幼なじみは魔法使い   作:トラウトサーモン

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第十五話

 今日は何も予定がないので、図書館へ行くことにした。なのはのおかげで賑やかになってきた日常だが、本の世界に入ることを嫌いになったわけではない。

 読み終わっている本をリュックに詰めていく。これだけ重いと持ち上げるのも一苦労だ。

 

「ちょっと、図書館に行ってくるよ。夕方には帰ってくると思う」

 

 母は声をかけられると、掃除機を持つ手を止めた。

 

「いってらっしゃい。気をつけてね」

 

 軽いやりとりではあるものの、これだけで気分的に違ってくる。なんだかんだ母の存在は大きいもので、帰りを待っていてくれる人がいるという安心感は何物にも代え難い。

 大人ぶっている俺ではあるが、母が休日出勤をしている時や、長時間残業で深夜まで帰ってこない日は小さな不安を抱えてしまうものだ。もちろん慣れてはいるものの、あの孤独感は決して楽なものではない。

 本音を言えば、父が生きていた頃のように家で主婦をしてくれている方が安心する。無論これは現実が見えていない、単なるワガママにすぎないということも理解しているため、今後この気持ちを打ち明けることはないだろう。何より、そんなことを言うのは誰の助けも借りずに一人で親の責任を果たそうとしてくれている母に失礼だ。さすがにそれぐらいの分別はついている。

 

 俺はリュックを背負い、扉を開けた。

 すると、玄関の外にひょっこりと可愛らしい顔が見えた。

 

「……来たんだ」

「にゃ、いつでも一緒なの」

 

 当たり前のようになのはが待っていた。もちろん昨晩もベッドに侵入してきたので、数時間ぶりの再会である。今日は一人の日かと思っていたのだが、それを許すつもりはないようだ。

 こうして会いに来てくれたことはもちろん嬉しい、嬉しいのだけれど……さすがに俺以外のものを犠牲にしすぎてはいないかと思う。毎日でも遊びたいほど好かれていることは光栄だし、初めての友達で舞い上がっているのは俺だって同じだが、ちょっと頑張りすぎているように感じる。

 なのはにとって、俺と一緒に過ごすことが半ば義務化しているのではないか。だとすれば、その関係はお互いのためにならない。俺の存在がなのはの負担になってしまっては本末転倒だろう。

 

「しばらく会わなかったぐらいで、なのはに対する気持ちが変わったりしないよ?」

 

 俺はそう言って説得しようとする。しかし、なのははキョトンとした顔をしている。「何のこと?」とでも言いたげな表情で、肩透かしをくらったような気分になる。

 

「でも、会いたいもん」

 

 会いたい。

 ごちゃごちゃとした思考がたった一言で否定された。非常にシンプルかつわかりやすい。難しいことは何もなく、本気でなのはは俺に会うことしか考えていないのだろう。

 

「……会いたいのか、だったらしょうがないな」

「うん。大好きだから」

 

 ここまでストレートに求められて断れるはずもなく、今日も二人で行動することになった。

 大好き、かぁ……俺が誰かからそんなことを言われるようになるなんて、信じられない。

 人間何があるかわからないものだ、と思った。

 

 

 

 家を出てからおよそ五分で図書館の裏口に到着した。なのはが魔法で運んでくれたため、いつもより圧倒的に短い移動時間で済んだ。魔法を使う姿が目撃されてしまうことを危惧したものの、簡易的な飛行魔法「フライヤーフィン」と姿を消す魔法「ミラージュハイド」を併用することにより誰にも見つからずに飛行できたようだ。

 また、ミラージュハイドの効果はなのはが触れている範囲まで及ぶということを知った。

 

 図書館はいつもより閑散としていた。俺はリュックを開けて返却カウンターに本を置き、貸出カードを受付のお姉さんに渡す。一冊一冊バーコードを通されていく。

 

「はい、オッケーです」

 

 返却を終えてからは、新しい本を探すべく図書館の奥の方へと進む。なのはもトテトテと後ろをついてきた。あまり読書をしているイメージがないので、図書館に来てもつまらないのではないかと思っていたが、この様子を見るとそうでもなさそうだ。

 

(おっ、返却されてる)

 

 前から気になっていた小説を見つけた。ずっと狙っていたのだが、今までいつ来ても誰かの貸出中になっていたので、今日はラッキーかもしれない。手に取ってカゴに入れる。

 借りていくのもいいけれど、時間もあるし読んでいこうか。早速椅子に腰かけて読み始める。

 

