世界が待ってる この一瞬を(絶望)   作:リョオオオオイキテンカァァァ!!

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何も無かったかのような投稿‥‥バレてないよな?


9話

 『スタァートォ!!!』

 

 現代最強呪術師の声によって告げられた開始の宣言と同時に全員が一斉にスタートを切る。

 

 先頭を走るのは背に木製の弓を背負う京都校(・・・)三年、加茂憲紀。彼が先陣を切り、他3人がその背を追うように続いて走る。

 

 加茂の手が握るのは一台の携帯電話。既に通話がつながっている状態のそれを片耳にあてがいながらも素早く移動をする。

 

 「西宮、東京校、虎杖悠仁の様子は?」

 

 加茂がそう尋ねると携帯電話越しに同じく京都校三年の西宮桃の声が返ってくる。

 

 『うん……そのまま真っ直ぐ……多分、もう少しもしないで東堂君が東京校と接敵すると思う』

 

 交流会に参加している京都校メンバーは全員で6名。その中でも優れた偵察能力を有する西宮は自身の術式を利用し、遠方の上空より反対側に位置する東京校の様子を探る。

 

 そんな西宮と単独で行動する東堂の2名を除き、京都校全員が西宮からの指令に従い森の中を移動する。

 

 これは常套手段とはかけ離れた行動であった。今回の団体戦では呪霊狩りと相手校の妨害を並行して行うことが肝心であった。故に二人組(ツーマンセル)が選ばれやすい手段であり、現に相手校である東京校でも似たような作戦が考えられていた。

 

 では何故このような集団行動を選んでいるのか。

 

 「了解……おそらく東堂が来たタイミングで東京校は別れるはずだ。そこで少人数になったところで虎杖悠仁を殺す」

 

 殺す。淡白に放たれた殺意の籠った言葉は、如何にも呪術師らしい言葉であった。

 

 宿儺の器、虎杖悠仁。その殺害、それが楽巖寺によって与えられた彼等の任務であった。

 

 任務に対し、あまり気の進まない者、どうでも良いと考える者、意欲的に挑む者が居た。

 

 加茂は、最後の者に該当する。加茂家次期当主として、虎杖悠仁は呪術界にとっての不穏因子であると考え、排除すべきと彼自身が決めたのであった。

 

 『……来た。東堂君、着いたみたい。うわ、早速やりあって……って虎杖君が東堂君と闘ってるよ。その他は……二手に別れたみたい』

 

 西宮からの報告に少し驚いたように眉を曲げ、頷く加茂。

 

 常々予想通りであった。東堂が独断専行をすることも、それに東京校のメンバーが構わないこともだ。

 

 しかし思わぬ展開が一つ。それは殺害対象である虎杖が東堂の足止め役として役を買っていることだ。

 

 「で、どうすんのよ、虎杖悠仁。東堂先輩の相手してるんじゃ手を出せないんじゃないの?」

 

 走る足は止めないまま、携帯電話から漏れ出る加茂と西宮の会話を聞いていた真依がそう尋ねかける。

 

 「……いや、逆に好都合だ。」

 

 加茂は真依からの問いに少し考え、それからこれは好機であると結論付けた。

 

 「東堂が相手だ、虎杖悠仁に余裕はないだろう。東堂に口を挟まれる前に仕留めるぞ」

 

加茂が改めて電話越しの西宮も含め全員に作戦続行の意を伝える。

 

 「えー……」

 

 しかし、その言葉を聞いた二年、三輪(みわ) (かすみ)が不満そうな声を上げる。彼女は虎杖殺害に反対……とまではいかないが、何処か思う所のある1人だ。

 

 三輪が不満そうな声を上げたのは、そもそも虎杖の殺害に乗り気でないためと、東堂の怒りを買ってしまう事が恐ろしいからだった。

 

 しかし、そんな三輪の意見に同意を示す者はその場にはいなかった。京都校のメンバーの大体は既に虎杖悠仁を両面宿儺の受肉体として排除する意見で一致している。

 

 速度を落とさず森を走り抜ける。目的地は勿論虎杖と東堂の戦闘が巻き起こっているその中心。

 

 まずは近づき、虎杖と東堂の戦いの様子を確認する。そして隙が生まれ次第奇襲をかける。これが現状加茂が考える虎杖殺害の計画であった。

 

