数々の苦難を乗り越え、ついに「第八宿舎」へと辿り着いたネクスタシー。彼女を待ち受けていたのは、強大な力を持つ「看守」と呼ばれる魔法少女達だった。
魔法を封じられ、抵抗すら出来ないネクスタシー。
一巻の終わりかと思われたその瞬間、一つの救いの手が差し伸べられる。
味方か、それとも敵か。
一か八か、彼女を説得し、未来を掴み取れ!
次回、魔法少女ネクスタシー
『看守四人、囚人一人』
◇403
魔法少女の肉体のスペックは、人のそれを大きく凌駕している。
個人差こそあれど、魔法少女は普通の人間に比べて遥かに打たれ強くタフだ。その上、403はこれまで積み重ねてきたキャリア──監査部門での戦闘経験の多さから、そんじょそこらの魔法少女に体力面で負けないという自負がある。
疲れを知らない、という事は。その分だけ長時間の作業を行う事が出来、集中が持続するということでもある。
犯罪者やレジスタンスなど、403がこれまで業務で相手にしてきた者にはならず者が多く。そういった手合いを検挙するにあたって、長時間の張り込みを行った経験や、いつ何処から魔法が飛んでくるか分からないような戦場に身を置いた経験が。403を強い魔法少女に成長させたのは、疑いようがない。
だが、それは心身共に無敵というほどではなく。
状況にもよるが──例えば、
「あの……ラクタル看守?」
同僚であるシスター・サンドラがその魔法を発動してから、時計の長針がちょうど一周するほどの時間が経ち。403は我慢できず、自身の隣にいる魔法少女──マンダラクタルへと声を掛けた。
もちろん、一時間程度直立で待機している程度で403が集中を切らした訳ではない。視線は変わらず告解室に向かっており、何か不測の事態が起きてもすぐに対応できる姿勢を維持している。
その上で……ちらり、と。
視界の端に映り込むマンダラクタルへと、403は一瞬だけ注意を向けて。どうしても気になる事があったため、声をかけざるを得なかったのだ。
「なに?」
魔法少女の平均と比較しても大分幼なげに見えるほど──403よりも頭半分程度──身長が低いマンダラクタルは、身の丈を越える長髪を地面に引き摺りながら過ごしており。それで毛先にゴミはつかないのかと、403は彼女を目にするたびに不安に駆られる。不思議が人の形をしている魔法少女らしく、なぜか汚れる事はないため、そういった心配は不要らしいが。
そのマンダラクタルが、403へ視線を向けたのであれば。それは必然的に、上目遣いになることを意味している。
意味している、のだが。
上目遣いと呼ぶには、それはあまりにも──。
「あの、今は業務中ですから──座って本を読むのは、如何なものかと、小官は思うのですが」
「気にしないで」
「いや、そういう話では……」
あまりにも、目の位置が低すぎた。
直立不動で警戒している403から見て、マンダラクタルの頭頂部は普段より頭二つ分ほど低い位置にあった。
膝を折って、その上に本を置いていて。どこからどう見ても、完全にリラックスした状態で読書に勤しんでいる。
呼びかけられて一瞬だけ403に向けられた視線も、既に本へと戻ってしまっている。
最初から──サンドラと囚人が告解室に入った時から──ずっと、こうだった訳ではない。三十分程度は、マンダラクタルも告解室に集中していた。
だが、気がつけば。彼女は何処からか取り出した椅子のようなものに腰掛け、文字を追うことに集中していた。
そのあまりにも堂々としたサボりっぷりに、403は自分の目を疑った。言葉を選ばずにいうと、あり得ないと思っていた。
だって、仕事中に、
命が惜しくないのか!? というのが、403の本音だった。403がギャグ漫画の登場人物であれば目玉が飛び出ていたに違いない。
ルダは確かに、魔法の国全体で見ればかなり話が分かる方だ。地位が高いのに無闇矢鱈に偉ぶったりしないし、無茶振りはしないし、たまにご飯に誘ってくれる事もある。
だが、ルダはただ甘いだけの魔法少女ではない。
必要であれば叱責し、時に助言を与え、褒めるべきは褒める。信賞必罰という言葉を体現したような、そんな魔法少女なのだ。
それに、普段が穏やかなだけに怒ると凄く怖い。
マンダラクタルが怒られるという事は、それを隣で見ている403も気が休まらない……という事だ。怒られているのが自分ではなくても、なんとなく気が縮こまってしまう。403には、そういう小心なところがある。
