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偉いから尊敬しているのではない、強いから畏れているのではない、世話になったから慕っているのではない。どれか一つではなく、その全てがあって。だからこそ、それまでの経歴全てを投げ捨てて「第八宿舎」まで着いてきた。
403は正直なところ、自分に、何処でも上手くやっていける能力はあると思っている。
魔法少女という存在は、魔法の国は、その言葉が持つイメージほど綺麗な世界ではない。当然のように殉職者が存在し、組織として大丈夫なのか心配になるほど人の入れ替わりが激しく、最近は何処もかしこもスキャンダルで大慌てだ。
そんな中で、ルダ程ではないにせよ。403はそれなりにキャリアを積み重ねて、職業魔法少女としての信頼と評価を勝ち取り、危険な職務でありながら今日に至るまで死ぬこともなく。人に知られて困るような後ろめたい傷も、探られて困る腹もない。
成功している、そういっていい。
しかも、世のため人のためになる事を生業にしている。
誇らしかった。
だが、満たされているかというと。不思議なことに、首を傾げてしまう。色々な理由で魔法少女を辞めてしまった同期達はかつて飲み会の席で、何が不満なんだと403をよく揶揄った。
その時は上手く答えられなかったが、今なら分かる。ルダの背中を見て、その生き方を知って、置いていかれないように必死に駆けている今なら分かる。
403には“これ”と心に決めて、必死になれるものが存在していなかった。ルダのように、尊敬できる魔法少女のように……その使命のために全てを賭けられるというような、何があっても足を止めずに走り続けられるような、そんな“生き方”が無かったのだ。
職業魔法少女として成功していることも、魔法の国で生き残っていることも。結局はただ、運が良かっただけだった。
403より優秀な魔法少女も、403より強い魔法少女もたくさん居る。だが、その多くが消えていった。時に魔法少女同士の諍いで、時に魔法の国の歪みによって。そして何より……それぞれの
403には“それ”が無かった。熱中できるものが無かったから、そして、運良く巻き込まれてこなかったから。だからこそ生き延びて、ここに居る。理想がなく、立派な信念もない。
403にあるのは結局のところ、使い勝手のいい魔法だけ。それ故に、403自身が魔法の国にとって都合の良い魔法少女になっている。だから、きっと、ただ働くだけなら何処でもやっていける。
別に、全ての魔法少女が
命じられた事を、求められる水準で熟す。それ自体は間違いなく組織人として重要な要素であり、魔法の国に限らず、世の中の大半はそういう歯車の役割を持った人材によって回っている。403のような存在も、必要なのは間違いない。職業魔法少女なんて、なろうと思って簡単になれるものではない事も分かっているつもりだ。
しかし、だけど、きっと、だからこそ。
403は満たされない。
これが、例えば。職業魔法少女になるまでに苦労を重ねてきたというのであれば、話は違っていたのだろう。
403は間違いなく、努力はしてきた。
だが、苦労した事は殆どない。
魔法少女として得た魔法は使い勝手が良く、肉体のポテンシャルも並以上はあり、戦闘センスも悪くない。指導者に恵まれ実力を伸ばし、魔法少女を生業としてから大きなミスをした事はなく、働きぶりに対する評価には不満がない。
順調だった。順調すぎた。
魔法少女であることは403の人生に多くの選択肢を与えてくれたが、生き甲斐になってくれたかというと、多分、そうではない。仮に同じ人生を繰り返せるとして、403が今のように職場魔法少女として生きていくことを選んだかというと、きっと違う道を歩んだ事だろう。
今がそうなっていないのは、ただの成り行きだった。だけど、403にとっては掛け替えのない偶然だった。
『君の力が必要だ』
ルダが、師が、尊敬する魔法少女がそう言ってくれたから。だから403は自分で選んで、「第八宿舎」にやってきた。
監査部門時代の同僚には「長生きできないな」と笑われた。403もそう思った。有能な魔法少女というのは、その成果が積み重なるほどに危険な任務へと割り当てられるようになり、いつか己の領分を超えた仕事でつまづき、転ぶ。それが怪我程度で済めばいいが、命に手が届いてしまう事の方が多い。
職業魔法少女は奥ゆかしく、大人しくしていなければ生きていけない、冒険をするべきではない。そう言っていた元同僚も、つい先日、任務で命を落としたと風の噂に聞いた。
長生きできない、403もそう思う。
封印刑を処されたような、危険な魔法少女がうじゃうじゃいる施設での職務だ。封印刑とはいかないまでも、本当に世の中に出していいのかと頭を悩ますような輩も少なくない。荒事の多い職場だ、今日に至るまで殉職者が出ていないのが不思議なくらいだった。
今日、死ぬかもしれない。
