あの子が何かになるまでの ~曲北中学吹奏楽部のインテルメッツォ~   作:ろっくLWK

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おもな登場人物


【低音パート】
 黒江真由
  二年生。ユーフォニアム。この春、他県から曲北中学校に転校してきた。
 長澤水月
  二年生。ユーフォニアム。吹部にとって何かと複雑な存在の女子部員。
 荒川ちなつ
  三年生。ユーフォニアム。吹部部長で、達人級のユーフォの腕前を持つ。
 中島日向
  三年生。チューバ。朗らかな性格でちなつとは幼い頃からの親友同士。
 伊藤雄悦
  三年生。ユーフォニアム。ガリガリに痩せた高身長だが顔は悪くない。
 石川泰司
  一年生。チューバ。音楽一年目の初心者で、上手くなるため猛練習中。
 三島玲亜
  一年生。ユーフォニアム。春以降、水月に良く懐いている。


【吹奏楽部部員】
 秋山ゆり
  三年生。アルトサックス。少々内気でとても繊細な心を持っている。
 秋山楓
  二年生。クラリネット。基本おっとりしているがそそっかしさの目立つ子。
 佐藤和香
  三年生。オーボエ。メガネが個性的で、マーチングの指導力がとても高い。
 草彅雅人
  二年生。トロンボーン。部内でもクラスでも少々浮いた存在。
 小山杏
  三年生。トランペット。小動物のような可愛い振る舞いが目立つ人。
 松田奈央
  二年生。トランペット。杏やちなつ達とは小学校時代からの付き合い。
 柳川満流
  二年生。トロンボーン。容姿端麗だがどこか影のある子。


【その他】
 永田栄信
  曲北吹奏楽部顧問。曲北を連続で全国の舞台へと導いた指導者。
 進藤早苗
  二年生。陽気で爽やかな性格だが、所属する卓球部の顧問とやや折り合いが悪い。









あの子が何かになるまでの
~曲北中学吹奏楽部のインテルメッツォ~
















プロローグ

「――泣いても笑っても明日が最後。みんなで全力出し切って、最後まで笑顔でいられるように、がんばろう」

「うん」

「私も、目いっぱいがんばる」

「やり切ろうな、最後まで」

 全国大会前夜。何となしにそこへ集まった四人の女子たちはそんなふうに、自分たちへの誓いの言葉を口にした。各々が向ける思いの先は、人によって違っているかも知れない。思いの尺度もきっとそれぞれ異なるのだろう。だがそれでも、がんばりたいと思うその気持ちが皆を一つの行動へと結びつけている。他なる目標に向かうことこそが、自分たちがここに居て、明日成すべきことの動機と直結している。そうであることの素晴らしさをちなつは今、強く実感せずにはおれなかった。

「いやあ、でも何だな。こういう顔ぶれが最終日の前夜に揃うのも運命的っつうか、何つうか」

 そう独り言ちるようにこぼし始めたのは日向(ひなた)だ。言えてる、と合いの手を入れたゆりもまた、何かを噛み締めるようにうっそりと笑みを浮かべる。

「なんか夢見てる気分。私らって、ついこないだまではバラバラだったんだよね。何の関係も無え、って意味ではねえけど、お互いそこまで深くは立ち入ってねがったっつうか」

「私とヒナは元よりズブズブだったけどね」

「おいちなつ、何だでソレー。ゆりの言ってんのはそういうハナシでねえべったよ」

「でもゆりの言う通り、私とちなつだって部長とドラムメジャーってだけの事務的なやり取りだけだったしな。まして日向となんて、もう関わる要素がコンマいくらってレベルで殆ど()がったワケだし」

 和香(のどか)もこの流れに加わってきた。まあ確かにそうだ、とちなつもコクコク首肯する。

「みんなどっかでちょっとずつ、お互いに距離置いてるトコあったんだよね。それがこうやって一致団結してまとまることになったのも、秋から色々バタついたせいでもあるし、そのおかげだったっても言えんのかな」