 『……待って、確認が遅れた。東堂君と虎杖君だけじゃない。もう1人いる』

 

 不意に、西宮からそんな報告が伝達される。その報告に電話を手にした加茂の足が止まる。加茂に続き、他の生徒達も足を止める。

 「もう1人、だと?」

 

 聞き返すように加茂は声を上げ、その言葉に他の3名も状況の変化を察知する。

 

 『うん……術式も使ってるし、間違いない。あれ東京校(むこう)の生徒、黒鉦君だ』

 

 西宮が言葉にしたその生徒の名は加茂にとって目新しい名前では無かった。

 

 御三家と呼ばれる加茂家や禪院家とは違い、呪術界において高い地位も歴史もない地方の呪術師の家系。

 

 加茂と同じ三年生の呪術高専の生徒で、加茂は丁度一年前の交流会にて、顔を合わせた事を思い出した。

 

 「黒鉦か……さて、どうするか」

 

 加茂は考えるように携帯を持つ方とは反対の手を顎へと当てる。

 

 「黒鉦カ……東京校の三年の生徒だナ。加茂、相手の術式についてハ?」

 

 虎杖以外の東堂の足止め役を担う生徒。発覚した新たな敵の正体に詳しくないメカ丸は同じく三年である加茂へとその詳細を求める。

 

 「黒鉦結。彼の扱う術式の名前は知らないが、確か鎖を操る術式だ」

 

 そう説明しながら加茂は過去の交流会での結の姿を思い浮かべる。

 

 団体戦では乙骨憂太の活躍に隠れ、あまり印象を残さなかったが、結の実力はその年の二日目、個人戦の舞台で目にすることになった。

 

 「鎖、ですか……なんか強そうですね」

 

 パッと告げられた加茂からの情報に三輪が反応を示す。メカ丸同様、三輪にも相手校に関する実体験の情報はない。

 

 だが、少ない情報ながら想像はできる。そもそもが3年生だ。

 

 東堂や加茂を筆頭に身近な三年の生徒は経験や戦闘スキル共に高く、任務での実績も三輪のものより遥かに優れていた。

 

 呪術師という常に死と隣合わせである役に就きながら、三年間前線に立ち続けることが容易でない事を、その場にいる全員が知っていた。

 

 故に敵にした際の恐ろしさは想像に容易かった。

 

 未知の相手に対し不安を示す三輪に、加茂はその不安を拭うように首を横に振り、それから口を開いた。

 

 「いや、術式自体の潜在能力は測りきれないが、少なくとも彼自身の能力はそこまで恐れる必要はない」

 

 「弱いってこと?」

 

 脅威でないと言い切る加茂に、そう問いかける真依。それに対し加茂はまた同様に首を振るが、その言葉もあながち間違いではないと考えていた。

 

 「そうとは言わないよ。だが、黒鉦君の戦闘スタイルは中遠距離からの攻撃、近距離には弱い。さらに言えばその攻撃手段もどちらかと言えば鎖を交えた防御や足止め、背後からの援護を得意とするタイプだ」

 

 根っからの援護タイプ。式神使いやそれに準ずる術式を持つ術師がなりやすい、近距離戦闘が苦手な呪術師。

 

 加茂の目から見た去年の結はその典型。事実個人戦にて彼に対し白兵戦を仕掛けたところ、そこまでの苦戦は無く打倒ができた。

 

 京都校で言えば獲物を拳銃とする真依がそれに近いだろうか。そして加茂から語られる結の情報に真依が更に問いかける。

 

 「じゃ、尚更どうするのよ。虎杖悠仁を殺すのに厄介でしょ」

 

 遠距離からの援護で本領を発揮する相手がいる中での暗殺。その難度が高いのは間違いないだろう。

 

 「そうだな……三輪、ある程度近づいたら別行動を頼めるか?黒鉦の足止めは近接戦闘ができる三輪に託したいと思う」

 

 加茂は目線を三輪に向けると、結の足止め役として三輪を指名した。

 

 「え!私ですか!?」

 

 三輪は自分の顔を指さして驚いたように声を上げる。そして加茂はそんな三輪の反応に対し頷くことで肯定を表す。

 

