魔法少女更生計画   作:親指ゴリラ

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1-16 看守 梟叩雀街

 

梟叩雀街(ふくろだたきすずめまち)

 

 

 梟叩雀街は暴力が好きだ。

 もはや、愛しているといってもいい。

 

 生まれつき魂がその様な造りをしていて、一度たりともその行いに躊躇いを覚えたことは無い。

 

 昔から気に食わない事があれば、殴り合いで解決してきた。それ以外の、普通であれば暴力を伴わないはずの出来事に対しても、また、闘いで解決する事を良しとしてきた。

 

 そしてその性分は、魔法少女になった今日(こんにち)に至っても変わらない。魔法少女になった事で変化したのは、意識だけだった。

 

 幾分か“冷静”さを手に入れた事によって、梟叩雀街は何も考えずにその拳を振るうのではなく。より正当な理由を持ち、暴力をよしとしない他者からの干渉を極力無くした上で、長期的に、継続的に、愛してやまない殴り合いに身を置くための手段を選ぶ様になった。

 

 つまり、権力のある組織に属し。

 腕っぷしの強さを評価される職に就き。

 社会貢献として受け入れられる場面でこそ、暴力を用いた解決を行う。

 

 世のため人のために振るう暴力こそ、最も継続しやすく、受け入れられ易く、止められ難く、気持ちが良い。その事を理解した上で、梟叩雀街は魔法の国の外交部門に籍を置き──辞令があってからは、この「第八宿舎」で囚人(サンドバッグ)相手に、思う存分暴力を振るう日々を過ごしている。

 

 

「先に一服、いいか?」

 

「身体に良くないです」

 

「あァ? 魔法少女に毒なんか効かねぇよ、気分だ気分」

 

 特注の葉巻に火を付けて、煙を燻らせる。

 慣れ親しんだ独特の香りが肺を満たし、鼻腔を突き抜ける。梟叩雀街は重度の喫煙者という訳ではないが、不良であった頃から学生時代からここまで、この煙と適度に付き合ってきた。

 

 それは不良同士の付き合いという側面もあったが、何よりこういった不道徳な行いこそが、梟叩雀街により多くの揉め事を寄せ付ける事を知っているからこその慣習だった。

 

 煙を吸って、吐く。

 それだけの行動が、梟叩雀街の頭の中のスイッチを切り替え。より深く、より強く、暴力の香りに全身を浸していく。

 

 だが、まだ動かない。

 

 

「んで、オメェ誰だよ」

 

「ほろろ、と申します」

 

「名前聞いてんじゃねぇよダァホが、今日は下からの囚人移動の予定は無ェ。所在を問いかけてんだよ、分かれや」

 

「貴女を、救いに来ました」

 

 絶妙に成り立たない言葉のキャッチボールもまた、大事な判断要素になり得る。不良として、外交部門として、そして何より看守として。梟叩雀街は多くの無法者に触れ、時に殴り合い、気が済むまでボコボコにしてきた。

 

 その経験から、あるいは魔法の性質柄か。

 

 梟叩雀街は、相手がどの様な感情を持ち、正気か、狂気か、何を考えているかを、立ち振る舞いや気配から察する能力を身につけた。魔法の効果で常に冷静である事で、却って、自他の感情に対してのアンテナが敏感になった。

 

 同じ言葉を使っていても、会話が成り立たないというのは良くある事だ。それが魔法少女であり、囚人であり、理屈の通じない人殺しであるならば、尚の事だが。そういう手合いというのはいつも、どこか狂気を孕んだ瞳をしていた。

 

 だが、この魔法少女は違う。

 梟叩雀街からしてみれば、ほろろと名乗った魔法少女はまだまだ正気の側に立っている。正気のまま、狂気的に振る舞っている。

 

「宗教勧誘なら、お断りなんだがよ」

 

「神など居ません。このほろろが、私が、貴女を救うんです。憐れむんです」

 

「ハハっ、話通じねェな」

 

 コイツを殴ったら気持ちいいだろうな、と。梟叩雀街の感性が叫ぶ。この感覚は今まで一度も外れた事はなく、そして、どんな立場の相手であっても、梟叩雀街はその好奇心を実現させてきた。勿論、合法的かつ理性的に、だ。いきなり殴りかかるような事はしない、次の暴力を奪われる可能性がある。

 

 つまり、大義名分さえあればいい。

 そしてそれは、然程の労力なく手に入る。

 

