「何よ!!このシスコン
「シスコンですって……!?もう一度言ってみなさいよ!!この
横須賀鎮守府の一角で、軽巡洋艦と巡洋戦艦の激しい言い争いが行われているのだが、周囲にとっては日常茶飯事なので誰も気にも留めない。「またやってる」と言わんばかりに。
そもそもこの二隻、五十鈴が転属してきたその日から仲が悪く、いまだに仲良くなれるきっかけを掴めずにいる。さらに言えば、周囲も仲良くさせようという意図がないのか、余計泥沼化の一途をたどっている。
「だいたい、ゴミ溜め同然の岩川基地生まれの薄汚い軽巡洋艦を拾ってくださったのは、他ならぬ横須賀鎮守府よ。そのご恩を忘れたとでもいうの?」
「何を勘違いしてるのかは知らないけど、この転属は大本営の特命。たとえ
比叡の挑発を歯牙にもかけずに挑発で返す五十鈴に、
そんなイライラした感情を抱えて私室へと入り、床にごろりと寝転がる。金剛に見つかれば、きっと「
単冠湾に追いやった吹雪と綾波といい、加賀が追い出した五航戦といい、横須賀の空気を乱すから左遷したのだ。天龍姉妹はノリノリで手伝ってくれたが、第六駆逐隊は止めようとしたため、反逆罪と孔明罪を名目にショートランドに飛ばした。私に逆らう生意気な奴らは――お姉様を除いて――みんな更迭されればいい。
「長門も、加賀も、私の邪魔をする者はみんな死ねばいい」
ビッグ7がなんだ、一航戦がなんだ。この横須賀で一番活躍しているのは、他でもないこの私だ。私がいたからこそ、横須賀鎮守府は繁栄の一途を辿ったのだ。みんな、私に感謝すべきだ。無論、お姉様は別だが。
気に入らないことがあるとすれば、もうひとつ。それはつい最近呉鎮守府から転属してきた陽炎のことだ。あの小生意気な駆逐艦、新入りのくせに我が物顔で廊下を闊歩しているのが気に入らない。建造第一世代風情が生意気な、時代はもう私達第三世代のものだ。旧式の第一世代はすっこんでろ。司令はなんだかんだと理由をつけて練度を上げられるよう便宜を図っているようだが、駆逐艦一隻に構っている暇があるなら私に構ってほしいものだ。
「司令のバカ……」
「今日も今日とて、ヒマな一日になるんだろうなぁ……」
「いいじゃないの天龍ちゃん、ヒマってことは、それだけ平和ってことなんだから」
釣り糸を垂らしつつ、退屈な一日になりそうなことをぼやく天龍に、龍田がさりげなくフォローを入れる。龍田の言う通り、ヒマなことはそれなりに悪いことではないことはわかっている。だが、自分としては戦いたくてしょうがないのだ。ここまで戦闘がないと、腕も愛刀も錆びてしまいそうだ。
「演習でもいいから、戦いてぇなぁ……」
「なら、岩川に演習を挑んでみたらどうかしら?」
妹の龍田が、やや冗談めかして「岩川に演習を挑めば?」などと言うため、天龍がうへぇ、とでも言いそうな表情を浮かべて愚痴る。
「勘弁してくれよ、龍田。
「あら、天龍ちゃん珍しく弱気じゃない。いつもの天龍ちゃんらしくないわ」
「しょうがねぇだろ?オレ、一度だけあそこの軽巡洋艦と駆逐艦の水雷戦隊と戦ったことがあるんだけど、瞬殺されたよ。こっちには、空母も戦艦もいたっていうのに……」
そう、解せないのはそこだ。北上を旗艦に、五十鈴、第六駆逐隊の水雷戦隊と戦ったのだが、こちらの艦隊のほとんどを北上と五十鈴が掃討してしまい、第六駆逐隊は残党狩りめいた役割をあてがわれただけで終わった。その当時の第六駆逐隊は新兵同然で脅威にはならなかったのだが、五十鈴は機動性を活かした攪乱戦法でこちらを翻弄し、北上に至っては魚雷――おそらく時限式信管をセットしたもの――を
「………あいつらに常識なんて通用しないのかもな……南雲機動部隊の連中なんて、パイロットより機体のほうが先に悲鳴を上げたくらいだからな……」
「………どんな操縦したら機体が空中分解するのよ……」
もしかすると、自分たちが非常識だと思っていることこそが、連中の常識の範疇なのかもしれないな、と天龍は思う、というよりそうでなければ説明がつかない。機体が空中分解するほどのアクロバティックな操縦をいとも簡単にこなす南雲機動部隊のパイロット、重巡洋艦クラスまでなら主砲の一撃で敵を屠る特型駆逐艦、そして、そんな荒くれ者を束ねる超弩級戦艦。そのすべてが常識外れ、ありえない。
そう考えると、退屈な日常というのも悪くないものだな、と天龍は思う。呉鎮守府の空は青く澄み渡っている、今日はなにかいいことがありそうだ。
「ふぅ、コンテナ積み込み終了、っと」
自身の身の丈を超える大きさのコンテナを輸送船の船倉に積み込み、軽く手を払う小江戸美人な女性、扶桑型航空戦艦二番艦、山城。現在、山城は提督からの特命により、貨物コンテナの護衛任務を単艦で行うことになっていた。フォークリフトでもあれば、幾分か楽に作業も進んだのだろうが、自分は専用の免許は持ち合わせていないし、第一どう動かすのかも知らない。そのため、必然的に手作業になった。
輸送船の行き先は、喜望峰回りでダーダネルス海峡行き、となっている。そこから、ヨーロッパに陸路で輸送され、EU連邦の各地へと輸送されるそうだ。だが、秘書艦の自分を外してまで届けたい貨物って、いったいなんなんだ?中身の重さからして食糧の類ではないだろう。中身が気になる、だが、見てはならないと警告されている。見るか、見ざるか、数分ほど悩み、好奇心のほうが勝った。「やるな」と言われれば、ついついやりたくなるのが人の性。
好奇心に負けて開いたパンドラの箱には、自身の想像を遥かに超えるモノが入っていた。そして、その中身に恐怖し、慌ててコンテナを閉める。………佐世保鎮守府の妙な羽振りのよさはこれが原因か。まさか、あんなモノが入っていたとは……そして、それを平気で捌いていた提督と自分に恐怖する。つまり、長門秘書艦はこのことに気付き、妹を連れて遠征を装いパラオに離反したのだろう。だが……
「長門秘書艦……なぜ私に一声かけてくれなかったんですか……」
私が佐世保鎮守府行きを決めたのは、ひとえに長門秘書艦の存在故だ。長門秘書艦がいたからこそ、舞鶴からの姉の誘いを蹴ってまでこちらへ転属した。半ば押しかける形で転属したのに、彼女は嫌な顔一つせず新米だった自分に旗艦としての心得や艦隊指揮の取り方、秘書艦としての心構えなどをひとつひとつ丁寧に教えてくれた。それなのになぜ……と感傷に浸っていると、敵の襲来を告げるアラートが船倉全体に鳴り響く。いったいどこの所属だ?
