世界が待ってる この一瞬を(絶望) 作:リョオオオオイキテンカァァァ!!
段々と続いていく石階段を登って行く。真夏の日差しを受けて温まった石段の熱を靴越しに感じとる。年々増していく夏気温の上昇、気温上昇に対する負の感情もいつか呪霊になるのだろうか。そう考えながら額の汗を拭う。
山中にポツリと位置する寺の裏手、山の斜面を登るようにして幾つもの墓標達が立ち並んでいる。列をなすように段々と立ち並ぶ墓達の中心に一本、山の中腹へと伸びる様に連なる石段、その一つ一つに足を掛けて登って行く。
呪術師の存在は公にはされない。一般人の恐怖が呪霊の脅威を増幅させるため、その存在は極めて極秘に扱われる。仮に呪術総監部が国会を介するなどして呪霊の存在を公表すればそれは世間に認知された災害に等しい。この世で最も恐ろしい災害の完成となる。
災害は人の負の感情を増幅させる。それは殺人事件や人身事故の報道などとは比べ物にもならない程だ。なぜなら災害は自身の身にも降りかかる可能性のある、言ってしまえばすぐ側の死だ。災害翌年の呪霊被害が多いのはこの為と考えられている。
呪霊災害から生まれる呪霊など想像もしたくない話だ。
故に呪術は秘匿される。だが、呪術師だって人間だ。死因は呪霊だけじゃない、食えなければ餓死するし、安全な住居や社会的身分がなければ人間社会は生きていけない。上層部や御三家は国の重鎮と深い関わりがあるが、その他は別だ。
例えば高専の生徒。俺たちは表向きには宗教系の専門学校の生徒として社会に溶け込んでいる。五条先生もその教師だし、窓や一般の術師もスーツの着用や仕事着を纏うなどして呪術の秘匿と社会生活の両立に努めている。
それは日本全国各地の呪術師に共通している点であった。どうにかして呪術師やその家系の者達は一般社会に溶け込む。それは俺の実家、黒鉦家でも同様のことであった。
愛知の山奥に位置する古風な家と寺。そしてその裏手に並ぶ無数の墓。黒鉦家は地域からは仏教関連の仕事を行う僧の一家と認識されている。そのため、家の裏手は道が整備され、墓へと続く道となっている。
「にしても暑いなぁ……」
俺はその道をひたすらに登りながら、そう呟いた。
東京は暑いし寒い。人並みに揉まれると言う経験を経て俺はそれを知った。なんせ生まれも育ちもここ田舎だ。東京は人が多いくせして人に優しく無さ過ぎる。確か去年の今頃はそう言って恵に愚痴っていた気がする。
一年ぶりの愛知だ。東京よりはマシだと思っていたが、同じくらい暑い。本格的に暑さによる呪霊の発生が増えてもおかしくない気がする。
そんな風に考えながら石段を登っていくと、やがて山道へと出る。地面の感触が変わり、土の地面へと足を踏み出す。一応道と呼ぶことは出来るが、まともな整備などここ数年行われていないのだろう。歩きにくい山道を登って行く。
ここまで来るともう墓標の姿は確認できない。木々が並び立つ道をひたすらに進んでいく。
ふと追想をした。昔はよくこの山を使って体力をつけるための練習をしたものだ。
最初は父と共に、やがて妹が育ってからは妹と、そして最後には、1人で山道を走り続けたものだ。
春も夏も秋も冬も、飽きず足りず何度も通ってきた道だ。色づく葉の色は変われど、その景色には不思議と見覚えがあった。
呪いの意味も分からず、父の言う通り走って通った。今度は呪術師という明確な目的を持って走り、やがて力を渇望する様に走った。
理由や感情に違いはあれど、
手に持つ水の張った桶と一本の手桶を地面に置き、それから空いた両手を胸の前に合わせて目を瞑る。毎日ここに来て、高専に来てからは毎年この時期になってから習慣として放って来た言葉。
「ただいま。母さん」
目を開き目の前の墓石を見つめる。名前も刻まれてないそれの下には、確かに母が眠っていた。
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自身の背丈の二倍はある巨大な本棚の中から片っ端に本を取り出しては、表紙を見て、それから数ページ捲って中身を確認して、ため息を吐いてから戻す。
埃臭い部屋の中、既にこの作業を繰り返して数十分が経過しようとしていた。
「マジで無いのかよ……」
俺は思わずそう1人愚痴を漏らす。俺がわざわざ母の墓参り以外で
『貴様が黒鉦の
そう言って俺を試すように襲い掛かってきた宿儺。その口ぶりはまるで
