友達が誰一人いなかった俺は、休日に暇を持て余すことが多かった。図書館で本の虫と化すか、テレビゲームで時間を潰すのが基本である。そんな一人ぼっちの週末に寂しさを感じたことも多いが、仕方ないことだと考えていた。
だが今日は違う。俺の初めての友達である高町なのはと、遊ぶ約束をしているからだ。
『ピンポーン』
朝十時。朝食を摂り、服を着替えた直後に玄関チャイムが鳴った。
こんな早くからいったい誰だろう? 訝しげにそっとドアを開けた。
「みーくん、おはよう!」
そこには可憐な少女が一人。私服姿のなのはであった。
おや、と俺は首を傾げる。
「なのは、おはよう。それにしても、よくここがわかったね? 昨日の帰りに言い忘れたから、連絡しなきゃって思ってたんだけど……まあ、手間が省けてよかったよ」
「前に、みーくんが家の中に入っていくところを見たことがあったの」
どうやら、なのはは元から俺の家を知っていたらしい。
……だけど、俺となのはの家は学校から見て逆方向にあるはず。そうでなければ、スクールバスは同じ便になっているだろう。学校以外で、俺の後ろ姿を見かけたことがあるということ?
少しモヤっとしたが、どこかのタイミングでそういう機会があったのだろうと無理やり自分を納得させた。最初から教えるつもりだったんだし、考える価値もないどうでもいい問題だ。
「来てもらったはいいが、何をしようかな」
友達と遊ぶという経験が全く無いため、予定を立てるのが難しい。
俺が選ぶ外出先といえばほとんど図書館だが、図書館は基本的に一人で本と向き合う場所であり、誰かと遊びに行くというイメージはない。やめておいたほうが無難だろう。
だからといって、他にどこか行くアテがあるわけでもない。困ってしまった。
「わたしはみーくんと一緒なら、なんでもいいよ」
俺の困惑を察して、なのはが助け舟を出してくれた。
そういう言葉をストレートにぶつけられると照れるから、勘弁してほしい。
窓の外を見ると、どうも雲行きが怪しい。そのうち雨が降りそうだ。
……これは、家の中で遊ぶのが一番良いか。
「じゃあ、今日は一日ゲームでもするか」
「うん!」
なのはが嬉しそうに笑う。
花の咲いたような笑顔を見て、つい顔を赤くしてしまった。
自分の部屋になのはを招き入れて、テレビをつける。
俺は勉強において頑張る必要がないため、平日休日問わず暇なときはよくゲームをしている。ただし、持っているゲームは「DQ」とか「FF」とかほとんど一人用のものばかり。
……一緒に遊ぶ相手がいなかったから、こうなってしまった。なんとも悲しい話である。
それでも一つぐらい対人ゲームもあるだろうと、ラックの中を漁っていく。
見つけた。ピンクの球体が星に乗って、ゴールまで到着するタイムを競うゲームだ。このソフトだったら二人で遊べる。さっそくハードにセットして電源を入れた。
「このボタンを押すと、こういうふうになって……」
とりあえず、やり方を教える。
一人プレイで操作を覚えてもらったところで、レースをやってみる。
俺が選んだのは、普段は遅いがある一定の条件を満たすと爆速になる星。
なのはが選んだのは、性能にクセのない普通の星。
「もお~、全然勝てないよ!」
一時間ぐらい遊んでいたら、なのはがプンスカし始めた。
「違うの使ってみたら?」
「う~ん」
悩みながらなのはが選んだのは、後ろに風船のようなものが付いた星だ。風船を膨らませて高速ダッシュをするのだが、そのために止まらないといけないし正直弱い……
と、思っていた。
そこからはなのは無双だった。
緑のパネルを踏んで馬鹿みたいに速くなるし、カーブを利用して風船を膨らませて爆走するし、勝ち目がない。これってこんなに強かったのか……初めて知った。
「やった~!」
嬉しそうななのはを見ると、心が温かくなる。
やっぱり、誰かと一緒にゲームをするのは楽しい。
一人よりも二人の方が良いなんて、当たり前すぎることを今さら理解した。
そこから二時間ほど遊ぶと、だんだん目と指が疲れてきた。
お腹も減ってきたので昼食にしようと思い、いったんゲームを中断する。
母さんが土日出勤の場合は、あらかじめ渡されたお金で好きなものを食べられる。そういうルールになっているものの、残念なことに家の近くにはファミレスなどが一軒もない。
「なのは、昼ごはんどうする?」
「みーくんにお任せするの。一人のときは、どうしてる?」
「ええっと、俺が一人のときは……前のコンビニで適当に買うか、カップ麺か」
必然的に、楽をしたければそうするしかないのだ。無論身体に悪いことはわかっているものの、めんどくさがりな俺はその習慣をやめられない。生活習慣病まっしぐらのライフスタイルが心配になったのか、なのはがジトっとした目で見つめてくる。
「不健康なの……」
「とりあえず、カップ麺でも食べる?」
「不健康なの……」
俺の食生活がたいそう不満なようで、同じ言葉を二回繰り返す。
納得してもらうまでに、少し時間がかかった。
二つ用意したカップ麺に、そっと熱湯を注いでいく。
あれほど文句を言っていたなのはも、興味深そうにそれを見ている。
……意外と、こういうジャンクなものを食べたことがないのかな?
