世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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6話

 俺は幸運だった。生まれた時から何不自由なく生きてきた。母は俺と妹を産んで早くも亡くなってしまったが、代わりに父と祖父が世話を見てくれた。数人の使用人なんかも居て、自分が何もしなくても美味しい食事が出てくるし、安全の確保された寝床もある。

 

 古風な、昔ながらの家と、少し離れにある寺。そこが幼い俺の生活圏であった。保育園や幼稚園、小学校と言う存在を実際に見ることになったのは、丁度歳が10になる頃だった。今思えば、世間一般の常識とはかけ離れた生活であったのかもしないが、当時の俺はそれを当たり前のものと受け入れた。

 

 俺の歳が6になる頃、俺は祖父と父に呼び出され、妙に神妙な顔を浮かべる2人が俺を待っていた事を覚えている。

 

 「結、お前には呪術師になってもらう」

 

 その日の晩はいつもより豪華な晩飯となった。術師の家系では珍しくない、祝い事のための食事。当時はよく分からず食卓に居座った俺だが、今となっては意味がよく分かった。

 

 一般的に術式を持つ人間がそれを理解するのが5から6歳の間とされている。その日は俺の術式が判明した日で、それを境に俺の呪術師としての人生が始まりを告げた。

 

 まずは呪力の知覚だった。父の放つ呪力を見て、触れて、呪力を知った。続いてそれを自分でも出せるように何度も繰り返し自分の中の呪力を探るようにして日々を過ごした。

 

 幼い頃ってのは思いの外単純で、賢い。呪いと言う負の念を経験から理解し、かつその制御方法を覚えていった。そこまで行って俺は初めて自分の心の中と言うものを知覚し始めた。これが術式の覚醒だった。

 

 何となくで理解し始めた術式を少しづつ形にしていく。これが次のステップだった。しかしこれがどうにも難しい話だった。

 

 父から術式の説明や使用方法を教わるものの、そこに論理的要素は少なかった。呪力の制御や発散はほぼほぼ感覚的に、自己完結の範囲で行うことができた。だが術式は別だ。目にみえる呪力とは異なり、自分の内に眠る見えもしないものを扱えなんて言われてもそう簡単に出来ることではなかった。

 

 加えて、我が家には歴代の『枷縛呪法』の使い手が残した使用法、鍛錬法、その他含めて、全ての資料が存在していない。あるのは備忘録代わりに父と祖父がそれぞれ残した数冊のノートのみ。

 

 当然のことだが、父や祖父のやり方が俺に適応した方法である訳がない。何度説明されても、言っている意味が分からなかったり、そもそも子供の俺と大人の彼らでは呪いへの捉え方も異なっていた。

 

 俺は努力を重ねた。ストイックだからとかの理由では無い。昔から閉鎖的な環境での生活が俺の全てだった。父や祖父、使用人から教わることが全てであり、与えられる情報だけが俺を肯定し、形作っていた。

 

 故に、教えられる勉強や目標を達成することで父からは褒められ、称賛や言葉として確かに形を持った「ご褒美」として俺の元へと努力が変換される。俺にとってはこれが全てであった。

 

 そしてその努力の方向が呪いへとシフトチェンジした。少し先の「ご褒美」を求めて必死に頭と身体を動かす日々。

 

 だが、現実は自分の理想通りには作用しない。幼い俺はその時、初めてその事実を知った。

 

 父主導の元行われる鍛錬をこなす。呪力を練って、父の術式を見て、数時間に渡る瞑想を繰り返して、ただ、呪いと向き合い続ける日々。気が滅入りそうだったのは俺じゃなかった。

 

 父の顔色が段々と変わって行く事に俺は過敏な程に気付いた。もとから父や祖父からの賞賛の「ご褒美」を目標として過ごしていた俺が、家の中で絶対の権力を持つ父からの評価を気にするのは至極自然な流れだった。

 

 「結、今日の鍛錬は終わりだ、もう良い」

 

 父のその台詞を聞く時刻が段々と早まっている事に気づかない程愚鈍な俺でもなかった。呪いを自覚して数年、鍛錬を重ねれば重ねる程俺の才能と言うものが浮き彫りになっていった。

 

 早いとは言えない術式への理解速度。極めて優れた戦闘センスや結界術の才覚もなければ、極めつけは総呪力量の少なさだった。

 