ンだがも(そうかも)ね。おかげで日向とは交渉の件以上に色ンた話できて、私は面白がったよ。リーダーってこういうことまで考えて動かねえばダメなんだなー、とか」

「おおっと和香クン、私はリーダーでねくて『元』リーダーだよ? 買いかぶりはやめておくんなまし」

「でも実際すごいよね日向って。何か問題起こった時の、あのズバーっていう解決力。私に無い部分だから、そういうのちょっと憧れちゃう」

「やめた方がいいどーゆり。ヒナさ憧れたら憧れた分だけ、ダメなとこ見て株下げてく一方だがら」

「だがらちなつよぉー。こういう機会な滅多に無えんだから、誰かが褒めてる時は少しぐれえは私のこと持ち上げてけれって」

 あははは、とホテルのロビーに小さく笑いの花が咲く。時刻はもう深夜と言って良い。周囲に他の宿泊客の姿などは見当たらないが、あまりうるさくすると迷惑になる。そういう配慮は誰かが口にするまでもなく、誰もが自然に行える。これもまた曲北の、いや、私の仲間たちの素晴らしい点だ。ちなつはつくづくそう思う。

「だけどさ、一年どころかほんの半年足らずで私らがこんなふうになれたのって、今考えてみるとホントすげえことだよな。パッと見そんな変化してるようでも無えかもだけど、本人的には激変っつうか」

 ふとそう思って率直に告げたちなつに、だよねえ、とゆりも同意を示す。

「私の場合は変わるキッカケになったのはハッキリしてるんだけどね。みんなの場合はどうなの?」

「私は、んー、そうだなー」

 日向が少し大仰に唸りを上げ、それからしばらく押し黙る。

「いや、早く言わんかい」

「ステイステイ、ちなつ。こういうのはなあ、軽々しく口にしたら味気がねぐなるモンなんだよ。もっとこうじっくり溜めてさあ、詰めに詰めた煮付け汁にしてからドバーっ、と掛けるから旨味が出るんであって、」

「そりゃオメエの大好きなブリ大根(でえこん)の話だべっての」

 ポン、とちなつが柔めのゲンコツを額に当ててやると、あ痛ったぁー、と日向はおどけたように仰け反った。

「でも独立組の件も何とか一件落着して、そっからはマーチングの練習もぐんぐん能率上がってったでな。東北大会ん時と今とでも全然違うし。ドラムメジャーの仕事以外で私が関われた部分なんて本当にさっとが(ちょっぴり)だったけど、あの辺は本当に部の空気が一気に変わってったと思う」

