魔法少女更生計画   作:親指ゴリラ

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1-3 看守 カルパ千代

カルパ千代(かるぱっちょ)

 

 

『引き続き、監視よろしく』

 

「あいよー」

 

 いつも通りを意識して──気を抜けば、悪態をついてしまいそうな自分を抑えて──通信を切る。

 

「あは、バカだなー。かんしゅちょー、バカだよ」

 

 先ほどまで会話していた相手、ソンケイ(・・・・)すべき自身の上司に声が聞こえないようになったのを確認してから、カルパ千代は舌打ちを鳴らした。

 

 カルパ千代にとって、ここ(監獄)は天職の筈だった。身に宿した魔法はすこぶる役に立つし、カルパ千代自身のモチベーションも高い。犯罪者──魔法の力を悪用しているようなクズどもを相手にしなくてはならないのが最悪だったが、そんなクズが自分の目の届かない所にいることの方が、想像できる限りで最も善くないことだ。

 

 この『第八宿舎』──封印刑に処された魔法少女達を収監するための、魔法の国の最後の砦。その職員を募集していると知って、カルパ千代はそれまでの自分のキャリアも人間関係も全部投げ捨てて、世間との繋がりを一切断つつもりでこの場所へとやってきた。それくらいの覚悟を持って、職務に励むつもりだった。

 

 だが、そんな気概を。犯罪者を誰一人逃さない、という気持ちを持っているのは。カルパ千代にとっては最悪な事に、この場所では少数派だった。

 

「あはは、どいつもこいつも、あは、クズどもの人権だのなんだの……笑っちゃうよ!」

 

 寝不足(・・・)で自制の効かなくなった口が、日頃抱いていた不満を、カルパ千代の口から引き摺り出す。リクライニングチェアの肘掛けへと腕を──魔法少女の腕力で壊さないように最後の理性で手加減しながら──叩きつける。椅子が揺れ、少しの音が部屋の中に響く。ここに誰か同僚がいれば、カルパ千代の行為を見咎め、嗜めるなり注意するなりの行動に出たことだろう。だが、その心配はない。この部屋はカルパ千代のために作られた部屋であり、セキュリティの問題から、彼女以外の立ち入りには大きく制限がかかっている。

 

 誰にも見られることない、誰と接する事もない。

 

 カルパ千代はこの職場で働くようになってから、この部屋をほとんど出ていない。休暇も碌に取らず、食事や睡眠も最低限だ。魔法少女の肉体でなければ──いや、魔法少女であったとしても。体を壊しかねない、無茶な労働だった。

 

 別に、職場に問題があるわけではない。

 カルパ千代が起きていられない間は臨時の監視員が──別室で──用意されるし、上司であるルダからは根を詰め過ぎないようにと遠回しに休暇を取ることを勧められている。

 

 ルダはいい上司だ。話が分かるし、労ってくれるし、満遍なく能力が高く。カルパ千代がこれまで見てきた魔法少女の中でも、上から数えた方が早いくらいに有能。そして何より……戦闘力が高く、囚人(クズ)がどれだけ束になって相手にしたとしても取り逃がす事はないという信頼感がある。

 

 だが、ただ一点。どんなクズどもにも更生する機会が必要であるという、その主張だけは。どうしても受け入れられなかったが。

 

「あーあー、また甘いことばっかり言って……本当、ムカつく」

 

 肘掛けの先端のドリンクホルダーに置かれたコーヒーを口にして、大きくため息を吐き出す。腰掛けに深くもたれ掛かり、閉じたくなる瞳を無理やり見開いて、施設内の監視カメラから送られてくる映像を抜け目なくチェックする。

 

 目を閉じて、天井でも見上げていたかった。今日も疲れたなー、とか、夜勤きっつー、とか。以前までのカルパ千代ならそう愚痴を吐き出して、程よい疲れに身を任せて気持ちよく夢の世界にでも旅立っていたことだろう。

 

 だが、それはもう不可能になった。

 犯罪者達から目を離す事が、不安で不安で堪らなくなってしまった。監視モニターを見ていないと、不安で、苦痛で、良くないことばかり想像してしまう。夢の中ですら、心休まることはない。

 

 脱走したクズどもに……知り合いが、友達が、同僚が、罪なき市井の人々が傷つけられ。二度と、二度と、目が覚めないようになるんじゃないかと。そう考えるだけで、気が狂いそうになり、その光景が悪夢となって、カルパ千代の精神を弄ぶ。

 

