魔法少女更生計画   作:親指ゴリラ

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1-10 地獄の吊り橋

 

病天仙(やまのてせん)

 

 

「すまない。取り逃した」

 

「あ、いえ、そんな……私の方こそ、お役に立てず」

 

 病天仙がストレイシープに護られている間に、全てが終わっていた。

 

 フリバルド侯爵を名乗る魔法少女と、風船の魔法少女──ストレイシープ曰くチュブラ・ルーンという暗殺者らしい──の二名は病天仙達の目の前から逃亡し、一先ずの脅威は去った。

 

 あの炎の魔法少女も大概だったが、フリバルド侯爵とチュブラ・ルーンも厄介さでいえばかなりのものだろう。攻防は短時間だったが、病天仙は三度も死にかけた。ストレイシープがいなければ、その分だけ病天仙の魔法が発動していた筈だ。

 

 看守としては失格だろうが、胸に広がる安堵を払拭することが出来なかった。それだけ、何事もなく生き延びたという事に喜びを感じていた。

 

 

「あの、ストレイシープさんが悪い魔法少女じゃないというのは……えっと、流石に全部を信じるワケじゃないんですけど、あ、いえ、守ってくれたのは分かりますし、感謝はしているのですが、その」

 

「いい。此方(こちら)がしたのは、此方の勝手だ。()われた訳でもなく、(おもね)る為でもない。其方(そちら)はただ、其方の規則に従うべきだ。それを此方も望んでいる」

 

「……いえ、助けて下さったのは分かってます。看守として、ストレイシープさんに感謝を。ありがとうございました」

 

「そうか。ならば、その気持ちを頂戴しよう」

 

 病天仙としては、信じたい気持ちの方が強い。

 だが、心情や心象はともかくとして。病天仙は看守であり、ストレイシープは推定囚人だ。本人に害意がなく、逃亡の意思もなく、看守である病天仙に従順であり、実際に何度も命を救われているとはいえ。手放しに信頼し、無条件で自由にさせる訳にはいかない。

 

 いや、分かっている。

 ストレイシープは間違いなく、病天仙のこれまで出会ってきた魔法少女達の中でも相当な上澄の……いうなれば超人的で、常識はずれな力を持っている。ストレイシープがその気になれば、病天仙など、吹けば飛ぶような存在でしかない。

 

 それが病天仙を死に至らしめることが可能か、はともかくとして。あの炎の魔法少女のように、病天仙が何度繰り返しても、何度挑戦しても手が届く場所には居てくれない。むしろ、手足をもぐかの如く病天仙の選択肢を一つずつ潰して、やがて、脆弱極まりない心の一本柱をボキボキに折ってしまうことだろう。

 

 だが、現実はそうなってはいない。

 

 病天仙が何かをした、というわけじゃない。

 それだけの力を持つ強者が、ストレイシープが、偶然、都合が良いことに、善性を有していて。その上で、病天仙の立場を尊重してくれている。だからこそ病天仙はこうして今この瞬間を過ごし、やり直しを強要されていない。

 

 

 失ったものは多い。

 

 シャッフリン達は殺された。

 病天仙が頑張っても、逃げても、それは変わらない。抗っても最後には全部無駄になって、逃げようにもこの八層から脱する事が出来ない。だからこそ、一人シェルターに籠って全てを投げ出した。見捨てて、目を閉じて、耳を塞いで。嘆く資格も手放したくせに、ただ涙を流した。

 

 シャッフリンは返ってこない。

 病天仙が逃げ出した事で、逃れられたかもしれない“死”はシャッフリン達を襲い、その全てを飲み込んで何処かへと去っていった。

 

 確定した死を覆す術など、存在していない。

 病天仙の持つ魔法、それ一つを除いては。

 

 だから、なのに、だけど、なんで──。

 

 

「やまのてせん、此方は其方の指示に従う。生存者を探すか、あるいは、囚人達を追跡するか。其方が判断してくれ」

 

「き、急に、そんな事を言われても。そ、それに、ストレイシープさんを巻き込むわけには……もう色々手遅れかもしれませんけど……」

 