だから、ルダがコチラを咎める前に。それとなく403が嗜めておく必要がある。そうすれば、少なくとも「自分は真面目にやっていますよ」というアピールが出来る。とばっちりを受ける確率も、低くなるというものだ。心象というのは、普段の勤務態度の積み重ねが大切なのだ。
「ちゃんと監視しておかないと、何かあったら大変ですよ……ほら、立ってください。椅子も片付けて──」
「座ってない、ちゃんと立ってる」
「いやいや、そういう誤魔化しはいいですから──」
「座ってない」
スクっ、と。
折り曲げてた膝を真っ直ぐにして、マンダラクタルは“立ち上がった”──と、いうより、
「げっ」
「ほら、座ってなかった」
403が椅子だと思っていたものは、マンダラクタルの骨盤付近から
今まさに地面を踏み締めている足が二本、403が椅子だと“勘違い”していた──今は手持ち無沙汰に揺れている──足が四本。計六本の足が、マンダラクタルの腰の下に存在している。
まるで昆虫のように六本の足で立っていたのを、椅子に座っていると見間違えたのだ。
「座ってないよ」
子供のような見た目に相応しい、クリクリとした丸い眼を瞬かせて。マンダラクタルはどこか得意げに、403へ視線を向けた。分かりにくいが、口角が少しだけ上がっている。俗にいう、ドヤ顔という奴だ。403には分かる。
少しだけ、イラっとした。
そもそもとして、403が注意したいのは座っていることではなく本を読んでいた事だ。
集中出来ていない。時間の経過で緊張が解けたにせよ、だ。休憩したいならちゃんとそう言えばいいし、休憩するにしたって視線だけは告解室の方を向いていないとダメだろう。
努めて、努めて冷静に。
403はなるべく優しい言葉を選んで、そう伝えたつもりだった。
「ラクタル、ちゃんと見てたよ」
「いやいや、どう見ても読書に集中していたでしょう。ダメですよ、そうやって嘘ついて誤魔化そうと──」
「嘘ついてないよ」
ギョロ、と。
マンダラクタルの額に二つ、米神に二つ。
403を見つめている
今度は、403の口から悲鳴が出る事はなかった。先ほどの座った座ってないの会話の流れと同一の話運びに嫌な予感がよぎり、なんとか気合いで飲み込んだのだ。
「見てたよ」
「──はい、小官が間違っておりました。しかし、万が一があったらルダ看守長に怒られますので。この場で本を読むのはお辞めください」
「分かった」
先ほどまでの生意気な態度は何だったのか。
マンダラクタルはあっさりと、それまで読んでいた本を──懐に仕舞い込んだ。これでいい? と言わんばかりに、六つの瞳で403を見つめてくる。
口から溢れそうになった溜息を、気合いで飲み込む。
このマンダラクタルという魔法少女のことを、403は普段からそこはかとなく苦手に感じていた。
理由はいくつかある。
まず……服装がルダに似ていて、対面しているだけで無駄に緊張させられること。次に、顔立ちがルダに似ていて、喋っているだけで無駄に緊張させられること。
組み手が強く、ほとんど勝てていないこと。403の魔法が上手くハマって勝った後、完全に対策を練られて嘘みたいにボロ負けしたこと。魔法を使っている姿が少し──いや、かなりグロテスクで見ているのが辛いこと。
口数が少なく、コミュニケーションが難しいこと。
ルダが半年前に突然連れてきて、そのまま看守としての地位を与えられ、明らかに眼をかけられているのも気に食わない。
そして何より、403の方がキャリアも年齢も上で看守歴も長いというのに。こうして、明らかに403を舐めているような態度を取ってくること。
勿論、403は大人なので大人気なく当たり散らしたりしない。苦手意識があったとしても、それを態度に出して業務遂行に支障をきたすような真似はしない。
いや、まあ。魔法少女歴はともかく年齢に関しては完全に403の推測だが、そこまで外れてはいないはずだ。マンダラクタルは見た目が幼いが、中身の年齢も殆ど同じくらいなのだろう。全体的に子供っぽいというか、振る舞いが親戚のクソガキそのものだ。正月の集まりくらいしか合わないくせに、お年玉だけはやたらせびってくるあの生き物にそっくりだ。
(この前、算数ドリル解いてたしなぁ……)
多分、マンダラクタルはルダの親戚か何かなのだろう。もしかしたら、直接の血縁関係にある……とか。知らないだけで、実はお子さんがいたとか。そういう可能性もある。
学校はどうしてるんだ、とか。未成年労働じゃないのか──魔法少女なら良くある話だが──とか。色々言いたい気もするが、まさか