それがどうして1000年以上前の呪いの王、両面宿儺に名を覚えられているのか。あまつさえ、俺の術式についても知っている様で、事実俺は宿儺の言動から術式の在り方を考察し、『纏繞鎖』や『縛上』と言う技を得た。
ここまでの経験を経て、自分の家の歴史に疑問を持つなと言う方が無理な話だ。俺は一度母の墓参りのついでに家の文献を調べてみることにした。
だが、その結果は今のところ芳しいとは言えなかった。家の中にあるそれなりに膨大な部屋面積を持つ書庫。これらはほぼ全てが呪術関連の書物となっていて、門外してしまうと色々と不味いので厳重に結界で保護されている。
そのせいで使用人の手に届かないのか、部屋の中は埃まみれ、窓もないので持ってきた置型の照明のみが部屋の中身を照らしていた。
ここに来たのは一度や二度ではない。父の教えが俺に上手く響かなかったため、実家にいた頃もここの本を読み漁って呪力や術式の理解に努めた。だが、その当時も『枷縛呪法』の使用者の残した文献などは見つからなかった。
今回は幅広く、黒鉦家の家系図とか、歴史に関する書物が無いかと書庫の本棚の中を探してみたが、黒鉦の一文字も見つからない。呪力や結界術に関する基礎的な文献はあっても、それは他の術師の家系が記した物だった。
本当に、何してんだよこの家。俺は先祖や祖父、父に心の中で文句を告げた。
俺は再び手に持った本を本棚に戻してから、両手を広げて大きく伸びをした。
「何か探し物ですか?」
そしてそれと同時に、俺は背後から聞こえたその声に俺は伸ばしたままの両腕が固まってしまう。
川のせせらぎを思い起こさせる様な、凪いでいて冷たい声。生まれたその日から忘れたことなんて無い、黒鉦家の
俺は両手を下ろし、床に置いていた照明を持ち上げてから、後ろを振り返る。
肩よりも下まで流れる、俺のものより僅かに淡黄色の色が強い茶色の髪。青に澄んだその双眸は妹の持つ淡い冷徹さを表している様だった。
「……居たのか、
「いえ、ついさっき来た所です。兄さん」
黒鉦
「……じゃ、なんでここに来たんだ?普段から使われている訳じゃなさそうだけど」
俺は僅かに緊張した声色でそう問いかけると、対照的に落ち着き払った結依の返事が返ってくる。
「毎年、この日になると私が行くより先にお母さんの墓に花と手入れがされています。そんなことするの、私か兄さん位でしょう。だから来てると思い、お父さんに聞いてみたら兄さんの来訪を告げられました」
確かに、俺は滅多に
「……それ、取りに来たのでしょう?武器庫に兄さんの残穢が残ってました」
結依は俺の背中の
「あー、これか……持ってた鎌が使えなくなってな。その、一応父さんには確認をとったんだが」
「任務で、ですか?」
「……不味かったか?」
俺は結依の顔色を伺うように聞くが、結依の表情に変化は見受けられない。今の黒鉦家の当主は父だが、将来的に考えて時期当主は結依だ。結依がノーと言ったらそれが父の、黒鉦家の総意となる。
しかし、結依は首を小さく横に振ってから口を開く。
「いえ、別に構いません。兄さんは弱いですからね。会いに来た理由は確認です」
結依は淡々とそう告げてから俺の方へと歩いて近づいてきた。
「確認って……なんのだ?」
俺がそう聞くと、結依は呆れた様にため息を吐いてから口を開いた。
「忘れたんですか……?後1年です。そしたら兄さんには私と入れ替わりの形で
その言葉は俺が高専へと行く前日に結依の口から告げられた言葉を思い起こさせた。
『四年後、私が高専に行くまでです。私が上に力を示します。そうしたら兄さんの役割はお終いです』
今と変わらぬ透き通った口調で語ったその言葉は確かに俺の脳裏に焼きついていた。
「あー……うん、覚えてる、けど……」
俺はそれより先の言葉を紡げずに目を逸らすだけだった。
「……もし、断るような事があれば、その時は」
ゾクリ、身体中の全神経が逆立つ様だった。それは呪力の起こり。俺は一瞬にしてその場を飛び退きその発生源から距離を取る。
「力尽くで、です……思ったより早い反応ですね、腕を上げましたか?兄さん」
視線を発生源である結依へと向ける。結依は母さんから譲り受けたのか、凛々しい顔立ちの美しい少女へと成長を遂げていた。だが、美しさとは時として恐怖へと変わる。部屋中を埋め尽くさんする呪力が、その姿を悍ましく浮かび上がらせていた。
鬼神。その表現が似つかしい程に、結依は
結依の総呪力量は俺が出会った術師の中で三番目に多い。纏うだけで同部屋にいる俺の肌を刺すようなこの感覚、恐らく出力も俺なんかとは比べ物にならないだろう。
