◇レディ・ブラン
レディ・ブランは魔法少女だ。
その上で、魔法少女である前に、一人の音楽家──ヴァイオリニストだった。そして資産家の一人娘でもあり、何もかもが恵まれている身の上だった。
だが、犯罪者だ。
どう取り繕っても、それは変わらない。レディ・ブランのアイデンティティはかつての煌びやかな世界のそれではなく、汚く、悍しく、唾棄すべきものへと変わってしまった。
誰のせいか、と。そう問われると一人の存在が頭に思い浮かぶ。実際、レディ・ブランの身の上を知った他の誰もがその人物の責任だと口を揃えて非難する。レディ・ブラン自身、その言葉に心が救われているのは間違いない。
だが、それでも尚。
レディ・ブランの心を苛む、自責の念が無くなることはなかった。自身に対する怒りと、後悔と、悲しみと。そして何より、失ってしまったモノの大きさが。いつ何処で何をしていても付き纏い、決して心が晴れる事はなかった。
人を、殺してしまった。
誰かを救うための、世の中をより良くするための魔法少女の力を使って。誰かを傷つけ、命を奪う。
罪深い存在だ。
そして、そんな存在は、恐ろしい事に、レディ・ブランただ一人ではなかった。そのスキャンダルが発覚した際、レディ・ブランへの取り調べを担当した魔法の国の監査官は、疲れを隠しきれない表情でレディ・ブランへと事実を述べた。
『あなたの参加した試験で死んだ魔法少女候補は……あなた以外の参加者全員、十五人でした』
レディ・ブランは、レディ・ブランの様な魔法少女たちはみな『クラムベリーの子供達』と呼ばれている。
クラムベリーとは、誰か。
魔法の国が、魔法少女の才能を持つ人材を篩いにかけるための試験。見習い魔法少女が、正式な魔法少女へと昇格するための儀式。それを監督する立場にあったのが、
正式な魔法少女を見出すための試験だ。世のため人のために働ける資質と、才能と、実力を評価する場だ。本来であれば、殺し合いなんて物騒な事は行わないし、許されない。
だが、それを曲げ、魔法少女候補に命の剥奪を強要した人物がいた。より
その試験──殺し合いに生き残り、魔法少女となった者を総称する言葉が『クラムベリーの子供達』だ。
クラムベリーが魔法の国の人事部門で試験官となってから、幾度となく繰り返されてきた悲劇。その被害者にして加害者のうちの一人が、レディ・ブランだった。そしてそれは、およそ三年前にクラムベリーが一人の見習い魔法少女によって討たれ、その罪を魔法の国に告発されるまで。試験に関する記憶を封じられる事で、レディ・ブラン本人ですら知らなかった事実だ。
『クラムベリーの子供達』は、被害者でありながら、同時に加害者でもある。殺し合いを強制されたが、生き残った。ということは、つまりは
少年兵のようなものだ。その始まりこそ自主的ではなかったものの、結果として、人の命を奪ってしまっている。魔法の国が扱いに困るのも仕方がないだろう。
何より、タチの悪いことに。
そうして生き残った『子供達』の中には、クラムベリーの思想に同調し、彼女の協力者として動く魔法少女もそれなりの数が居た。
その事実が、『子供達』の立場をより悪いものにしてしまった。ただでさえ、殺し殺されの試験を突破した魔法少女なのに。その時点で、白い目で見られることも少なくないのに。その上で、積極的に主犯に協力し、罪を重ねるというのは、レディ・ブランからすれば考えたくもない事だ。
魔法の国は、事なかれ主義だ。
『子供達』のうちの、記憶処理を施されていた、どちらかといえば“被害者”寄りの魔法少女に関しては。その多くがスキャンダル後暫くの間、『子供達』であること自体が『子供達』に対して秘匿されていた。それが良いことか、悪いことなのかは人によって感じ方が変わるのだろうが。レディ・ブランは自分が