 日に鍛錬を終えると同時に倒れ込み、自力で動けなくなる。呪力切れだ。その所為で父や祖父の扱う拡張術式も行えなかったり、長い間の鍛錬が不可能であったり、とにかく呪術師としての俺の足を引っ張っていた。

 

 そしてそんな曇天な空模様の俺の毎日に転機が訪れた。

 

 俺が生まれて十年を迎える年のある日、その日の夕食がよく記憶に焼き付いていた。

 

 天ぷら、刺身、すき鍋。和食で統一された新鮮な素材と手の込んだ調理によって作られた料理達。それは四年前ほど見た景色とやけに酷似していた。

 

 妹の術式が判明した。その報せを父からではなく、使用人達の会話の中から聞き取った。

 

 それから少しして、俺の鍛錬を見学する妹の姿が道場に増えた。父は妹の隣で、俺の行う鍛錬の内容や術式について説明を続けていた。俺はひたすらにその声を聞いて鍛錬だけに努めた。

 

 そしてそれから数週間。妹が自分の術式について自覚し始めた。率直に早いと、俺も父も同じ感想を抱いた。妹は才能のある呪術師だ。それは今も昔も変わらない俺の中での妹の評価だった。

 

 呪術界は実力主義の世界だ。御三家が牛耳る上層の世界では男尊女卑の風潮が強いらしいが、規模も目に見える実績も少ない黒鉦家にとっては今はとにかく実力のある術師の輩出が求められた。

 

 俺が11歳になる頃には道場の中心には妹と助言をする父の姿が。俺は時間をずらして夜中に鍛錬をしたり、昼間は瞑想による術式の理解に時間を充てる事が増えた。

 

 最初は俺の積み重ねてきた道のりを裕に乗り越えて行く妹に対する劣等感や嫉妬もあった。「ご褒美」の対象は妹へ。本来俺に与えられるはずだった物を突然奪い取られた、そんな気分。

 

 悔しかった。負けてたまるかと、限界を超えた鍛錬を自分に課した。術式や結界術に関する個人的な考えや経験を纏めたり、とにかくできる事を重ねて迫ってくる妹から逃げるように自分を追い込んだ。

 

 呪術師らしかったな、とあの頃の毎日を思い返す度に俺は自分をそう評した。呪詛のように落ちぶれていく自分の未来の姿と妹との差を呟き続ける日々。寝る間も、その意識が落ちる寸前まで自分の術式や呪いについて考える。

 

 最低な(充実した)毎日だった。神経がすり減り、自分が自分でなくなるような、寝ても醒めても消えない呪いの感覚。

 

 そんな俺の毎日が終わりを迎えたのは今から5年前だった。その年は黒鉦家の管轄する地区での呪霊の発生が多かった。父や祖父も出かける日々が増え、その日は丁度2人がいない日だった。

 

 術師の家系の家には、大抵結界が張ってある。呪具や呪物を扱う場合もあるため、呪霊を呼び寄せる可能性を考慮して登録してない一定以上の呪力を検知して報せる結界を張っているケースが多い。

 

 目を瞑り、思考に海に身を沈める。静かな家の一室に、俺の呪力だけが渦巻いていた。

 

 夜。皆が寝静まっている中、警報の音が響き渡った。

 

 黒鉦家の天才児が目覚める夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

 

 

 

 靄が晴れてくように、光が開いた瞼に差し込まれる。白い光を払うように、何度か瞬きを行って視界の靄を晴らす。

 

 白い景色。それが天井だと分かってからようやく自分が寝ている事に気づいた。

 

 「……どこだ……ここ」

 

 ガサついた声は自分が寝起きである事を表していた。首を起こし、周囲を見渡そうとしてようやく違和感に気づいた。身体が妙にだるい。首を回そうとしてグキグキと骨の音が響いた。

 

 それでも上半身を起こし、まだ光に目が慣れない中周りの景色に集中する。俺が寝ているのは簡素なパイプベッドで、真横には白いカーテンの仕切りがある。逆サイドには窓が設置してあり、対面には俺の寝ているものと同じように無人のパイプベッドとカーテンの仕切りがあった。

 

 そこまで見て俺は思い出す、ここは高専が所持する病棟の一室。俺も良くお世話になっている施設だった。

 