船倉から外へ出てみると、そこには数隻の巡洋艦クラスの船と銃火器を構えた集団がいた。海賊か、おそらくは金目のものがあると踏んで襲撃をかけてきたのだろうが、あいにくとそういうものの類は積んでいない。携行している銃火器は、対人用のバトルライフルに無反動砲らしき大砲。だが、これでも航空戦艦の端くれ。RPGやATM風情に撃沈されるほど、この山城軟ではない。
「扶桑型航空戦艦、山城。出撃します」
誰が聞いているわけでもないが、なんとなく言わなければいけない気がしたため言っておく。海賊ごとき、逮捕なんて生温いことをせずにとっとと海の藻屑にしてしまえばいいのだが、なぜかそんな気が起きなかった。輸送船の形状から見て、食料を運ぶ民間の輸送船や石油や液化燃料を積み込むタンカーの類ではないことはわかったはずだ。にもかかわらず、この輸送船を襲撃した理由が知りたい。
背中の主砲ユニットの接続部を引き出してコネクターに繋ぎ、先程まで履いていた靴を脱ぎ捨てて艦底
主機、稼働率120%。主砲、砲弾装填よし。電探、火器管制システムとの接続完了。全システム、オールグリーン。背中に背負った主砲ユニットから確かな力を感じる。人間相手の戦争は初めてだ、対人戦を想定した訓練は受けてきたが、実際に人を殺めたことはない。つまり、これから初めて人を殺すことになる。できることなら、そうはならないでほしいものだ。あくまで主目的は輸送船の防衛、敵勢力の拿捕、抹殺ではない。
輸送船の手すりに片手をかけ、海上へと飛び降りる。どこの誰かは知らないが、この佐世保鎮守府に喧嘩を売ったのだ、それ相応の報いは受けてもらおう。挨拶代わりに三式弾を敵巡洋艦の横っ腹に撃ち込み、大破炎上させる。海賊連中がダメコンと消火作業に必死になっている様を横目で見やりつつ、山城は次なる目標を探す。次に近い巡洋艦は、おそらく旗艦であろうからして最後まで放置していいだろう。二隻目、三隻目と大破炎上させ、最後まで放置していた敵旗艦に乗り込み、海賊の親玉を探す。
「大本営様に魂を繋がれた狗共が!!いい子ちゃんにしてれば裕福な生活ができると思い上がりやがって!!」
この言い振り、つまり彼らは……なるほど、そういうことか。だが、そうであっても彼ら海賊連中を野放しにするわけにはいかない。こういうことは、本来トラックの仕事なのだが、状況が状況だけに仕方あるまい。山城はめんどくさそうな感じで襲ってきた海賊を片手で払いのけ、壁に叩きつける。そのまま気絶したのであろう男を無視して進み、どこかの部屋の片隅でガタガタ震えて怯えていた海賊の親玉らしき男を見つける。
「あなた、この輸送船を襲撃した理由を教えてくれないかしら?」
「決まってるだろ?その輸送船の中身は高値で捌けるんだよ。佐世保の連中だけにいい思いさせてたまるか、ってんだ。
お人形ごっこ遊び……?寝言をぬかすのも大概にしろ、お前らはいったい誰のおかげでのうのうと生活できると思ってるんだ。それを何ひとつ理解しようともせず、少々の待遇の不満だけでこんなくだらないことに身を投じて……
「海賊風情が、いい気になりやがって!!恥を知れ、俗物!!」
そう吐き捨てて山城は男の首を片手で締め上げ、部屋の壁に叩きつける。70,000馬力からなる全力の絞首と叩きつけだ、人間ごときが耐えられるはずがない。そして、山城の予想通り、男の首は折れ、肺の片方と喉をほぼ完全に潰したのだろう、ひゅうひゅうと弱々しい呼吸音が聞こえてくる。
壁に埋め込んだ男を放置し、部屋から出ようとした山城の耳に、死にかけの男の弱々しい声が届く。もし、この時男の発した言葉がまったく別物だったら助かる道もあったのだろう。だが、男の発した言葉は、わずかながらに期待感を抱いていた山城の平常心を砕くのに十分な威力を有していた。
「たすけてください、しにたくないです」
………今更になって命乞いか……人間というのはこれだから嫌いだ。金も権力も、地位も名誉も、意地もプライドも、死ねば一片の価値もなくなるモノばかりだ。だが、人間というものはそんなくだらないモノのために争い、他者を蹴落とし、奪い合う。正直言って、反吐が出る。その後も幾度となくみっともない命乞いを繰り返す男に、西村艦隊の旗艦は苛立ちを募らせる。
聞く者などいないみっともない命乞いの連続に、山城はいったい何を思ったのかくるりと反転し、部屋へと戻る。床に転がっていたバトルライフルを拾い上げ、
握っていたバトルライフルを投げ捨て、再び海へと飛び降り、先程まで乗り込んでいた巡洋艦に主砲の一斉射をお見舞いする。致命傷となる箇所に砲撃を打ち込んだため、スリガオで沈んだかつての姉のように船体を真っ二つに折って沈む。僚艦のほうはダメコンが間に合わなかったのか、既に海の藻屑と化しており、乗っていた乗員はもれなくサメの餌と化した。
輸送船に戻った山城は、佐世保鎮守府にいる提督に、海賊に襲撃されたことと、それを一蹴したことを通信機越しに報告し、再び輸送船護衛の任務に戻る。艤装の中から引っ張り出したラムネを飲み干し、空になった瓶を海へと投げ捨てる。もうすぐ喜望峰へと近づく、あそこは海難事故に見せかけて輸送船を強奪していく海賊が
提督、もしくはそれに準じるだけの権限を持った者の承認がなければ召喚を許されない展開艤装を無断使用せねば輸送船を守れません、なんていう事態はなんとしても避けたい。しっかりしろ、山城。ここからが正念場なんだ。今の佐世保でマトモに動けるのは、少なくとも私だけのはずだ。かつては長門秘書艦が佐世保を取り仕切り、彼女と共に佐世保鎮守府をよりよくしようと導いたものだ。だが、その彼女はすでに離反し、現在はパラオにいる。しかし、私の頑張り次第では、もしかすると妹と共に佐世保に舞い戻ってくれるかも知れないのだ。
かつて離反した憧れの彼女がいつ帰って来てもいいよう、佐世保の艦娘として精一杯頑張らねばならない。そのためには、現状の任務を果たさねばならない。再び長門秘書艦をスッキリ迎え入れるため、暴走する佐世保を食い止めるため、山城の孤独な戦いが始まった。
「山城……」
「心配ですか?扶桑秘書艦」
遠い佐世保にいる妹を思い、ため息をつく扶桑に、手持ちぶさたなのであろう長良が声をかける。どちらも妹と離れて舞鶴に籍を置く身故に、自然と惹かれあっていった。時々互いの妹の自慢大会になってしまいがちなのだが、それはご愛顧というものだろう。