リビングのテーブルに並べて三分待つと、完成だ。左利きであるなのはの左に座ると腕がかち合うため、俺はすすんで右側の椅子に座る。
「ありがとう。いい匂い……」
ふーふーと息を吹きかけながら、二人で熱々の麺をすすっていく。
何度も食べているはずなのに、心なしかいつもより美味しく感じる。きっと二人だからだ。ジャンクフードに慣れすぎると舌がバカになるというのは、迷信だと信じたい。
「カレーだけじゃなくって、シーフードも食べたいな」
食べている最中、そんな気分になった。なのはのカップ麺……シーフードに、箸を突っ込んで食べてみる。
「にゃあ!」
「おお、うまい」
面白い鳴き声を上げたが、気にせずもう一度麺をすする。
「みーくんったら……」
「ありがとう、満足した。代わりに、こっちのカレーも食べてみなよ」
そう勧めると、なのはは俺の箸を使ってカレーの麺を食べ始めた。
その様子を俺は隣で眺める。口に合うだろうか?
「けほっ。からいよぉ」
「もしかして、食べたことなかった?」
「うん。カップ麺自体、あんまり食べないから……からい」
なのはには味が辛すぎたらしく、顔が真っ赤になっている。
急いで氷水をコップに用意して渡すと、ゴクゴクと飲み干した。
「ごめん。よしよししてあげるから、許してくれ」
「もう、子供扱いしないの!」
頬を膨らませて怒っているが、かわいいばかりで全然迫力がない。
しかし、なのはがこんなにも表情豊かな子だったなんて思わなかった。
……それは違うか。きっと、元からこういう子だったのだろう。俺に見せているのが新しい一面というわけではなく、こちらが本来の姿なのだ。周りの環境がなのはの表情を暗くしてしまったとすれば、ひどい話だと思う。
食べ終わったので、カップ麺の容器をゴミ袋へ捨てた。
箸を洗おうかと思ったとき、朝食に使った食器を洗い忘れていたことに気づいた。
楽しい時間に水を差されたような気分になるが、やるしかないだろう。素早くスポンジを泡立て、母と自分が使った皿をさっと洗っていく。とてもダルいけれど、放置したところで結局はやらなければならないのだ。労力が変わらないなら、後回しにせず処理する方がいい……と、俺は考えている。
作業中の俺を、なのはは尊敬のまなざしで見てくる。なんだかくすぐったい。
「どうした?」
「ううん、みーくんは偉いなって思っただけ」
……家族との関係がギクシャクしているから、そういう感想を持ったのかもしれない。
(どんな家庭でも、何かしらの問題は抱えている。俺が特別というわけではない)
タオルで手を拭きながら、そんなことを思った。
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三時になった。
甘いものでも食べようと思い、棚からクッキーを出してテーブルに置いた。コップに飲み物を注ぎつつ、朝から気になっていたことを聞いてみることにした。
「その赤い宝石って、誰かからのプレゼント?」
なのはが首からぶら下げている、深い赤色をした綺麗な宝石。あれは何だろうかと疑問に思っていたのだが、俺の中では些細なことだった。
言いづらいなら言わなくてもいい、その程度の軽い質問。
「……ふふふっ」
しかし、なのはは待っていましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「ど、どうした?」
「あのね、これはレイジングハートって言うの。わたしを魔法使いにしてくれるんだ」
……は? 魔法使い?
突然出てきたファンタジーな単語に、頭がついていかない。
手に持っていたジュースを落としそうになる。
「えっ、そういう冗談?」
「ううん、嘘じゃない。言葉で説明するよりも、見た方が早いよね……レイジングハート!」
そう声を上げた瞬間、突如なのはの身体が光り始めた。
服装が、どこか学校の制服に似たデザインのものへと移り変わっていく。
その光景を、俺は口をぽかんと開けて見ていた。
変身が終わった後、赤い宝石は杖のような形状になってなのはの手に収まる。
「……うーん」
やれやれ。
やっとできた初めての友達は、どうやら魔法使いだったらしい。
あまりにも衝撃的すぎる出来事に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
数分かけて、落ち着きを取り戻した。
この世界には、まだまだ知らないことがいっぱいあるようだ。
<Hello>
どこからか、無機質な言葉が聞こえた。
あの赤い宝石……レイジングハートが喋っているのか?
