◇フリバルド侯爵
「ミス・ティークは死亡、と」
頭のおかしい炎の魔法少女──ほろろを追跡させていた
空中を移動する視点に、酔うような事はない。
目尻から頬に伝う青い炎を拭う事なく、
だが、進展があった事には変わりない。
殺さなければいけない者は多く、されど、未だに一人しか脱落者は出ていない。脱獄を果たすにあたって一番厄介だった
簡単に始末できると思っていた
だけどしかし、フリバルド侯爵は弱みを見せてはいけない。いつも余裕を持って、誰より自由でなければならない。そうでなければ、誰にも自由を与える事など出来はしない。ため息を呑み込み、代わりに笑みを浮かべる。全て予定調和といった、飄々とした態度を意識して作る。些細な心掛けだが、弱気こそが心に楔を打ち込み、大事な局面で物事をより悪い方向へ進めてしまうことをフリバルド侯爵は知っている。一度作った仮面は、貫き通すべきだ。
フリバルド侯爵は自由だ。いつだって心のままに行動し、気まぐれに力を貸し出す。
「フリバルド、あの狂人は危険だ。世に解き放てば間違いなく魔法の国そのものにとっての──ひいては、我が師の害となる」
「ええ、まぁ、でしょうね」
「殺すべきだ」
「勿論、分かっています……ですが、まだ利用価値がありますから」
そう、フリバルド侯爵は囚人
魔法の国の、大口の依頼人に雇われた逃し屋兼運び屋であり、この監獄からすれば、史上初の侵入者といったところだろう。
そもそも、この世界の誰一人として。フリバルド侯爵を留め置くことなど出来ず、その羽ばたきを咎めることなど不可能である。当然、捕まるようなヘマはあり得ず、犯罪者であれども、囚人などという不自由な身分ではない。
囚人
バル・チュブラ・ルーン。
既に流暢な言葉で意思疎通が可能になった、魔法の国の殺し屋にして、フリバルド侯爵の顧客が監獄から連れ出すことを望んだ
「あのような者を使わねばならない、それほどの実力者なのか? ここの看守どもは」
「というより、ルダ看守長が、ですね」
看守リストの一番上、最も殺すべき、いや、殺さねばならない者の名前を口にする。それだけで気勢が萎える。そんな能力がない事は確認しているが、何処からか見られている気すらしてくる。
あの
アレばかりは、フリバルド侯爵の魔法を以てしても突破できない。新しい囚人の護送に合わせて侵入に成功したものの、肝心の脱出に関しては
今のフリバルド侯爵はさしずめ、籠の中の鳥といったところだろうか。自由を何より愛するフリバルド侯爵にとっては遺憾だが、それでも、最も必要とする者に自由を与えるためなら、自ら籠の中に飛び込み不自由を演じなければならない。役者はどの様な環境であっても、優雅に振る舞うものだ。真に選ばれし者は、舞台を選ばない。
「説明は受けたが、信じがたいな。本当にこの様な芸当が可能なのか」
「実際に見たわけじゃありません。この情報が正しいのであれば、監視に気付かれる可能性がありますからね……なので、
「ふむ……致し方ない、か」
不承不承ながら、という態度──表情には出ていないが、全身で不満を訴えている──で提案に頷くバル・チュブラ・ルーンを見て、フリバルド侯爵の頭の中に一つの疑問が浮かび上がる。
「手段を選ぶべきだと思いますか? ……なんというか、そう、貴人として」
「いや、
側から見れば大したことではないが、本人にとっては重要だという事は多い。それが心情、理屈でコントロール出来ないデリケートな部分に関わるのであれば尚更、無闇矢鱈に突きたくはない。そういう意味を込めての問いかけだったが、様子を見る限りでは、バル・チュブラ・ルーンが気分を害した気配はない。
前もって依頼人から聞いていた内容が真実ならば、バル・チュブラ・ルーンの地位は魔法の国全体を含めても高みに存在している。貴人と呼んでいい。
殺し屋として摘発された際にその素性は隠蔽──本人曰く返還したとの事だが──されたとはいえ、その気位やプライドまで捨てた訳ではないだろう。殺し屋の気位とは、という話ではない。それ以前の、バル・チュブラ・ルーンという魔法少女が生まれる前から持ち得ていた立場と、そこに由来する品位の話だ。
どういった経緯で殺しに手を染めたのかは聞かされていないし、そこまで興味がない。この場において大切なのは、相手がどのような信念を持ち、どのような手を打つのか。躊躇いなく非道を往き、目的を達成できるか否かだ。手段を選んでいるようでは、この戦場を生き延びる事は出来ない。
「数は問題ない、だが、質にやや不満はある。出来ることなら、看守レベルの素体が一つは欲しい。使い道には困らない」
「ミス・ティークの死体はダメそうです。抵抗が激しかったみたいで、もう殆ど無事なところが残っていません」