「佐世保は、あまりいい噂は聞きませんね。ですが、きっと大丈夫でしょう」
「どうして、そう言い切れるの?」
「西村艦隊の旗艦を務めたことのある超弩級戦艦ですよ、連合艦隊の旗艦を務めた大和さんや長門さん程ではないにせよ、佐世保鎮守府をまとめる立派な秘書艦になってますよ、きっと」
妹に対する不安感は多少薄れたが、かつて佐世保で秘書艦を務めていた長門に対して少々疑問がある。ビッグ7とまで称され、二度に渡る核実験を耐え抜いて帝国海軍の矜持を見せつけた彼女が、なぜ旧式を通り越して型遅れとまで揶揄されそうな金剛型巡洋戦艦に忠誠を誓うのか、それがわからない。できることなら、会って聞いてみたいが、現状それができるような状態ではないし、よしんば会って聞けたとしても、彼女は答えることはないだろう。彼女はそういう性格だ。
だが、和気藹々としている暇など、この舞鶴鎮守府にはない。アジア中東共和国が、虎視眈々と我が国に攻めて来ようとしている噂が絶えないため、日本海全域の哨戒を、舞鶴鎮守府に所属する艦娘がローテーションを組んで担当をしている。今日は第七駆逐隊がその任務にあたっており、明日は扶桑自らが日本海へ赴く手筈となっている。ちなみに、昨日は長良率いる水雷戦隊が哨戒を担当した。
「アジア中東共和国が妙におとなしいですね、我が国に攻め入る準備が整いつつあるのでしょうか?」
「まさか?深海棲艦のはびこる海に出ようなんて、貿易か海賊連中以外でそんなことを言い出す奴はいないわ。仮に、我が国に攻め入る手段があったところで、私達艦娘に全滅させられるのがオチよ。艦娘は、深海棲艦か
「扶桑秘書艦?どうかされましたか?」
「………長良、先月一日から今日までに各鎮守府、泊地、基地で行方不明、もしくは原因不明のMIA判定を下された艦娘のリスト、今すぐ洗い出して」
「り、了解!!」
扶桑にまくし立てるようにして命令され、長良はカミつつも返答し、扶桑の期待に応えるべく、各鎮守府、泊地、基地のデータベースを洗い出す作業に入る。やり方に関しては少々不正な方法ではあるが、今回は緊急事態だ、大目に見てもらおう。一時間ほど経った頃、ようやくデータがまとまったのか、キーボードの上で踊っていた長良の指が止まる。慣れないことをして少々疲れたのか、椅子の背もたれに身を預けている。そんな長良に感謝しつつ、扶桑はまとまったばかりのデータに目を通す。
………まさか、横須賀鎮守府と岩川基地以外でこんなにも不透明な失踪事件が多発していたとは……そして、その中には我らが舞鶴鎮守府の名もある。横須賀鎮守府は、脱走して外洋泊地に逃げ込んでいるケースばかりで、岩川基地は、提督も含めて謎の失踪を遂げており、むしろ提督の失踪理由が知りたい。
「長良!!今すぐ第七駆逐隊を呼び戻して!!」
「第七駆逐隊との通信途絶!!現在地、特定できず!!」
やられた!!ただでさえ数の少ない建造第一世代の駆逐艦がまた奪われる!!連中、まさかこれを狙って……?いや、考えている暇はない。今は早急に第七駆逐隊の救援に向かうのが最優先だろう。そう結論づけた扶桑は、あとのことを長良に丸投げして出撃カタパルトへと急ぐ。艦底靴に履き替え、両足を固定するため、クレーンで移動する。艦底靴固定基部は、それぞれの艦娘にあわせて設計されており、今回は扶桑のものが選択された。
固定基部にロックがかかり、別のクレーンによって背中の主砲ユニットが装着される。その間にも着々と出撃シークエンスは整い、ついにカタパルト前方のハッチが開いて準備が整った。膝を屈めて重心を落とし、前傾姿勢を取る。こうすることで、カタパルト射出時における空気抵抗を減らし、より迅速に戦闘海域へと急ぐことができる。
「扶桑型航空戦艦、扶桑。出ます!!」
その掛け声と共に、待機を示していた赤いランプが青く変わり、両足の固定基部が急速に出口へと向かう。全身で風を切り、数秒ほどして大空へと放り出された。数秒ほどの自由落下の後に、両足が海面に叩きつけられ、全身が左右にふらつく。
最後に生存の確認されたポイントまであともう少し、それまで持ちこたえていてくれればいいが……などと虫のいいことを考えていると、第七駆逐隊の四隻が所属不明の勢力に対して砲火を交えている姿が見えた。どうやら、無事だったらしい。あとは秘書艦として、戦闘指揮を取るだけだ。
「第七駆逐隊全艦に通達、航空戦艦扶桑、戦闘海域に到着、これより艦隊指揮の任を引き継ぐ。なお、現時刻を以て展開艤装の使用を許可する。遠慮は不要、我ら舞鶴に刃を向けた俗物など、すべて水底に沈めろ!!」
『了解!!』
扶桑の怒鳴るような命令に、何一つ文句を返さず次々に展開艤装を展開して不明勢力の掃討に入る第七駆逐隊。どうやら、首尾よくやってくれているらしい。ならば、暫定的とはいえ、旗艦を務める自分が何もしないわけにはいくまい。第七駆逐隊を預かる自分が、指を咥えて戦況を眺めているだけなど秘書艦としての恥晒し。支えるべきときに支え、戦うべきときには戦うのが秘書艦のやるべきことだ。
展開艤装の展開、と一口に言っても、その方法は幾通りかに分類される。一つ目は、海中で展開艤装を形成してそれを海上に引き上げる海中形成型、二つ目は、自身の周囲にパーツを形成し、艦船として形成するノックダウン型、そして三つ目は、空中で展開艤装を形成し、海上へと落とす空中形成型。扶桑は、その中からノックダウン型を選び、航空戦艦扶桑の展開艤装を形成して戦闘に挑む。
展開した艤装の操舵室――モビルスーツでいうコクピットにあたる場――のシートに腰掛け、足元のくぼみに艦底靴を嵌め込む。これで展開艤装の操舵ができるようになった。主砲の旋回具合を確認し、砲弾を装填する。
「舞鶴に楯突いたこと、日本海溝の底で後悔するがいい!!」
船体を傾けて砲身の仰角を下向きに設定して、主砲の一斉掃射でなぎ払う。砲弾をマトモに浴びた不明勢力の艦艇は次々に爆散し、バラバラに砕けて鉄屑と化す。ごく一部の構成員は生き残った者もいたようだが、その全員が第七駆逐隊の
「すみません、扶桑秘書艦。お手を煩わせてしまい……」
「構わないわ、みんなが無事ならそれでいいの」
申し訳なさそうな表情を浮かべて尚も何か言いたげな曙の反論を封じ、扶桑は第七駆逐隊を率いて舞鶴へと進路を取る。すでに展開艤装を解いた第七駆逐隊を自身の展開艤装に乗せ、彼女達にラムネを振る舞う。鳴神提督には、哨戒任務を放棄させたことでお叱りを受けるのだろうが、彼女達の安全のほうが最優先だ。そこはきっとわかってくれるだろう。