(……面白いな)

 

 しばし読みふける。なのはも興味のある本を見つけたらしく、隣に腰かけて読んでいる。

 静かで落ち着いた心地よい時間。心の安らぎを感じる。

 

 夢中になっていたその時、突然後ろの方でバサっと大きな音がした。

 誰かが転んだのかと思い、音の出所に目を向ける。すると、そこで一人の少女が慌てて本を拾おうとしていた。何冊か重ねて持っていた際に、うっかり手を滑らせ落としてしまったようだ。

 しかし、彼女は足が不自由なのか車椅子に乗っていた。あの状態ではどうやっても地面に手が届かない。さすがに見て見ぬふりをすることはできず、俺は本に栞を挟んだ。

 

「あ、ありがとう!」

 

 床に落ちていた本を拾い渡すと、その少女は嬉しそうに微笑んだ。

 近くで見たことで思い出した。俺は彼女の顔を知っている。

 

「ここに、よく来てるよね?」

「うん。私もキミのこと、見かけたことあるわ」

 

 今までに、何度かここで本を借りている姿を目撃していたのだ。話しかけたことはなかったものの、車椅子で行動する姿が印象的だった。

 

「とりあえず、大丈夫そうならよかったよ」

「……優しいんやなあ。助けてもなんも出てこんのに」

 

 その笑顔を見て少しドキドキしてしまった。

 すると、隣にいるなのはも彼女の顔を見つめていた。どうしたんだろう?

 

 

 

 本を借りた後、俺たちは図書館の外に出て雑談を始めた。少女はとても明るい性格をしており、会話していて楽しい。実は同い年だったということがわかったのも手伝い、話に花が咲く。

 

「はやてちゃんはこの近くに住んでるの?」

 

 車椅子を押しながら、なのはが質問した。

 少女の名は「八神はやて」という。そして驚くべきことに、なのはの方から積極的に仲良くなろうとしている。学校のクラスメイトには絶対に取らないような、穏やかで優しい態度。もちろん接しやすいタイプだということもあるだろうが、どうもそれだけではないような気がする。

 なのはの中で、彼女に対して他の人間とは違う何かを感じ取ったのだろうか?

 

「うん。よかったら遊びに来てや。どうせ一日中暇しとるだけやし……」

「じゃあお邪魔させてもらうの。みーくんもそれでいいかな?」

「もちろん」

 

 今までになくグイグイ行くなのは。一体どうしたんだと、逆に心配になってくる。

 とはいえ、ここを出た後の予定が何もなかったのでちょうどよい提案であった。俺は読んでいる途中だった本をカウンターへ持ち込み、貸出処理を済ませてリュックに入れる。

 友達の家に遊びに行くなんて、初めての経験だから楽しみである。

 

「それにしても、はやてちゃんって可愛いよね。ずるいの」

「なのはちゃんやって、可愛いやんか」

 

 女の子らしい会話を聞きながら、アスファルトの道をゆっくり歩く。

 なのはが興味を持った理由。その答えは、意外と早く明かされることになる。

 

 

 

 歩くこと数分、はやての家に着いた。

 見事な一軒家である。もしかしたら良いところの子かもしれないし、親御さんに失礼のないようにしよう。そう思って一度深呼吸をしたのだが、はやてはポケットから鍵を取り出していた。

 ちょっと拍子抜けした。つまり、家族はみんな出かけているのだろう。家の中に入っても人の気配がなかったため、そういうことだと解釈して靴を脱ぐ。

 玄関で靴をきれいにそろえてから、部屋に上がらせてもらう。とても広くてきれいな家だ……でも、なんだろうこの感じ。よくわからない感覚に俺は首をひねる。

 

 リビングに入ってからも、違和感は大きくなるばかり。

 少なすぎる食器の数といい、これではまるで……

 

「ふふっ、緊張せんでもええよ。この家には私以外誰もおらんのやから」

「……えっ?」

「私、一人暮らしやねん」

 

 俺は驚いて言葉が出なくなった。

 小学生が一人暮らし? おいおい、そんなことってあり得るのか。

 冗談なんかじゃないことは表情から理解できるが、正直信じられない。お金はどうしてるのかとか、そういう細かい疑問点がいくつも浮かんでくるけれど、今はそれよりも……

 

「大丈夫なのかよ、それ……」

 

 こんなに小さくて、しかも足が不自由な子がたった一人で家に住んでいるという事実。ちょうど朝に母の存在の大きさを意識したこともあり、その状況を受け入れているはやてが心配になった。