 「あぁ、彼の足止めなら三輪が最適だろう。距離を取るならそれでも結構、その間に私達で虎杖悠仁を仕留める」

 

 そう言って三輪に託すように視線を送る加茂。

 

 黒鉦結の足止めには三輪が最適。まだ経験がそこまであるとは言えないが、三輪もその武具である刀の扱いに関しては一目を置ける存在だ。

 

 去年の様子から考えるに、不意を突いて近接戦に持ち込めば、勝てるまではいかずとも、足止め程度なら十分だろう。

 

 「その手筈で作戦再開だ。西宮、ある程度の距離が縮まったら教えてくれ、その段階で三輪と別れる」

 

 加茂がそう言うと『はーい』と西宮の声が電話から返される。

 

 その返事を皮切りに、加茂達は再び移動を再開する。

 

_______________

 

 

 道中感じた呪霊の気配も無視し、なるべく隠密に徹し、最短距離を辿るように先へと進んでいく。

 

 『そろそろ、三十メートル先くらいだよ』

 

 西宮からのその報告に、加茂は無言でハンドサインを出し、三輪へ離脱を促す。その指示に気付いた三輪は、指示に従うよう離れていく。

 

 奇襲を成功させるにはこちらの存在を悟られてはならない。

 

 呪力を纏わず、なるべく音を立てぬよう。草木を揺らすことすら警戒して近づいていくと、確かに東堂と虎杖達のものと思われる戦闘音が聞こえてきた。

 

 その音を頼りに、3人で囲むように接近を試みる。木と木の狭間を通るように、段々と視界にその戦闘風景が入ってくるようだった。

 

 激しい打撃音。拳が体を削るその音が響いた後、その声が確かに聞こえた。

 

 確かに標的の周囲へと近づいた事を察した3人は各々隠れやすい地点へと移動し、枝の上や木の影へと隠れ出した。

 

 「虎杖悠仁。オマエに一つ聞きたいことがある……どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

 突如、東堂がそう尋ねる声が聞こえた。そのセリフは東堂葵と言う人物を知る者であれば誰もが聞いたことのある、一種の通過儀礼とも捉えられている行動だった。

 

 「出たよ……」

 

 そう呟く声には憂うような、滲んだ哀愁のようなものが感じられた。加茂が声の正体を探るよう、木の影から覗くと、そこには東堂と虎杖から少し離れた地点立つもう1人の生徒、黒鉦結の姿があった。

 

 「強いて言うなら……(ケツ)身長(タッパ)のデカい、女の子……」

 

 少し悩んでから、虎杖は東堂の問いに答えるよう、自分の好みの女性像を簡潔に語った。

 

 そしてその光景を見た虎杖悠仁を除いた全員が、奇跡を目の当たりにした心地となっただろう。それは通常あり得ない、いや、あり得てはならない二つの接触による化学反応を予期するものだった。

 

 東堂葵(変態)と全く同じ好みであったのだ。

 

 ポロリ、と頬を伝った涙が地面へと落下する。東堂の目から零れ落ちた涙だ。

 

 「どうやら俺達は……“親友”のようだな……」

 

 感じ入るようにつぶやいたその言葉には、数年に渡る記憶が籠っているようであった。

 

 「今名前聞いたのに!?」

 

 「マジかよ……」

 

 今日知ったばかりの男に親友認定をされた事で戸惑う虎杖と、あり得てはならない化学反応の光景を目の当たりにして驚き、硬直する結。

 

 もちろん、驚いたのは周囲にて潜み、身を隠していた京都校のメンバーも同様であったが、加茂はいち早く状況を理解し、最善手を指す。

 

 東堂は天を仰ぎ、感動に震えている。そしてそんな東堂を見て驚き固まる虎杖と結。

 

 好機(チャンス)である。

 

 結周辺の人影を探るように目を配らせつつ、加茂は手に持つ携帯に耳を寄せる。

 

 『うん……三輪ちゃんの方もオッケーみたい。いつでも行けると思うよ』

 

 上空で俯瞰するように状況を確認した西宮がそう言うと、加茂は耳から携帯電話を遠ざけ、枝の上や木の影に潜んでいる真衣とメカ丸に対し再びハンドサインを送る。

 

