の術式を使って操作を行い。結果的にそれは成功した、結果的に、は。

 

 問題はその精度であった。一本の鎖であればある程度の加速と操作性で動かすことが出来た。だが3本を超えるか、鎖があまりに長いとその精度は途端に落ちた。故に俺は携帯する鎖は一つ、『穿孔』を使用する時操る鎖も一本に絞っていた。

 

 複数本の鎖の操作は不可能である。俺はそう結論付けたが、それは過去の俺の話だ。

 

 出来る、黒閃を経て研ぎ澄まされた俺の呪力操作なら。

 

 そう確信した俺は宿儺の攻撃を避け、森の中を逃げ回る中、仕込みをしていた。円を描くように逃げ回り、その円の中心に射線の通りそうな木の枝に術式を発動していた。

 

 そして円の中心でそれを発動するため、宿儺を蹴り飛ばすことで誘導した。

 

 俺が宿儺の間合いに入る一歩手前、呪力を流し合図を送る事で発動、刹那、一斉に発動させた鎖が宿儺へと飛び交い、その両手両足を捕らえた。

 

 『穿孔』の発展系。対象を「宿儺」。枷を「両手足」とした『枷縛呪法』の新たな使用法。

 

 「『縛上(ばくじょう)』」

 

 1メートル圏内から一歩踏み出し、掌印を結んでいた掌を握り拳をつくる。

 

 呪力を篭める。全力なんて言葉じゃ生ぬるい。全神経を注ぎ、それでも足りない。世界の見方を変えろ。解釈を広げたその先の視界へ!

 

 拳を飛ばす。狙いは手での防御が出来ず、躱すことも出来ない腹部へ。不思議と、緩やかな気持ちへと変わる。

 

 常に死の瀬戸際だ。宿儺を相手に油断も傲慢も許されず、その全てが死因につながる。そう分かってはいるのだ。それでも尚抗えない心地よさ。

 

 時間がゆっくりと流れ始める。拳が宿儺の腹部に近づくにつれ、段々と時間の流れが緩やかになるようだった。走馬灯のようだ。何だか気持ちが穏やかでいて、今までの色々な経験が頭にフラッシュバックするようだった。

 

 一切の淀みは無い。自身の身体を動かすように呪力操作が行える。今なら、出来る。

 

 拳が、触れる。呪力が、衝突する。世界が、変わる。

 

 

 

 

 

 

 

__黒い火花が迸る。

 

 

黒閃(こくせん)

 

 

 「ガッは!!」

 

 ブシャリ、と音が頭上から聞こえる。体液の漏れだす音、顔を上げると変わらず笑みを浮かべ続ける口元、そこから漏れ出る確かな血の色。

 

 「愉快(おもしろ)い!!」

 

 まだ余裕は崩れない。つまり足りない。

 

 俺は再び拳に呪力を篭める。連続だ。手足を拘束して無防備を晒している今、手傷を負わせられるだけの一撃を、もっと!

 

 振り抜いた拳は再び腹部へ、しかしその拳が届く前に。

 

 「がッ!?」

 

 ガシン!その金属音に俺は咄嗟にその状況を理解した。拘束が破られたのだ。時間にして僅か3秒にも満たない時間、それだけの拘束時間を経て、『縛上』の枷と鎖は役割を終えたのだ。

 

 俺の握られた拳は開かれ、腹部の痛みと共に体は背後へ吹き飛ぶ。

 

 バシっ、バシっ!バシっ!その音が鳴ると同時に背中に痛みが走る。穴が空いていく木の列を眺めながら、俺は尻餅をつくように地面に再び座り込む。

 

 「良い、中々に面白いものを魅せてくれる」

 

 気づくと俺の頭の上から宿儺の声が聞こえてきた。その顔を見上げようと首を動かそうとするが、どうにも動かない。攻撃に意識を割いて防御を怠った。その弊害か、もう身体は動きそうになかった。

 

 「がっ、はぁー、ひゅっ、はぁー……」

 

 呼吸をすることすら困難になりそうだった。それでも何とか息を整え、何とかその顔を見上げることに成功する。

 

 「術式の解釈を広げたか。しかし(これ)はどうなっている?俺は貴様にこんな物を着けられる隙は見せてないが……」

 

 そう言って宿儺は自身の腕に巻きついている枷を指さし俺へと尋ねた。しかし言葉を出す余裕も無い俺はその動きを目で追うので精一杯だった。

 

 「ふぅむ……呪力で印を付けていたか?貴様、打ち合うフリをして俺に呪力の導を付けていたな?」

 

 宿儺のその言葉に俺は心の中で頷く。その通りで、最初の黒閃後の殴り合いの最中で俺は宿儺の両手足に呪力でのマークを行っていた。

 

 「しかし拘束効果も数秒。大方呪力量の差で拘束可能時間でも変わるのだろうな」

 

 淡々と俺の術式の解析を続ける宿儺の顔を何とか見続け、身体を動かそうとする。しかしどうにもピクリともしない。『纏繞鎖』で無理矢理動かそうにも今回は手すら動かせそうになかった。掌印が結べない。

