初めましての方は初めまして、トラウトサーモンと申します。
よろしくお願いします。
海鳴市。
関東地方にある閑静な住宅街から、俺の物語は始まる。
「じゃあ、行ってくるよ」
俺は学校へ行く準備を終え、母に向かってそう言った。
……まあ、決して行きたくはないのだが。
「いってらっしゃい」
俺の胸中をよく理解している母は、何とも複雑そうな顔で俺を送り出す。
毎朝嫌な気持ちにさせてしまい、申し訳ないと思う。しかし、思っていることを顔に出さずにいられるほど俺は大人ではない。
スクールバスが家の前に到着したのを確認し、バッグを持って家を出た。
「はぁ」
今日もつまらない一日が始まると思うと、ため息が出てしまう。
バスに揺られながら、俺は外の風景を眺める。
海鳴市は東京からほど近いベッドタウンでありながら、海と山に面した風光明媚な土地柄から観光地としての一面もある。地元自慢というわけではないが、良いところだと思う。
キャアキャアと車内で喚く子供たちの声に顔を顰めつつ、俺は考えを巡らせた。
突然だが、俺の家系は代々「超能力」というものを扱うことができるらしい。
いきなり何を言っているんだと思うかもしれないが、事実であるのだから仕方がない。
また、驚くべきことに超能力の存在は日本政府から認められている。生前の父はその力を生かした「特殊国家公務員」として、公にはできないような仕事を任されていたようだ。
……そう。
俺の父親は、すでにこの世にはいない。
治療法の確立されていない難病に罹患し、35歳の若さでこの世を去ったのだ。それは俺にとっても母にとっても本当に悲しい出来事で、母に至っては未だ完全には立ち直れていないというのが現状である。だからこそ、俺が気遣ってやらないといけないとわかっているのだが……要らぬ心配ばかりかけて、今のところそれが達成できているとは言い難い。
よく分からないが、俺も超能力を持っているようだ。なぜこんなに他人事なのかと言うと、どんな能力があるのか自分でも知らないからだ。かつて父がそうであると言っていたから、きっとそうなんだろうと思っているだけ。証拠も何も無いので、自分が超能力者などと吹聴すれば虚言を疑われるか病院を紹介されること間違いなしだ。
そもそも、俺は父の超能力を実際に見たことがない。異能の力を持つ者は、安易にその力を見せびらかしてはならない……そういう暗黙のルールが存在するからだという。
とはいえ、今の俺が異常な存在であることもまた事実。
だって俺は……
(まだ9歳、なんだよな)
こんな達観した小学生、普通なわけがないだろう?
俺が「こうなった」のは、父が亡くなった時のこと。もっと具体的にいうと、父が死の間際に放った白い光……俺を包み込むような光を見てから、父の記憶と知識の一部が流れ込み、大人びた精神性と子供離れした知能を獲得してしまったのだ。
そのため、俺は超能力の存在自体を疑ったことはない。自分の力を子供に引き継ぐなんて、科学的に説明できる事象であるはずがないからだ。
生前の父と仲が良かった親戚は、彼の強い気持ちがそうさせたと言っていた。母を守って欲しいという思い、それが起こした奇跡なのだと。その温かい気持ちを否定するつもりはないし、自らが死に直面しても妻を想い続けた父のことは尊敬しているが、こうやって獲得してしまった「能力」によって、俺は人とは違う子供になってしまった。
具体的に言うと、周囲に溶け込むことができない。
これは当たり前のことだ。ごく普通の小学生からすれば、同じくらいの歳なのに大人と同じような口調で話す俺は気持ち悪くて仕方ないだろう。ここまでいじめに遭っていないのが奇跡といっていい。教師たちからしても、俺は優秀な生徒ではあるものの子供特有の可愛さを一切持ち合わせていないからか、積極的には絡みたくなさそうにしている。
そうやって、俺は学校で孤立した。父から受け継がれたものを迷惑と言いたくはないが、これがなければ楽しい小学生ライフを送れていたのだろうかと思うと複雑である。
バスが学校へと到着し、生徒たちが次々と降車していく。
俺が通っているのは「聖祥大附属小」という学校だ。名門かどうかは知らないが学力は高いらしい。いわゆるお嬢様も多く、わざわざ市外から毎朝車でお付きの人に送迎されている者もいる。
そして、子供というのは得てして排他的なものだ。
「……いたい」
俺が教室に入ろうとすると同時に、一人の女子が転んだ。
彼女の名は「高町なのは」……現在このクラスでいじめられている生徒である。
状況的に、どうやら足を引っかけられたらしい。加害者と思われる生徒は悪びれることもなく、高町を一瞥した後に雑談へと戻った。
ああ、極めて不快だ。それを受け入れている周囲も含めて、気持ちが悪い。
「……」
そんな俺の雰囲気が伝わったのか、高町は一瞬こちらに目を向ける。
少し気まずさを感じながら席に着くと、始業時間となった。