 そこまで考えて俺は妙に身体がだるい理由にも納得した。ここを利用する者の大半は任務や鍛錬で怪我を負った者だ。つまりは俺は何らかの怪我が原因でここに搬送されて寝ていたのだろう。

 

 「……っ!!宿儺!」

 

 モヤついていた思考に雷が落ちるように記憶がフラッシュバックした。俺は反射的に左側の窓の外に目先を移す。一面に広がる森の景色にところどころ浮かぶ仏閣達。少し離れた場所に位置する木製の校舎は毎日目にする俺の学舎だった。

 

 空一面の青模様。ここは高専の敷地内、時刻は多分午前か正午。俺が最後に見た空の景色が曇天の雨雲が空を占める夕方から夜頃。つまり最低でも気を失ってから日を跨いでいるはずだ。

 

 て言うかそもそもあれから俺はどうなった?任務のため少年院に行って、特急呪霊に遭遇して、それから虎杖君の身体を乗っ取った宿儺との戦闘になって……何度も死んで……

 

 一つ一つ繋ぎ合わせるようにして記憶を整理する。同じような違う光景が何度も思い起こされ、頭が混乱しそうだった。

 

 寝起きの所為かまだ上手く回らない頭で必死に思い返す。数分間の思考時間を経てようやく色々と思い出せた。

 

 想定外の敵の出現。何度も死に、何度も生き返る景色の連鎖。目の前に現れた史上最強の術師、両面宿儺。そして俺の……術式の変化。

 

 宿儺に蹴り飛ばされて……死にかけた状態から先の記憶が曖昧だ。今ここにいるって事はあの状況から生き残ったって事だと思うが……正直、あの先から生き残れるビジョンが思い浮かばなかった。

 

 一体何が起こったのか、俺にトドメを刺す寸前に虎杖君が身体の支配権を戻したのか、それとも宿儺に見逃されたのか。

 

 「てか虎杖君……恵と釘崎ちゃんはどうなった?」

 

 「虎杖は死んだよ。残った一年は無事生還」

 

 俺が1人で俯きながら呟くと、俺の頭上から声が降ってきた。

 

 「え?」

 

 1人であると言う前提で独り言を呟いていた俺はまさかの他者からの声に驚き顔を上げると、そこには白衣姿の不健康そうな隈を目の下に作っている落ち着いた雰囲気を放つ女性、家入(いえいり) 硝子(しょうこ)さんが居た。

 

 家入さんは世にも珍しい反転術式のアウトプット、つまりは他者の治療が可能な稀有な術師で、普段は俺みたいな負傷者のために備えたりしてる高専に所属する大人の1人だった。

 

 「じゃ、早速健康状態の確認。今から君の身体の状態について質問するから、手早く答えてくれ」

 

 まだ完全に状況の整理が済んでおらず、驚きの色が抜けない俺を放って、家入さんは淡々と質問を始めようとする。

 

 「えっと……ちょっと、状況の説明を……」

 

 「えー……私としてはさっさと君の状態をチェックして仕事を終わらしたいんだけど……」

 

 ま、君からしたら無理もないか。そう言ってから家入さんは説明のため口を開いた。

 

 「黒鉦。君、虎杖達を連れて任務に行ったのは覚えているだろう?」

 

 「ええ、まぁ。大体は」

 

 俺が答えると家入さんは近くの椅子に座ってから続きを話した。

 

 「話は大体いた……その場に居た一年達から聞いてるよ。両面宿儺が虎杖の身体で暴れたんだろう?窓から報告されてた呪霊は宿儺によって祓われたが、その宿儺が今度は君と伏黒に襲いかかったと、ここまでが私の聞いた任務の経緯」

 

 「俺、死……にかけた記憶はあるんですけど、その先が良く覚えてなくて…ぶっちゃけ生き残ってる事に驚いてるんですけど、どうなったんですか?」

 

 一瞬、家入さんに何度も死んでは戻るを繰り返した事を話そうとして、直前で止めた。そもそも立証も出来ないし、俺にだってよく分かってない荒唐無稽な話をするのは憚られた。

 

 「それ、私も知りたいんだけど。黒鉦。君どうして生きているんだ?私も報告の内容を聞いて生きていると思わなかったし、今も少し驚いてるよ」

 