人を殺した過去を忘れ、誰かを手にかけた魔法の力を使い、他の誰かを助ける。なんて、なんて悍ましいのだろう。自らの犯した罪を悔やむことも、死者を想うことも出来ず、後ろ指を刺され、自らを『正しい魔法少女』だと思い込みながら生きていく。
そして何より──試験に巻き込まれ、殺された、大切な仲間達のことを。その存在すら思い出すことが出来なかったかもしれない、など。考えただけで、頭がおかしくなりそうだった。だが、そうはならなかった。
レディ・ブランがクラムベリーに感謝していることが、ただ一つだけあるとすれば。それは、クラムベリーの肩書きがレディ・ブランと同じ『音楽家』であったという事だ。
レディ・ブランの魔法は『演奏でお腹を満たせるよ』というものだ。これは文章通り、レディ・ブランが発生源である演奏を聴いた者に対して発動し、空腹を和らげるという現象を起こす魔法だ。
レディ・ブランはヴァイオリニストだ。コスチュームのモチーフとなっているのも、ヴァイオリン。登録されている魔法少女としての名前なんて、ストラディバリウスそのものだ。
クラムベリーは『森の音楽家』の異名通り、音を操る魔法を持っていた。そして何より、ヴァイオリンを持ち、演奏する事が多かった。
つまり、怪しかったのだ。
魔法の国からしてみれば、レディ・ブランはクラムベリーのシンパそのものに見えたのだろう。
スキャンダルが発覚して間もなく、レディ・ブランは拘束された。身に覚えのない取調べを受け、魔法を使った尋問をされ──その末に、記憶に施された封印処理を解除された。
だから、思い出せた。
自分が失った、一番大切なもの。
『私たちの魔法で、世界を救おう!!』
同じ目標を持ち、より良い世界を目指した仲間達。他の何を持ってしても替わりになる事などない、大切な宝物。とっくの昔に奪われて、思い出す事すらできず、だけど、世界のどこかに面影を探し求めていたことに。ようやく気がつけた、それだけが救いだった。
だからこそ、償いたかった。
『私が、殺しました』
自分にとっての、大切な宝物。
レディ・ブランが奪った命もまた、誰かにとっての
ただただ、縋り付いて。みっともなく泣き叫んで、罰を受ける事を望んだ。そうでなくては、裁きを受けなければ、心が耐えられなかった。
だけど、レディ・ブランの求めたものは与えられない。
まず、魔法の国には死刑制度がない。最も重い罪でも封印刑であり、これも、相当に悪質な犯罪を行わない限りは処される事はない。
では、レディ・ブランはどのような刑が妥当なのか。『クラムベリーの子供達』としての試験を受け、参加した魔法少女のおよそ大半、十六人中八人を殺害せしめたその罪とは、如何なるものなのか。
魔法の国がレディ・ブランに対して命じたそれは、レディ・ブランの要求を大きく下回り、殆ど無罪に近しいものだった。
レディ・ブランは罰を望んでいた。
だからこそ、どんな調査にも協力したし、自分の行いについても嘘偽りなく供述した。真偽を明らかにする魔法も、記憶を覗き込む魔法も、心を読む魔法も全て受け入れ、己の罪を告白した。
だが、それが、それ自体が、レディ・ブランを行いを、魔法による八人の殺害を、「仕方のないことだった」と魔法の国に判断させてしまった。
『クラムベリーの子供達』は、誰も彼もが殺し合いを生き残った強者であり、人殺しだ。その中には当然、レディ・ブランより凶悪な魔法を持つ者も、レディ・ブランより多くの魔法少女を屠った者も、レディ・ブランより殺人への忌避感が薄い者もいた。そして何より、クラムベリーに共感し、試験を生き残った後も罪を重ね続けた者もいた。
それらに比べれば、レディ・ブランの犯した罪など大したことはない。直接面と向かってそう言われたわけではないが、レディ・ブランに与えられた言葉のオブラートを剥がしてみれば、そういう事なのだろうというのは伝わっていた。そしてなにより、レディ・ブランに与えられた罰の軽さがそれを雄弁に物語っていた。
人を、八人。