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受ける価値のない授業を受けながら、考えごとをしていた。
俺は基本的に日和見主義であり、面倒ごとは大嫌いだ。だから高町の問題を積極的に解決してやりたいとは思えないが、このモヤモヤをどうにかしたい気持ちは強い。目の前で幼稚かつ陰湿な嫌がらせが行われることによるストレスは、日に日に高まっている。
高町は、先ほど足を引っ掛けてきた生徒や同調している他の生徒に対して、何か害を与えたことはない。だとすれば、普段の態度……最近はあまり見られなくなったが、かつての高町は大人に少し媚びるというか、意識してはいないだろうが天然のぶりっ子のようなところがあった。それが気に食わない、という一点で共鳴してしまったのかもしれない。
そのような態度は教師を含む大人たちからすれば「いい子」であるわけだから、それだけで集団から疎外される対象になり得るというのは残酷で理不尽な話だ。
なお、あのような嫌がらせを直接行っているのは女子のみで、男子連中は良くも悪くも無視。彼らは見て見ぬふりを続けている。下手に止めたりして、ターゲットが自分になるのが怖いといったところだろう。
当然ながら、俺にクラスメイト達を非難する権利はないことも理解している。何も行動を起こしていない時点で同罪である。無論加担したことはないが、庇ったこともない以上高町から見ればあの連中と大差ないだろう。
……高町本人に助けを求められるようなことがあれば、行動を起こす可能性はある。俺は自分からクラス全員にハブられてるような状況だし、今さら女子に何かされる事も怖くない。最悪警察などに訴えて大ごとにしてやれば、落ち着く可能性は高い。
しかしながら、俺と高町は決して仲が良いわけではない。学校外では話したことすらない以上友達とはいえないだろうし、あちらもそう思っているはずだ。
他人以上友達未満の相手に対して、求められてもいない助けをするほど俺はお節介じゃないが、何の縁か彼女とは一年生から今までずっと同じクラスである。授業でグループを組む機会は多く、その度に俺たちは確実に余りの二人となる。必然的にいつも一緒に取り組むことになるため、ある程度のコミュニケーションは取っている。
ほとんど口を開かずに帰宅することが多い俺にとって、高町なのはは校内で最も会話の回数が多い人間である。そのため全く情が湧かないわけではない、のだが……
(肝心の高町が何を考えてるのか、さっぱりわからないんだよなあ)
高町は「いい子」であろうと振る舞うところも含めて、かなり不思議な性格をしている。その大人びた性格があまりにも周りと違うので、俺と同じような境遇……何か異能の力でも持ってるのではないかと疑った事もある。
頭の中が大人ということはないと思う。その理由は、テストで成績の悪い教科があるから。
俺みたいな性格ならともかく、高町がわざと間違えることは考えづらい。
「あっ……」
教科書を誰かに隠されたのか、高町は困ったような顔をした。
その後教師に忘れたと嘘をついて、怒られる。
……ここまでやられてるなら、何か抵抗すればいいのに。
やはり高町は普通の小学生とは違う。あまりにも我慢強すぎるのだ。
普通の小学生の考え方を知らないから推定に過ぎないが、嫌がらせを受けて初めから抵抗しないという結論になる小学生は、そうそういないと思う。しかし高町は、最初の頃の小さな嫌がらせから今に至るまで、被害を受けてもわかりやすい反応を返さない。泣きわめいたり、言葉や暴力を返すなどといった様子は全く見られない。ただ悲しそうな顔をして、相手を見つめるだけだ。
その無抵抗主義には、ある種の怖さがある。だが単純で幼稚な小学生にそんなことを読み取れるわけもなく、嫌がらせがどんどんエスカレートして今に至るというわけだ。
あいつらの嫌がらせは、教師や親たちの目にはなかなか止まりづらい。
机に落書きをしたり、階段から落とすような「わかりやすい」ことはせず、もしバレても言い逃れができそうなことばかり選んでやっている。例えば誰かが椅子に画鋲を置いておいたり、トイレ掃除中に足が滑ったふりをしてバケツの水をかけたり、とにかくやることの意地が悪い。
それでも教師に被害を訴えれば、何かしらの対応をしてもらえる可能性はある。しかし、高町は誰にも話すことなくそれらの行為を耐えている。耐えてしまっている。
あの様子では、親にも打ち明けていないことは間違いないだろう。
そんなことを考えているうちに、昼休みのチャイムが鳴った。
全く授業を聞いてなかった。考え込むと大量に時間を使ってしまうのは、俺の悪い癖だ。
(以下チラ裏)
最初の語りに見覚えのある方が、わずかにいらっしゃるかもしれません。
それもそのはずで、これは六年前に未完のまま消してしまった作品がベースになっています。ベースといっても似たようなものを書いてはつまらないのでほぼ別物になりますが、あの作品と同一作者ということを念のためここに記しておきます。