いつの間にか頬を伝っていた冷えた汗が、ポタリと俺の足元へと落ちていった。
「すみません……久しぶりに会えたのが嬉しくって、少しはしゃぎ過ぎましたね」
ニコリ、と目を細めてから呪力を抑える結依。再び書庫に薄暗い埃くさい空気が戻ってくる。
「……」
「そんな怯えないでください、兄さん……探し物、してたんですよね?何か手伝えるかもしれませんよ」
俺が何も言えずに固まっていると、結依の方から話を続けてきた。俺は一度肺に溜まった空気を吐き出すように呼吸を整えてから、ゆっくりと話を切り出した。
「……いや、大丈夫だ。探し物は済んだ。それより結依……術式に、『枷縛呪法』をその、どう、どのくらい使っているかとか、教えてもらえたりするか?」
俺がそう言うと結依は首を傾げて口を開いた。
「術式、ですか?……兄さんも知ってると思いますが、お父さんから教わった
人差し指を立て、グルグルと回転させながら語る結依。
反転術式、使えんのかよ……。
割と衝撃的だった事実だが、結依は何ら意外性もないような話し方で語っていた。
「……じゃあ、枷とかは……」
「……枷、ですか?……あぁ、鎖で巻いたりする拡張術式ですか。考えはしましたが、そんな事しなくてもさっさと攻撃に転じた方が早いでしょう」
結依は少し考えてからそう話したが、俺が聞きたい内容とは少しずれていた。
鎖を利用する拡張術式ではなく、呪力から“枷”自体を生成する使い方。俺に出来て結依に出来ない事は無いとは思うが……
「そうじゃなくて、その枷自体を生成する使い方と言うか……」
「枷自体……?どういう事ですか?」
俺がそう言い淀んでいると怪訝そうな表情を浮かべる結依。
「『
そう言って俺の正面まで歩いて近づいてくる結依。俺は先ほどの呪力の放出を思い出して少し身構えていると、結依のその右手が俺に向かい伸びてきて……
「熱でもありますか?」
そう言って俺の額へとその手を当て、熱の有無を問いかけてきた。
「……いや、無いよ」
俺は何だか毒気を抜かれたような気分になって、そのまま添えられた手を退ける様に結依の手首を掴む。
「そうですか……まぁ、兄さんがどうしたいかは知りませんが、後1年もない高校生活です。せいぜい楽しんでください……で、今日は他に何か?」
結依は俺に背を見せ一歩遠ざかり、こちらを振り向いてからそう言った。
「いや特には……後はここの掃除でもしてから帰る予定だけど……」
俺がそう言って暗い床を指差すと、結依は少し目を伏せてから再び口を開いた。
「そうですか。なら、私も手伝いましょう」
掃除道具、持ってきますね。そう言ってスタスタと書庫の出口へと歩いて移動してしまう。
「いや別に俺だけで……」
呆気に取られて反応が遅れた俺の声は結依まで届かなかったのか、彼女はそのまま部屋の外へと移動してしまい、その姿は見えなくなってしまった。
「……」
部屋の中には1人なのに、何だか気まずい雰囲気が流れる。
もしかしたら強い呪術師になるためには人の話を聞き流すくらいの肝が必要なのかもしれない。
俺は頭の中にいつも冷徹な表情を浮かべ続ける結依と、自由奔放な目隠し最強の姿を思い浮かべながら閉じた扉を眺め続けた。
_______________
家から出て、少し離れの自販機で買った麦茶をベンチに座って飲む。
結局あれから掃除道具を持ってきた結依と書庫の掃除を行うことになった。特に会話らしい会話もなく、ひたすら無言で掃除用具を握り続ける時間が過ぎていった。
「何だかなぁ……」
妹との、結依との仲は悪いのだろうか。いや、悪いのかと疑問にしてる時点で良好ではないのだろうが。
俺は一般的な兄妹というものを知らない。身近な兄弟姉妹は恵や真希ちゃんだが、どうにも呪術師ってだけでまともな兄弟関係ではないような気がする。
互いに呪術師、互いに同じ術式、互いに同じ環境で育って、こうまで2人の間に違いが出るものなのだろうか。
俺は昔からの結依と俺の姿を思い浮かべながら考える。結依は俺と違って昔から賢く、物覚えも良かった。それは呪術だけに限った話じゃない。勉強や体術、呪具の扱いからして妹である結依の方が優れていた。
俺の結依に対する劣等感がこうまで関係を変化させたのだろうか。いやでも、
俺はそう考えながら懐から携帯を取り出し、時刻を確認する。昼を少し過ぎた位、今から帰れば日帰りは容易だろう。
俺がそう思って駅の方まで歩き出そうかとペットボトルの麦茶のキャップを閉じていると