 なぜなら、ここは監獄「第八宿舎」であり。

 梟叩雀街は看守であって、目の前の魔法少女に見覚えはない。それが意味するのはただ一つ、これから争いごとが起きれば、客観的に見て、梟叩雀街に正当性があると判断されるという事。

 

 

「一応、説明しといてやるか。知っての通り此処は監獄、オレはこの第六層の看守兼矯正官(カミサマ)の梟叩雀街。外で悪事(オイタ)をしてきた囚人(オモチャ)で遊ぶのが仕事(シュミ)だ、理解(オーケー)?」

 

「オーケー、です」

 

「で、困った事にちょっと前から監内の通信が出来なくてなぁ。上にも下にも連絡がつかねえ……で、これはなんか起きてんなと思ってよ。さっきまで囚人(オモチャ)共を無理やり気絶(ネンネ)させて部屋(ブタバコ)収容し(カタヅケ)てきたワケ。疲れてんのよ、こっちは」

 

「暴力はダメです、可哀想です」

 

 心の底からそう思っている、そんな目をしながらも、ほろろは今この瞬間にも梟叩雀街を殺そうとしている。梟叩雀街を目の前にしてどれだけ内心を、感情を隠そうとしていても、梟叩雀街の感性の前には通じない。それが隠そうともしていないのであれば、尚更、このほろろという魔法少女が持つ限りなく大きな感情は、梟叩雀街には筒抜けだ。

 

 最初からそうだった。一目見た瞬間には既に、ほろろという魔法少女が人殺しである事を理解していた。これまで梟叩雀街が叩きのめしてきた、どうしようもない犯罪者達と同じ存在である事を分かっていて。避けようのない、避ける気もない争いごとの気配に、梟叩雀街の胸は期待に膨らむばかりだ。

 

 だが、何事にも順序がある。

 これでも梟叩雀街は、自らの属している組織と職務を大切に思っている。第一に暴力、第二に暴力。だが、その次くらいには。責任の二文字が頭の片隅をチラついている。

 

 殴り倒して話が聞けなくなる前に、確認しておかないといけない事がある。

 

 

「で、お前がたった先ほど登ってきた階段はな。オレの同僚(ダチ)が魔法で守っていたワケだ。囚人(ワルガキ)共が勝手に逃げ出さないようにナァ? ……どうやって突破した、答えな」

 

「導かれたのです。下にいた人々の、その全てを救済しました。次の救いを与えるために、ほろろは此処へやってきました。だから、貴女も救うんです」

 

 梟叩雀街は誰よりも冷静だ。だが、それは決して梟叩雀街自身の性分ではない。有り体にいえば、魔法による効果でそうなっている。

 

 どれだけ凄んでも、怒っても、それは見せ掛けの態度に過ぎない。そうした方が話が早いから、より暴力に近づけるから、何より、周囲に感情のある(そういう)人間だとアピールできるから。実利があるからこそ、乱暴者としての梟叩雀街を演じているに過ぎない。いや、元より性根が乱暴である事に違いはないが、それを敢えて分かりやすく表に出している。

 

 人は、魔法使いも、魔法少女だって。

 みな理性のみで生きているわけではない。判断基準の根底には当然、感情というものが存在していて。血も涙も通っていない者は、異物でしかなく、感情に支配されない事が賢いつもりでいる奴ほど、肝心なところで判断を誤る。

 

 真に冷静な者とは“感情”を“勘定”に入れて立ち回るものだ。なぜなら、その方が得をするから。

 

 そして梟叩雀街にとっての利益とは、暴力に他ならない。粗暴に振る舞った方が、殴り合いの機会にも恵まれる。その上で、腹の中で考えている事を誤魔化し、相手を欺き、油断を引き出してより有利な状況を作り出すことも出来る。

 

 そう、まさに今この瞬間(・・・・・)のように。

 

「そうか……そうか、じゃあ最後(ヤルまえ)に一つだけ聞かせてもらおうか」

 

「なんでしょう」

 

「ミス・ティーク……趣味の悪いマスクつけてた奴、いただろ。アイツ、下で看守(アタマ)張ってたんだわ……どうした?」

 

 もう一人、病天仙(クソナード)のいる第八層も気になるが、その魔法を鑑みるに、無事なのだろう。ルダ看守長との間に、敵前逃亡の限定的許可を取っていることも知っている。身の丈に不釣り合いな魔法を持っただけの、弱い魔法少女だ。しかし、何をしても死ぬ事だけは無いだろうから、考慮する必要はない。

