魔法少女更生計画   作:親指ゴリラ

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1-1 看守 シスター・サンドラ

 

 魔法少女とは、魔法の国が生み出した研究成果の一つだ。

 

 才能がある者を選定し、優れた容姿と強靭な肉体を与え。一人につき一つ、固有の魔法を発現させる。与えた力は世のために使うように教え、一定のお試し期間を経た後に試験を行うことで篩にかけ、残った者だけが「魔法少女」として認められ、不適格と判断された者は記憶を消して力を取り上げ世に放つ。

 

 そういう手順を百年余り繰り返し、人材を発掘してきたのが今の魔法の国だ。魔法少女、という名前に反する夢のない表現をすると、魔法の国の保有する実験動物兼公務員、というのが、現状を表すのに最も相応しいだろう。

 

 元を辿れば、肉体を失うほどの永き時を生き、魔法の国の発展に尽くしてきた三賢人──魔法の国を作った“始まりの魔法使い”の直弟子達──の御霊を降臨させるために作られた技術というのが、魔法少女というシステムの始まりだった。が、当初の目的とは違った形で市井に技術が広まるというのは、魔法の国に限らず、珍しい話でもないだろう。

 

 その性質上、現存する魔法少女は全て魔法の国の管理下にある。魔法少女管理部門という──魔法の国全体で見れば比較的新しい──組織にて、全ての魔法少女は個人情報を管理されている。

 

 通常であれば、魔法の国が認知していない魔法少女というのは存在していない。正式に認められた魔法少女というものは、皆それぞれ魔法の国から試験を受け、合格しているのだから。

 

 だが、何事にも例外というものは存在する。公にはされていないものの……魔法の国が認知していない魔法少女というのは、確かに存在している。組織の上層部や、それに連なる情報通であれば、明言こそしないがその事を理解している。

 

 例えば、魔法少女の才能を見抜き選定する──スカウトという役割を持った職員が、魔法の国に報告しないで子飼いの魔法少女を生み出していたりだとか。

 

 あるいは、魔法の国の技術や資源を盗み出した輩が──その研究の果てに、“人造魔法少女”という現存の魔法少女とは別視点からアプローチした存在を生み出していたり、だとか。

 

 もちろん、そういった行いは魔法の国への背信行為であり。不利益を発生させる可能性がある以上、監査部門による取り締まりが日夜行われている。

 

 だが、魔法の国の人事的リソースにも限界がある以上。不正行為の一から十まで全てを把握できているわけもなく、従って、現時点で魔法の国が把握できていない魔法少女が存在することは否定できない。

 

 とはいえ、その未認可──俗にいう“モグリ”の魔法少女の全てが、魔法の国に不利益をもたらすわけではない。

 

 本人に魔法の国に対する叛意がなく、また、従順な態度を示すのであれば……一から育成を行い、魔法少女としての知識や役割を与えて、魔法の国へ受け入れることもある。勿論、その過程で調査した内容によっては、多少のペナルティを受ける必要こそあるが。

 

 そう、重要なのは「未認可であること」ではなく。「それまで」と「これから」だ。

 

 善を成してきたのか、悪を働いていたのか。

 

 後ろ盾は誰か、何を目的としているのか。

 

 そして、罪を償う気はあるのか。

 

 

 白黒ハッキリつけるため、更生させるため。

 

 顔を上げて、胸を張って太陽の下を歩ける「善良な魔法少女」を増やす事が。新しく作られた「第八宿舎」に対して、魔法の国が求めている役割だった。

 

 

◇シスター・サンドラ

 

 

 シスター・サンドラは宗教系の孤児院の出身だ。

 幼き頃に親に捨てられて、それからは教会にて神の教えを親代わりに育ってきた。

 

 その全てを実践出来ているとは、未熟な身では口が裂けても言えないが。それでも、親に捨てられた悲しみを癒してくれた“教え”は、魔法少女となった今もサンドラを善き道へと導いてくれている。

 

 “シスター”と、魔法少女名に付くくらいなのだから。我ながら単純な事だと、名前を呼ばれる度に苦笑が漏れそうになる。

 

 正式な魔法少女として認められて、孤児院を出た後。サンドラの生活はそれまでと大きく変わることは無かった。

 

 困っている人を助け、心の傷に寄り添い、迷える羊達を導く。それは孤児であった時にしていた事と、なんら変わりない。

 

 変わったのは、活動できる範囲だ。

 

 魔法少女としての肉体の性能は、人間のそれを遥かに上回る。耐久性は高く、毒などもほとんど効かない。体力も──人と比べれば──ほぼ無尽蔵であり、食事や睡眠なども必須ではなくなる。

 