予定外の戦闘に疲れたのか、曙達はラムネを飲み干すなり寝てしまう。仕方ない、舞鶴につくまで
さて、何にしようか。今後のことなど何も知らないような表情で眠る駆逐艦を横目に、扶桑は長良の愚痴と文句をどれだけ聞かされるハメになるんだろうと思うと、少々気分が憂鬱になった。
「毎日毎日、気の滅入るようなニュースばかりね……」
どこぞの新聞社が出した、三流ゴシップ記事並みの低レベルな記事の内容にため息をつく霧島。どの記事を見ても、やれ「深海棲艦は諸外国の造り出した
こんな低レベルな新聞記事を書いてドヤ顔している新聞社の連中に、もっと明るい記事を増やせと怒鳴りに行きたい気分だ。別に「水族館で白クジラが赤ちゃんを産んだ」とか、そういうものを求めているわけではないが……
霧島は再びため息をつくと、大湊警備府を支える工廠ドックへと向かう。あそこには、暇を持て余した夕張と、専属の明石がいるはずだ。ちなみに、別の外洋泊地へと訪問した際に、もう一隻の明石と出会ったため、帰ってきたときにその理由を明石に聞いてみると「明石、大淀、間宮、伊良湖の四隻は、それぞれが同じ顔をした親戚の関係」と返された。おそらく建造とは別のシステムが絡んでいるのだろう。
「霧島秘書艦、ご苦労様です。見回りですか?」
「ええ、新開発された電探のチェックに。それと夕張、胡座掻くなって何度も言ってるはずよ?」
「すみません、けどなんか癖になっちゃってて……」
あはは、と苦笑する夕張に呆れつつ、霧島は工廠ドックのどこかにいる明石を探す。あっちでもない、こっちでもないと工廠ドックを巡っていると、レンチを片手にうたた寝をしている明石を見つける。疲れているのなら、艦娘寮に戻って昼寝でもすればいいだろうに。整備を急ぐ艤装はないのだから、昼寝くらいしたって誰も咎めないだろう。
「明石、起きなさい」
「………あぁ……霧島秘書艦、おはようございます……」
「明石、疲れてるのなら、無理せず寝たらいいのよ。ここには整備を急ぐ艤装も開発を急ぐ装備もないんだから」
そりゃあ、そうですけど……と口ごもりつつ髪を手櫛で整える明石を見て、霧島は一抹の不安を抱く。そういえば、初めて会ったときからそうだった。彼女の辞書に「休息」の文字はないとでも言わんばかりに工廠ドックに籠もっている。ワーカホリックなど発症していなければいいが……
「霧島秘書艦、新開発した対空電探、ここに置いておきますので、データの採取、お願いします。私は少々寝てきますので……」
明石はそう言うなり、握っていたレンチを手放してあくびをしながら工廠ドックを出ていく。データの採取を頼まれたはいいが、対空電探のデータ採取などどうすればいいのだ?明石も肝心なところでいい加減だ、そこはある程度指定していってほしい。
そういえば、龍驤が艦載機を飛ばせず退屈そうにしていたはずだ。たまの航空ショー程度では、腕も鈍ってしまうだろう。たまには部下の練度向上に一役買ってもいいだろう、そう思った霧島は、龍驤を探しに工廠ドックを出ようとすると、その龍驤が飛行甲板を抱えて工廠ドックに入ってくるのが見えた。
「霧島秘書艦、新型の対空電探ですか?」
「ええ、データ採取のために、龍驤に
龍驤はそれを聞いて嬉しくなったのか、ドックのあちこちを飛び跳ねてはしゃいでいる。アグレッサーを頼まれたことが嬉しいのか、秘書艦の役に立てることが嬉しいのかまではわからないが、とにかく、龍驤が上機嫌になったことだけはわかった。その上機嫌な龍驤に演習の準備を頼み、自分も演習のため、準備に入る。演習の内容はこうだ、龍驤の放った艦載機を対空電探で捕捉、これを迎撃するというものだ。だが、その前に……
「演習場の使用許可、取ってこないと……」
「金剛司令、お茶が入った」
「Thank you、そこに置いといてほしいネ」
戦時中とは思えない、ほのぼのとした空気が執務室を包む。今のところ
「響ズルい!!金剛司令とティータイムなんて!?」
「秘書艦の特権だ」
「はいはい、暁も響もケンカしないの。tea timeはみんなで楽しく、それがこのトラックのmottoネ」
一触即発の事態になりそうな険悪なムードを、金剛がなだめる形で静める。暁も響も、普段はこんなに不仲ではないのだが、ティータイムとなると突然いがみ合う。別にお茶は逃げないのだから、仲良くやればいいのに……と苦笑していると、その様子を見ていた雷電姉妹もまた、苦笑しているのが見えた。そこへ響が、「金剛司令、話は変わるが」と前置きした上で切り出す。
「先日のソビエトヨーロッパ連邦との会談の際にわかったことがあると思うが、我が国の艦娘が同盟国以外の第三国に出回っている。おそらくは、我が国が第三国に対して艦娘を売り捌いているのだろう」
その響の予想に「ちょっと待って」と反論したのは、先程までむくれていた暁である。彼女は少し悩んだ後、意を決してこう話した。
「同盟国のソビエトヨーロッパ連邦が頭を抱えるほどの問題なら、大本営が気づかないはずはないわ。それに、私達艦娘は存在そのものが軍事機密なのよ、そんなことをしたら銃殺よ、銃殺」
「ああ、だからこそ解せないんだ。こんな大事になっているにもかかわらず、大本営が何の
「『大本営がグル』って、いったいどうやって見逃してもらってるっていうの?」
「そうなのです、賄賂でも渡さない限り、見逃してはくれないのです」
暁の反論に追従するようにして雷と電がそれぞれの見解を言い合う。そこで妹の口にした「賄賂」が引っかかる。賄賂の定番といえば、多額の現金と相場は決まっている――それは明治維新より遥か以前を描写した映画やドラマでも「山吹色の菓子」などと称して貢ぎ、不正行為を隠蔽していたことからも間違いないだろう――が、多額の現金程度では到底見逃してはくれないだろうし、物品を渡すにしても、相手が望むものでなければ不評を買うのは想像に堅くないだろう。
自分なら、賄賂として大本営に何を渡す?金か?それとも、何かしらの高級品か?だが、どちらを渡せど見逃してはくれそうにない。………いや、待てよ?「何を渡せばいいか」ではなく「何を欲しがっているか」で考えてみたらどうだ?響。私が大本営の幹部クラスなら、賄賂として何を求める?何を欲しがる?いくら考えても答えは出ない。いったいなんなんだ?