 

 だが、ミス・ティークはどうだ。

 

 第七層看守、ミス・ティーク。梟叩雀街から見れば何考えてるかよく分からない女だったが、「第八宿舎」が出来る前から刑務所で看守をしていた実力と実績は確かだ。そのミス・ティークが何もせずに、この人殺しを上に通したとは考えられない。

 

 間違いなく、一悶着は有っただろう。

 だが、その結果がどうなったかは。確かめておく必要がある。梟叩雀街には相性の問題で効かないとはいえ、ミス・ティークの魔法は対魔法少女に於いて大きく効果を発揮する。職務にも忠実な女だ、病天仙とは違って敵前逃亡も、まぁ、出来るがやらないだろう。というより、逃げる必要などない程一方的な死合になるのが常だ。

 

 

「──勿論、救い(殺し)ました。苦しませるのは本意ではありません、健やかに、穏やかに、夢の中で最後の時を幸せに過ごしていただきました」

 

 だから、この回答は予想できていた。

 そうだろうと思ってはいたが、実際に耳にすると。どちらかといえば、信じられない気持ちの方が強い。

 

 だが、信じられないから信じない、というのは馬鹿のやる事だ。勿論、目の前の魔法少女が精神攻撃のために嘘を吐いている可能性もあるが、それに賭けるには状況が悪い。

 

 ため息が出そうになるのを、煙を吐く事で誤魔化した。そう見えるように、強めに煙を吐き出す。それこそ、対面するほろろの所まで届くくらいに。魔法少女の肺活量を用いて、嫌がらせのように煙を吹きかける。

 

 すでに焦げ臭く、人を焼いた匂いが染み付いているにも関わらず、顔を顰めるほろろを見て、梟叩雀街は自らの勝利を確信した。

 

 

「じゃあ、やるか。お前のボロボロになった姿を見れば、アイツも少しは溜息を下げんだろうしな」

 

「……ぇ? あれ? ぁ、なんで」

 

「ああ、もう聞こえてないか? 幸せな夢がどうこう言ってたな? いい夢見てんのか?」

 

 梟叩雀街は、この魔法少女が何を考えているのかは薄らと理解している。小さな体の中で、梟叩雀街が見たこともないほど大きな感情が荒れ狂っているのが見えている。

 

 その根底にあるのは、強い自己嫌悪と怒り。

 だが、それは同時に、他者への、自分以外の何者かへの大きな不満も内包している。本人ですら気づいていない、いや、目を逸らしている感情でさえ、梟叩雀街の前では隠す事が出来ない。

 

 ほろろという魔法少女はある意味で、梟叩雀街の反対側に存在していると言っていいだろう。冷静さとは、感情に左右されずに落ち着いていること。この魔法少女はその逆で、感情だけを寄り場に、支えにして動いている。

 

 それが、悪いというつもりはない。

 特に魔法少女なんてものは、感情的で衝動的に動く方が強かったりする生き物だ。ノリと勢いで現実を覆す、窮地をひっくり返す力というものが魔法少女には宿っている。

 

 だが、そういう生き方をする奴ほど。

 その感情、言い換えれば心を。崩したその瞬間というのは、脆く弱くなるものだ。

 

 そして、梟叩雀街の目論見は既に達成されている。

 

 魔法少女に普通の毒は効かない、これは間違いない。変身している状態では酒に酔うことも、ニコチンで頭を焼くことも出来やしない。

 

 だが、言葉を返せば。

 普通ではない毒は効くということだ。

 

 先ほどから梟叩雀街が吸って、吐いていた煙。

 

 これは、梟叩雀街に名前が一部似ている事から付き合いの始まった、とある魔法少女に依頼して作らせた特注品の葉巻だ。

 

 自らの頭の上に、魔法の花を咲かせる魔法少女。その魔法少女の花から抽出された薬効成分は、魔法少女にだって通用する毒になり得る。

 

 梟叩雀街が作らせた煙草の効果は、麻薬に近いシンプルなものだ。つまり、煙を吸った者を気持ちよくさせ、幻覚を見せるというもの。少量であれば気軽にトリップでき、副作用もない。

 

 だが、この葉巻はその麻薬成分を可能な限り濃縮させた特注品。少し吸い込んだだけでも強力な幻覚を見せて、一本吸いきれば間違いなく精神が壊れる、そんな極悪な代物だ。

 

