1ヶ月で終わると言われた戦争は、1年経っても終わらず、10年経ってもなお激しさを増していった。
愛する者を奪われた憎しみ。明日の命も保証できない世界への恐怖。
それらは、人をどこまでも盲目にさせた。
前線の誰もが雲霞の如く押し寄せる敵に悪罵を投げかけ、銃弾を雨あられと自身の仇敵に浴びせていった。重砲弾が耳を弄する轟音を上げて大地を耕す様に、皆が喝采を浴びせ、敵陣へと広がる毒ガスを見て安堵した。
銃後の誰もが眼前の敵の殲滅を叫び、ラジオから流れる戦場報告に熱狂し、無尽蔵に散布された毒ガスの脅威などには目もくれなかった。
気づいた時にはもう遅い。
大戦を通して際限なく散布された毒ガスはやがて世界を覆い、人は悶え、苦しみ、皆、サタンの生贄となってしまった。
もう、守るべき国もなければ帰る場所もなく、家族もいなければ友もいない。
戦うべき敵もいなければ占領するべき敵地もなく、私を縛る命令もない。
そんな世界で私はただ一人生き残った。かつては帝国警備隊の一戦車兵でしかなかった私、カイル曹長は、あらゆる毒ガスに耐性を持った、世界最後の人類という個性を手に入れたのだ。
これは神からの啓示なのだろう。神は私に「なすべきことをなせ」とおっしゃられたのだ。
神からの啓示、私がなすべきこと……それは、「この世界を記録すること」に他ならない。我々人類が生きた証を後世に残せ……神はそうおっしゃられているのだ。
神は私のことをよく見ておられる。平時にて、私は写真を趣味としていた。写真機の扱いには誰よりも習熟しており、私以上の写真家など存在しないという自負がある。
世界の記録という難事業は、文字通り私にしか出来ないことなのだ。
ならば、私はこの世界を記録しよう。この命続く限り、文明の残骸を記録し続けよう。どんな場所であってもたどり着き、その情景をこの写真家に納めて見せよう。
大丈夫。私にはFT-17軽戦車がある。前大戦から戦い続ける古強者にして、私の愛車だ。
この神の加護を一心に受けた無敵の戦車があれば、私はどこにでも行ける。この39馬力のエンジンが、私を最果ての地へときっと導いてくれる。
この最強の戦車があれば、私はどんな困難にも打ち勝てる。
至高の37ミリ砲が私の障害を全て打ち払い、堅牢な22ミリ装甲が私をあらゆる脅威から守ってくれるに決まっているのだ。
この信念を胸に、私は発動機を高鳴らせ、第二の家たる警備基地を後にした。
目的地はベレス。
我が祖国に占領された二流国の、元首都だ。