車の後部座席で、うなるエンジン音を聞く。
隣に座るなのはを見ると、笑顔で「なぁに?」と問いかけてくる。かわいい。
「あの信号を左だっけ?」
「はい、それで大丈夫です」
今日は、なのはのお母さんが家まで送ってくれることになった。夜遅くなってしまったため、子供を一人で帰すのは心配だという。なんともまあ、お優しいことで。
高町家の人たちは、みんな俺を歓迎してくれた。
家にはなのはの両親に加えて、姉の美由希さんと兄の恭也さんが揃っていた。なのはと仲良くしている俺がどんな人間なのかずっと気になっていたらしく、来る日を楽しみにしていたという。
居間に通された後は俺の身の上話から始まり、ごく一般的な世間話をした。学校におけるなのはの様子や、いつも二人でどんな風に過ごしているのかなど、聞かれるがままに説明した。ただし、意図的に伏せていると思われる嫌がらせ関連の話には極力触れないよう意識した。
俺の思っていた通り、なのはが家族相手にこういう話をすることは全くないようで、みんな興味深そうにその話を聞いていた。なのはも俺を信頼しているのか、つまらなそうではあったものの特に突っ込みを入れてくることはなかった。うまく切り抜けれられてホッとした。
温泉の件についても、こちらの案を話したところ問題ないとのことだった。それどころか、むしろそこまで気を遣わせて申し訳ないと謝られてしまった。
あとは母とはやてに説明すれば大丈夫だ。なんだか楽しみになってきた。
こうして、初めての顔合わせは極めて穏便に終わった。とても良い話し合いができたと思う。
先方に好印象を持たせることができたのか、帰り際になのはのお父さんが「またいつでも来てほしい」と言ってくれた。高町家は本当に優しい人ばかりで、逆に拍子抜けしてしまった。
「あっ、その先の交差点を右です」
「はーい」
俺の家へ向かい、なのはのお母さん……桃子さんは運転を続ける。
今日は晩ご飯をごちそうになった。母は長期休み前最後の出勤で残業に追われているため、適当にカップ麵でも食べるつもりだと話したところ、ぜひどうかとお誘いを受けたのだ。
とても美味しくて、ついおかわりをしてしまった。最後に一家団欒という経験をしたのはいつだろうかと少し感傷的な気分になったものの、楽しい時間だった。
ただ一つ気になったのは、食事中なのはがニコニコ笑っていることに対して家族全員が驚いていたこと。家では普段あまり笑わないのだろうか?
「ここでいいかな?」
減速し、家に面した道路の路肩に停車した。
俺は車を降りてから、送ってくれた桃子さんに声をかける。
「では、失礼します。今日はいろいろとありがとうございました」
「ううん、気にしないで。……どうか、これからもなのはのことをお願いします。きっと、嶺人くんにしかできないことだから。あなただけが頼りなの」
「……はい」
俺にしかできないこと?
最後に投げかけられた言葉は、やや意味深なものだった。
なのはに軽く手を振った後、俺は車に背を向ける。
やがて車はブゥーンと音を立てて家の前から去っていった。
どうせ今日の夜も来るだろうし、ほんの少しのお別れだ。
風呂に入った後、俺はベッドに横たわる。
一人で色々なことを考える。かつてはこういう時間が腐るほどあったが、なのはと出会ってからはかえって貴重になった。
「……良い人たちだったなあ、みんな」
なのはとの関係がうまくいっていないのは、あの人たちに何か原因があるわけではなく、ちょっとしたすれ違いが起きているだけだと感じた。しかし、それを解消するための具体的な策は思いつかないし、何よりなのはが解決を望んでいるように見えない。あの子はきっと、今の状態が問題であるとさえ思っていないだろう。
……そうか、だから俺にしかできないってわけか。
なのはの中で、高町家の人たちは頼れる存在、頼りたい相手ではなくなってしまった。だとすれば、これからどんなことがあっても相談したり助けを求めることはないのかもしれない。
俺なんかよりもあの人たちの方がずっと頼りになると思うけれど、それが答えなのだ。
しかし、そもそもいじめ問題は解決に向かっている。嫌がらせがぴたりと止んでから、すでに結構な日数が経っている。俺は何もしていないのに、なぜだろう?
