幼なじみは魔法使い   作:トラウトサーモン

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第十四話

 次の休日も、俺はなのはと遊ぶ約束をしていた。

 

「なのは~!」

 

 朝十時、海鳴駅前。

 改札の近くでなのはの姿を見つけた。先に到着して待っていたようだ。

 

「みーくん!」

 

 目が合うとすぐにトテトテと駆け寄ってきた。可愛らしいワンピース姿に少し見とれていると、なのはは両手を広げてぎゅっと抱きしめてきた。急ぎ足で改札に入っていく人々も、そんな俺たちを微笑ましそうに見ていく。とても恥ずかしい。

 

「このままじゃ動けないぞ~」

「離れたくないの……」

 

 抱き合ったままでは歩けないため、優しくなのはの手をほどく。それが気に食わなかったのか、頬をぷくっと膨らませた。全然迫力がない怒り顔だ。

 

「そんなにくっつかなくても、どこにも行かないから」

「むぅ」

 

 どうにか納得してくれた。

 今日、俺たちは水族館へ行くことにした。母がだいぶ前に商店街のクジで当てた二人分のチケットを譲ってくれたため、使用期限が切れないうちに使ってしまおうと考えたのだ。場所はちゃんと調べてあるものの、子供だけで遠出するのは初めてのことなので少し緊張している。

 券売機で子供用の切符を二枚購入し、なのはに渡す。自動改札機を通って、人の波に乗りホームへと歩く。二人とも身体が小さいのではぐれてしまわないよう、常に手はしっかりと握っておく。

 

「なのは。俺から離れるなよ」

「だ、だいじょうぶだよ」

「……どこかで迷子になってそうな感じがする」

「そんなことないもん!」

 

 風の吹くホームに立って、発車標に記された時間と行き先を確認する。

 そして待つこと数分、電車が到着した。ホームとの間に落ちないよう気を付けて乗り込む。

 休日ではあるが東京方面へ向かうこの快速列車はやや混雑しており、海鳴駅を発車した時点で空席は一つしかなかった。

 

「なのはが座れば?」「みーくんが座っていいよ?」

 

 二人の言葉が重なった。お互い顔を見合わせたあと、面白くなって笑ってしまう。

 俺がなのはのことを第一に考えているように、なのはもまた俺を最優先に考えてくれる。

 結局なのはに座ってもらうことにした。つり革には身長的に届かないので、座席間の仕切りを片手で持ちながら流れゆく外の風景を眺める。水族館の最寄りまではおよそ十五分だ。

 

 ……あの日から、なのはは夜中になると必ず俺の部屋に忍び込んでくるようになった。もっとも俺もそれを期待して窓の鍵を開けたままにしておくのだが、朝になるといなくなっているので、本人はまだバレていないと思っているのかもしれない。

 

「可愛いなあ」

「ふえっ?」

 

 つい心の声が漏れてしまった。

 照れくさくなって顔を窓の方へ向けているうちに、電車は目的の駅へと到着した。

 

 

 

 休日ということで水族館はかなり混雑しており、入場券売り場に長い行列ができている。

 俺はポケットから優待券を取り出し、そのまま入場口へと向かう。

 

「子供二人で。このチケット使えますよね?」

「はい、大丈夫です。いってらっしゃーい」

 

 係員に手を振られながら、二人並んで入場した。

 

 水族館の中は、本やテレビでしか見たことのない魚がいっぱいだ。子供らしい好奇心をくすぐられて、気持ちがわくわくする。隣に立つなのはも興味深そうに水槽を見ている。こういう場所を楽しんでくれる性格か心配だったので、少しほっとした。

 

「あのサメ、めちゃくちゃでかいな」

「ちょっと怖いかも」

「こうやって水槽の外から見てる分にはいいけどね。飼育員さんはきっと大変だよ」

「そうだよね。わわっ、こっちに来たよぉ」

「なのはがおいしそうなんじゃない?」

「もう、やめてよ!」

 

 からかってみると、ぽかぽかと肩を叩いてきた。学校で見るのとは違った一面が見られて嬉しい。本来は明るい子なんだよなあ……と再確認した。

 

 そうして水族館を堪能していると、時間は正午を過ぎていた。夕方のイルカショーまではそれなりに間があるので、一旦水族館を退出してご飯を食べることにした。

 再入場用のスタンプを手の甲に押してもらってから、すぐ近くにあるファミレスへ入る。

 

 ……味はそれなりだったが、個人的にはなのはと一緒ということが大きかった。一人で食べるよりも、誰かと食べた方が美味しい。たまにはこういうのも悪くないと思った。

 

