魔法少女更生計画   作:親指ゴリラ

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1-18 許してやれよ

 

 君に、事件の真相を伝えておく。

 

 結論から言えば、そう。

 

 魔法少女ほろろ──キリエと云う名の少女はその日、敗北した。あの悪名高い魔法少女、沢山の人々の命を弄び、自らもその渦中で命を落とした森の音楽家クラムベリーによって。

 

 頭部を、臓腑を、四肢を、肉体の全てを破壊され尽くして、完膚なきまでの敗北を喫した。

 

 ああ、そうだ。どれだけ易しく表現しても致命傷としか言い様のない状態だったはずだ。これは事件の隠蔽に関わったクラムベリーの信者からも裏付けが取れていて────。

 

 え? その信者かい? 幸いにも……と、いうべきかな。余罪は少ない方だったからね、魔法少女としての記憶を奪われた上で……今頃は元の世界のどこかで、普通に働いているんじゃないかな?

 

 それで、そう。事件についてだけど。

 

 サンドラ、君は「魔法少女候補だったキリエが試験の途中で錯乱し、孤児院の人々を皆殺しにした上で捕獲された」と聞かされていたんだよね。

 

 そう、そうだね、そうだったんだ。

 キリエは、魔法少女ほろろは、間違いなく被害者だ。

 

 殺し合いを強制され、家族と親しんだ人々を失い、自らも死の淵に追いやられて────。

 

 だけど彼女は、死ななかった。

 自らが死ぬことを赦せない程の怒りを、自分自身に向けることで生き残った。怒りの炎で我が身を焦がし、その苦痛を代償として、彼女にとっての地獄である現世に、あえて身を置いた。

 

 森の音楽家クラムベリーが彼女を痛めつけ、殺したと判断して──いや、彼女ほどの魔法少女が生死を見誤るとは考えにくいから……もしかしたら、本当に死んでいたのかもしれないね。

 

 彼女は、蘇ったんだ。

 

 蘇って、そして、今度は彼女が罪人になった。

 

 クラムベリーという罪に触れて、その有り様を目撃して、全てを奪われた上で。彼女の出した結論が、近隣住民の虐殺だった。明らかに壊れ果てた精神を、歪んだ信仰心で無理やり繋ぎ合わせて、辿り着いたエゴのために人を殺した。

 

 彼女を捕縛するために派遣された魔法少女も、その多くが命を落とした。

 

 いや、勘違いしないでほしいのだが、(せつ)は彼女を悪し様に罵るつもりはないよ。取るべき手段こそ致命的に間違えてはいても、人々を救いたいという彼女の気持ちに嘘偽りは存在していない。彼女の見出した救済も……共感こそ出来ないが、理解することはできる。

 

 だけど、彼女は罪人だ。

 

 クラムベリーが死に、重ねてきた罪が明るみになって、それまでに起きていた幾つもの事件が見直されるようになって。

 

 ほろろという魔法少女に着せられていた濡れ衣が剥がれても、それでも彼女が封印から解放されていないのは、彼女がそれだけ危険な存在だからだ。思想が、それを支える魔法が。常人のそれとは全く違う形をしていて、他者を傷つけてしまうからだ。

 

 もちろん、このまま封印しておくのが良いことだとは思っていない。拙は封印刑が罪を裁く最適な方法だとは考えていないし、君との約束だって忘れていない。

 

 だけど、今すぐ解決出来る問題ではない。

 

 ほろろの持つ魔法は、彼女の精神に大きく左右される。研究部門の魔法少女の力を借りて検証した結果、彼女の魔法で焼かれた者は幸福な夢を見るという事も分かっている。

 

 これが厄介なところだ。

 

 受け手の精神や認知に干渉できるのなら、病天仙(やまのてせん)の魔法の発動条件を突破する可能性がある。彼女の魔法に関しては、まだ未知の部分が多いからね。これから看守として経験を積み成長していく過程で、魔法の詳細を確認していく必要がある。拙は預かった部下の命に責任を持つ必要がある。危険な橋を渡らせるわけにはいかない。

 

 そしてそれは、君にも言えることだ。

 自らの持つ魔法に向きあい、出来ることと出来ないことを見極めて。慎重に、堅実に事を進める必要がある。

 

 君が、自分の魔法に嫌悪感を抱いていることは知っている。使用を強いる事も、申し訳なく思っている。

 