403が生き延びてきたのは、冒険をしなかったからだ。不相応な欲を抱かず、ただ目の前の業務だけ見て生きてきたからだ。運が良かったからだ。
それを曲げてしまった、碌なことにならないだろう。魔法の国はいつだって不穏な事件に溢れていて、監獄なんてものを必要とするほど犯罪者が多く、魔法少女の命は見た目以上にずっと軽い。
だが、それでも選んだのだ。
自分で選んだ道だ。
夢を見てしまった、生きる
大きな目標と、高い視座。
それに憧れたのだ。
憧れてしまったからには、もう目を逸らせない。
きっと、403にとっては分不相応な輝きだ。目を焼かれて、道半ばで倒れ、置いていかれるだろう。
だが、それでも構わない。
隣でなくてもいい、追いつけなくても構わない。
同じ道を歩いていけるのなら、命だって惜しくない。
だから、ルダの判断に不満などない。
403とルダの両方が同じだけの情報を持っているのなら、より適切な判断を下せるのは間違いなくルダの方だ。
403は良くも悪くも、常識に縛られた行動しか取れない。発想も、それを行動に移す力も、ひどく一般的で捻りがない。戦闘に関しては指導を繰り返し受けることで改善できるが、そうでない場合の、所謂頭脳労働の分野では役に立てることが少ない。
その点、ルダは視野が広い。これに関しては経験の長さ故だとは思うが、個人の資質が大いに関わっているのも間違いないだろう。
だから、不満などない。そう、断じて、不満などない。ないが──。
「よろしく、しお、たしー」
「……」
ルダの采配によって決められた臨時のチームメンバーを前にして、403は不安とため息を抑えることに失敗した。
◇ルダ
『第八層の囚人の封印が解けている』
『炎の魔法少女──ほろろは第六層へ到達』
『第七層から下に収容されている囚人は殆ど全員死亡、看守は──
『第三層から上でも囚人達の殺し合いが発生中、誰かが煽っている』
『ほろろはシスター・サンドラがいないと倒せない』
『ルダでも単騎はダメ、相性差で時間を稼がれる』
『403はマンダラクタルと一緒じゃないと死ぬ』
ルダが疑問を挟む余地なく、ネクスタシーはそう告げると口を閉ざした。何を尋ねても答えるコトはなく、だけど、瞳だけは『伝えるべきは伝えた』と雄弁だった。
初めての感覚だ。
ルダはこれまで自分の進むべき道は自分で切り開いてきたし、何を決断するにしても、その過程で誰と意見を擦り合わせようとも、最後には自分の意思を尊重してきた。それは傲慢さにも似た、「自分の判断の方が客観的に正しい」という自信からくるものであり。実際に、これまでその決断が誤っていた事はなかった。
だが、この場において。この魔法少女を前にして。ルダは「明らかに判断が誘導されている」と感じていた。そして同時に「だが、誘導された通りに動くべきだ」とも感じている。
ルダは判断を誤った事はない。少なくとも、魔法少女としての力を手に入れたその瞬間からこれまで。ミスらしいミスをせず、取り返しのつかない犠牲を出した事はない。それはルダが情報を整理し、物事に優先順位をつけ、理屈で動いていながらも、最終的には自分の感覚──六感を信じて細部を決めてきたからだ。その行動が、常に正解を導き出してきたからだ。これは魔法とは関係ない、ルダの生まれ持った感覚だ。
だから、ルダは常に主導権を握る立場だった。それがこの非常時に、それも、魔法少女となって約半年の囚人相手に奪われている。ルダがどう行動するべきかをコントロールされ、しかも、ルダがそれに対して順応する事すら見抜かれている。
悩んでいる時間はないと、ルダの感覚が叫んでいる。今この瞬間も「第八宿舎」のあちこちで殺し合いが発生していて、ルダはそれを止めなければならない。だが、ルダの肉体は一つしかない。どちらに向かうか、選ばなければならない。
そして、その逡巡を利用するように。ネクスタシーは“必要”なだけの情報をルダに与え、何食わぬ顔で「あとは貴方が決めるだけ」だと言っている。必要、という言葉の先頭に“ネクスタシーにとって”という枕詞が付いていなければ、喜んで操り人形になっているところだ。
事実上選択権がないのにも関わらず、お前が選べと言われている。これは実に新鮮な感覚だ。屈辱的でもあり、だがそれ以上に賞賛を禁じ得ない。
最初の四つでルダが知り得ない状況を伝え、後ろの三つで編成を縛る。ルダが第八層の──封印されている囚人の情報を魔法の国から与えられている事を利用して、選択肢を削られている。
まず、403とマンダラクタルを同じグループにする事は確定した。ルダが403を見捨てる筈がなく、「403が死ぬ」という可能性が生まれた時点でこの組み合わせは外せない。
その上で、下層にシスター・サンドラを派遣することが決まった。ほろろの気質と思想、魔法はルダも知っている。決して放置できない。そして、シスター・サンドラとの
なら、その上でルダはどう動くべきか。
下層に行くしかない。今いるメンツの中だとルダ以外では
ほろろが第六層を突破した、という事は。少なくとも彼女に対して対応できる“はず”の