「響、いくら悩んだところで答えは出ないネ。お茶でも飲んで、頭スッキリさせるネ」
金剛司令に促され、ティーカップを傾ける。確かに、いくら悩んだところで答えは出ない。だったら、答えが出るまで保留にしておくのもいいだろう。紅茶で乾いた喉と思考を潤しつつ、響は再び考える。
私なら、何を求める……?
「霧島姉さん、何悩んでんの?」
「姉貴、何悩んでんだ?らしくねぇな」
金剛がティータイムでもめる暁と響をなだめている頃、母港を眺めてため息をつく霧島姉さんに私と摩耶が声をかける。私は純粋に心配して声をかけたのだが、摩耶はどちらかといえばからかいたいだけのように思える。「らしくない」とはどういう意味だ?摩耶。
「摩耶、「らしくない」って、どういう意味かしら?」
「姉貴、ちょっとした冗談じゃねぇか。何をそんなに怒ってるんだ?」
「摩耶、35.6サンチ連装砲で蜂の巣にされるのと、妹の鳥海と共に空きっ腹を抱えてまた海域に迷うのと、あなたどっちがいいの?」
「あ、姉貴!?なぁ川内、助けてくれよ!!」
自業自得だ、とけらけら笑い、霧島と摩耶のもとを離れる川内。摩耶は常に一言余計だ、「助けて」と言われたところで「自分でなんとかしろ」としか言いようがない。自分で蒔いた種だ、自分で刈り取れ。
助けを求める摩耶を無視して、川内は睦月型の集まる食堂へと向かう。ここにいる睦月型は、皆あちこちの鎮守府や外洋泊地から逃げてきて、川内が拾った子達だ。新型の陽炎型や夕雲型には性能的な面で遠く及ばないものの、それでもこのリンガの大事な仲間だ。
「川内お姉ちゃん」
「川内お姉様」
食堂へ入るなり、睦月と如月が腕を引っ張って奥へと案内する。睦月は姉との約束を楽しみにしていた妹のように無邪気に、如月は一歩引いた位置から見守る姉のように落ち着いて。
「川内お姉ちゃん、睦月ね、ここへ来てよかったって思ってることがいっぱいあるんだ」
「こんななんにもないような辺境の外洋泊地に、「来てよかった」って思える要素なんてあるの?」
「確かに、このリンガ泊地には驚くほど何もない閑散とした泊地だけど、セクハラして艦娘を泣かせる提督がいないってだけでここは天国だよ」
つまり、睦月にとってはセクハラがないだけで天国なのだ。セクハラに次ぐセクハラ、度重なる陵辱の数々に精神が耐えきれなかったのだろう。故に艤装を奪取して逃げ出した。詳しい事情は聞いてないが、筆舌に尽くしがたい辱めを受けたのは間違いないだろう。
そんな睦月の頭を撫でつつ、川内はこの無邪気な子供達を連れてどこかへ出かけようかと考える。ここから一番近いのはシンガポールかマレーシアだが、パスポートなど持っていないため、入国ができない。だが、周辺海域を敵勢力から守っているのはこのリンガ泊地のため、多少の融通は利かせてくれるだろう。
「私はともかく、子供達はうんと羽を伸ばさせてあげたいんだけど、どうすればいいんだか……」
「睦月達、お姉ちゃんと一緒にいられるだけで楽しいよ」
「お姉様、みんな同じ気持ちなんです。お姉様と過ごす時間、たとえ何もしていなくても、お姉様と共にいられるのならそれだけで幸せなんです」
………睦月も如月も優しい子だ、何もないこのリンガ泊地を褒めてくれたどころか、こんなリンガ泊地の現状に満足してくれている。本当にいい子だ。私は、妹のアイドルデビューがあるから仕方ないと諦めていたのだが、この子達がいてくれれば、毎日楽しく過ごせそうだ。
「………提督、これはいったいどういう了見ですか?」
今、大淀は、不機嫌の極みにいた。せっかくのお昼寝タイムを邪魔されただけでも腹立たしいというのに、その邪魔された原因が提督のセクハラとあってはたまったものではない。
眠気覚まし兼ストレス解消のためのブラックコーヒーを一気飲みして、カップを握ったままの手の甲で口元を乱暴に拭う。普段の大淀らしからぬ行動だが、それだけ彼女が苛立っているというバロメーターでもある。
「提督はしばらくそこで頭を冷やしてください、私は少々出かけてきますので」
大淀はそう言い残して、何か言いたげな提督を正座させたまま放置して執務室を立ち去る。二度寝でもしたい気分だが、先程一気飲みしたコーヒーとイライラのせいで眠れそうもない。提督にぶつける予定だった怒りはコーヒーと共に飲み込んだが、いつ吐き出されてもおかしくない。
憲兵隊に提督の監視を頼み、小型船を借りてある海域へと舵を切る。旧ブルネイ泊地、そこが大淀の向かった先だ。現在、ブルネイ泊地とその周辺海域は
船内で、あらかじめ用意しておいた防護服を着込み、護身用の拳銃の弾倉を確認する。弾薬は十分にある、予備の弾倉も十分用意した。万が一、怪物の類に出くわしたとしても、身を守ることはできるだろう。………正直、そんなものなんかとこんにちはなんかしたくないが……
ラバウルを出てから数時間、ちっとも楽しくないクルージングを満喫しつつ、さらに数時間。気がつくと、すでにとっぷりと日が落ちており、満天の星空が大淀の乗る小型船を照らしている。もっとも、天体観測に来たわけではないので、大淀は空なんか見上げてないが。
日付が変わりそうな頃にようやくブルネイ泊地へと到着する。入ってすぐの場所は、特に壊滅に至るだけの要因は見当たらない。おそらくは泊地の最深部にあるのだろう、このブルネイ泊地壊滅の要因が。
そのまま、拳銃を懐中電灯代わりにして進み、大淀は執務室へと行き着く。きっとここなら、何か重要なデータがあるはずだ。どこの鎮守府も外洋泊地も、重要なデータはだいたい執務室にあると相場は決まっているからだ。
手元の拳銃が照らす心許ない明かりを頼りに、執務室の探索を始めると、彼女の視界に数枚ほどの紙の束が入る。大淀はそれを手に取り、なんとなく目を通す。どうやら、ブルネイ泊地は慰安旅行を計画していたらしい。数枚の資料の中には、ツアーの行き先や見積もった旅行の予算などが書かれている。
まさか、たかがツアーごときで壊滅したわけではあるまいと苦笑していると、突然がたりと椅子の倒れる音が響く。何かの拍子に倒れたのだろうと気にも止めずに散策していると、次に執務室の床が軋む音が聞こえてくる。まさか、本当に怪物の類がこんにちはしたわけではあるまいな、とそちらへ拳銃を向けると、そこには光を失った瞳でこちらに迫る自分の姿があった。
まさか、亡霊の巣窟に土足で踏み入った私を殺そうというのか?嫌だ!!私はまだ死にたくない!!提督へのお仕置きとお説教も、まだ終わってないというのに……!!ラバウル基地へ赴任して20年、地道に努力を重ねてやっとの思いで最前線への出撃許可が出たんだ、箒を握らされていたあの頃の私とは違う!!