 だけど、それでも、彼女を救いたいのであれば。

 そして、真の意味で手を差し伸べるというのであれば。

 

 君の魔法は必要不可欠で、だからこそ。

 君も、成長しなくてはならない。

 

 

◇ほろろ

 

 

 ほろろは、失敗した。

 

 あの悪魔たちを、森の音楽家クラムベリーを。

 救うべき憐れで悍ましい怪物たちを。

 

 あの日、あの時、あの瞬間。

 

 ほろろは、心の底から憐れむことが出来なかった。

 憎む事も出来なかったけど、愛する事も出来なかった。だから、青い炎は彼女たちを救わなかった。

 

 ほろろが救えなかった。ほろろが失敗したのだ。

 全ての人々は救われるべきで、なのに、ほろろは個人の好悪で救うべき相手を見捨てたのだ。許される事では無い。ほろろは、ほろろが憎い。

 

 あの後、森の音楽家はどれだけの罪を重ねたのだろう。どれだけの人々の尊厳を、命を奪い、自らの魂を汚辱したのだろう。その全ての罪禍は、積み重なった屍は、ほろろが救うべきだった筈の人々は、どれだけの苦しみを、悲劇を生み出したのだろう。

 

 次は間違えない、もう誰も見捨てない。

 今度こそ、救わねばならない。

 

 どんな痛苦も、どんな罪禍も。

 

 全て、ほろろにだけ降り注げばいい。

 誰にも渡さない。

 

 

梟叩雀街(ふくろだたきすずめまち)

 

 

 どれだけ上等なステーキでも、歯応えが無ければ台無しというものだ。

 

 この状況は梟叩雀街からすれば、噛みすぎて味の抜けた脂身といったところだろうか。しかも、飲み込む事も吐き出す事も許されない。

 

 待ちに待った、と表現すれば語弊があるかもしれないが。ようやく訪れた平常業務外の、それも、一方的かつ正当な暴力であっても。流石にこうも味気がないと飽きもくる。

 

 梟叩雀街にとって、弱者を嬲ることは至高の快楽だ。

 

 抵抗のない相手を殴ることにも、命乞いをしてくる女子供を蹴り飛ばすことにも躊躇いもない。状況が許すのであれば、率先して手と足を振り上げている。

 

 魔法少女になって常人より引き上げられた精神力、手にした魔法によって与えられた冷静さ。それら全てを以てしても抑えられない攻撃的な性根は、手にしたもの全てを効率よく扱うことで理想と現実の重なる範囲を押し広げた。

 

 反抗的な囚人たちを、上の立場から一方的にボコボコにするのは甘美な経験だった。これまでに食べてきた被害者(メシ)がコンビニ食だとすれば、個室居酒屋の鉄板メニューくらいには上等なものだった。つまり、どちらも美味しいことにはかわりなく。だけども、全てを加味した上での評価には差があった。

 

 ただの趣味としての暴力と、社会的正義を上乗せした暴力。どちらも梟叩雀街にとって好ましいものだが、あえて序列をつけるとすれば後者の方が間違いなく満足度が高かった。

 

 相手が魔法少女であるというのも、良い。

 

 肉が潰れて骨が折れる感覚が拳を通して伝わってくることや、魔法少女という恵まれた容姿や声音から生まれる嗜虐を煽る悲鳴、自信と反抗心に満ちた瞳に怯えが走った時の達成感。

 

 そして何より、殴っても蹴っても決して壊れない耐久性。

 

 嬲るなら女子供、それも、魔法少女が一番だ。

 言葉にすれば、いや、しなくとも最低極まりない下劣な感想ではあるが。それは間違いなく、梟叩雀街の本心だった。

 

 本心から生まれた行動であるからこそ、心と体、つまりは意思と行動が一致しているからこそ。梟叩雀街の暴力は容赦がなく、その行いに一切の矛盾はない。嬉々として拳を振り上げるその様は、あらゆる罪人たちの心を挫いて恐怖心を煽る。

 

 梟叩雀街は、有り様が凶器そのものであり。

 だからこそ、使い方を工夫すれば役に立つこともある。

 

 倫理を失った者たちに、罪の甘さを知った犯罪者たちに。反面教師として、暴力への忌避感を教え込むことができる。自分の欲求との、上手な向き合い方を示すことができる。

 