 襲撃の合図だ。

 

 矢をつがえ、引き金へと指を掛け、刀の柄へと手を忍ばせ、掌へと呪力を集中させる。各々が必殺の一撃へと意識を集中させる。

 

 そして息を同じにするように、一斉に攻撃へと移った。

 

 「「!!」」

 

 奇襲を仕掛けられた虎杖と結、2人の反応は迅速であった。突如として現れた追加の敵手に驚きながらも、状況の分析を開始する。

 

 現れたのは4人の相手、この状況を狙っていたかは定かではないが、京都校ほぼ全員がこの場に揃っていることになる。

 

 何故。それを考える暇も与えず、攻撃が開始される。

 

 虎杖を囲うようにして姿を現した3人による同時の包囲攻撃が開始される。

 

 最初に動きを見せたのは真衣であった。自身の得物である拳銃(リボルバー)の引き金を引き、短い銃口から溢れる光と共に弾丸が飛ばされる。

 

 「っ!!」

 

 驚きながらもその驚異的な身体能力と反射神経から弾丸を躱す虎杖。しかしその行手を遮るよう、矢をつがえた加茂が虎杖の正面へと飛び込み、その引き絞った矢を放つ。

 

 矢は素早く、虎杖の目前へと迫る。

 

 「虎杖君っ!!」

 

 短い悲鳴のような声が虎杖の後方より上がった。声を上げたのは結。結は京都校による奇襲を受けたこと、そしてその標的が自身でなく虎杖であることを理解し、虎杖の援護へと動こうとしていた。

 

 「……『シン・陰流(かげりゅう) 簡易領域(かんいりょういき)』」

 

 そして虎杖の元へと向かおうとする足は、遮るように現れた三輪を前に止まる。

 

 居合の体勢で鞘に仕舞われた自身の刀に手を添える三輪。

 

 三輪が両足を着けたその地面は、水面に落ちた水滴が波紋を作るように、円形に構築された簡易領域が広がっていく。

 

「……クソ!!」

 

 シン・陰流は対呪霊用の流派であり、結も存在自体は知っていた。そして目の前の生徒は刀を持ち、居合の体制で結へと向き合っている。

 

 恐らく敵の本命は虎杖。そしてこの生徒は自分への足止め役であろうと気づいた。

 

 結の援護は間に合わず、何の障害もないまま矢は真っ直ぐに虎杖へと向かう。

 

 虎杖は身を捻るようにして矢を回避し、木の影へと身を寄せ、加茂からの射線を切り、やり過ごそうと試みる。

 

 だが虎杖が避けたはずの矢は、唐突にその軌道を直角に曲げ、再び虎杖の顔面へと突き進んだ。

 

 「曲がった!?」

 

 本来あり得ないはずの矢の軌道に虎杖は驚き、反応が遅れる。それでもなんとか頭を動かし直撃を避けるが、その頬には一筋の赤い線が刻まれた。

 

 (良くわかんねーけど、術式だな……直撃したら最悪死んで……)

 

 そこまで考えてから、虎杖はようやく一つの結論へと至った。実弾での射撃、頭を狙った不意の一撃。

 

 ザッと自分の背後から聞こえた足音に振り返ると、そこには京都校のロボ生徒、メカ丸が虎杖へとその掌から伸びる主砲を構えているところだった。

 

 砲へと篭められた呪力はあの日(少年院)の呪霊を思い起こすような、濃い殺意の色だった。

 

 慌てて回避をするため、周囲で避けられそうな地点を探る虎杖。しかし視線を巡らせ、気づいた事実は一つであった。

 

 装填を終え、再びその銃口を虎杖へと向ける真依。新たに矢をつがえ、虎杖へと狙いを定める加茂。

 

 (アレ?コイツら……俺のこと殺す気じゃねぇ?)