そうなると、必然的に。下層はルダとシスター・サンドラ、上層は403とマンダラクタルという構成になる。その上で、ネクスタシーをどうするか。どちらの編成に組み込むか、ルダが自分で決めることが出来るのは、実質そこしか存在しない。そしてネクスタシーには、その未来も見えているのだろう。
そして、ここまでの考えが正しいか否かを判断する上で一番大切なのが「そもそもこの
だが、確実とはいえないが。それもクリアしてしまった。
そう、して“しまった”だ。ルダは既にネクスタシーが嘘をついていない事も、魔法少女として正しい行動をとっている事も知ってしまっている。
ネクスタシーを信用していいかどうかは、まだ判断できないはずだ。少なくとも、客観的に見て白と黒を判断できる要素はまだない。
だが、ルダは403の事は信用している。人格も、心情も、実力も、そして魔法も。「第八宿舎」において一番信用できるのが、この愛すべき優秀な部下だ。
403は優秀だ。本人はやたら自己評価が低い節があるが、それ以外に文句をつけるべき所がない。ルダの意図を汲んでくれるし、その上で自分で考える力もあり、機転が効く。
403の魔法は、『色々なものに制限をかけられるよ』だ。この“制限”というのが曲者だが、文字通りの強力な効果を持っている。攻撃した相手に、口頭で述べた通りの“制限”を与える。魔法の使用を禁ずる、と言えば魔法が使えなくなり。見聞きするな、と命令すれば視覚と聴覚が働かなくなる。
これを解除する時にも、相手を攻撃する必要がある。だからこそ、シスター・サンドラに懺悔させる時と、魔法の使用を許可する時にネクスタシーを警棒で叩く必要があった。
そして何より。勘違いされやすいが、実はこの魔法は『相手にかけた制限を解除する』と同時に、『新しい制限を掛ける』ことができる。一度の攻撃をトリガーに、二度の魔法行使を可能としている。
『囚人ネクスタシー、喋ることを許可する。サンドラ看守へ
『囚人ネクスタシー、魔法の使用を許可する! ルダ看守長の
403はルダの目の前で魔法を使う時、そう言った。これは“許可する”の前部分だけ適応されているように思えるが、一見して不要な後ろの口上まで含めての魔法行使だ。
403の魔法の性質上、あまりにも複雑すぎたり不可能な“制限”を与える事は出来ない。口にした言葉も、その一言一句全てが魔法として反映されるわけではない。打ち合わせをしていたわけでは無いため、403がどのような“制限”をネクスタシーに与えたのかはルダは知り得ない。付き合いが古く、背中を任せた事も多いが、本人以上に403の魔法の仕様を理解しているわけではない。
だが、ルダは403を信用している。
間違いなく、何処かに“制限”するための文面を仕込んでいる筈だ。客観的には判断できず、その判断に根拠はないように思える。だが、ルダにとってはこれまでの403との時間の積み重ねそのものが“根拠”だ。
恐らくは、嘘偽りを述べる事を“制限”している。
そうでなくとも、ルダ達に対する不利益が出る行いを禁じている。だからこそ、ネクスタシーの言葉は信用しても大丈夫だと。
ネクスタシーに、そう思うように
一体、どれだけの『次回予告』を見てきたのか。
どんな未来を、描いているのか。
何を切り捨て、何を選んだのか。
その頭の中身が気になれど、今は時間がない。
ルダとしては“切り捨てた”側にルダ達看守が含まれていない事を祈るばかりだ。職務に殉ずるといえばその通りなのだが、ルダ個人としては魔法の国の未来を担う若者達を失いたくないと考えている。なるべく死者は出てほしくない。
ネクスタシーは、403はマンダラクタルと一緒ではないと死ぬと言った。その言葉に偽りがないと信じよう。だが、シスター・サンドラやマンダラクタル、そしてルダの生死については何も言及していない。ネクスタシーの選んだ未来において、この中の誰もが命を落とす可能性がある。
だが、それも飲み込まねばならない。
もとより、囚人の管理と更生がルダ達に与えられた役割なのだ。その責任を果たすためには、命を惜しむ事は許されど、賭すことを躊躇うのは許されない。覚悟して、織り込んだ上で、油断せずに動かねばならない。
「403看守、マンダラクタル看守、二人に命じる。囚人ネクスタシーを連れて上層の暴動を止めなさい。そしてもし、必要と感じたのであれば──殺害を許可する」
「──っ、ハッ! 拝命いたしました!」
「分かった」
もしかしたら、もう二度と会えなくなるかもしれない。危険な任務だ、物事に絶対は存在しない、どちらか……あるいは、全員が命を落とす可能性がある。もはや、ネクスタシーの未来予知など関係ない。職業魔法少女として生き、魔法の力で戦うような道を選んだ事で生じた役割の話だ。ネクスタシーが何をしようが、しまいが、この場所で役割を果たす事こそルダ達看守に求められた事だ。
「サンドラ看守に命じる。
「はい、必ず……ありがとうございます。
「その
だが、それでも
生き残って、同じ道をいく未来を。
ルダの選んだ道は、間違っていないと。