若く、未来のある魔法少女を八人殺した罪。
その罪に対して与えられた罰は、『一定期間の奉仕活動』という。レディ・ブランの倫理観からすれば、冗談だと思えるほど軽いものだった。
レディ・ブランが大切な人達を奪われて、誰かにとっての大切な人達を奪ったあの事件に対する見解が「仕方のない事だった」と片付けられたのを思い知って。レディ・ブランは思った、ふざけるなと。
レディ・ブランの怒りは、レディ・ブランによって殺された者たちがレディ・ブランへと抱く怒りと同じものだった。だけど、その怒りをレディ・ブランにぶつける事の出来る者はもういない。だからこそ、魔法の国からの罰を望んだというのに。
魔法少女の、人の命は。そんな軽く扱われるべきものではない。仕方のない、の一言で済ませていいものではない。
レディ・ブランは憤り、失望し、声を荒げて反論し。その果てに、一人では抱えきれないほどの絶望を胸に抱いた。
軽く扱われているのではない。
実際に、軽いのだ。
魔法少女の命は軽い。
魔法の国にとって、そこらの魔法少女、それも候補が一人や二人や百人死んだところで大した問題ではないのだ。魔法少女候補の家族が何をどう思うかなど、それこそ魔法の国には関係がないと思っている。
言葉を失ったレディ・ブランに対して、魔法の国は消極的ながら「魔法少女を辞めること」を勧めてきた。そうすれば、魔法の国に関する記憶は全て消せると。凄惨な殺し合いも、それによって生まれたトラウマも、全部忘れられると。そう言った。
その提案に、心が揺れなかったといえば嘘になる。
レディ・ブランは魔法少女としてのガワを取り払えば、極めて平凡な一人の少女だ。人を殺した罪の意識にも、大切な人を失った現実にも耐えきれない、心の弱い一般人だ。
全部忘れる。
全部忘れて、楽になる。
その選択肢をすぐに消し去ることが出来なかった事実こそ、レディ・ブランの凡庸さの証明だった。
これが、生き残ったのがレディ・ブランじゃなかったら。
『リード』ならば、魔法の国を変えようと不屈の精神で動いただろう。『ダン』だったら、罪の意識を抱えながら前を向いて進んだ事だろう。『まーぶる』は、あの子は、そもそも、人を殺す事より殺される事を選んでいた。
だから、きっと、レディ・ブランだけが。
今もこうして、何処にも進めないまま停滞している。レディ・ブランだけが、あの日の罪の重さに耐えかねて、一歩も動けない。
生き残ったのが、自分じゃなかったら。
そんな、意味のないことを毎日考えている。
『──君がレディ・ブランだね』
魔法の国主導の奉仕活動を終え、レディ・ブランはその罪を清算した“ことになった”。だが、誰よりもレディ・ブラン自身がその判決に納得できていない。だから、何処にもいけない。罪の意識で雁字搦めになったレディ・ブランの心は、決して自由になることを許さない。
『裁かれたいんだね、楽になりたいのか』
自傷行為を繰り返すレディ・ブランの元へやってきたのが、泣く子も黙る人事部門の超人だと知った時。レディ・ブランはようやく、自分に罰が与えられるのだと思った。
『気が済むまで、ここにいなさい。いつか君が、自らに赦しを与えられるようになるまで。ここが君の居場所で、
レディ・ブランが望んだ
人は簡単に変わることは出来ない。
『第八宿舎』の第一層に、情けで収容され、奉仕活動を
だが、『
今もまだ、夢に見る。
いつも皆を引っ張って、誰かのために働くことを心の底から喜んでいた幼馴染。持ち前の明るさと前向きさで心の支えになってくれた可愛い後輩。生まれ持った愛嬌でアイドル界の頂点をとると豪語していた、最愛の妹。レディ・ブランを含めた四人で一緒に活動し、いつか世界を救う事を目標に励んでいたあの輝かしい日々を。
その全てを失って、一時の憎しみに囚われて人を殺し、口が裂けても理想を語ることができなくなった今でも尚。未練がましく夢に見て、そして、自らの犯した罪によって大志が穢されてしまった事に涙を流す。