 よく見ると、この家はバリアフリーを考慮した内装になっている。はやてが一人で暮らすことを前提とした設計。この設備のおかげで、身体的な意味ではなんとか生活を成り立たせることができるのだろう。

 しかし、小学生というのは紛れもない子供だ。自立するにはあまりにも早すぎる。まだまだ大人にワガママを言っても許されるし、むしろ大半の小学生はそうであるはずだ。

 家に誰もいないと寂しくなる。それは守られるべき子供として正常な反応であり、変に大人びている俺でさえ逃れることのできない普通の感情だ。はやてはずっと、そんな当たり前の思いを押し殺してきたというのか。

 

「あっ、気にせんといてな。もう慣れっこやし、私は大丈夫やから」

「ねえねえ、はやてちゃん」

 

 大丈夫だと言い張るはやてを遮るように、なのはが話に入ってきた。

 

「なのはちゃん、どしたん?」

「あのね……図書館ではやてちゃんの顔を見たとき、この子はわたしに似てるかもって思ったの。なんだか寂しそうに見えて、みーくんに出会う前の自分を思い出したから」

「……そっか」

 

 ソファーに座るはやての手を取って、じっと目を見つめている。

 なのはは、はやてに対してシンパシーを感じていたようだ。俺にはそこまで読み取ることはできなかったが、辛い時間を長く過ごしてきたなのはにしかわからないものがあったのだろう。

 

「でも、はやてちゃんはわたしなんかよりもずっと大変で……頑張ってきたんだよね。誰にも頼らないで生活するなんて、きっとわたしにはできない。本当にすごいと思う」

 

 俺も同感だった。絶対誰にでもできるようなことじゃないし、もっと褒められてもいいはずだ。

 しかし、はやての周りには褒めてくれるような人間も存在しない。

 ……だんだん、母が忙しいとかで悩んでいた自分が恥ずかしくなってきた。

 

「えへへ……そんな風に褒めてもらったん、初めてや」

 

 照れくさそうに笑う顔は、普通の子供と何ら変わらない。

 

「わたしははやてちゃんとお友達になりたい。今の話を聞いて、今日ここに来たことは間違いじゃなかったって思った。きっとこれは運命なの!」

「……ありがとう、なのはちゃん。嬉しいわ」

 

 このような結果になるとは全く予想できなかったが、とても喜ばしいことだ。今後は彼女もなのはの心の支えになってくれるだろうし、お互いにとってプラスになる関係だと思う。

 また、順調に二人の友人関係が発展していけば、俺に対する強い執着も徐々に薄れていくはずだ。そうなったら少し寂しいけれど、なのは自身の未来を考えるとその方が良いだろう。

 ……俺たちがそばにいることで、はやての寂しさを紛らわせることができればいいのだが。俺もなるべく意識して、この子のもとを訪れるようにしようと決意した。

 

 それからいろんな話をした。

 はやては一人暮らしではあるものの、金銭的に手助けしてくれるパトロンのような方がいるらしく、食べるものに困ることはないという。しかし他に頼れるような大人はおらず、今までもこれからも孤独な生活が続いていくようだ。

 どうにかならないものか、と思う。だが俺には何かできる力もなく、励ますようなことを言ったところで無責任な奴だと思われるだけだ。最近、無力感に苛まれることが多いなあ……

 

 

 

 気づけば正午を過ぎていた。はやては昼食として、お好み焼きを作ってくれた。

 それにしても、はやての料理の腕前には驚かされた。材料を切る手の速さや手際の良さは俺の母と比べても全く遜色ないもので、少なくとも小学生のレベルではなかった。日常的に料理をしなければならない環境が上達させたのだとすればやや複雑だが、一人の時に自炊しようだなんて全く考えない俺からすると、天才なんじゃないかとさえ思う。

 

「おいしいよ、ありがとう」

「ふふ、よかった」

 

 はやては俺たちの食べる姿を見て、嬉しそうに笑う。俺としては世話を焼かせる形になって申し訳ないと思っていたのだが、幸せそうな顔を見て気持ちが楽になった。

 何か助けてあげられないかなあ、と真剣に考える。こんないい子はそうそういない。性格がひねくれてもおかしくないような環境なのに、明るくて、優しくて……

 

 一緒に住めたらいいのにな。

 ふとそんなことを思った。さすがに毎日は難しいかもしれないが、ときどき泊まりに来るぐらいなら大丈夫だろう。今度母に話してみようか。事情を話せば、きっとわかってくれるはずだ。