「お。本当に生きてる。いやー、結に関してまさかとは思ったけど、やっぱり生きてるよね」
そんな飄々としたイメージを抱かせる、飄々を体現した男の声が聞こえた。
「……五条先生、京都にいるんじゃなかったんですか?」
俺は横から聞こえた声の主、五条先生の方を向いてからそう言葉を告げた。
「や、結。久しぶりー!」
こっちは峠彷徨ってたんだぞ。俺は文句を言おうかと思い、どうせ言ってもこの人は変わらないだろうなと思い口を噤んだ。
「……ま、いいか。それより五条先生、質問に答えてください。どうしてここに?」
「京都のおじいちゃんとのなっがぁーい話が終わってね。結が起きたって報告を硝子から聞いて、ついでに寄ったてワケ」
結、毎年この時期になると実家帰るしね。そう理由を述べる五条先生、付近に補助監督の車も見えない、多分
「なるほど。事前に連絡しろとか言いたいことはありますけど、気づかなかったことにします。俺も五条先生に聞きたいことありますし」
俺はそう言って一呼吸置いてから口を開いた。
「虎杖君……
俺がそう言うと、さっきまでヘラヘラとしていた五条先生の雰囲気がピタリと変わる。
「……気付いた?……正直、今回の任務は適切じゃない。あの程度の被害で、あのレベルの任務に一年生と、準二の結をぶつけるのは有り得ない」
「……両面宿儺の受肉体の処理と、五条先生担当の俺の処理。両方出来れば上にとってこの上なく都合がいいですもんね」
俺がそう言うと五条先生がその掌を握りしめるようにしてから言葉を続ける。
「そう、こんな巫山戯たやり方を平気でやってくるなんて、僕は少し見誤ってた。
そこまで言ってから、五条先生はその握り拳を解き、掌を開いてから話した。
「でもそれじゃ駄目だ。そのやり方じゃ誰も着いて来ない。だからもうこんな事が起きない為にも、皆には強くなってもらう事に決めた」
それから五条先生は宙に向けていた視線を俺の方に合わせてから、ニヤリと笑って言った。
「強くなってよ。僕に置いてかれないくらい」
「五条先生……」
俺は目隠し越しでもわかる、こちらに向けられた真っ直ぐな視線に応えるよう言葉を続けた。
「そんなマトモな事言えたんですね……五条先生なのに……」
「……結、僕今結構いい事言ったよね?」
言ったからですよ。俺がそう言うと、五条先生は珍しくため息を吐き、それからいつものテンションに戻って口を開いた。
「まぁ、何でもいいかぁ。それより、結、他にも何か聞きたい事は無いの?」
五条先生のその言葉に俺は高専で目覚めてからずっと聞きたかった疑問を思い出した。
「五条先生、もう一度俺の事、術式について見てもらっていいですか?」
俺がそう言うと五条先生は少し困ったような表情に顔を変えてから考え込んだ。
「えー……多分、今見ても前回と変わんないと思うけど……見る?」
俺はその言葉にしっかりと頷いて、それから五条先生は「ま、やるだけやるか」と言ってその黒い目隠しに指をかけ、やがてそれを下ろした。
この世で最も綺麗な物。そんなものは人の価値観に依るだろうが、俺はこの世で最も澄んでいる物なら知っていた。
下ろされた目隠しの奥から、淡い、空を思わせる水色の瞳が姿を覗かせる。
呪術師としての暦が少しでもあれば知らない者はいない、現代最強呪術師である五条悟のその名前。次いで有名なのはそんな最強の持つ『無下限呪術』。そしてその三番手が恐らく、この六眼だ。
「んー……」
五条先生が見ているのは、俺の目では無い。その遠く、と言うよりは奥なのだろうか。深く見通すようなその眼光が俺に向けられる。
六眼は術式、呪力を視覚的情報としてその身体の主へと伝える。五条家に相伝として伝わってきた、外付けのステータスの一つである。五条先生は
最強の理由は語ればもっとあるのだろうが、六眼がその大事な要素の一つである事は間違いがなかった。
そして今はそんな六眼の性質が俺にとって欲しい要素だった。五条先生は六眼を通じて相手の術式の情報が頭に入るらしい。
俺は今自分の術式が何なんかの壁に再びぶつかっている状態だ。五条先生と言う師を持っているのだ。これを利用しない手はないだろう。
俺はそんな期待を込めて五条先生の顔を見るが、その表情は少し険しい。
「んー……やっぱ無理だね。見えない。呪力の流れとか、総量は見えるけど、術式レベルの深い所に行くと見えない……と言うよりかはナニカで術式の情報が埋もれてる感じに近いねー」
