幼なじみは魔法使い   作:トラウトサーモン

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第二話

 午後の授業は体育。

 これは俺の最も嫌いな授業である。クラスメイトと嫌でも関わらなければならないからだ。しかも今日はペアでキャッチボールをするらしい。あまりのめんどくささに気分が沈む。

 

「……組むか?」

「う、うん」

 

 いつものように、俺と高町は相手がいない同士でペアを組んだ。周りもそれが当然と思っているのか、寄ってくる人間は誰一人いない。ここまでわかりやすいと逆に気楽だ。

 

「グローブ取ってくる」

 

 俺はそう言って、一度高町から離れた。

 そして適当なグローブ二つとボールを倉庫のカゴから持ち出し、グラウンドへ戻る。

 

「あっ……ありがとう!」

「ほら、とりあえず始めよう」

 

 高町は一瞬何か言いたげな顔をしたが、お礼を言って用具を受け取った。

 五メートルほど距離を取る。すると、高町はなぜか不器用な体勢で投球動作に入り、俺のいる方とは全然違う方向へボールを投げてしまう。

 勢いよく明後日の方向へ飛んで行く白球を追いながら、首をひねった。

 

(高町ってここまで運動神経悪かったっけ?)

 

 運の悪いことに、ボールは女子のグループが固まっている地点の真中へ落下する。

 俺が慌てて拾うと、高町のことを嘲笑うような声が聞こえてきた。

 

「キミも大変よね、あんな下手くそとばかり組まされて」

「先生にばっかり好かれようとしといて、私たちに迷惑かけるんだから嫌になっちゃう」

「ほんと、いなくなってくれてもいいのに」

 

 心無い言葉にイライラしつつも、俺は彼女らに頭を下げる。

 

「……悪い」

 

 あまり会話したくないので、それだけ言って元の場所へと走り出す。そんな俺を見て、高町が泣きそうな顔でこちらに駆け寄ってくる。まるで小動物みたいだ。

 

「ごめん、なさい………」

 

 いきなり本気で謝られた。ちょっとつついたら本当に泣きそうである。俺が泣かしたということになったらすごく面倒だから泣かないでほしいし、そもそも高町が俺に謝る意味がわからない。

 

「あの人たちに嫌なこと言われたよね? わたしのせいで」

「……いや、あんなの大したことないから気にするな。それより、先生どっか行ってるみたいだし、そのへんでサボろうよ。体育なんてやる価値ないだろ」

 

 さすがに何度もボールを取りに行かされるのはゴメンだ、というのもある。俺は高町を促して、グラウンドの外で適当に座っていることにした。

 

 二人で水筒のお茶を飲みながら、ゆっくりと休む。大した運動もしていないのに、無駄に疲れてしまった。これも全部、あの憎たらしい女どものせいだ。

 しばらく沈黙が続いた後、高町が無表情のまま口を開いた。

 

「吉村くんは」

「ん?」

 

 急に距離を詰めてきた。

 優しいシャンプーの香りがして、少しドキドキしてしまう。

 

 ちなみに、俺の名前は「吉村 嶺人」という。下の名前は「ミネト」と読むが、そう呼ぶほど仲のいい人はあまりいない。学校ではもっぱら名字呼びである。

 母は昔から「みーくん」と呼んでくれるが、最近は少し恥ずかしいと思っているのは内緒。

 

「吉村くんは、どうしてこうやってわたしとお話してくれるの?」

「そりゃあ、そっちが話しかけてくるからに決まってる」

 

 よくわからないやり取りが続く。

 

「……わたしのこと、嫌い?」

「いいや、高町のことを嫌いだなんて思ったことはない。少なくとも、他の連中と比べればよっぽど良いと思ってるぞ」

 

 どういう答えを求めているのか知らないが、俺は俺の思っていることを正直に伝えた。

 クラスの異端者は高町だけではないし、俺がああいった悪意をぶつけることはない。少なくとも敵ではないということをわかってほしかった。面倒くさがりの俺としては珍しい行動だと思う。

 

「そっか、そうなんだね」

 

 俺の返事を聞いた高町は、そう言って笑った。

 どうにか泣かせずに済んだようで、ほっとした。

 

 それ以降高町がまた喋らなくなったので、さっきの出来事について考えた。

 少なくとも、まともにボールを投げられないほど絶望的な運動神経ではなかったはずだ。なぜ、あんな大暴投になったのだろうか。まるで、今まで投げたことがないような……

 

「あっ」

 

 俺は記憶を辿り、高町の行動を思い出していく。そういえば、俺がグローブとボールを渡した際、あいつは何か言いたそうにしていた気がする。

 

 やっと理解した。彼女は左利きだったんだ。

 そして、それは俺もわかっていたはずのことだ。気まぐれで授業を聞いていた時、教師に当てられた高町が左手で答えを書いているのを見て、左利きなのを知った。

 気づいていたのに忘れていた自分が少し恥ずかしくなる。いや、忘れていたのは仕方ないが、さっき何が言いたいのか聞いておけば恥をかかせずに済んだ。これは申し訳ないことをした。

 

「あー高町? うん、ごめんな?」

「えっ、どうして吉村くんが謝ってるの?」

「高町ってさ、左利きだったでしょ?」

「……そんなこと、知ってたんだ」

「授業の時に、左手で書いてたからさ。俺がそれを忘れてたせいで……悪かった」

 

 すると高町は、「信じられない」と呟いて驚いたような顔をした。

 変なことを言っただろうか?

 

「大丈夫。心配してくれてありがとうなの!」

 

 そして、満面の笑みを俺に向けた。こんな表情ができるなんて知らなかった。

 ちょっと良いな、と思った。

 

 そうこうしているうちに体育教師が戻ってきて、グローブを片付けて終わりになった。

 それからの高町は、ずっと機嫌がよさそうだった。

 

 

 

 教室に戻り、机に鉛筆で悪口が書かれているのを見つけるまでは。

 

(……なんだこれ)

 

 これを教師が見つけたら、さすがにいじめだと分かる。

 あいつらは狡猾で、良くも悪くもこんな初歩的で露骨なことをするとは思わなかったのだが、俺の思い違いだったのだろうか。それとも、高町がいじめられていることを隠そうとしてるから、絶対にバレないとでも思ったのか?

 ……あまりにも愚かで浅はか。今までの立ち回りが馬鹿らしくなってきた。

 

 俺の思考に変化が起きたのは、この時だった。こちらに被害がなければ問題ないという卑劣な考え方。自分自身に対して少しムカついてくる。

 あいつらと同類で、俺は本当に良いのか?

 自問自答を繰り返しているうちに、終業を告げるチャイムが鳴った。

 

 帰りの会、担任が来るまでに消しゴムで陰湿なメッセージを消した高町に、「バイバイ」と言って教室を出る。初めての行動に高町は驚いていたものの、笑顔で返事をしてくれた。

 スクールバスから降りるまで、その可愛らしい顔が頭から離れなかった。

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