 

 完全な包囲。ここまで来て、ようやく自身が囲まれている事と、命を狙われている事に気づいた虎杖。

 

 気づかれたか。同時に、虎杖へと矢尻の先端を向ける加茂は内心そう呟いた。

 

 加茂の内心には自身の見積もりの甘さを責める声と目的の達成を確信する声が共に内在していた。

 

 初撃の奇襲で終わらせるつもりであった。驕っていた訳ではない、だが交流会に参加する精鋭生徒ほぼ全員での襲撃だ。適切な判断と思考の上、初撃での暗殺は成功すると踏んでいた。

 

 想定外だったのは虎杖自身の対応能力。東堂と戦っているその刹那、襲いかかった複数人からの攻撃を捌き、ここまで耐えるとは思わなかった。

 

 想定外の虎杖悠仁の潜在能力(ポテンシャル)

 

 (だが、問題はない)

 

 そして加茂は虎杖の姿を見て、再度計算をし、そう結論を出した。

 

 今度は油断も見誤りもない、そしてそれは今から再度攻撃を仕掛ける3人にとっても同様で、全員が次は無いと考え、第二攻勢に移ろうとしていた。

 

 引き絞った矢を放つため、手を開く。

 

 違和感は、その時だった。

 

 「これは…!」

 

 思わず口に出た驚愕の声、それは自身の腕に巻き付く()へと向けられていた。

 

 自身の矢を握る手と矢を括るように巻きつけられたその鎖には、確かに呪力を感じられた。

 

 鎖と呪力。この2点から連想される人物は1人であった。

 

 加茂は足止めをしているはずの三輪の方に目を向ける。

 

 シン陰の門派として刀術を扱う三輪が得意とするのは所謂抜刀術と呼ばれる技であった。

 

 自身の呪力を鞘に納刀されている刀へと流し込み、充満させる。それらを抜刀することで解き放ち打つ。

 

 そのスピード、威力、どれをとっても通常の一撃とは異なる強さだろう。しかし、最も特筆すべきはシン・陰流簡易領域を絡めたその反撃能力。

 

 シン・陰流簡易領域。門外不出の縛りによって習得を容易にした文字通り簡易な領域。その簡易領域の応用技として転用したのが三輪得意とする抜刀術、自動反撃(オートカウンター)

 

 門外不出の縛りがある関係上、三輪は自身の技について詳しくは話していない。

 だが、三輪自身の反撃能力やその堅牢な攻めに関しては京都校全員が把握していた。

 

 故に加茂は三輪が結に対する足止めとして適切であると判断をした。そしてそれは間違いではなかった。昨年(・・)の情報通りであったのならば。

 

 加茂を含めた京都校のメンバーが見落としていた想定外は虎杖悠仁だけでなかった。

 

 視線を向けた先、結を足止めをしているはずの三輪。しかし肝心の足止めをされてるはずの結の姿は見えず、見えたのは目を見開き、自身の手元を見る三輪だけだった。

 

 三輪の驚きの焦点、自身の手元へと向けられたその先には、加茂と同じく得物である刀の柄と、それを握る手が鎖によって動かせぬよう拘束された状態となっていた。

 

 やられた。そう考えるとすぐさま、加茂は三輪を無力化したであろう存在へと注意を向ける。

 

 「『鉤鈎(かぎつる)』」

 

 言葉と共に、掌印を結んだ指先から飛び出すように放たれた鎖は加茂の元へと向けられていた。

 

 身体を傾け、その攻撃を躱す。しかし今度は攻撃を放った本人が鎖の収縮を利用した高速移動で加茂の元へと近づく。

 

 予想を上回る速度での接近に対し、咄嗟に弓で防御の姿勢をとる。

 

 得物同士がぶつかり合う音に遅れて、その衝撃が加茂の身体へと迸る。

 

 「っ……」

 

 その衝撃を逃すため、加茂は距離を取るようにしてその場から飛び退き、地面へと着地する。

 

 見上げるその先には、先刻まで自分がいた枝の上にいるその人物へと注視する。

 

 片手に鞘の付いたままの刀を持ち、もう片方の手で掌印を結んだその男は周囲のメンバーを見渡してから、僅かに怒気を孕んだ声で言い放つ。

 

 「……まさかその分別が出来ない奴がこんなに居るとはな」

 

 黒鉦結。加茂の知る一年前の彼とは違う。それは結自身が纏う呪力の鋭さが物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歴史ある呪術高専において、毎年恒例のイベントである姉妹校交流会。呪術師と言う個人意識の強い存在にとって、他者との連携や競争を経て、自分以外の呪術師を認知、また自分とは異なるタイプの術師から学びを得て、共に実力を高め合う学校行事。