 友達ができたことで、充実した休日を過ごせている。楽しくって幸せだ。

 しかし、そのひとときに水を差すものが現れた。

 

 

 

 食事を終えて水族館に戻ろうとしたとき、ガタガタと耳障りな音が聞こえた。

 同時になのはが首から下げていたレイジングハートが光ると、あっという間に変身する。

 ……この服装は「バリアジャケット」というものだと、最近レイジングハートに聞いた。

 

「はぁ……ジュエルシードが、暴走してるみたいなの」

「そうか、これが……」

 

 なのはの表情が暗くなる。これぞまさに苦虫を嚙み潰したような顔、といった感じだ。

 俺たちの目の前に現れたのは、生理的嫌悪を催す超巨大なナマコのような怪物。それはヌルヌルとした気味の悪い身体を持ち、水族館全体を覆うようにしてのたうち回っている。

 ジュエルシードの暴走。話には聞いていたものの、実際に見るのは初めてだ。

 

「……チェーンバインド」

 

 なのはが魔法を宣言すると、周囲に桜色の鎖が五本ほど出現した。鎖は怪物の肉体にグルグルと巻きついて、縛り上げていく。それが苦しいのか、激しく身を動かして暴れ始める。

 指をくわえて見ているだけで、俺にできることはない。魔法を使えない限り戦力にはなれないと理解しているものの、落ち込む気持ちはどうしようもない。

 ……女の子に戦わせておいて逃げ回るなんて、普通に考えて最低だ。

 ああ、俺にも魔法が使えたらいいのに。友達として、なのはの隣に立つ資格が欲しかった。どうやっても手に入れられないとわかってるからこそ、その異能の力を渇望してしまう。

 

 チェーンバインドだけでは拘束力が足りなかったのか、怪物の動きが全然止まらない。なのはは追加でリング状の拘束魔法を飛ばして、さらにキツく縛り上げていく。

 

(こんなに暴れられると、周囲に被害が出そうだ)

 

 俺がそう考えたとき、急に時間が止まったように空間が変化した。

 

「……みーくん、つかまって!」

「えっ!?」

 

 突如なのはが怪物の拘束を解除し、俺を背負って飛び上がった。身体に重力がかかって少し痛い。直後、靴から桜色の羽根が現れてフラフラと飛行を始める。

 俺の家に忍び込むときも、こうやって飛んでいたのか……だがしかし、俺を背中に乗せたことによる負荷のせいでスピードが上がらない。

 

「こんなのじゃ足りないの! もっと速くしてよ、レイジングハート!」

<...Rear Fin>

 

 怒ったようになのはが叫ぶと、背中から四枚もの大きな翼が現れた。

 急加速。これぞ魔法使いというものを見せつけられ、開いた口がふさがらない。

 

 なのはは猛スピードでナマコの怪物から距離を取って、上空から様子をうかがう。

 ここまで来れば安全かと思った、矢先のことだった。

 ドカン!と大きな音と共に、凄まじい速度で飛来する雷光。それは一直線に怪物を貫いて、目にも止まらぬ勢いで怒涛の攻撃を始めた。

 

「あれは、まさか?」

「やっぱり、来たみたいなの」

 

 攻撃魔法を次々と放ち、どんどんダメージを蓄積させていく。魔法を知らない俺であっても、あの乱入者が圧倒的に押していることはすぐにわかった。

 おそらくあれが、なのはの言っていた「もう一人の魔法使い」だ。

 

 魔法使いの動きが一瞬だけ止まり、その輪郭が視認できた。長い金髪が風になびいている。

 遠くからなので細かい部分まではわからないが、なのはと同じぐらいの少女だった。

 ……魔法使いになれるのは、幼い女の子限定なのか?

 

 一つ、なのはに話を聞いたときからずっと気になっていることがあった。

 彼女がジュエルシードという物体に何らかの価値を見出して、収集しているとすれば?