「それに一人ひとりの意識もな。あれはさすがに私やちなつが手柄顔できるトコじゃねえなあ」

「へば誰だったの? 吹部や私たちを変えてくれた、一番の功労者って」

「それはねー、うーん。アタシが思うにはだねー」

 ん? とその場の全員が、今までに無かったその声色に顔を向ける。

「おわっ! (あんず)()してこンたドコさ、」

「しーっヒナちん、大っきい声出して(さか)べば迷惑んなっちゃうよ」

 あどけない唇に人差し指を当て、杏が何食わぬ顔で日向を嗜める。彼女が立っているのは壁際だ。一体全体どこから湧いて出たのか、ちなつも理解が追いつかずしばし硬直する。

「それよりこんなトコでみんなしてコッソリ決起集会だなんて、つれませんなぁ。こういうのはアタシも混ぜてくんないと」

「いや、私らみんな寝つけねして(なくて)、それでウロウロってたらたまたまここでバッタリ会って、って流れで自然とさ。なあ和香?」

 ちなつが話を振ると、和香とゆりが揃ってコクコクと頷く。そう言えばこの二人は同部屋だった。恐らく部屋を出たタイミングも、その後の移動も二人一緒であったに違いない。

「ンなのはともかく、杏は何してらったの」

「アタシもみんなと似たようなモン。まあ最後の大会だしねー、この杏サマだってナンボかは感傷的になってるってことだよ」

「ホントかよ。どうせまた後輩巻き込んで、決戦前夜のお菓子パーティーだぁーとかやってらったんでねえべな」

「ぎくうー」

 わざとらしい擬音を声に出して、杏が日向から上体を逸らす。

「ま、まあまあ話を戻してさ。みんなだってホントは分がってんでねえの? 自分やこの吹部が変わった原因。ね、ちーちん?」

 杏に目配せ付きでそう問われ、ちなつはやや間を置いてから「……まあね」とおもむろに首肯する。こちらの内情を色々と知っている杏に、ここでウソでも否定の態度を取ることは出来なかった。

「ヒナちんは?」

「そりゃ勿論」

「ゆりちんも(のど)ちんもだべ?」

「ごめん小山さん、『のどちん』はやめて。別のもの連想する」

「あちゃー。ワカちんに叱られちったー」

 今度は和香から上体を逸らし、杏はあざとく体を揺すってみせた。その悩みなさげな振る舞いを見て、コイツも相変わらずだな、とちなつは思う。……それにしても、()()だから『ワカちん』とは中々機転を利かせたネーミングだ。杏の頭の回転の速さは、自分はおろか日向ですらもちょっと追いつけないことがしばしばある。これを人は「地頭」と呼ぶのだろうか。かと言って杏のことを別段羨ましくは思わないが、己に足りないものを持つ人物を前にすると素直に「すごいな」と、近頃のちなつは打算や追従(ついしょう)抜きの敬意を覚えてしまうのだった。

「じゃあさ、みんなが思う今年の吹部のキーマンの名前、いっせのせ、で言いっこするってのはどうどう? 見事一致したら大会後に打ち上げパフェ、ハズレだった人は罰ゲームで引退式のど自慢」

「やらねえから、のど自慢は」

「ってか小山さん、ハズレってどうやって決まんの?」

「それはもちろんアタシ裁定ー」

「却下」

「ふえーん、ちーちんのイジワルー」

「バカ言ってねえで、やるならさっさとやろうで。グダグダやってれば今度は寝る時間()ぐなって、明日フラフラんなりながら本番吹かねねぐなるど」

「んだな。もう夜も大分遅えし、ちなつの言うようにお遊びはさっさと済ませるに限るって」

 かくして半ば強引に――と言うか、やらなければ場の空気が収まりつかないといった状況の中で――杏提案の名前一致ゲームは挙行された。いっせのせ、と杏が掛け声を上げ、直後に全員が思い描いた人物の名を口にする。

「……ハイ、というわけで杏、ここさいる全員分のパフェ、よろしくぅ」

「えー?! 奢るとは言ってねえべった。アタシはただみんなして食べに行こうよっていう意味でぇー」

「分がった分がった。でもま、和香もゆりもだったかぁ。それならそれで、さっき話した時に名前出してければ良がったのによ」

「だって、関係ないとこで名前出してもあの子さ迷惑掛けちゃいそうだったんだもん」

「ここにいない子の名前だしね。私はちなつ達と違って接点あんま無がったけど、まあゆりの件にちょっと絡んではいそうだったし、それに独立組の子らが全員戻ってきたのだってきっと、あの子が何か関わってんだろうなって気がしてたしさ」

 ゆりと和香が続けざまにそう述べたのを聞いて、へえ、とちなつは瞠目した。あの和香ですらも密かに一目置いていただなんて、さすがはあの子だ。自分には無いそういうところを持っている例の後輩のことが誇らしくもあり、けれどちょっぴり羨ましい。……などと一人感慨に耽る我らが部長、ちなつさんなのであった。

「だーから、勝手にそれっぽいナレーション付けんなっ」

「あぎゃっ」

 今度は日向のこめかみを狙って鋭いチョップを叩き込み、やれやれ、とちなつは手をはたく。

「まあヒナの言ってることはともかく、私らみんなあの子さ感謝してる、ってことだよね。私らのやりてかったこと、自分だけじゃどうにも解決できねがったこと、そういうの全部、あの子が支点になって変えさせてくれたってことだろうし」