 そんな劇物を平気な顔で吸っていると、何処の誰が警戒するのか。そんな無意識のうちの油断を突くために、梟叩雀街は努力してまで慣れない葉巻を口にしている。

 

 敵は知らず知らずのうちに、薬によって正気を失う。そして梟叩雀街は、その魔法──どんな時でも冷静でいられるよ、というもの──によって、精神の平衡を失う事はない。この葉巻も、梟叩雀街以外にとっては毒そのものだが、梟叩雀街からしてみれば変わった味の煙草でしかない。

 

 

「悪ぃな、オレぁ普段は紙タバコ派なんだ」

 

「……あっ、ちが、私は、違う、そ、そんな目で」

 

「あー? こりゃバッド入っちまったか、御愁傷様」

 

 梟叩雀街の本性を知る人間以外は、その見せかけの粗暴な態度を見て「こいつは殴り合いが好きなんだな」と勘違いする。というよりは、そう思われるように努めて振る舞っている。

 

 だが、それは違う。確かに殴り合いも好きだが、その本質は“暴力”そのものを愛している。

 

 つまり、こういった絡め手による戦いも。

 梟叩雀街にとって、その信条に反する行いというわけではない。卑怯と罵られようが、梟叩雀街としては、最終的に暴力を振るう事が出来ればあとはなんでも構わないのだ。

 

 血潮昂る殴り合いも、無抵抗な相手を嬲るやり方も。そのどちらも、梟叩雀街は愛している。まともな人間や正々堂々を好む手合いにとっては唾棄すべき行いだろうが、看守という“正義”の立場に身を置いているだけ、使い所を弁えているだけ、梟叩雀街としては、理性的であると誉めてほしい所だった。

 

 

「んじゃま、正義執行ってコトで」

 

 愛用の釘バット、「肉体を傷つけずに痛みだけ与える」という効果を持つ魔法の道具を取り出し、大上段に構える。

 

 梟叩雀街が暴力を振るえる相手は、最近だと囚人達だけだった。時々看守同士のコミュニケーションとして殴り合いをすることもあるが、気の済むまで殴り続けるような戦いは禁止されている。そして囚人相手でさえ、最初は反抗的な態度をとっていた奴も、時間の経過と共に“矯正”の効果が表れ、本気の反抗心で立ち向かってくる事はなくなる。

 

 そういう相手を殴るのも好きだが、毎日そればかりだと飽きがくる。好きなものであっても、偶には味変をしたくなるものだ。

 

 

「まずはいっぱーつ、よいしょー」

 

「────ッ」

 

 梟叩雀街の振り下ろした釘バットが、ほろろの側頭部を強烈に打ち据える。幻覚を見て狼狽えているほろろに、それを避ける余裕などない。訳もわからぬうちに苦しみ、気絶してもおかしくない痛みを与えられる。

 

 

「これはミス・ティークの分! これもミス・ティークの分! これは……一応、病天仙の分!」

 

 無抵抗の者、だが、元からそうだったわけではない、梟叩雀街を殺すつもりでいた者が。戦わずして無力化され、なす術なく梟叩雀街の“暴力”を受け入れている。

 

 その快感を、魔法によって保たれた冷静な視点から、まるで他人事のように見つめる。自らの感情でありながら、実感が伴っていながらも、酔って正気を失う事はない。

 

 全ての可能性を考慮して、己に出来ることをする。その上で、自分の欲求も満たす。それが梟叩雀街なりの自己への向き合い方であり、社会との付き合い方だった。

 

 ほろろを一方的に殴りながらも、梟叩雀街は油断をしない。この囚人以外にも脱獄した奴がいるかもしれない、今こうしている間にも、他の看守や囚人が襲われているかもしれない。梟叩雀街だって人だ、暴力を愛しているからといって、人を愛していないだけではない。一見して矛盾しているように思える感情の機微が両立することを、梟叩雀街は他の誰より理解している。

 

 だが、感情に振り回されず、看守としての勤めを果たす。それが今この瞬間は、他の囚人の身の安全を保護し、この魔法少女の足を止めて、上からの救援を待つことであるというだけの話。

 

 

「“待”ってたぜェ! この“瞬間(とき)”をよォ!」

 

 冷静に、そして、楽しむ。梟叩雀街のやるべき事と、やりたい事が重なった瞬間だった。

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