「やまのてせん、其方は看守にしては気が弱い。少なくとも、其方の世界(にんしき)では此方は犯罪者なのだ。奉仕の機会を与えてやる、それくらいの気持ちで命令してくれればいい」

 

 何故だろうか。

 シャッフリン達の、大切だった仲間の、友達だと思っていた筈の、その亡骸を見て。

 あんなに悲しくて、あんなに苦しくて。自分の無力さと、責任と、罪悪感でぐちゃぐちゃになって。涙が止まらなくて、辛くて、やり直せたらと、そう思っていた筈なのに、後悔した筈なのに。

 

 それなのに。

 

 

「いや、でも……そもそもストレイシープさんは、どうしてそこまでしてくれるんですか? 私、貴方に何を返せば……」

 

「何度も言うが、此方は何も求めない。強いていうのであれば、潔白の証明こそが此方の目的だ。信じられないが……魔王亡き現状、此方の身を立てることが出来るのは、此方自身の行動と、それに伴う其方からの心象のみだ」

 

「……? えっ、と?」

 

「つまり、協力的な姿勢を見せること自体が此方の利にあたる。やまのてせん個人に求めるものはない、此方は其方に何かを要求することはない。その必要がなくなったからだ」

 

「はぁ……な、なるほど?」

 

 この選択が、その末の今が。

 病天仙の失敗であったと、間違いであったと。

 

 どうしても、そう思うことができない。

 シャッフリン達は死んだのに、病天仙が見殺しにしたのに。職務を投げ出して、見捨てて、逃げて、たった一人だけ生き残ってしまったというのに。

 

 病天仙はこの現実を、ストレイシープと出会ったこの瞬間を。“失敗”だったと、やり直すべきだと、そう考える事ができない。

 

 選んでしまったのだ。

 

 同じ釜の飯を食べた仲間よりも、身元の知れない囚人の一人を。自分が選び、掴み取ったこの現実(いま)こそが、病天仙にとっての“正解”であると。無意識のうちに、そう受け取っていて。今はもう、自覚してしまった。

 

 戻れない。この囚人を手放したくない。

 病天仙を守ってくれて、病天仙を気遣ってくれて、シャッフリン達よりも強くて、決して死なない。一度天秤にのせてしまった以上は、元の病天仙に戻ることなど出来はしない。

 

 私は失敗していない。

 

 薄情で、自己中心的で、罪深く、浅ましい。

 それの何が悪い、私は悪くない、私は失敗していない。私は一生懸命だった、出来る限りの事をやろうとした、責任を取ろうと頑張った。何度も苦しんだ、終わらない繰り返しに、最後に訪れる絶望に、逃れられない運命に。

 

 誰が病天仙を、責められる。誰も病天仙を守ってくれなかった、望む未来を与えてくれなかった、苦しみを終わらせてくれなかった。

 

 だから、選んでも許される、そのはずだ。

 この一回だけは、許されていいはずだ。

 

 その選択が“失敗”だったと、そう思ったその時に。またやり直せばいい、無かったことにすれば良い。だけど、病天仙以外の誰にも、この選択を“失敗”だとは言わせない。それを判断するのは、あくまで病天仙だ。病天仙を助けてくれなかった者たちに、その判断を任せたりはしない。

 

 

「じゃあ、ストレイシープさん」

 

「なんだ」

 

「看守として命令します。生存者を探しつつ、脱走者を無力化・拘束します。ストレイシープさんは私の命令に従って、それに協力してください」

 

「分かった」

 

「そのまま、第七層を目指します。ストレイシープさんは知らないと思うので説明すると、この施設は全八層の階層に別れていて、基本的に数字が大きいほど凶悪な犯罪者が収容されています。此処はその最下層で、最も罪深い犯罪者が封印されているフロアでした。施設を出入りするための通路は第一層にしかないので、脱獄するためには上に登っていく必要があります。脱走者がそれを理解しているかは分かりませんが……逃げるなら、階層を移動するしかありません。ここまでは、理解できますか」

 

「最も罪深い、か」

 

「あ、いえ、勿論、ストレイシープさんがそうだと言いたいわけじゃなくてですね……」

 

「気にするな。此方も気にしていない」

 