 怪物を倒すことが目的ではなく、手段である可能性。それを考えると現状はかなりまずい状況だ。あのナマコを討伐した後、彼女はなのはが過去に封印したジュエルシードを奪いに来るかもしれない。俺という重荷を背負った状態で狙われたら、ひとたまりもないだろう。

 

「逃げるか」

「うん、そうしよう。みーくんを危険な目に遭わせるわけにはいかないの」

 

 少し理由は違ったものの、同じ結論に至った。なのははふわりと高度を上げて空を舞う。

 落ちてしまわないように、なのはの背中から手を回してしっかりとホールドする。柔らかいなあ、なんて考えられるぐらいの余裕が生まれた。俺も落ち着いてきたようだ。

 

 しばらく空を飛んでいると、突然怪物の姿が視界から消えた。

 ……ある地点を越えた瞬間に、空間の違和感が元に戻ったような気がする。どういう仕組みかはわからないが、あの場所には「結界」のようなものが張られていて、外部とは完全に隔絶されているらしい。だが俺の見ている限り、なのはがそのような魔法を使用した様子はなかった。

 ならば、あの魔法使いが発動したのだろうか。とんでもない奴だ。

 

 さらに飛び続けているうちに、眼下に海鳴市の風景が映る。

 澄んだ風が心地よい。恐怖感が無くなり、だんだん楽しくなってきた。

 

「俺を乗せて、疲れたりしてないか?」

「ううん、大丈夫なの」

「……今度、イルカショーは改めて見に行こう」

「にゃ、また連れて行ってくれるの? ありがとう……みーくんは優しいね」

 

 俺の提案を受けて、なのはの表情が少しだけ緩んだ。

 あの怪物が現れてからというもの、ずっと機嫌が悪かった。それだけ俺との時間を楽しんでくれていたと考えると、自分の失敗ではないとはいえ申し訳なく思う。 

 

 なのはは国守山の中腹あたりで背中の翼を消して、靴のフィンだけで器用に姿勢を制御し始める。ゆっくりと慎重に高度を下げていって、優しく足先から着地。衝撃はほとんどない。

 飛んでいる間もそうだが、初めて人を乗せたとは思えないほどのコントロールに感心した。

 なのはから手を離し、ふぅと大きなため息をついた。何もしていないが結構疲れた。

 

 

 

 背筋をぐぐっと伸ばし、大きく深呼吸をする。晴れた山の空気はすがすがしく、身体の疲労が少し回復するような気がする。

 怪物が現れたときはさすがに焦ったが、個人的には意外と楽しかった。空中遊泳なんてそうそうできる経験ではないし、なのはに感謝したい。

 それと同時にジュエルシードの恐ろしさも身に沁みた。なのはが逃げることを選択してくれて、正直ほっとした自分がいた。我が身が可愛いなんて、ダサい男だ……

 

「あいつ、追ってこないかな?」

「わからない。こっちに来ることも考えて、バインドは準備してたけど……今のわたしには倒せなかったと思う。もっと強くならないとね」

 

 それはレイジングハートに向けた言葉だろう。

 やはり、なのはとしては逃げの手を打ったのが悔しかったのかもしれない。

 

「何もできなくてごめんよ。完全に足手まといだったな」

「みーくんは何も悪くないの。さっきは、飛ぶ姿勢を保つのが精一杯だった。あの状態で攻撃魔法を撃てる気がしなかったから引いただけ。全部、わたしが魔法をうまく使えないのが悪い」

「……そうか」

 

 それでも、なのは一人なら撃つこともできたはず。俺という存在が選択肢を奪う形になってしまっていた事実。なんだか自分が情けなくて悲しくなってくる。

 

「これからもそばにいてほしい。どんな手を使ってでも、わたしが守り抜くから」

「いいのか? 多分あいつは強いと思うし、一人の方が戦いやすいだろう」

「みーくんが一緒じゃなきゃダメなの。一人はもう嫌だよ。それに、離れている間にどこかで危ない目に遭ってないかと思うと……その方がもっと心配で、戦うことなんてできない」

「……わかった。ありがとう」

 

 なのははどこまでも俺のことを最優先に考えている。来ないでと言われても仕方がないと思っていたのに、今後も俺を隣で守ろうとする。その気持ちは嬉しかったが、無力感はさらに増幅した。

 ああ、力が欲しい。魔法でも超能力でも何でもいいから、俺にも戦う力を与えてくれよ。

 

「わたしはみーくんさえいてくれれば、それでいいのに……めんどくさいなあ、もう!」

 

 飛んで来た空を睨みつけるようにして、怒っている。吐き捨てるような言い方からは強い苛立ちを感じる。先の一件が相当なストレスとなっていることを理解した。

 なのはは何もない上空に向けてレイジングハートを構え、数秒間の溜めの後「ディバインバスター」を放った。それは俺が今まで見た中で明らかに最大威力のもので、腹いせに撃ったとは思えないほど凄まじい魔法だった。

 俺は不機嫌ななのはに対して、かける言葉を見つけることができなかった。

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