 どうして生きているのか。人生においてこんな台詞を聞くなんて……と思ったが、よくよく考えれば家入さんからこの手の台詞を聞くのも少なくは無かった。いつも致命傷一歩手前を負って、家入さんの治療で助けてもらってるのだ。

 

 「えーと……割と無我夢中だったって言うか。自分だったけど自分じゃ無かったと言いますか……すみません、やっぱり記憶が曖昧です」

 

 俺は何とか思い出そうとするが、蹴りを喰らった衝撃が最後の記憶だった。

 

 「まー無理もないか。大分出血してたしね。詳しい話は……そうだな、今から一年を連れてくるからそっちに聞いてくれ。健康診断はその後にしよう」

 

 「すみません……なんか、いつも世話になってて」

 

 そう言って立ち上がる家入さんに俺は礼を言う。

 

 「別に、これが仕事だよ。世話してるつもりはないしね」

 

 そう言って変わらぬ淡々としたクールとも受け取れる口調で話しながらスタスタと俺の視界から去って行く家入さん。

 

 本当に、高専(ここ)に来てから一番世話になっているかもしれないレベルだ。そう考えてると遠のいていたはずの足音が段々と近づいて来て、やがて仕切りのカーテンから顔を覗かせた家入さんが口を開いた。

 

 「そうそう、聞くの忘れてた」

 

 何のことだろうか。家入さんは続けて聞き忘れの内容を口にした。

 

 「君、反転術式使えたりする?」

 

 家入さんのその声に俺は何を当たり前の事を、と考えてから答える。

 

 「いや(・・)しないですけど(・・・・・・・)……」

 

 見えてるようで、どこか見落としてるような。気味の悪い感覚が俺の腑に残った。

 

 

__________________

 

 

 「……生きてたんですね。黒鉦先輩」

 

 いつもと同じ無愛想とも取れる表情でそう口を開く恵は何だかいつもより機嫌が悪そうだった。

 

 「まぁ……何とか?」

 

 俺がそう答えると、何故か恵に大きくため息を溢される。その理由が分からず、俺は言い表せぬ罪悪感を感じて誤魔化すように笑みを浮かべる。

 

 家入さんが呼んできてくれた2人(・・)は頬に湿布を貼ってあるものの、俺と比べれば大分軽傷に見えた。家入さんの治療の効果だろうか。

 

 「それで、見ての通り俺は病室のベッドに運び込まれてるわけだけど、あれから何があったか知ってる?」

 

 俺がそう問いかけると恵が小さく頷いてから任務の続きを説明してくれた。

 

 「虎杖と別れた後、釘崎を連れて外に脱出しました。それから玉犬で合図を出してから負傷した釘崎を伊地知さんに預けて、そのタイミングで少年院の生得領域が消えたのを見ました」

 

 生得領域の消失、つまりは宿儺と虎杖君が入れ替わり、特級呪霊を宿儺が処理した後、俺の目の前に現れた時だろう。

 

 「私は呪霊との戦闘で頭から血出てたから、伊地知さんと撤退。残って伏黒だけ虎杖達の救助に向かったわ」

 

 自分の頭を指さして釘崎ちゃんがそう言った。どうやら軽傷だった伏黒が俺と虎杖君の様子を確認しにきてくれたらしい。だが俺は恵の姿を見ていない。

 

 「その後、俺は上空に飛んでいく人影を見て、もしかしてと思って落下地点に移動しました」

 

 上空に飛んでいく人影、十中八九俺のことであろう。恐らく宿儺に蹴り上げられ、森の中に叩き落とされた時の事だ。

 

 「そこから向かったら、やっぱり受肉していた虎杖の姿の宿儺が立ってて、その下に倒れる形で瀕死の黒鉦先輩が居たって感じです」

 

 どうやら俺が気を失った直後くらいに恵が来てくれたようだ。多分俺は殺される寸前、そこで恵が何とか俺を運び出してくれたのだろう。

 

 「え、でも恵大丈夫だったのか?宿儺から攻撃されたりとか……」

 

 俺がそう聞くと再び大きくため息を吐いた恵は苦々しい面持ちで言葉を続けた。

 

 「攻撃されましたよ。先輩ほどじゃないですが、死ぬかと思いました。だけど、あっちも本気じゃ無かったし、ほんの数タッチで虎杖が身体を取り戻してそれで済みました」

 

