次の日。
なんだか、いつもより寝覚めのいい朝だった。
結局、帰りが遅かったことを怒られることはなかった。母はむしろ喜んでいたのだ。
『みーくんは、いい子過ぎるぐらいだからねぇ~』
子供らしいワガママをほとんど言ったことのない俺が、自分の意思でルールを破ったということが嬉しかったらしい。大人びていても子供なんだ、と再確認できたとのこと。
スクールバスに揺られつつ、俺は今後の立ち振る舞いを考える。
最初の問題は、なのはへの嫌がらせにどう対応するかということだ。
あのクソ女どもの嫌がらせ行為は、基本的に止めづらい。足を引っかけたり、背中をコンパスの針で突いたり、見ているだけの他人にはどうしようもないものばかり。
トイレ掃除の際に水を派手にかけたことについては、掃除後のなのはがびしょびしょになっていたところを教師が見ていたのにも関わらず、帰りの会で掛けた側が足を滑らせたと主張した結果、形式的に謝ることで一件落着となってしまった。教師も全く信用できない。
また忘れてはならないのが、今のところ干渉してこないというだけで、俺も決してクラス内での評判が良いわけではないということ。そのため、例えば説得なんてしたところでまるで効果がないどころか、かえって嫌がらせをエスカレートさせる可能性すらある。
じゃあどうすればいいのかって? 退学覚悟で暴れるか?
俺はこんな学校なんてクビになってもいいと思っているが、母が可哀想なのでダメかもしれない。そもそも、そんなことをしたら当のなのはが悲しむだろう。色々まずそうだから却下。
まともな方針が決まらないまま、スクールバスは学校へと到着してしまう。
玄関前で、違うバスから降りてきたなのはを発見した。
「おはよう、なのは」
「おはよう、みーくんっ!」
挨拶をすると、勢いよく胸に飛び込んできた。嬉しいが、ちょっと恥ずかしい。
ここにいても目立つので、とりあえず手を引いて教室へ向かうことにした。
……ん?
一つ思いついた。手を繋いだまま、教室に入ってみるのはどうだろう?
俺は片手でドアを勢いよく開け放った後、なのはの席へまっすぐ向かっていく。
いじめっ子を含むクラスの生徒たちはぎょっとした目で俺たちを見るが、構わない。
すると、なのはの椅子に画鋲が置いてあるのを発見した。撤去してから座らせる。
画鋲トラップって何回目だ? そろそろ飽きろよ馬鹿どもが。
「にゃあ……」
なのはが顔を赤くして、何かゴニョゴニョ言っている。もしかしてネコ科なのだろうか。
ともかく、俺の作戦はうまくいったようだ。誰かに手を引かれていたら、転ばされることはないだろうと思ったのだ。非常にシンプルな策であるが悪くない。
もし無理やり転ばせにくるようなことがあれば、思いっきり足を踏み抜くぐらいのことはしてやろうと考えていたが、それは杞憂に終わった。
生徒たちの視線は気になるけど、我ながらいい方法だったと思う。
「また後で」
「うん!」
なのはにそう言ってから、俺も席についた。
あまり考え込むより、咄嗟の思いつきの方が意外とうまくいくのかもしれない。
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昼休み。
一緒に飯でもと思ったのだが、なのはは何も言わず教室から出て行ってしまった。
カツアゲとか、そういうのじゃなければいいけど……どうしても心配になってくる。
昼飯を食べ終わった後はやることもないので、自席に座ってぼーっとしているのが日課だ。
そんな俺を見て、金髪の少女がずんずんと歩いてきた。
「ねえ、ねえってば」
俺の肩を叩き、呼びかけてきた少女。
彼女のことは知っている。テストでいっつも満点の、スーパーお嬢様だ。
アリサ・バニングスという名を持つ彼女も、クラスの異端者の一人である。
「聞こえてる。いきなりどうしたんだ?」
しかし、テストでオール満点とかよくやろうと思うよな。そんなことをしたら、色んなやつから色んな感情を持たれて、面倒なことこの上ないだろう。それを避けるため、俺はわざわざ適当に間違えて答案を出すぐらいなのだが……このお嬢様は違うらしい。
「いつ見ても、つまらなそうな顔してるわね」
「それはお前も同じじゃないのか?」
「ふふっ、そうかもね」
彼女はどうも、クラスの連中をすでに見限っている節がある。本来は目立ちたがり屋であるはずなのに、誰かと仲良くしようとするところを見たことがない。
俺と性格は全く違うが、彼女の行動には共感できるところも多い。
「それで、何か用があるんだろう?」
「用ってほどじゃないけど……あんた、あの子といつからあんなに仲良くなったの?」
「なのはのことか? それなら昨日からだ。まぁ、いろいろあったんだよ」
俺となのはが急に仲良くなっていることが気になったらしい。
嫌がらせの件をどこまで話していいかわからないため、無難な答えになってしまう。
「あんたは何がしたいの? あたしが知ってる限りでは、あんたは友達とかどうでもいいってタイプの人なんだけど。急に心変わりでもしたわけ?」
「いや、どうでもよくはないぞ。単純に、今まで学校で友達になりたいと思った人間がいなかっただけだ。なのはに限っては、他のやつらと違ったってこと」
この回答では納得してもらえなかったのか、首をひねっている。
それにしても、こいつは本当に頭がいい。勉強はもちろん、話し方一つとっても他の同級生たちとは全然違う。俺のような「ズル」をしているわけでもないのに……こういう人間のことを天才って言うんだろうな。
「ふ~ん。ねぇ、あの子ってなんでいじめられてるんだと思う?」
「……それを聞くか」
随分と直球な質問が来た。
そんなの、俺が知りたいぐらいだ。しかしここまで話を掘り下げてくるということは、この少女がなのはに対して強い興味を持っていることは確実だ。
……良い印象を与えることができれば、いつかなのはの味方になってくれるかもしれない。
憶測で物を言うのは好きではないが、今の自分の予想を述べることにした。
「あえて言うなら、なのはの……何というか、小動物的な感じを快く思わない生徒が多いのかな。あと、嫌がらせをしているのはみんな女子。おそらく、男子は周りに合わせてるだけだろう」
「そっか、よく見てるのね」
俺の言葉に共感して、うんうんと何度も頷いた。
ちゃんと話したのは初めてだが、思っていたよりいい子だと思った。