幼なじみは魔法使い   作:トラウトサーモン

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 遅くなってしまいました。


第十九話

 旅行の日がやってきた。

 俺たちは母の運転に揺られて旅館へ向かう。

 

「それでね、体育の授業のときにみーくんが……」

 

 後部座席に座る女子二人。

 はやてとなのはが、楽しそうに話している。

 

「ふふ、そうなんかぁ……なのはちゃんは、学校好き?」

「ううん、全然好きじゃない。みーくんが行くから行ってるだけなの」

 

 きっぱりと言い切るなのは。これには運転席の母も苦笑いだ。

 

(学校が好きじゃない、か)

 

 俺は窓の外に視線を移して、最近のなのはについて考え始めた。

 

 なのはの成績が下がっている。

 それを知ったのは、直近のテストの結果が出たときのことだった。授業が終わった後に「もっと頑張りなさい」と教師に釘を刺されている姿を目撃した。

 ……そして、その言葉を興味なさげに聞き流している様子も。ここ最近宿題の提出率が悪くなっていたり、授業中に寝ていることなども重なり、教師もなのはのことを思って言っていると思うのだが、本人はまったく意に介していない。

 なのはの将来を考えれば、良い傾向でないことは火を見るより明らかだ。しかし、そうなるに至る理由……魔法の練習に打ち込んでいるという事情をも知っている俺は、なかなか勉強面に口出しすることができないでいた。

 ご両親もその点をかなり心配しているようで、数日前に再び高町家を訪れた際、なのはがトイレに行ったタイミングを見計らって桃子さんが相談してきた。

 

 曰く、勉強そのものに興味を失っている……

 

 ある意味、ただ遊びたいがために勉強を拒む子供よりも重症であると思われる。

 今のなのはにとって、やりたいことはただ一つ。魔法のみだ。

 先日金髪の魔法使いの襲撃があったことも、決して無関係ではない。勝利したとはいえ、あの戦いはなのはに一種の危機感を植え付ける結果になった。今の実力では、俺を守り抜くことができなくなるかもしれない……そんな風に思ったのだろう。

 だから、こうなった原因の一つは俺であるともいえる。そのため、なのはに勉強を教えてほしいと頼み込む桃子さんを見て、俺は少々気まずい気分になったものだ。

 

 ……仮に魔法という存在が公に認知され、それを職業とすることさえできるような世界があれば何の問題もないのかもしれないが、残念ながらこの惑星にそのような場所は存在しない。

 

「もうすぐ着くよ~」

 

 そんなことを考えているうちに、車は目的地へ到着した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 海鳴温泉。

 古風で立派な旅館を前に、俺は車のドアを開けた。

 

「す、すいません~」

「気にしないで」

 

 母がはやてを抱きかかえる形で、シートから降ろす。

 予想していた通り、車椅子はなんとか収納することができた。

 

「無駄にでかいワンボックスだと思ってたけど、買い替えなくてよかったかも」

「うん。まさかこんな機会があるなんて、母さんも思ってなかったでしょ?」

「そうね。でも、当分は乗り続けることになりそう。ふふっ……」

 

 ちなみに母ははやてのことをものすごく気に入っている。礼儀正しくて優しくて人懐っこくて可愛い。大人から好かれる要素が満載であるから無理もないだろう。

 とはいえ、その入れ込み様はすごい。

 

「今日だけじゃなくて、また一緒に遊びに行こう?」

「……ほんまですか?」

「もちろん。私、はやてちゃんみたいな子好きなんだ」

 

 顔を近づけて撫で回している。いずれ「うちの子になればいいのに〜」などと言い出しそうな勢いである。はやては困惑しつつも、嫌ではなさそうだ。

 じゃあ、なのははというと……

 

「みーくん、なぁに?」

 

 いつものように俺の方を向いて笑っている。母が言うには、「あの子は、私が変に関わらないほうが良さそう」とのこと。俺が相手するのが一番だと思っているようだ。

 

 少し遅れて高町家の車も到着した。

 うちの車から一台分空けた場所に止めた後、運転席からなのは父……士郎さんが降りてきた。

 ピリッとした緊張が走る。高町家の面々は敷地の中に道場があるぐらい武道に熱心であるためか、桃子さん以外からは独特の威圧的なオーラを感じる。人格としては全然悪い人たちではないのだが、これは少し苦手な部分である。「隙を見せない」のはおそらく武道家としての癖のようなものであるだろうし、何とも言い難い。

 とはいえ、この家族とは今後長い付き合いになることが予想される。いつまでも苦手意識を持っているわけにもいかない。徐々に慣れていかないといけないものの、しばらくは難しそうだ。

 

 

 