 なのはに関しても、現状でさえ毎日うちに泊まっているようなものだし、ミラージュハイドがある以上どうにでもなる気がする。俺がそうしたいと言えば必ずついてくるだろう。

 もしバレるようなことがあっても、俺のせいにしてもらえばいい。決して間違ったことをするわけじゃないから、怒られても全く問題はない。

 

「ごちそうさまでした」

 

 手を合わせて食事を終えた。

 今までに食べたお好み焼きの中で一番うまかった。これはお世辞ではなく本気の感想だ。

 

 

 

 楽しい時間が過ぎるのは早い。すでに時間は五時を回っており、門限が迫っている。

 俺たちが帰る雰囲気を察したのか、はやては黙り込む。初めて見る悲しそうな顔だった。この状態の彼女を放っておきたくないという気持ちが芽生えるが、小学生の身分でいきなり外泊するわけにもいかない。母はご飯を作って俺の帰りを待っているだろうし、心配をかけたくないという思いもある。今日は帰らなければならない。

 

「家族ができたみたいで、ほんまに嬉しかった。ありがとう」

 

 そんなことを言われたら……こっちが泣きそうになってしまう。なんて返していいかわからないでいると、なのはがはやてを抱きしめた。

 

「みーくん。明日も、はやてちゃんのお家に行こうよ。学校が終わった後に」

「……そうだな」

「本当のことを言えば、学校なんて休みたいぐらいなの。今のわたしには、学校よりもみーくんやはやてちゃんと過ごす時間の方が大切だから」

 

 そこまで言うとは思わなかったが、はやてを支えたくなる気持ちはよく理解できる。目を潤ませているのを見ると心が切なくなって、いたたまれない。

 

「そんなん、あかんって……私は大丈夫や」

「はやてちゃんの『大丈夫』は、絶対大丈夫じゃないよね。わたしもそういうところがあるから、よくわかる。でも、わたしたちはもう友達なんだよ。抱え込まなくてもいいの」

 

 はやての目から一滴の涙がこぼれる。それをなのはが指で拭うと、二人は笑った。

 俺も感動して、胸に込み上げてくるものがあった。

 ……明日も、明後日も必ず来よう。それこそ、場合によっては本当に学校を休んでしまうのもいいだろう。なるべくはやてを一人にしないように、孤独を感じさせないように努めたい。

 

 

 

 はやての家を出て、俺たちは帰路につく。

 

「……なのはって、優しいんだな」

「ふぇ?」

 

 今日は、なのはの良いところをたくさん見つけることができた。はやてと仲良くなったことはもちろんだが、個人的にはそれが嬉しかった。

 

「はやてのこと、好きか?」

「もちろん。わたしにとって、初めての友達なの」

 

 初めて、という言葉に違和感。

 

「……俺は友達とは言えないってこと?」

 

 まさか友達と思われていなかったとは。どういう意味なのか理解できず、混乱する。

 嫌われているはずはない。ないのだが、急に不安になってくる。

 

「にゃ、そういう意味じゃないの! みーくんのことは大好きだよ」

「よかった。でも、友達ではないのか?」

「うーん……よくわからないけど、違うと思う」

 

 そう言って考え始めた。毎日会いたいぐらい好きだけど、友達とは違う関係。それをうまく表現できる言葉が見つからないのだろうか。当然俺にもわからず、しばらく無言の時間が続く。

 今さらだけど、朝みたいに魔法で送ってもらうこともできたのか。いや、毎回そんなことをしたら運動不足になってしまう。帰り道ぐらいは自力で歩くべきだ。

 

「あっ、わかったかも」

 

 なのはが思いついたように呟いた。つないでいた手を一度離して、くるりとこちらを向く。答えに辿り着いたことが嬉しいのか、ニコニコと笑っている。それからじーっと俺の顔を見つめて、ゆっくりと近づいてきた。相変わらず可愛い顔をしている。

 ……そして、とんでもないことを言い放ったのだ。

 

「みーくんはわたしの……『彼氏』なの!」

 

 俺の顔が真っ赤になった。




 私は三重出身なので、大阪弁を書くのが結構たいへんです。意識しないで書いていると、いつの間にか私自身の話し言葉に寄ってきてしまいます。というか寄っているかもしれません。
 やもんで、なかなか難しいんよ。はやてちゃん好きやけどなー。
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