 病天仙はこれまで、常に誰かの顔色を伺って生きてきた。生まれ持った性質が、自分のことすら満足に出来ず、誰かに迷惑をかけ続けてきた経験が。病天仙の自己肯定感を奪い、自信を無くし、元から惰弱な性格を、更に底の底まで突き落とした。だから、そういう生き方をしてきた。それしか、生き残る方法を知らなかった。

 

 その経験が、病天仙に教えてくれる。

 

 この目の前の魔法少女は、ストレイシープは、本当に何も気にしていないのだ。そういう態度を取っているんじゃない、そう見せかけているんじゃない。真実、全く気にしていない。言葉と心に、一切の齟齬がない。病天仙がどれだけ鈍臭くても、足手纏いで邪魔くさくても、献身に対して何も返す事ができないとしても。

 

 ストレイシープは気にしない、関心がない。

 

 もしかしたら、何事にも興味がないのかもしれない。そういう……超然とした、世俗から離れて一人だけ別の世界に存在しているかのような。この世に存在していないのではないかと、そう思わされるような。されど無法ではなく、その芯は善であり、孤高で、魅力的で、嫉妬心を抱いてしまいそうなほど羨ましく、何より、美しい。

 

 手に入れたい。

 そう思う事を、何処の誰が咎められる。

 

 マイナスだらけの人生だった。何も手に入らず、失ってばかりの人生だった。病天仙の性質そのものが原因であり、自業自得だと分かっていても、それでも辛かった。愛されたかった。

 

 魔法を手に入れてからは、それがゼロに近づいた。失敗は無かった事になる、だけど、それは決して褒められるべき事ではない。魔法を手に入れた事で、失敗を見せなくなった事で、ようやく病天仙の人生は“人並み”になった。だが、手元には何もない。失敗しない、それだけでは欲しいものは手に入れられない。

 

 いつも諦めたきた。欲しい、そう思うことすら罪だと思っていた。人並みに何かをこなせない病天仙が、人並みの幸せが欲しいなどと。そう考えること自体が、許されないことだと思っていて。その考えは今でも、あまり変わらない。

 

 だけど、もしかしたら。

 

 この一回、この現在だけは。

 その病天仙の願いを、叶えてくれるかもしれない。手に入れられるかもしれない。病天仙が本当に欲しくて、だけど、諦めてきたもの。

 

 負い目を感じることなく接することの出来る、自分以外の誰かを。病天仙の孤独な世界に入り込める、他の存在を。求めて、行動して、許されるかもしれない。

 

 

「他の階層には、私以外の看守が配置されています。私なんかより遥かに優秀で、強い、戦う魔法少女です。彼女たちと合流して、一緒に戦えば……きっと、この事件を解決できるはずです」

 

「何故、其等(それら)はこの階層にこなかった。これだけの重要な施設だ。脱走などという重大な事件、普通であれば鎮圧に来て然るべきだ」

 

「……私にも分かりません。必ず、緊急事態であることは伝わっているはずです。電力が落ちて、監視網が十分に働いていないとしても。監視役のカルパ千代(かるぱっちょ)さんがそれを見過ごす筈が……」

 

 病天仙にとって、他の看守とは頼りになる存在のはずだった。重要な仕事を任されている病天仙の手に負えなくなった時は、必ず助けが来る。そう思っていて、実際にそう言われていた。

 

 だが、現実はそうでない。

 

 助けがこないだけなら、まだわかる。

 この第八層がそうであるように、他の階層でも囚人たちによる反逆──脱走が図られていて、その対応に追われているのかもしれない。もしかしたら、先ほどまでの病天仙のように助けを求めている看守もいるのかもしれない。

 

 責任を取る、と。そう言ってくれたルダ看守長を信じて、病天仙はこの第八層での危険な任務に就いた。ルダ看守長が助けてくれると思っていたから、どんな事態でも解決してくれると信じていたから、だからこそ危険を承知で受け入れた。

 

 実際、あの超人的な魔法少女がいてくれれば。きっと病天仙はこんな事態に陥らず、ほどほどに頑張っているだけで全てが良い方向に解決していたはずだ。

 