 やり方に多少の問題はあれど、誰かがやらねばならないことだと。そう思われているからこそ、社会という枠組みの中で存在を許されている。自分の尖り切った、触れれば誰かを傷つけてしまうような人格も。上手く当てはめれば歯車の一つになれると、看守としての梟叩雀街は囚人たちに啓蒙してきた。

 

 理由なき暴力は気持ち良い。

 何かの役に立つ暴力は、もっと気持ち良い。

 

 誰も彼もが、上手に生きていける訳ではない。

 社会というものは結局、そこで生きていける者だけに優しく、そうでない者には厳しく、適応することを暗に求められる。

 

 それが出来なかったから、あるいはそもそもする気が無かったから。囚人(マケイヌ)達はここにいて、己の欲求を満足に叶えてやることも出来やしない。

 

 そんな仕方のない奴らだけど、決して善良でもなんでもない奴らだけども。

 嬉々として暴力を振るっている身で、矛盾と思われようとも。

 

 梟叩雀街にとっての囚人とは、決してどうでもいい存在ではなく。むしろ、梟叩雀街なりに愛してすらいた。

 

 それがお気に入りの玩具(オモチャ)に対するものなのか、隣人に向けるべき愛なのかは分からない。冷静沈着そのものである梟叩雀街の魔法を以てしても、論理的に区別できる代物ではない。暴力への欲求を捨てきれないように、捨てるつもりがないように。感情とは、欲望とは、ちょっと冷静になった程度で捨てられるものでも、解析できるほど単純なものでもないから。

 

 自分が散々使い古したサンドバッグでも、壊れてしまうと悲しくなるものだ。それは決して間違っていない感情であり、つまり、どれだけ嬉々として殴った相手であっても。別に死んで欲しいわけではなく、死なせようとも思っていない。

 

 暴力という行為は、不可逆の破壊に繋がるものだが。梟叩雀街はそれを望んでいる訳ではなく、ただただ、暴力が好きなだけで。破壊、あるいは死という“結果”に興味はない。愛する囚人達をそれらから遠ざけることも、意思と一致した嘘偽りのない行動だ。

 

 

「なぁ」

 

 返事のない呼び掛けには、慣れたものだった。

 梟叩雀街の苛烈な暴力に晒された者は、基本的に喋る余裕がない程の苦痛に悶えている。それはどんな相手であっても変わらず、消えない炎で自らを焼く脱獄犯(ほろろ)であっても逃れられるものではない。

 

 だからこれは、答えを求めない問いかけだった。

 

 

「お前、なんでそんなに頑張るんだよ」

 

 形勢は明らかだった。

 元の形を思い出せないくらいボロボロなコスチュームを着た、同じくらいボロボロなほろろ。

 

 それに対する梟叩雀街は傷一つなく、魔法によって支えられた堅牢な精神は疲労すら覚えず。向かい合った相手の精神に呼び掛けるほろろの魔法は、常に冷静な梟叩雀街の身を燃やすことは出来なかった。

 

「何がしたいんだ」

 

 ほろろの魔法は、ほろろ自身の感情に呼応しているが、それだけではない。恐らくだが、青い炎で燃やそうとした相手の、その精神に対して干渉、攻撃することで。相手が自ら死を望むように、自ら命を燃やすように働きかけている。物理的な攻撃のように見えるが、どちらかといえば精神攻撃なのだ。

 

 そして、何度か正気(狂気)を取り戻したほろろからの攻撃を受けた梟叩雀街は。その魔法の仕組みを看破すると共に、常に冷静であることを保証する自らの魔法で完封していた。

 

 つまり、明らかに勝ち目のない戦いだった。

 

 何回倒れたのだろう、どれだけの苦痛を乗り越えたのだろう。何度絶望して、何を想って立ち上がったのだろう。

 

「何をそんなに怒ってるんだよ」

 

 怒り、憎しみ。そんな単純な感情だけではない。

 一言で表現できるような、誰もが共感できる代物ではない。名前をつけるにも悩むような、そんな複雑に捻れて折れて壊れた痕の。業に近いそれこそがほろろの原動力であり、執着であり、信念だった。

 

 梟叩雀街は、誰よりも冷静だからこそ。

 横ばいに一定な軸を持っているからこそ、波のように揺れ動く自他の感情を手に取るように感じ取ることができる。その波にどんな意味を見出すかはら結局のところ梟叩雀街の理性と経験にすぎない。