「そうか。なら、他に期待だな。生きていれば、尚いいが」
「そこは時機を見て、ですね……まぁ、あの狂人が標的を皆殺しにしてくれる可能性もありますし。コチラは安全第一でいきましょう」
その点、バル・チュブラ・ルーンはプロだ。フリバルド侯爵など及ばぬ悪辣な手段を、平気な顔で実行している。
フリバルド侯爵の持つ、看守達の情報が乗った資料から視線を逸らし。バル・チュブラ・ルーンは手持ち無沙汰に、先ほどまで集めていた素体を基に作成した人型のゴム風船を握った。
キュウ、と。悲鳴のような音が鳴る。
いや、悲鳴のような、というより、悲鳴なのだろう。
バル・チュブラ・ルーンに息を吹き込まれ、その上で、彼女の持つ魔法のストローで中身を抜かれて掌サイズまで縮んだゴム風船。第八層で手に入れたシャッフリンとは違い、生き残っていた囚人をそのまま使って作成したそれは──恐らくだが、まだ
生きたまま、意識のあるまま、ゴム風船に変えられている。残酷にして悪辣なその所業こそ、彼女が魔法の国に悪名を轟かせた所以なのだろう。先ほど彼女はほろろの事を危険だと言っていたが、フリバルド侯爵から見ればどっちもどっち、五十歩百歩だ。
実に
自由とは、何もしない者の頭上に降ってくるモノではない。力を持ち、自らのために悪徳を成すことの出来る者が力強くで捥ぎ取るモノだ。
だからフリバルド侯爵は悪逆の道を選んだ。
力無き者は、自由なきものは、ただ奪われるだけだ。
◇
人が死ぬ、嬉しい。
人が死ぬ、苦しい。
人が死ぬ、喜ばしい。
人が死ぬ、悲しい。
当然の報いだ、嬉しい。
自分が殺した、苦しい。
犯罪者が減った、喜ばしい。
それでも命だ、悲しい。
自分と、自分ではない自分と、誰、本当の自分と、偽りの自分と、知らなかった自分と、目を逸らしていた自分と、残酷な自分と、だれ、家族に誇れた自分が、だれなんだ、これは、自分が、自分の自分の、なんだ、誰か、自分がやったことなのか。
カルパ千代とは、こんなことが出来てしまう人間だったのか?
自分で自分を抑えられない。
異なる二つの感情が、罪人を裁く快感が、そして、命を奪うことへの罪悪感が、カルパ千代の心の内を暴れ回り、相反する二つのそれが、意識を、信念を、志を、何よりカルパ千代自身を、すり潰し、砕き、狂わせる。
カルパ千代の目の前で、モニターの向こう側で。
いったい何人の囚人が、魔法少女が、クズどもが、死んだ、誰、いや、違う、こんな、理由など、違わない、クズは嫌いだ、死んだ方がいいに決まってる、正しいことだ、違う、仲間が死んだ、仕方ない、必要な犠牲、そんなわけ、誰だ、
違う、これは違う、こんな事は望んでいる、違わない、そうだ、みな死んでしまえばいい、なぜ巻き込んだ、尊い犠牲だったからだ、こんなことが許される、許される、誰が許した、なぜミス・ティークが、仕方がなかった筈だったこんな事が違わない筈がない、裏切りだ
これでは同じだ、カルパ千代の嫌う犯罪者と同じではなく大義のためで、その結果死ぬのはクズがクズで命を大切にしないからで、カルパ千代は悪くないのに自らの
罪悪
ルダ、ルダ? ルダだ、かんしゅちょう、違う、ダメだ、死ぬ、あれはダメじゃない殺せるから動かす、第五へ、止める、ルダは勝つ、ダメ、ダメだ、ダメ、ああ、止められない
止めないと
死ぬ
大切だった、誰、知らせないといけ、ない筈だ
いや、違う。カルパ千代は自らのやるべき事を成しているだけだ。犯罪者どもから取り上げたものを、あるべき所に返すだけだ。そのためならば、どんな犠牲でも受け入れるべきだ。そうでなければ、安心して眠ることすら出来やしない。
そんな事はない。誰か職務をカルパ千代のやるべき仕事を責任を取れと言う筈でなかった、違う、私刑は許されるべきではあ? 助けないといけない逃してはいけないだから看守長が止めないと止めて止めて人が死んでるダメだ
マチ、助けないと、マチ、ダメだ囚人は逃がさない殺さないと逃げて遠ざけて遠くへそっちはかんしゅちょう、助けてくれ仲間大切だって思ったから死んではいけない。
殺させない
青い炎。遠ざけ、止めないと、逃してはいけないせめてみんなは第六層まで誰か止めてカルパ千代を。何故こんな事ができる。こんな、何故、仲間ではなかったのか、大切だと誰だ、違わない、誰一人生かしてはいけない。
ルダ、403、マンダラクタル、シスター・サンドラ、梟叩雀街、病天仙、ミス・ティーク殺させないはずだ、死ななければならない
なんでこんな事に、
助けないと。とめないといけない
これ以上誰も死なせては、
全員殺さないと止まらない。
魔法少女は全員殺す
知らせないと、裏切りだ、カルパ千代がやった
ルダ、止めて、これ以上の罪を重
耐えられない
助けて