「今話しかけてきたのは、お前か?」
<Yes>
肯定が返ってきた。意思を持つ宝石って凄いな。
いや、そもそも宝石ではないのか。なのはの説明を信じるならば、ある意味「魔法少女なのは」の本体はこいつなわけで、石などと一緒にするのは失礼かもしれない。
「レイジングハート! わたしのみーくんを取ったらダメなの。怒るよ?」
<Sorry...>
なのはに怒られて、レイジングハートは黙り込んでしまう。
その様子を見て、少しだけ親しみが湧いた。
時が経つにつれて、だんだん動揺していた心が静まってきた。
冷静に考えてみると、取り乱すようなことではなかった。
だって、この世界には超能力者が存在しているじゃないか。その二つがどう区別されるのかはわからないが、いずれも異能の力であることに変わりはない。
そういうものだ、と受け入れてしまうのが吉だろう。
しばらく沈黙が続いた後、なのはが再び語り始めた。
「おとといの夜中。わたしは怖い怪物に襲われて、殺されそうになったの」
「……そうか」
こちらの予想よりもだいぶヘビーな話であった。
また、昨日の午後に眠そうにしていた理由が今わかった。
「もうダメだって思った。でも、怪物に食べられそうになった瞬間『助けて』って強く願ったら……わたしが持っていた青い宝石が突然光り始めた。そうだよね?」
<Yes, my master>
「それから赤い宝石、レイジングハートが怪物の体を突き破って、わたしの前に飛び出してきた。あとはレイジングハートの言う通りに魔法を使って、怪物を倒したの」
信じられないが、信じるしかない。
とりあえず、なのはとレイジングハートがすごいのはわかった。
でも、今はそれより……
「なのは、殺されそうになったって本当か?」
「うん……あんなのがまた襲ってくると思うと、ちょっと怖いかも。今はこういう力があるし、わたしが勝てることはわかっているんだけど」
当然の反応だ。死を覚悟するなんて経験、普通の小学生がするものではない。
俺だったら、その状況下で怪物に立ち向かうことなどできなかっただろう。
「なのはって、すごいんだな」
昨日の夜、電話で話した内容を思い出す。
真剣に取り合わなかった俺のなんと愚かなことか。
「えっ?」
「怖かっただろ。よく頑張ったと思う」
「みーくん……」
「なのはが生きていて良かった、本当に……」
なのはのことが急に愛おしくなり、思わず抱きしめてしまう。高町なのはという存在が、俺の中でどんどん大きくなっていく。この子を失いたくない。そんな感情が心を支配する。
何も話さないまま、俺たちは抱き合っていた。
なのはは魔法の装束を解除して、普段着に戻った。
どういう仕組みなのかわからない。いや、わからないから魔法なのか。
「みーくん。わたしはね……とっても怖かったけど、今は嬉しいんだ」
レイジングハートを大事そうに持って、なのはは言った。
「嬉しい?」
「わたしはずっと、力が欲しかったの。わたしの邪魔をするものを、打ち破る力が」
答えに窮する。言葉が出ない。
「レイジングハート。あなたは、わたしの武器になってくれるんだよね?」
<Of course>
「ありがとう。これからも力を貸してほしい」
いつから、なのははこんなに強くなったのか。
俺は彼女の何を見ていたんだろう? 自分の目が節穴だとわかってしまった。
なのはは視線をレイジングハートから外し、俺の方に向ける。
吸い込まれそうな目。心臓の鼓動が早くなる。
「ずっと一緒にいたい。わたしのことを、見ていてほしい……それだけで、わたしは戦えるから。みーくんがいれば、どんな相手にだって負けないよ」
俺は、なのはのことを過小評価していたのかもしれない。
自分が殺されそうになった出来事を受け入れて、強さへと変える精神力。
この少女は、きっと俺なんかとは比較にならないほど大人なのだ。どうしてここまで強くなってしまったのか、その理由まではわからないが、答えに間違いはないと思う。
……俺たちは、友達になってからたった二日しか経っていない。だが、なのはからはまるで長年の親友であるかのような信頼を感じる。なのはにとって、俺はどんな存在なんだろう?
「えへへっ、みーくん大好きなの」
はにかむような優しい笑顔が、とても可愛らしい。
しかし、なぜか俺はその中に……わずかな怖さを感じた。