そう野心を抱いて震える両手で目の前の自分に銃口を突きつける。にもかかわらず、目の前の自分は拳銃など意にも介さないかのようにしてこちらに迫る。虚ろな瞳と半開きの口元が、より恐怖感を煽り、拳銃を握った両手がさらにガタガタと震える。
ワタシタチ…ナニモ…シテナイ……
リョコウ…タノシミニ…シテタダケ……
不意に、目の前の亡霊が口を開き、何かを伝えようとしている。だが、この声、どこかで……まさか……!?
「姉…さん……?」
「失礼…します……」
執務室から、ボロボロになった身体を引きずってぐずり泣きながら出てきた青葉は、この世の終わりのような心境をしていた。理由は内臓が潰れるほどの暴行を受けたからではなく、愛用していたデジタル一眼レフと彼女の宝物だった二眼レフを司令官に粉々に壊されたからだ。それも、彼女の目の前で、これ見よがしに。
デジタル一眼レフはようやく気に入ったカメラを司令官に壊されたため、悲しい気持ちはあるのだが、問題はそちらではない。二眼レフは、彼女が艦娘試験に合格し、重巡洋艦青葉となった際に祖父がお祝いとして亡き曾祖父の愛用していたものをプレゼントしてもらったもので、言わば亡き曾祖父との思い出でもあった。カメラは取り戻せたが、思い出は取り戻せなかった。
『貴様らに次などあるものか!?この役立たずの屑共が!!』
ふと、青葉の脳裏に失態を犯した艦娘への司令官の罵倒がよぎる。「次こそは必ず成功する」と返すと、決まってこれだ。そんなに部下の失態を非難するくらいなら自分専用の真っ赤な強そうなロボットがあるのだ、それに乗って戦えばいいじゃないか。そもそも、司令官のその罵倒が原因で妹の衣笠は艤装を奪って海賊組織に身を投じた。ここが戦場なら、誤射を装って司令官を粉砕・玉砕・大喝采していたところだ。
なんで、あんな奴がこのショートランドに赴任したのだ?そこからして気に入らない。いくらこのショートランドが最前線の外洋泊地だからとはいえ、あんなのを寄越すなんて大本営は何を考えているんだ?あんなのを寄越すくらいなら、勝手な理由で銃殺刑にした前の司令官を返せと言いたい。
「青葉ちゃん、どうしたの?元気ないけど……」
「司令官に、カメラ壊されたの……」
「カメラって……まさか!?青葉ちゃんの曾お爺様の形見の二眼レフカメラまで壊したの!?」
血の気の失せた表情でこくりとうなずくと、途端に龍田の表情が怒りに染まっていくのがわかった。龍田はすぐさま携帯を懐から取り出し、その怒りのままにどこかへ電話をかける。龍田の口調と反応から見て、おそらく相手は姉の天龍だろう。そしてそのまま龍田に慰めてもらうこと十数分、なにやらドタバタと騒がしい音が聞こえてきたため、何事かとそちらを見やると、天龍と夕張が見たこともない謎の武装を抱えてこちらへ走ってくるのが見えた。
天龍の背には、チェーンソーらしき近接武器が六本まとめてあり、夕張の背には、ジェネレータらしき円筒形の装備と幾重にも畳まれた砲身が見える。天龍のほうはどんな動きをするのかわからないが、夕張のほうは砲身がびっくりするような変形を繰り返すのだろう。その後も天龍と夕張の間で柱がどうとか全方位への砲撃がどうとか議論が交わされていたが、よくわからないのでとにかくスルーに徹した。
「………夕張、その巨大な大砲は何?」
「ああ、これ?新開発した超電磁多薬室砲よ。砲弾はまだ用意してないけど、これから放たれる砲火はきっと常識外れの火力を有しているはずよ。それで、こっちは六連装超振動突撃剣。これは右腕を覆うようにして起動して、螺旋状に回転しながら突撃するの。この振動突撃剣なら、どんな敵が来ようと木っ端微塵にしてくれるに違いないわ」
夕張はそう目を輝かせながらふたつの新兵器について語りだす。天龍の装備する六連装超振動突撃剣は、六本のチェーンソーを螺旋状に回転させ、それぞれのチェーンソーから発した高熱で敵を焼き払いつつ木っ端微塵に粉砕するというキワモノめいた兵器で、3分間しか起動しないという制約も持ち合わせているらしい。
また、夕張の装備する超電磁多薬室砲は、装填した砲弾を各薬室に充填したエネルギーで加速させつつ――現段階では空想の産物でしかない――
「この新兵器があれば、本土侵攻への第一歩を踏み出すことができる。鎮守府を乗っ取って、皇国を我が物とできる」
「ああ、オレ達ショートランドを見下したことを地獄の底で後悔させてやる」
夕張と天龍が鎮守府への復讐を企てる姿を眺めつつ、青葉は横須賀に栄転を果たした岩川時代のかつての友達に思いを馳せる。あの子、元気にしてるかな……私が転属祝いとしてプレゼントしたデジタル一眼レフと共に、満面の笑みを浮かべて横須賀へ転属した彼女。「必ず帰る」と誓い、エリート達のところに飛び込んだ彼女。あの子、うまくやっていけてるかな?勝ち気な性格が災いして煙たがられていないといいが、と昔の同僚の心配をする。大丈夫かな、あの子……
「連装砲くん、どこ行ったのー?」
「連装砲ちゃん、どこ行ったのー?」
天津風と島風が、互いに自身の相棒を探して右往左往していると、このブイン基地の最高責任者である提督が普段通りの思考の読めない表情でこちらに来るのがわかる。実際の階級は知らないが、皆は彼を「少佐」と呼ぶ。その少佐が「連装砲ちゃんと連装砲くんは今工廠ドックにいる」と答えた瞬間、40ノット越えの快速で工廠ドックへ駆けていく島風。「
「少佐、前々から聞きたいことがあったのですが、よろしいでしょうか?」
「何か?」
「激戦区とはいえ、なんでわざわざこのブイン基地を選んだんですか?戦火の激しい前線基地など、掃いて捨てるほどあったでしょうに……」
そう、気になるのはそこだ。いくら戦争好きとはいえ、海軍のスカウトなど蹴ってしまえばよかっただろうに、と天津風は思う。陸と海では勝手が違うだろうに、なぜ畑違いの海の指揮官なんかに?どうも少佐の考えていることはわからない。少佐のことをいったん頭の隅へと追いやり、少佐に別れを告げて天津風は工廠へと向かう。
「島風、ちょっと速すぎない?」
「だって速いもん」