 その光景の中に家族がいない事だけが、カルパ千代の救いだった。家族はもう、全員遠いところに行ってしまったから。それを知った時の苦しみを、喪失感を、夢の中で二度と味合わなくてもいいというだけ、まだ救われている。

 

「とーちゃん、かーちゃん……」

 

 よく言えば気の良い、悪く言えば大雑把。そんな両親に育てられて、カルパ千代──美千代(みちよ)も自然と、二人に似た性格になった。

 

「ばあちゃん……」

 

 美千代はお婆ちゃん子だった。いつも優しくて、両親に内緒で小遣いをくれて。悪いことして二人に怒られて家出した時も、祖母は何も言わずに家に泊め、美千代から謝るのを待ってくれた。

 

「マリ……ジュン……」

 

 歳の離れた妹と、弟がいた。両親に似てガサツな美千代とは違ってしっかり者の、可愛らしい妹だった。車が好きで、オモチャを買って帰ったら喜んでくれる可愛い弟だった。

 

 今はもう、誰もいない。

 

 カルパ千代は天涯孤独の身となり、帰る家を失った。美千代の人生を犠牲に職業魔法少女をしても、心配してくれたり、怒ってくれるような相手はもういない。

 

 家族だけじゃない。大切だった友達も、もう片手で数えられるほどしか残っていない。

 

 一日して、失った。全部全部、奪われたのだ。

 

 あのクズども……魔法を私利私欲のために使う犯罪者、監獄から脱走した囚人どもに。

 

 もう、一年以上前のことだ。

 だが、未だに昨日のことのように感じている。

 

 

 未登録の暗殺者魔法少女とその相棒である妖精──魔法少女の才能を持つ者をスカウトする役割だった──が肉壁のために用意した素人魔法少女、レジスタンス──魔法の国の体制に反抗する無法者──の手引きで脱獄した囚人達、それらを取り締まるために派遣された各部門の職業魔法少女。

 

 三つ巴となった彼女達が周囲の人々を鑑みることなく戦闘を繰り広げた結果──B市は、美千代の生まれ育った町は戦場となり。戦いに巻き込まれて、美千代の家族は殺された。

 

 最強と名高い魔法少女、魔王パムですらその戦いで命を落としたという。魔法なんてものとは無縁なただの一般人であった家族とっては、天地がひっくり返る災害のようなモノだったのだろう。

 

 それを知った時の無力感と、怒りと、諦念と、そこに付随する様々な感情が混ざり合った感覚は、今もカルパ千代の胸の中で熱を持って渦巻いている。

 

 

 そして、何の因果か。その事件によって発覚したスキャンダル──囚人として投獄されていた魔法少女に首輪をつけ、一時的に解放することで汚れ仕事をやらせていたという、信じられない事実──によって、カルパ千代が身を置いている「第八宿舎」は作られることになった。これまでと違い、封印刑の囚人を悪用しない監獄。

 

 脱獄者と、その手引きをした内通者。彼女達に知られていない場所を、新しい監獄を用意する必要があったらしい。聞くところによれば、脱走した魔法少女の内の一人が遠隔から人や物体に干渉する魔法を所持しているとのことで。魔法の干渉を弾く結界で施設全体を守りつつ、可能な限り職員を絞り、出入りを制限することでインシデントの再発を防止するとかなんとか。看守として雇用される際に、そんな説明を受けていた。

 

 看守にも、規則によって様々な制限が設けられている。職務を口外できず、情報一つとっても扱いには厳密さが求められる。「第八宿舎」から外に出るには本国への申請と許可が必要であり、たとえ相手が誰であっても──家族であったとしても、接触するには本国のお偉方のハンコが幾つも必要だ。

 

 だからこそ、天職なのだ。

 カルパ千代にしか出来ない、カルパ千代がやるべき、カルパ千代のやりたい仕事。

 

 この手で囚人を、クズどもを。永遠に閉じ込める。終わりのない苦痛を与え、穏やかな夢を見ることさえ許しはしない。

 

 二度と外に出さず、自由など与えず。無辜の人々を、大切な家族がいる人々を、悪魔のような災害から守り続ける。

 

 そういう気持ちで、此処に来た。そう思い続けなければ、心が折れていた。どんな形であったとしても、魔法少女を続けなければならなかった。心が折れていたとしても、魔法少女である事を続けなければならなかった。

 

 魔法少女を辞めるということは、魔法の国に関係する記憶を全て捨て去るということだ。それはイコールで、家族を奪われた事件を忘れ、アレは不幸な事故だったと思い込ませられながら残りの人生を歩んでいくということでもある。

 