 

 って言うのは高専側の掲げる素晴らしい理念である。本当、実物を見ても同じ台詞が吐ける人がいれば教えて欲しい。多分そいつは呪術師だ(性格が終わってる)から。

 

 交流会は二日に分けて行われる。その内容は毎年恒例で初日が団体戦、二日目が個人戦となっている。つまり今日行われるのは団体戦である。

 

 今年は「チキチキ呪霊討伐猛レース!」と言う明らかに参加者の心情を理解していないふざけた名前となっているが、要は呪霊狩りだ。

 

 京都校側と東京校側、それぞれが離れた地点で同時にスタート。三級以下の呪霊が複数、二級呪霊が一体放られた状態で、どちらのチームが先に二級呪霊を祓えるか、と言うまぁ、割と普通のルールだ。

 

 ここで「あ、なんだ呪霊を狩るだけ。しかも複数人いる状態で二級程度。簡単だな!」とか思うヤツがいたらそいつは俺だ。つまりアホ。

 

 当然、こんな表向きのルールは問題ではない。事前に渡された資料の右下に羅列された細かいルール事項の上から3つ目。

 

 ※過度でない妨害はアリ

 

 って言うゴミみたいなルールだ。これのせいで2年前の俺は早々にリタイヤ、翌日の個人戦でボコボコにされる始末となった。

 

 この競技の本質は相手の削りだ。呪術師の「過度でない」は「死ななきゃオッケー!」に等しい。術式による初見殺し、不意打ち、指揮系統や情報の妨害、およそ人間が考えるであろうあらゆる妨害全が許容される。

 

 生徒の中には「最悪死ななきゃいいや」って考えて明らかに後遺症の残りそうな攻撃をしてくる奴もいるし。もうやだこの交流会。

 

 呪術師はただでさえそう言う命の重さとかが曖昧になりがちなのだ。敵と判断したら殺す気で殺る。そう言う冷徹な判断が求められるのも事実だが、これはあくまで学校行事。その辺の分別くらいはつけて欲しい。

 

 「……まさかその分別が出来ない奴がこんなに居るとはな」

 

 俺は嫌味も込めてこの場にいる全員に聞こえるよう、そう呟く。

 

 視線の先には相対するように加茂君。その後ろにも数名の恐らく京都校(むこう)の二年達がそれぞれ戦闘態勢で構えている。

 

 

 

 いきなりの襲撃。通常、集団戦では人数を分けて効率化を優先させる作戦が好まれる。その常套手段を破って各個撃破で数を潰す作戦と考えることもできるだろう。

 

 あり得ない作戦ではない、がやはりそれでは効率が悪い。1人を相手に時間を割きすぎて、その間に二級呪霊を東京校(おれたち)に祓われては意味がない。

 

 だから全員での奇襲は通常選ばれにくい戦術だ。ならば京都校の狙いは何か。

 

 俺は奇襲を仕掛けてきたメンバーの様子を確認する。実弾の弾丸や対呪霊用(殺す気)の呪力……間違いなく、殺意のある攻撃だった。

 

「狙いは……虎杖君の暗殺だな?」

 

「……さぁな」

 

 パン!

 

 加茂君が返事をすると同時に、そんな乾いた音が響いた。

 

 そして次の瞬間、俺と相対していたはずの加茂君の場所には虎杖君が現れた。

 

「あ?」「アレ?」

 

 思わず間抜けな声が漏れる俺と虎杖君。

 

 俺は視線を先程まで虎杖君が居た場所へと向ける。そこに虎杖君の姿はなく、代わりに弓を構えたままの加茂君の姿があった。

 

 入れ替わった……?

 

 一体どうして、誰かの術式か?という疑問が俺の中に浮かぶ。しかしその答えが見つかるより早く、事態は展開を迎えた。

 

 つい先刻、京都校からの奇襲が行われる前に恐らく独断で行動し、虎杖君と戦い挙句女の好みを聞いた男。

 

 東堂(とうどう)(あおい)が目に見えて分かるほどの怒り込め、加茂君へと右拳を振り下ろしていた。

 

 飛び退く形で東堂からの攻撃を躱す加茂君。そして攻撃を加えた本人である東堂の唸るような怒りの声が響く。

 

「言ったよな?邪魔をすれば殺すと」

 

「違うな。オマエは指図すれば殺すと言った」

 

 同じ事じゃね?