 

 「っはぁ、はぁー……」

 

 「なんだ、もう話せもしないか……中々面白いが、生かす理由も無いな……さて、どうするか」

 

 俺を殺すかどうかを考えているのだろうか。顎に手を当て、考え込むように呟いた。

 

 しかし言葉を発せられない俺にはその思考に割り込むことすら出来ない。まさに風前の灯。命の炎がすぐにでも消えそうであった。

 

 ここで死んだら、どこで復活するのか。この姿勢から復活するならもう出来ることもな……いや、あるか。一つだけ。

 

 俺は文字通り最期の呪力を絞って練り始める。

 

 「!!……そうか、まだか……まだやるか!!」

 

 考え込む宿儺の表情に変化が訪れる。好奇心で溢れたその目線が俺を捉える。

 

 思考を切り替えろ。今の宿儺は俺を殺すかどうかで迷っている様子だ。ならその迷いを逆手にとれ。

 

 座り込む俺と宿儺の間は数メートルもない。僅かだ、この距離なら恐らく当てられる。

 

 手が使えないから掌印は不可能。だが掌印が無くても術式の発動はできる。だが普通の術式じゃ何の解決にもならない。

 

 俺の術式はあくまで捕え、縛り上げるもの。今この状況で宿儺の身を拘束しても意味が無い。解釈の問題じゃない、もっとその先、術式の考え方自体をひっくり返す(・・・・・・)何かを!

 

 「…ゲホッ……はぁ、はぁ…術式、反転(・・・・・)……!!」

 

 本来負とされる呪力を掛け合わせる事で生まれる正のエネルギー。それは階級の高い呪術師の中でも高度とされる限られた術師達にのみ許された技術。

 

 生まれ持って出来る人物もいれば、それなりの努力で出来る人もいるし、どんなに努力を重ねても出来ない人だっている。大抵は出来ない。

 

 俺の一応の先生()である五条先生も出来る側(・・・・)の人間だ。でも夜蛾(やが)学長の話によると最初から出来た訳でもなければ、努力してどうこうなった訳でも無いとの事だ。

 

 ならばどうやって出来るようになったのか。聞くと五条先生にしては珍しい、苦虫を噛み潰したような顔で話すのを拒むのだが、誤魔化すように一応教えてくれたことがあった。

 

______________

 

 『えぇ……あんま良い思い出じゃないんだよねー……ま、可愛い生徒のお願いだし、少しだけね』

 

 そう説明をしてくれた五条先生の話を纏めると、どうやら五条先生は昔何かのタイミングで死にかけたらしい。瀕死の五条先生とかまるで想像も出来なかったけど、なんで死にかけたのかを聞いても決して話さない様子から、本当にあったのだと俺は思った。

 

 『呪力の核心、って言うのかな。それを掴むと感覚的に呪力の流れが良く分かるんだ。これを得る方法とか、まだよく分かってはないんだけど、現状二つ』

 

 そう言って五条先生は「呪力の核心」に対して語り始めた。

 

 『メジャーなのが黒閃かな、結も話には聞いたことあるでしょ、アレを経れば、まぁ絶対じゃないけど、少なくとも呪力に対する理解は深まるはずだよ』

 

 そう言って五条先生は人差し指の先に呪力を漲らせ、赤く光らせた。暴発でもしたら怖いから止めて欲しいと心底思ったのを覚えてる。

 

 『で、もう一つね。僕の場合はこっちで、ズバリ死ぬ事!……あぁ、冗談冗談、半分はね。死と呪いは極めて強い繋がりがある。そしてその()を知った術師は一皮剥ける。その中で「呪力の核心」を掴む者もいる……』

 

______________

 

 そんな話を、思い出した。

 

 呪力の核心。正直まだ余りよく分かってない。しかし黒閃を決めてから身体に満ちるこの全能感が俺へと告げていた。今なら出来ると。

 

 死の最中呪力の核心を掴んで反転術式(それ)を可能にする術師がいる。それなら、俺以上に死を経験している術師なんていないはずだ。

 

 死ぬのは、苦しい。身体の機能が全て止まって、初めて酸素の無い身体を経験する。脳も動かない。ならその時俺は何を見ていた?視力は脳が死ねばなくなる。聴力も、触感も、何かも、感じない。ただの暗闇。

 

 だが確実に何か(・・)があったはずだ。暗く深い空間の中、感じ取れた何か。

 

 思い出せ。それがもし、呪力の核心と言うものならばきっと。

 

 「ケヒヒヒ!良いぞ!俺にもっと魅せろ!黒鉦の末裔!!」

 

 俺はもう、それを知ってるはずだ。思考を集中させ、死の感覚を思い起こす。俺の耳に宿儺の笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回一回も死んでないことに今気づいた。これってコンセプト詐欺でしょうか?
追記:少しラストの文を変えました。内容には関係ありません。

どの位の長さがいい?(試験的にアンケを実施してみただけなので必ずアンケの結果通りになるとは限りません)

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