 耐えきれない、許せない。例えそれが一番楽になれる道であったとしても、全てを忘れるなんて許されない。

 

 あの事件があってから、カルパ千代はおかしくなった。自分でも分かるくらい、決定的に、どこかが壊れてしまって。それはきっと、もう、元には戻らない。

 

 普段の言葉も怪しくなって……なんというか、口調が幼く、バカっぽくなった。かつてのカルパ千代を知るものからすれば、まるで、子供の頃に戻ったみたいだと感じるのかもしれない。

 

 その頃を知る相手など、もう殆ど居ないのだが。

 

 

「クズどもなんて、みーんな封印刑でいーんだよ。どーせ自分のことしか考えらんないバカばっかなんだからさ」

 

 それなのに、看守長(ルダ)は、看守達は……魔法の国は。犯罪者達にも更生の機会が必要だと、反省するための教育が必要だと。そんな戯言を口にする。

 

 倫理がないなら教えによって与え、反省がないなら魔法と言葉で促し、罪悪感があれば再犯防止につながると。人のために働ける、魔法の国に必要な人材になると……そう考えている。

 

 カルパ千代が一番腹に据えかねているのは……今のところ、その愚かな目論見が上手くいっている事だった。

 

 第一層から、第八層まで。地下に向かうにつれて数字の大きくなる各フロアに、罪の重さによって囚人を振り分け。魔法と教育と奉仕によって反省を促し、一定の更生が認められるにつれて上層へと収容先を変更していくシステム。

 

 魔法によって壊される心配のない施設、優秀な魔法を持った看守達による監視とケア、外部の干渉を物理的にも人事的にも弾くことが可能な程の権限。その気になれば、いつだって犯罪者達を消してしまえるのに。あの強く優しく甘っちょろい聖人は、クズが相手でも公正で有ろうとし──今だって、ネクスタシーという犯罪者を庇おうとしている。

 

 何人もの囚人を外へと送り出し──魔法の国に属する人材に変えたという実績も。その功績者として、魔法の国に貢献したという事実も。カルパ千代にとっては虚しく、何の価値も見出せない。

 

 なるほど、確かに。効果的で、正常に機能している。この計画を立案した本国の奴等にとっては、誇るべき手柄の一つになっている事だろう。

 

 ジンドーテキ(・・・・・・)で、情け深いことだ。

 

 

 ふざけるな。

 犯罪者だ、クズだ、社会の敵だ……人殺しだぞ?

 

 更生する権利がある? 反省を促す余地がある?

 死んだ者は、これから先の未来を失った者は、もう二度と更生することも反省することも出来ないのに?

 

 犯罪者達にソレ(権利)があるというのなら、それは奪ったからだ。弱者から、被害者から、死者から。彼らが物言わぬ、反対の声を上げることが出来ない存在になったのを良いことに、剥奪したからだ。

 

 あるべき所に返すべきだ。

 

 クズどもが人権を騙るのであれば……被害者達と同じ、物言わぬ死者となってから語るべきだ。それこそが……犠牲になった人々への、“反省”を示す態度というものではないか。

 

 カルパ千代の中で、熱が巡る。

 胸の奥で燻っていた灯火が燃え盛り、まるで火を吐き出しているかのような、熱の籠った呼気となって口から溢れる。

 

 

「犯罪者なんて……クズなんて、みんなんでしまえば──」

 

 決定的な一言を放とうとしたカルパ千代の視線が、一つのモニターで止まる。頭がおかしくなっても、寝不足であっても、恨み言で思考が塗りつぶされていたとしても。それはカルパ千代にとって職務を放棄する理由にはならず、従って、正気を手放す事もない。

 

「あー? ……あ? なんで、こいつ、ここに居るんだ?」

 

 そのカルパ千代の頭脳が、見過ごしてはならない異常を感じとっていた。監視カメラの映像を映すためではない、監獄内の情報を記録している端末用のモニターを視界の端にとらえ、求める情報にアクセスする。

 

 そこに映された情報は、やはり、カルパ千代の記憶と一致していた。すなわち、監視カメラに映っている……そこに居る(・・)者が、本来その時間(・・・・)に、その場(・・・)に居るべきではない事を示していた。

 

 

「おい、聴こえるか? お前、なんでソコにいるんだ? 今日の予定と違うだろ、今すぐ──」

 

おやすみ

 

「は──」

 

 モニター越しに、監視カメラ越しに、目が合った。カルパ千代がそれを認識した、その瞬間には、既にカルパ千代の意識はそこになく。深く暗い、久方ぶりの悪夢の世界へと、旅立った後だった。

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