 

 本来仲間同士であるはずの2人が言い合いを始め、俺は半分呆れた感情でそれを眺める。

 

「同じことだ、帰れ」

 

 東堂も俺の感想と同じ意見らしく、怒りをより一層含ませた声色で脅すようにそう言った。

 

 どうやら東堂は自分の戦いに水を差されたことが大層気に入らないらしい。

 

「…………」

 

 そして東堂の言葉を受け取った加茂君は少し考えたようにした後無言で東堂君の方に歩き出した。

 

「退くようだナ」

「ダサ」

 

 そしてその様子を見ていた京都校のロボ生徒と推定真希ちゃんの妹さんからそう言われる加茂君。

 

 ……なんと言うか、君たち仲間じゃないの?京都校の治安終わってないか?

 

 好き放題言われた加茂君は特に反応を示す事もなく、東堂の横を通り過ぎる。

 

「ちゃんと殺せよ」

 

 そしてすれ違う寸前、東堂に向かいそう言うのであった……やっぱり殺す気だったんじゃん。

 

 しかし、口ぶりからして、作戦は失敗というところだろうか。本当は最初の一撃で仕留めるつもりだったのだろうか?

 

 虎杖君が咄嗟の射撃に対応できる反射神経と、それを回避できる身体能力の持ち主で良かったと、心底安堵する。

 

「それは虎杖次第だ。なんせ俺は親友に手加減するような野暮な漢じゃないからな」

 

 その言葉と同時に、東堂の身体に呪力が漲る。どうやら戦闘再開のようだ。

 

 他の京都校の生徒はどうするのかと目線を向けると、全員こちらには背を向け、別方向へと移動を開始していた。

 

 ……あ、遠くでこっち見てた箒乗りの生徒、多分西宮さんが恵の鵺に墜とされてる。まず索敵を潰す判断だろう。ナイス恵。

 

 ってそんなことより、俺はどうしようか。なんか今すぐにでも戦闘が始まりそうな雰囲気だけど……さっきまでと東堂の気合いの入り方が違うんだよなぁ。

 

 なんか、邪魔しちゃいけない空気感と言うか……いや、団体戦だし、別に俺と虎杖君2人でもいいんだけど……。

 

「……俺も、退がったほうが良さそうか?」

 

 一応確認の意味も込めて東堂と虎杖君2人にそう聞く。

 

「構わんが、黒鉦、オマエも邪魔するなら殺すぞ」

 

 東堂は俺には目線も向けず、そう言い放った。

 

 それ構わないって言わなくない?

 

 東堂からの理不尽な返答に、再びどうすればいいか悩むと、今度は虎杖君が答えた。

 

「俺は別にどっちでも……うーん、でも出来るなら……一対一(タイマン)でやりたいかも」

 

 俺は虎杖君からの回答に、少し意外だと驚く。虎杖君の力を信じてない訳ではないが、東堂は化け物だ。いざという時には2人の方が好都合だろうに。

 

「……本当にいいな?」

 

 俺は確認の意味も込めて虎杖君にそう言った。虎杖君は俺の言葉に小さく頷くと、口を開いた。

 

「うん、大丈夫。俺1人でもやれる……それに俺、ここで誰かに、先輩に頼っちゃいけない気がする……自分の力で倒さなきゃ、俺は先に進めない」

 

 虎杖君はそう言って真っ直ぐな視線を向けてきた。そこに一切の澱みはなかった。確かな自信と、それ以上の前に進もうとする、強さへの渇望があった。

 

「そっか、じゃ、頼むわ虎杖君。期待してるぜ」

 

 やっぱり、何かあったのだろう。虎杖君は、前回(少年院)で会った時より遥かに、強さへの貪欲さと、覚悟が増していた。

 

 きっとそれは、俺が止めていい歩みじゃない。

 

 俺は虎杖君に激励として期待の言葉を送り、そのままその場を後にしようと踵を返し、小走りで去る。

 

「百点満点だ!親友(マイフレンド)!!」

 

 走り去る俺の背後には、やけに元気で嬉しそうな東堂の声と、その後の殴り合いの音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

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