 恵は心底嫌そうな表情で語るが、それとは対照的に俺は安堵の息を溢した。

 

 「……いや、アンタは自分の心配した方が良いですよ。本当に、俺が見た時全身血塗れで脈も止まってましたからね」

 

 そんな俺を見て恵がジトっとした目線をこちらに向けた。

 

 「……俺だって望んであんな状況になった訳じゃねーよ…」

 

 俺は小さな声で反論するが、その心中俺も反省をしていた。今回の任務、俺の判断ミスが多かった。何度も死んだことがその証だ、もっと良い判断をすればあんな死ぬこともなかっただろう。

 

 結果が全てだ。だが結果だけ見てる奴は死んでいく。悲しい程にここはそう言う世界なのだ。

 

 「何にしても無事で……無事では無いか。その、怪我の方は問題ないの?」

 

 もう1人の見舞い人、釘崎ちゃんがそう話すが、その声に第一印象ほどの覇気は無かった。恐らくあの任務で自分だけ最初に影に取り込まれて撤退してしまった事に少なからず罪悪感を感じているのだろう。

 

 「全然問題無い。俺は弱いからしょっちゅうこれより酷い怪我するし、まぁ生きてれば万事オッケーって感じで」

 

 俺は出来る限りなんともない事をアピールをする。実際には今までの任務の中では余裕で一番死にかけたし、死んだけど、後輩に変に気負わせる訳にもいかないだろう。

 

 釘崎ちゃん()きっと他人の事を慮れる人間だ。発言に少し圧を感じはするが、それも彼女の個性の範疇だろう。きっと善い人間なんだ。つくづく呪術師に向いてない。辞めてしまえ、本音を言えばそうだが、時にそれは人の矜持を傷つける事になる。

 

 言葉にはしない。だが、この呪術界(せかい)は善いやつから先に散っていく。本当に、憎たらしい程に。

 

 俺は視線を恵と釘崎ちゃんの横に目線を向ける。そこには誰もいない(・・・)。そしてその事が表す意味も理解していた。

 

 「……虎杖は死にました」

 

 俺の視線の先に気付いたのか、恵がポツリと俺にそう言った。

 

 「そうか……」

 

 分かってはいた。いたが、恵の口から聞くと途端にそれは現実味を帯びた。

 

 俺は視線を窓の外に移して目を瞑る。脳裏に映ったのは溌剌な笑みを浮かべている彼の姿。

 

 本当に嫌気が差す。彼は逃げ切れたはずだった。俺が一歩誤らなければ、自分の命と彼の命を天秤に賭け、結局自分を選ばなければ。

 

 後悔は積み重なり、その度に自分を責める声が脳内に響いた。そして何より、そんな風に後悔をしている自分の偽善者振りに心底嫌気が差した。

 

 どうせ自分の命を選択する癖に。

 

 俺は何をしても生き残る。それは俺の呪術師としての矜持であり、同時に最大の汚点でもあった。後悔は無い。俺は自身が生きることに負い目を感じる事は今後もないだろう。きっとそれは、後輩の犠牲を持ってしても。

 

 そしてそんな少し先の自分を思い描いて、後悔なんて演技をしてる自分が嫌で仕方ない。

 

 目を開き、窓の外の景色を見る。夏色の日差しが差し込む、清々しい位の青空だった。

 

 「……その、別に虎杖の事は「よしっ!切り替えて行くぞ!」いの所為じゃ……え?」

 

 釘崎ちゃんが俺の様子を見て励ます様に話すのを遮るように声を出す。出来るだけ、元気の良い声で。

 

 「恵、五条先生が今何してるか分かるか?」

 

 俺がそう言うと恵は少しの沈黙の後、口を開いた。

 

 「……今は京都との交流会の件で京都の方の学長と話をしに離れてます」

 

 交流会。その言葉に俺は思い出す。そういえばそろそろそんな時期だな、と。

 

 東京校と京都校での交流会。呪術師にとっての繁忙期の一つである初夏を超えてぼちぼち落ち着いた頃、呪術師同士の士気を上げたり、互いの研鑽のために京都と東京のどちらかで行われる学校行事の様なもの。

 

 正直苦手なイベントだ。主に1人の生徒の所為で。

 

 去年は京都で開催されたこのイベント、俺は2年で2回目の参加だった。その昨年は人数合わせで参加したのだった。

 