 それぞれチェックインを済ませ、荷物を部屋に置いた。事前に調整した通り、なのはとはやては俺たちの部屋の方で寝ることになった。

 食事までだいぶ時間があるため、まず最初に風呂に入ることにした。なのはとはやては母が連れて行ったので、俺は一人で男湯へと向かう。

 

(うげっ……)

 

 浴場内に二人の男性……士郎さんと恭也さんの姿が見えた。なんとタイミングが悪い。せっかくの温泉なのでストレスフリーに過ごしたかったのだが、無視するわけにもいかない。

 微妙な気分になりながらも、俺はシャンプーを泡立て頭を洗い始めた。

 全身を洗い終えた後、二人が浸かっている場所の近くに足を入れる。ちょうどいい湯温が心地よい。中途半端な時間のためか他に客はおらず、広々とした浴場にたった三人がいる状態である。なかなか贅沢だ……これが俺一人だったら尚良かったのだが。これ以上は言うまい。

 

「おや、嶺人くんじゃないか」

 

 さてどうしようかと考えていたところ、あちらから声をかけてきた。

 

「恭也さん……と士郎さん」

 

 まるで今気づいたかのように振る舞っておく。自分でも白々しいと思う。

 

「温泉は好きかい?」

「……初めて入ったけど、いいなって思います」

「そう、初めてか」

「母さんはふだん忙しいし、なかなか来る機会がなくて」

 

 会話が途切れると、途端に気まずい雰囲気が場を支配する。

 いや、どうすりゃええねん。心の中のはやてが突っ込みを入れた。

 

 ここで俺は一つ思いついた。そういえば、彼らに聞いてみたいことがあったのだ。

 なぜそのようなことを聞くのか、という反応をされる可能性もあるが……なのは無しでこの二人と話せるというのは、考えようによっては貴重な機会だ。基本的にいつでもどこでも隣にいるし、強制的に男女別にされるイベントでのみ発生するシチュエーション。せっかくだから活かしたい。

 

 少し近づいて、俺の方から話を切り出した。

 

「お二人は、なのはのことをどう思ってますか?」

「ん?」

 

 士郎さんは怪訝そうに首をかしげる。

 こんなことを聞かれると思っていなかったのだろう。

 

「俺は……恭也さんも、士郎さんも、桃子さんも、美由希さんも、全員がなのはにとって大切な家族だと思います。俺は父親がいないので……正直、少し羨ましいとさえ思える理想的な家庭です。なのに、何故こうギクシャクした関係になっているのかずっと気になっていました」

「そう、か……」

「気を悪くしたなら申し訳ないです」

 

 決して批判する意図はないものの、ずっと疑問だった。

 なのはが持つ心の闇……あの子が今のようになる前に、どうしてこの人たちが動かなかったのか、動けなかったのか。最初に手を差し伸べるべき人間は俺ではなかったはずだ。

 

「なるほど、君はそこまで……」

 

 そう言って、士郎さんは黙り込んだ。

 代わりに恭也さんが口を開く。

 

「君の言う通り、なのはは俺たちにとってとても大事な家族だ。しかし、その上で俺も美由希もなのはのことに関して……君に対しても、やや複雑な感情を抱いている」

「複雑?」

「ああ、そうだ。この気持ちを一言で表現するのは難しい」

 

 恭也さんはそう言って、腕を組んだ。その逞しい両腕には多くの傷が刻まれており、まるで戦争から帰ってきた軍人のようだ。

 ……少なくとも、「なのはを守る」ことに不足はないはずなのだが。 

 

「なのはは誰にも頼ろうとしない。頼るのではなく、頼ってもらいたいんだ」

 

 代わって士郎さんが話し始めた。

 

「それは……俺も同感です」

 

 なのはは、俺に助けられた時よりも俺の助けになった時の方が何倍も嬉しそうな顔をする。本来世話焼きな性格であることは、仲良くなってからの短い期間でも理解できていた。

 

「だから一人で抱え込む。差し伸べた手を振り払ってしまう。けれど……君に対してだけは違った。なぜそうなのか、それはなのは自身にしかわからないのだろうね」

 

 士郎さんはそう言った後、立ち上がった。それを追うように恭也さんも湯船から上がり、俺は一人その場に残される。ふうっと一つ息を吐いて、浴場の天井を見上げた。

 出ていく直前、浴場の入り口で恭也さんがぽつりとつぶやいた。

 

「……俺たちはきっと、失敗したんだ」

 

 あまり大きな声ではなかったが、彼の言葉はやけに強く反響した。

 

「はぁ……」

 

 やはり、こういう場で重い話をするべきではなかった。

 せっかくの温泉を存分に楽しめなくなってしまった俺は、深いため息をついたのだった。

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