なまじ実力──直接の戦闘に関してはフィジカルもセンスも403を大きく上回っているため、仮に縁故採用だとしても何も文句は言えないし、言うつもりはないが。
それでも、ここは「
403達は看守なのだ。
今はまだ、大きな問題は起きていない。
脱獄者が出た事はないし、殉職者も……403が知る限りでは一人もいない。
だが、責任の伴う危険な仕事であることは変わらない。魔法少女の犯罪者というのは、一般的なそれよりも遥かに危険であり。彼女達の使う魔法によっては、抵抗すらできずに──尊い犠牲になる事を覚悟しなければならない。
魔法の国とは、そういう場所で。魔法少女として生きるというのは、職業魔法少女になるというのは、そういう世界で生きていくという事だ。
それは、なんというか。彼女には早すぎるのでは? と思ってしまう。403より強いが、子供であることには変わらない。そう、403よりも明らかに強いが……命の危険に晒すべきではない、のでは? 早々簡単に死ぬとは思えないほど、強いが。
そういう諸々の、複雑な心境込みで。403はこの幼げな同僚のことが苦手だった。
「二人とも──仲がいいのは、善い事だけどね」
「あっ」
ギギギ、と。403は、自分の首から錆びついた金属の擦れる音が聴こえた気がした。
◇ルダ
申し訳ありませんでした、と。
まだ叱責の“し”の気配も出していなかった──少なくともルダの認識では──筈なのに、403は姿勢を直して、先んじて謝罪の言葉を口にした。眼をぎゅっと瞑ったまま此方の赦しを待つのは、魔法少女見習いだった頃から変わらない。怒られていると思った時に出る、403のよくない癖だった。
先ほどまでの二人のやり取りは、魔法少女でなくとも普通に聞こえる程度の声量だった。歴戦の魔法少女であるルダが、それも警戒態勢でいる今この瞬間において、聴き逃すはずがない。
マンダラクタルが不適切な態度で勤務していたことが原因の会話というのは、よく分かっている。403は真面目に、ごく当たり前の事として嗜めただけであり。それを無駄口だなんだと叱責するようなルダではないという事は、これまでの付き合いから分かっているだろうに。
非が無いのだから、堂々としていればいいのに。
度々指摘はしているものの、彼女のこれは中々治らない。
(コミュニケーション不足……というやつかな?)
上司と部下という関係性こそあれ、ルダと403は同じ看守という役割を全うする同僚でもある。そこには信頼関係が必要不可欠であり、信じられない味方というのは時として敵よりも厄介な障害となり得ることをルダは理解している。
また、食事にでも誘おうか。
立場の関係ない交流の場を設け、部下の本音を引き出し、マネジメントするのもルダの仕事の一つだ。若き才能を見出し、これからの魔法の国を支える人材を育成することも──今でこそ、人事部門を離れた身ではあるが──先達としての役割だろう。
都合のいい日程を選定しつつ──もう一人の魔法少女、マンダラクタルへと視線を移す。
此方は403と違って、平常心そのものだ。自分が怒られる心配というのを、全くしていない。
というより、何が良くて何がダメなのかをあまり理解できていないのだろう。自分が良くないことをしている自覚がないから、怒られるかもしれない、と考えることがない。暇を見て色々なことを教えてきたが、職業魔法少女として、看守としての自覚を持つのはまだ先になりそうだ。
「ラクタル、403をあまり揶揄わないように」
「別に、揶揄ってないよ」
「じゃあ……困らせるでも、意地悪するでも。なんでもいいけど、そういう行いは控えるように」
嫌われたくなければ、ね。
なるべく優しく、諭すように。
ルダは言葉を選んでそう嗜めたが、マンダラクタルは意に介さずに明後日の方向へと顔を向けている。よくよく注意して見ると、口を少しだけ尖らせている。分かりにくいが、分かりやすく拗ねている。
いい傾向だった。魔法少女になったばかりの時よりも、感情を表に出すようになった。他人に興味を持つようになり、好奇心に従って自ら学ぶ姿勢を見せている。
ルダはマンダラクタルの事を一人の魔法少女として認めているが、どうしても他の同胞と同じように接する事が出来ず、甘い態度を取ってしまうことも多い。教え導く立場としては失格だろうが、魔法少女となり人の枠を超えて、この歳まで経験を重ねても尚、情という執着を捨て去ることは出来なかった。