五条先生はそう言って両手を上げ、まさにお手上げだと告げた。
「やっぱりか……いや、すみません。ちょっと自分の術式に少し迷いがあったんですが……ま、自分で探っていくしかないですね」
俺はそう言ってため息を吐いてから俯くようにして思考を回す。
実はこの手の話を五条先生に頼むのは初めてでは無い。前にも1度頼み、その時にも同じ結論になった。
それでも、知りたいと再び思った。思い出さなくては、と。
あの日の、俺が死んだ日を思い出すたび襲いかかる違和感。何か大事な事を忘れているような、記憶の不完全消化感。
「……ねぇ、結。
俺が悩んでいると、頭上から五条先生の声が降りかかる。何か、なんて抽象的な事を聞かれても俺に思いつく要素はなかった。
俺は面を上げて五条先生の顔を見る。五条先生はすでに下ろしていた目隠しを上げており、立ち上がった状態で俺を見ていた。
「何かって……何でですか?」
俺がそう問いかけると、五条先生は少し唸るように喉を鳴らしてから口を開いた。
「うーん……悪い事じゃないんだけどねぇ。呪力操作、何か上手くない?」
俺は言われてから自分の呪力に意識を向けてみる。通常、呪力操作の精度なんて側から見ても分かったものではない。だが、五条先生は先程六眼で俺を見て勘づいたのだろうか。
俺は試しに呪力を練ってから身体に流してみる。すると自分でも驚く程滑らかに、素早く呪力を操れている事に気付いた。
「あ、ほんとだ……何でだろ」
俺が反射的にそう呟くと、五条先生は手を顎に当てながら話した。
「……呪術師の成長曲線は常に緩やかじゃない、この話ってしたっけ?」
五条先生のその台詞に俺は小さく頷く。いつかの折だったか、俺より遥かに早い成長速度で進んでく恵を見て、俺が少し凹んでた時に五条先生が話してくれた気がする。
必要なのは確かな土壌。一握りのセンスと想像力。それから……
「後は些細なキッカケ……ない?そう言うのさ。今までの自分を変える何かさ」
五条先生の言葉に俺は思い返すように過去を探る。今日言われたって事は五条先生が出張で忙しくなってから今までのどこか……思いつくのはあの日の出来事だった。
何度も死の経験を繰り返して、それでも消えない目の前の脅威。死んで、逃げて、死んで、防いで、死んで、立ち向かったあの日。
確か俺は宿儺に襲われて、一撃、何か一撃を喰らわせようとして拳を振るった。そして黒い___
「……
何か……あっただろうか。そんなキッカケが俺にも。
「ふーん……ま、いいか。強くなる分には僕としては大満足さ」
そう言って五条先生はいつの間にか持っていたジュース缶に口をつけ、勢いよくその中身を飲み干すと、それをグシャリと、恐らく術式を使って潰してからベンチから離れた。
「じゃあ僕そろそろ行くよ。まだ予定でいっぱいでさー」
じゃーねー。そう言ってフランクな言葉と身振りで去ろうとする五条先生の後ろ姿を見て、俺は一つ言いそびれていた事を思い出して急いで口を開いた。
「あ!!五条せんせーい!!言い忘れてました!」
俺はそう言いながら走って五条先生の所へと近づく。
「ん?何?」
そう振り返ってこちらを見つめる五条先生に俺は告げる。
「ほら、京都校に確か居ましたよね。拳銃使ってる子」
俺がそう言うと五条先生は少しの間考え込むように空を見上げてから、思い出したように指を立てた。
「あぁ、居た居た。確か禪院の生徒の、真希の姉妹だっけ」
五条先生の言葉に俺は同意を示すように頷いてから続けて声を出す。
「俺も
「……マジ?」
俺のその要望に、珍しく苦い顔を浮かべる五条先生であった。
どの位の長さがいい?(試験的にアンケを実施してみただけなので必ずアンケの結果通りになるとは限りません)
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今と同じ(1万字程度)
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長く(1万〜2万字程度)
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短く(5千字程度)
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もっと長く(1万〜)
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好きにやってくれ