いや、それ答えになってないと突っ込みたい衝動を抑え、天津風は相棒の連装砲くんを探す。どうやら、連装砲ちゃんと戯れていたらしく、なにやら楽しそうにはしゃいでいる。連装砲ちゃんと遊んでいた連装砲くんを連れ戻し、天津風は海上護衛の任につくため、出撃カタパルトへと向かう。ここ最近は海賊連中による襲撃だけではなく、正規軍による銀蝿も横行していると聞く。前者はともかく、後者は本当なら同じ正規軍の手で処罰せねばならない。憲兵隊は何をやっているのだ、この給料泥棒共が。
今回の海上護衛は、名取率いる水雷戦隊によって行われると聞いている。何事もなければいいが……と虫のいいことを考えつつ、出撃カタパルトへと急ぐ。だが、今回の出撃は間違いなく楽には終わりそうになさそうだ。襲撃してくるのは深海棲艦と人間の海賊だけで十分だ。面倒なことは嫌いなのだが……と愚痴りたい自分を叱咤し、天津風は出撃体制に入る。
「第一六駆逐隊、天津風。抜錨よ!!」
「どないなっとん、ここ?空気悪いなぁ……」
本土の呉鎮守府から南洋のタウイタウイ泊地に転属となった黒潮が、口元に手を当てて咳き込みながらボヤく。「空気が悪い」というのは「泊地に所属する艦娘同士の仲が悪い」という意味での比喩表現ではなく、「何年も清掃を怠り、塵や埃にまみれた部屋のような汚い空気」という意味での直情的な表現だった。
早々に司令への挨拶を終え、これからお世話になる艦娘寮を探しに行こうと泊地を歩き回っていたのだが、いかんせん空気が悪い、南洋に位置する外洋泊地だからさぞ空気もきれいでおいしいのだろうと勝手に期待を抱いていた数時間前の自分を殴りにいきたくなるほどの空気の悪さだ。今ならタバコ臭い部屋に行って深呼吸ができるだろう、それくらい空気がよどんでいるのだ。
聞いた話では、数年前に
はじめから恵まれた環境で生まれた黒潮には理解できないことだった、本土から離されるだけでも屈辱だというのに、なぜ自分がこんなに苦しまねばならないのだ?陽炎は横須賀に栄転を果たせたからいいものの、不知火などはあの悪名高い岩川基地に自ら志願、妹の雪風を連れてさっさと移転してしまった。あんな問題児だらけの基地に行く価値などあるのか?
「不知火のやつ、何であないなとこ行きたがるんや?あそこは血に飢えた
もはや艦娘の常識などどこかへ消え去ったかのような錬度の高さ、深海棲艦など一蹴してしまえそうな圧倒的戦力、横須賀の艦娘たちは「使えない艦娘の集まるゴミ溜め基地」だというが、あんなもの絶対に嘘だ。演習で一度戦ったことがあるからわかる、あれは異常だ。
「横須賀のお偉いさんは、戦うたことがないから言えるんや。本気で殴りあいしようもんなら、横須賀生まれ横須賀育ちのお嬢様艦娘は絶対勝てへんで」
自分も、錬度には自信があったほうだが、その自信を完膚なきまでに砕かれた。何なんだ?あいつら。そう考えると、このタウイタウイに飛ばされたのも「エリート生まれの甘ったれた根性叩き直してこい」という意味合いがあるのだろう。それならばそれで、そういってくれればよかったのに……と黒潮は思う。
「待っとりや、
岩川基地との会談から数日後、妙高は『次の作戦』の内容について考えていた。作戦の内容を大まかに分類するとこうだ、パラオ艦隊が遊撃に出た敵艦隊の足止めを担い、岩川艦隊はそれぞれに与えられた特務を遂行する。ただそれだけのことだ。
「あと一ヶ月半、なんとかこちらも装備だけは充実させたいんだけど、間に合うのかしら?」
今回作戦に参加する飛鷹型と千歳型、そして私達妙高型はそれぞれ火力や機動性の向上を狙って砲や艦載機の改修に入っている。あと一週間もすれば、私の主砲にはダズル迷彩が施される手筈になっているはずだ。あとは作戦決行の日まで、地道に錬度を上げていけばいいだけのことだ。
問題といえば、足柄のやる気がないことくらいか。いつからだったかは覚えてないが、あの子はぱったりとやる気をなくしてしまった。どうやったらやる気を取り戻せるのか、さっぱりわからない。そこさえ除けば『次の作戦』の準備は万端だ。
「作戦を成功に導くために必要なことは全部やった、あとは向こうがどう出てくるかね」
そう、やれることは全部やった。あとはこの戦争にどう勝つかだけだ。提督は本作戦への参加を承認しており、そのための艤装の開発、改修、訓練などで消費される資材は必要経費として計上され、通常業務を放棄しても一切の罰則が与えられないなどの便宜を図ってもらっている。
「妙高」
「榛名秘書艦、何か?」
「提督がお呼びよ」
「了解」
榛名に促され、妙高は提督のいるであろう執務室へと向かう。呼びに来た榛名は「話したいことがあるから呼んだ」とは言っていたが、何の要件で呼ばれたのかはよくわからないとのことだ。ファウスト提督のことだ、大方『次の作戦』についてだろう。そう思い、妙高は執務室のドアをノックする。
「妙高型一番艦、妙高、入ります」
「満潮、返しなさいよ!!」
「ぼさっとしてる曙が悪いんでしょ!?」
ここは北方海域に位置する最前線泊地、単冠湾。普段と違って静かで平穏な北の大地が、今日は別の意味で争いに巻き込まれていた。どうやら、朝潮型三番艦満潮と、吹雪型一八番艦曙が、何やら言い争いをしているらしい。しかたない、止めに行きますか。
「コラぁ、やめなさい。暴力を友達に振るうなんていけません。そんなことでは天国へ行けませんよ?」
「すみません、神父様」と素直に頭を下げる満潮に「け、けど、満潮が……」と弱弱しくも反論してくる曙。確かに、言いたいことはわかる。だが、これはみんなで取り決めたルールでもある。そこは守ってもらわないといけない。
「いいですかぁ?暴力を振るってよい相手は
「はーい、神父様」と明るく答え、神父様から離れる二隻。どうやら、あの二隻の言い争いはなんとか収まったらしい。ソ連や幌筵泊地の動静もやや気になるところではあるが、今のところは無視していいだろう。
ちなみに、件の神父様が気にしていた幌筵泊地であるが、寒い雰囲気を吹き飛ばすためか、どういうわけか雪合戦大会なんぞを始めていた。水雷戦隊の面々が雪玉を作り、それを空母や戦艦が相手チームの陣地へと投げつける。ここの秘書艦である陸奥もまた、雪合戦に参加している艦娘の一隻であり、この大会の発案者でもあった。
「雪丸めて投げつけるだけだと思ってたけど、なかなか奥が深いモノね……って、氷入れるのは反則でしょ!?」
