◇ストローマン
此処までの道のりは、本当に長いものだった。
雌伏の時だった。辛く苦しい、永遠にも思える屈辱の日々だった。心に仕切りを作ることで本心を隠し、隠し、隠し、誰にも見せず、ただただ恭順なフリをして。自分以外の全てを騙して、いや、時に自分自身の心すら欺いて、魔法の国中を探して回った。
標のひとつもない砂漠で、一粒の砂金を見つけ出すようなものだった。奪われたあの人を探し出すために、私は一人で時を重ね、子供では、少女では居られなくなった。
ようやく会える。
恋をする少女のように、胸が高鳴るのを感じる。
すっかり忘れていたはずの感情が、他の、憎しみや怒りといった、暗い情動を押し除けて溢れ出す。
どれだけの時が経ち、他者の心に触れてきても。
自分が自分でなくなるほどの、気の遠くなる日々を過ごそうとも。
この気持ちだけは、想いは、変わらない。
よかった、ボクは、あの人を忘れていない。
あの日々を、苦しくも満ち足りていた過去こそ。
間違いなく、私の、ボクの、俺自身の、真実の姿。
「────ストちゃん?」
“迎えにきました……お久しぶりです、リーダー”
白を基調に、黒のラインが入った魔法少女。どれだけの時が過ぎ去っても、決して色褪せない、思い出の中のそれから、一切変わらぬ姿。キョトンとした瞳に、誰よりも優しかった眼差しに、ジワりと涙が浮かび上がる。
「ストちゃん……ストちゃん!」
“ごめんなさい、見つけ出すのが、遅れてしまって”
「良かった……! 生きてたんだ!」
“ええ、アタシは生きてます。ここにいますよ”
どちらからともなく、抱きしめ合う。
魔法少女のコスチューム越しに、お互いの体温を感じあう。魔法少女の、違う、
「ほ、他のみんなは? キャプテンは? エイちゃんは? プルートゥも、ラヴも、タフィーも、ジョーカーも……みんなは、何処にいるの?」
だからこそ、心苦しい。
この人の心を傷つけ、闘いに巻き込むことが。
何より、失ったものを伝えてしまうことが。
だが、それこそが仲間たちの意思。
決して忘れ去られることのないように、見届け、看取り、託されてきたもの。最後の希望と共に歩んでいくことこそ、彼女たちの選んだ未来なのだから。
伝える、そう思った時にはすでに、
全てを察した彼女の瞳から、より多くの涙が溢れていて。覚悟は決めてきた筈なのに、ストローマンの心の内は嵐のように荒れ狂った。
“死にました……みな勇敢で、仲間のため、世界のために戦い抜き、立派な……立派な最期でした”
「そ、んな」
仲間たちの活躍を、今際の際を、遺言を。
託されたものを全て、伝える。
ストローマンがこうして生き延び、リーダーを見つけ出すことができた。その過程で犠牲になった、愛すべき仲間たちの、レジスタンスの火を、最も相応しき者へと託す。決して無駄にはしない、その働きと忠誠心に、必ず報いる。
そのために、ストローマンは生かされた。
リーダーへの……私たちの最後の希望への。メッセンジャーとしての役割を、果たす時だ。
この世界にはもう、「
ストローマンと、リーダー、その二人だけになってしまった。
だけど、まだ終わりじゃない。
我々の想いは、願いは、まだ潰えていない。
“リーダー……いえ、
“あなたがいれば”
“私たちを忘れることのないあなたさえいえば”
“この世界から仲間達はいなくなりません”
「ストちゃん……」
“お願いです。諦めないでください”
“あなただけなんです”
“最後に残ったのは、私たちに残されたものは”
“
あの忌わしい魔王パムは死んだ。
魔法の国を取り仕切る三賢人のうち二人が姿を隠し、度重なる諍いによってどの派閥も、部門も疲弊している。
行動を起こすなら、今しかない。
奪われた全てを取り戻すには、今しかないのだ。
“いま、あなたを逃すために争いをおこしました”
“この「第八宿舎」のいたる場所で、魔法少女たちが殺し合ってます。そうなるように仕向けました”
全てを直接説明する時間はない。
ストローマンにはまだ、やるべき事が残っている。脱獄にあたった最大の脅威となるであろう、看守長を殺さなければならない。何人かの魔法少女を差し向けてはいるが、それで殺せるようなら苦労はしない。
ルダだ、あの女さえ殺せれば。あとはどうとでもなる。ストローマンだけでも、全員殺せるようになる。