 現実はそうなってはいない。

 

 助けがくるどころか、逃げることすら許されなかった。助けを求めることすら、選択できなかった。

 

 緊急時に繋がる筈の通信が、うんともすんとも言わず。第八宿舎を監視している筈のカルパ千代は、病天仙の救援要請に答えない。

 

 監視できていない、非常事態が発生していて、カルパ千代の身に何かあった、それならまだ説明がつく。

 

 だが、カルパ千代の魔法は健在(・・)だった。

 少なくとも、病天仙が囚人達を相手にしている間は、間違いなく機能していた。

 

 階層間を移動するための階段、その前に設置された扉に。走り続けて、どれだけ必死に逃げ込もうとしても、そこに辿り着く事(・・・・・)が出来なかった。

 

 間違いなく、カルパ千代の魔法(・・・・・・・・)によって成された事だった。脱走を許さぬために用意された幾つもの対策の、その一つ。階層間の移動を制限することで、強制的に隔離する魔法。単純だが効果覿面であり、魔法による攻撃を無効にする施設の内壁と合わせて、魔法少女を完全に閉じ込める。

 

 病天仙がシェルターを出たのは、それ(魔法)解除された(無くなった)事を知ったからだ。シェルター内に用意されていた、非常用の電源で動く監視モニターと感知システムによって、あの炎の魔法少女が第七層へと登っていったのを確認したからだ。当面の危険がなくなった事を、知ったからだ。

 

 病天仙たちが危険な時には通れず、シャッフリン達が死に絶えた後に、そう決めて(・・・・・)いたかのように開いた通路。

 

 許せなかった、信用できなくなった。

 どんな理由があったとしても、それは間違いなく病天仙たちに対する裏切りだ。

 

 病天仙たちは、シャッフリンは、見殺しにされたのだ。この施設を守る筈の仲間達に、見捨てられたのだ、裏切られたのだ。

 

 だから、こんな事になっている。

 

 病天仙は悪くない、病天仙の失敗ではない。

 シャッフリンを殺したのは、病天仙じゃない。

 

 あの炎の魔法少女と、それから、それから──。

 

 

「大丈夫か。顔色が悪い」

 

「……心配をおかけしました、大丈夫です。問題ありません」

 

 黙り込んだ病天仙を、ストレイシープが気遣う。

 そうだ、何の問題もない。何処の誰が、どんな悪意を持っていたとしても。病天仙を害そうとしてきたとしても、それは為されることはない。病天仙の魔法がある限り、病天仙は死なない。その上で、ストレイシープという切札も存在している。

 

 大丈夫、その筈だ。

 病天仙のこの判断も、選び取った現在も。失敗ではなく、やり直す必要なんてないのだから。

 

 この選択こそが“正解”なのだ。

 

 

「もしかしたら、他の階層でも事件が起きているのかもしれません。私は……私に出来る事は限られていますが、ストレイシープさんの助けがあれば……ストレイシープさんは、私を裏切ったりしませんよね? 信じても、良いんですよね?」

 

「此方は嘘をつかない。やまのてせん、其方を裏切らない。そして、出来る限りの手を尽くすと誓う」

 

信じ(選び)ます。先ほど言った方針で、上の階層を目指しましょう。時間は有限です、何かが起きている可能性も考えて、なるべく急ぎます」

 

「分かった、従おう」

 

 まるで、自分自身に言い聞かせるように。

 繰り返し、繰り返し、呪いを掛ける。

 

 失敗じゃないと、自分で選びとったんだと。

 この慮外の幸運は、自分自身の選択なんだと。

 

 いつか病天仙の魔法が発動するかもしれない、その瞬間のために。病天仙は自分へと呪詛を掛け、保険(発動条件)を用意して。

 

 

「ストレイシープさん」

 

「なんだ」

 

 ストレイシープが敵から取り返して(・・・・・)くれた、スペードのエースのシャッフリン。その死体を、可能な限り見つからないように、部屋の中に隠して。

 

 後ろめたさから目を背けるように、ストレイシープを伴って、その場から一歩を踏み出した。

 

 

「私を守ってくださいね──必ず、ですよ?」

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