まだ知らぬことが多いマンダラクタルにとって、それは健全な成長の妨げになりかねない。そう考えていたが、その懸念はマンダラクタルが403を含む看守達に興味を持った事で払拭された。魔法少女になりたての頃は、何をするにもルダの後ろについてきていた。
今となっては、一人でも問題なく活動できているようだが。それでも、この施設で働いているうちは、単独で活動させるのはまだ当分先になるだろう。実力はあれど、経験が少ない。その魔法の特性上、どんな曲者を相手にしても大事に至る可能性は低いが……物事に絶対はなく、魔法少女に不可能はない。
経験豊富で柔軟に対応できる403と組ませるのが丁度いい。お互いに不足しているところを補えるし、ルダが思うに、魔法自体の相性もかなり良い。
「あの、ルダ様。そのくらいに……」
「ああ、すまない。報告が先だったね」
「いえ……
申し訳なさそうに会話を遮ってきたのは、先ほど魔法行使を終え、告解室から出てきたシスター・サンドラだった。囚人──ネクスタシーの背後に位置どり、その両肩に手を置いている。やや距離が近いように感じられるが、これはサンドラが魔法を使った直後にありがちな事だった。
他者の懺悔を聞く、というのは。本人がどう考えているかは兎も角として、それなりに精神に負荷が掛かる行いだ。
彼女の魔法を必要とするような相手は基本的に罪人であり、その懺悔となれば、ショッキングな出来事が語られる事が多い。犯罪という行為に至るまでの、身の上が語られることもあるらしい。義憤を感じるにせよ、同情するにせよ。サンドラの心は大きく揺れ動き──それを他言できない、という魔法の制限も相まって──ストレスの元になるだろう。
「大丈夫だったかい? その様子を見た限りだと……ふむ、彼女自身に問題はないのかな?」
「ええ、拝見した資料以上のことは……それに、私の魔法に関係なく、本人も大いに反省しているようでした」
「それは朗報だ」
サンドラの告解室で語られた内容、懺悔で知り得た情報は、その一切を他言できない。だが、周知の情報であれば……たとえば、事前に取り調べで調書を取られた内容であれば。それを、サンドラに共有していれば。「調書について」の内容を「“懺悔を聞いた”サンドラの知見」に基づいて行う事には、なんの問題もない。
もしも、新しい罪状が出てきたのであれば。魔法によってそれを知り得たサンドラは、何も語る事が出来ない。ならば、他者からの問いかけに対しては“沈黙”を返すほかない。それはつまり、事実上のイエスノーの回答となりうる。この場でサンドラが問題なく受け答えできているということは、彼女が口にしている内容はそのまま、調書に記された罪状の裏付けとなる。そういう情報なら、サンドラ以外も知ることが出来る。
仮にサンドラが、嘘をついていたとすれば。ネクスタシーの語った更なる罪を隠そうとしているのであれば、ルダを含めた他人にそれを見抜く術はない。心の声でも聴かない限り、真実が何か知ることは出来ないだろう。だが、ルダはこれまで一度たりともサンドラの言葉を疑ったことはない。
ルダはサンドラの魔法を過信していないが、サンドラの気質については全幅の信頼を寄せている。彼女をこの場に連れ出したのはルダであり、彼女に魔法を使う事を強いているのもルダだからだ。これで彼女の言葉を信用しないとなれば、それはルダ自身の人間性を否定するに等しいだろう。ルダは自分自身を信じる事が出来なくなる。
「背後関係については、何か分かったかな?」
「いえ……恐らくですが、資料通り、彼女は何も知らないでしょう。魔法少女についても、魔法の国についても。ましてや、その中の組織など──知らず知らずの内に誰かに利用されている可能性については、否定できる根拠を持ちませんが。それは彼女の罪にはなりません」
「そうか、ならば予定通り──」
「申し訳ありません、その事について相談が」
沙汰を言い渡そうとしたルダを、サンドラが遮った。珍しい事ではない。情状酌量の余地がある罪人に対して、サンドラが減刑や恩赦を求めた事は一度や二度ではない。申し訳なさそうな表情で、それでも強い意志の輝きを瞳に宿して。魔法を使って改心させた以上は、どんな相手にも慈悲の心を忘れない。サンドラがそういう魔法少女であることを、ルダは知っている。
「私、シスター・サンドラから上申いたします。ネクスタシー様の──」
だが、それでも。サンドラの口から語られた内容は、ルダの想像を超え、言葉を失わせた。
「──彼女の魔法使用に関する制限を解き、この場にいる全員への行使を、推奨いたします」