そうすれば、フィルズメモリーの手を汚す必要がなくなる。危険に身を晒させることも、慣れない闘いに心を痛める心配もなくなる。必要最低限の言葉で、絵図を伝える。この監獄でストローマンが描いてきた、地獄を再現する方法を、その意図を、余す事なく伝える。
ストローマンが、死んでもいいように。
何かあった時に、フィルズメモリーが一人でも生きていけるように。魔法の国に潜伏してきた間に得た情報の全てを、フィルズメモリーへと与える。
フィルズメモリーの瞼が閉じるたび、その目尻から涙が押し出され、頬を伝う。その様子を忘れてしまわないように目に焼き付けながら、彼女の魔法を使わせる。
パシャリ、と音を立てて。
フィルズメモリーの持つ魔法のカメラが、ストローマンの記憶を記録に変える。仲間たちに託された想い、戦いの様子、その身に宿した魔法に至るまでの全てを、その死に様を、確かな形として、思い出という力に変える。
フィルズメモリーの瞳に、力が宿る。
ストローマンの経験してきた全てが、フィルズメモリーを強くする。屈辱の日々を糧にして、最後の希望は強く輝く。あの時のように、明るい未来を信じる事ができる。
「わかったよ、ストちゃ……ううん、ストローマン。わたしの力が、魔法が、必要なんだよね」
“ええ、あなたさえいれば。取り戻せるんです……私たちの失った全てを、奪われてきた、踏み躙られた過去を、全部取り返せるんです”
魔法の国は犯罪者に赦しを、更生する機会を与えるという。だが、ストローマンやフィルズメモリーのような、全てを奪われ蹂躙された者からすれば、魔法少女は、いや、魔法の国の全ての関係者が罪人のようなものだ。
更生できるものなら、やってみるがいい。
全ての罪を清算し、奪ったものを、あるべき所に還してみせろ。それが出来ないというのであれば、ストローマンの手によって復讐を果たすのみだ。
魔法少女を全員殺そう。
魔法の国を滅ぼそう。
そうして初めて、そこまでして、やっと、ようやく、僕たちの失った全てを取り戻すための旅が始まる。奪われた全てを取り戻すために、今ある全てを壊して、その屍の上に新しい国を創ろう。
全てを取り戻すんだ。
甦らせよう。私たちの国を、仲間たちを。
そのために、今ある全ての命を
「みんなが……そう、信じてたんだね」
“ええ、ええ、その通りです。リーダー、あなたの事を信じていました。きっと立ち上がってくれると、私たちの国を取り戻してくれると! そう信じて戦いました! そう信じて死にました!”
「じゃあ、忘れちゃダメだよね。この怨みも、苦しみも、その最中であっても失わなかった希望を……叶えてあげないと、だね」
魔法のカメラは、フィルズメモリーの意思によってのみ力を発揮する。まだその時ではない、だから、彼女の魔法は発動していない。
だけど、ストローマンには見える。
かつての敵味方が入り混じった、奇跡としか言いようがない悲劇によって結束した仲間達が。フィルズメモリーの背後から彼女を見守っているのを。
やっぱりそうだ。
ストローマンの、仲間達の判断は間違っていない。
フィルズメモリー、あなたがいれば。
この世界から、私たちの痕跡はなくならない。
始めましょう。ここから、我々の更生計画を。
「魔法少女を、全員、殺そう」
◇ネクスタシー
全ての役者は揃った。
いや、ネクスタシーが選んだ。
八人の看守、八人の
それぞれの思惑が絡み合い、疑い、争い、時として手を取り、それでも殺し合いは止まらない。
全ての原因は、過去にある。
魔法の国が生み出した歪みが、清算しきれなかった過去が、目を逸らしていた犠牲が。この場で起きる全ての悲劇の引き鉄となり、その結果、世界は滅びる。
惨劇は止められない、誰も救われない。
誰かが全てを無かった事にしようとしても、忘れ去られた筈の過去が、恨みが、時を越えて必ずいつか現在に追いつく。
だから、このままでは何一つ救われない。
過去は変えられない。
だけど、未来を決めることはできる。
滅びを避けるためには、惨劇を止めてはいけない。
これより訪れるのは、全てを清算するための戦い。誰が否定しようとも無くならない、罪を滅ぼすための物語。
魔法少女による、魔法少女のための戦い。
次回、魔法少女更生計画
『十六人の魔法少女』
こう‐せい〔カウ‐〕【更生】
不用品に手を加えてもう一度使えるようにすること。