 1年で参加した時、軽い合宿みたいな認識で行ったら想像の八倍は血生臭くてトラウマになったのを覚えてる。特に個人戦、よりによってアイツと当たった所為で俺は全治2ヶ月レベルの怪我負う事となった。家入さんがいる東京で良かった、本当に。

 

 それに比べて去年は楽だったなー、と思い出してから俺は口を開いた。

 

 「あー、そうか。もうそんな時期か。去年東京(こっち)が勝ったから今年は東京か」

 

 俺がそうポツリと呟くと今度は釘崎ちゃんが目を見開いて驚きの声を上げた。

 

 「えええ!?交流会、京都行くんじゃないの!?」

 

 まるで天地がひっくり返ったみたいなリアクションで釘崎ちゃんはそう言った。例年通りならその年の交流会の開催場所はその前年団体戦で勝利した側の校舎がある方となる。

 

 今年の場合は去年の乙骨(おっこつ)憂太(ゆうた)無双の影響で勝利を掴んだ東京校の位置する東京にて交流会が開かれる。

 

 「交流会はその年の前年勝った方の場所で開催される。だから今年俺達は京都には行かないぞ」

 

 驚く釘崎ちゃんに対して恵が補足を入れる。するとその言葉に勢いよく膝を折って天を仰いで大きく口を開く釘崎ちゃん。

 

 「嘘でしょぉぉぉぉ!!!」

 

 その活きの良すぎる絶望っぷりに俺は思わず吹き出しそうになるのを手で抑える。

 

 「釘崎。だからか、最近妙に会話が噛み合わないと思ってた」

 

 「伏黒ォ!アンタ気付いてんなら早く言いなさいよ!!」

 

 私もうどの店でお昼ご飯摂るかまで調べてんだから!!そう言って「京都」とデカデカと書かれた観光雑誌を手に持って訴えかけてくる釘崎ちゃんと疲れた様な表情を浮かべる恵。

 

 その光景にいよいよ俺は笑い出してしまう。

 

 「ちょっと!!先輩も笑ってんじゃないわよ!!私の京都、しっかり耳揃えて返してもらうから!」

 

 「どうやって返すんだよ……」

 

 呆れた様な恵の声に俺は目尻の涙を拭って笑いを抑える。本当に、びっくりする位楽しい2人……いや、3人だった。

 

 「ははは!ごめんごめん……ふぅ、さて、俺もさっさと身体慣らして動ける様にしないとな……五条先生と話したいけど、その前に家の方が先か……」

 

 俺は目線を再び窓の外の空へと向ける。青空のその先を見つめるよう、目を細める。

 

 生きてれば、良いと思った。それが呪術師となって受け取った最初の遺物(呪い)だった。だが、どうやらそれも俺だけじゃダメらしい。

 

 虎杖君。俺は心の中で呼びかける。亡くなった者も自分の心の中に棲み続けるなんて、都合の良い言い訳に過ぎない。だから俺は、君を棲まわせない。だけどその生き様(呪い)はきちん背負って行くから。

 

 本当に迷惑極まりない、でもそれで良いと思った。それがきっと呪術師なのだ。

 

 「黒鉦先輩、色々やるのは良いですけど、2年の先輩達にも顔見せといてくださいよ。俺、死んだって言っちゃいましたから」

 

 「……マジかよ。だったら恵が訂正しておいてよ」

 

 俺がそう言うと今度は釘崎ちゃんが口を開く。

 

 「三日も寝たきりだったし、顔見せないと信用してくれないんじゃない?」

 

 「……マジ?そんなに経ってたの?」

 

 俺が驚きに目を見開いてそう尋ねると2人は揃って首を縦に振った。三日も意識がなく寝ていたのだ、身体のだるさも納得が行った。

 

 ……まずは迷惑かけた人達に生存報告しとかないとな、伊地知さんとか。

 

 俺はこれからの忙しくなる日々を想像して、色々と感情の籠ったため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




毎話1万字程度に抑えてるけど、もっと長い方がいいのか、短い方がいいのか。アンケートを取ろうと思ってやり方が分からない昼過ぎ。

後、毎度誤字脱字報告して下さる方々、本当にありがとうございます…!感想も励みになります!

どの位の長さがいい?(試験的にアンケを実施してみただけなので必ずアンケの結果通りになるとは限りません)

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