 

「何がそうさせるんだ」

 

 分からないもの、理解できないもの。

 そんなものは世の中に溢れかえっていて、取り立てて珍しいものでもない。

 

 己には決して存在していない何かを、後生大事に抱えている目の前のちっぽけな存在が。脱獄犯で、凶悪犯で、思想犯で、大量殺人犯で、どこまでも救いようのない美学に固執しているこの魔法少女は──それでも尚、梟叩雀街が導くべき囚人であるから。

 

 梟叩雀街は殺さないし、裁かない。

 ただ、暴力で痛めつけるだけ。

 

 暴力で出来ることなど、高が知れている。

 自分の身を守ること、目の前の敵を倒すこと。

 

 それ以外の何かを成し得ようと思うのであれば、基本的に暴力以外の何かが必要だ。梟叩雀街は暴力を愛しているし固執しているし中毒(ジャンキー)だが、盲信しているわけでも支えにしている訳でもない。暴力は暴力でしかない事を知っている。

 

 だけど、それだけでない事も知っている。

 

 暴力でしか成しえない事もあると、経験から理解している。例えば──そう、罰を求める者の心を、罪悪感を、ほんの僅かでも削り取ることができると知っている。

 

 

「何が──そんなに、許せないんだよ」

 

『わ、わた、し、は』

 

 梟叩雀街は既に、武器も拳も下ろしている。

 それを使う必要がないほどに、ほろろを痛めつけている。どれだけ体を癒そうとも、傷を無くそうとも、刻み込んだ痛みが感情を鈍らせ、抵抗の意思を挫く。

 

 その筈だった、だが、それでもほろろは立ち上がっている。

 

 その有り様は既に、魔法少女と呼べるようなものではない。恐らくだが──梟叩雀街の薬に対抗するために、自らの頭部を絶え間なく焼き続けている。薬を吸い込む鼻を、口を、薬によって朦朧とする()を焼き続けて、無理やり意識と意志を保ち続けている。

 

 人の頭があるべき場所に、絶えず燃え盛る黒い(・・)炎。

 

 もはやその相貌に、人間らしい特徴を見出すことすら不可能であり。そうまでして人を殺そうとするほろろの事を、梟叩雀街は心底呆れ、哀れんですらいた。

 

 暴力では、止まらない。

 ならば、言葉で止めるべきなのだろう。

 

 梟叩雀街の得意な事、やりたい事ではない。

 だけど、看守としてやらねばならない事ではある。それを放棄するというのは、ただの怠慢であり。この期に及んで暴力で解決しようとするのは、思考の放棄に等しい。

 

 だから、尋ねる。語りかける。

 理解できないのかもしれない、止められるような説教が出来るとは限らない。最終的には殴り合うしか、いや、一方的に殴り飛ばすしかないのかもしれない。

 

『ほろ、ろ、は、わた、わたしは──にくい!』

 

「何がだよ」

 

『ゆ、ゆるせ────ゆるせ、ない!』

 

「誰をだよ」

 

 一歩、また一歩。

 語りかけると共に、少しずつ距離を詰める。

 

 目の鼻の先、手を伸ばせば届く距離。

 手を挙げれば殴れる、足を振り上げれば蹴り抜ける。そんな距離に在って、ほろろは梟叩雀街に攻撃できない。それだけの力が、残っていない。

 

 

『わた、し、は、ほろろ、は、きりえ、は』

 

「なんだよ」

 

 

『────やくたたず! やくたたず! やくたたず!! ああ!! ああああぁぁああ!!!』

 

 顔は見えない、炎に焼かれて輪郭すら存在しない。

 だけど、梟叩雀街は目の前の魔法少女が泣いているのを理解していた。いや、きっと……最初からずっとそうだった。そしてそれは、梟叩雀街には救ってやれないモノだった。

 

 

「許してやれよ。頑張ったじゃないか──こんなに、ボロボロになるまで」

 

 完全にトドメをさすつもりで振り上げた梟叩雀街の拳は、擦り潰した意識を奪うつもりの最後の一撃は。ほろろの頭部があった場所へと一直線に向かい、そして────。

 

 

「────いや、それは困るんだ」

 

 梟叩雀街の胸元を、一本の刃が貫いた。

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