裁かれたかった。
死にたかった。
消えてしまいたかった。
どうしてあの時、みんなと一緒に死ななかったのだろう。大切な仲間も夢も失ったのに、人を殺してまで生き残る意味が何処にある。レディ・ブランの命は、魂は、他者を犠牲にしてまで残るべき価値のあるものだったのか。ならばいっそのこと、みんなと同じ場所に行きたかった。
あの世が存在しているなら、きっと三人は天国に行っているだろう。誰も傷つけることなく、誰かを救う事だけを成して逝った三人は今ごろ仲良く過ごしているはずだ。そうでなければ報われない。
だけど、レディ・ブランだけはそこに行けない。
人殺しだからだ、罪を犯してしまったからだ。
あの時、一緒に逝けたなら。レディ・ブランはきっと、こんなに苦しむ事はなかった。死にたい、だけど、自ら命を捨てるなど、レディ・ブランが殺した八人に対する冒涜だ。恥知らずと呼ばれようとも生きて、苦しんで、裁きを受けなければならない。
そう、望んでいた。
だからきっと、これは、レディ・ブランに与えられた唯一の救いなのだ。
「
魔法少女だ。レディ・ブランの目の前に、一人の魔法少女がいる。見覚えがない。少なくとも、『第八宿舎』の看守や囚人では見たことがない。
飛んでいる。
というより、浮いている。
呆然とするレディ・ブランの、そのすぐ目の前で。その魔法少女はフワフワと、重力を感じさせない軽やかさで宙を漂っている。
幾つもの星を宿し、瞬き輝く
淡い光を秘める黄金色の髪と、その上に鎮座する流れ星を模した小さな王冠。
銀河をそのまま切り取ったかのように、星々の煌めきを映し出しはためくマント。
魔法少女の平均よりも低く見える、少年少女の歳の頃の背丈と、それ相応の体躯。
小さな手の甲を隠すように取り付けられた、銀色に輝くガントレット。
何もかもが、鮮烈で、美しく、輝く。
まるで、広大な宇宙そのものを人型に押し込めたような、そんな、人智を超越した魔法少女。
レディ・ブランが今まで見てきたどんな存在よりも美しく、純粋無垢で、汚れのない、そんな理想の存在。
胸が高鳴る。
レディ・ブランの意思に反して、無意識のうちに、唾液が喉を通りすぎる。
「もう
突如として現れたこの魔法少女は、レディ・ブランの監視役として付けられていた──彼女を鎮圧しようと槍を構えた──シャッフリンを一撃で葬り去った。レディ・ブランには何が起きたのかすら、理解することは出来なった。ただ、一瞬だけ、そこに宇宙が見え、瞬いて、気がつけば、シャッフリンが消えていた。
いなくなっただけだ。死んだと確定したわけじゃない。だけど、レディ・ブランはその魔法少女から、魔法少女が成した行動から、今まで感じたことの無いような強烈な“死の気配”を感じ取った。
レディ・ブランが決して届くことのない高み。
圧倒的な力を持ち、それを振るうことに躊躇いがない残酷さを併せ持つ。そんな存在を目の前にして、不思議な事に、レディ・ブランはあれだけ忌避していた暴力に嫌悪感を抱く事もなく、ただただ、見入ってしまった。
そんな魔法少女が、レディ・ブランに問いかけている。お前は“悪”かと、裁かれるべき存在なのかと、そう聞いている。
きっと、言葉を間違えれば。
次の瞬間には、レディ・ブランは、命を落とす事になる。これは予感ではなく、確信だった。目の前の純粋なる魔法少女は、レディ・ブランの命を摘み取ることに些かな躊躇いすら抱かないだろう。
レディ・ブランの心臓が、かつてないほどの速さで緊縮を繰り返す。死ぬ、死ねるのだ、ここで、レディ・ブランは、何の前触れもなく、理不尽に、だけど、望んだ通りに、命を失う。
救われるのだ。楽になれるのだ。
レディ・ブランは犯罪者だ。人殺しだ。
だから、裁かれなければならない。
その救済が、いま、正に、目の前に──。
「わ、わた、私は────」