「氷入れちゃダメなんてルール、ありましたっけ?ないんですから、入れてもいいじゃないですか」
いや、確かに入れちゃダメと入ってないが、入れていいとも言ってないはずだ。ぶっちゃけて言うと、アレって当たると地味に痛いのよ?とりあえず、次の雪合戦大会からは氷を入れるのを禁止してやろう。そんなことを考えつつ、陸奥は直径一メートルにもなる巨大な雪玉を両手で抱え、相手チームの陣地へと投げ込む。やはり、見た目のデカさもあってか、誓圧力も素晴らしい。この一撃で、攻撃側の過半数がダウンした。
「そんな巨大な雪玉、反則じゃないですか!!」
「氷入りが良くて、なんで巨大雪玉はダメなの?」
このツッコミにはさすがに反論できなかったのか、今まで氷入りの雪玉を作っていた阿武隈が押し黙り、なぜか氷入りの雪玉を作るのをやめだした。おそらくは、「こっちも作るのやめるから、そっちもやめてくれ」という、一種のパフォーマンスだろう。それなら、こちらも巨大雪玉を作るのをやめないと不公平というものだろう。
「それじゃ、ここからは真剣勝負、ってことで」
「望むところよ!!」
なお、雪合戦大会の結果であるが、阿武隈が意地と根性で勝ちをもぎ取ったとのこと。
幌筵泊地が雪合戦大会に興じているころ、宿毛湾泊地では新しい秘書艦をめぐってトラブルが起きていた。どうやら、新秘書艦の伊勢の就任に不満を感じる者もいるらしく、賛成派と反対派の二つに分かれて論争が繰り広げられていた。賛成派は「前の秘書艦と比べて親しみやすい、より相談しやすくなった」と好評価を下しているが、反対派は「思想が甘い、このままで足を掬われる」と辛辣に切り捨てている。
もっとも、その騒動の中心に立たされている伊勢にとっては面倒な話でしかないらしく、とっとと事態が収束してくれないかと願っている。そもそも、私が秘書艦に選ばれたのは、提督のご使命があったからだ。提督のご使命があったということは、私に秘書艦としての素養があったということだ。大本営にコネはないし、第一秘書艦ごときの地位のために体を開いてやる気なんて毛頭ない。どうせ体を開くなら、素敵な
「せっかく秘書艦になったっていうのに、書類整理以上に面倒なことばっかし。助けて、日向ぁ……」
ようやく秘書艦になれたというのに、やっていることといえば艦娘同士のケンカの仲裁ばかりだ。これなら、書類と睨めっこしていたほうがよっぽど楽しいに違いない。そんなことを考えつつ、机に突っ伏して今どこにいるともしれない妹に泣きつく。ほんと、マジで助けてぇ……
伊勢が慣れない秘書艦に四苦八苦しているころ、鹿屋基地では陸戦航空隊の訓練が行われていた。この鹿屋基地は、現存する全基地の中で唯一陸戦航空隊を有する基地であり、その基地所属の第六〇一航空隊の指揮を執る瑞鶴もまた、かつては戦闘機乗りであった。音速をやすやすと超えるジェット戦闘機を駆って大空を駆け巡ったあの頃が懐かしい、また空を飛びたいものだ。自前のF-16はあるので、いつでも飛ぼうと思えば飛べるのだが、今は後進の育成のほうが大事だ。
「はーい、今日の訓練はここまで。みんな、お疲れー」
「お疲れでーす、瑞鶴姐さん」
今日の訓練を終えた航空隊の妖精さんが機体を降り、愛機の整備を整備班に引き継ぎつつそれぞれにこの後の予定を話し合っている。何かやることはないかと考えたが、哨戒任務は水雷戦隊が担当しているため、航空隊の訓練を終えてしまうと本当に何もやることがなくなる。仕方ない、カンが鈍らないようにするのも兼ねて、F-16の面倒でも見てやるとしますか。
「みんな、悪いけど今すぐ滑走路空けてくれる?ちょっと
「瑞鶴姐さん、散歩ですか?」
「たまにはいいでしょ?あの子もすねてるみたいだし」
そう言い残して、瑞鶴は愛機に乗り込むため、パイロットスーツに着替えにロッカーへと向かう。愛用しているパイロットスーツの胸元に刻まれた「U.S.AIRFORCE」にどこか奇妙な懐かしさを覚え、袖を通す。これを着るのも久方ぶりだな、払い下げとはいえ、米軍の装備と戦闘機を手に入れられたときはあまりの嬉しさについ舞い上がったものだ。
「滑走路は空いてますし、機体の整備も万全です。瑞鶴姐さん、いつでも行けます」
「わかったわ、みんな、鹿屋の留守番よろしくね」
瑞鶴はそう言い残して鹿屋の精鋭たちに基地を託し、愛機を駆って大空へと飛び立つ。ああ、やはりここにいたほうが落ち着く。これも、飛行機乗りの性か。深海棲艦が侵攻してきた初期のころは、小隊のみんなとともに敵の艦載機とドッグファイトを繰り広げて撃墜スコアを競い合ったものだ。今、その仲間たちは元気にしてるのかな……
鹿屋基地から飛び立ったF-16を駆る瑞鶴が、かつての仲間に思いを馳せているころ、岩川基地では『次の作戦』の準備が着々と進められていた。主砲よし、副砲よし、艦載機よし、特殊兵装よし、あとはこれの換装をいつ行うかだ。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ。ちょうどいいタイミングというものがいまいちつかめない。
「もっとも、換装の日程が決まったところで、当人たちがどう思うかを思うと、なんか憂鬱だなぁ……」
そう、最大の懸念材料はそこだ。いくら特殊兵装が優秀だとしても、それを搭載する艦娘のコンディションが最悪では話にならない。暴動にならなければいいが、と三石は頭を抱えて悩む。今回の特殊兵装、南雲機動部隊はもとより、特に伊58と北上からは強い反発が来ることは容易に想像がつく。何とかなだめすかす方法を今から考えねば……
おまけに、この特殊兵装のせいで工廠の士気はガタ落ち、作業の効率が格段に落ち込んでいる。これさえなくなってしまえば、また活気あふれる工廠に戻るのだろうが、それが叶うのは少なくともあと一ヶ月ほど先になるだろう。作戦が成功するのが先か、工廠が寂れるのが先か、とんだチキンレースの開幕だ。
「何としても、この『作戦』成功させてくれよ。頼むぜ……対潜女王さんよぉ」
――次回予告――
深海棲艦の侵攻により、壊滅した泊地
そこへ現れた、ひとりの戦艦
次回、『警備泊地トラック』
少し、昔話をしよう
響「次回からちょっと書き方を変えてはみるが、あまり期待はしないでくれ」