「ふーん? 変えられた、でねくて?」

 うん、とちなつは杏に頷きを返す。

「結局さ、変わったのは私ら自身の気持ちでそうしたんだよ。や、元々あったって言うべきかな、そういう気持ちが。ンだけどキッカケとか繋がりとか、そういう部品か何かみでンたもんがあと一つ足りねくて、一歩先さは行けねえでらった。そこにあの子が来て、何したわけでねえっても足りねがったものをポンって寄越してくれて、それでみんなその一歩を越えて進んで行けたってことなんでねえかな。まああくまで私の場合はそうだった、って話だけど」

「賛成。私も楓も、まさにそんな感じ」

「だべ? コンクールの日の朝も、私に出来たのはただ一晩ゆりと話し込むだけだったもんな。あれで一気に何とかなるのは難しいべなって思ってたけど、朝んなってゆりと楓がコロっと元気ンなってんの見てさ、これは何かあったんだなーって思ったもん」

 ちなつがニカリと笑うと、ゆりも呼応したようにクスリと吐息をこぼす。そう言えばあの後、ゆりと楓にはみっちり説教、と言っておきながら結局やらず終いだった。今からでもやってやろうか、と一瞬考え、しかし今更それも無粋だな、とちなつは首を振る。

「それで言えばまあ私だって、直接でねえけどやられたクチだなー。ある人があの子に変えられていくのを遠巻きに見てるうちに、自分まで流れ弾食らっちまったっていうか」

「ヒナの言うことは相変わらずボンヤリしてんなあ。ていうか『変えられていく』って、改造人間かよ。誰だか知らねえけどその人が気の毒だべ」

「全くその通りですなあ。ええ、気の毒ですともちなつサン」

「え? 私が何だってのよ」

「まあ稀代の鈍感少女は置いといて、でも何となく、この気持ちは和香なら分がってけると思う。んでねえが?」

「まあ、そこはかとなく。多分立場的に、私と日向とは似たようなもんだったんだろうし。見守る立場ってのは辛えよな」

「何のハナシしてんの、さっきから二人して」

 うんうん、と頷き合う日向と和香の会話がサッパリ理解出来ず、ちなつは小首を傾げる。

「まーまー、結局のトコはみんな大なり小なり影響されたってコトでしょ。アタシだって無かったとは言えないぐらいのことはあったしねぇ。皆まで言わずとも、やっぱあの子はあの子だよ」

「杏は最初っからそう言ってらったもんな」

「えー、なになに? ちなつも日向も、あの子のこと何か知ってることあったの?」

「知ってるとかでねえけど、杏が色々言ってらったんだよ。良がったら帰りの電車の時にでも話すけど、ゆり、聞きたい?」

「聞くー」

「私も。ゆりが聞くなら」

 こういうことに和香が手を挙げてくるのも珍しい。いや、今の和香ならあり得るか。それも影響の一端なのかも知れない、とちなつはこっそりほくそ笑む。

「したら帰りはこの四人でボックス席だな、前の席ぐるーんってやって。って、今の新幹線でソレ出来んだっけ?」

「出来ねえば出来ねえでいいべ。横二列で並んだって話は出来んだし」

「あぁん、それだばアタシだけのけ者じゃん。混ぜて混ぜてー」

惰弱(だじゃぐ)こぐなって」

「でも楽しみー。みんなの時はあの子がどんなだったか、明日は本番以外にも楽しみだらけだね」

「おうよ、楽しみにしとけやー。この日向様も含め、ちなつがあの子の手でどう変えられていったかって話をねえ、じっくりねっとりまったりとねえ」

「ヒナのその言い方は響きがやらしいってのっ」

「ふんぎゃっ」

「まあとにかく、帰りはみんなで話しながら行こうで」

 手をはたきながらちなつは締めの言葉を放つ。今のこの場に最も相応しいであろう一言を。

「私らが何かになるまでの、その話をさ」

 

 

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