 この仮初の肉体は、非常に好都合であり。孤児院を出て俗世との繋がりが消えて以降のサンドラは、これまでずっと、魔法少女としての姿で活動を続けている。

 

 普通の魔法少女であれば、家族や、学校や、仕事など。魔法少女“ではない”時の生活があるため、ここまで極端な活動をする事ができない。身寄りがなく、立場もなく、守るべき生活のないサンドラのような孤児だからこそ、魔法少女としての活動に専念する事が出来る。

 

 それもまた、自分の運命なのだと。親に捨てられた事で、救える命があるのだと。ハリエット・(かがみ)はそう納得して、魔法少女シスター・サンドラになり。実績を魔法の国に認められて、職業魔法少女になった。

 

 

「では、少々遅れてしまったが……サンドラ看守へ、ルダ看守長が要請します。魔法を使用し、囚人ネクスタシーの懺悔を引き出しなさい」

 

「はい、承りました」

 

 無欲に、誠実に、教えに従い在野で人を救っていた彼女を見出したのが、このルダ(上司)だった。信頼できる優秀な魔法少女が必要だと言われ……サンドラは最初、その提案を断った。

 

 ルダの気持ちは嬉しかったが、職業で魔法少女をするという事は、仕事に行動を縛られるという事でもある。そして……人を助ける事で報酬を受け取るというのは、サンドラとしては避けたい事だった。

 

 金銭を受け取るということは、その分だけ責任が生じるということ。それを背負うこと自体は問題ないが、そうすればサンドラは魔法の国という組織に縛られ、魔法の国とは関係がない普通の人々を救う事が出来なくなる。それは、嫌だった。

 

 だけど、それを理解していながら。最終的にサンドラは、この「第八宿舎」での看守業務を請け負う事になった。

 

 理由はいくつかあるが、サンドラと……サンドラの魔法(・・)が必要であり、役割に替えが効きづらいというのが決め手となった。

 

 少しの私情と、義理と、大義と、責任。

 

 サンドラが今この場にいるのは、そういう目に見えない繋がりに縛られているからであり。世俗を捨てたつもりになっていたサンドラにとって、それは苦しくも心地よい束縛だった。

 

 報酬として渡される金銭を運営に困っている孤児院へ寄付する事で、間接的に人々──過去の自分を救えるというのも、免罪符の一つとなっている。

 

 

「これより、ネクスタシー様へ魔法を使用します──ルダ様、ラクタル様、403様、何かあった時は、必ずネクスタシー様の命を優先していただきますよう、お願い致します」

 

 分かった。はい。了解であります。三者三様の承諾を得て、サンドラはようやく肩の力を抜いて、緊張を解した。

 

 かつてのサンドラは、自分の魔法が苦手だった。

 というより、ほんのり嫌いだった。

 

 魔法少女はこの世に生まれ落ちたその瞬間から、一人一つ固有の魔法を身につけている。

 

 魔法の告解室で罪を悔い改めさせるよ、というのが。サンドラが魔法少女として手に入れた、サンドラだけの魔法だった。

 

 告解室を出す、というのはいかにも面妖で。魔法の道具を出す魔法少女の中でもかなり珍しい部類だが、これが中々に曲者であり、シスター・サンドラではないただの修道女のハリエット・鏡の基準に照らし合わせると、認め難い代物だった。

 

 この魔法はまず、どこでも告解室を出す事が出来る。

 告解室は内外問わず如何なる干渉を受けても壊れる事はなく、サンドラの許可なしでは出入りすることは出来ない。

 告解室に一度に入る事が出来るのは、サンドラを含めて二人のみ。仕切りで区切られて顔が見えない二部屋に、各一人ずつ入れる仕組みだ。その上、魔法発動時点で相手を部屋に取り込む強制力もある。

 そして、この中に入った者はサンドラを含めて相手を害する行為が禁じられる。

 

 これだけでも十分に強力であり、色々な使い道が思いつくが。それらの効果はオマケであり、本質はその先。

 

 告解室内でサンドラに呼び掛けられた者は、「自分が最も罪悪感を抱いている罪」を告白し、表面上の取り繕いではなく、本心から悔い改め、今後同じ過ちを繰り返さないように努める。

 

 そしてサンドラはどんな罪を告白されても必ずこれを赦し、また、告解室の外で告白の内容を口に出すことは出来ない。

 

 サンドラの持つ魔法は、そういう儀式なのだ。

 

 人の心を操り、サンドラの望むように作り変えてしまえる。どんな罪人でも、その罪を反省する心を持っていて欲しいというサンドラの願いを叶える魔法。

 

