幼なじみは魔法使い   作:トラウトサーモン

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第十一話

「ねえねえみーくん! あのね……」

 

 校庭のベンチで、なのはが俺に寄りかかりながら話している。

 近い、あまりにも近すぎる。優しいシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。

 だが俺の右腕はがっちりとなのはの左腕に絡まれており、距離を取るのは不可能。

 次々と出てくる色んな話題に相槌を打ちながら、この小動物をどうすればいいか考えていた。

 

「なのは、おいで」

「うん!」

 

 空いている方の腕を背中に回して、ぎゅっと抱きしめてみる。

 満面の笑みで、それを喜んで受け入れてくれる。

 ……かわいい。

 

 今日は朝からずっとこんな感じだ。

 楽しかった休日が終わり、学校生活が戻ってきた月曜日。

 いつものようにスクールバスを降りて、玄関でなのはに挨拶をしてから……こうなった。

 もちろん授業中は席から離れずにいるものの、それ以外の時間はずっと隣にいる。

 

 俺からすれば嬉しい変化でもあるが、周りから見れば気味が悪いのだろう。

 実際、誰一人として嫌がらせをしてこない。みんな、なのはの変わりように戸惑っているのか?

 だとすれば、こうやって俺と二人一組で行動するのを続けることで、いじめ問題が改善する可能性がある。それほど簡単な話ではないかもしれないが、複数名で動くと手を出しづらいのは間違いないだろう。

 しかし、俺は男子でなのはは女子だから、どうしても手の届かない部分はある。積極的に女子同士の問題に介入していくのはなかなか考えづらいし、別の問題が発生することも考えられる。

 表立ったことができなくなった分、見えないところで陰湿なことをされないか心配である。

 次のミッションは、なのはに同性の友達を作ること。それで行こうと思った。

 

 ……が、なかなかハードルは高そうだ。

 金髪のお嬢様、アリサ・バニングスが俺たちの近くに寄ってきた。そして俺に何か話しかけようとしたが、警戒心を隠さないなのはを見て立ち去ってしまった。

 

「あいつ、そんなに悪いやつじゃないと思うぞ」

 

 たった一度しか会話したことはないが、俺は彼女に対し比較的良い印象を持っていた。少なくとも、なのはを疎外する集団と一線を画す存在であることは確かである。

 どうにか仲良くさせられないものか、うーん……

 

「……みーくんは、あの子が友達を作らなくなった理由を知ってる?」

 

 考え込んでいる俺を見て、いきなりなのはがそう問いかけてきた。

 虚を突かれてしまい、何も答えることができない。

 

「ごめん、全然わからない」

「そうだよね。うん、それでいいの」

 

 何かに納得したように頷いて、なのはに笑顔が戻った。

 友達を作らなくなった理由。俺は、彼女がこのクラスの生徒に見切りをつけていたからだと考えていた。レベルの低すぎる集団に溶け込む気がない、そういう一匹狼な性質なのだと。

 しかし、なのはの口ぶりからすると違うのだろう。この子は何を知っている?

 

 そんな俺たちを、もう一人見つめている者がいた。

 可愛らしいカチューシャが特徴的な彼女の名は、月村すずか。

 一体どうしたのだろうか? 俺とは、今まで話したこともないはずだ。

 ただ、俺は彼女をどこか違う場所で見たことがあるような気がした。

 

 

 

 放課後になっても、なのはは俺にくっついていた。

 

「もうすぐバスが来ちゃうから、一旦離れよう」

「いやなの」

 

 背中側から手を回してきて、離そうとしない。

 俺たちは乗るバスが違う。このままではバスが俺を置いて発車し、帰れなくなってしまう。

 逆に言うと、こんなワガママを言うほど俺を気に入ってくれた。そのこと自体は本当に嬉しく思うし、別れるのが寂しい気持ちもよくわかるが……

 

「また、今日の夜にでも電話しよう。それじゃダメか?」

 

 今日はちょっとした用事がある。

 図書館で借りていた本の返却期限が迫っているのだ。平日休日問わずよく利用させてもらっている以上、守るべきものを破って督促されるような事態は避けたい。

 