そのとき、俺の頭に一つの光景がフラッシュバックした。
それは今日の夕方、金髪の少女と魔法バトルを繰り広げたときのことだ。
『
背筋が凍るような冷たい言葉だった。なのはの感性は、すでに一般的なそれとはかけ離れたものになっている可能性がある。大切な人か、それ以外か。人間をたった二つのパターンでしか認識しないとすれば、とんでもないことだ。
ふと俺は思った。今のなのはが、自分を攻撃してくるような人間に容赦するだろうか?
自分自身の手で、いじめを行っていた者たちを制裁しているとすれば?
そして、なのはは秘密裏にそれを実行できる力を持っている。
「……やめよう」
悪い方向にばかり考えが進んでいく。
今日は疲れているのかもしれない。
俺は、努めて何も考えないようにしながら瞼を閉じた。
眠りに落ちるまで、ほとんど時間はかからなかった。
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夢を見ていた。
一人の青年が緑の大地に立っている。
彼は不安げな表情を浮かべながら、遠くを見つめていた。
(父さん? ……いや、違う。誰だろう?)
別人だとわかっていても、そう感じてしまった。
青年の持つ穏やかな雰囲気が、どこか死んだ父親に似ているような気がしたからだ。
その視線の先には、一つの街が見える。
空襲を受けた後のような、荒れ果てた街並み。
しかしそこには建物があり、光がある。人の営みがある。
どうやら都市としての機能は失われていないようだ。
あれは青年の故郷なのだろうか?
突如響き渡る砲撃の音。
それを聞いた青年は、右手に持つ杖を力強く握りしめる。
すぐさま大きな三角形の魔法陣が描かれて、彼は空へと舞い上がった。
薄暗く曇った空。
荒れていた街は今の砲撃で完全に壊滅してしまった。
第二、第三の砲撃音と逃げ惑う人々の悲鳴が混ざり合う。
ここはまさに地獄だった。
(……これは、何なんだ?)
そこで意識が途絶えた。
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「みーくん?」
はっと目が覚めた。
なのはの顔。可愛らしい顔がそこにあった。
「……ごめん、痛かったよな」
恐ろしい夢を見ていたからか、無意識に強い力で抱きしめていた。
俺のせいで起こしてしまったとすれば、申し訳なく思う。
「大丈夫。それより、みーくんが心配なの」
「やっぱり、うなされてた?」
「とっても苦しそうで、悲しそうで……見ていられなくなって、みーくんの手を握った。そうしたら少しだけ落ち着いて、わたしをぎゅっと抱きしめてくれた」
なのはは俺より先に起きていたようだ。そして、あの悪夢から脱出させてくれたらしい。
「ありがとう。なのはがいてくれてよかったよ」
「うん。わたしはいつでも、みーくんの隣にいるからね」
安心して力が抜けた。
……俺だって、なのはに助けられている。一方的に助けているばかりの関係じゃない。
高町家の人たちは「なのはを守る」ことを俺に求めているのかもしれないが、とてもじゃないけどそんな考えを持つことはできない。だって、そこまで俺は強くないから。
今度は優しくなのはの肩に手を回す。頭をこちらの胸に抱き寄せて、顔を近づけていく。
さらさらの髪が俺の頬をくすぐる。シャンプーの香りが鼻腔に広がる。
「もうしばらく、このままでもいい?」
「もちろん。しばらくなんて言わないで、ずーっとこのままでいいよ」
温かい言葉は俺に安らぎを与えてくれる。すると、再び睡魔に襲われる。
そんな俺を見てなのはは「ふふっ」と笑った。安眠することが出来そうだ。