 それは、他者へと良心を強いる。自分の理想を押し付ける、醜い欲望に満ちた──サンドラの心の弱さを象徴する魔法だった。

 

 だから、サンドラはこの魔法を可能な限り使わないようにしていた。人の心を操るなど、あってはならないことだと思っていた。魔法少女であっても、その行為が許される理屈はない。

 

 だが、それも過去の話。

 

 看守という業務を遂行する上で、これほど有用な魔法は存在しない。囚人の本心を知り、その上で再犯を禁じる事ができる。この魔法があるからこそ、封印刑という非道な扱いから罪人を救い、より善い道へと導く事が出来る。

 

 それが、今のサンドラの役割だから。

 

 必要とされていて、サンドラにしか出来ない事だから。自分の好き嫌いで我儘を言うことなど、それこそ許されない。

 

 だけどそれは、人の心を弄ぶ免罪符にならない。

 いつかきっと、その業の報いを受ける日がくることだろう。それがいつになるかは、神ならぬ身のサンドラには知り得ないことだが。きっと、いつか。

 

 ならば、それまでに。自分に与えられた時間の限りを、人々のために尽くし、一人でも多くを救い上げる。

 

 それが、今のサンドラの責任だから。

 

 

「囚人ネクスタシー、喋ることを許可する。サンドラ看守へ嘘偽りなく懺悔し、自らの罪を悔い改めるように」

 

 サンドラの視線の先で、403が囚人を警棒で叩き、何事かを口にしている。見ようによっては看守による囚人の虐待だが、その行動が403の魔法のトリガーであることをサンドラは知っていた。

 

 叩かれた囚人──フード付きのローブに身を包み、幾何学模様の描かれた半透明なフェイスベールで口元を隠した、占い師のような風貌の魔法少女。

 

 第八層での封印刑に処されたという彼女は、顔を合わせたその時からずっと焦点の定まらない瞳で虚空を眺めており、サンドラと視線が重なることは無かった。

 

 精神的なショックを受けているのか、それとも別の理由で憔悴しているのか。心配になったサンドラがルダ達へ確かめるも、何やら自首(・・)してきてからずっとこの様子であり、403の魔法で擬似的な封印を施される前から口数自体元々少ないようで。本国から与えられた裁判の資料を確認する限りだと、この態度がデフォルトらしい。

 

 それはそれで心配になるが──実際、魔法によって未知の感覚が研ぎ澄まされた魔法少女にはありがちな傾向であるらしく、心配には及ばないとの事で……それ以上に、サンドラは懸念している事があった。

 

 ネクスタシーから、罪の気配(・・・・)がしないのだ。

 

 サンドラには、固有の魔法の副次効果で「一見した相手がどれほどの罪を背負っているのか」がなんとなく把握できる能力がある。

 

 これは魔法の力ではなく、例えるなら、音を操る魔法少女の聴覚が敏感になるとか、距離に関係する魔法を持つ魔法少女が縮尺を一眼で把握できるだとか、そういう「魔法に合わせて肉体の性能が最適化」されているが故の感覚らしく。今のところ、この感覚を大きく外したことはない。

 

 そして、その感覚を信じるのであれば。

 

 第八層にて封印刑という……世間を騒がせるような大罪人が与えられるほどの人物には、どうしても見えず。ルダがいう“何かしらの思惑”という懸念が当たっている可能性が、サンドラの気を重くしていた。

 

 全く、罪がないわけではないだろう。

 人は誰しも大なり小なり罪を抱えており、それ故に苦しみ、迷いながら生きていくのだから。

 

 魔法という大それた力を持つ魔法少女という生き物が、全くの清廉潔白という事はあり得ない。

 

 魔法の私的利用で利益を得た、という罪状が正しいのであれば。なるほど、確かに、それくらいの気配は感じられる。

 

 だが、間違いなく、封印刑には相当しない。

 

 封印刑に処されるような魔法少女にも、色々なタイプがいる。数え切れないほど人を殺した者、体制への反乱を起こし社会を混乱させた者、政治的に不都合な情報を知ったという理由で消された者、単純に魔法の力を悪用した者。それらが収監されている第八層の全てを知っている訳ではないが、更生に向けて何人かを実際に目にして、知って、悔い改めさせ、赦してきた。

 

 その経験が、サンドラに囁くのだ。

 

 これは何か、事情がある──と。

 だけど、それでも。サンドラの役割は変わらない。この迷える羊を導き、過去を清算する。その上で──必要であれば、慈悲を乞うのだ。

 

 

「では、ネクスタシー様。これより(わたくし)、シスター・サンドラが貴女の回心を神へ届けます。神の声に心を開いてください──神の慈しみを信頼して、貴女の罪を告白してください」

 

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