「……わかった。約束だよ?」

「おう」

 

 どうにか納得してもらい、俺はバスに乗り込んだ。去り際の悲しそうな顔を見ると心が痛むが、この問題はなかなか解決が難しそうだ。なんたって、どちらかが引っ越すしかないのだから……

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 家に帰った。

 水分補給をしてから、借りていた本をリュックに詰め込む。

 家から図書館まではある程度の距離がある。そのため荷物を背負って行くのはなかなか大変なのだが、本を無料で読むことができるメリットが上回る。

 それに、俺は全くスポーツというものをしていないので常に運動不足気味だ。特に健康で長生きしたいとは思わないが、体を動かせる機会とプラスに捉えておこう。

 

 歩くこと二十分。風芽丘図書館に到着した。

 良好な環境でゆっくり本を読める、心のオアシスである。

 持っているゲームに飽きた時などは、ここに入り浸り本の世界へ没頭することが多い。

 俺は返却カウンターに真っ直ぐ向かい、持ってきた本を並べる。頻繁に来るからか、受け付けの人とも顔見知りのようになっている。軽く会釈をしてから貸出カードを渡した。

 

 相変わらず、静かで落ち着く場所だ。

 近くに風芽丘学園という大きな高校があるので、そこの学生で混んでもおかしくないような気がするけど……あの学校には敷地内に二階建ての立派な図書室があるらしいから、生徒たちはそちらで用を済ませてしまうのかもしれない。

 そういえば、俺の通う聖祥附属は中学からは男女別になる。なのはと離れなければいけないことになるため、少し不安だ。それまでに人間関係が良くなっていればいいが。

 

 返却手続きが終わった。俺は新しく借りる本を探すため、図書館の奥へと歩いて行く。ズラッと並んだ棚の風景を見ていると、心が落ち着く気がする。

 ……あった。前から読んでいた小説の続編を見つけた。棚に手を伸ばして、その本を取る。

 

「吉村くん」

「えっ?」

 

 突然後ろから話しかけられて、びっくりしてしまった。

 手から取り落した本を慌てて拾い、顔を上に向ける。

 

「ごめん、驚かせちゃった」

「……月村さん?」

 

 そこには、見覚えのあるカチューシャの少女がいた。

 やっと思い出した。彼女の姿を、俺はこの図書館で見かけていたのだ。

 

「ふふ、覚えていてくれたんだ。吉村くんも本が好きなの?」

「よく来てる方だとは思う……ここで話すのもアレだし、ちょっと移動するか」

 

 俺は手に取った本をいったん棚に戻し、月村さんを連れてロビーへ出た。

 しかし、一体何の用だろう? 昼休みにこちらを見ていたことと、関係がありそうだ。

 

 

 

 閑散としたロビーのベンチに、二人並んで腰かける。

 自販機で買った紅茶に口をつけて、ほっと一息。

 月村さんの横顔。彼女もどこか、普通の小学生とは違う雰囲気を醸し出している。

 

「吉村くんは、他人を寄せ付けない人だと思ってた」

「……そうか」

 

 何かと思えば、俺のことだった。

 そう思われるのも仕方ない。決して友達が欲しくなかったわけではないが、それを態度に出していない以上は誰も気づくわけがない。そもそも、なのはだって嫌がらせの件がなければ仲良くなれていたかは微妙である。俺は根本的にそういう人間なのだ。

 

「そんな吉村くんが、誰にも興味が無さそうな子から好意を持たれている。面白いよね」

「ここまで好かれてるとは思わなかったけどな」

 

 誰にも興味が無さそうな子、まあ間違いなくなのはのことだろう。

 その時、月村さんに目を見られた。いや、視られた?

 鋭い視線に背筋がぞわっとしてしまう。心の中を覗かれているような、変な感覚だ。

 

 月村すずかという少女について、俺はあまりよく知らない。知っているのは、なんでも運動神経がものすごくいいらしいとか、そういう噂レベルの話ぐらいのもの。

 彼女がどうして俺に関わろうとしているのか、未だにわからなかった。

 首をひねって考えていると、月村さんが口を開いた。

 

「……あの子が言っていたこと、心当たりがあるの」

「なのはが?」

「アリサちゃんが、友達を作らなくなった理由。きっとそれは、わたしとの過去にある」

 

 その言葉で、いろいろと合点がいった。

 昼休みに俺たちの方を見ていたのは、そういうわけだったのか。

 

「聞かせてくれるのか?」

「もちろん。わたしは、そのために話しかけたんだから」

 

 そう言って、月村さんは語り始めた。

 

 アリサ・バニングスという少女は、もともと横暴なことで有名だった。

 大人しそうな子にちょっかいをかけて、相手が嫌がるようなことばかりしていたという。それは月村さんも例外ではなく、いろいろと嫌なことをされたようだ。

 そんな中、決定的な事件が一年生の間に起きた。アリサは月村さんのカチューシャを力づくで奪い取って、周りに見せびらかすようなことをしたのだ。その行為自体は先生によって止められたものの、それからずっと二人は気まずい関係になっているという。

 

「わたしはもう、そこまで気にしてないんだけど……向こうはそうじゃないみたい」

「やんちゃな自分は、思い出したくもないんだろうな」

 

 ある意味、あのスーパーお嬢様もしっかり子供だったということだ。でも、そういうことが起きた時に大人がちゃんと叱ってくれれば、万事解決しそうなものだが……そのあたり、うまくいかなかったのだろう。ものすごいお嬢様であることが、仇になっていたのかもしれない。

 

 しかし、結果としてその事件以降はアリサの横暴さが改善されたらしい。月村さんを傷つけたことをきっかけに、自分のやっていることの恥ずかしさ、愚かさを理解したのだろう。

 それからは誰とも仲良くしようとせず、今に至るわけだ。

 

「アリサちゃんは、今あの子に嫌がらせをしている人たちと過去の自分を重ねているんだと思う。だから、それに手を差し伸べた吉村くんが気になって仕方がない」

「……本当によく見てる。すごい」

 

 月村さんの観察力に感服した。きっとそれが真相なのだろう。

 じゃあ、俺はどうすればいいのだろうか?

 

「吉村くんから見て、アリサちゃんはどう?」

「うーん。根は優しいと思ってたが、今の話を聞くとなあ。なんとなく、なのはが警戒している意味もわかった気がする」

 

 過去のことはどうしようもないし、擁護する気もない。そもそも、なのはに対する嫌がらせと同レベルのことをやっていた以上、俺がそれを肯定してはダブルスタンダードになってしまう。

 まずは月村さんに対して、過去にやってしまった行為を詫びるべきだろうと思った。

 黒歴史だろうがなんだろうが、自分がしたことに変わりはない。

 

「月村さんは」

「『すずか』でいいよ、嶺人くん」

「……すずかは、あいつのことをどう思ってるの?」

 

 逆に聞いてみた。あと、すずかでいいらしい。

 

「ふふっ、なんとも思ってないよ。今のところは、好きでも嫌いでもないかな?」

 

 そこまで言って、すずかは立ち上がった。

 時計を見ると、とっくに六時を過ぎていた。

 

「ありがとう。いろいろ話せて楽しかった」

「わたしも楽しかった。また今度、ゆっくり話そうね」

 

 こちらに手を振った後、図書館から出て行った。

 いつの間にか駐車場に停まっていた巨大な車に乗り込んで、帰っていく。

 実は彼女もとんでもないお嬢様だったようだ。知らなかった。

 

 さて、そろそろ俺も帰らないといけない時間だ。

 すずかが去ったあと、俺は急いで借りる本を選んだ。

 

(……明日から、どうするか)

 

 思いがけないところで友達が増えて、とても嬉しい。 

 しかし、例のお嬢様……アリサの件は前途多難だ。

 今の状況では、なのはと仲良くしてもらうなど夢のまた夢であることがわかった。

 

 本を読んでいたわけでもないのに、少し疲れた。

 帰る前に一度背伸びをしてから、家までの長い道を歩き始めた。

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